2001年08月14日

長い一日

 久しぶりの日記なのだ。

 そーよっ、先週はうちのおばぁちゃんが遊びに来ていてディズニーランドに行ったりしていたので、なかなかホームページ更新できなかったなー。

 ディズニーシーを前に突然

 「今日から1ケ月だけでも浦安市民になれへんやろうか」とか

 「達ちゃんに借金してオリエンタルランドの株主になれへんか」とか

 「報道関係者のバッチとかその筋(どの筋?)の人にもらわれへんか」とか

 色々と策をねってはいるが、ディズニーシーの招待客にまだなれないでいる。今後ともなれる予定はない。えーい、江戸川区民に無料招待日はないんかいっ。こっちは渋滞で迷惑かけられてんねんでー!!

 と我が家には実害フない、いいがかりもつけてみたくなる。ディズニーシーを前にして理性も何もあったもんじゃないもんねーっ。だって行きたいもーん。無料で(うちは、ほら、子供の人数が多いから、ディズニーランドだっておばぁちゃんが来た時くらいしか行けないもん)。

 で、ディズニーシーにも行けないから、今日も近所の公園に行く。

 今日もセミとり自転車隊が清新町を走る。途中、やまびこ公園で砂場の誘惑にまけ、砂山を作ってトンネルまで掘ってしまったあけんであった。この歳になってトンネルを嬉々として掘っている私に、お掃除のオジサマ達の視線が冷たい。そんなことでこの国の少子化に歯止めがかかると思うのかぁーっ。現役ママへの視線に気をつけたまえーっ。

 というところで、おにぎり持参で今度は虹の広場で水遊び。堪能したところで、新田の森公園でセミとり。今日はザックザックだもんねーっ。

 3時になってやっと帰ろうと自転車走らせていたら、

 「ママちゃーん、また泳いじゃだめ?」とカオル

 「もう水着もぬれちゃったし、今日はもうかえろうよー」とあけん。すると利害が一致した三人が一斉に

 「ぬれててもいいもんねー」「うん、うん」「ぜんぜんへいきーっ」

 と言うが早いか、我れ先にぬれた水着をとりだして、即効着替えて

 バッシャーン、ママちゃーん、こっちこっち!

 と既成事実をつくる子供達三人。ここは新長島川親水公園。なんや、別の公園やんかーっ。

 ということで、4つの公園をハシゴして朝9時すぎから午後5時すぎまで遊びまくった子供たちであった。あんたらどんな体力してんねんっ。

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2001年08月03日

セミとり

今日、カオルはお友だちのお誕生日会におよばれしていたので、朝からルンルンルンルンといった感じである。

 モダンバレエの発表会を7月に終えて、もう断髪解禁になったということで、

 「ママちゃん、前髪切って〜」

 といってきた。先日、縮毛矯正とカットをしたばかりのあけんは、すっかりカリスマ美容師のテクを盗んでしまったので、やる気マンマンである。前髪だけ切るということだったが、シャギーの入れ方だって見たし、少しずつ長くなるグラデーションラインの作り方も見ちゃったもんねっ。髪をねじりながらスッとハサミを入れるヤツだって、ハサミをカミソリみたく1本だけでシャッシャッて少しずつ削いでいくヤツだって出来ちゃうもんねーっ。

 と色々なテクを入れながら御満悦なあけん。をを。この内巻きのカーブが出せるのは素人仕事ではないっ!

 と一人盛り上がっていたが、結果を鏡で見たカオルが私にこう言い放ったのであった。

 「ママちゃん、お願い。これから美容院つれていって」

 涙目にならなくってよろしい。今日はだめです。もっとたってからにしなさい。ずっとずっと前髪がのびて

 「あらやだ。お家で切ってもらったのーっ」

 という途方に暮れた台詞を聞かないですむまで。それまでは美容院に行ってはいけませんです。はい。

 とりあえず、今日のお誕生日会はそれで乗り切りなさい。

 ということで、御予定のあるカオルお嬢様を横目に坊主三人が「つまんなーいっ」コールをしているので(いや、正確にはハッキーは言っていない)

 「じゃー、虹の広場(江戸川区にある水遊びできる公園)にするか?それともセミとりに行く〜?」

 「セミとりーっ」

 ということで二つ返事で行き先がきまった。水筒、アミ、虫カゴ持参で自転車に乗る。しかし、今日はホントに暑い日ねーっ。

 カオルの小学校近くでセミとりをしているうちに、野菜クラブ(小学校の畑で週一回の野菜づくり体験のクラブがあって、カオルはそれに入っている)の畑がカラカラなのに気付き、ついでに水やり。ふーっ、ちょっと涼しくなったわねーっ。

 なかなかセミがとれない子供たちにブーイングがおきた。仕方がない。

 「おーっしゃ。新田の森公園に行くぞーっ」

 「しんでんのもりって、どこーっ?」

 「プールガーデンのちかくー」

 「プールガーデンってどこー?」

 「ほら、このまえカオちゃんたちと一緒に行った、でっかいプールで、流れるプールとかあるやつで、ほら、ミックンいっぱいあそんだやんかーっ」

 「あー、あそこね。プール、プール」

 「やっとわかったのね。その近くにね、しんでんのもりこうえんがあるの」

 「ママちゃーん。しんでんのもりこうえんってなに?」

 「だから、セミがいっぱいいるところでね」

 「セミがいっぱいいるところだよね、ママちゃん」

 「そうそう」

 「ねー、ママちゃーん」

 「タックン、なーに」

 「プールガーデンってどこ?」

 あんた、今までの話し聞いてへんかったんかーっ。あー、もう面倒なヤツだ。だからー

 「しんでんのもりこうえんってなに?」

 そこまで聞いてへんかったんかーっ。

 自転車に乗りながら、叫びながら道中をすごすあけんファミリ−(のぞくカオル)であった。

 ということでやっと新田の森公園につく。ほらごらん。ミンミンやらツクツクやらジージーやらいっぱいおるやんか。ほら、とってこーい。

 ということで、やっとセミ数匹をゲットしたのであった。ふぅ。今日はこれで疲れてくれたー?

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2001年08月01日

プールガーデン

 うちのハッキー(4番目)を溺愛してもうすぐ1年になっちまうのねー。いやぁ、実は客観的に見たら「ぶっちゃいく」の部類に入るのではないかという気は一応しているのだが、末っ子のカワイサったらないわねー、全く。

 で、その溺愛ぶりは私だけでなくて、ダンナだけでもなくって、カオルとかタカシとかタツミとか(いや、このタツミの可愛がり方はやはりちょっと屈折していて、そのあの、けっこう、暴力しかけたりもしてて、あの、あー赤ちゃん返りだってしてるし、私にかみついたり蹴り入れたりと、もうそれは手のつけられない程の荒れようで、まったく、だからといって嫌いではないんだなーこれが)、ハッキーをツ愛がって可愛がって、もうロクな大人にはならないんでないかという懸念が今からある。

 特にカオルは突然

 「あー、もう、どうしよう、ハッキーかわいすぎてかわいすぎてー、あーっ」

 とワケのわからない台詞を吐いてはため息ついてる。

 かと思うと急にハッキーがキャーと泣き出すので飛んでいくと

 「かわいすぎて、おこしちゃったー。だって寝てるのつまんないんだもーん」

 と既成事実をつくってはダッコしまくっている。その上

 「ねぇねぇ、ママちゃん。ハッキーね、20歳くらいになったらね」

 「はいはい、ハッキーがハタチねぇ〜」

 「あんまりにもかわいくって、みんなの人気者すぎだから、モデルになっちゃったりして。絶対そうよ。絶対モデルになったらいいと思う」

 と真顔でいう。

 親バカ、ジジバカ、バババカあたりまでは想像できるが、姉バカというのもあったのか。

 人の振り見て我が振りなおせ。そっか、親バカってあんなにバカに見えとったんかーっ。

 「た、達ちゃん、さっきCDかけとったら、ハッキーが突然踊りだして」

 「それで?」

 「その踊りがねー、もう、すんごいリズム感やねん。私4人みてきたけど、あんなにすごいのない。普通やないっ、もしかすると、ストリートダンサーとかの才能があるんと...」

 私の鼻息をとめるかの様にダンナは言う

 「あけん。目覚ませ」

 ハッ!

 もしかして、もしかして、私って、大バカぁ〜???

 ということで、今日はプールガーデンに行ったのである。水泳の特訓と称して子供4人連れて行ったらハマっちゃったのよー、あけんが。だって、その後の疲労感ったらないのよ。絶対やせてる気がする。産後(といってももう1年もたつのにー)の身体のたるみがとれない。といったら、何かその前はたるんでなかったみたいでウソツキになってしまうから、もとい、一度でいいからナイスバディになってみたいから、がんばっているのである。

 で、私の目の前でこれみよがしに(いや、別にこれみよがしではないのかもしれへんけど)子供二人産んでおきながらすんごいビキニでかっこいいママさんが、身体を焼いているのを見て、

 「私には、こういう時代はなかった。今もないし。これからもない。そうだ、一生ないんだ。そうよ、私には女の時代なんてなかったのよぉ〜!!!」

 と一人盛り上がっているのであった。

 私の裸体を見てコーフンするのはハッキーだけになってしまった。彼は私のおっぱいを見ると異常コーフンしてしまうのである。お風呂に入っている時など、水面下の私のおっぱいめがけて

 ズボズボ

 と入水自殺しかけたことが何度もある。

 もとい。

 で、プールガーデンに通いつめてイイ女になってやるー。

 と決意する夏の日であった。これで子供たちは疲れて寝てくれるはずだ。

 という計画のもと、午後1時から4時までプールに浸る。うち2度ばかりハッキーは浮き輪の上でゆらゆら寝ていた。

「おきろー、おきろー、死ぬなー」

 と言う度にハッキーはハッと我に返るのだが、ほどなくまたまたガクッとなっている。それでもプールからでない私はもしかして虐待母?だって他の3人が

 「えー、まだ帰んないよー」とウルサイ

 うちに集中豪雨が降り出す。でもプールの中だからよくわかんなーい。だってもうぬれてるしー、といっているうちに予定の4時になる。

 なんと間の悪いことに集中豪雨はまだまだやまない。だから雷ゴロゴロの中を自転車4台体制でずぶぬれになりながら帰ってきたのである。自転車置き場で鍵をしめてると

 「あー、はれてきたねー。もしかして、ママちゃん。いまごろ出たらぬれなかった?」

 そんなこと後から言っても仕方がないのよーっ。カオ。

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1996年11月01日

NEXTSTEPインストールしたぞ!

11月になった。やっと日記を再開しようと思う。ゲロゲロ状態からはすっかり気分晴れやか!

「もう絶対妊娠なんてするもんか!」と思っていたが、「のどもと過ぎれば」の状態で、今では「あと1人は欲しいよなぁ」などと思い始めている。ダンナは、「今回ですっかりウチドメ感があるよなぁ」などと感慨深げだ。どうも暗に(というか直接的に)「これで子供は最後にしてくれ」と言われている様な気がする。ふふふ、また、騙してやる!!!

ところで、ゲロゲロ状態から復帰して、やっとこさ、わが家の愛機「プロサイド」にNEXTSTEPが載った!本当にこれにはてこずった。結局、CD-ROMのIRQを14番にすれば良かったのだが、現状が何番なのかもわからず、プロサイドの技術サポートに何度も電話した。親切なサポートの方が多かったのだが、どうもこちら側の要領がつかめないせいか、説明にもてこずり、やっとのこと、フラットケーブルを差し替えすれば良いことがわかり、ド素人、専業主婦のこの私が、ドライバー片手に本体をパカッとあけて、ケーブルの差し替えをするという事をやったのだ。その間、当然の様に、カオルとタカシが私の周りをウロウロしている。「私ってお布団の上げ下ろしも気をつけないといけない妊婦だよなぁ」と思いながらも、17インチのモニターを本体からよっこらしょと下ろして、ガサガサと中をあけた。カオルは「ダメよ」と言われれば触らないのだが、問題はタカシだ。「サウンドカード、抜くな!!!」「マザーボード触るんじゃない!」と、もう血管が切れそうな位、怖い瞬間だった。昼寝させてからすれば良かった.....。

とりあえず、NEXTSTEPのインストーラーが無事に動いた時は涙が出た。DOS/V機を買って既に3ケ月。クヤシくても、LC630よりも高いマシンを「Windows95」が占領していたのだ。こんな屈辱的な事ってあるだろうか!ふふふ、でも今は、Windows95用のスペースは1GB、NEXTSTEPには1.5GBをあてているもんね!しかし、今はただ「載った」だけの状態だ。スタンドアロン状態だから、せめて、マックと繋ぐこと位はしなければならない。これから、時々、「ド素人主婦あけんのNEXTSTEP導入期」も時々お送りしようと思う。

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1996年07月15日

どうなる!?NEXTSTEP

NEXTSTEPの相談をさせて頂いているTさんからお電話を頂いた。「

「あの、スペックまずいかも知れない」きょえ〜!どうせえっちゅうんや! とりあえずはディスク容量とマウスの件だった。マウスは交換してもらえたし、ディスクは1GをWindows領域として確保してあるので、残りの1.5GBをNEXTSTEP用に考えている。認識してもらえるだろう。それにしても、毎日暑い。暑いからといってエアコンをガンガンつけていたら、子供が風邪をひいてしまった。軽い風邪なのだが、鼻水タラタラと見ている方も気の毒。親の私が我慢しなければならないのだろうが、私は無類の暑がりなのだ。世の中でも「暑さ」にはめチぽう弱い。これだけは耐えられないのだ。寒いのは服を着込めば何とかなるが、暑いのは脱いでも暑い。どうしようもない。エアコンしかない!!!!!人間というのは易きに流れる生き物だ。あの猛暑といわれた数年前の夏、ソウルでエアコンなしの生活にも耐えていたのに、エアコンを目の前にして、スイッチを入れないでいる、という行為ができない。私はただの根性なしだ。

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1996年07月14日

今日こそマシンを選ばねば

またまた、秋葉原に行ってしまった。

ダンナは怒り心頭に発している。というのは私がマシン選びをしないからなのだ。いつまでも牛さんばかりに目が行って、真剣にNEXTSTEPマシンを選んでいないからだ。しかし、ニフティのFCSALONを見る限りでは、NEXTSTEP on 牛 というのはやめた方がいいと思ってしまった。やはり、Dellにしよう。そう思いながら、秋葉原のアミュレットに出掛けていったのだが、モノがないという。8月にならないと入って来ないと言われ、勢いを削がれてしまった私は、そのままプロサイドへと直行した。で、買ってしまった。Pentium133。ほんまに載るんかいな。スペックは確実に載るのがわかってから書こうと思う。ダンナの長い休みも今日で終わりだ。本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。会社に行けば違う楽しみがあるのはわかる。大人の会話もしたい。しかしあれほど仕事が好きだと実感していた私でさえも、月曜日になると、「突然、御堂筋線がスト起こさへんかな」と思ったりしたものだ。在宅で仕事ができれば、かなりの部分のストレスが回避される。何とかしたいと切に思う。

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1996年07月06日

事業計画書を書くのも大変

アタッカーズ・スクールの事業計画書の〆切が今日だ。

添削してくれるらしいから、一応提出してみたのだが、それにしても大変だった。ダンナの名前で提出するのだから、私が大変だと言うのもナンだが、技術的な側面のところは、私が担当なので、一所懸命書いたのに、ダンナに一喝されてしまった。「お前、事業計画書にそんな細かい事書いてどうする! あぁ、ほんまにお前は全くわかってないなぁ。」などとすっかりプライドを傷つけられてしまった。そう言われてみればそうだ。事業計画書にシステム仕様書なんて付けてどうするんや。誰が読むんや!DB設計してどうすんねん。全くもう、рヘすっかり落込みモードに拍車がかかってしまった。

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1996年07月05日

ビジネスアイデアまとまらず

アタッカーズ・スクールの事業計画書の〆切が迫っている。のに、まだ出来ていない。

本来ならば、昨日に仕上げて郵送するはずが、結局手渡しするしか方法がなくなってしまった。この場に及んでダンナは「どれにするぅ?」などと聞いている。アイデアがいくつもあるのだが、実現可能な形にまで落としこんでいるアイデアを一つ選んだ。誰でも考えそうな、特に突飛な物でも何でもないのだが、実現可能なところまで練れているという部分は、若干自信があった。というのは、例えばベンチャーキャピタルが無くても自分で出来る部分まで考えているのであるから、失うものはない。「なんてツ腐な!」と言われれば、「じゃやってみれば?」と言えるのだ。実際に動いたものだけがベンチャーとしての醍醐味を味わう事ができるのだ。(と言いながらホンマに出来るんかいな?)

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1996年07月04日

あけんのスランプ

最近の私はすっかり落込みムードだ。

マシンは不調だし、この暑さで体調も良くない。頭も冴えない。考える事が出来ないから、フォーラムの会議室に書き込む意欲も無くなってしまった。私は本当に波がある。ノッている時は、世の中の全てが自分に味方している様に思え、不調の時は、世の中全てが敵の様に思えてくる。何でもない事にイライラしてしまう。一つには栄養が偏っている様にも思える。ビタミンやカルシウムの類が不足しているというのは実感としてわかる。果物も食べていない。不調だから買い物にも積極的になれず、家の中の残り物をゴソゴソと料理しているので、栄養が偏るのは当然だ。

こういう時は自ェでカツを入れないといけないのだが、そのカツを入れるのも面倒な感じがする。食欲もあまりない。最近痩せたと言われてギョッとした。痩せて嬉しいはずだが、意図していないだけに驚いてしまう。ダンナは病院に行けとうるさい。先日、以前患った尿管結石が再発したと勘違いして病院に行ったのだが、胃腸炎の薬を渡されただけだった。私は薬を飲まない人間だ。この薬も結局飲まなかった。自分では不摂生が原因だとわかっているからだ。睡眠不足に栄養不良、自分の身体くらい大事にしないと。実母から叱られてしまった。「あなたが倒れたら子供どうするの!」確かにそうだ。あまり難しいことを考えるのはやめて、しばらくのんびり過ごそう。

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1996年07月03日

マック依存症?な私

ここ数日で何度、マックのインストールを行っただろうか。内臓HDも外付HD「外様大名」も、何やら具合がおかしい。私は全てのデータを、このマック一台に一元管理しているだけに、このマシンの不調が自分自身の体調にも直結していると気付き、少し愕然としている。マック依存症を何とかしなければならない。

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1996年07月02日

韓国エッセイにも自己嫌悪

以前、ソウルからPC通信「韓国レポート」を友人・知人にメールという形で送っていたことがある。

(その一部がHPの韓国エッセイとなっているのだが、オリジナルの大部分は、我が家のドタバタを伝えるただの日記調のものである。その中から韓国に関する部分だけを抽出して編集しなおしたのだ。)そこに一時、身体の不調を訴える通信が延々数ケ月にもわたった事があった。初めての妊娠で、つわりがひどく、はいつくばって吐く様子を怒りをこめて書いたのだが、それを友人・知人に配信していたのかと思うと、今となっては恥ずかしい。しかし、今週もあまりその時と代わりばえがしないな氈Aと思うのだ。精神の不調を訴えるあけんの、愚痴日記になっている。少しは落ち着こう。

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1996年07月01日

専業主婦の葛藤が、今日も私を悩ませる

マシンのトラブル続きで、今週はまとめて書きで失礼!

専業主婦って何だろう。私って何だろう、と思う。うちのダンナは仕事をしろ、という。それは専業主婦になって私が目に見えて面白くない人間になっているからなのだ。意欲を失い、自分自身に対する理想も低くなり、会話のレベルも低すぎて話にならない。

うちのダンナは結婚当初、仕事の話をいろいろとしてくれたが、それも最近ではほとんどない。というのは、私に話しても面白くないからなのだ。結婚前後は、他業種に勤める同期であったこともあり、色々な側面から仕事の話が出来た。当時、私フ話は面白かったらしい。

以前、ダンナのビジネス文書の添削をしていた事もあった、あまりにもお粗末な日本語に、私は同期として腹をたてていた。こんな事が社会人として通用するのかしら!と思っていたのだが、いつのまにかダンナの文章力は飛躍的に伸び、日々の研鑽を怠っていた私は、まともな文章ひとつ書けなくなっている。文章だけでなく、ものの見方に顕著に現れるのだ。

私はどんなに努力をしても、客観的に広い視野から物事を見ることが不可能になっている。それを指摘されても理解できないのだ。私はまだまだそんなにアホではないと、頭で思い込んでいるだけに、素直に聞き入れる事ができない。私は中学の時にバスケットボール部に所属していたのだが、大学に入って同じ様にシュートしようと思ったら、全く身体がいうことをきかなくて愕然とした、ステップもボールを持った感覚も、頭の中では中学の時と同じなのに、結果は全くおそまつなものなのだ。その現実が理解できなかった。それと似ている。自分ではまた、OL時代、学生時代の現役の頭だと思っていても、実際、私の口から出る表現は、全く小学生の様に陳腐で思慮の浅く客観性に乏しいことばかりなのだ。その現実が受け入れられないのだ。

専業主婦だから、仕方がない、とそういうものではないのだ。私は悔しくて涙ばかり流してしまう。自分が自己研鑽につとめなかったのだから、自分が悪いのだ。それでも、それを認めたくなくて、「専業主婦になってしまったから」と環境を恨むことを思ったりする。こういう時は何をやってもダメだ。のっている時は全てに感謝し、世の中全てが味方してくれると思うのに、そうでないと、自分がこんな目にあうのは○○のせいだ、と人のせいにしてしまう。

うちの母は、他人のせいにしているうちは何をやっても駄目だ、と何度も私に言っていた。また、○○がなければ出来ない、という言葉も信用しない人だった。確かに大学時代などは、全て自分で切り開いて、目的を全て実現していた。お金もなかったのに、よくもあそこまで色々と出来たものだと自分でも感心する。あの時のパワーが欲しい。今の私に失うものなんて何もないのに、何故、パワーが出ないのだろう。

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1996年06月28日

ミスド フリーク

外出していた時に、カオルに「ポテトとドーナッツとどっちがいいかなぁ?」と聞いたところ、「えっとー、ドーナッツ!」と飛び上がった。

子供をダシにしてミスター・ドーナッツですっかりくつろいでしまった。カオルはDーポップというミニ・ドーナッツが6つ入ったセットを、私は涼風麺セットと飲茶にした。

というのは今回のミスド・プレゼントは、飲茶に限りカードをくれるのだ。私はあのフォグタウン・バッグを必ずゲットしようと思っている。我が家のミスド・コレクションはかなりなものだ。晩になってダンナが帰ってきた。ダンナは、カオルに「パパちゃんとママちゃんとどっちが好き?」と何度も聞いた。サの度にカオルが「パパちゃん!」と飛び上がるので、私はすっかり拗ねてしまった。ダンナはさっさと自室へこもって睡眠の態勢になっているらしく静かだった。タカシは既に寝ている。

私はカオルに、「だぁ〜いすきなパパちゃんのとこで寝たらええやん」と意地悪を言ってみた。そうするとカオルは、真剣に怒った様に「ヤダ!」と強く拒否した。その声は、「ママちゃんならわかってくれると思ったのに、結局は、パパちゃんと同じ次元でモノ言うてるやない! アホらしいてまともに答えたくないわ!」という感じだったのだ。そして、それ以来、「パパちゃんとママちゃんとどっちが好き?」という問いには、答えてくれなくなった。子供で遊んでは決してイケナイ。子供の方が一枚上手なのだ。

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1996年06月27日

子供の共感能力

カオルはタカシの事がわかるらしい。

タカシが泣いている時は、必ず、「お腹すいたって」「眠いって」「ミルク飲みたいって」「お茶飲みたいって」などと解説してくれる。ホンマかいなとその通りすると、タカシは必ず泣きやむ。その度に、カオルは、「ミルク飲みたかったのね〜、良かったね〜」とタカシをナデナデしたりする。流石、子供の現役だ。

ところで、子供同志というのは、大人同志以上に「共感」というものを実感する様だ。タカシを見ているとよく思うのだが、カオルがパパに高い高いなどをして遊んでもらっているのを横で見て、一緒に笑うのだ。本来ならば、「ぼくもしてよ!」とすりよる所だと思うのだが、ネぜかヘラヘラと喜んでいるのだ。そしてカオルが叱られると、一緒になってふぇ〜、と泣いてしまう。子供が二人いる場合、上の子をたてるというのは正解だと思う。タカシにベタベタしていると、カオルは、「カオちゃんも、抱っこ〜」と言うのだが、「カオちゃん、かわいいね」と抱っこしていると、カオルはタカシに悪いと思うのか、「タカちゃんも、抱っこしてあげて」と言う。「カオちゃん、偉いねぇ」とほめちぎると、カオルはかならず「あ、タカちゃんが....」と話の矛先をタカシに変えようとする。2歳半でも、本当に色々な事を考えていて、こっちが尊敬してしまう。

少し自分でも笑ってしまうのは、カオルの口調が私ソックリだという事だ。特に、泣いた子を慰める時などは、一度抱っこしたあと、ほっぺたを撫でて、それから涙を手でぬぐってあげるのだが、私がドラマを見てオイオイ泣くと、私の前に立ちはだかって、この一連の動作をやってくれる。非常にありがたいのだが、目の前に立たれるとカンジンのドラマが見えない。少し残念だ。又、私はときどき、ヒマになると意味なくカオルの頭からほほをなでながら、「べっぴんさん、べっぴんさんねぇ!」と言うのだが、それを外で真似されて赤面したことがあった。人前でこの私のほほをなでながら、「アケちゃん、べっぴんさんねぇ」としみじみとカオルに言われてしまい、もう走って家に帰りたくなった。恥ずかしい!

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1996年06月25日

朝型人間へとシフト

晩早く寝てしまうと、いやがおうでも朝早く起きてしまう。

4時起きというのは大変気持ちが良い。やっと気付いたのだが、徹夜というのは非常に効率が悪いのだ。どうやらケアレスミスが多いのも深夜だし、だから二度手間になってしまったりもする。朝早く起きて作業をすると、本当にうまいこといく。インターネットはすきすきだし、起きた瞬間にやらねばならない事が箇条書きで頭を走り抜け、黙っていても「タッタッタ」と整理してくれる。マックを立ち上げている間、作業のおさらいをして、すぐにとりかかる事ができる。

なんで、もっと早く気付かなかったのだろう。朝早く起きると、何故か朝食を作るのもyしい。家事嫌いの私でさえも、ウキウキランランの世界になってしまう。朝5時から風呂掃除をして、いつもなら10分位しかかけない朝食準備に20分費やすことも出来る様になった。この10分で栄養バランスは30倍くらい良くなる。家族の幸せのためにも、とりあえずは睡眠をとって、朝早く起きることは正解だった。 勢いを削がれる様な天気だったので、外出は出来なかった。

カオルもタカシも外出できない日の夕方、かなり荒れてくる。声をキ〜とあげたり、カオルなどはとっても暴力的になる。生活のリズムを崩され、どうしようもなく不機嫌な二人。明日は絶対晴れてほしい。そうでないと、彼らの精神衛生上、とっても良くないのだ。普段は3時間程、外で大暴れさせる。時にはおにぎりをこさえていって、外で食べることもある。時には仕事場で汗水流して働いているダンナの稼いだお金をミスタードーナッツやロッテリアで浪費してしまう事もある。彼らにとってはどれも、ちょっとしたピクニック気分なのだ。そして帰宅途中に夕食の買い物をすませ、家についた時には既に二人ともグッタリで、布団を見たとたん、バタンキューというやつなのだ。そうすれば、二人同時に3時間たっぷり寝てくれる。これが一番家族全員にとってハッピーなリズムなのだ。この3時間で、溜まった家事をまとめてしたり、溜まったメールの返事を書いたり、ニフティのログをじっくり読んで書き込んだり、現在作成中のHPのメンテナンスをしたり、と色々な事が出来る。子供が居て何も出来ないことはないのだ。

確かに雨の日などはリズムができず、家の中でウダウダされてしまい、結局は何もできずに終わってしまうのだが、晴れの日は、中途半端な事をせずに、「私は実は保母さんなんですぅ!」というノリで、子供に思いきり付き合うのが正解。結局は自分が楽になるのだ。しかし、ここでポイントは、いかに自分の体力を消耗させないで、子供を遊ばすか、という事なのだ。本気で体力勝負に出ると、子供の体力は底無しだと気付き愕然とする。本気で自分も体力を使うと、子供をねかしつけるついでに自分も寝てしまう(笑)。これじゃ、いけない。自分の体力を温存しておいて、子供だけヘトヘトにさせる。これは結構難しい。ポイントは「放し飼い(笑)」。面白そうな場所に連れていって、子供が思わず走りだす様に仕向ければ良いのだ。

子供が面白がる場所というのは、美しい公園だけではないのだ。車が危なくない場所であればどこでも良い。私は意識的に同じ公園に出掛けない様にしている。葛西周辺だけでも公園や、その他遊び場は無数にある。それを順番にテキトーにローテーションを組んで、その場のノリで出掛けていってしまう。時々、自転車に乗ることにノッてしまい、そのままツーリングを楽しんでしまう事もある。子供は自転車が好きだ。目線が少し高くなるし、風が気持ちいい。 しかし、子供と3人乗りの自転車は、とっても危ないのだ。これが現在の悩みのタネだったりする。

ところで、朝のことなのだが、アイロンが壊れてしまった。私はモノグサなので、ワイシャツのアイロンかけを朝にやったりするのだ。日中は自分のことで精一杯で、ダンナの事まで作業が及ばない。朝、カオルとタカシが寝ている時に、ダンナが電子メールをチェックしている横で、アイロンかけをするのだ。それもその日に着るワイシャツとハンカチのアイロンかけなので、毎日、「お前、昼間にやっとけよ!」と言われてしまう。小さな子供がいる家庭でのアイロンかけというのは気を使うものなのだ。だから、早朝することにしている。そして、今日の朝、アイロンが壊れてしまったので、ホトホト困ってしまった。アイロンのかけおき(?)をしない私は、今日着るワイシャツに困ったのだ。仕方なしに唯一の「形状記憶Yシャツ」をとりだして、それを着せることにした。しかし、我が家ではこの「形状記憶Yシャツ」も原型をとどめていない。なんと他のワイシャツと一緒に「糊付け」してしまっているので、結局はアイロンをかけているのが常だ。だから少しシワっぽくなっているものを強引に着せ、ハンカチは手で伸ばしてゴマかした。今日外出できなかったのだから、アイロンを修理に出せなかった。しかし、修理に出しても、その間、アイロンがけが出来ないのは困る。私以上にダンナは困っていたらしく、会社の帰りにアイロンを買ってきてくれた。わぁい。明日からのアイロンかけが楽しみだなぁ。

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1996年06月24日

ロンバケ終わってしまった

あぁ、良かった、良かった。ホントに良かった。

ドラマ「ロング・バケーション」がハッピー・エンドに終わって...。実は昨日、八重洲ブックセンターに寄った時に、小心者の私は、ノベル「ロング・バケーション」を手にして、最終2ページだけを読んでいたのだ。だから、今日はとっても安心して見る事ができた。

私は結構のめり込むタイプなので、「宇宙戦艦ヤマト」の映画で最後、古代くんとユキちゃんが死んでしまった事が信じられず、その後1週間位は心の中で、「ウソだ、絶対ウソだ!」と葛藤していた。その次の作品で何故か古代クンとユキちゃんは完全復帰をとげていたのだが、「商業主義に基づいたストーリー展開!」と非難することなど全くなく、「良かった、あぁ、良かった。生き返って良かった。」と本気で思ってしまった位なのだ。

そんな私だから、たまたま手にした「20歳の原点」という暗い日記(最後に著者は本当に自殺してしまう)を中学生の頃読んでしまった時、生きるのが面倒になって、全てに懐疑的になり、世の中の全てを見つくしたという錯覚に陥り、復帰するのが大変だった。

私の様な人間が女優になると、周りの人間は大変だと思う。演技上の人格なのか、本当の人格なのかの区別がつかなくなりそうなのだ。だから私は自分の容姿が人並みはずれた美しさを得ていなくて良かったと思う。演技力を持っていなくて良かったと思う。

タカシとカオルの風邪は何とか良くなり、近所のフラワーガーデンまで自転車を飛ばした。実は私自身の体調が悪いのだ。どうやら風邪をひいたらしく、喉がイガイガと痛い。時々ゴホゴホと激しいセキも出てしまう。それでも、子供が風邪をひく事に比べれば、100倍位気が楽だ。薬を飲まなくなって、私は自分自身の自然治癒力が増加した様な気がする。放っておいても風邪は治るのだ。しかし、ポイントは栄養をしっかり取ること。そして睡眠をとる事だ。最近の私は寝ていない。寝ていないから風邪も治らない。寝ていないから風邪もひいてしまったのだ。ダンナは真剣に怒っている。「お前、徹夜するんやなくて、10時に寝て、朝起きろ!」と言う。その通りだと思う。最近の私はすっかり低血圧風の朝を向かえて、ボーっとしていて、お風呂もわかせず(ダンナは朝風呂派。だから一家全員お風呂は一日に2回入る!)、朝食も何を作ったかわからない様な感じだ。今日は早く寝よう。

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1996年06月23日

もんじゃ焼きツアー

言っちゃナンだが、今日は私の31回目の誕生日だ。嬉しくない。全く嬉しくなんてないのだ。

そう言えば、昨年のまさに6月23日、カオルが50円玉を誤飲して、浦安の順天堂大学病院で深夜治療を受けた事を思い出す。あれから1年たったかと思うと、感慨もひとしおだ。

今日は朝から日本橋の高島屋に出掛けていった。そこの屋上で、ハーブティを少し飲んで、それから「本を見たい!」という私のリクエストで「丸善」に行ったのだが、なんと休み。がっかりした私は、「八重洲ブックセンター」まで歩いていった。探している本はまた無かった。家の近くの本屋で取り寄せてもらうはずが、「売り切れ」と言われ内金ワで返されてしまった。こうなったら、どこに行ったら手にはいるのだろう。

ところで、それから近所に住むY先輩と連絡をとり、「月島もんじゃ通り」でもんじゃ焼きを食べた。実は大阪人の私は、最初に食べたもんじゃ焼きにひどく心象を悪くして、「やはり大阪にもんじゃ焼きのお店がないのは、まずいからなのだ!」と思ったのだが、本当に美味しいもんじゃ焼きは、大阪人の私にもやはり美味しいのだ。

そして、最近の私達夫婦は、ちょっとした「もんじゃ・フリーク」となっている。もんじゃ通りで、「海鮮もんじゃ」の店に入った。「明太子+もち+チーズもんじゃ」が絶品だった。これは本当に美味だった。野菜嫌いのはずのカオルも、たっぷりのチーズにすっかりごまかされて、一杯キャベツを口にした。これだ。これから定期的に我が家でもんじゃパーティをしようと思った。今作っているHPの資料探しに、西葛西の図書館へ出掛けていった。実は私は知らなかったのだ。あんた面白い場所があるなんて! そうか、本は買わなくても読めるんだ!ここは日本なのだ!日本語の本を借りられる図書館が近所にあってもおかしくない。私は狂喜乱舞した。これから入り浸ってやる! 子供の絵本も沢山あるし、紙芝居もある。エアコン完備で綺麗な館内。明るくて子供専用のスペースもある。当然の事なのだが、私には目からウロコの世界だった。さ、これからHP作ろうっと。

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1996年06月22日

サイト紹介などなど

土曜日なのだが、タカシとカオルの風邪が気になるので、外出できなかった。

ダンナは朝一番に耳鼻咽喉科に行き、自分の風邪のお薬をもらってきた様だ。それから、私が歯医者へ行き、その後交替でダンナがまたまた歯医者へ行った。貴重な休みに病院通いしていたら、一日があっという間に過ぎる。ところで、昨日の事なのだが、いくつか面白いサイトを見つけたので、紹介しておこう。

 ■タロウさんのページ

 まだまだ工事中の部分も多いが、マックファンとしてはちょっと気になるページなのだ。特に画面はとても軽く出来ていて好感が持てるし、「システムフォルダの整理」などのページもあり、一見の価lアリなのだ。今後の展開がとっても楽しみな、赤丸急上昇中のページだぞ!

 ■ATSUYO’S HOMEPAGE

  元・獣医さん、現・三人目妊娠中の主婦・あつよサンの超ウルトラ面白サイトです。中でも「蜘蛛の糸を解け!」というWWW上のミステリー・ツアーは絶品!私はまだ最後まで辿り着いていないけど、今月末が〆切なので、まだまだ時間はあるぞ!どんどんハマッていこう。そして、彼女がエッセイストとしても一流なのは、「Let’s 遺言」や、「赤ちゃんはどこから来るの?」の文章を読めばワカル。そして「バーチャル陣痛」では、陣痛の痛みを殿方にも体験してもらう試みがなされている。(私はこれでアゴがはずれそうな位、笑ってしまった。)とにかく、百聞は一見にしかず。一度見て「蜘蛛の糸を解け」に参加しよう!

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1996年06月21日

ウォリ ルル チャジャラ?

昨日行った小児科で、姉弟それぞれ4種類の薬をもらった。

実は昨日は全く飲ませていなかったのだ。私はOL時代、風邪でも休めずフラフラになりながら仕事をしていた事があった。仕方がなしに風邪薬を飲んだのだが、食欲が無いので空きっ腹に飲んだところ、七転八倒の苦しみを経験してしまったのだ。薬で胃が荒れたらしく、胃が痛くて痛くて、数日間、流動食しか受け付けなくなってしまった。まだ風邪の方が楽だったと思い、それ以来、薬はよっぽどでない限り飲まない事にしている。

だから子供にも、そういう考えを押しつけてしまっていたのだが、余りにも風邪が治る様子がなくAタカシがしんどそうだったので、薬を飲ませてみた。タカシには解熱用の頓服と、抗生剤、咳きどめ、鼻水用の薬の4種類、カオルには解熱用頓服以外の3種類を飲ませてみた。テキメンに二人とも下痢をしてしまって途方にくれた。カオルもタカシも下痢などしたことなどない。どうみても身体に良い気がしない。朝と昼に飲ませてみたが、タカシはご丁寧に2回とも下痢をしてくれた。晩にはもう飲ませなかった。彼らの自然治癒力に任せてみよう。

ところで、昨晩「ウォーローを探せ」にハマッたカオルは、今日になっても何度も何度も遊ぼうとせがんだ。一緒になって探して欲しいらしい。私は今日だけで、ウォーリ探しを通しで10回はやった。夕食の準備に、と台所に行くと、カオルが追っかけてきて「ウォーリー、ウォーリーやるぅ!」といって滝の様な涙を流してオンオンと泣いた。あの涙を見て黙ってはいられない。またまたウォーリーをやってしまった。面白いのは、タカシも何気なく参加して、時々、全く違うオジサンなどを指さしてゴキゲンな事だ。 ちなみにうちにある唯一のウォーリーは韓国で買ったものだ。題名は「ウォリ ルル チャジャラ(ウォリを探せ)」というものだ。明日はもう一冊買ってあげようかなぁ。

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姉弟関係は複雑系

タカシの風邪をこじらせてはいけないと思い、小児科に連れていく決心をした。

他の患者さんからの病原菌をもらうことを嫌い、朝一番に出掛けていった。ついでにカオルも見てもらう事にした。タカシを抱っこしていたので、カオルは一人イスに座り診察を受けた。2歳6ケ月だから、まだママに抱っこされて診察しても良い年齢だと思うのだが、彼女は既に「お姉ちゃん」としての自覚が出来てしまっていて、時々気の毒になってしまう事もある。私は意識的に彼女の事を「お姉ちゃん」とは言わない様にしている。例えば4歳くらいであれば、「お姉ちゃん」も理解できるのかも知れないが、1歳5ケ月で「お姉ちゃん」になチてしまったカオルには、きっと理解できないだろうと思ったのだ。

「お姉ちゃん」は「パパ」「ママ」と同じで立場を表す呼称なのだが、この辺りは理解しきれないだろうと思ったり、私にとっては、どちらが上か、という事は問題ではなく、ママとカオルはタカシ経由の関係でなく、いつでも一対一の直接的な関係だという事を彼女に知ってもらいたかったのだと思ったり。それでもカオルは勝手にお姉ちゃんになってしまう。一人で何でも行動し、タカシの面倒を見たりする。タカシが悪い事をしようとすると、私よりも先に「タカちゃんダメ!」としつけにかかる。

だから、時々カオルがタカシの事を腹いせにどついたりするところを見ると、口では「ダメよ」と言いながら、心の奥ではほっとしていたりする。あまりにも「お姉ちゃん」になってもらっては、こちらとしても辛いのだ。そして、タカシという人間は、次に弟か妹が生まれない限り、永遠の末っ子状態が続くのだ。既に現在1歳1ケ月なのだが、何をしても可愛い。親の要求水準は限りなく低く(笑)、積み木が一つ重ねられても「タカちゃん、やったね!」と絶賛されてしまう。

廊下をトコトコと歩く後ろ姿だけで、親をウルウルさせるのだ。カオルにしてみれば面白くないに違いない。自分でも偽善者だと思うのは、そんなカオルをフォローするためにスキンシップ・サービスをしてしまう事があるのだ。好きで好きでたまらなくて思わずブチューとキスしてしまう時もあるが、最近は、「あ、ちょっと拗ねてるかなぁ」と思った時に、「カオちゃん、抱っこしてあげよっか」と言って意識的に抱っこしたりする。それでもいいわ、と全てを知りながらカオルは私のウデの中に飛び込んでくる。男女の愛情の駆け引きに似ている。

そういう事をしていると、今度はカオルの事がいじらしく思えて、もっとぎゅっと抱き締めたりするのだが、カオルの方は、「もういいよ。カオル、遊ぶから」と私の腕を振りほどく。あぁ、切ない。 晩になって、ダンナの会社のソウル支店に勤める現地スタッフのCさんが退職されるという事で、日本出張中の今日、我が家で送別会を行った。近所に住む先輩御夫婦と、会社の同僚の女性2名と、そのCさんが我が家にやってきた。カオルとタカシの風邪が心配だったが、外遊びが出来ずに不満タラタラの二人は、一気にゴキゲンになった様だった。カオルは、先輩御夫婦の間にチョコンと座って、「ウォーリーを探せ!」をやっていた。いつもなら、2ページくらい見たところで、他の本に目移りしてしまうはずが、何故か今日に限って、何度も何度も遊んでもらっていた。先輩御夫婦の盛り上げ方がカオルには嬉しかったのか、その日はずっと「ウォーリー」三昧だった。

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1996年06月19日

解熱剤の座薬はすぐに効く

カオルの熱は下がったのだが、今度はタカシだ。二人ともゴホゴホと辛そうなセキをするにも関わらず、一日中ジャングルジムなんかで遊んでしまって寝ない。

確かに、「ちゃんと寝ぇや!」と言っても素直に聞く様な年齢でもないか。でも、昨日のカオルはよほどしんどかったのか、何も言わずとも、お布団の上にゴロゴロしていたのだから、今日は少しは気分が良いのかなぁ、と思う。

天気は良かったのだが、外に出掛けると体力を消耗する、と一日うだうだしてしまった。それにしても、あの熱冷ましの座薬というのは本当に即効性だ。タカシがあまりにも熱でしんどそうだったので、仕方なしにタ薬を入れてみた。お尻までもが熱くて火照っている。「タカちゃん、これで少し楽になるからね」と言うと、タカシの目が「うん、うん」と嬉しそうに光った。ふぅふぅ言う姿は余りにも痛々しく、帰宅したダンナも、「タカシ、可哀想やなぁ」などと言っていた。布団にタカシを入れて、寝かせてみた。静かにしている様だったので、ダンナはメールのチェックを始め、カオルはビデオを見出して、私はカオルを見ながら、時々マックをのぞき込んだりしていた。アンパンマン・マーチがビデオから流れたところで、ダンナが「おい、タカシ、どしたんや、お前」と言うので振り返ると、アンパンマン・マーチに合わせて踊るタカシがいた。「タカちゃん、寝てなあかんやん」と言おうと思ったのだが、もう表情が全然違う。ダメだ。座薬が一気に効いてしまっている。さっきまでしんどかったのがウソの様や、と言わんばかりに踊り狂うタカシ。お調子モンは誰に似たんや。

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1996年06月18日

またまたスティーブ・ジョブズネタ

ところで、WIREDという雑誌はカッコイイ。

96年6月号を購入して気にいっていたのだが、DTPで全ての編集を行っているのを見て、「あぁ、渋い」と思ってしまった。私などはDTP素人なもので、PageMakerかなんかで作るんかいな、と思っていたのだが、プロ・ユースは「QuarkXpress」というのらしい。PageMakerなんて全然使っていない。やはりアレはプロ・ユースではなかったのか.....。

最近、少しDTPでも勉強しよかいなと思っていたのだが、やめた(笑)ところで、私がかねてよりファンの「スティーブ・ジョブズ」が載っているWIREDをTさんに頂いて以来A家宝になっているのだが、その記事を私は時々感動を持って読みなおすのだ。最近の私は、自分に関わりを持つ事象全てが必然の様に感じている。今現在、Nextstepを手にしようとしているのも、何か必然の様な気がするのだ。スティーブ・ジョブズが人間的に尊敬できないとか、超ワガママという側面は、私にとっては関係がない事なのだ。彼が何を志向し、その中の何が実現できるのか。PCユーザーをどれほどワクワクさせてくれるのか。彼の存在自体が私には希望なのである。だから、canonがネクストへ百億円以上の投資をしているという事を知り、キャノンに対する企業イメージがぐんと上がった。

世の中が半年先の私利私欲に終始している時代にも、数年先を見据える人が必ず必要なのだ。しかし、数年先ばかり見ていると、周りから理解されず、今日、明日の会社経営に困ってしまう。何とかできないものか、といつも思うのだ。 こんな事ばかり考えていても、現実では、タカシとカオルの風邪の方が心配だったりする。カオルが何とか元気になりつつあるが、タカシの方が少し心配だ。風邪をこじらすと喘息風の咳きをする事があるので要注意だ。病院に行こうと思うのだが、何故だか病院に行くと余計悪くなる場合が多いので(多分、他の病原菌をもらってくるのだと思う)、避けているのだ。

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1996年06月17日

ロンバケの展開に物申す!

カオルには刺激が強かったのか、はたまたあちこちの冷房にさらされたせいなのか、風邪をひいて熱を出してしまった。

今日は天気も悪いので、一日外遊びはやめておいた。外遊びができないと、本当に一日が長く感じられてしまう。夜になって「ロンバケ」を見た。あぁ、やっとハッピーエンドかと思ったのだが、予告編を見て落ち込んでしまった。あぁ、嫌な予感がする。こんなに夢の様なストーリーを展開しておいて、最後になって突然、現実的な結末だったら怒るぞ、私は!

もしかして、またまた題名通りの展開になるかも知れないという涙の予感。「ロング バケーション」というのは、「陽フあたる場所に行くまでの長いお休み、人生の充電期間」の事だ。その「長いお休みを過ごした一夏の思い出」なんてのに集約されてしまえば、私は死んでしまいそうになる。これじゃ、「君といた夏」じゃないか!題名そのまんま、という意味では、「思い出にかわるまで」なんてのもあった。最初から題名に気付けばいいものを、最後にはハッピーエンドで終わると信じ続けて「それも思い出にかわったね」がオチなんて許せない!!最近、年をとったせいで、ハッピーエンド以外のストーリーは見たくないと本気で思ったりする。

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1996年06月16日

東京観光ガイド2

昨日に引き続き、今日も東京観光三昧だった。

 ■東京ドーム

 巨人ファンの義父のたっての希望で、東京ドームに行く事になった。私は東京ドームがどこにあるか知らなかったので、「ね、どこどこ?」とアホな質問をしてしまった。電車が後楽園に向かっている事を知った私は、主人に、「ね、ね、達ちゃん、もしかして後楽園に行くの? 後楽園って今はないの? じゃ、東京ドームにリプレースされたんや!」とどうでもよい様なことで盛り上がってしまった。だいたい、私は昔から阪神ファン、アンチ巨人なので、東京ドームとかそういうものは全く興味がなかった。以前、SE時代に友人達と行ったKIRIN DRY GIGSのビリー・ジョエルのコンサートが東京ドームであった様な記憶があるが、私は東京ドームよりも「ビリー・ジョエル!!!」という事だけですっかり盛り上がっており、他の事は目に入らない視野の狭い人であった。(でも、その性格は今でも変わっていないなぁ」 東京ドームでショップに入った。義父はジャイアンツ・グッズをカオルの従姉のモモちゃんへのお土産に購入した。「カオルちゃんもいらない?」と聞かれて私は「いつでも買えますから...」と丁重にお断りしたのだが、ホンネの所は、「我が家はジャイアンツ・グッズ出入り禁止区域よ!」という心境だった。アンチ巨人なのだから、こんなところで喜んでジャイアンツのロゴ入り帽子なんて頂いてはイケナイ。 そこで、野球博物館の様なところに入った。ベビーカー持参の私達は、エレベータを探したのだが、どこをどう探しても見あたらなかった。結局エレベータもエスカレータも無く、とても憤慨してしまった。「車イスの人はどうせぇっちゅうんや!」内容は思ったよりも良かった。私はミズシマシンジ氏の大ファンで、彼の野球マンガは当時ほとんど読んでいた。彼のマンガを通して結果的には野球の歴史やルール、用語全てを熟知するに至ったのだ。そうそう、私は中学入学した当時「野球狂の詩」というマンガに感銘を受けて、野球部入部を決意し、顧問の先生のところに入部届けを提出したのだが、その先生に「誰が目当てやねん」と聞かれて、こんな先生のもとで野球は出来ない!と結局諦めてしまった事があった。それまではソフトボールでガンガンやっていた私は本気だったのだが、全く世の中の人達の心は汚れすぎている!そんなマンガの中にしばしば登場する歴代の名選手が紹介されていて、その説明書きを見てウルウルと泣いてしまった。みんなそれぞれ、自分の人生の中では主人公だったんだなぁ、とさだまさし「主人公」の様な事を思ってしまった。やはり全ては精神力のなせるワザなのだ。オモチャがなければ遊べないなんていう子供にしてはいけない。親は物を与えることではなく、その意欲を引き出すだけでいいのだ。知育玩具をめったやたらと与えて、「あぁ、こういう遊びができたらおもろいのに!」と子供が自分で玩具を創る機会を奪っている親も多いと思う。これはもう、人災みたいなもんだと極端な事を思ったりする。

 ■住友三角ビル

 新都庁に行く前に昼食をとった。ここの50階のお蕎麦やさんで食事をした。カオルは途中で3コのおにぎりを食べてしまっていたので、食事がすすまない。(あたりまえか!)カオルとタカシは高層ビルからながめる玩具箱の中の様な景色に大コーフンだった。特に車が好きなタカシは始終「オーオー」と動く車を指さして御満悦であった。カオルは少し恐がっていたかも知れない。

 ■新都庁

 ここの展望台に登ったのだが、これは良かった。子供の遊び場に、という意味なのだが(笑)。人の迷惑をかえりみず、子供を放ったらかしにしてしまった。カーペットの上で、カオルもタカシも大ハシャギ。私達大人はゆっくり休んで....と思ったのだが、私は子供二人が時々、人に迷惑をかけるので、その度に誤ったり、カオル&タカシに注意したり、抱き上げたり、おっかけたり、とかなり疲れてしまった。中に、義母の彫刻の先生の作品があると聞き、それを見にいった。瀬戸内海の山をモチーフにした素敵な作品だった。彼は作品の中に見事にその「質感」というものを表現している。義母も、もう一度芸術を再開したらいいのに、と切に思った。

 ■NHK

 ここも思った以上に良かった。ドラマの撮影、ラジオの公開録音なども見れ、色々な放送技術も見ることができた。お茶の間で見るだけの人間にしてみれば、これはエキサイティングなところだった。また、時代劇のセットなど、義父母も喜んでくれたみたいだった。又、「朝の連続テレビ小説」の歴史などを見るのも興味深い事だった。昔のドラマというのはじっくりと面白かった気がする。少しタイムトリップしてしまった。一番興味深かったのは、21世紀のテレビと眼鏡なしの立体映像シアターだ。高画質のテレビというのに、少しショックを受けた。キレイ!なんてもんじゃない。髪の一本一本、小さな文字の1文字1文字がクッキリ・ハッキリ見える。最近の私は、「インターネットだ!」と大ハシャギしていて、つい「テレビ媒体」を軽視している傾向があったが、やはり歴史が違う。インタラクティブなインターネットの特性をテレビの世界も吸収して、両者に境目がなくなるのが理想のはずだ。家の中に、テレビとコンピュータなどのモニターがいくつもあるのは美しい姿ではない。(もちろん、各部屋にあることは必要なのだが、テレビ用と、パソコン用という用途別のモニターがあることが美しくないのだ。)やはり、こういうメディアについても勉強せねば、と実感した。理想を追及するためには井の中の蛙でいてはいけない。いろんな世界を見て、その中から良いものをピックアップしてよりよい物を創らなければ!(といっても私が出来るわきゃないか。)お土産に、と義父がカオル&タカシにミドちゃんファドちゃん(NHKの幼児番組のキャラクター)のTシャツを買ってくれた。40秒で名前を入れます、と言われて喜んで名前を入れてもらった。これはいい。迷子になった時に便利だ。横で父が「住所も入れてもらえ!」などと笑っていたが、これはナイス・アイデアかもしれない。住所は何だから、電話番号がいいかもしれない。でも、悪戯電話がかかってくるといやだしなぁ!それにしても、こういうビジネスは流行るかも知れない。「貴方のお子様のTシャツをインターネット経由で販売します。お名前はディフォルトで入っていますが、追加500円で住所、電話番号も入れます。」こういうのはどうだろう。そのミドちゃんTシャツは、1900円だったのだが、結構売れていた。これに送料と名前入れを入れて、2000円前後の商品であれば、絶対売れると思う。これは、アイロンプリント用紙に印刷できるカラープリンターさえあれば、(これも数万円だろう)あとは少し質の良い真っ白のTシャツを卸値で購入すれば簡単に出来るはずだ。前の「URL入りTシャツ」と合わせれば、結構注文が来るかもしれない。それから、デジタル化した画像をネットで送ってきてもらえれば、それもTシャツにしてしまう!わ、わ、いいな、誰かやって!!!私絶対買うのになぁ。 とりあえず観光はこの辺りで終わり、原宿から浜松町に行き、そこからモノレールに乗って羽田に向かった。義父母を見送ってかえってきた。箱崎行きのリムジンに乗って、そこからタクシーで1メータで門前仲町、そこから東西線にのって無事帰宅した。私達でもすっかり疲れてしまったのだから、還暦前の義父母の疲れはどんなだっただろう。

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1996年06月15日

東京観光ガイド1

今日は朝から皆ヤル気になっている。今日は天気もまぁまぁ良く、義父母に東京観光をしてもらおうと準備万端、出掛けた。

 ■銀座、月島

 何故かまず銀座に行ったのだが、義父がもんじゃ焼きを食べてみたい、という事でそこから月島のもんじゃ通りに入った。適当なところを見つけて入ってみたのだが、とても美味しかった。東京に来た当初、ジャスコに入っているもんじゃ焼きを食べて、「どうりで大阪には無いと思うた。こんなマズいもん。」と納得したのだが、月島のもんじゃ焼きは味が濃くて美味しかった。ちょっと食べるには楽しい食べ物だ。あの焦げた所がとっても美味しい。お好み焼きを作っている途中にメち切れなくて端っこから食べた、あの何ともいえない感覚を充分に満足させてくれる楽しい雰囲気だ。あれは子供にもいい。多少味が濃いのだが、離乳食期の子供にも食べさせる事が出来そうだ。今度また来よう。

 ■日の出桟橋〜浅草(船)

 あれは何というのか忘れた。フェリーだっけ、最近物忘れがひどいのだが、とにかく船に乗ったのだ。これがとっても面白かった。座席について、「デッキの方が良く見えるかナァ」などと言いながらすっかり御登りさんであった。動きだそうとするその時、うちのダンナが「あけん、お前あっちの方見ておけ!」と言い出したのだ。え?も、もしかして......。「コナミ(だったと思う)の看板があったらか、間違いない。ここから浅草までの間に絶対あるで!」と言うのだ。もう、これはアレしかない。私が毎週この日この時のために1週間を過ごしているといっても過言ではない程入れ込んでいるドラマ「ロング バケーション」の舞台になっている瀬名くんのマンション、所謂「セナマン」が見れるかも知れないというのだ。これはもう大コーフンの世界なのだ。あのキムタクが触れた「セナマン」が見れるかもしれない!(ほとんど病的なミーハー)私達は義父母をすっかり忘れて、盛り上がってしまった。あ、この雰囲気は....。と思ったところで、ダンナが「そろそろかも知れへんな」と言った。私の頭の中は「ロンバケ」の各シーンが蘇ってきて、他者の入り込むスキなどなかったハズだった。しかし、私は子持ちであった。「おしっこ!」という信じられない様な地獄の呟き。カオルがおしっこに行くと言い出したのだ。この時は、「もうおもらししてもいいから、待って!」と言いたいところだったが、義母の「おしっこって言うてるよ!」という言葉で現実にもどった私は、急いでトイレにかけこんだ。そして戻ってきた。最低だった。通りすぎたらしい。デッキの方ではザワザワという感じだけ残っていた。ダンナに聞くと、「え?お前見ぃへんかったん?」とサラッと言われてしまった。信じられない。世の中にこんな間の悪さってあったんや。大騒ぎしているのに気付いた義母はもっと信じられない事を言った。「キムタクとかいうのが、出てるドラマなん?なんか撮影してたみたい。黒いスーツを着ている人がいてたよ。後ろの人が、『キムタク』やって言うとったみたい。そんなドラマあったんかいな」私はもう死にたかった。あの舞台が見れただけでなく、撮影しているキムタクらしき人影も見損ねたのだ。あぁ、生きている間に一度は拝んでおきたかったのにぃ。それから、私はこの出来事を全く忘れる事が出来なかった。カオルぅ!

 ■両国(江戸博物館)

 この博物館はものすごかった。感動した。かなりすごいものだった。私は今までこの博物館の存在を知らなかったのだが、海外からのお客様の時には、必ず御連れしようと思ったほど出来が良かった。大きくてストレスを感じず館内を回る事ができた。地方では作れない代物だろうなぁ、と思ってしまった。総工費にいくらかかったのかは知らないが、ものすごいものだった。また内容もかなりよく出来ていたと思う。すっかり楽しんでしまった。あぁいうのを見ると、歴史に興味を持つ子供も増えるのではないか、と思ったりした。その中の東京大空襲の電光掲示板には胸が痛んだ。まさに地獄の様な光景だったのだろうと思う。

 ■再び銀座

 夕食のために、またまた銀座に出掛けていった。銀座のド真ん中にある「木曽路」に行った。一週間前に行ったばかりなので、覚えられている様で、前回子連れで大迷惑をかけているので、ちょっと気がひけたのだが、美味しかったのと個室で落ち着けるので選んでしまった。ここの牛肉はすんごい柔らかい霜降り肉で、カオルもタカシも親の懐を全く心配せず、バクバク食べてくれた。とにかく今日は疲れたが、義父母には喜んでもらえた様なので、安心した。

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1996年06月14日

義父母、東京にご到着!

昨日は結局寝てしまった。

ここ1週間睡眠時間が2、3時間という日が続いていたので、睡魔には勝てなかったのだ。朝起きた時には、「なんで起こしてくれなかったのよぉ!」と一夜漬けでのぞむ予定の試験前日で寝てしまった高校生の様な事を思ってしまった。こんなんだったら、日頃から勉強しとけばよかった、といつも思っていた。こんなだったら、日頃から掃除しとけばよかった。

今日の午前中、ダンナが空港まで義父母を迎えにいってくれた。私はカオル&タカシと家で最後の仕上げ(=掃除)にとりかかっていた。8時55分に到着予定の飛行機なので、家に着くのは11時頃だと思っていたところ、9時半頃電話がかかってきて「これからタクシーで帰るけど、ダイジョウブ?」と言われた。ダイジョウブではないが、ダメだとは言えない。「うん、わかった。ヨロシクね!」と言ったものの、慌てて見苦しいもの全てをダンナの部屋(別名:開かずの間)に押し込んだ。それから20分もしないうちに到着してしまった。 とりあえず見れる状態になっていたので、ダンナは安心したようだ。

それから、家で軽く昼食をとって、家の中を見学していた義父が、あの「開かずの間」に手をかけてしまったのだ!!!!そして見られてしまった。あぁ、ゴミダメの様な部屋。仕方がないな。ボロが出るというのはこのことかも知れない。どうやら、「もの置き」と思った様だ(笑) 天気が悪かったのだが、義父母は4時半から「ディズニーランド」に行った。たまたまタカシが寝てしまっていたので、私は一緒に行くことができなかったのだが、それなりに楽しんでくれればいいな、と思いながらも期待外れだったらしい。「疲れるばっかりや」と言っていた。天気の悪さも原因した様だ。パレードもなかったのだから、面白くないかもね。

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1996年06月13日

徹夜で掃除

何とか掃除をしようと思いながらも、タカシ&カオルが大いに汚す生活は、「明日義父母がやってくる」という特筆すべき状況であっても変わらない。

何も1歳と2歳に掃除を手伝ってもらおうとは思わないが、ジャマするのだけはやめて欲しい。しかし、それは無理な話だ。

来客時の掃除のポイントは「遠いところからする」というものだ。必ず来客の目につくところから掃除をすべきなのだが、私はその逆だ。というのは、目につくところから始めると、絶対日頃掃除しないところには手は及ばない。来客というのは、意外なところに汚れを見つけてしまうものなのだ。表面的にキレイにしていても、その家が常にKeep Cleanしている家か、とっトつけた様に掃除した家か、一目瞭然なのだ。

私は結構「ええかっこしぃ」のところがあるので、目に見えるところを掃除しない、という事は考えられない。何とか辻褄をあわせて掃除をするはずなのだ。だからこそ、前日の掃除は、「日頃絶対やらないところ」からキレイにしておいて、当日は、この「ええかっこしぃ」亡霊のもとで、必死にメインの掃除をするのだ。

今日は、冷蔵庫の掃除と、お風呂と玄関の掃除と脱衣所の棚の整理、洗濯機の掃除、おもちゃと本、クローゼットの整理、とどうでもよさそうな所をピカピカにした。だからダンナが帰宅した時は、家の中が「お前、やる気あんの?」という程散らかっていた。どうでもいい棚の中だけキレイにして、家の中は掃除機ひとつかけていない。「やる気がない」と思われても無理はない。今夜は徹夜覚悟だ。

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1996年06月12日

HPのお引越し

やっと睡眠不足から開放されるぞ! 

新しいHPがある程度完成したので、お引っ越しすることにした。あまり前回とかわりばえしないが、新しいドメインを取得していたので、それをとりあえず使うことにした。メインではないが、一番早くできてしまった。とりあえずは一安心だ。これからまたHP製作代行の方に取りかからなければならないので、あまりゆっくりもしれられないのだが、ひとまず睡眠をとらなければ身体がもたない。といっても既に朝の5時だから、1時間しか眠れない(涙)明日は(もう今日だな!)外遊びを自粛して、ゆっくり昼寝でもしようかなぁ。あ!掃除が残っていた!!!

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1996年06月11日

在宅の仕事を考えてみるのだが

お昼間は外遊びガンガンで、子供のお昼寝の時間3時間+深夜が私のマック時間だ。

朝に1時間位時間がとれる事もあるし、雨が降って外遊びができない時、家の中で姉弟二人で機嫌良く遊んでいる時は、子供に背を向けてマックに向かう事もある。ここに私の葛藤があるのだ。

在宅で仕事をするのは常勤の仕事に比べて自由度が高く、子供の側に居ることができるという大変なメリットがあるが、どうしても急ぎの仕事がある時は、昼夜を問わずマックに向かわなければならない事も多いはずだ。私は母が在宅で仕事をしていたので、子供の気持ちはよくわかる。「背を向けられる」のはニっても嫌なのだ。うちの母はよくデキた人で、学校への御見送り、お出迎えはいつでもきちんと玄関までいってしてくれたし、家事に手抜きを感じることもあまりなかった。料理上手の母は、ヒマな時には、必ず手作りのおやつ(当時としては珍しくパンまでも手作りだった)を用意してくれて、よく友人に「あけんちゃんのママって、何でも作るのね」と羨ましがられた。

帰ってきて学校の話を聞いてもらいたくて、「ね、今日....」と母の背中に話しかけると、「ごめんね、今忙しいから、終わったら聞いてあげるから。」と優しい口調で言われるのが、とても辛かった。わかっているのだ。母が意地悪をしているわけでも、その仕事の御蔭で自分がこうやって何不自由なく暮らせること、全てわかっているのに、それでも嫌なのだ、好きな時に相手にしてもらいたくて、必要ない時には関わって欲しくない、子供は究極のわがまま人種なのだ。この気持ちがわかっているだけに子供には淋しい思いをさせたくない、とも思う。

しかし、子供に「母親は家に居て家庭を守るもの」という考え方がディフォルトになってしまうのも嫌だと思ったりする。私は母が働いていた御蔭で、専業主婦だけが全てではないと思ったし、自分のやる気ひとつで何でも出来るのだとも感じた。私の母は自分で学校に通い、技術を修得し、自分で営業をして仕事をとってきた。納期に遅れる事も人に迷惑をかける事もしなかった母を立派だと思うし、自分もそうなりたいとも思う。

家でおせんべ食べながら「安月給とり!」などとダンナに向かって吐き捨てる様な主婦になってはいけないのだ。しかし、ホンネのところはどうか。ダンナの休みの日には一緒に旅行にでも、と思っても仕事があれば行けない。こんなどうでもよさそうな事で、意外にも決意が崩れてしまう事がある。もっと堅苦しくない仕事の仕方があってもいいな、自分がそういう雇用を創出できれば、といつも思っている。

好きなときに仕事が出来て、遊びのためでもすぐに休みがとれて、それでも困らない様なバックアップ体制がキチントできている様なバーチャルな組織。「子供が熱を出して」というメール一本で、他の人にうまく振り返ることが出来るシステム。まとまった時間がとれて、少し無理をしてでもお金を稼ぎたい時には、それだけの量の仕事を確保でき、休む時には1ケ月でも問題なく休める。そして、時代のニーズに合わせて、自分の技術をブラッシュアップできる教育システムも持ち、流動性と自由度の高いオープンなバーチャル組織。理想を語るだけなら誰にでもできる。いつの時代も成功した起業家というのは、それを行動に移した人だけだ。理想だけで世の中も自分の周りも変わらない。Just Do Itなのだ。

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1996年06月10日

良き音楽との出会いを

月曜日といえば、私の一番楽しみにしているドラマ「ロング バケーション」がある日だ。

私はインターネットに接続できる様になってテレビをほとんど見なくなった。見るのは、このドラマと土曜日の「がらがらニッぽん」くらいなのだ。あとは夕方に1時間程、幼児番組の音を聞きながら夕食準備をするのと、朝にダンナが時々「やじうまワイド」を見るだけだ。

テレビを見なくなって困ったことは全くない。ゼロだ。先日、カオルがテレビにミルクをこぼして故障させてしまった時も、全く動じなかった。無くても困らないと思ったからだ。

私の興味の対象は、インターネット経由でも情報が手に入るし、もニもと女性雑誌には興味のない人だから、そのテの話題に枯渇しても困らない。それよりも、テレビを見なくなって、日常的に家でかけているCDの影響で、何故だかヴァイオリンに興味が沸いてしまい、三十路の手習いでやってみたいとさえ思ったりする。

私はもともとピアノをやっていたので、楽器の中で一番美しいのはピアノだとばかり思っていた。しかし、最近一日に10回以上、PERLMANのCDを聞くうちに、人間の肉声に近いのはヴァイオリンなのだ!と気付き、掃除をしながらウルウル聞き入っている。時々、カオルが「コメコメ(米米クラブ)して!」とリクエストするのだがそれを振り切って一人悦に入っている。私は相変わらず視野が狭い上に凝り性だ。

ところで、最近、私は自分とピアノとの関係を振り返る事がある。それはドラマ「ロンバケ」でキムタク扮する主人公のセナくんが音大卒のピアニスト志望の青年である事から思い出したのだ。私も一時音大を目指した事があり、それをやめた経緯を何度となくトレースして一つの結論を得たことがある。「自分の才能のなさに気付くチャンスをのがすと不幸になる」というものだ。私自身は才能がなかったので、結局は音大にいかなくて良かったと思っているのだが、それにはある一人のピアノ教師との軋轢があったのだ。

私は4歳でピアノを始めたらしい。自分の記憶は全くないのだが、テーブルの上でピアノを弾くまねをしていた私を見て、母が「あけみちゃん、ピアノやりたい?」と聞いたら「うん」と答えたらしい。そして当時24万円(多分かなりの高額だったと思う)のピアノをローンで買ってくれた。私の母は疎開先がピアノの先生宅だったのに、その息子さんが意地悪でピアノを触らせてもらえなかった、と言って一緒にレッスンを始めた。

幼稚園の先生の経験があるその先生は、本当に素敵な先生で、「音楽は音を楽しむもの」を実践している先生だった。優しくて、子供の興味、好み、性格全てを熟知して、それぞれに合った指導をしてくれた。子供ながらに感動したのは、その先生の発表会の選曲がスバらしかったのだ。例えばとにかくガンガンとかっこよく弾きたい子には、その欲求を満足させる、ちょっと難しい曲を考えてくれて、それよりも間違えずに丁寧に弾きたい、という子には、情緒豊かで難易度のそれほどでもない名曲を選んでくれた。みんなその発表会(クリスマス会といった)を楽しみにしていて、発表会の当日には、ピアノだけでなく色々なイベントを用意してくれて、私の胸はワクワクしっぱなしだった。

中学生になって、その先生に「専門の先生につきなさい」と言われて音大卒の先生についたのだが、私にとっては鬼門の様な先生だった。どうして、こう面白くなさそうにピアノを弾けるのか疑問だった。先生自身は身体が弱く、「この曲を2回続けて弾くと、身体がダメになる」とかいうお嬢様先生で、「なんや、この純粋培養お嬢」とか思っていた。楽譜通りに弾くことを第一義として、技術的な事しか注意されなかった。全く面白くなかった。私は普段は全く宿題の曲を練習しないで、CMソングやアニメの主題歌をクラシックアレンジしたり、短調の曲を長調に変えて遊ぶピアノ・オタクの様な少女だったので、全く宿題は練習不足でいつも先生に溜息をつかれていた。嫌だった。本当にレッスンに行くのが嫌になってしまったのだ。あまりにもテクニック重視の先生に嫌気がさして、「私はショパンとドビュッシー以外は弾きません」と断言して、それ以外の曲は練習せずに、ますます嫌われてしまった。

今思うに、その先生は「音大に行かせることを目的としたレッスン」をしていたのだと思う。どんどん、その先生との関係が悪化していった時に、先生が、「有名なピアニストの人は弟子をとる時に、身体や骨格、手の形などを見て弟子をとるの。だから、向かない人はどんなに練習しても駄目。生まれながらにピアニストとして成功する人は決まっている。練習したくないなら今度から来なくてもいい」と言われて、絶縁状態になった。私はその日以来、クラシックと決別したのだ。

レッスンをやめてピアノに触らなくなったかと言うとそうではないのだ。「好きでもない曲を弾かなくてもいい!」という自由は何ものにもかえ難い幸せだった。それからは、自分の好きな曲を好きなだけ弾いて、ずっと遊んでしまった。大学に入ってしばらくしてから、久しぶりにクラシックの楽譜を取り出して弾いた時は涙が止まらなかった。以前楽に弾けていた曲が、全く弾けなかったのだ。あんなにバカにしていたクラシックの曲が弾きたくてたまらない。私は当時の先生を恨んでしまった。あの先生でなかったら、私はもっとクラシックを弾いていたかも知れない。Dクラスの曲を初見で弾けたかも知れない。大学時代は本当にその先生の事を思い出すと、怒りがこみ上げてきて、「趣味で弾こうとする人の気持ちを萎えさせる権利は誰にもないはずだ!」と思ったりしたものだ。

そして、今、実は私はその先生に感謝しているのだ。あの時あの先生が正直に言ってくれなかったら、私はきっと音大を目指し、クラシックから足を洗う機会をのがしていたに違いない。方向転換できる時期を逸し、惨めにピアノにしがみついてしまっていたかもしれない。好きな音楽が嫌いになり、「ロンバケ」のシンジ君の様に、「好きなはずのピアノの前に座ると不思議な事に吐き気がする」様になってたかもしれない。私にとって、音楽とは「音を楽しむ」以外のなにものでもないのだ。義務でも仕事でもなく、単なる楽しみになって、今自由に音楽を楽しめる様になった。大学で臨床心理を目指しながらも、その現実を直視して甘ちゃんの自分には無理だと思った瞬間、「音楽心理」に転向したのは、暗示的だったのかも知れない。そして、その音楽心理の研究のために使ったコンピュータが私の方向を再び変えてしまったのだ。世の中の現象には偶然など一つもなく、全て必然なのではないか、などと思う時もある。

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1996年06月09日

本気でNEXTSTEP

二日続けて秋葉原だ。こんな生活はいいかげんやめようと思う。

今日は、NEXTSTEPを載せるためのマシンを選定に出掛けていったが、機種選定の時期が一番楽しいのだ。現在のところ候補は、牛さん(何となく可愛い)、Dec(何となく丈夫そう)、Dell(何となくNextstepとの相性が良さそう)なのだが、私はどうしても牛さんがいいな、と思ってしまう。

ニフティのSGATEWAYを見ていると、どうも納期に不安があるのだが、それでも「牛飼い」になってみたいという衝動は押さえられない。Appleもそうなのだが、可愛げのないマシン、かっこ悪いマシンは家に置きたくない。これは完全に主観の問題なのだェ、いくら音が良くてもパイオニアの互換機は嫌だし、Acerのあの形は許せないものがある。NECなんて言語道断な感じなのだ。又、私はもともと親指シフトのキーボードに手が慣れているのだが、Macintosh用の親指シフトのキーボードは無骨な感じで全く論外。嫌なのだ。こんなワガママな私だから、いくら安いからと言って、いくらCPUパワーがあるからといって、財布のヒモが緩んだりはしないのだ。

しかし、ひょんな事で入ったプロサイドというお店は結構気にいってしまった。これはいいかも知れない。ところで、アミュレットというお店でNextstepを触った時は興奮してしまった。アイコン一つとっても美しいのだ。芸術的な美しさがある。スティーブ・ジョブズが技術やさんでないという事がよくわかる。

どんなに経営戦略的に有能なビル・ゲイツであっても、彼はやはり技術の人なのだと思う。コンピュータの世界は技術の人が理想を語ってはいけない。そうでない人が「コンピュータはこうあるべきだ」というところを原点にして、有能な技術者がそれを実現する。その中で、技術的に必要な機能は都度付加すればいいのだ。私は最近、コンピュータの世界も「がらがらポン」しなければならないと思っている。Windows95やMacOS、Javaなどの呪縛から完全に解き放たれ、夢のコンピュータを作る人が現れなければならない。そして、そういう理想に燃えた若者に、ベンチャーキャピタルがどんどん資金を投入していかなければならないのだ。これはVCの使命であると思う。回収確実な起業に資金を投入するのは、ベンチャー・キャピタルではなくて、単なる預金でしかない。

インターネットを経由して、情報産業の国内空洞化が目に見えているのに、誰も何の手も打とうとしていない。OCNがなんぼのもんじゃい。あれが理想のネットワークだと本気で思っているのだろうか。若者は、就職に有利な資格をとって、有名企業に就職することを志向してはならない。戦後の焼けの原に立たされた心境で、一から自分で興す気位を持たなければならない。もちろん、私も僭越ながら若者の中に入っている。今やらなければ、最終的には自分の首を占める事になる。老いぼれた自分を見てくれるはずの子供達は、日本に愛想をつかして移民してしまった、ではすまされないのだ。

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1996年06月08日

韓国のお友達が来られたのだが

主人の会社のソウル支店の同僚達が日本に出張にやってきた。

今日は一日フリーだという事で私も一緒に秋葉原にお共したのだが、彼らの第一声で私はすっかり硬直してしまった。「何や、ラテン語か?」全く韓国語がききとれない。これはかなりショックな事だった。

だんだん音に慣れて勘をとりもどしつつあったのだが、自分がしゃべる段になると、突然会話が簡単になってしまう。何だこれは!二年半に住んでこれだったら、あまりにも御粗末だ。英語も勉強しないと駄目だが、一度少しでも修得した韓国語までこのレベルでは、あまりにも情けない。もう一度勉強しようと思った。

ところで、彼らの一人は、DecのCD-ROM付きHiNote Ultraを購入した。かなり高価なものなのだが、本人はウハウハものだった。そりゃそうだろ。私だって欲しいぞ、あのデザイン、あの軽さ。お金があれば、ノートはあれで決まりだ。牛さんのショップにも立ち寄ってしまった。韓国にはないでしょ。とダンナが聞くと、彼らは「あるよ〜!ニセモノだけど」これには笑ってしまった。コワイけど一度みて見たい気もする。自分のお店で作ったマシンに牛さんのロゴ貼りつけてるんだろか。

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1996年06月07日

ネット絡みのビジネスなどなど2

うちの母からのメールは癒しの効果もある。

長年生きていた人の含蓄が行間にあらわれている。現在、インターネットは若い人、それもネットオタクなどが多いのだが、本当は、うちの母くらいの人にガンガン使ってもらって、情報をどんどんデジタルに変えて欲しいと思う。電子メール相談室って必要だと思うのは私だけだろうか。

実はカウンセリングなども、面と向かってなら受けたくないのだが、電子メールならば、受けたいとも思う。子育ての相談もそうだ。カオルのチック?も実はもっと相談してみたかった。結局現在は治ってしまったのだが、渦中にいる時は、誰かに聞「てもらいたかった。「精神的なものではないよ」と言ってもらいたい気持ちもあり、「でも、原因は知りたい」という気持ちもあった。単刀直入に、「ママさんが構ってあげないから、欲求不満になったのよ」と言われたくはないのである。

でも心の底では、精神的なものもかなりのウェートがあったと、母親の私も思っているのだ。こんな時に、電子メールで相談できるカウンセラーの人がいれば、と思ったものだ。誰にも知られないところで、相談して解決してしまいたいのだ。「....と、欲求不満の場合もあるから、時々構ってあげて様子でも見てみたら?心配だったら眼科に行ってもいいのよ。それよりも、ママさんが気にしないコトね。」なんてメールが来たら、私なんて、すっかり気が軽くなると思う。

好きな時に好きな内容で問い合わせができて、小児科医のスタッフもいて、24時間以内に必ず返事がもらえる、「育児101番電子メール相談室(勿論、一対一で外部には絶対もれない)」などがあれば、年会費5000円までだったら出すと思う。電子マネーが市民件を得れば、一回の問い合わせにつき500円位で料金回収できればいいのになぁ、と思う。

あと欲しいのは、「誤飲101番のオンラインDB」だ。現在はダイヤルQ2を利用した有料のサービスがあるが(6秒10円)、あれは本当に役に立つ。しかし、問い合わせの電話は、絶対どこかで重複しているはずなので、世の中の考えられる誤飲事故のDBを作って、有料でアクセスできれば、と思う。洗剤であればほとんどの銘柄について、お薬もしかり。それぞれのお薬には誤飲した場合の対応が書かれているはずだから、それをそのまま入力して、専門家によって、その原料などをもとにした正確な対応を加えてもらえればいい。

いろいろと考えつくのであるが、ここにきて、これからの人は「一芸に秀でていなければ」と強く思う。私はサービスを提供できるほどのものを一つももっていない。何かをしようと思えば、全て専門家と組まなければならないのだ。主婦歴もまだまだ4年、子育ては、2年半。ヒヨコである。私にできる事は、こうやってボヤキを公開することくらいなのだ。これを見た人が、何かのヒントになればいいな、と思って書き続けている。

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1996年06月06日

ネット絡みのビジネスなど1

料理上手の母から、定期的に「新レシピ」がFAXで届く様になった。

以前は電子メールで来ていたのだが、普通紙FAXを購入して以来、テストを兼ねてFAXで送ってもらう事にしている。外から帰宅すると、FAXが入っていて、それを見て美味しそうなものを選んで夕食に出してみる。母のレシピは簡単だが美味しい。テレビなどでやっているレシピをちゃんとメモしておいて、それをマックに入力している。自分で作ってみて改良を加えたものを私に送ってきてくれるのだ。これだけで、「オレンジページ」「レタスクラブ」を購入する必然性はなくなる。

実は以前は好きで買っていたのだが、中々実際には作らないという事が判明した。これは私の性格にもよるのだが、何冊もある中から一つのレシピを探すのが面倒なのと、時間がないこと。また一度作って美味しくなかったりすると、「もう、嫌!」と思ってしまうのだ。

ところが、舌の肥えた料理上手の母のレシピはどれも外れがなく、「特に美味しい!」などのコメントがついているので、付加価値があるのだ。電子メールによるレシピ配信サービスなんて絶対流行ると思うのだが.....。

ところで、テレビの料理番組では最後に「レシピ案内のテレフォンサービスが人気を呼んでいるが(聞き逃したレシピのチェックにもってこい)、あれこそ、電子メール配信してくれればいいのに、と思う。第一段階ではテレビ局製作のHPでダウンロードできる様にしてもらって、第二段階で、例えば年会費1000円位で電子メール配信してもらえれば、私なら絶対契約する。また、ずっと前に考えていたものだが、栄養士の人と組んで、「糖尿病レシピ365日」といった、食事療法を必要とするレシピを毎日配信するサービスも欲しいところだ。出来れば、オプションで高くなってもいいのだが、一人一人のデータ(これは病院側から転送されてくる)を元に自分だけのレシピを送信してくれるサービスもいい。これについては本気で栄養士の学校と組んでやろうかと思ったくらいなのだが、それよりも「レシピ通り献立を作ろうという人は、そういうサービスがなくても自分でやっている」のではないか、という懸念からやめたのだ。

つまり、世の中に情報は溢れかえっているにも関わらず、その情報を自分の身に置き換えて実践している人はほとんどいない、という人間のサガに起因する部分がネックになっているのだ。ただ、ビジネスを考える時に、万人に受け入れられる事を考えなくても良いのだ。人口に何%の人かが、「お金を出しても欲しい」というものであれば、必ず成功する。これは絶対イケルと思う。誰かやってくれないかなぁ。他にも、「3ケ月ダイエット・メニュー」というのも良い。

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1996年06月05日

幼児の世界にもイジメはある

今日は特に面白い事もなかったので、昨日書き忘れた事を書こうと思う。

ジャスコの乳児室の隣にプレイ・ルームがあるのだが、そこは滑り台一つだけで後は自由に走り回れるスペールで結構楽しい。そこで男の子3人とカオル、タカシという面子で仲よくあそんでいたのだ。その中に飛び抜けて美形の男の子がいた。まんまるで目がぱっちりの性格の良さが顔に出ている様な男の子だったのだが、髪の毛が縮れていて、日本の学校社会の中では、いカめられてしまうのだろうなぁ、と思いながら見ていた。もしかしたら、性格が、とってもきつそうな子だったら、そう思わなかったかも知れないが、本当に表情の柔らかな優しい感じの子だったので、他人事ながら心配していた。

ところが、遠い未来の事だと予想していた事が目の前で起こってしまったのだ。その男の子を二人の元気な男の子が追っかけ回し(そこまでは良かったのだが)、最後には一人の男の子が蹴りあげ、もう一人の子が馬乗りになったりしているのだ。その子の表情を確認すると、すっかり涙目になっていて遊んでいる様には全く見えなかった。そのまま三人がお団子状態で転げてきて、私の目の前に着たところで、一人の男の子が蹴りを入れようとしていた。私は周りが全く見えなくなって、その男の子の足を払いのけて、「そんな事したら、お友達が痛い痛いになるからやめてね」と言いながら、もう一人の男の子も、押しのけた。

私は理性が及ばずつい手を出してしまったのだが、この行動について、あれでよかったのかと色々と悩んでしまった。それからいじめていた方の男の子のママさん二人は、「ダメよ、ごめんなさい言いなさい」と言って、子供に謝らせていた。その子供達は吐き捨てる様に「ごめんなさい」とだけ行って去って行った。いじめられた男の子のママは最後まで助けなかった。その助けなかったママさんの気持ちも痛い程わかるのだ。「やめてって言いなさい。お友達は、ふざけてるだけなんだから、やめてって言わないとわからないのよ」と遠くから叫んでいた。

ママさんの腕には女の子の赤ちゃんがいた。哺乳瓶でミルクをあげていたから、彼に近寄って慰めることもできない様だった。残された男の子は、私の目の前で泣いていた。泣き叫んでくれれば、こちらの気持ちも少しは晴れたかも知れないが、彼は自分の気持ちを一生懸命押し殺して、それでも押さえ切れずに涙が出てきてしまった様だった。見ている方が辛くて、思わず頭をずっと撫でてしまった。

本当は抱き締めてあげたかったのだが、人それぞれ教育方針が違う。他人が立ち入って勝手なことをしてはいけない。おまけに見ず知らずの女性に子供を抱き締められるというのは、母親として見たくない光景だ。だから、私にとっては頭を撫でてあげることが、その時出来る全てだった。頭を撫でながら、「偉かったね。我慢したのね」とずっと言い続けた。彼は私の方をじっと見た。その目は「いいんです。僕知っているんです。僕は既にもうイジメラレル側の人間なんです」と語っている様だった。

わずか3、4歳の子供がそんな事思うはずはないと思うかも知れないが、私にはそう思えた。それが何とも言えずに辛くて、こちらまで目にジワーと涙がたまってきてしまった。カオルとタカシまで、その男の子の前に座り込んで、じっと彼を見つめていた。カオルに至っては彼の肩に手をかけたり、頭をなでたりしている。私は、それも辛かった。彼にしてみれば、自分より年下の人間に慰められているという事実は屈辱的だったと思う。だからといって、カオルとタカシの行動を止める方法はとっさに浮かばなかったのだ。

そうしているうちに、ママさんが「すみませんね。○○、こっちへ来なさい」と言ったので、彼に「良かったね。ママさんのところに行こうか!」と言って彼を送り出した。そのママさんは、私の事を嫌な女だと思ったに違いない。立ち入った事をしたに違いない。将来の事を思って、日々強く生きる事は大事だ。でも、目の前で実際に泣くしかできない子に対しては、もっと別なフォローがあるのではないか、と色々と考えてしまった。

私は彼の、全てを知りつくした様な涙目が忘れられない。あの「全てを諦めなきゃならない星の下に生まれました」という目は、これから、色々な場面での脱力感に繋がりはしないかと心配でならない。若い時には、前後の見境なく突き進む様なパワーが必要な事もある。そんなパワーは、自己肯定性というか、自分に対する好印象がなければ出来ない様な気がする。若いうちに悟ってしまう必要はないことも多いのではないか、とまたまた思ってしまった。

この話を実母にしたところ、「カオちゃんて人に気遣うでしょ。だから、いじめられても黙って耐えてしまうんじゃないかと思って、おばぁちゃんは今から心配。それを思うと涙が止まらない」と言った。人の事心配している場合じゃないか。

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1996年06月04日

若者の記録文化?

今日は、またまた西葛西の行船公園に出掛けていった。あそこは「ふれあい動物園」があって、子供にとっては最高の遊び場だ。

行く前にジャスコの中の美容院でカオルの散髪をしてもらった(2000円)。以前は銀座のファミリアまで行って、散髪してもらったのだが、その時は5000円位したから経済的に楽になった。本当は私がカットしてあげれば良いのだが、以前、私が切った髪型を見て、実父に「お前、何考えてんねん。ほんまにセンスのないやっちゃ。」と怒られてしまった。どうも可愛く切れてなかったらしい。それ以来、専門家に任せる事にしている。

ショートカットに気をよくしたカオルは、普段嫌がる帽子にも興。を示したので、これからの季節暑くなるから、とカオル&タカシで御揃いの紺色チェックの帽子を購入した。散髪で服に髪がついているかもしれないと、たまたま鞄につっこんでいたワンピースに着替えて行船公園に行ったのだが、そこでカオルは女子高生風のギャルズに取り囲まれることになる。きゃぁ!かわいい!! バイバ〜イ!とその女子高生風のギャルズは大変なはしゃぎ様であった。

それから10分ほどたってから、そのギャルズの中の二人が私のところにおそるおそるやってきて、「あの〜、一緒に撮ってもいいですかぁ?」と聞いてきた。私は「記念写真を撮って下さい」という意味だと思って、「いいですよ」と気軽に答えたところ、持っていた使い捨てカメラをいきなり私におしつけ、カオルを連れていって好き勝手にポーズしだした。私はあっけにとられたのだが、「あ、カオルと一緒に撮りたいのかぁ」と納得してカメラを構えた。その時、タカシがツツツ〜、とカオルに寄りかかろうとしたら、そのギャルズが「ごめんね〜、あっち行っててねぇ」などとタカシを追い払ったりしている。なんか不思議な光景だが、とりあえずカメラのシャッターを下ろした。

ギャルズは、「ありがとうございましたぁ。またねぇ〜。バイバ〜イ!」などと嵐の様に通りすぎていった。私はどうも彼女達のカルチャーを理解しきれてはいなかったのだが、カオルをモデルに選んでくれた事を、少し喜んでしまった。 この出来事を帰宅したダンナに話したところ、「あ、そうだ思い出した!最近若いコの間で、写真をとるのが流行ってるらしいで。ほら、シールにして皆持ってるやん」と言っていた。私はそんなぺー&パー子さんの様な文化は信じられないのだが、言われてみるとそういう気もする。

女子高生の鞄の中身には、ソックタッチとか懐かしいものと共に、ポケベル(最近は携帯電話か!)や、ポケットカメラが必需品というのをどこかで読んだ覚えがある。「若いのに、なんでそんなに写真をとるのかなぁ」というと、「さぁ、記録しておきたいんじゃないの?」などとダンナが言った。未来に希望が無いから、今を楽しもうって思うのかな、とかいろいろと考え込んでしまった。

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1996年06月03日

ロンバケに釘付け

月曜日は「ロンバケ」を朝から楽しみにしている。

私は普段はテレビを見ないのだが、このドラマだけは別格なのだ。だいたい、キムタクと山口智子が出ているのだから、見ないではいられない。私はこのドラマを一度見るだけでは飽き足らず、何度も家事の合間にビデオを回してしまう。そのうちにカオルが台詞を覚えたり、主題歌が始まるとタカシが踊りだしたりする様になって少し心配している。特にタカシなどは、結構落ち着きがないにも関わらず、山口智子が登場すると、すっかり動きが止まって、一時間硬直してテレビに見入ってしまうのだ。これはいけない。あまりの集中力に、「彼は大物かもしれない」と親バカなрヘ思ってしまったりもするが、テレビでは、軽い会話が飛び交っているので、「あ、東京弁になってしまう」と変なところで心配している。幸いなことに、うちのカオルは完全に大阪弁なのだが、幼稚園に行く様になったら、東京弁になるかも知れないなぁ、と思うと幼稚園に行かせたくない気もする。ただ、本物の江戸っ子東京弁というのは、聞いていても気持ちがいい。それであれば覚えてもいいと思うのだが、中途半端な若者言葉を覚えてもらうのは嫌だナァという、自分勝手な趣味を子供に押しつけている。私は最低なママかも知れない。

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1996年06月02日

子供とコンピュータを考える

最近の私の嗜好は何かなぁ、と考えてみた。

まずパソコン周り、それも技術的な事ではなく、ネットやPCで生活が変わる、という事を啓蒙したいのが一つ。それから、子供の教育だ。教育論とかそういう難しい事ではないが、少なくとも、今の日本の教育は腐っていると思う。だいたい楽しくないのだ。楽しくない事にあんな時間を割くのは、人生における最大の損失でさえあると思う。

私はSE時代に、義務教育におけるコンピュータ教育のあり方、を考えて、それを提供しようと思っていたのだが、知らず知らずのうちに忘れてしまっていた。今、専業主婦になって時間的に余裕もあり、パ\コンもとりあえずは不自由なく使える様になったので、今度は、子供達の教育を考えたいなぁ、と思う様になってきた。自分で子供を(2年半だけど)育てているうちに、自分の子育て論みたいなものが、どんどん形成されていって、それがどんどん確信に近いものになってきてしまっている。ほとんど妄想かも知れないが、何かが私を動かすのだ。私がそれをするために生まれてきた、とかそこまでは思えないが、このいてもたってもいられない気持ちには、きっと何か意味があるのだと思う。

最初からデカイ事はできないのだが、いずれ自分の自宅を開放して、「寺子屋パソコン・パーラー」みたいのをやりたいと思う。私は、小さい時、「学習と科学」という付録付の学習書籍にワクワクした。あんなワクワクはそう無いと思う。知的好奇心、これが教育の全てだと思う。教える事ではなくて、知的好奇心をくすぐるツール(ソフト)だ。OLになって、初めてMacintoshに触った時は、もうワクワクを通り越して、ドキドキだった。人よりも早く出社して、1分でも長く触りたかった。あのワクワクを子供達にも知ってもらいたいと思うのだ。最近の私には、このワクワクが不足していたのだが、ずっと憧れていたNextstepを購入するかも知れない今になって、またまた少女の様にワクワクドキドキしてしまっている。この快感だ。

子供にコンピュータ教育を、というと必ず反対する人が出てくる。「子供は外遊びするのが一番いい」とか、「そんなものは学校に入ってからでいい。小さいうちから勉強勉強というな」「目が悪くなる」などなど。私はそういう話をする人に合うと、がっかりしてしまう。あまりにも発想が貧困。誰も外遊びをさせないなんて言っていない。目が悪くなる程、何時間もするわけじゃないのだ。だいたいパソコンのどこが勉強なのだ!何事もバランスが大事。パソコンばっかり、というのは確かによくないが、マック大好きの娘は、外遊びだって好きなのだ。子供だって、思いきり遊びたい時も、音楽を聞きながら踊りたい時も、トトロのビデオを見たい時もある。そんな事と同じ様に、マックで遊びたい時もあるのだ。それを阻止することは出来ない。また、最近のソフトはインタラクティブにとても良くできている。遊び方が画一的でないものだって沢山ある。五感にうったえて楽しいのだ。私は2歳になったカオルに「らすたぁちゃんとあそぼ」を買ってあげたが、遊び方を教えた事は一度もない。時々目の前でクリックして見せただけなのだが、勝手に親のテクを盗んで、自分なりに試行錯誤をするのだ。この試行錯誤というのは、とても大事だと思う。寺子屋パソコン・パーラー。できたらいいな。

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1996年06月01日

オフな一日

土曜日は歯医者と秋葉原と相場が決まっている。

今日は、なんと予てよりネット上で親しくさせて頂いているTさんにオフでお会いすることになり、朝からルンルンと支度にいそしんだ。最近、オンライン上での御知り合いの人にオフで会うことが楽しい私なのだ。やっぱり生身の人の方が面白い。

相変わらず、カオルとタカシが絶好調で、パタパタと人の迷惑かえりみず走り回っているので、どうも気が気でなかったのだが、それでも楽しいひとときだった。大人の会話が出来て、おまけにシステムの話とかも出来ちゃうので、ほんっとに嬉しかった。

ところで、初めてお会いするから目印になるものはないかと考えて、「JリーグのTシャツ着トいきまぁ〜す!」とメールに書いてしまったために、本当にJリーグのTシャツを着ていった。ワールドカップ日韓共催決定の翌日だけに、うちのダンナなどは、「あけん、ハズカシイで、やっぱり」と言っていた。ハズカシイ。確かにハズカシイが、こんなにわかりやすい目印はない。秋葉原広しといえども、「JリーグTシャツ着た子連れの女」というのはそんなにいないと思う。例えば、「ダンガリーシャツ着てます」だったら、他にいるかも知れないもんね!本当だったら、自分のHPのURLを印刷したTシャツとかだと、絶対間違えないよなぁ、とか思ったりする。(あ、これどこかで販売してくれないかなぁ)とにかくお会いできてよかった。

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1996年05月31日

結局、眼科へ行くことに

カオルが目をパチパチする様になって1週間がたった。

チックかも知れないと思いながらも、テレビを見る時に限って頻繁にするので、目が悪くなったのかな、とか何となく目が気持ち悪いのではないかな、と思う様になっていた。この前、ジャスコの相談員さんに、「心理判定員」に見てもらってもいいし、と言われたが、それだけはどうしても避けたかったのだ。

私は心理学を専攻していた事もあって、「家庭裁判所の調査官」が第一志望だった事がある。結果的には試験に落ちたのだが、それ以前にやる気が失せて、一気に勉強が手につかなくなった事件があった。

それは心理職を目指していた夏休みA勉強に身が入らず、実際の調査官の人の話を聞いて、自分のやる気を喚起させようと意気込み、調査官の方に面談を申し込んだ事があった。大阪の家裁に出掛けていき、アポをとった時間にその人の部屋を訪れた。そして、その調査官の女性の目を見た途端、もう調査官はやめようと思ったのだ。あの全てを見透かそうとする鋭い目。貴方の考えている事なんて全てお見通しです。私の目の前にいる人は全て患者さんであり、被験者です、とでも言いそうな冷たい目だったのだ。言葉は柔らかく、表情は常に柔和であったにもかかわらず、その目だけは最後まで笑わなかったのだ。私は何とも言えない不快感を覚えて、「これは私の目指す職業ではない」と実感した。私の様な甘ちゃんでは決してつとまる仕事ではないのだ。

ところで、こんな私でも敏感に感じとる心理職の人の表情を、もっと感受性の強いカオルが見抜けないワケがない。「あいうえお」などの歌を歌っている時に、時々「この字は何かな?」とカオルを試す様な事を言った途端、彼女はすっかり白けた表情をして相手にもしてくれなくなる。そんなカオルが心理判定員の意図を見抜けないワケがないのだ。そして、ママがカオルを試す様な場に連れていった事に対してショックを受けるのは必至だ。私には彼女のパチパチよりも、その心理的ショックの方が大きい様な気がした。そして、眼科に行く決心をしたのだ。目に異常がなければ心理的なものだろう。それであれば心理判定員のところに行くまでもなく、私がもっとじっくりカオルとつき合っていく事を考えればいいのだ。

その結果、カオルは少しアレルギーがあることがわかった。目薬を注してもらって、彼女はすっきりした様だった。その眼科の先生は下町チャキチャキ江戸っ子おじぃちゃん先生で、カオルは一気に気に入ったらしく、全く泣きもせず看護婦さんたちの注目を一身に受けて嬉しそうだった。とりあえず眼科に行っておいて本当によかった。

 

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1996年05月29日

チック?それとも....?

一夜空けて、カオルはパチパチを忘れた様だった。

おまけにパチパチする暇もない位、大がかりに遊んだので、カオルとしても大満足らしく、精神的にも充足しているハズだった。夕方になって「ビデオを見る」と言いだしたので、テレビから離した所にイスを二つ並べ、カオルとタカシを座らせて、「101匹わんちゃん」のビデオをつけた。その時だった。少し目を擦りながら、またパチパチを始めたのだ。それで私は気づいた。これはチックではない! 完全に目が不快なのだ。目が悪くなったのかも知れないし、乾くのかも知れないし、とにかくわからないが、精神的なものというより、本当に目が気持ち悪い様な仕草をしているのだ。これはちょっと気になるなぁ。

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1996年05月28日

カオルのチックが加速している!?

親というのはかなりエゴだ。

チックかもしれないと思って決して注意しなかったカオルのパチパチなのだが、少し「ほんとに注意したら、面白がってクセになるのだろうか」という疑問がふってわいた。それを思うと試してみたくて仕方がない。カオルのためにはよくない事だとわかっていても、ちょっとだけなら、と思い少しカオルに言ってみた。

「ねね、カオちゃん。カオちゃん、おめめ痛いの?パチパチしてるケド」と言った途端、カオルはワザとパチパチパチと10回くらい繰り返したのだ!ホントだった。こりゃ、イカンと思ったのだが後の祭り。今日は私と目が合う度にパチパチする様になってしまった。しまった! 絶対注意なんかしちゃダメだ。

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