2009年03月25日

caffeine addiction

私とコーヒーって切っても切れない仲だった、わけよ。

自分の異常に気づいたのはここ数ヶ月のこと。韓国語クラスもない、仕事もない日に限って頭痛がしていたのだ。ストレス性とは決して思えず、それにしても身体もダルかったりして、そんな時はコーヒーを一杯飲むだけで、一気に元気ハツラツ頭痛も綺麗さっぱり消えて、

ということを繰り返していた。

ある日ふと気になって、「コーヒーには鎮痛作用があるのでは?」と思い立ちネットで調べている途中に「カフェイン中毒」の記述に目が止まる。

症状ぴったり(大涙)

沈痛作用があるというよりも(実際、多少はあるらしい)、禁断症状としての頭痛や抑うつが、コーヒー摂取により一時的に押さえられただけのことであった。しかも、実はオーストラリアで2回ほど派手にぶっ倒れたことがあったのだが、その時はいつもコーヒー多量摂取時(しかもその時は、エスプレッソで空き足らず、インスタントのコーヒーを大さじでガバガバ入れたものを何杯も飲んでいた!)だったので、病院で「コーヒー飲み過ぎによる貧血」だと勝手に自己申告していたのだが、先生全く取り合ってくれず、結局「鎮静」系の注射を打たれてしまった。それってもしかして、カフェイン中毒のショック症状だったかも(汗)。

ということで、カツマーではないのだが(勝間和代さんは、脱カフェイン中)、私もカフェイン抜きの生活を送ることにした。もう頭痛は嫌だもん。

それにしても、私、チョコ中毒でもあったのだ。コーヒーとチョコはセット。鞄の中にチョコがないと即コンビニに走ってしまう。特に仕事ばっかりしているとチョコでも食わないと血糖値下がってやってらんないわよーっ、という感じである。

で、チョコにも相当量のカフェインが(涙)。

ちゅうことで、チョコの代わりにナッツ食べてる。これも太りそう。

最近、行く先々のコーヒーショップで、decafコーヒーはないかと聞きまくっているのだけど、どこも置いてなくて、「うーん、じゃあ何を飲めばいいんだろうー」とレジでウンウンうなっていたら、大体「ハーブ(カモマイル)ティー」を勧められる。でもね。カフェでカップにプカプカ浮かんでるティーバッグを見るのって切ないねー。家で飲めば良かったって思っちゃう。

日本にはデカフコーヒーが沢山あって(種類も豊富!)、思わずオーダーしちゃったのだけど、韓国で安定供給の場を確保しなければ。ということで情報求む、です。

P.S. これからデカフってもっとメジャーになりそうだよね。脱コーヒーというのは、勝間さんの先見の明というか。そうそう、彼女自転車通勤のパイオニアなんだけど、最近自転車ブームだし、なんかすごい。

Posted by akemi at 08:53 | Comments (0)

2009年01月24日

カツマーではないのだが

AERAの特集を読んで以来、勝間和代さんの本を乱読中、である。

長年のマッキンゼーウォッチャーであり、英語で経営関連の勉強をしていた私にとっては、用語が親しみやすいものばかりでグングン読める。しがないSOHOの私が言うのもおこがましいが、志向がちょっと似ているなと思い、勝手にシンパシーを感じている。

日本女性と「独立心」との関係は、私も蘊蓄語りたいところだが、本音は「人様の生き方に云々言える程のものを自分自身が持っていない」といったところで、あまり言及できずに来たのだけれど、これだけのキャリアを持ち、さらに結果も出している彼女ならではの発言には説得力があり、読んでいて痛快である。

行動パターンもちょっと似ていて、マインドマップを手放せないところとか、To Do Listを常に意識していたり、手帳はデジタル(Google Calendar & iPod touch+nuevasync)だけではなく手書きのものが必需品であるとか(卓上の大型タイプ、持ち歩く小型タイプ、+自分で作成した文庫本サイズのノート3冊を重ねて藍染カバーをつけた自由帳)などなど。細かいところでは、親指シフトキーボード打鍵術は大学生の時に習得済(笑)。ただ結果として、いつでもどこでも一定レベルのパフォーマンスを出すためにはローマ字入力での高速タイピングが必須だと個人的には思う。ということで親指シフトキーボードは現在使用していない。

因みに、私のiPod touchには、英語、普通語、韓国語のそれぞれの言語での歌と学習用CDや英語のオーディオブック"Who says elephants can't dance?"や韓国SBSニュース動画なども入っていて、その時の気分に併せてガンガン切り替えながら聞いている。

フォトリーディングや速読術などの訓練を受けたことも、そんなメソッドについての本を読んだこともないが、本を読むのはめちゃくちゃ速い。これは大学時代に連日、心理学と名のつく書籍と学会誌を山積みにして調べまくった経験の中で身に付いたもので、英語に関してはAcademic Purposeコースでスキャニングとスキミングの方法を習得したことと、やっぱり大学院時代に膨大なリーディングをこなしたことが大きい。

だけど、時間管理においては、彼女が「依存性があるもの」と示しているテレビ・たばこ・お酒・インターネット・ゲーム・携帯電話(*1)は、元々全くノータッチであるので、やはりこれ以上削るものはないのか、的な諦めがある。私の場合は7時半に家族全員が出払った後は、朝9時までにほぼ全ての家事を終える。これは、ここ数年全く変わらない言わば最適化された行動パターンであると自負しており(しかもすっごく走り回る)、改善の余地があるのは、ルンバ(掃除機ロボット)購入で更に15分の短縮くらいなものか、というレベルなのである。

あと私の個人的な行動パターンとしては、これ以上時間を削れないので、同時に2つ以上のことをする、というのが信条で、例えば、

台所に立つ場合は、ラジオの韓国語放送を必ずかける。しかも朝の時間帯には英語学習者向けプログラムがあり、英語と韓国語のミックス放送(つまり、韓国語と英語で同じことを言っていたりする)なので、英語で意味を聞きながら韓国語の表現を学び、また英語のリスニングも鍛える。また趣味の「陶器のハンドペインティング講座」(最近行ってないけど、ヨガ)や、父兄会、子供の韓国語の先生との個人面談も、もちろん韓国語学習を兼ねている。

などなど。

さて、こんな表面的な類似性はさておいて、彼女と私を隔てているものは(要するに彼女があちら側である所以は)、彼女の圧倒的な実務能力とビジネス経験及び知識なのである。こればかりは雲泥の差アリで、自分自身に与えられた業界の中で小さくとも日々向上を目指す、くらいのことしか出来ないのであるが、まぁそれも悪くはないわな、と最近思うのであーる。

彼女の本を読んでいて一番の収穫は、自分なりの長年の命題の答えが、彼女の訳書である「史上最強の人生戦略マニュアル(*2)」にあった、と気づいたことだろう。それは、「ハーバードからの贈り物(*3)」に登場する「サラの物語」に照らし合わせて、私自身はサラなのか、その子供たるべきか、との問いであったのだが、その問い自体がナンセンスであると気づいたのである。つまり、この人生戦略マニュアル本の言葉を借りれば、サラも、そしてその子供もチャンピオンであった、ということなのである。社会的な成功というのは、それはそれで一種の分かりやすい尺度ではあるけれど、もっと自分自身を軸にして自分の人生を思い描いた時、それぞれの道で、日々自分を向上させ、己のミッションを全うすれば、チャンピオン(人生の勝者)に値するのだ、ということが腑に落ちたという感じなのである。私の場合は、自分自身のビジョンが根拠なく高いものであったため、常に自分に満足できなかった(というか満足したら終わりだと思っていた)のであるが、もっと地に足ついたビジョンを描き、それを現実化すべく具体的な課題をクリアすべきなんだと思い直した。

ということで、効率化についての蘊蓄を少し。

UNIQLOグッズなのだが、鞄の入れ替えをスムーズにするためのリバーシブルの仕分け鞄的なものがあって(韓国から日本のユニクロにアクセス不可なのよん)、この小さな鞄に必需品(USBメモリ、手帳、メモ帳、財布、鍵、iPod touch、電子辞書、のど飴、エコバッグ、老眼鏡!、ティッシュと口紅)を入れているのだが、もう手放せないグッズの一つ。鞄の交換が簡単なのと、テンポラリーに持ち出したものと必需品とが一目で分かるため、中身の入れ替えもスムーズ。

メモや書類は、ビジネス及びプライベートの両方で、 Google docsの形態で保存。必要があれば、家族やクライアントとドキュメントの共有を設定する。特にクライアントとは、進捗チェックリストを共有。またはメールの添付書類としてgmailのdraftとして保存(これは子供にも推奨)。学校へ提出する課題などは、USBメモリだけではなくGmailへの添付ファイルとして二重保存(つまりヘッジ)する。こうすることで、いつでもどこでも、たとえ自分のPCが手元になくても必要な情報はすべて外部からでもアクセス可能。またForeFox&iGoogle(Google Sync)で作業環境を統一している。

献立はお弁当も含め1週間分を金曜日までに作成して、それを元に週末にコストコやその他の大型スーパーで一括購入。

などなど。をを、何故かこんなに熱く語ってしまったわいっ。

References:

*1 「無理なく続けられる 年収10倍アップ時間投資法」勝間和代著 株式会社厚徳社
*2 「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー著、勝間和代訳 きこ書房
*3 「ハーバードからの贈り物」デイジー・ウェイドマン著、幾島幸子訳 ランダムハウス講談社

Posted by akemi at 01:26 | Comments (0)

2008年12月21日

子供たちにとっては、初「京都」でございっ。

ということで、長女撮影による子供たちに大ウケのこの一枚を皆さんにシェア。

HEN.jpg

Posted by akemi at 14:54 | Comments (0)

2008年07月30日

Dragon warrior - Kungfu Panda

見てきましたーっ。香港最後の日曜日にIFC最前列(汗)で見ました!

Pixer (Jobs)贔屓の私でしたが、見終わってピクサーとは違った魅力があると発見。とにかく痛快、ほんっとに面白かったのです!逆にピクサーの作品の方が重い(というか説教臭い)かも、とすら思えて来ました。途中から例のごとく泣きっぱなしの私でしたが(子供たちには「なんでここで泣けんねんっ」と突っ込まれましたが)、とにかく子供たちは飛び上がって大受けでした(シンプソンズ・ムービーと同じくらい面白かったって、どんだけ文化レベル混同してんねん)。

実はあまり期待していなかったので、逆にそれが良かったかも。

Destiny という単語が頻繁に出て来るのですが、私は時々それを mission と捉えながら観ていました。そうすると自分にも色々と当てはまることがあり、感慨深いものがありました。

ちょっと泣ける言葉をネタバレ。rhyme(押韻)しているのが、聞いていると更に感動的。最高に泣けるシーンよっ。日本語に訳されるとどうなるのかしらん?

Yesterday is history, tomorrow is a mystery. Today is a gift. That's why it's called, "PRESENT".......(*)

*出典)オリジナルは著書で、"Sun Dials and Roses of Yesterday:Garden Delights..." Alice Morse Earle(1902)。以降、格言のように伝えられている言葉の様です。

全文引用だと以下の通りだそうです。
"The clock is running. Make the most of today. Time waits for no man. Yesterday is history. Tomorrow is a mystery. Today is a gift. That's why it is called the present."

Posted by akemi at 17:35 | Comments (0)

2008年05月08日

覚悟してねっ (モバイルアクセス注意)

円周率について調べていた子供たちが偶然見つけたサイトである。有名なんだろうなとは思ったのだが、私にとっては過去10年間で最も笑えたサイトであるので、ちょっとメモを残しておくのだ。

虚構新聞

ちなみに私が最初に読んでしまったネタがこれ。

「10桁で終了」円周率ついに割り切れる

(注意:パロディです、勿論)

Posted by akemi at 00:41 | Comments (0)

2008年04月22日

ルービックキューブに見るWeb 2.0的考察

昨年より我が家の男の子たちの間のブームは「ルービックキューブ」である。

そしてうちの長男も次男も、あっという間に全面揃えてしまう。特に長男は3*3では飽き足らず、4*4、5*5なども購入し、気がつくとくるくると回している。彼はカバンの中にこの3つを常に携帯し、バスの中でもMTRの中でも、時には歩きながらくるくる回す。

長男は、ルービックキューブノートなるものを作成しており、全面完成されるまでのタイムを記録している。大会に出るレベルではないにしても、

1分、かからないのである。

うちの子たちってすごい。

がこのエントリの本題、ではない。

では何故、彼らはそんな簡単に全面を揃えることができたのか。私たち(ダンナ含む)が子供の時代には、友人・知人の中でさえ全面揃えられる人などいなかった。みんな1面、2面揃えたくらいで大体分解してしまう。あ、それって私だけか。

その答えは簡単だ。

攻略方法が公開されているのだ。

まずルービックキューブ本体に攻略ノウハウの書かれた小冊子がついてくる。それで大まかな方法論が分かる。

それだけではない。

子供たちはネットで検索して、更なる攻略法(Tips)、およびスピードアップする方法を詳細に検索してはブラウズし、印刷し、時にはYouTube画面の前に釘付けになっていた。そしてその方法論を更に兄弟間で共有する。世界中のノウハウを自宅PCに集積して、日々研鑽にはげむ。

その結果。

私たちの子供の時代には「全面揃えられる」というだけでヒーローで、しかもそれを秒単位で完成させてしまう人というのは、ほんの一握りだったに違いない。

しかし、たとえ子供でもあっても情報(しかもトッププレーヤーの頭脳内にのみあるはずのコア情報までも)を、簡単に手にすることができるのが現代、なのである。

つまり、今現在ルービックキューブを1分以内で全面揃えられる人というのは、世界中に相当数(膨大に)居るのである。

この状態を的確に表現したのが、羽生善治氏である(*1)。

「高速道路を走りきった先での大渋滞」

梅田氏の著者内で紹介された彼の考えとは、簡単に言うと「ネットの登場で、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたが、その先では大渋滞が起きている」というものである。

つまりある一定レベル(プロの一歩手前という相当なレベル)までは圧倒的な速度でもって実力を上げていく環境が整ってしまった、ということなのである。そしてその次の段階に抜け出すには、全く別の要素が必要であり、それについては彼自身最も興味を抱く部分であると言う。

要するに現代では、様々な分野で知識、経験、方法論の詳細に至るまで公開されており、それにアクセスして貪欲に情報を飲み込めば、ある一定レベルに到達するための高速道路は既に整備されつつあるということなのである。これが全ての分野を網羅しているわけではないため、その「敷かれていない分野」にフォーカスしていくというのも、これから生き残っていくためのコツなのかもしれないが、その新規開拓分野であっても、たちどころに高速道路が敷かれてしまう可能性だってある。

つまり、羽生名人が語った様に、高速道路が一気に敷かれても、高い敷居の位置が単にスライドしただけで、依然としてプロに至るためには高い壁が存在し、そこをブレークスルーするには人間の何らかの別の能力が必要となってくるのである。

面白い。

そう言えば、「知識管理」のトレンドは既に「知の創造」へとシフトしていると以前書いたが、高速道路を抜け出た先のステップというのが、「創造」の域かもしれないと考えると、結局は古代から人間の求めるものは全く変わっていなかったのか、と思ったりもしちゃうのである。つまりどんなツールが提供されようと、その度に色々な高速道路が整備されてきたわけで、飛脚、電話、ラジオ、テレビだって、登場した当時はある意味何らかの「道路が敷かれた」と表現できるに違いない。そしてその都度、その先の「創造」へと人々を駆り立てて行った。そしてその「創造力」を発揮できたのは、いつの時代も「一握りの人」なのである。

今年の研究テーマが「右脳」である私は、当然のごとく茂木健一郎さんの本を濫読しているのだが、面白いことに彼の著書の中にも羽生名人が登場する(*2)。著書内で紹介されている彼の言葉はこうだ。「これからの時代、大切なのは『ものごとを記憶すること』ではなく、記憶した知識をどのように使うかだと思うからです。」

要するに、知識偏重の教育では記憶するまでの面倒を見るが、それをどのように使うかというところにまで行っていない。

しかしこの著書内では、この言葉は羽生名人の持つ記憶力(過去の将棋譜・対局情報の蓄積)を賞賛し、その記憶力のベースがあってこその創造であるという文脈で使われている。また、別著書内(*3)では、その記憶した情報を基に引き出される「直感」というものが未だ研究者たちにとっても未踏の分野であると触れられている。

結局、人間の「学び」のゴールに到達するまでには、いくつかのステージがある、ということなのである。
次回のエントリでは、そのステージについての考察と、「競争激化のこの時代に生き残る人材を育成する」というミッションについて考えてみる。

*1) 「ウェブ進化論」 梅田望夫 ちくま新書P.210 「インターネットの普及がもたらした学習の高速道路と大渋滞」
*2) 「脳を活かす勉強法 奇跡の『強化学習』」 茂木健一郎 PHP P.95「大切なのは『ものごとを記憶すること』ではなく、『記憶した知識をどのように使うか』」
*3) 「それでも脳はたくらむ」茂木健一郎 中公新書ラクレ p.24「羽生将棋は失敗学でできている」

Posted by akemi at 15:04 | Comments (0)

2007年12月18日

HAIRSPRAY

今年7回目の日本、でございます。
今年度、機内では、「硫黄島からの手紙」(2回)、「フラガール」「かもめ食堂」など鑑賞してしまいました。みんなそれぞれ良かったわん。そして今回のもめっちゃくっちゃ良かったーっ!!
登場人物がみんなすごくキュート。のっけからハートわしづかみよーっ。主人公のTRACYちゃんがめっちゃ可愛かった。ママ最高、と思っていたら最後にジョン・トラボルタだったとわかり再度びっくり。

これはもう是非是非。

Posted by akemi at 23:15 | Comments (0)

2007年12月09日

涙そうそう

人間、意外と泣きたいときに泣けないもんで。

義父が亡くなった時は、お葬式の時こそ雰囲気で泣けてしまうところがあったが、私もダンナも結局本気で泣けていなかった。特に喪主の妻としてやるべきことが多々あり、肉親を亡くしたダンナ以上にしっかりせねばという気持ちもあり、またまたそんなことよりも残される義母のことを考えねば、という気持ちで一杯だった。

夏になり、義母が一人で生活しやすいようにと1ヶ月かけて改築や、その後の手続きに奔走したときも、唯一肉親ではない私が冷静にテキパキと動いて処理しなければならないことが山積みで、既に余命を宣告されていた実父のことも誰にも言えずに唇を噛み締めながら、義母に尽くした。それについては後悔はない。

学校の欠席が続いた子供たちがガタガタし、今まで考えられなかった問題が噴出し、それでも平気な顔して一日一日息をずっと止めながら乗り越えてきた。人生すべてのマイナス面が同時期に襲い掛かってきたようだった。そんなある日、私は夢をみた。

夢の中で私が泣いていた。
その隣でもう一人の私が優しく話を聞いてあげていた。
私は「ぎゃーぎゃー」でもなく「うーうー」でもなく、そうどちらかと言えば「さめざめ」と言った風に涙をボロボロとこぼしていたのだが、それを後ろ側から見ている格好の自分が、時に泣く側に感情移入し、時には慰める側にいたり、その両方をずっと自分の中でやりとりしている様な感覚であったが、ふと目が覚めたときには、本当にさめざめと泣いて心の中の塊が溶け出た様な感覚に襲われ、それでも本当に泣いた場合はエネルギーも消耗するし、鼻水も出るわ目は真っ赤になるわ、と大変な形相になるはずなのに、夢であったためそういうこともなく、ただただマイナス点が全く見当たらない様に、うまく泣けてすっきりとしてしまった。こんな経験は初めてだった。

実父は私たちの想像したよりも早く亡くなってしまったのだが、実父についてはもう全く泣けずで(笑)、このまま一生泣かないんじゃないだろうか、と思っていた先日のことだった。

ダンナの出張中に一人で寝ていたときのことだった。
私は父が亡くなる前の看病していた数日を夢の中で追体験することとなってしまった。長い長い夢に思えた。父はベッドの上で少しずつ小さくなってきている様で、それでも目だけは私の方を見ていた。そんな数日を過ごしてとうとう亡くなる日がやってきた。実父は最期に一言「お兄ちゃんには、本当にようやってもらったと思っている。」という言葉だけを残して亡くなった。現実には全く泣かなかった私であるが、この時ばかりは夢のなかでわんわん泣いて、わんわんわんわん泣いていて、はっと目が覚めたら目の回りがべちょべちょで、実際にもわんわん泣いてしまっていたのだ。

こんなことも初めてだった。

結局意地っ張りの私を、義父と実父があの手この手で泣かしてくれたのかしらと思ったりすると、ちょっと可笑しかったりもするのだけれど。もう当に乗り越えているはずなんだけど、「泣いていない」というのが自分でも何だかしこりの様に残っていたのは事実。考えまいとしていたのは事実。まるで他人のことのように彼らの人生を思い出したら、それはそれですぐに泣けてしまうだろうに、それをしない自分が弱いのは分かっている。

最近、「鉄のような女性」になりたくて仕方がない。
感情を抜いて、バキバキと全体最適を考えて断行できる鉄の女がいい、と本気で思う。
強いことが即ち優しさだと信じて疑わない。

もっともっと強くなりたい。

Posted by akemi at 01:55 | Comments (0)

2007年11月08日

「けんかをやめて」

PC前で腕組みしながら転寝してしまったときのことであーる。

私は突然背中をガンガンと揺すられて目を覚ましたものの目が開かない。

既に私の身長を超え(キムタクそっくりな)長男が私の肩を揺すりながら囁く。

「ママちゃん、ママちゃん、おい起きろよ。こんなところで寝るなよ。」

それを別PCの前で宿題をしている次男(これまた嵐の大野くん似)が長男につっかかる。

「いいじゃん、寝かせてあげれば。ママちゃん疲れてるんだよ、起こすなよ。」

キムタク似の長男がマジギレで言い返す。

「だからここで寝るなって言ってんじゃん。ベッドでちゃんと寝た方がいいにきまってんじゃん。」

「けんかをやめて、二人を止めて、私のために争わないで、もうこれ以上」(作詞:竹内まりや)

(参考:歌詞の引用に関する考察歌詞の「引用」について

Posted by akemi at 09:27 | Comments (0)

2007年11月01日

ささ

いや、香港のディスカウントコスメの話題ではない。

先週のAERAの記事によると、指の組み方(インプット脳)と腕の組み方(アウトプット脳)でその人の脳の使い方パターンみたいなことが分かる、らしい。

私の場合は「ささ(インプットもアウトプットも左脳優位)」で、女性でこのタイプは完璧主義だとか何とか書かれていて、がっくり。

ところが。
本当に腰抜かすほどビックリしたのであるが。

長男は誰が見ても右脳が全く動いてへんのちゃうか、と誰しもが思う典型的な左脳型だと思っていた(読書好き、数学と論理が好き、運動よりも勉強型)のだが、結果は「うう(右脳右脳)」

次男は左脳が全く機能していないんではないかという程の右脳人間と見なされていた(勉強はダメ、言語能力に難あり、芸術とスポーツに才能アリ、チェスとか将棋とかをすると「何故か空いている場所が見える」という妙な理由でかなり強い)が、結果は
私と同じ「ささ」。

長女と三男は性格がそっくりなのだが、こちらは「さう」。
ダンナは「うさ」。

さて、ここで仮説が二つ。

仮説1:こういうモノは血液型占いと同じで何ら統計学的有意差があるとは言えない。
そこから導き出された行動1:結果を考察する価値もないと切り捨てる。

仮説2:この結果は重視するに値する。
行動2:私の今までの子供に対する見方は偏見が混入している可能性が大ということで、「もしやこの子は右脳(左脳)もちゃんと動いていたのかも知れへん」と思ってみる(笑)。

さて、仮説1を採用しても何の得にもならないけど、仮設2を採用すると、良い結果が導き出される可能性がある。ということで今回は仮説2および行動2を採用してみるとするのであーる。

これね、昔心理学の授業でやったのだけど、「このクラスの子達のIQは高い」と刷り込まれた先生のクラスが、「低い」と言われたクラスよりもかなり成績が向上した、ということもある。もちろんこれはウソの情報なのであるが、要するに「そうかも知れへん」と思うだけで、子供の見方が変わり、行動に現れるっちゅうことの好例であろう。

それでねよく観察してみると、ちゃんと動いているみたいなのよ両者ともっ!
面白いね。ちょっと見方を変えるだけで、色々と可能性があるのかも、なんて思えてきちゃう。

ということで、2006年「インド」、2007年「ヒューマン」ときて、来年度は「右脳」を研究テーマとするのである。私の右脳、ちゃんと動くかなーっ?

追記:こんなのもあるでよ。右脳と左脳のどちらが優位か?テストはこちら。これね、面白いよーっ。私は何度やっても「anti-clockwise」にしか見えなかったんだけど、何とか逆方向に向いているのを確認しようと目をパチパチしたら、ある瞬間から本当に「clockwise」になるのだ!なんどもやっているうちに途中から回転が変わったりすると、自分でも噴き出しちゃうほど不思議。脳っておもしろーい。

Posted by akemi at 01:06 | Comments (0)

2007年10月20日

cristal medicine? - the power of stones

とにかく私はショッピングが苦手である。

私が先日行ったこのお店も、香港に二年半以上住んでいて初めて行ったのであーる。
ほとんどの香港在住日本人が一度は行ったことがあるであろう有名なお店(気功パワーの入った水晶を扱っている貿易会社)なので、今更私がご紹介するほどのもんではなかろう。

が。

気功師の方が凄かったでございます。

ちょっと、ちょっといい?などと言われて、彼女は私の腕をしばらく触っていたかと思うと、突然、

「あ、あら、ちょっとあるわね、ちょっと霊感体質。」

と切り出した。

きょえーっ、なんじゃそりゃ?私には霊など何にも見えないわよ。それから彼女は私について色々と語り始めたのであーる。

若干冷え性 (私の人生で、冷え性だと思ったことは一度たりともないぞ)。
完ぺき主義、仕事優先で家庭が二の次になる傾向あり。
首から背中にかけて気が止まっている (といって彼女はその気をせっせと流してくれた)。
何をやるにしても「雑巾を絞り上げたような力を入れる傾向」があり、それはちょっと前の日本によく見られたワーカホリック系の人にありがち。遊べと言われると、力を入れて「遊ばなくっちゃ」という感じになる。(ここで彼女よりリラックスの方法について具体的に伝授して頂く)。

これを機会とばかり、すっかり彼女に色々なことをご相談してしまった。

ただ、上記のことは、もしかすると特別な能力がなくても、外見から受ける印象などから想像できちゃうかもと思うのだけれども、彼女が指摘した次の件については、私自身も自覚していなかったにも関らず、すっごくその通りだと思ってしまったのである。

彼女曰く、「あなたはね、結果が良ければそれで良し、結果オーライ、とはならないのよね。そこに至るプロセスにおいても、自分好みの方法があって、それでなければ満足しない、良いと思えないの。そんなことない?」

正におっしゃる通りで。
今現在進行形なのだが、プロジェクトの進め方が気に入らなくって、どうしたら改善できるのか、どうしたらプラスの方向に持っていくべく説得できるのか、その件で結構イライラしていたのだ。プロセスが美しくなくって我慢ならないのだ。現実を見れば、クライアントの要求とコストと時間を考えれば、妥協点を見つけて結果オーライとせねばならず、それが結局は大人の対応なんだろうなと思う。しかし、それに納得できずに何故だか悔し涙まで出ちゃう。

気を入れて頂いたパワーストーンのプレスレット、招き猫、そしてネックレスを購入。もうわくわくが止まらなくって早速身にじゃらじゃらつけて1日過ごしてみたのだが、もう大変でありました。

思わず、googleで「水晶 副作用」なんて検索かけてみたわよっ。

ダンナに絶対やめてくれと言われつつ、「女性の出世」「事業に成功」「聡明」系のパワーストーンをつけていたのだけれど、本人のワクワク感に反して、身体が異常反応。イライラが募り、眠くなるわ、自己暗示にかけられたのか、何故だか足がすっごく冷えてきて(生まれて初めて冷え性を自覚?)立っていられなくなったのだ。水晶はとにかく自然のものであり、何も悪くはないだろうと何度も思い直したのだが、あまりにも辛いので外してしまった。で、その代わりに「愛情」「情緒安定」系のものに変えたら、症状がなくなったのである。

不思議すぎる。
なんか最初のやつには、他の人の変な気でも入ってたんとちゃうか?と思うほどダメであった。

自己分析なのだけど、常に根性系の私に更に根性を強いるようなもんは必要なくって、要するにリラックスせーよ、ということであったのであろう。

ただ大きな進展だったのは、私の仕事のやり方も考え方も生き方も、一所懸命がんばっているのだから良いのだと思ってきたのだけれど、客観的に見たらかなり異常なのではないか、と気づいたことであろう。要するに「異常」というのは「治す必要アリ」の域であり、いまここで気づかなければ膨大な時間を無駄にするのかもしれない、そういうところに私はいる、ということなのだ。

あらゆる場面で私に必要なのはリラックスなのだというメッセージを得ているのは、きっと本当に私にとって必要なことがそこに隠されているんだろうな、なんて思っちゃう。

これから嵐のPVでも見ます。和みそーっ(笑)。

Posted by akemi at 01:32 | Comments (0)

2007年10月09日

He wanted to die a Natural Death and made it.

実は、私、出世したかったんだ、パパさんよりもね。

そう言うと父は「こいつおもろいこと言い出すやんか」と言いたげにニヤッと笑った。

私はやりかけの仕事を持ち込み、暗い病室の中でPCのキーボードをカチカチと叩いていた。慢性寝不足の私は深夜3時半に仕事を納めてから、床にスノーピークの寝袋を敷いて横になった。爆睡中の私の腕を父が叩いた。ハッと飛び起きた私に父は「おい、水とってくれ。冷たい水。悪いな」と言った。

私はこんな状況でも爆睡できる自分の軽さが恨めしかったが、そんな私を見て父は笑った。「お兄ちゃん(私の兄)はワシが寝返りをうっただけでも目を覚ますから悪いなと思うて。お前は気遣わんでええからエエワ」などと言った。

私は慌てて冷蔵庫から冷たい水を取り出し父の口に運んだ。

その日が近いことは、家族だけではなく本人も知っていた。会いたい親戚全員を病院に呼び、話したいことを全て話し、託したいことをきちんと託していた。その時の父は絶好調で口も滑らかであり、もしや危ないのではないかと心配した親戚全員を思いっきり安堵させたほどだ。

私も父とこんなに長いこと話したことないな、というほど語り合った夜を4晩過ごした。今まで聞いたことのなかった昔の話をしてくれた。彼の亡くなった父親のこと、継父のこと、悲しい淋しい子供時代のこと、仕事をしていたこと、妻であった母のこと、そして自分の人生は色々あったけど、まぁいい人生なんじゃないかと思う。感謝している、こんなありがたいことはないと言った。子供たちが折ってくれた千羽鶴に手をやっては、「力になってます。ホンマに有難いと思うてます」などと涙を流すこともあった。

日本へ向けて発つ前にダンナが私に言った。「言うべきことを伝えるだけだよ。後悔のないようにな。貴方の娘で良かった、幸せだったって言えよ。」彼は彼自身の父親を6月に亡くしていて、それに付き添っていた私も同じ口惜しさを感じていた。突然に倒れて、心臓外科手術を受けて、一度も目を覚ますこともなく一ヶ月後に亡くなってしまった彼の父親のことを思えば、今の自分がどれほど幸せなところにいるのかは容易に想像できた。

そして私はそれ以上のことさえも色々と話せた。もう父に対して、これ以上素直に話せることもない、というほど色々なことを話した。

末期の癌ではあったが西洋医学を否定してはいなかったので、放射線治療、抗がん剤投与なども行っていたが、延命治療は自ら拒否していた。そして彼はそれを成就した。

言いたいことが言えて、聞きたかったことが聞けて、彼がどうして欲しいかについて事前に聞けた。病院の先生、看護士さん、そして母と兄と私で最期を看取ったのだが、涙は無かった。むしろ彼の希望を最期まで叶えるべくチーム一丸となって取り組んできたことが成就できた安堵感みたいなものさえあった。

父の顔は、生前は難波のオッサン最後の珍種みたいな豪快なオヤジだったのだが、誰よりも崇高な表情を湛えているように見えて、娘バカながら「うちの父ってもしや人徳があったんちゃうか。あの世でええセンいけそやな」と思ってしまうほどであった。

父の望むお葬式は、喪主である兄がしっかりと取り仕切り見事だった。父がおどけたポーズで「オッケー」を出しているのが見えるようだった。

叔母の時(I wanna die a Natural Death.)にできなかったことが、やっとできたと思えた。そう思うと、あの悲しい悲しい経験も私には必要だったのかも知れないと思える。


追記:

今年はこの本にとても助けられました。感謝します。
「エンディングノート」があれば、遺された家族の気持ちはずっと軽くなる、私はそう思います。その通りにすれば、故人はきっと納得してくれる、そう信じられるからです。

「天国への手紙」江原啓之著 

Posted by akemi at 15:23 | Comments (0)

2007年08月17日

Skype初盆

タイトルだけで内容読めてしまうので、以上(笑)。

いや一応解説をば。

初盆は義母宅におじゅっさんが来られるので、その様子をSkype中継してもらいました。マックにはBOSEのスピーカーセットが接続されているので、大音響でお経を聞き、物理的には離れた場所ではありますが手を合わせました。

いやーそれにしても。
お経が流れていると部屋の隅々までが浄化された様な気分になるから不思議であーる。そうそう「掃除力」に載っていた「部屋の浄化には自然塩を乾煎りしたものを撒いて掃除機をかける」というのをやってみましたが、効果抜群でございます。気分が全然違いますです。が、床に湿気が残っていると塩がザラザラと残ってしまうので、香港ではなかなか出来ないかも。


なんて。

のん気に書いていたが、24時間繋ぎっ放しも当然だと思い込んでいたSkypeちゃんも現在調子が悪く、どうやら障害の様であると気づくまでに何度もリスタートかけちゃった。出張中のダンナの顔が拝めず、淋しくて死にそうであった(笑、ウソウソ)。

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2007年08月13日

ゆめ

その日の夜、私は夢を2つ見た。

1つは、水の中で溺れている様な夢で、苦しくて苦しくて死にそうなんだけど、あと数秒で死ぬかもという瞬間に何故か水面に出てカパッと一息だけを吸って(死なない程度に息は吸えるという感じ)、でもまた水の中で引き戻される、そういうことをただただ繰り返していて苦しさだけが残る夢だった。

二部構成の二つ目は、私がどこかの国の鉄道に乗っていて、私の子供たち4人が何故かある駅で降りてしまい、私だけが電車の中に取り残されるという夢だった。4人はそれこそ振り返りもせずに、まさに自分たちで自分の道をしっかりと踏みしめながら歩いていくという感じで、しかも子供たちはとても楽しそうにお互い話をしていて、一緒にいた私のことなど頭の片鱗にもなさそうな感じであった。それにもかかわらず、私はその電車の中で今までの人生で感じたこともないようなパニック状態になって、何度も「降りる」ボタンをガチガチと押すのだが電車は発車してしまい、私は必死で「あの子たちは私がいないと生きていけないのよーっ。今すぐ下ろして、子供たちが行ってしまうーっ」と絶叫している。次の駅になっても電車の扉は開かず私はただただ愚かにも「降りる」ボタンを押して、子供たちをただただ心配している、そのうち子供たちがしっかりと足を踏みしめて歩いていく後姿だけが私の脳裏に焼きついて、段々と気が狂いそうなほどの喪失感と寂しさを感じてしまう、という夢だった。

そして私は真夜中にハッと目を覚ました途端、天井から大木がバキッと折れるような大きな音を聞いた。

義父はダンナの隣で静かに横になっていた。
私と子供たちも祭壇の隣の部屋で眠っていた。

心臓外科手術を受けて、ちょうど1ヶ月くらいたった頃だった。
術後には肺機能がなかなか回復せず、金魚の様に口をパクパクさせて息をしていたこともあったらしい。

普段、私はほとんど夢を見ない、というか覚えていないのだが、しっかりと覚えているような夢を見る場合は(ほんっとに数ヶ月に1回程度しかない)、その時の自分に与えられた強いメッセージであることが多い。

私は義父の苦しみを疑似体験したかのようだった。

残される側の気持ちは当事者だから勿論わかる。

だけど逝く側の気持ちが、もし私が夢見たようなものであったのであれば、「自分が居なくなっても世の中は前と変わらず動いていて、自分をとりまく周りの人間も、自分が居なくても何の問題もなく人生を歩んで行くのだ」という当然のことを受け入れることがどれほど苦しく淋しいのか、自分だけが、たった一人自分だけが引き剥がされていく恐怖、本当に弱かったのは、自分が今まで守ってきた子供たちではなく、自分自身であったということに気づく瞬間、認めたくない事実をつきつけられて、でもただ確実に時間だけは過ぎて、物理的な距離も引き離されていく恐怖、そんなものを感じた。

義父の亡骸の前でダンナが首をうなだれて言った。
書いてくれよ、親父のこと、何でもいいからさ。

四十九日法要も終わったし、少しずつ書こうか。

Posted by akemi at 00:25 | Comments (0)

2007年08月12日

Skype同居

随分前になると思うがAERAに「Skype同棲(遠距離恋愛中の二人が24時間繋ぎっ放しにしていて生活音さえ共有)」という記事があって、

ふーん

と思いながら読んだ。

私、というか我が家はかなり年季の入ったSkypeヘビーユーザーであったが、「繋ぎっ放し」に近い状態になったのはつい最近のことである。

一人暮らしになってしまった義母宅にiBookを置き、常にSkypeを立ち上げておく。当初24時間稼動を目論んでいたのだが、お互いのプライバシーを守るために必要があれば繋げておく、というスタンスになっている。ここがやはり「恋愛中の男女」とは違うところであろう。

お互いスクリーンいっぱいに画像が見えるので、もちろんカメラの及ぶ範囲内であるが家の中が隅々まで見え、生活音すべてが聞こえる。電話が鳴ったり、訪問者があったり、また話の内容から相手を推測するくらいのことはできる。時々、長男の嫁でーす、と来客と挨拶することもある。来た手紙、届いた荷物の内容を見せてもらったり、汗を拭き拭きする姿を見て「お母さん、クーラーの設定温度変えましょうか?」なんて普通の会話をしたり。こちらがガーガー掃除機をかけているときは音声ミュートにしたり(時々子供を叱り飛ばす時ももちろんミュートだが(笑))。

物理的に一緒にいられないなら、
知恵で乗り切るしかない。

Posted by akemi at 23:46 | Comments (0)

2007年08月09日

Anything can cook – ratatouille

Pixer社の最新作である。
相変わらずの完璧というべき美しい映像と魅力的なキャラクター達。泣き所も笑い所も満載である。

劇場を後にして見つけたポスターのタイトルを見て、そう、後になってからタイトルの凄さに気づく、そういう映画である。

レストラン、それも超高級レストランにて最も忌み嫌われるネズミくんを、ほんっとに魅力的に描いていて、しかもそのネズミちゃんの特性を生かした人(鼠?)海戦術的場面が登場する時には、もうゾッとするやら爆笑するやら微笑ましくってワクワクして涙するやらで、観ている私は大忙しであった。

主人公のRemyと、彼のDadとの関係も、何やらとぼけたような面白さと暖かさがあって、子供を信じてリスペクトしつつも、親バカで頼っちゃうような情けない父親の姿が、暑苦しくなくっていい味を出している。

「Anyone can cook」という言葉が、ストーリーの随所でエッセンスのように使われるのだが、これが私はこのストーリーの根幹を成すものなのだとずっと思ってきて、その通りストーリーは展開していくのだが(ここまでは、映画「ピンポン」と同じような主題が流れているのだと思っていたのだが)、最後の最後に、EgoがしたためたReviewで、もう一つの大きな創り手のメッセージが隠されていた。

この最後の最後に隠されていたメッセージは、ネタバレになっちゃうのでここでは書けないのだけれど、私も個人的に常々感じていて声を大にして言いたいことなのであった。やはり人の心を動かす側の人でありたい、そしてそういう人達(それは常に有名な人達だけではなく、多くは日々の生活を一所懸命に送る市井の人達なのであるが)に対するリスペクトを忘れない、その中で暖かく感動的な毎日があるのだなと改めて思ったのであーる。

ということで。

Anyone…
おっと
In this case, anything can cookということで。

Posted by akemi at 00:21 | Comments (0)

2007年03月28日

Should be all right

最終アサイメント。グループプロジェクトの内容は3ヶ月前には発表されていた。

それから、毎週の様に週末のミーティング。
香港の人たちは当然のことながら全員ビジネスに忙しい。フリーランスでヘルパーなしの4人の子持ちの私も勿論忙しい。
だからレポートのやり取りは深夜12時を過ぎてから、ということも珍しくない。
そしてそれが朝まで続くこともある。

ミーティングの時間はいつも土曜日午前中にスタート。そしてレポートの編集作業はその直前の30分前まで続く。自宅を出る直前、最新版のレポートを印刷してミーティングに臨むも、現場ではその後更にアップデートされていたファイルがキレイに印刷して並べられていたりする。

ミーティングは常に白熱し、時には目に涙を浮かべんばかりの議論になったこともある。5時間ノンストップ、昼食も食べず、水一滴も飲まず、トイレにも行かず、いやそんな雰囲気ではなく、ただただ気づけば時間が経っていた、そんなミーティングを重ねた。私以外ほぼ全員がManager、Executiveなどの肩書きを持ち、MBAを始めマスター所持は当たり前、マスター2つ以上もゴロゴロ居るという環境。全く違う業界の5人チームで、全員でのコンセンサスを得られないとレポートは進まない。このコンセンサスを得るのに相当のエネルギーを要した。

コンセンサスが得られると、今度は恐ろしいスピードで作業が進む。自分の担当部分は当然、それ以外の部分も自分が書けそうなところにドンドンと自主的に追加が加えられる。そのスピード感と質の高さに深夜一人PC前で唖然とした。ハイレベルなレポートを私一人のためにレベルダウンしてはいけない、でも一朝一夕にすごいものが出てくるわけではない。彼らのレベルと自分のレベルの差。自分自身への嫌悪感に吐気を催し、涙さえも出ない。

そして異常事態発生。

2ヶ月半かかって作り上げたレポート、ほぼ9割出来上がっていたレポートのほとんどを提出1週間前に反故にするという決断を全員で下す。このままではハイマークが取れない、全員がそう思ったからだ。この最後の1週間、私たちメンバー5人はほとんど寝ていない。日中は仕事で忙しい。帰宅後にレポートが集まり始める。信じられないスピードでレポートが完成した。当日には1グループ当たり30分間のプレゼンテーションもこなさねばならない。パワーポイントのファイルを作成し、本番に臨む。

全員が疲労困憊の状態で当日を迎え、無事にプレゼンテーションも終了した。

他チームのプレゼンもすごかった。最終的にコースの成績優秀者の一位(経営コンサルタント氏)と二位(ITマネジャー氏)を抱えるチームは、香港で有名なディスカウントコスメ会社の中国進出に伴う知識管理についてだったのだが(実はこの会社、一度中国進出を試みたが撤退した経緯がある。このチームにはここの社員が居る)、そのプレゼンテーションがものすごいハイレベルなもので、脳味噌叩き割られたような衝撃を受けた。しかも、彼らのインテリジェンスを持ってすれば、この程度のプレゼンなんて簡単さ、と言わんばかりの余裕が感じられたのだが、聞けば事前に2回も通しでプレゼンテーションのリハーサルを行ったというのを聞き、これまた愕然。

結果的には、我がチームとそのチームは同点で(40点満点中35点)、プレゼンテーションは彼らがハイマークであったが、我がチームはレポートのフォーマットがアカデミックであったということで得点を稼いだ。もう1チームは、プレゼン時間が10分超過で激しくポイントを失ってしまった。教授曰く、経営陣へのプレゼンで10分超過というのは、それだけで選択肢から外される理由になる、とのことであった。

私たちの戦いは、やっと終わった。

それから1週間。最後の授業に集まったクラスメートの顔から悲壮感が消えていた。15名全員無事修了。

帰りのミニバスに揺られながら、いつも聞く音楽さえ違ったものに聞こえた。何も知らない他人に「大丈夫だよ」と言われても、その言葉はきっと届かない。

でもね。

自分で何かを獲得したり、高いと思っていた山に登れたり、途中苦しくて投げ出したい衝動にかられながらも踏ん張ったり。その結果見える景色は以前と違う。明るく元気に「夢はでっかくこう描く」という声を聴きながら、でもそれはきっと若い子達に捧げる言葉なのだろうと思っていた。

ああ、分った。そうだったんだ。

「きっと大丈夫」という言葉は軽くない。自分の中に根拠が生まれた今、その言葉は軽くない。根拠もなく自分なんて信じられない。でも乗り越えた経験は、充分その根拠になる。

信じられる根拠に。

力を出し切って初めて力の抜き方を知る。限界を超えて八分目を知る。

音楽さえ違って聴こえる。

きっと大丈夫」嵐

Posted by akemi at 02:08 | Comments (0)

2007年03月05日

意識が高いと言うべきか

商魂…あ、いやいや、とにかく。

今日のAir BE-PALの話題は「百花繚乱、日本のエコバック!」でございます。

東武百貨店の「ロゴは内側」バック、それそれ、そうなのよん。ロゴ禁止令発令希望中の私としては、これは画期的アイデア!一気にTOBU格上げっ。

それにしても、みなさん、あんな小さなエコバックで入るの?それとも、やはり3枚くらい持参するのかしらん。


Posted by akemi at 02:51 | Comments (0)

2007年02月21日

The Wisdom of Crowds

地球温暖化のエセ科学

私は今でもずっと彼のメールマガジンを購読し続けている。実は一時ものすごく面白いと思ってバックナンバーまで一気に読んだこともあったが、最近はほとんど読んでいなかった。タイトルを見た瞬間に内容に想像はついたが、私は、彼の個々の主張に反論する術を持たない。

ちょっと違う話をする。

最近、中国漢方についてとても興味があって本など読んでいるのだが、中医学と西洋医学というのは、本当に物の見方や考え方が違う。と同時に知識管理なんかの勉強もしている私は、西洋的な物の見方(所謂サイエンス)、中医学的な物の見方、そして日本的な物の見方の間でウロウロしていて、ここ2ヶ月位は本当に頭が爆発しそうなほど苦しんでいた。

私は大学の学士論文で多変量解析(因子分析)なるものをテーマに研究を行っていたため、「原因と結果」を分析し、その上その原因に含まれる因子までも明確にしてみたい衝動にかられるのが常であった。ロジカルシンキングやMECEといわれる「ダブりのない構成要素」というような物の考え方が大好きで、こういうモノが実現されてこその美しいビジネス、をずっと志向してきた。

当時のゼミの教授の口癖は「存在するものは測定できる」というもので、心の中のものであっても、存在する限りは測定することができると彼は主張した。それはその方法論を確立した絶対の自信と、また人間の英知がそれを可能にするはずだという期待もあっただろう。そんな教授の思考プロセスに心酔しきって、物事の因子を徹底的に探ることで、そこから解決の糸口を見つける、そういうスタイルで今まで来てしまった。そしてそれは私だけではなく、典型的な西洋的な物の見方と言えるだろう。原因があって結果があるのだから、問題解決のためには原因を探ることが一番の近道である、そういう考え方が今では一般的になっている、と思う。

ある時点から、個人の内面の問題を過去のトラウマと結びつけて語る論調を多く目にするようになった。もちろん、そういう方法論もあり、それで問題が解決するなら万々歳である。でもそれが万能ではないような、そう、西洋医学やサイエンスが万能ではないのではないか、ということを、最近リアリティをもって感じるようになってきた。何を今更、なのかもしれないが、私にとってはかなり劇的な心境の変化なのである。

そう考えるようになったきっかけは、二つある。あの河合隼雄さんの著書の中に出てくるエピソードと、うちの子供に起こったあるエピソードである。

河合隼雄さんは、臨床心理の現場で箱庭療法を取り入れていらっしゃるのだが、その患者さんが治癒していく過程で、例えばこういう事例が結構あるのだそうだ。普通のカウンセリングであると、子供時代のトラウマと向き合い、それを解決していくことが目的みたいになっているが、彼の場合は、その患者さんとほとんど、その本質的な部分(いわゆるトラウマみたいなもの)にまったく触れることなく、何となく来る日も来る日も箱庭を作っていく間に治癒してしまう人がいるらしい。で彼はそういう患者さんのことを、それでええんやないか、というわけなのだ。何もあなたがそうなった原因はこうです、という犯人探しをしないで治癒するのであれば、それでいいやないかと。それを最初読んだ時には、まだまだ心理測定法ゼミの思考でいた私は、「それってプロの仕事なのか」と若気の至りで思ったが、最近になってその凄さというものをヒシヒシと感じるのだ。で、この一見関係のない、箱庭、取るに足らない会話、そして人間心理の間で、サイエンスでは解明できないけれども、何らかのポジティブな相互作用があって、結果的に治癒していった。そうやって目に見えない経験の積み重ねでもって、サイエンスの域を超えたところで、また方法論が確立していっている。このプロセスというのは中医学的なものと少し似ているかもしれない。

私自身にも似たエピソードがある。

長男に食物アレルギーがあると分かって、来る日も来る日も彼が食べられるモノを作り続けていたある日、私は不思議なことに気づいた。長男は昔から口数が少なく、自分のことを話すことなどあまりなかったのだが、その彼が何やら私のところに意味もなくやってきては世間話をするようになったのだ。学校でこんなことがあったとか、今まで考えられないような普通の会話を私にしてくるようになったのだ。多分その原因を探れば、きっと彼のために私が時間を割いていることを知り、親の愛情を知り、安堵し、自信を持つようになった、ということかも知れない。でもそんなことはどうでもいいのだ。そんなこと探らなくっていいのだ。


地球温暖化の話に戻る。
ゴア氏の主張も、田中宇氏の主張も、サイエンスの世界で起こっていることである。その世界の中での細かな数字や基盤にしている理論によって、結論に差が出るのは当然である。地球温暖化に絡む全ての因子を明確にし、それの結果を正確に予想することが出来ないのであれば、人間の勘(これも「知」なのであるが)に基づいてみていいんじゃないか、それぞれの人間が良かれと思う方向にどんどん動いていったらいいんじゃないか、そういう気がするのだ。

結構無責任に聞こえるかもしれないが。

梅田望夫さんの言う「群集知(個々の人間の判断はそれぞれ異なるのだが、集合体全体の出す結論というのは、案外正しいのではないか)」や、宋文洲さんのブログで紹介されている「一見合理性に欠ける個々の投資家の投資行為によって形成された相場は不思議に合理性に富む」という主張など、非常に興味深いのであるが、要するに結論としては、地球温暖化の問題には因果関係が立証されていないものも多々あるが、世界規模でその温暖化を食い止めようというムーブメントが起きている、(だからその結論は)その群集知に任せていていいんじゃないか、というのが私の主張である。

サイエンスの世界は全てを解明してくれるわけではない、だからそれのどの部分が正しくて、その部分が間違っているというという論争が起きている間にも、群集はある方向へと向かう。勿論歴史を見ても、群衆知が常に正しいわけではない。でも何が正しくて何が間違いなのかというのも、自分の立つ位置によって違う。

だから。

一見無知でナイーブな反応に見えるものでも、結果的には正しい選択であることもある。小難しいことを考えなくてもいい。難しい理論なんて知らない。でもハートで感じて堂々とアクションを起こせばいい、私はそう思うのである。

私は長年「無知は罪」と思ってきたのだけど、何もかも知ることなんて不可能。だから「無知の知」の大切さに気づいた哲学者は偉大。

Posted by akemi at 01:13 | Comments (0)

2007年02月13日

The hardest thing for me

生年月日で占う「前世占い」。
かなり軽めのタッチのサイトであったが。

その中に「今世 為すべきテーマ」というのがあって、それを見てみたら、

リラックス


だった。

無理だーっ!!
それだけは無理だーっ!!
努力が足らないとか、寝る間も惜しんで働けとか、そういう分かりやすい頑張り目標であれば実現できそうなものを。

リラックス

不可能だ。

そうそう、つい先日、江原さん関連のサイトをボーっと見ていたら、電球が切れたり、電気機器が壊れたりする時って、「忙しいオーラ」を出しているときだとか。
我が家、すっごく電球切れますです。
しょっちゅう電気機器壊れます。私がスイッチを入れるとバチっと壊れます。
そして、忙しいオーラを出して、またまたブチっと壊す。

あー確かに。
忙しい時に限って壊れるんだよなーっ、とか思ってたけど。忙しがっているから壊れたのかも、って思うと、結構可笑しい。

Posted by akemi at 00:01 | Comments (0)

2007年02月10日

人間の魅力

我がアパートのお向かいにはホテルがある。
そのホテルの前にバス停がある。

バス停に行くため対岸へと渡っていた私の目に、一人の女性の姿が映った。
背は低いのだけど、とても魅力的な女性で、私はひと目見て「わー素敵なヒト」と思いつつ、彼女から少し離れたところに立ってバスを待った。いつもの様にMP3プレーヤーをカバンから取り出して曲を選んでいた。

彼女の後ろ姿をちらりと見つつ、視線は彼女の足元へと行った。綿の靴下にサンダルという姿に瞬間的に香港の人ではないのかも、と感じ取った。

その彼女が突然クルリと振り返って私を直視した。
その顔はどんどんと私に近づき、明らかに私の方に向かっている。
彼女の視線はずっと私の目を見続けて、私と彼女は一瞬目と目を見合わせていたのだけれど、その素敵な女性が私に何を言いに来たのかと、少し身構えてしまった。

彼女は言った。

「あの、コーズウェイベイに行きたいんですけど」

そこで彼女は一息おいて、また私の目を覗き込みながら言った。

「いくら、かかりますか?」

私はその意外な質問に、心の中で一人カクンとボケつつ、

「そうねー、コーズウェイベイに行くバスはねー」

などとバスの路線図を見ながら価格を確認した。


そのバス停はホテル前にあり、○○に行くには何番バスに乗ればよいのか、という質問をしょっちゅう受ける。だから、何番バスに乗るのか?という質問に対しては用意があったのだが、常にオクトパスカードをかざすだけで料金にはあまり関心のなかった私に、いくらと聞かれてもねぇ。

あわてて確認している間に、コーズウェイベイ経由のバスがやってきた。私は金鐘で下りるのだけど一緒に乗ろうということで、とりあえず彼女をエスコートしつつ乗り込む。

私はさっきの彼女の質問に答えなきゃと思い、料金を確認して彼女に告げた。
彼女は手に5ドル二枚と50セント1枚を握り締めていた。

6ドル50セントだから、あー、ここおつりでないからどうしよう。

そう言うと彼女は、5ドル崩れませんか?と聞いてきたので、私は自分のお財布をゴソゴソ見てみると2ドル1枚と1ドル1枚しかなかったのだ。

私は彼女に、これ使って下さい、と言って1ドルを渡して支払いを終えた。

しばらくその彼女と話をしてみた。

彼女は東南アジアの某国で某グローバルバンクに勤めているらしい。今回は香港でトレーニングがあるということで来ているらしい。彼女は私に続けざまに質問してきた。帰りも同じバスに乗ったら同じ場所に帰れるのか、と。

うーん。同じ場所には戻ってこない。SOHO近くに戻って来る(といっても彼女はSOHOを知らない様だった)、でもそこから歩かなきゃいけないしね。

どうしたら帰りのバスの道順を狭いバスの中で教えてあげられるのか、私は少し困ってしまった。でも彼女は某グローバルバンク勤務のキャリアウーマン。私は「あっ」と思った。

コーズウェイベイからあのホテルまでだったら、タクシー乗った方が早くて確実よ。英語通じるから大丈夫よ。

そう元気一杯答えた私に、彼女は少し恥ずかしそうに答えた。

「あの、今日は仕事は休みで、コーズウェイベイにショッピングに行く予定なんです。だから、できればバスの方が」

そっかー。オッケーそれなら、帰りにバス停で他の人に聞いてみた方が良いかも。私もう降りなきゃいけないし。

バスはすでに金鐘に近づいていた。彼女はあわてて私に最後の質問を投げかけた。

「あ、あの。コーズウェイベイに着いたっていうのは、どうしたらわかるのかしら?」

私は色々と説明を試みたが既にバスが停まり、私は急いで下りなければならなかった。叫ぶように彼女に行った。

「とにかく、沢山人が降りるところ。パスのほとんどの人が降りるところで降りて!とにかくバイ!」

彼女は私が降りる間際まで全身で「本当にありがとうございました」という気持ちを表現してくれた。

MTRの中でも彼女のことが気になって、ちょっと名前でも聞いておけば良かった、すっごく素敵な瞳をした人だったな、ここ香港では見たことがない雰囲気を持っていたな、などと思いめぐらせた。ああ、彼女の国に行けば、あんな素敵な人たちが沢山いるのかも。

大学の授業が終わって自宅に戻り、一人ネットで彼女の国の平均月収を調べて絶句してしまった。彼女は外資系企業に勤めるバンカーであるため、平均よりは遥かに高い賃金をもらっているだろうが、それでも、やはり香港と同じレベルであるはずもないだろう。タクシーなんて会社払いでなければ乗ろうとも思わないだろう。バスの料金が気になるのも当然だ。

想像力の欠如。というか、何という先入観。香港のバス料金が激安だと思えるのは、一部先進国出身の人間だけだ。なんで私はあの時笑ってしまったのだろう。

お金の量で人間生活の便利さは計れるかもしれないが、徳の高低など計れない。

それに彼女は例えようもなく美しく輝いていた。
彼女の美しさが、私の外見だけでなく内面までもの醜さを浮き上がらせた様であった。

私は魂をどこかに売り渡してしまったのか。
もう私は、あの彼女の様な瞳を持つことはできないのか。

Posted by akemi at 22:58 | Comments (0)

2007年02月05日

an inconvenient truth

香港HMVで「今週のDVD]として紹介されている。

これを購入する人達は、この映画の言わんとしているところは勿論分かっているだろうから、このDVDを手にとってみて、「あ、ああそうか」と思わず口走ってしまう。

パッケージに、ポリシーが。

多分。

「FAHRENHEIT 911」を見た人達も、きっと同じことを思ったに違いない。

何故あの時、ゴア氏ではなくB氏が選出されてしまったのか。

米国民ではない人達にとっては、だからアメリカ人の考えていることはワカラン、と思った人も沢山居ただろう。

でも反対に、元政治家という人が、現在この様な活動を行っているということの方が、驚くべきことなのかも知れない。それを思うと、やはりアメリカという国の持つ懐の大きさみたいなものも感じてしまう。

内容については、かなりショッキングでぐっとくる表現も多々あり(時々泣けちゃう)、しかもインテリ層に対するインパクトは相当なもの。あえて感情に流されることのない様に、科学的なデータを元に効果的なプレゼンテーションが続くのは、聴視者が地に足をつけて冷静な判断でもってアクションを起こせる様にとの配慮であろう。目的はパニックを起こすことではない。静かだが絶対的な危機感を持たせること。冷静に判断をし、アクションを間違わなければ回避できるのだという希望を持たせること。利潤追求の原理から言って、サービスの受取手が判断の鍵を握っていることをアピールし、「企業の責任」ではなく、個々人の利益優先の結果であったという事を暗に示し、個人の問題としてとらえることが最優先だというメッセージを送ること、であろう。

米国内のサーバーを利用している私としては、昨年度は何度となくハリケーンの間接的被害に遭ってしまった。今年のダボス会議でのアメリカの突然の地球温暖化対策へのコミットメントは、これらのハリケーンの被害が相当だったことをうかがわせるものだ。いや、この映画のインパクトが世論を動かしたのかも。

ちなみに長女は、昨年学校の課外学習で映画館で見たらしい。

今年。
香港の夏の室温が変わることを期待、というか推進するにはどうすれば良いのだ!

追記:著書「不都合な真実」の訳者の枝廣 淳子女史もすごく興味深い方です。

Posted by akemi at 00:49 | Comments (0)

2007年01月31日

香港エコバックプロジェクト2

自称エコバック研究委員会企画部のあけんです(広報部に続き新設)。

香港におけるエコバックもかなり定着してきた感アリでございますが。
ここで大胆に提案させて頂きたいことがあります。

提案。

「エコバックへの店舗名掲載禁止令」

でございます。

オーストラリア発コールズバックの利点は、実は「誰が見ても香港内の競合企業名ではない」というのが分かるので(香港にコールズはない)、どんなスーパーでも百貨店でも持ち込むのにタメライがない。
しかし。
大量に購入する時のために追加のエコバックを買ったのだが、P用、W用と実は行く先に応じて持ち込むエコバックを使い分けていたのだ。もちろん、そんなの気にする必要はないのだけれど、私がPスーパーのレジのお姉さんだったら、Wスーパーのエコバックに商品を詰めるのって、何だか複雑な気持ちになっちゃうのではないかと思ったりするのだ。

日系Cスーパーにも時々行くようになって、そこで目が釘付けになったのが、巨大エコバック。即座にそのCスーパーで一番大きなエコバックを購入したのだが、これがまた収納力抜群で肩掛けできるほどヒモが長く、とっても重宝。しかし、それを持ってS百貨店に行くと、どうしてもCスーパーのロゴの小さい方を外に向けて、しかも出来るだけ見えなくなるように布を折り返したりして、ちょっとごめんなさいモードに入ってしまうのだ。
オーガニック系のTスーパーのエコバックは、形状こそコールズバックに似ているけれど、やっぱりロゴ入っているし。

よって。
デザインなどは各社競い合って良いので、ロゴだけは入れてはいけないのである。

ほぼ日バッグならぬ、香港流ブランド不要の汎用エコバック。
実はロゴなしのエコバックもいくつか存在しているのだけど、どうもデザイン(形状)がイマイチで買う気になれない。

ちなみに。
量が多くない時は、風呂敷が一番でございます。折り畳むと小さくなるし、寒い時にはかぶってもいいし(勇気いるけど)、いざとなればタオルにも膝掛けにもレジャーシートにもなります。ということで間違ってもチリメンの風呂敷ではいけません。綿の丈夫なものが必需品!

Posted by akemi at 23:52 | Comments (0)

2007年01月29日

香港では効果ないかも、でも

北風と太陽なら、太陽の方が絶対イイ。

Posted by akemi at 12:04 | Comments (0)

2007年01月23日

CHAOS

かなり前、モンテッソーリ幼稚園の園長先生にインタビューをしたことがあった。

その時に彼女が力を込めて言った言葉を時々思い出すことがある。
「その昔、情報なんかがこれほど溢れていない時代の方が、もっと人間というものへの深い洞察、理解があったのではないかと思う」

最近、同じことを考えているのである。
知識管理で暗黙知を形式知化しようと思った際、詳細すぎる記述はかえってよくないという話があった。要するに、その知識を普遍化し汎用化するためには、ある限定された状況下でしか使えないような克明過ぎる表現では、人々は判断を誤ることがある。というのは状況が許さないことがあるからだ。つまり、状況に応じてその知識を応用するためには、そのポイント(理由や本質部分)を説明するにとどめ、それを各人の状況に応じて適用できるようにすべき、なのである。

しかし。
今、現代において問題になっているのは、そういったポイントのみの説明では適用できない、応用できない人たちが量産されていることなのだ。

人間はどこから間違ってしまったのかが、よくわからない。

思考のサイクルが超高速回転となり、
情報はよどみなく流れ、蓄積され、知への渇望は薄れる。

でも、人間は本当に賢くなったのか。
人間の未来が輝かしい、と思えない時がある。

Posted by akemi at 01:52 | Comments (0)

2007年01月05日

The theme - 2007

昨年の私のテーマは、

インド

であった(詳細省く)。

ということで、今年のテーマは「ヒューマン」。人間、とくにその「知」の部分を深く掘り下げるべく、ありとあらゆる手段と機会を使って核心に迫ろうと思っておるのであーる。ということで、今年のかきぞめ。

人類知の探求 あけん - 書き初めくん - はてなセリフ

メラメラと燃えてきたわん。

Posted by akemi at 15:25 | Comments (0)

2007年01月02日

べっぴんさんが多かったな、日本

1年ぶりの一時帰国より香港に戻って来たぞ。

ということで今現在新巻鮭2尾を下ろしたところであーる(主婦湿疹の傷に塩が滲みて稲葉の白兎状態。ぎょえーっ!!)明日は粕汁の予定。

たまたま購入した「危ない食品たべてませんか」という書籍を飛行機の中で読みつつ帰って来たのだけど結構役立ちそう(でも正直な感想は「購入しなくても良いかも」。理由は後述)。高級食材を買うことだけが安全な食生活を保つ唯一無二の方法ではないということが分かり少々安心。これでエンゲル係数も多少は下がるといいなーっ。

買わなくて良いというのは、安全性を確保する(添加物や農薬のダメージから身を守る)ための方法論がパターン化されており、それを理解しておけば応用が効くので、わざわざこの一冊を手元に置く必要はないと思う。読み返すことも必要ないかも。実は「買ってはいけない」式の本を私は一度も読んだことがないのだけれど、多分それよりは実用的で良いのではないかとは思う。

で、このパターンであるが、

農薬を落とす
水洗い(表面に傷をつけたり、切ってからの方が有効)、水につける
皮を剥く、外皮や外葉は食べない
ゆでこぼし

添加物や化学汚染物質を落とす
加工品であっても、肉類、魚類であっても、最初に湯通しする(例えばハムなどもスライスしてから数秒湯通しで、添加物が湯に溶け出す)。汚染物質がたまりやすい部位や脂肪を避けるなど。

解毒作用のある食品を用いる(具体的食品名あり)

危険性の高い添加物が使われている食品をなるべく買わない(具体的な添加物名あり)

ということに尽きる。つまり農薬まみれでも、化学物質に汚染された食材であっても、工夫次第でその危険性を最小限にすることができるということで、これは私にとっては嬉しい発見。

今日から既に日常の忙殺モードが開始。年明け早々飛ばしていくぜっ。

Posted by akemi at 23:32 | Comments (0)

2006年12月22日

ニッポン、チャ、チャ、チャ

確か昨年末の一時帰国では、佐伯チヅさんの本に感銘を受けた記憶が。

今回は実家の母が購入したDVDを見て絶句。そう、田中宥久子さんの「造顔マッサージ」を見てしまい、実験の結果、効果アリを実感。みんなにお勧めしちゃいたいのであります。かなりの圧力をかけつつすべてのマッサージを首元にあるリンパに流すという動きをするのですが、今までの常識を覆すっ、という表現がぴったりかも。結構力を入れつつやるのです。

ところで今回の一時帰国での日本の感想は。

中国人の知人によると「Too much」と表現されていた日本のサービスだが、確かに「やりすぎ」の感はある。それでもやはりすごい。ありとあらゆる場面でサービス業に従事している人たちの意識の高さには、やはり感心させられてしまった。それは勿論教育の賜物。

またまた驚いたのは、創業以来じぇったい味変わってへんやろーっ、とつっこみたくなる愛すべき「阪神のイカ焼き」だが、ここにも進化が!以前は常に長蛇の列だったのが、「イカ焼き10枚」と言った瞬間に「はい、10枚ねっ」と商品が目の前にドンと置かれたこと。このスピード、人間業とは思えないっ。私の脳の中を誰か読んでいた?とつっこみたくなるほど。

おまけに。

日本の商品開発力には脱帽。
同じ目的を果たす商品にも各社から複数の商品が出ている。顧客側から見ると、どうやって選べば良いのか迷ってしまうのが逆に悩ましいところだが、朝から晩までこの商品開発のために心血を注いで来たのだな、と思わず研究室に思いをはせてしまうほどにすごい。それがあらゆる分野で起こっている。

書店で気づいたことは。

スピリチュアルコーナーにかなりのスペースが!これはもうトレンドとしてはしばらく続きそう。

語学のコーナーで立ち読みしてたら、私の後ろで若手サラリーマン二人が留学準備コーナーで立ち話。「杉村太郎ってどこや」

私が思いっきり反応してブンっと後ろを振り返ったら、タロちゃんの「王道」本がそこに。そこや、そこにあるやろ、君たち、その本買ったほうがええよ、英語の勉強したいんだったら。

「俺、同時に二人の人に進められてん」とそのうちの一人が言った。

うんうん。私その本のおかげで大学院行けてん、っと言おうかと思いつつも、昨今の日本の状況を考えると他人から突然話しかけることなど気色悪がられるだろうと思い黙っていた。そして彼らは結局、その本を買わずに出て行ってしまった。

言うべきだったかも。ヘンなオバサンと思われても良かったのに。

そう。神様って人間にとってその時にとても大事な台詞を突然通りすがりの人に言わせることがある。私は何度もそういう機会にあっては、「神様、焦ったな」と思いつつも、その言葉を有難いと思う。彼らにとって、私がその通りすがりの人だったのかも、と思うと、今日すべきことの一つを遣り残したみたいで、少し惜しい気持ち。

スピリチュアル系で江原さんの本も読んでみた。スピリチュアルワーキングブック(文庫)というやつ。特に「適職」「天職」のあたりに感銘を受けた。そこで私はかなり腑に落ちたことがあったのだが、私の苦しみの多くは、仕事に天職を求めていたこと。何をやっても違うという感覚があったのだが、適職で生活の糧を得て、天職はまた別の部分に求めても良いということ。

長女は、日本の和製カタカナ英語にのけぞりつつ反応。確かに久しぶりに見ると結構衝撃的。大阪市営地下鉄の中の広告「メイアイヘルプユー?」

日本語って重い。

「大声失敗談」要するに電車内では他者の迷惑になるので、大声での会話はやめましょう、というエチケット広告なのだけど、ありとあらゆる場面でチェックが入る日本らしいと言うべきか。

まだまだ色々とありそうで楽しみ。

Posted by akemi at 22:41 | Comments (0)

2006年12月19日

self-educated person

ユダヤ人の商売に対する考え方は、大阪人のそれと近いと感じることがある。

彼らの生活習慣というのは、私達日本人とはかけ離れているのだが、モノの考え方には学ぶべきものが多くあると思う。

彼らの教育に対する考え方も、私にはとてもしっくり来るのである。

「本当の教育は、独立独学する姿勢と、一人で問題解決できる能力の獲得にある」(ユダヤ最強の成功ノート 手島佑郎著 イースト・プレス)

これ以上端的に教育の目的を表現した一文を、私は他に見たことがない。この本の中には、「困ったことがあるとすぐに他人に教えを請う人は、独学の人に勝てない」というフレーズも出てくる。知識の詰め込みには何の意味もなく、独学し実践する中で、真に問題解決する力を獲得することができるとこの本は説いている。

「知識管理」の中では、くどいほどに「データ」「情報」「知識」「知恵」を明確に分ける。有機的な連鎖を含み、内面化されたものを「知識」と呼ぶのだが、日本で言われている「知識偏重」というのは、厳密には「情報偏重」としか言えないだろう。「知識」とは、自分の経験を通して、情報と情報をリンクして、新たに自分自身で意味を持たせたものであるため、それが内面に備わっているというのであれば、それは素晴らしいことである。

意味のある「学び」とは、「能動的アクション」を伴って初めて「知識」として獲得することができるのだろうと思う。モチベーションのない受容スタイルの「学び」は、多分時間の無駄なのではないかと思う。

では、ユダヤ人的な思考が現代においてベストなのであらうか、というと別のベクトルも存在する。

ここ数年「日本人とは何か」という問いに対する答えとして、鈴木大拙氏の本を時々読んだりするのだが、この中に「ユダヤ人の霊性は低い云々」という表現を見つけたことがあった(具体的にどの本かわからないですっ)。要するに彼らは頭で考えて理解しようとする、だけど禅というのはそういうものではないと、そういった類の話だったと思う。

まだまだ答えはでない私である。

Posted by akemi at 01:53 | Comments (0)

2006年12月16日

年末高齢の(ナイスっ誤変換)、もとい恒例の

えーっと、年末オセオセでございます。
ということで今年の総括をば、

と思ったのですが。

ここ数年参考にしている占いサイトがあって(自分としてはめちゃくちゃ当たっている&心構えができるので重宝)、今年と来年が2年連続の下積み期間となっておりまして、その1年目が終わろうとしているだけでございます。どうも来年もこのまま1年が過ぎるであろうという予感アリアリで新鮮味ゼロ。とりあえず仕事しかしなかった感アリの今年よりは、中断していた普通語を始め、狙い定めた知識の習得にもうちょっとウェートをかけたいのでございます。そして引き続き「人間の知」を哲学しちゃうのであーる。そして、

来年こそめっちゃくっちゃ遊ぶぞーっ!!

(注:この場合の「遊ぶ」は、飲み歩く、とかそういうことではなく、子供と一緒に体動かして遊ぶぞー、Wiiで筋肉痛になるぞーっ、週末にはガンガンBBQするぞーっ、ということでございます。)

追記:えーっと下積み二年の後、2008年には私は大笑いのハズ(笑)。そう思うと下積みも楽しいわん。

Posted by akemi at 00:06 | Comments (0)

2006年11月21日

bullying in Japan

話のネタが少し途切れたとき、某氏がこう切り出した。

「最近、日本でのいじめ(bullying)の問題についての記事を読んだのだけど」

こちらでもそんな報道がされていたのか。私は一般的な話で留めたいと思いつつも答えた。
「そうですね。小学生、中学生、高校生。最近、いじめが理由の自殺も多く報告されていますね。日本では大きな社会問題になってるんですよ。」

「自殺」というキーワードに反応した中国人女性が話に加わった。

「なんで?勉強のプレッシャー?」
をを流石、教育加熱沸騰中の中国人ママの発想。いえいえ「いじめ」が原因でね。と解説するも、彼女はどうも納得いかない様子。

件の彼は続けた。「その、少しわからないことがあるんだけど。例えば先生や親が、いじめをする子供たちに対して『そういうことはしちゃいけないんだよ』とか、そういうことを言って止めたりしないのですか?」

私の頭の中に色々な状況が思い浮かんだが、思わず
「周りから見えないこともあります。しかし問題なのは、先生の中にいじめを許容したり、場合によっては率先してやったりする人もいるのです。」

「先生が!?」
かなりショッキングな響きだったらしい。

「一部ですよ、一部。全部じゃないですって。」

横で話を聞いていた中国人女性。

「いじめなんて、どこにでもあるわよ。特別なことじゃない。」

話を一般化させたかった私であるが、彼女の台詞で何故かスイッチがかちんと入ってしまった。

「違います。日本のいじめは違うんです。一対一ではなく、例えばクラス全員が一人をいじめたりするのです。学校は子供にとって唯一の社会で、そこで仲間はずれにされてしまったら自分に未来はないと思うんじゃないでしょうか。未来に悲観して、自殺してしまうのかもしれない。彼らには逃げ場がないんです。」

「でも、例えば一対一では勝てないと思ったら、グループになって一人をやっつけるっていうのは、どこにでもあるわよね。」彼女は答えた。

「私の見方なんですが、日本では、目立つ人を批判する文化的、社会的傾向があると思います。いじめの問題には、そういう背景があると思うんです。」

とは言ったが。

家に戻ってからも、本当にそうなのか少し自分でもわからなくなってきた。
本当に逃げ場はないのか?

もちろん、日本でのこの現象は諸外国の状況を鑑みても「特異」であると断言できる。色々な国の人の話を聞いてみたが、犯罪を犯したわけでもないたった一人の人間が、多人数(例えば帰属集団の他のメンバー全て)から一方的に拒否、無視、暴力、恥辱を加えられるというのは、想像しがたい。またまたそれが原因で自殺するのも異常であると。でも私は日本人だから、さもありなんと思うのだ。一億総バッシング、が得意な国民性。今日に始まったことではない。

でも私は一つひっかかることがあるのだ。

それは、ある球技のクラブでのいじめが原因で自殺してしまった女子中学生の女の子に関してなのであるが、報道によると、同じ様にいじめの被害に遭っていた女子生徒が、その数日前に退部していたらしい。

その報道を見て思った。

そうだよな。それが正解だよな。

何の義理も義務もないクラブ。辞めるのが正解だろう。自殺する理由が一つなら、死なない理由は100いやもっとある。逃げたらいいのに逃げ場がないと思い込んでしまうのは何故なのか。

退部した女の子と、自殺してしまった彼女との間で、何が違ったのか。

プライド、かも。

私が思うのは、彼らが自ら死を選んでしまうのは、それが「復讐」だからなのではないかと考えたのだ。いじめた相手を名指ししたメモを残すのは、そのためだろう。

自分を苦しめる相手に、生涯消えない傷を与え、世界中の人に、あいつが悪いのだと訴えたかったのかもしれない。

でも、きっと、その復讐は成就しない。
もちろん、加害者とその親達は、しばらくは苦しむだろう。でも、月日が経てばきっと忘れる。もちろん、何かの拍子に思い出すことはあっても、彼らは将来、自分の思い描く職業を選び、伴侶を得たり、人生を謳歌する瞬間を得るだろう。腹の底からゲラゲラ笑い、本当にどうしようもない奴らであれば、亡くなった人を冒涜するような台詞を、お酒の席で吐くかもしれない。

復讐は、成功しないのだ。

反対に、迷惑をかけたくなかった、悲しませたくなかった、親や兄弟や親戚たちは、本当に一生逃れられない悲しみと後悔と苦しみとを抱き続けてしまう。季節が変われば、年を越す毎に、誕生日が来れば、卒業式、入学式、桜の咲くころになれば、30年経っても、50年経っても、その悲しみは穏やかになるどころか深く更に絶望的になってしまう。

生きていれば、子供を抱っこしているのかしら、もしかしたらあんな職業で活躍していたかも。

もう、誰も死なないで欲しい。

心の底から憎いと思う人のために、大切な時間を、大切な気持ちを、大切な命を捧げる必要などない。自分の命は、自分の心は、大切な人のためにだけ使えばいい。

追記:サーバートラブルのために、1週間前のバックアップに戻されてしまいました。ということで、以前の追記が復旧できず(涙)。
これだけはURL残しときます!

いじめが自殺につながる日本の「空気」

Posted by akemi at 07:49 | Comments (0)

2006年11月17日

Identity – IV

もうかれこれ10年以上も前の話をしてみる。

ソウルで韓国語を学ぶ学生だった時のことである。そこは韓国語を勉強するにはメッカの様なところで、そこには在日韓国人2世、3世の人たちも多く居た。彼ら、在日僑胞(재일 교포)たちの多くは、その語学学校に来るまでに色々な葛藤を抱えていただろうということが理解できた。きっかけは、多分日本での就学や就労のタイミングなのだろう。歴史的背景を一から説明する必要はないだろう。彼らはその時、日本人なのか、韓国人なのか、自分は何なのかという葛藤を抱えてしまう。結論を出すには、自分のルーツを探らねば。そう言ってやってきた友人を沢山知っている。彼らのほとんどは、自分探しの途中で、韓国に居る間に結論が出るのかどうかもわからない、そういう不安を抱えながらも苦しんでいた。日本の近代史を恨んでみても、私にはどうすることもできない。

しかし、全く違う考え方をする人たちも居た。それが、在美僑胞(재미교포)、在米コリアンの若者達である。彼らのほとんどが、自分が何人であるか?というアイデンティティの崩壊を全く経験しない。彼らの言葉は明瞭だ。

「俺の中にはコリアンの血が流れている」

韓国語を習いに来ている彼らは、韓国語が母国語ではない。でも彼らは100%自分は韓国人であると迷いもなく答える。

日韓の歴史をここで語るつもりはない。あまりにもトピックが大きすぎて私には手が出ない。

ただ言えるのは、アイデンティティと言語は関係ないかもしれないということだ。じゃぁ、言葉もできずに自分は韓国人だと主張する彼らのアイデンティティはどうやって育まれたのか。何かにおいて一貫したものがあったのだと思う。そのキーファクターにおいて一貫したものがあれば、アイデンティティの崩壊を招かないのだろうと思う。それは確固たる所属集団なのかな、とも思う。

ニューヨークに長く住んだインド人の知人が言っていた。ニューヨークが大好き、眠らない街。でもね、民族のコミュニティはそれぞれ分離されているのよ。香港の方がミックスしていて楽しいわ。

在米コリアンの彼らは、韓国人コミュニティの中で多くの時間を過ごしていたのかも。今となっては確認をとる術もない。

Posted by akemi at 01:18 | Comments (0)

2006年11月16日

Identity – III

香港に来て子供たちが学校に通い始めてしばらくしてからのことだった。
子供達の学校には多くの日本人が居て、子供たちはそれをとても喜んでいた。

もちろん日本の子供達と遊ぶ様になると、我が家にも日本の方から電話を頂くようになった。それが何回か続いたところで、私は自分をどこに置けば良いのかがわからなくなった。いや誤解を恐れずに言うと、私は自分を何人だと捕らえれば良いのか混乱して来たのだ。私は100%日本人なのに。

日本の方の話す言葉の内容が、全く見えなくなっていたのだ。

オーストラリアで生活した2年半。ノーはノーで、イエスはイエス。ノーは相手の人格を否定しているわけでも、拒否しているわけでもなく、単なる「いいえ」。相手の言葉の行間を読む必要もないし、ビジネスを学ぶ学生でもあった私は、行間を読ませることは、相手に対する思いやりのなさの現われだとさえ思っていた。

だから行間を読ませる必要のないように、誤解を与えないように、きっちりと自分の意見を言うのが100%正しいと思っていた私は、電話口の向こうのママさん達のおっしゃることが、イエスなのか、ウェルカムなのか、ノーなのか、はたまたノーなんだけど問題ないレベルなのか、イエスと言っているのだけど本音は激しくノーなのか、全く見えなくなってしまっていたのだ。

電話を切って頭を抱えることが数回続いた。
何度考えても相手の真意が読み取れない。相手の感情を読み取るのを得意としていた(と思い込んでいた)私は、鍛えなければそういう能力さえも失ってしまうということに気づいた。私には、もうその能力はない。そんな私でも、電話をかけ直して、先ほどのおっしゃる意味は何なのですか?と聞き返すような真似だけは、決して受け入れられないだろうということだけはわかった。

私、日本人じゃない、のか?

でもオーストラリア人でも韓国人でもないのだ。もうインドあたりの国の人になっちゃいたい様な衝動にかられたりもしたが、しばらくすると子供たちの交友関係のシフトとともに、悩むことも無くなった。それからやはり1年くらい経つ。

コスモポリタンとして生きられればいいのに。

Posted by akemi at 01:17 | Comments (0)

2006年11月15日

Identity – II

台湾系米国人の彼女の言葉を忘れるほどには時間が経っていない頃、私が知っているだけで7種類の言葉を操る人と話をする機会があった。少なくとも、私は彼女の話せる言葉のうちの3ケ国語を、仕事上の電話で使っているのを横で聞いたことがある。少なくともその言語はビジネスレベルにあると言っていいだろう。

彼女は国際結婚をしていて、私にとっては非常に羨ましい家庭内環境にあるにも関らず、彼女は自分の子供を「単一言語」で教育しようとしているのを見て、私はぎょっとなってしまった。少なくとも、父親と母親の母国語が違うなら、その二ヶ国語くらいは環境として与えても良いと思うのに。

「なんでー、もったいなーい」

というこれまた安っぽいリアクションをした私に、彼女は、前の彼女と同じく、一瞬口をつぐんで、そして一呼吸おいてから、意を決した様に語り始めた。

「私自身にね、アイデンティティの混乱があるのよ。って言うか、アイデンティティがどこにあるのか分からないの。それがね、もうとっても苦しいの。夜中にガバッと起きて涙が出ちゃうこともある。だから私は子供には確固たるアイデンティティを持たせてあげたい。」

多分、彼女の苦しみは私には一生理解できないと思う。
言語とアイデンティティって関係あるのか?

彼女に母国語は何かと尋ねても、強いて言えばこれかな、という言語はあるにはあるが、ここ数年使う環境には居ない。要するに住んでいる土地の言葉が次第に第一言語になってきてしまう(つまり現在は広東語!)、という私には信じられない様な超人的なことを言うのである。

彼女の悩みは外からは絶対にわからない。
自信に満ち溢れたキャリアウーマンにしか見えない。
彼女が喉から手が出る程に欲しい何かを、彼女はまだつかめていない、のだろう。

日本人として、日本のパスポートを持ち、日本語を読み、日本語を話す私は、彼女達から見ればきっと、「確固たる日本人としてのアイデンティティ」が備わっている人として映っているのだろうか。

これは「日本人らしい行動様式」だとか「典型的な日本人的発想」を会得している、という話ではない。アイデンティティを語るのに、「日本人として」というのはどうでもいい話だと思いたいのだが、そうは簡単には片付けられないかも。

私も一瞬、フラッと来たことがあったっけ。

Posted by akemi at 01:10 | Comments (0)

2006年11月14日

Identity – I (自我同一性)

Needs(必要)の裏には「喪失」という概念が隠れている。
「無い」から必要だと思うのであって、既に自分自身の中にあるものであれば、あえてそれに「気づく」必要もないのかもしれない。

例えば失って初めて知る「健康の有難さ」。病気になれば健康を熱望するが、当たり前の様に健康であれば、その大切さを知ることもない。

私はずっと「アイデンティティ」なる用語の持つ意味がよくわかっておらず、口にすることもない(使うとすれば、Corporate Identityくらいか(笑))。でもそれが、自分自身の中に既に存在しているために気づかなかったのかもしれない。

と思ったのは、香港に来てからほんの短期間の間に、この「アイデンティティ」という言葉を、全く別の二人の口から聞いたからなのだ。

このエントリーを開始しようと思っている今でも、私はこの「アイデンティティ」という言葉をどこから料理すれば良いかがわからない。でもいつか何かに気づくかもしれないと信じて、少しずつ記しておこうと思う。

現在、香港で米資本のコンサルティングファームに勤める台湾系アメリカ人女性と話をしていた時のことだった。

彼女は一瞬言葉を飲み込んだ。

何の話からか忘れたが、流れる様なアメリカンイングリッシュを必死の形相で聞き入りながらも、洒落た話の一つでもと頭の中で話題を探していた時だった。彼女は飲み込んだ言葉を出そうかどうか迷っている風で、私は好奇心旺盛ではあっても、ゴシップ好きではない。彼女が言いたくもない言葉を無理に言わせることもない。話題を変えようと思った時に、意を決した彼女はこう切り出した。

彼女は、アイデンティティに問題を抱えている、と。

いきなりサビ、である。

彼女の話の要旨はこうである。

アメリカの教育では、瞬間瞬間で自分の意見が求められるらしい。熟考して論理的な結論を言葉を選びつつ出すというよりは、頭によぎった言葉全て(それは時には全く意味を持たない様な言葉であっても)、とにかく何らかの言葉を瞬間的に出すことを求められるそうだ。クイックレスポンス。指をパチンと鳴らす様なタイミングで、即自分の意見を言わなければならない。誰の指示も受けない、自分だけの価値観で自分の意見を正々堂々と表明する。アメリカ人の家庭に育ち、アメリカの学校で学んできた学友たちは、それが自然にできる。でも、彼女にはそれができない。

何故ならば彼女の家庭内は、台湾の価値観で動いているからだ。

彼女は、幼い頃から「子供というものは親に従わなければならない」という価値観のもと教育されてきたそうだ。親に反抗したり、批判したりは許されない。黙って親の言うことを聞くことが即ち正しく良い子供であると言い聞かされてきた。

家庭内では黙って従え、外に出れば自分自身の意見を言えと。

そんな中、彼女は自分が誰なのか、自分の国籍はアメリカだけれども、純粋なアメリカ人とは違う、でも台湾人とも違う。離す言葉はアメリカンイングリッシュで、家庭内の会話程度なら台湾語で困らない。だけどどちらにも所属してない感じがして、彼女は自分のアイデンティティが崩壊していて、自分でもどうして良いかわからないと言うのだ。

ねえ、それって決めなきゃいけないことなの?台湾人として、とか、アメリカ人として、とか、そんなのどうだっていいじゃない。私の目の前に居る貴女は、二つのバックグラウンドを持つ、それこそユニークな個人であって、それの何処に問題があるのかが全くわからない。

とは、言えなかった。

私は、うんうん、とだけ頷いて、でも気の利いた台詞の一つも言えぬまま、多分、それが貴女の魅力なんじゃない?とか、彼女の欲しかった何らかのヒント、とはかけ離れたカラッ滑りな言葉を吐いて、一まずその場を離れたような記憶がある。

その日から既に1年ほどの月日が流れた。
彼女が強く強く感じ入って、片時も離れないであろう「アイデンティティ」の重みを、私は未だによく理解できないでいる。

Posted by akemi at 01:14 | Comments (0)

2006年10月29日

Yoshida Brothers

家族全員で行って来ました。

もともと津軽三味線ファンなのですが、こういうタイプのは初めてで大興奮でございました。長女ハマリまくりでございます(笑)。

ツアー中のため、ネタバレしてはいけませんので多くは語れませんが、期待を裏切らない構成でございました。

実は今日のコンサートは、子供たちの学校の音楽の先生主導での遠足(有志のみ)にも指定されていて、その案内を通じて今回のコンサートの存在を知ったのであります。家族全員で行きたい旨先生にメールしたところ、彼女はこう言ってくれたのであります。

特に男の子には絶対お勧め!本当にロックしてるからっ!

やはり三味線でのロックというのがウエスタンな人にとっては衝撃的だったようで(って日本人にとってもなんだけど)、めちゃくちゃカッコよかったでございます。オーストラリアでアフリカンドラムスを習い、いまは和太鼓をやっている長女は、パーカッションにも釘付け。

特に。
良一郎氏のノッテきた時の笑顔がたまりませんです(笑)。コンサートでノリまくりだったスタレビの三谷さん(現esq)を彷彿とさせる、最高のパフォーマンスでございました。

CDは即買い(HK$100。だから香港って好き。)
終了後のautograph sessionに登場した生吉田兄弟にも大騒ぎの私達母娘。我が家の男たちは半分が睡魔に勝てず爆睡(静かで良かった)。

Posted by akemi at 01:00 | Comments (0)

2006年10月18日

Cars - Pixer

今年はスペシャルなことが二つ。
10年ぶりにドラマを見た!(医龍)
そしてこの夏休み、7年ぶりに映画館で映画を見た!(Toy Story 2以来よん。カオルが暗闇恐怖症を克服っ!)

って、私は出家でもしてたのかしらん???いや、とにかく。

Cars、である。

もともと映画館の脱日常の雰囲気だけで泣けちゃうので、予告編からウルウルが止まず。

テーマがたくさんあった。
スポーツマンシップだとかね、効率と結果を重んじる現代社会へのアンチテーゼとか、人生の目的とかね、ホスピタリティだとか、自分の信条だとか。

子供たちとは泣き所が違うなと思った。多分この映画は子供のためのものではない。子供たちは仲間との別れのところで泣けちゃったと言っていた。私が一番泣けたのはあそこだ。

すまぬ。一部ネタバレ気味であるが。
50年前に不幸なアクシデントで引退を余技なくされた(しかも引退の花道も用意されていなかった)Doc Hudsonが主人公Lightning McQueenのレースで観客たちの喝采を浴びる。

50年前のチャンピオンを誰も忘れていなかった。
そして、その過去の勇者に対する人々のリスペクト。

すごい。

これがアメリカだ。

映画館に居たはずの私の目の前に、強烈なメッセージを伴ったシーンが重なった。

ちょうど10年前。アトランタオリンピックの最終聖火ランナー登場の瞬間。その名前は直前まで伏せられた。彼が聖火台に立ったとき、世界中の誰もがあまりの感動に、体の震えを止められなかったはずだ。

それは、モハメド・アリ氏だった。

彼が真に、名実ともにアメリカのヒーローであると、アメリカが世界に向けて叫んだ瞬間だった。彼の背負ったもの全てが、アメリカを象徴している。彼こそヒーローだと、そして今尚ヒーローであり続けるのだという強烈なメッセージ、そして彼に対する人々のリスペクトを見せ付けられた。

これがアメリカだ。

ブッシュ政権まっただ中であっても、Fahrenheit 9/11が公開され賞さえ獲得する国だ。
歴史が浅い国には浅い国なりのカルチャーがある。

日本が、勝てるわけ、ない。

映画を見ていながら私の頭の中はアメリカのことで一杯。頭の中でGoogleのロゴが駆け巡る。勝てるわけない、この国に。

移民で成り立つ国は、多様性を受け入れるしか生き残る道はない。

異端が常にポジティブを導く保証などどこにもない。
だから異端の芽を摘むのは、ネガティブに振れるリスクを減らすことに繋がる。ポジティブに振れることもあるが、それは一種賭けである。
長い歴史の中で築かれた価値観。日本の、異端に対する嫌悪感は、まるで本能的なレベルにまで刷り込まれていて、それがあらゆる組織における「一部の異端に引きずられて組織が傾くかもしれない」というリスクの軽減に一役買っている。そうやってお互いを牽制しあう。

その間に、世界は動く。ものすごいスピードで。
どんな方向性をもった異端であっても飲み込んでいるアメリカ。
もちろん、それは諸刃の刃だ。
いい面と、悪い面と。
事実、アメリカには日本にない様なもっと深刻な問題がうじゃうじゃとある。

悪い面を出さないためにリスクヘッジをする国と、
ハイリスクでもハイリターンがありえる、そういうカルチャーを許容する国と、
どちらもあっていいだろう、もちろん。

でもやっぱり、Carsは、アメリカ人の、アメリカ人の手による、アメリカの映画なんだ。

ちょっぴりアウトサイダー気分。

Posted by akemi at 00:18 | Comments (0)

2006年07月29日

夢で会えたら

運転免許証を取得。セダンから8人乗りの中古車に買い替え。ドライブが楽しくなってきたある日のことだった。

私は自宅すぐ前に停めた車に颯爽と乗り込みアクセルを踏んだ。自宅から出て左折。横断歩道に人影が見えた。その人と目が合った瞬間。

私は叫び声をあげながらブレーキを踏んだ。

が、

間に合わなかった。

という夢を見た。

昔から私の見る夢には、色、音、温度、味や匂い、生々しい手の感触など全ての感覚がある。慢性的な睡眠不足で寝床に入った瞬間に朝、という日々を数年続けているので、夢を見るのは、時々まとめてたっぷり眠れた日の朝方に多く、そしてそんな時には、誰かが私に何かを伝えようとしているのではないか、そんなことを強く感じる夢を見ることがある。

ドライブに慣れてきた私への警鐘だったのだろうが、私はその夢の中で、人を轢くときの車のものすごい衝撃、直前に目があってしまった被害者の人のこと、そしてその時、叫び声を上げながらブレーキを踏んだにもかかわらず、無常にも数メートル私の車が進んでしまったという事実。そんなもの全てを疑似体験してしまった。そして。

その時の私自身の感情も。

今でもありありと思いだすことができる。

一人の人間の鼓動を止めてしまうというその瞬間、私は、被害者の方のことなど少しも考えてなかった。気が狂いそうに叫びながら私の脳裏をかすめた言葉。

私の人生これで終わりーーーーーー

私はそう思った。確かにそう思っていた。

夢からはっと目が覚めて、夢だとわかり、私は誰も殺していないと気がつき安心した。と同時に、冷静になった私の脳裏から離れない、私自身の冷酷な感情を思い出し身震いがした。私って結局は自分のことしか考えていない非情な人間だったのだ。


そして1週間ほど前、もっともっと哀しい夢を見てしまった。

私は子供たちの運動会を見に行っており、何故かそこには私の子供のうち3人しか居ない。その場にいない一人は、昨年の運動会には居たのに何故今年はここに居ないのかな、寂しいな、もう一度会いたいなと、何度も何度も思っていた。そこへ携帯電話が鳴り出てみると、その場に居ない、そう、何故か亡くなってしまっていた私の子供からの電話だった。

私は驚いて、今何処にいるの?どうしてここにいないの?会いたいからすぐ来てと何度も懇願するのだが、電話に出たその子は、もうそんなことはどうでもいいから連絡したいことがあるから、それだけを言うために電話をかけてきたのだから、それを言わせてと言いたげだった。

私は何とか会話を引き伸ばそうと必死になって何度も問いかけた。その子供は、とても面倒くさそうに、言いたいことだけ言うからちゃんと聞いてね、と言うのだ。私は、わかった、わかったから何なの?と聞いてみた。夢の中でその子が言った言葉に、私は愕然とした。

あのね、ママちゃん。目の前に居る子供を見ていないっていうことは、その子を殺しているのと同じことなのよ。

情けないママをたしなめるように、その子はもう世話がやけるんだからと言いたげに電話を切った。

残された私は、夢の中でも目が覚めてからも、その言葉がどこからやって来たのか、誰が夢の中でその子に言わせたのか、亡くなった大好きだったおばちゃんが、私に何かを伝えに、私の子供を使って言わせたのかな、と色々と考えてしまった。

目が覚めてからも、私がちゃんと見ていなかった子供は誰だろうかと、一人一人の最近の言動を色々と考えてみた。全員かも知れないし、その中の一人かも、二人かも知れないし。わからない。私はどうすべきなのかがわからない。

それから数日間、忙しい中でもふとその台詞が蘇り、今までよりも今年は、子供たちの方にも気持ちが向いているし、私は子供を受験などに駆り立てることもしないし、その子その子の良い部分を見て、必死で目の前の子供たちを見ているつもりなのに、それでも足りないのかと思うと絶望的な気分にさえなった。

答えがどこにあるのか見当もつかない、そんな気持ちで数日間を過ごしていたのだが、先日、何故か「あっ」と自分なりの答えが見つかってしまった。

私が見ていないのは、私自身。私が殺しているのは現在の私。
私はいつも、自分自身の内面をフィルターにしつつも、見ているのはいつも将来の私。もう物心が着いた頃から、私が見ているのは未来の自分しか居なかった。

今の自分自身の生活をエンジョイしよう。

そんな甘っちょろいことに気づいたのではない。
私は自分の中に無いものを獲得しようと毎日必死。ある程度獲得したと思ったら、次なる標的がどんどんと増幅していっている。目の前にはTo Do Listや目標やスケジュールがびっしり。それを消化することで、確実に過去の自分との差分を認識し、成長を実感する。でもその次には新たなリストが増えて、私の人生にはゴールがない。私は自分の足元を見たことがない。過去を振り返ることもない。ゆっくりとソファーにすわってぼーっとすることもない。常に2つ以上のことを同時進行させる。子供にまで、ママちゃんは普通の人の何倍もの人生を生きてる、なんて言われていい気になっていたが、実際のところは、私は一人分の人生もしっかりと生きていない。

私は常に幽体離脱するかの様に、意識をふわふわと将来に浮かべ、自分自身を見ていなかった。現在の自分を見ていない人が、目の前の子供たちのことを本当に見れていたわけがない。もちろん、子供たちと過ごす時間を楽しいとか、カワイイとか思っていて、全くないがしろにしているわけではない。でも、私は子供に何かを期待することなど何もない。私は自分の将来にだけ期待をして、子供の人生は別物だと思っている。それは私自身としては子供の人生を私物化してはならない、という表面的には立派な思想をバックにしているつもりだったが、それは同時に、地に足ついた日々の生活の中に人生がある、という考えとは交じり合わっていなかった気がする。

ある日、子供たちと夜道を歩いている時のことだった。何かの話のひょうしに、

人間はいつか死んじゃうのにね、今やっていること全てが無になっちゃうのにね、じゃーなんでこんなに必死になって生きてるんだろうね、生きてても死んじゃうのに、なんで人は生まれてくるのかな。

ちょっと自嘲気味に言ってみたが、子供の一人がこんなことを言った。

ママちゃん、僕思うんだけどね。人はね、楽しむために生まれてくるんだよ。だからいいんだよ。いつか死んじゃってもね、意味ないことないんだよ。

人間の命は尊い。彼はどこでそんなことを思う様になったのか。こんなべっぴんでも無い、料理だって掃除だって手抜きして、毎日毎日忙しいばかりの私のところに生まれてきて、楽しむために生まれてくるだなんて、そんなキラキラした瞳で言ってくれちゃって。

泣けちゃう。この子たちと過ごせる時間は限られているのに。

だからと言って手を緩めないよ。夢があるからね。でもそんな中でも今の自分自身を受け入れる方法があるはず。どこかに何かのヒントがあるはず。毎日毎日そうやって考えていたら、いつかまた夢で誰かが教えてくれるかな。

Posted by akemi at 03:52 | Comments (0)

2006年07月04日

Impossible is nothing!

中田氏、行け行けハーバード

しかし。

MBA(Masters)取得にはCollege or University Degreeが必要だと思うのだけど、彼が目指しているのはExecutive向けのやつかなーっ?とにかく彼の集中力を持ってすれば、不可能などない!

追記:そうだよーっ、大学なんていつでも行けるんだよーっ!!なんで高校生の時にこんなすごい決断ができたのだろうか!

それにしても。

サッカー観る時間などないと言っては何の試合も見れずに居たけど、彼のこの文章はすごい。こんなにすごいエネルギーと高い意識を持つ人だったのか!

彼のプロ意識は普遍的に賞賛されるべきものだろう。
高いものは高い。
どんなフィールドでも貴方ならトップレベルで戦える。

貴方の行動で世界中のどれだけの人の心が動かされただろう。
どれだけの人の心の中に静かだが力強い炎を灯しただろう。
みんなそれぞれのフィールドで戦うのだ。

Posted by akemi at 08:02 | Comments (2)

2006年06月29日

玉鬘...

人間心理に興味があって心理学を志した私は、「枕草子派」ではなく300%「源氏物語派」(うちの長女の名前はこの物語に由来)だったのだが、歳をとるにつれて枕草子の世界の美しさもわかる様になった気が。

というか残された人生はキレイなものだけ見て生きたい、などと思ってしまうのであーる。

ところで。
源氏大学でチェックできる源氏物語占い。私の結果は「玉鬘」。

「昨日と同じ自分でいることが許せないのです」

こう言葉で示されてしまうと、自分自身で認識していたこの呪縛さえも必然と思っちゃう。今年も行動パターン変わらずってことで。

Posted by akemi at 02:08 | Comments (0)

2006年06月26日

日本科学未来館を盛り上げよう!

我がファミリー全員が愛する日本科学未来館で副館長を募集中

毛利さんへの熱い想いはこちら

Posted by akemi at 19:23 | Comments (0)

2006年06月24日

Go Green再び

アウトドア好きの私が愛読している「air BE-PAL」メール。今日は、なんと私がコールズバックと呼ぶあのオーストラリアの「Go Green」エコバックの話題

写真満載なのでイメージがよくつかめると思います。
私はここ香港でも「Go Green」してます

Posted by akemi at 19:17 | Comments (0)

2006年05月26日

遺族の心情が知りたいですか?実名が必要ですか?

以前佐世保であった事件の被害者の父親が報道関係者であったことから、「被害者及びその家族」についての報道のあり方を問う記事を読んだ覚えがある。

確か遺族の部下に当たる人が被害者側の苦悩を間近で見ながら、事件以前に自分たちがとっていた行動(取材や報道)は正しかったのかという自問や、報道における細かい言い回し一つで遺族が想像以上に傷ついているという事実をシリーズで吐露していた。

犯人逮捕までの間、実名を報道する必要がある場合もあろう。
しかしそれ以降、被害者の名前を連呼する必要などあるだろうか。
事細かに情報を世間にリークする必要があるだろうか。
家族の心情を逐一国民に知らせる必要があるのだろうか。
いつも同じじゃん。
被害を受けた側は二重、三重の苦しみを課せられる。
苦しくてどうしようもない中で「取材を自粛して下さい」なんてコメントをわざわざ発表しなければならない。

なにが報道の自由だ。
なにが知る権利だ。

遺族の心情が知りたいですか?実名が必要ですか?

そんな報道姿勢にNOをつきつける方法はないのか。

Posted by akemi at 02:27 | Comments (2)

2006年05月24日

物騒な世の中になりました

一青窈さんの「ハナミズキ」がSeptember 11thをテーマにしているというのは有名な話だ。

それを知って以来、この曲を聴くたびに私は涙が止まらない。

「僕の我慢が」以降の歌詞を私はまともに見れない。涙で涙でぐしゃぐしゃになってしまう。

歌詞について色々な解釈があると思うのだけど、私は勝手に思っている。

「憎しみの連鎖を私で止めるのだ」

それは何も大きな国家間の争いとかではなくて、
もう人の批判をするのはやめよう。
人の良い面だけを見ていこう。
自分が何か、今日も一つ何か、
目の前の誰かにポジティブな何かを残せるように。
今日も明日も、明後日も来年も10年後も100年後も。

大人たち一人一人が幸せな想いを心に持つこと。
遠回りに見えるかもしれないが、
これがコドモ達を守るたった一つの方法だと思っている。

Posted by akemi at 02:30 | Comments (0)

2006年04月10日

食う、寝る、遊ぶ、な人たち

夕食後 餅五合つき 即完食 (字余り)

んとに。夕食食べた後だぜ全く(因みにタイの長粒種。美味しいよっ)。大根おろしする気力なく掟破りのフードプロセッサー(因みに我が家のは、Kenwood Multi-Proというかなりデカイやつです)。舌触り最悪ながらクレームつける人がゼロ。味覚狂ってるんかーっ。

先日もウカツに太古に行ったところ、ダンナが小籠包の旨い所があるとか言い出して、じゃ外食しちゃおうっ、と意気揚々と戦地に向かうも、結果。

坦坦麺2杯(スープ完食)+小籠包

した小学生の男が二名程いた。しかも。

「ママちゃん、坦坦麺もう一杯おかわりしていい?(i.e.3杯目を所望×2名)」

とか言い出すので、やつらの首根っこ引っ張ってその場を後にしたのは言うまでもない。

オニギリ食べさせてから来れば良かった(涙)。

でもね、堀ちえみちゃんのところなんか(因みに男4人女1人の子持ち!)一升炊きの炊飯器2個使ってるらしい。そんなのに比べるとウチなんてカワイイもんでしょーっ。

ところで昨年末の帰国で手に入れたこれ!私の愛するシャトルシェフを出しているThermosの保温弁当箱が現在フル活動中(ちなみにデザインが4種類あるDBGシリーズなのだけど、もちろん全種類持ってます)(詳細説明はここ)。これの利点は、暖かいのはご飯容器だけ、というところ。おかずは常温保存なのだ。だからおかずのところに果物など、冷たい方が良いものを気軽に入れられる。


暖かいご飯の部分には、もちろんカレーや炒飯、丼モノなどは入れられる。

でね、私は保温弁当箱なるものを購入したのはこれが初めてだから、これが普通なのかどうかはわからないのだけど、この保温容器、お弁当箱にセットする直前に容器ごと電子レンジ過熱して熱々にしておくのだ。だからカレーなんか入れちゃうとグツグツ言っているのを見ながら蓋を閉めて(漏れる場合があるので、私は必ずラップを二回折ったものを蓋と容器の間に挟みこんでいる。これで絶対漏れませんっ)子供に持たせるのだ。私はいつも朝の7時前にお弁当を完成させるのだが、昼食時でも熱々らしい。子供たちの評判はとっても良い。ご飯が温かいというだけでご馳走なので、後は適当におかずと、ご飯の横に塩昆布をちょっと乗せたり、ふりかけを添えたり、オカカ醤油挟みにしたりと、お弁当作りも楽になったよん。

おまけ:私の大事な相棒をご紹介。この二人のおかげで家事が楽しい!Dyson掃除機強力パワースチームクリーナー。彼らが居ないと我が家の家事は不可能でございます。

Posted by akemi at 01:09 | Comments (0)

2006年03月30日

I wanna die a Natural Death.

私は、最愛の叔母(母の妹)を、私の結婚式の2ケ月前に亡くしている。

叔母は離婚をして実家に戻っており、私の両親は台湾駐在中だった。自宅マンションで一人暮らしの私は、祖母と伯母(母の姉)と私の3人で、叔母の入院生活を見守った。

3週間で退院できる簡単な手術、のはずだった。

頭が良くで美人で、母の自慢の妹だった。仕事を続けていて、経済的に余裕もあり、あちこち美味しいレストランを知っていたグルメだった。

入院して病院のベッドの上でパジャマ姿に着替えた美しい叔母は私に言った。

「迷惑かけるかもしれへんけど、宜しくお願いします。まぁ死ぬようなことはないから」

そして彼女は笑った。

私は確信を持って言えることは、それは医療ミスだった。
祖母、伯母、私。頼りない女三人で、大事な叔母を支えてあげられたのか、今でも自分を責める時がある。担当医は別件での医療ミスも重なり、僻地へ飛ばされた。担当医が変わったが、その先生も前任の先生を庇う。素人が証拠も無しに何も言えない。

3週間で退院できるはずが、自分の身体がどんどんと苦しくなってきているのが分かった叔母は、後任のしっかりとした恰幅のいい先生に「先生が手術をして下さったら良かったのに」と涙を流した。

叔母は治る見込みが無くなってから半年くらい病院に居た。
いつでも私を気遣ってくれて、足などを揉んであげるとすぐに「あけみちゃん、疲れるからもういいよ」と言ってくれていたのだが、それが「もういいよ」と言わなくなった。それほどマッサージされるのが気持ちよくて、それを止められなかったのだ。

それほど辛かったのだしんどかったのだ苦しかったのだなのに私は何もしてあげられなかった。

私なんて一日でも頭痛がすると、もう死ぬんじゃないかと思うほど辛くなってパナドールを飲んでしまう。飲めば30分で効いてウソの様に楽になる。でもほんの1時間ほどの頭痛に耐えられないのだ。

治る見込みのなかった叔母が苦しんだ半年。それに何の意味があったのか私にはわからない。でもたぶん意味なんてない。苦しんだだけ。辛かっただけ。耐えて耐えて治る見込みがあれば耐えた甲斐があったと思う。叔母が時々涙を流していた時があった。苦しかったんだと思う。どうしてあんなに有能で、美人で私に優しかった叔母が、あんな苦しみを強いられたのか訳が分からない。人に弱みを見せなかった叔母が、最後の最後にあんな姿を姪っ子に見せたくなかったに違いない。プライドもずたずただったと思う。

あの痛みに耐える必要も意味もないと思う。
昔なら、医療の発達していなかった昔なら、とうに亡くなっていたはずの人に、器具をつけて延命する。そこにあるのは患者本人には全く関係のない思いだけだ。

医療に携わる人間として患者を死に至らしめる行為には手を下せない。
と思う医療関係者と、

もしかすると奇跡でも起こって回復に向かうのではないか。
と思う患者の家族たち。

その思いに何の反論もできない、死に到る病に苦しむ患者本人。

痛みだけをとってあげて、残り少ない時間を家族で共有したかった。

みんな忘れてはいけない。
寝込んでいるから痛みを感じないわけではない。
しんどくて苦しくって仕方がないのだと私は思う。
病院でなくて家に帰してあげたかった。もうみんな覚悟ができていたのに。

あの6ケ月間の意味を、私はまだ見つけられずにいる。
身体が動かなくなって、意識もないと思っていた叔母が涙を流すことがあった。声が聞こえているようだった。

殺人者として捕まってでも、呼吸器外してあげれば良かったのかもしれない。

私は結局、お世話になった叔母に何の孝行もしてあげられなかった。

Posted by akemi at 09:37 | Comments (0)

2006年02月20日

I'm really curious!

あ、いや特にアレなんですが。

今我が家のマシンのデスクトップやスクリーンセーバーは、すべてこの方になっておりまして....

http://www.curiousgeorgemovie.com/

Posted by akemi at 23:25 | Comments (0)

2006年02月09日

こんなところで貴女に会うなんて

香港にある某百貨店の高層階にある書店に私たちは居た。

日本の書籍が沢山置いてある、あそこである。
子供たちは各自の財布を握り締めて物色を始め、私はそんな4人の子供たちを順番に見回っていた。

そこで私の目は、ある文庫本の表紙に釘付けになった。

瞬間。

私の分身は香港の空を飛び越え遥か彼方バラナシのガンジス川の畔に飛んだ。
本当に飛んで行ってしまってから香港に居る自分自身の物理的存在についての記憶がない。

香港で
子供4人連れて
本屋に居る自分

がスコンと抜けて私はガンジス川の畔に居たのだ。

手が震えて湧き上がる熱いものを堪え切れないまま、私はただただガンジス川を眺めていた。熱いのか冷たいのか激情なのか穏やかなのかの区別もつかず、ただ私は生暖かい風に吹かれてガンジス川を流れる色々なものを見つめていた。何故かわからないけれども、ただ私は生きてるのだ、あぁとにかく良いのか悪いのかわからないのだが生きているのが事実で、あそこに流れている人には命がないのも事実なのだと、そんな言葉が脳裏をかすめただけであった。

私も行ったよ浦江飯店。このホテルの前で野宿したのだ。上海に汽車が到着したのは深夜。朝まで待てだって?ふざけんなよ、このやろー。寝袋に包まって石畳の上に寝たのだ。朝起きたら数名の上海人が私の顔を覗き込んでいたというのは、ウソみたいな本当の話。彼らがホテルの人に話をつけてくれて、私は早朝からホテルに宿泊を許された。が、身体は冷え冷えだった。

インドを目指したあの日、バンコクで私は拷問の様な時を過ごした。チャイナタウンにほど近い日本人バックパッカーの溜まり場で、私はその宿に宿泊していると言うより「棲みついてしまった」日本人のオヤジたちに連日説教されてしまった。インドだって?死にたいのか全く。君みたいな女の子が一人で行けるほど甘いところじゃないぜ。悪いことは言わないからこのまま帰れ。知ってて行くつもりなのか?バカかお前は?

逃げるようにその宿を後にして目指した先はカオサンロードのゲストハウス。ここには西洋人バックパッカーだらけで、彼らからはインドのポジティブな情報を得ることができた。いざ行かん。

サダルストリート?懐かしいね、全く。カルカッタと言えばここだよな。バックパッカーの聖地とも言うべきインドに、今私は立っているのだ!

そして。
私は何故この宿を選んだのかについての記憶がない。
あんなに日本人の多いバックパッカーズに嫌気がさしていたのに。
あぁきっと、ガンガーの近くに行きたかったんだな、私は。
そして私はそこに居た。

クミコハウス

こんなところで貴女に会えるなんて思っても見ませんでした。えぇ、今ではすっかりトウの立ったオバサンなんですけどね、これでも昔はイッパシのバックパッカーで、貴女のところにも泊めて頂いたことがありまして、その節は大変お世話になりました。夜歩き厳禁でしたよね。日本食頂きました、不思議な気持ちがしました。張り紙の数々、さすがに私をかなりビビらせました。いえいえ実はあの後デリーで、人生始まって以来という激痛に襲われて、あの時は一瞬「死」というものが身近に感じられたのですけれども、こんな所で死んでたまるかという一念でドミトリー中の人間を叩き起こして大騒ぎしたことがありまして、ネパールに良い病院があるというのを聞きつけてカトマンドゥまで行ったのですが、その時には既にすっかり治ってしまって、結局病院にも行かず仕舞いでした。あの張り紙が私に歯止めをかけたのだと今でも感謝致しております。

そして誰かが私の服を引っ張る。
バクシーシ?

振り返った瞬間、私は全てを悟った。

「ママちゃん、これ買っていい?」ハルキが私を見上げて小首を傾げる。手垢も砂埃も臭いも何もない世界でコギレイな格好をした子供が無邪気に話しかける。

私は既にもうバックパッカーでないのだ。
私の旅は5分で終わった。ノスタルジーに浸るのは性分じゃない。私はリアルに生きるのだ、夢の続きなんて見ている暇などないのに。

子供の手を引いている自分が何故だか信じられない気持ちがした。
あの時、あの場所で、私は本当にあの風に吹かれていたのに。


この感情の持って行き場がなくて、書きなぐってしまった。

クミコハウス」新潮文庫 素樹 文生 (著)


Posted by akemi at 23:41 | Comments (0)

2006年01月03日

「力」とラベリングの日本

日本から香港に戻って、今日「紅白歌合戦」を見た。

と言っても、私の兄に録画してもらったものをスキャンして面白そうなところだけをピックアップして30分ほどで見ただけなのだが、久しぶりにテレビなんか見ちゃって嬉しい私である。

ゴリエちゃん最高。彼女だけで3回も見ちゃった。
倖田嬢、初めて見たけどすごいっ。今年目指すならあのボディーかしら(恥知らず)。
天堂よしみさん、すごかった。感動しすぎで号泣しちゃいました。

久しぶりに日本に帰って見て感じることは多々あったのだが、その中でも、何にでも「力」を語尾につけた名詞化用語を多用(結婚力、論理力、対人力などなど)することと、数的裏づけの乏しい単純なラベリングで人間を類型して論ずる傾向(負け犬、下流などなど)にはしばし閉口。前者の「力」の意味は、多分、活力ではなく能力を意味するのだと思うのだが、定義が不明瞭なままに何となく納得できてしまう錯覚に陥る。しかし、例えば「結婚力」などと語ったときに、それは「結婚する能力」的な語感を与えてしまうので、「結婚=善」だとか「既婚=能力アリ」的な恣意を読者に与えているような気がしてならない。

窮屈だな。全く。

もういいかげんメディアもキャッチーな話題ばかりを探さないで、もっとコトの本質に迫るような深いことを語れよ。

「ゆとり教育」に対する批判もすごい。私は基本的に寺脇研さんの物の考え方に賛同しているが、結果的に家庭の果たす役割がクローズアップされて、激しい二極分化が起こってしまったような印象(教育に関心のある親とそうでない親)は否めない。

私は日本の高等教育(大学教育)が変わらない限り日本はどうしようもないと思っているクチなので、子供たちは出来れば日本から離れたところで高等教育を受けて欲しいと思ってはいる。しかし実際は、子供たちが自分で決めることなので自分の価値観を押し付ける気持ちもない。失敗しても後悔しても自分で決めたことにゴーして、自分で結果を受け入れていくしかない。

私が日本の大学が嫌いな理由はいくつかあるが、特に

1、日本の大学教授は「自分たちは教育者ではなく研究者である」という感覚がしみついていて、学生への教育にパッションを感じたり、時間を割いたりしない。
2、課題で出典なしに、他人の著書のコピーをしても「優」が取れるような、国際的感覚で言うと信じられないようなことが日本の大学の現場にはある。
3、勉強しないで卒業できる。

の三点が特に論外だと思っている。よくそれで「○○学士」なんて授与されるよな。

日本とオーストラリアの両方で高等教育を受けた経験からすると、オーストラリアの教授の質には驚いた。課題の採点も実に丁寧、生徒からの質問に時間をたっぷりと取って下さるし、授業が実にパッショネート。黒板に向かって一人ブツブツなんて教授など一人も居ない。「我々は教育者である」という認識が徹底していて教育者としてプロフェッショナルであろうとする。しかし日本の大学で教鞭を取っているかなりの人たちが、教育者としてよりも研究者としての自分のキャリアアップに意識が向いているのが露骨に分かる状態。

大体、論理的思考、コミュニケーション、段取り、質問、交渉などなど、実際の仕事で必要とされる能力を、日本の大学では全く必要とされない。しかしオーストラリアの大学では、プロジェクトやグループワークや、プレゼンテーション、アサイメントなどを通して実に多くのこと(前述の論理的思考など)を学ぶ。高校(前半)までの教育が、アジア人からするとのんびりしている様に映るのは、このような点数に表れない、脳を多面的に磨くことに主眼を置いているためではないかと思う。親の方も大学(それと大学入学前の2年間くらいは一気に大変になるらしいが)に入るとかなり勉強をしなければならないことがわかっているので、それまではあまり机にかじりつくことを強要しない。しかしアジア人の親はそういう年齢でも自宅や塾で必死に学ばせようとするので、高校まではアジア人が成績上位を占めることが多々あるが、それがずっと続くわけではない。

確かに私もアジア系の人たちの(平均的)優秀さには感心する。でも欧米系で優秀な人たちを見ると、ちょっと格が違うというか、アジア的優秀さも凌駕する「すべてにおいてトップレベル」みたいな人たちが居るのだ。私が学んでいた時に鳥肌が立つほど優秀な学生が二人居て、一人はアイリッシュの女性、もう一人はオージーの男性だった。二人に共通しているのは、何かに突出している、のではなく、すべてにおいて突出している、という点だ。

アサイメントのクリエティビティ、リーディングの確かさやその吸収力、文章の構成力、論理的な整合性をはじめ、課題に対するパッション、プレゼンテーションにおいても、声の出し方、聴衆を飽きさせない構成、身振り手振りまでがプロフェッショナル。プロジェクトにおいては、プロジェクトの遅延部分をカバーしつつリーダシップも取る、人一倍睡眠時間も削っていながら愚痴一つ言わない。ミーティングをしても時間を全く無駄にせず、建設的な話だけをポンポンと進めて、さっと切り上げる。特にアイリッシュの女性とは一緒に居る時間が長い時期があったので、かなり刺激を受けたのだが、彼女の考える完成度(や仕事におけるプロフェッショナル度)というのは、「目指す」のではなく「プロとして当然のレベル」という認識であることがありありと感じられたのだ。

私がいつまでもキラキラを目指してしまうのは、そんな周りをも感動させる彼らの様な域に、いつか達したいという気持ちが強くあるからなのだ。そして彼らの幼少の頃を勝手に想像してみると、それは「晩の遅くまで塾通い、机にかじりついた青春」でないことだけは確かだと思ってしまう。私が子供を塾に追い立てないのも、勉強は自分で必要と思った時にいくらでも吸収することができるけれども、こういった多面的な能力は、一朝一夕に身につかないということが身にしみてわかっているからだ。目に見えた点数で子供の成長を計ることはたやすい。寺脇研さんも、そういった目に見えない部分の重要性に気がついて、それをしっかりと脳の柔らかいうちに多面的に身に着けていくべきだと思っていたに違いない。点数として測定することができないために、結果が出るまでに批判だけが増大していってしまった。残念でならない。しかし実際には、いや本当の問題点は、教育の現場に「今日本で必要とされる人材を育成できる教育者がいない」ということなのだろう。

日本に居る間、私はかなりウェットな気分にもなり、自分の人生すべてを愛する家族や親戚などのために使うべきなのじゃないか、それが結局自分にとっても後悔のない人生なんじゃないかと思ったりした。

香港に向かう飛行機の中でも、目の前の風景がぼやけてしまうほどに何度もウルウルとなってしまったのだが、香港に着いた途端に、私の目はパキンと乾いてしまった。

なんてぇ街だ。

乾くだけではなく、涙で美しく洗われたはずの私の気持ちまでもが、パキパキとドライアップしてすっかり攻撃モードに逆戻り。今年は、いつも通りハートは熱く、しかし自分の中の偏向性を認識して、立体的に自分をインプルーブさせようと思っている。立体的にというのは、脳の一部分だけではなく、内面も外側も、勉強も仕事も遊びもガンガンやるのだ。今までは勉強ばっかり仕事ばっかりで、そういう時は、それ以外のことに目を向けることが即ち「逃げ」みたいに思ってしまっていたのだけれど、それが逃げではなく「幅」になるのかな、などと思うようになってきたので、食わず嫌いをなくして、ガンガン遊ぶのだ!(って時間があるのだらうか。)

Posted by akemi at 01:04 | Comments (0) | TrackBack

2005年12月18日

本年度を総括するのだ

今年度の仕事納めついでに今年の自分の行動についての総括をしなければならない。

表面上は飄々としていたつもりなのだが、内面的には今年ほど苦しんだ年はなかった。胃に穴が開いたんじゃないかというほどの激胃痛に悩まされたなんていうのは結婚以来はじめてのことだった。

私はいつでも目の前の障害を「どりゃー」と大声をあげながらでっかいハンマーで叩き割りつつ進むという傾向があり、それについての耐性はあったのだが、今年の自分に対してはまだ許せていないような気がしている。

今年の私は「本当に自分がやりたかったこと」がクリアになったにも関わらず、目の前にある「信じられないようなチャンス」や「ここでこそドリャーと叫ぶのだ」という状況で、自分が本当に欲しかったキラキラと輝くものの多くを自分の手で握りつぶしてしまった。そしてその度に自分を卑下して、自信を失って、やっぱり整理がつかなくって絶望感に苛まれてしまったりもした。

時にはそのキラキラの中で手の震えを押さえられないほどドキドキしたり、感動したりしたこともあったのだけど、半日もたたないうちに現実に引き戻されてバカか私はと自嘲したり、そんなことの繰り返しだった。

自分の中にあるプライオリティが秒刻みで変わる。その度にそれらしい理由をつけては納得してみたつもりになっても、次の瞬間に自分にウソをついていると自分でわかってしまう。何度も何度もこれでいいんだと自分に言い聞かせてみたけれども、どこで自分は間違ってしまったのだろうかと、何がいけなかったんだろうと過去を思ったりもした。

涙の理由は2つある。

一つは将来を夢見て脇目も降らずにワーカホリックだった頃の自分に合わせる顔がないということ。自分の将来が輝かしいと信じて疑わなかった頃の自分に、今の姿を見せたくないということ。

もう一つは本当に頭のいい人間だったら、今の自分の状況をすべてマネージできるような落とし所を見つけることができるはずなのに、それができないこと。

私の一番のプライオリティはダンナと子供たちである。今年は家族に対しては自分としては出来る限りのことをしたと思っている。もし私が昔のように仕事を始めたら、それは私にとっては、もう昼も夜も祝日も平日もない生活を意味する。物理的にはヘルパーさんをお願いすれば問題ないのだろうが、我が家の子供たちは全員が「ノー」を私につきつけた。私が働きに出ることは良いけれども自分たちだけで何でも出来るからヘルパーさんだけは必要ないと言うのだ。

私はビジネスにおいてはcompetitive(競争力がある)ではないのだ。
自分の仕事に理解がないダンナに三行半をつきつけて離婚するキャリアウーマンは沢山居るが、私はそんな彼女たちほど有能ではない。Nothing specialな人間なのだ。そんな私がたいした仕事でもないものに打ち込んで家庭がぐちゃぐちゃになって崩壊してしまったら本末転倒だ。

そんなことを私は望んでいない。

私が望んでいることは、子供たちもダンナも後手にせず、自分の持てる時間、出来る限りの能率でもって標準以上のアウトプットを出すことだった。プライオリティをつけなければならないことはわかっている。選ぶことは捨てることだ。だけど私は捨てたくなかった。のんびりとテレビを見ることも、ゆっくりとランチをとることも、たっぷりと睡眠をとることも望まない。人々がのんびりとしている時間に私が必死になれば、それなりに追いつけるのではないかと思った。そして実際私が仕事をしていた当時はそういうテンションでもって男性社員と肩を並べることができたのだ。1.5倍の努力は当たり前だった。

必死になっていると、自分がcompetitiveであるかのような錯覚を起こしてしまう。いい気になって壮大なロマンを語ってしまう。そして現実を知っては絶望感に苛まれる。

ビジネスの世界では、海外のMBAを取得したような超一流の頭脳を持った人たちが、人並み外れたパッションでもって秒刻みの意思決定をしている。目の前でドタンバタンと状況が変わるのを見続けていて、もうダメだと思う。彼らは結婚もして子供も居るかもしれないが、24時間365日戦えてしまう。私が必死でやりくりして実働16時間というテンションで仕事をしていても、頭脳もパッションも能率も彼らにはかなわない。

私は何度もレジュメやカバーレターを書き直して、それを自分で握りつぶしてしまった。次に投資ビザを取得しようと動くも信じられないような敷居の高さ(初年度から年商1億円程度が必要などとエージェンシーに言われた)にメリットを感じられず玉砕。とにかく稼がねばと焦るばかりで、結局フリーランスとして仕事を始めて今年の後半はすっかり自宅兼仕事場に引きこもり状態。

年の瀬が迫り更に落ち込み続ける私に向かってダンナが言う。

なんで落ち込んでいるのかさっぱりわからへん。お前は何が欲しいいや。そうやって稼げるようになっただけでも大きな進歩とちゃうんか。そうやって仕事しているうちに見えて来るもんがあるやろ。何を焦ってんだか。そんなことよりもっとおシャレでもしたら、自信つくんとちゃうんか。

私は自分のまわりの360度を見渡して、その度に落ち込む。
子供に時間をかけて大事に育てているママさんを見ると、うちの子は構ってあげていない、私はママとしても合格点に達していないと思う。
仕事をしているママさんを見ると、仕事のできる能力のある彼女がうらやましくって自分は結局食えないヤツだと思う。
組織の中で必死にサラリーマンとして仕事に邁進するビジネスマンを見ると、私には二度とこの世界はやってこないのだろうと羨ましくなってしまう。
私と同じ大学院を卒業した仲間たちが輝かしいキャリアを続々とスタートさせたのを知る度に、私は今ここで何をやってるんだと思って泣けてしまう。
毎日素敵に着飾ったセンスの良いマダムを見ると、あれほど綺麗だったらダンナさんも嬉しいだろうなと思ってまた落ち込む。
英語も広東語も北京語もビジネスレベルの香港人を見ると、自分は英語も韓国語も中国語も中途半端だと絶望的になる。
ランチで色々な話題を提供する話題豊富な奥様を見ると、仕事ばっかりでショッピングも映画も音楽も何の話題にも加われない自分をバカみたいだと思う。

一所懸命なはずなのに。

ずっと時間を無駄にしないように、移動の時には中国語や英語をMP3プレーヤーで聞き続け、ちょっとの時間を見つけて掃除機をかけたり床を拭いたりしているのに。子供たちが帰ってきたらみんなの話を聞いて、それからご飯を作って食べて、それから深夜までまた仕事をして。なのに満足できない自分。もうこれ以上持ち駒がないのに。

こんな時、うちのダンナは口は悪いがとても優しい。だから私はダンナを後手にまわせなくなってしまう。以前から行きたいと行っていたSOHOにあるお洒落なお店に連れて行ってくれた。食事をした後だったので甘味とお茶だけだったのだが、お店の雰囲気がとても良くて、ここしばらく感じたことのないような心静かな気持ちになった。ダンナはそこのティーポットが気に入って、お店の方に無理を言って譲って頂いたのだが、そんなこんなのやり取りも私には新鮮だった。焦って焦って全てが見えなくなっていたのだ。

香港の喧騒が全く聞こえないそこは不思議な空間だった。レトロな中国の雰囲気が漂う中で中国茶を飲んでいると、もう何を私は焦っていたんだかと急に可笑しくなってきた。こうやってゆっくりとした時間を過ごしてもいいんだ。音楽だってゆっくり聴いて、映画も観て、それでもたかだか数時間。それを焦って私は何に勝ちたかったのか。

仕事をしている人たちにも失ったものがある。私だけが全てを得られるわけがない。冷静に考えなきゃいけないのだ。私にはダンナや子供たちが一番で、それでもできる仕事はある。その中で少しずつ自分を高めていけば、子供たちの手が離れる頃の自分に繋がる何かがあるはず。決して何かを諦めたわけではないのだけれど、目指す方向を少しだけ変えたとしても、それは自分を甘やかしていることにはならないのだと思えるようになった。

総括。今年は長年の夢だった稼げる体質になりました。カッコいいキャリアウーマンにはなれなかったけど、昨年よりはダンナと子供たちを大事にすることができました。来年度はもっと地道に自己研鑽につとめ、プラスちょっぴりおシャレな奥様もやってみます。中国語学習も再スタートして仕事に行かせるレベルに持って行きますです。(来年度の占いは最悪。目立った動きは望めそうにないそうです(笑))

Posted by akemi at 00:14 | Comments (5) | TrackBack

2005年12月03日

がんばれ新入社員!

アウトドア派の私には、iPodよりも食指が動くぜ。

愛するスティーブジョブズには申し訳ないが、ここまでメジャーになっちゃうとオルタナティブに目が行く私。現在私は韓国のiRiverをずっと使っているけれど、今度買うならこれだな。

がんばれシャープ、いけいけ新入社員!

Posted by akemi at 23:37 | Comments (1) | TrackBack

2005年11月21日

そうだ、お寺へ行こう

メルベンのブライトンにある自宅から車で30分ほどのところに、そのお寺はあった。

nothing specialなある週末、ダンナは突然お寺に行くぞと言い出した。京都、奈良などのお寺を小さい時から頻繁に訪れていた私にとって、教会よりも何よりもお寺や神社は心地よい場所だった。

メルベンにある中国のお寺。

そこには特別な標識も何もなく、もう少しで見過ごすところだった、いや見過ごして戻ったのだったかもしれない。とにかくそのお寺の駐車場に車をとめて参観あいなったのだが、これが私が見慣れた重厚なお寺とは似ても似つかない、現在も増築してまっせー、という様な軽さの漂うお寺であった。でもお寺はお寺。来たからにはちょっと拝んでいきますか。

子供たちと一緒に散策をしていると、一人のお坊さんが話しかけて来られた。彼に昼食をどうですかと聞かれたので、精進料理のレストランでもあるのかと思った私はダンナと目を見合わせて、断るのも何だしと思って「じゃ、行ってみます」とそのレストランらしき場所を目指した。

もっと早い時間だったらもっと色々とあったんだけど、今度からは来られる前に是非お電話くださいね、と言われつつ、値段も何も書かれていない食堂の様なところに通され、オーダーも何もとられないまま、家族全員の前に食べ物が並べられた。子供たちには沢山の果物と1本ずつのジュースも配られた。

美味しかった。ナチュラルなものが好きな私にはたまらない味だったが、かなりなボリューム。食事をとりながら「これはいくら請求されるのだろうか」とか「どこかにお布施していかねばならないのだろうか」などという邪念がぐるぐるぐるぐる。そんな私の心配をよそに、英語の上手な一人のお坊さんが(メルベンにあったにも関わらず、英語が話せる人はそう多くなさそうだった)、そのお寺の改築計画について詳細に語ってくれた。彼がここに何年住んでいるだとか、そういう話も聞いたと思う。

食事を終えてゆっくりしていたのだが、そろそろ失礼します、という段になって、彼は電話番号を私たちに手渡し、「次に来られる時は必ず事前にお電話ください。お食事を準備してお待ちしております。今回は私たちの残りものの様なものしかなくてごめんなさいね」とおっしゃって、そのまま立ち去られた。

そして私たちはゆっくりと参観を続けて車に乗り込んだ。最後まで支払いもお布施も要求されることがなかった。

その彼のにこやかな姿を思い出したのは、日本のニュースサイトで、ある未成年の加害者が被害者の家族と面会したというニュースを読んだ時だった。

彼に限らず、集団自殺してしまう若者や、犯罪を犯してしまう若者が後を絶たない。私がそんな彼らに対して何かができるとは思えない。でも看過できない感じはしている。それは彼らの存在が一種独特な異様なものではなく、どんな人にも、どんな環境でも起こりうる、そうゼロか1かと考えた時に、ふっとスイッチが入ってしまった、そんな感じがするからなのだ。だからスイッチが入らなければ、何かの偶然でそれが少しでも軌道をそれたのであれば、一線を超えてしまったあっち側の人にならなかったかもしれない。

そんな彼らが犯罪を起こす前に、自ら命を絶つ前に、一箇所だけ訪れることができるとしたら。

そんな彼らに何かを言える人がいるとすれば、それは誰か。

そんなことを考えていた時に、彼の笑顔を思い出した。

彼は結局、私たちに何の説教もせずに、ただただ美味しい食事をふるまってくれた。宗教的なことは何も話さず、お寺の改築の話をしてくれた。そして今度はもっとごちそうを準備してお待ちしていますと言ってくれた。その清清しい感じは、幼い子供達にも伝わっていたように見えた。

彼は目に見えないものの力を信じている。

あの時私が受けた何とも言えない清清しい感じは、私を通じて他の人に伝播されるであろう。

もしあなたが、死に直面しようとしている自分に対して、哀れで可愛そうで辛くて情けなくってどうしようもなくって涙が流れてしまうのであれば、ぜひともお寺や教会に行ってみてください。

涙が出るのは、まだ生きる力がある証拠。

私には涙さえも出なかった数年間がありました。だから分かる。涙が出るのは心の中が乾ききっていない証拠。暖かな人間らしい血が流れている証拠。

お寺に行って、そこにいる人に自分のことを話してみてください。あなたを苦しめている何かが解決するわけではないかもしれないけれども、何かに向かって一直線に走ろうとしている軌道が、少しずれるかもしれないからです。

私が小学生の時にクラスメートだった男の子が、中学に入ってから自殺してしまいました。特に親しいわけでもなかったのですが、それでも女だからといって人の目など気にせず、彼のたった一人の友達になることができたら、彼は死ななかったのかもしれないと30年近く経った今でも自分を責めることがあります。特に親しくもなく、ほとんど会うこともなかった人に対しても、です。

自分で自分の命を絶ったり、人を殺めてしまったり(それはほとんど自分を殺してしまったのと同じです)、あなたはきっと自分の存在がとても小さなものだと思っていることでしょう。周りには誰もいなくて、たった一人のような気がしていることでしょう。

でも実際は違います。あなたと関係のある全ての人が、その後何年もの間、いえ一生かもしれない、答えの出ない苦しみを抱えてしまうのです。

何故助けられなかったのか。

何故気づかなかったのか。

何故相談してくれなかったのか。

何かのアクションを起こそうとしているあなたには、日々の生活に必死になっている周りの人は、きっとバカみたいに見えるでしょう。命をコントロールしようとしているあなたは、全知全能の力があるように思えるでしょう。

強くなくていい。

お寺に、ちょっと寄ってみてください。

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2005年11月16日

Love is everything

開口一番、彼女はこう言った。

「Japanese Princess、とってもloveryだったわー」

彼女は興奮冷めやらぬ調子で続けた。
「Love marriageだったんだってねー。それにあの彼、とってもSweetだったわよーっ」

私はテレビなどを見ていなかったので彼女に尋ねた。テレビでも見たの?
「ええ。テレビとあとインターネットでね。ほんとにプリンセスかわいかったわ」

「でもこれからの生活は今までと全く違うだろうから、大変でしょうね」と私は少し低いトーンで答えた。しかし彼女は続けた。

「お金でもない、名誉でもない。彼女は愛をとったのよ!愛こそすべて。愛が何にも増してストロングだったのよ!」

Love is everything

日本の皇室制度を知っている人間としては、単純に「愛がすべて」だとは答えられないのだが、彼女の様に考えられたら、それはとても素敵なことだなと思えてきた。

愛には色んな形がある。

御自分の置かれた状況を全て飲み込んで力強く生きようと決心された彼女も
その彼女をすべて受け入れようと決めた彼も

そこには確かに愛があって素敵。

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2005年11月05日

Just wanna improve myself and ...

うむ。
もう11月になってしまった。
1年の総括をするまでにあと2ケ月を切ってしまった。
数年ぶりにかけたCD。すんごい古臭いサウンドに驚きながら、不覚にもウルウルしてしまう私であった。

振り向けば残した悔いの山急ぎ足で行こう(※)

奥居香ちゃんが歌っていた。

1日24時間、1年365日。
人間に与えられた時間は同じ。
テレビも映画も見てない。睡眠時間も食事の時間も家事もこれ以上削れない。
あとは時間あたりの能率を上げるしかなく、それに挑戦し続ける。
もう一つのベクトルは、単価の高いタスクを選ぶことだが、
それはもういいのだ。
自分のやりたいことだけやるのだ。
常に全力疾走の私に「急ぎ足」もないのだが、
ふっと一瞬ノスタルジックに傾いた自分自身を
再度シャキっとさせてくれた。
ありがとう香ちゃん。

人生はいつもどうにもならないことばかり。
思った通りにならないことばかり。
世の中全てが敵にみえることも、
世の中すべてが味方で、すごい追い風が吹いている時もある。
走り続けると突然見えるチャンスの塊。すべてを拾い上げられない自分が悔しい。

(※)奇跡の時 奥居香

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2005年08月29日

食えない「あけん」のプライベート

日本を離れて3年。もともとテレビを見ない私は、今の環境を困ったと思ったことがない。メルベンにはもともと日本語の放送などなかったし(毎日30分のNHKニュースはあったが、ほとんど見ず)、香港にはケーブルTVにNHKのチャンネルがあるのだが契約してない。誰も見ないからだ。

私の日本に関するニュースソースはもっぱら、asahi.comだったり、IT関係のビジネスニュースサイトくらいなのだが、必要な場合は、都度検索をかけるので、大体のメジャーなトピックはカバーできていると思うのだが、日本のテレビ番組などでどういう報道がなされているのか、多くの日本人がその問題に対してどういう意見を持っているのか、というニュースの「温度」が全くわからない。

たまたま24時間テレビの100キロマラソンがスタートを切ったというニュースを見つけた。今年は高齢の某弁護士が登場、という話が出ていたのだが、24時間テレビのスケジュールもその弁護士の方のことも全く知らなかったので、検索してみた。ライバルの弁護士氏のことなども書かれていたりしたのだが、あるサイトに「100キロマラソンに完走して、そのライバルに肩車された」という記述を見つけた。日本版Wikipediaである。私がたまたまそのページを見たのは、日本時間の9時前。そこから日本テレビにアクセスして事実確認をしたら、やはり感動の完走場面についてのレポートがあった。それを見て私は非常に感銘を受けてしまった。

完走にではない。

いや勿論、それは非常に感動的な場面であっただろう。バックグラウンドストーリーを読めば彼の生き方には感銘を覚える。しかし日本に居てテレビにかじりついているわけではない私からすると、事実しか浮かび上がってこない。日本全国を包まれているであろう「感動の嵐」が、自分自身とリンクしない。温度が分からない。だからその「感動」は私のものではない。

私が「感銘」を受けたのは、ニュースサイトにまだ出ていない「完走」というニュースを、どのサイトよりも早く(実際には日テレと同時くらいだったのだろうが)Wikipediaに文章を追加した人がいるという事実だ。日本全国で人々が感動をしているのと同時に、その事実を歴史の一ページにきちんと「文章で」加えた人がいるという事実。

この事実は、信じがたいほどに私を武者震いさせた。何という時代。大前研一氏が「インターネット革命」を世に出したのは、今から実に10年前。今さらインターネットが革命だ、と騒ぎ立てたいわけではない。BLOG元年と言われた年を経て、ネットの世界はどこへ行くのか。

ここ数ヶ月、私はずっと自分のBLOGの退路を探し続けていた。人間というものはいつ死と直面するかわからない。自分の子供たちが「ママちゃんは、あの時、あの時代、何を考えて、何を想って生きてきたのか、自分たちをどう思っていたのか」そういうことを伝えられずに死ぬのかもしれない。何かのヒントになるかもしれない、そう思って記してきたこともある。時には自分の中で消化し切れないものを吐き出すことで整理できたことが沢山ある。私にとってはある種のライティングセラピーみたいなものであったのだろう。

しかし、もともとの天邪鬼な性格が災いしてか、色々な人のBLOGを読んでみて複雑な思いがわき上がってきた。それは特に作家の方だとか起業家だとか、そういう人たちのブログに対して、複雑な思いがあるのである。

著書を読んだことはなかったのだが、ある有名な作家のブログを読んでいた。その人の生活は普通でない部分も多くあったが、信じがたいほどに普通でもあった。優秀で恐ろしいまでの洞察力を持っているであろうその人のブログには、悩みだとか自信のなさだとか、時にはこちらが心配になってしまうほどの無知さをも曝け出していた。楽屋裏を見てしまった様だった。私はプロの仕事というものにとても感動する。友人のモデルの女性が一日かけて準備をしたものを、数秒の撮影にかける。見ている人はその一瞬から彼女の一日の苦労を嗅ぎ取ることはできない。さも簡単にパチンととりましたという雰囲気しか見えない。でもそこがプロなのだ。

昔は成功した起業家のことは、インタビュー記事や本人の著者など、そういったものでしか伝わってこなかった。人々はその記事の行間を必死で読み取ろうとし、どこが普通と違うのか感じ取ろうと思った。しかし、今現在、自分と同じ時間を生きている経営者が、自分と同じ様に悩み、苦しみ、時には情けないことを吐露したりしているのを見ると、またまた楽屋裏を見てしまった様な気がして複雑な思いにかられる。自分自身が悩んでいて助けが欲しい時には、そういうメッセージは自分を安心させる。そして甘やかしてしまう。

私って本当に勝手な生き物だ。

人間には表と裏があって、オンとオフがあって、陰陽があって、ハレとケがある。全てを曝け出してオールヌードが一番色気があるのか、というとそうではない。

ここ最近、世の中の流れの早さに驚くことが多くなった。その驚きは時には「震撼」に近い恐怖感をも伴った。見なければ、知らなければ、世の中は平和に澱みなく流れていく様に思えたが、実際には上流から滝つぼに水が流れ落ちるが如く、ドタンバタンと流れていく。それも24時間365日止まらずに。私が寝ている間にも、BLOGで心情を吐露している間にも。

ネットの上に情報が溢れ、それを整理するポータルや、売買するオンラインショップ、各種手続きもネットを通じて出来る時代になった。個人のBLOGや日記サイトが増殖し続ける。10年後の状況が読めない。

ネットの世界は、そして人間の生活は、いったいどこへ向かって行くのか。

ただ言えることは、「私」がブログで日記風のエントリーを続けることに違和感を感じ始めているということだけだ。世の中のBLOGについて言っているのではない。今でも私は色々な方のBLOGから、有益な情報や、色々な考え方を学び、自分自身の糧にしていっている。しかし、「私自身」のライティングセラピーは、もう自分で食えないと思ってきたのだ。つまり私は自分のプライベートに興味がなくなってきたのだ。自分自身の価値観やライフスタイル、優先順位に決着がついた。リーチ。もう自分の考え方にリーチがついた。もう手は変えないと思う。これからは「オモテ」から見える一点のために、見えない裏を磨こうと思う。

それが私のささやかな「美学」かな?(笑)

それでも書きたいことはある。外から見える日本だとか、そういうものについては、エッセイ風にこれからも書き加えていこうとは思っている。

Posted by akemi at 10:45 | Comments (3) | TrackBack

2005年08月25日

あなたは8月25日付の「らいおんはーと」を読んだか

第201号を数える今回の小泉内閣メールマガジンは、小泉首相がダイレクトに郵政民営化が改革の根幹を成すものであると語っている。

有権者の方々は是非とも御一読頂きたい。

書かれている内容は至極当然のことであるけれども、現役の首相がここまで分かりやすく本質の部分を文章に残しているという点で、歴史上に残るメッセージだと私は思っている。

「国民全体の利益を考えるのが政治家」と彼は言う。

「会社全体、そして株主、地域社会、その会社に関わる全ての人々(ステークホルダー)の利益を考えるのが経営者」というのと似ている。カルロス・ゴーン氏のやったことは何だ。一部のその会社の既得権益を守ろうとしている人たちを擁護したわけではない。会社全体の利益のために、返り血をもろともせず改革を推進して行った。結果はご覧の通りである。

郵政民営化に反対している人たちの論旨を一つ一つ吟味していって欲しい。彼らは選挙に足を向けない人たちを完全にバカにしている。

政治家の中には堂々と「地方に中央の金を持ってくる。それが私の使命です」と声高に叫ぶヒトもいる。都会で満員電車に揺られながら必死で真面目に働くサラリーマンの税金を、都会のサラリーマンに還元しないと言っているも同然。

彼らのアジテーションに負けるな。ホリエモンが「世の中に金で買えないものはない」と言っていると批判している政治家もいる。冷静に考えてみて欲しい。経済界に生きている人たちが「愛は金では買えない」なんてレベルの低い話をすると思うか!!資本主義のルールを言っているのだ。「金」は資本主義の根幹を成す尺度である。郵政民営化に反対している人たちの信条は何だ?彼ら自身が既得権益にしがみつきたいのである。票が欲しいのだ。本音を言えば、彼らなりの政治家としての使命がある、それを信じているというのは分かる。目の前の世の中の流れから切り捨てられそうな弱者を守りたい、そう思っているのかもしれない。しかし本当の弱者は誰だ!今現在裕福に暮らしているお年寄りでもサラリーマンでもない。選挙に行く術のない子供たちなのである。

今回の改革が成功しても、今日明日の幸せにつながるわけではない。10年後、20年後の日本をどうしていくかという話なのである。いま香港にいてよくわかるのは、世界は日本ではなく、明らかに中国に向いている。日本から優秀な人材が流出して、潤沢な個人資産さえも海外に流出して行っているのだ。子供たちには今よりも高い税率が課せられ、税金を納めるのがアホらしいと感じる様になるだろう。このままでいいのかニッポン。目を覚ませニッポン。大人ならば子供の未来を守れないまでも、「あの時代の大人たちは、しっかりと日本の将来を考えて大きな決断を下した」と思ってもらえる様にしっかりと今の時代を生きるのだ。

郵政民営化を主軸にした構造改革に反対ならば、反対の意思を選挙で表明するのだ。そして賛成ならば、選挙に行くのだ。あなた自身が悩みぬいて自分の考えを表明して欲しい。選挙権を持つ全てのヒトが投票所に足を運ぶことを願っている。これこそが小泉首相の言う

民意に問う

ということなのである。あなたの意見を今こそ表明して欲しい。自分自身の頭で考えて自分だけの結論を出すのだ。

Posted by akemi at 09:34 | Comments (4) | TrackBack

2005年08月16日

White Band@Hong Kong

打ち水も百万人のキャンドルナイトもなかなか参加できなかった私なのだが、今回はちょっと真剣モード。

「戦争反対」と声高に叫ぶ人たちをナイーブな反応と思っていた時期もあった。学生時代の苦い経験で、アクティビストには距離を置くクセがついた。でも色々と自分なりに調べたり考えたりして紆余曲折したら、七転八倒するほどに考えつくした人々の出した結論が「声を上げる」ことなのだ、ということが分かる様になった。デモに参加している人たちの中には、もちろんナイーブな反応の人もいるだろうが、多くのことを理解した上での結果が、そういう動きになったのだということがしみじみ分かる様になった。


私自身が常に思っている「納得できない」感じを何とかしたい。
日本以上に国間の経済格差を実感しているここ香港で出来ることはないか。

貧困に苦しむ人たちを踏みつけて私たちは生きている。自分たちが強者に属していると思うなら、強者なりの責任がある。ナイーブな反応だと笑うなら笑え。

なかなか盛り上がらないこの香港で、ホワイトバンドを身に付けようと思う。

Posted by akemi at 16:34 | Comments (0) | TrackBack

2005年08月10日

Discovery!!!!

あー、もう良かった!無事着陸できて、本当に良かった!!

私はいつも二台のPCを使って作業をしている。一台目のデスクトップは、リナックスとWindows XPがインストールされている。デフォルトでWindowsが立ち上がる設定にしてあるのだが、このWindows上にTRADOS7をインストールしている。で、このマシンをメインの翻訳作業に使っているのであるが、もう一台のラップトップでは、語彙の確認などのためWindows Explorerのウィンドウが幾つも並んでいる。また、Planhoodという韓国のプロジェクト管理ソフトも使っていて、プロジェクトのスケジュールをアップしたり、プロモーションのアイデアを共有したり、ということをやっている。が、この2週間、このラップトップ上にもう一つの大事なウィンドウが追加されたのだ。それが、nasa.govが配信している、Nasa TV画面なのであった。

これをデスクトップ上においていると、通常はのんびりしたnasaの様子だとか、管制塔(っていうのか?)のモニター画面が映ったりしているのだが、時々音声も入ってきて、地上とディスカバリー間の交信の様子も、そのまま配信されていたのであった。で、普段は小さいウィンドウで見ている私も、音声が入ると、突然そのウィンドウをダブルクリックしては、画面全体に表示させて、事の推移を見守る、そういう時間を過ごしていた。特に昨日は、第一回目の着陸を見送った際の緊迫した様子だとか、今日はtwo opportunities 明日がfour opportunitiesあって、と頭を抱えながら説明する彼の様子を、私は胸が張り裂けんばかりのドキドキ感でもって眺めていたのである。2年半前の事故の様子、今回も同様の損傷があること、日本人を含め宇宙飛行士の方達がそれを修理したこと、そういうことをコドモたちに伝えると、子供たちもテレビをCNNに合わせて、固唾を呑んで見守っていたのである。(でもそのCNNは時々、日本の解散、総選挙の話題を度々持ち出したのであるが)

今日も、PC上にはその画面が置かれ続けていたのであるが、1回目、2回目のランディングを見合わせたというニュースまで見届けたところで外出予定があり、出かけてしまった(涙)。家に帰ってCNNを見たら、post-landingになっていて、うげぇー、結局一番いいところを見れなかった私たちってアホーっ!ショックで声も出ない、けれども無事に着陸できて、本当に良かった。

Nasaの今後(問題が解決するまでは当面次回打ち上げは凍結)については賛否両論あるのだろうけれど、とにかくこの2週間、映像を通して彼らと共に私は居たのだ。ただただ、無事の帰還をみんなで喜ぼう!

Posted by akemi at 02:23 | Comments (0) | TrackBack

2005年06月29日

Quo Vadis from England

注文して待つこと3週間。はるばる英国からやってきたのはシステム手帳。

私はショッピングにもブランドものにも興味がない。一つ気に入ると、それをずーっと使い続けてしまう。だから選ぶ時にはかなり探し回る時間が必要になってしまう。

私がモノを選ぶときのポイントは、

シンプルで飽きが来ないもの
使いやすい(実用性に優れた)もの

だけである。だからOLの時に買ったサザビーのシステム手帳を16年間も使い続けていた。あの形、薄手で格好良かった。当時、女性が持って充分に機能的で、大きすぎないあの形は、他では決して見つけることが出来なかった。そう言えば、A4版の資料を入れられるOLが持てるカバンも当時ほとんどなかった。探して探して伯母がプレゼントしてくれた某日本人女性デザイナーによるカバンを見たときは、本当に嬉しかった。今でもまだ持っている。

ずっと大事にしていたシステム手帳を、昨年モナシュ大学の図書館で紛失してしまった。何度も図書館に電話をかけたけれども出て来なかった。当然だ。メルボルン中探したって、あんなにシンプルで素敵な手帳は売ってないはず。どんなに高級なものでも勝てないスマートさがあったのだ。だから日本に一時帰国する時があったら、真っ先にサザビーに行くはずだったのだ。でもふと不安になってきた。あの手帳が17年前と同じ形のあの手帳が、今でも手に入るのだろうか、と。

そこから私はネットで色々な手帳を調べ始めた。調べていくうちに、サザビーにこだわる必要はないかもと思い始めてきた。そんな中でひょんなことで見つけた、この手帳のブランド Quo Vadisに、私の食指が動いた。私が求める手帳の条件に合う様に思えた。シンプルで飽きが来ない、薄くて女性が持ってもお洒落、手帳を閉じるパッチンという帯だけは絶対に許せなかったのだが、それがないタイプがあった。いいやん、これ。早速注文してしまった。デフォルトで入っているのが2006年の手帳なので、2005年度版の手帳をエキストラで注文した。レザーのラベンダー色。それが手元に今日届いたのだ。

待って待って来たものだったので、感慨もひとしおだった。想像していたラベンダー色とは違っていたが、よりシックな色に思えた。かなり長いこと、サザビーの手帳を忘れられずにいたのだけれど、今日からは心機一転、またがんばれそうだと思っている。

でも、これ注文した後に気づいたのだが、日本にも「クオバディスジャパン」というページがあって、英国のよりももっともっと種類が豊富。海外に発送してもらえるかはわからないんだけど、少なくとも英国サイトよりは見やすい作りになっていた。ショック。香港のサイトも探したんだけど見つけられなかったので、手元に届いた今とはなっては、もういっか、という感じ。

さて、これから予定を書き込みますか!

***

で今回のエントリーは終わったのだが、その後大変なことを発見してしまった。2005年度版と2006年度版の一冊ずつをオーダーしたのだが、我が家にやってきたのは、Ital B 2006、Italnote 2006と、2冊とも来年度の分だったのである!まず今年の分がないと使えないし、来年度の分も2冊も必要ない。大急ぎで証拠写真付きで、オーダー確認メールに返信する形でクレームをつけた。あっという間に返事が来て、

こんなエラーをするなんてごめんなさい、だけど2005年度版はもう売り切れで、私たちができるのは、その分の商品代と郵送費をリファンドすることだけです。

と書かれていた。ううう、来年まで封印かい。おまけに今日はタカシが部屋に鍵を持ち込んだままロックしてしまうし(明日は鍵屋さん呼ばないといけない。ううう、出費だぁ〜!!!)、忙しいだけでホントに冴えない一日だったわー。

Posted by akemi at 20:47 | Comments (0) | TrackBack

2005年05月22日

「物事への取り組み方」という視点

私は長い間、人生の成功は「何を選択したか」によって決まると思ってきた。簡単に言うと、私が就職活動をしていた学生当時に、例えば文学部国文科なんかの女子学生は、かなり厳しいだろうなとか、理系それもバイオテクノロジーなんかの学生は、それこそ就職に有利だとか、そういうことが往々にしてあると思っていた。

メルベンでSAPを専攻した時、実は心の中では密かに「勝ったぜ」と思っていた。オラクルでもない、マイクロソフトでもない、Eコマースでもない。完全に食いっぱぐれのないメインストリームに乗っかったぜ、と思っていた。だから人生においては、何を選ぶかが非常に重要なファクターであると思っていたし、子供にも、本当に好きなことでしか人間は頑張れないから、今のうちから将来何で食っていくかを考えておけ、と言い続けていた。

でも、ずっと心の中で解せないこともあった。昔にインタビューをした、モンテッソーリ幼稚園の園長先生の言葉「高いものは高い」という話も、自分の経験上、そういう人が実際に居るということも知っていた。(因みに、この「高いものは高い」というのは、例えば前職で教育とは門外漢であった人が、異動などで教育関係の役人になったりしても、すぐにパパッと理解して的確に対応できる人がいる、という話で、要するに人間としての質、能力その他もろもろの高い人というのは、どこの国、どこの分野に行っても高い質を保つことができるというお話があった)例えば、日本で子供の学校の校長先生だった方は、私は個人的に大ファンであったのだが、彼は例えばサラリーマンになっても、政治家になっても必ず頭角を現すであろうと確信できる様な、高い何かを持っていた。もしその彼が、諸事情で家業を継がなければならないということになっても、きっとその与えられた場所で、彼は一定水準以上のアウトプットを出すのであろうと想像できるのであった。彼にとっては、何を選んだか、ということは、あまり重要ではないのかもしれないとも思ったのだ。

話を自分のことに戻すと、実際のところ、私は何を選んでも良かったのだ。それがたとえ、時流にのっかっていなかったとしても、信じた何かを執拗に、他の人にはないエネルギーでコミットメントし続けたら、その先には何かが見える。それに向かって、またクレイジーに突き進めば、他の人には出せ得ない何らかのアウトプットが出せるのだ。要は、どれだけ真剣に継続して、徹底的に結果を出すことにこだわることが重要なのではないかと思うのだ。そうすれば、必ず何らかの結果は出る。その結果は、もちろん億万長者、というのではないかもしれない。でも、必ず結果は目に見えて出るのだ。オラクルを選んでも、デザインを選んでも、何を選んだかは重要でないかもしれない。それについて執拗に取り組む覚悟があれば、与えられた何かであっても一向に構わないと思う様になってきた。

人生に選択肢などほとんど無かった昔の人達が、与えられた環境の中で、どんな悪条件であっても、好きでも何でもなかった職業でも、とにかく地べたはいつくばってでも、大きな何かを手にいれるのだと信じて突き進んだ。人生はやるかやらないか、それだけだ。何を選ぶかで決まるのではないのだ、とこの歳になって思う様になってきた。

そう思うと、子供に教えたいことの一つに、「物事への取り組み方」という視点を加えるべきかなと思ってきたのだ。今までは、この子は何に向いているのかな、何の素質があるのかな、そういうことを親として見極めてあげたいと思ってきたのだが、そういうことは日々の子育てのさじ加減をするのに、きわめて重要ではあっても、それで終わりということではない。何かをする。例えば簡単なところで宿題など。私は宿題でもって、成績を上げて欲しいと思っているわけではない。でも、おちゃらけて人生終わっちゃダメなのだ。どんな小さいことでも、命かけるのだーっ、というテンションでやれば、得られるものは膨大だ。与えられた環境を嘆いていても仕方がない、そこで見える何かに全エネルギーを注いで結果を出すのだ。

Posted by akemi at 23:53 | Comments (5)

2005年02月18日

パッキング開始

昨日、引越し業者さんから梱包材一式が届いた。早速、梱包を始める。

もう全部捨てていきたいと思いつつも、なかなか物が減らない。香港では自転車に乗るチャンスがなさそうだから、全てこちらで処分していく。トランポリン、二段ベッド、タラゴ(エスティマ、我が家の車よん)などなど、大型のものの処分に困る。子供たちの友達に会うたびに、自転車いらんかー、トランポリンいらんかー、と声をかける毎日である。

とりあえず、直ぐに使わなさそうなものから梱包をする。書籍類、写真アルバム、子供の教科書などなど、自分では必要最小限にしたつもりなのに、どう考えても箱が足りない感じ。大学関連の資料その他も、バッサバッサとリサイクル用のごみ箱にぶち込む。さらば、ワタシの青春。でも、不思議と悲しくない。これらのノートや資料の多くは、ほとんど頭に入っている。必要ないものだと心底思えるから心置きなく捨てられる。でもまだまだ就職をあきらめたわけではない。香港で就労ビザがないといっても、方法はいくらでもあるだろう。まだまだSAPコンサルタントとしての夢を捨ててないから、貴重な資料は手元においておく。この資料を紐解く日が来ますようにと、祈るような気持ちで梱包する。

今日は金曜日。明日の土曜校の宿題がまだ出来ていないというのに、子供たちは思いっきり友達と遊んでしまった。ダンナが香港出張中なので、えーいっ、みんなまとめてマクドいっちゃえーっ、と子供たちの友達も引き連れてマクドで夕食。みんな制服着たままだから、どこの学校かすぐにわかる。しばらくして同じ制服を着た子供たちがやってきた。小さい学校だから、絶対どこかで見たことあるのである。それだけで挨拶をし合う気軽さが、私にはたまらなく嬉しい。

メルベンでの生活が楽しければ楽しいほど、次の地への期待もふくらむ。特にカオルは、東京を離れる時に学校の友達と別れるのがいやだといって泣いた。でも今では、日本に帰りたくないと言うほどに、ここでの生活が楽しくなった。だからきっと、次もこんな素敵な出会いが待っているに違いないと思っているのが手に取るようにわかる。

我が家の子供たちは特に勉強が出来るわけではないのだが、カオルに、香港で入学試験を受けなければならないのよ、という話をしたら、「うぉーしっ、やったるでぇーっ」と握りこぶしをあげた。その姿を見て、うげーっと私は驚いてしまった。私はこの2年半、カオルの学校の宿題を一度も見てあげたことがない。彼女に英語の家庭教師をつけたこともない。ただただ、優秀ないいお友達に恵まれたのだ。まわりのお友達の勉強に対する姿勢を見つつ、テクニックを盗んでいった。自分でスケジュールをたてて、時には人知れず徹夜もしていたらしい。そうやってここまで来た。人から誉められたとか、そういうことではない。自分自身で、誰にも頼らずに自分の力だけでここまでやってこれたという自信が、彼女を強くしたのだ。私は心底彼女を尊敬している。彼女には、私が思う「生きる力」が十分に備わっている。これ以上何が必要か。そんな彼女を見て、私もポジティブに生きるしかないよな、と再認識するのであった。

Posted by akemi at 22:04 | Comments (2)

2005年01月24日

自宅出産

某女優の自宅出産についての記事を今日読んだ。最近は、自宅出産を選択するヤングミセスが増えてきているとか。

私は以前にも書いたことがあるかもしれないが、

 カオル 韓国ソウルの総合病院で出産
 タカシ 大阪の大学病院で出産
 タツミ 東京の近所にある個人病院で出産
 ハルキ 東京の自宅で出産

とまぁ、一通りの施設での出産経験がある。それぞれに後悔も何もなく、すべてに良いイメージしかない。ソウルの出産では、数十名同時に陣痛室でウンウンうなるという壮絶で興味深い体験をしたし、大学病院では4人部屋で、毎日、出産を終えたママさんたちと修学旅行生のノリで楽しい入院生活を送ったし、個人病院ではタタミの個室で、それも快適だったし、自宅は自宅で、助産婦さん二人を独占して女王様気分で良かったのだ。だからといって、誰にでも自宅出産を勧められるかというと、そういうわけでもない。一番に考えるべきことは、「リスクテイキング」ということだ。病院の処置が悪くて出産に問題が出た場合、病院を非難することもできるかも知れない。でも、自宅出産の場合は、ほぼ100%、何かあったときには自分で責任をとる、そういう覚悟が必要なのだった。でも、本当は、いついかなる時でも、人間はリスクを抱えつつ生きている、そういうことに気づきつつ、小さなことにも一個ずつ自分で責任を取っていける人には、それこそ、他人がとやかく言うことは何もないのだ。

私の場合は、表面的にはヘラヘラしていたけれども、自分なりに万全の体制をとっていた。助産婦さんの勧めもあったのだが、何かあった時のために、一般の病院への検診にも2回ほど行き、必要な検査もしたし、まさかの時の受け入れ体制についても念を押しておいた。必要と考えられる情報は一まとめにファイリングして電話の横においておき、実家その他の連絡先リストも作成しておいた。カオルにも周知徹底しておいた。助産婦さんには、子供の生み方にこだわりも何もないので、いざとなったら帝王切開してもらっても構いませんと、事前に申し入れていた。じゃぁ、なぜ自宅出産だったのか。これは、背に腹変えられない事情があったのだ。子供3人、どこに預ければいいというのか。おばぁちゃんに小さい子供3人預けて、それを考えると、そっちの方が心配だった。自宅だったら、おばぁちゃんと私で、4人の子供を見れる。楽やんか。そういう理由だったからだ。しかし、死ぬの生きるのという事態になったら、そんなこと言ってられないから、その時は、病院に緊急入院するつもりでいた。陣痛がいつ来るかもわからない状況、でも不安はほとんど無かった。上の三人のお産のイメージがあまりにも良かったからだ。要はどこで産むかということではなく、いついかなる時でも、自分のリスクは自分でとっていくという意気込みがあれば、どこで生もうと幸せなお産ができるのではないかと、私は信じている。

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2005年01月23日

我が家は実験室

ホリデー中にタスマニアに旅行に行くぞ!と息巻いていた私だったが、結局、こんなピークシーズンに色々な予約がとれるはずもなく、このホリデーも旅行ナシの我が家であった。

おまけに今年は子供たちの勉強の遅れが顕在化し、毎日最低1時間は勉強の時間にあてているので、どうにもお出かけのタイミングを逸してしまう。我が家にはプールもあるので、暑い日はプールで遊ぶと、もうそれだけで子供たちは文句を言わなくなってしまう。

ということで、少しでも毎日をワクワクすごしたいと、日々、色々な実験まがいのイベントを盛り込んでいる私である。豆乳ローション、廃油石けんから、豆乳石けんなどなどを作って喜んでいる私である。子供たちは勝手に、素材をどこからともなく手に入れてきては、「これ使っていい?」とだけ聞いてくる。大抵、片付けてくれたらいいよ、と返事するので、勝手にアロマキャンドルやアイスなどを作っている。手作りデザートもたくさん作ったし、カオルと一緒に毎日たっぷり時間をかけて夕食作りに勤しんだ。

何もなかった夏休みだけど、子供たちの顔に不満はゼロだ。何となく、朝から晩まで子供につきあって遊びまわっていた東京時代を思い出した。昨年一年間の子供への不義理を埋めるかの様に、全力で子供と遊んだ夏休みがもうすぐ終わる。そして、私の大学も、もうすぐ始まってしまうのだ。

Posted by akemi at 20:32 | Comments (0)

サイトのリニューアル中!

ふぅっ。

現在、あけんの文章工房サイトをリニューアル中なのである。

ブログソフトをインストールして、ライブドアにある私のブログ、および過去の日記、エッセイに至るまで、統一インターフェースでアクセスしてみたくなった。文章工房というタイトルも、違和感を持つようになってきたので、ここでブログ形式にまとめてしまえっ、ということで、現在移行中です。

bergamot.com/aken

だったのですが、今後、1ヶ月以内に、完全に、

www.bergamot.com

に移行するつもりです。

(2005年4月現在、移行完了致しました!)

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2005年01月22日

ベルガモットというドメインについて

Bergamot.com
このドメインを取得してから、8年くらいになるのではないかと思う。

その当時、オンラインジョブボードを運営していて、それを本格的にやってやろうと思いたった。屋号について、色々と考えたのだが、シンプルで、それこそ、Apple.com みないなものがいいなと思っていた。オレンジという会社は既に存在していたので、そんなシンプルで、しかも私にぴったりなものはないかと考えていた。その頃、アロマセラピーなるものに心奪われ始めていた私は、その精油の名前から、何かヒントをと思いたった。その中にベルガモットというものがあった。xルガモットは、私の一番好きな、アールグレー(紅茶)にも使われていたし、香りも好きだった。また、その時参考にしていたアロマセラピーの本に、「ベルガモットはもっともフレキシブルな精油のひとつで、混ぜ合わせた精油の作用に順応する」(フィッシャー・リチィ,1994)と書かれていたのも気に入った。

当時、インターネットが海のものとも山のものともわからなかった時、確信を持ってこの仕事に打ち込もうと心に決めた。フレキシブルがキーポイントだなと思った。が、そのオンラインジョブボードも、増殖し続ける求職者のエントリーと、スパムや違法まがいの広告エントリーが混在し、三人目の妊娠悪阻で心身ともに疲れ果てた末のギブアップ。次にやるべきことが色々と見えていたのに、それを克服することができなかった。仕方がない。私はその程度の人間だったのだから。でも、失敗は繰り返したくないよな。

Reference
スザンネ・フィッシャー・リチィ. 1994, アロマテラピー 天の香り,あむすく,Tokyo

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2005年01月12日

やっぱりアップルだよなーっ

今日、Steve Jobsの基調講演のストリーミングを見た。

あぁ、相変わらずカッコいいなー。おまけにG5買ったばっかりだというのに、mini素敵! iPodシャッフル絶対欲しい!!私の持っている某MP3プレーヤーがとてつもなくダサく思えてきた。つい1ヶ月前くらいまで、そのMP3プレーヤーを見せびらかしつつウォーキングしていたのだが、なんだかもう持ちたくないなーっ、という贅沢な気持ちがフツフツ。でも、やっぱり私には、大学の講義を録音する必要性があるから、とりあえずは買えないよなーっ!!

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2005年01月01日

一年の計は元旦にあり

ということで、縁起かつぎの私は、朝4時半起きで英語の音読とシャドーイングはじめようと思ったのだが、何故か頭がガンガンと痛い。

昨日の大晦日に、ワイナリーで買ったばかりのワインを飲んでヘラヘラのまま熟睡。朝起きてみたら、子供は低位置でちゃんと寝ていました。子供たちエライ! ということで、今年は一分一秒も無駄にしないというテンションで走り抜けようと思いつつも二日酔い明けかいっ!! バファリン飲んで何とか白味噌のお雑煮を作る私であった。

今年も宜しくお願い致します! あけん

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2004年12月30日

アツイコトバ

私にはスーパーヒーローが何人もいる。

両親が傾倒していた松下幸之助氏。そして学生の頃からの私のヒーローは、スティーブ・ジョブズと大前研一氏。そしてこの数年の私のヒーローは、私が勝手に、タロちゃんとダイちゃんと親しげに呼んでいる私と同世代のこの二人、杉村太郎氏と松本大(おおき)氏である。

実はダンナの屈折した嫉妬(?)のために、私はこの二人の本を買えない。ファンなのに一冊の本も持っていない。杉村太郎さんの英語の王道は、東京に居たときに何度も図書館で借りて、必要な部分は手書きのメモで残しておいた。でも、この本がなければ、私は大学院に入れるかもしれない、という可能性を信じることなど出来なかっただろう。

今回、初めて杉村太郎さんの本を購入して、それが今日届いた。「アツイ コトバ」である。薄い本なのですぐに読める。年末のこの時期に届いて良かった。来年に間に合う。私は今年、一年の計は元旦にありと信じて、旅行先で迎えた元旦から、合間をみつけてはTOEFLなんかの勉強をしていた。それがこの一年をハイテンションで過ごせるきっかけになったと思っている。だから、来年も正月早々からガンガンいくぞと思っていた。目標を掲げねば。この本からヒントを得て、私は来年の目標を以下の三点にしぼった。

1、 自分から出す (p.18-19)
今年一年、私は真面目だけが取り柄の学生だったけれど、来年度は何と思われようとも、ガンガン発言してクラスのムードを盛り上げるのだ!

2、 コンパクトにする (p.38-39)
最近のブログをはじめ、私の言うこと書くこと、グダグダと言い訳めいて長い。エッセイ書くつもりで、論点を明確に、全てコンパクトにするぞ!

3、 シコミをする (p.54-55)
「死ぬ気」のハイテンションの感覚はつかめた。でもそれだけじゃ単なる短距離ランナー。これからはその後の具体的な目標を見据えて、三歩先のためのシコミをする。

これに加えての一年の目標は、今までの自分と違うことをやってみよう、ということ。実は、私は選択に困ったときに、まず困難な道、人と違う道を故意に選んで来たところがあったのだが、一種自分自身のパターンに新鮮さを失っていることを発見した。一種法則性があって、傍目には大胆な動きに見えているかもしれないが、自分自身においては、いかにもあけんっぽい動きだなと思う。違う動きをすることで、違う物の見方ができるかも。そして会話の幅を広げるのだ! 来年もどうぞよろしく!


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2004年12月23日

あけんのブログを読むダンナ

「あーっ、もう、だから何が言いたいんやー。話ながすぎ。頼むから結論を先に言ってくれ、結論を!」

とマックに向かってブツブツつっこみを入れているダンナを横目で見ていたのだが、

「あのねー、頼むから読まへんとってくれるー?アタシのブログ」

「何言うてんねん。公開されているもんやから誰が読んでもかまへん。けど、読むだけ時間の無駄やった。あー、頼むからこんなに長い文書かんとってくれ」

と前回のブログの内容にクレームをつけるダンナであった。あんた、あけんさんのファンなんか。読むなー!!

「じゃー、なんでこんなもん公開すんねん」と不振そうに振り返るダンナ。

えーと、ここで解説。我が家の書斎には、机が二つありまして、一つは暖炉脇の私の机。目の前には、スキャナー、コピー機兼用の複合プリンターやらソニーのデスクトップバイオと、東芝のラップトップ、その他、ほとんどのペリが私の机の前にならんでいる。壁には、「集中力、concentration」と大きく打ち出されたA4の紙やスケジュール表がでかでかと貼られていて、その横には相田みつを氏の「道」の色紙が置かれている。雑然とプリントアウトの紙が積まれていて、その横には、インストール頓挫中のLinuxの本やら英語学習関連の本が常に鎮座。

私の机から見ると、右側の壁に沿う形でダンナの机があり、その上にはアップルG5とデジカメやデジタルビデオ、英語の学習用のCDプレイヤーがある。G5でダンナがネットサーフィンしていると、私の目からはダンナの後姿とモニターが見えるが、彼からは私の姿は一切見えない、という感じである。ということで、私が涙ながらにブログを書いている横で、ダンナはいかにもピンク枠で、マネージメントとかビジネスとは関係のないネットサーフィンをしているのがモロに見える。私ひとり熱くなって、人生の根本を問いかけているときに、ピンク枠のブラウザが見える。ウルウルの目のまま、右足のスリッパに自ずと手がのびる。後頭部どついたろか。

とにかくだ。自分自身もこうやって生き恥さらしてうじうじとブログを書いていると、それを客観的に見ることができる。あーあ、あけんさんって、青いというか、要するに恵まれた環境にいらっしゃるのねー、ということがわかる。ダンナは、がなりさんにその文送ってボロクソに言われてこい(註:我が家では最近、高橋がなりの虎の声ブログがホットである。うちのダンナは、毎日、俺のことをがなりと呼べとすっかりシンパシーを感じている様子)、とか言っているが、それをするまでもなく、自分の状況がよく理解できている。要するに食うに困っていたら、そんなところでガタガタ言うてへんやろ、ということで、ガゼンやる気を取り戻しつつあるのであった。そうだよなー、大学生の頃なんて、会社訪問が、最後の方では完全に趣味化してたくらい、やる気みなぎってたもんな! それを思い出さねば。いまの私の最大の不安は、技術的な部分よりも、まず英語、英語、英語。インタビューでうまく受け答えできないんじゃないかということが不安材料なのだから、とにかく英語力を上げなければ、不安解消できないと自己分析。来学期には、Work Placementという科目を選択することができるのだが、それをとろうかどうかと迷っていた。つまり実際の仕事にぶち込まれるというサブジェクト。インターンみたいなもんか。それを選択することにびびっていたのだが、これもこなせないようでは仕事なんてつかめない。それがよくわかった。びびってやめるよりも、恥かいて泣いて、それでもしがみついてという方が自分にプラスになるのだということは、経験上よくわかっている。今年一年、何もしなかったら、私の可能性は幾許も増えなかった。失うものなんてないんだから、玉砕あるのみ!

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2004年12月20日

いつになったら私は自分に自信が持てるのだろう

実はつい先日、ささいなことで涙をポロポロと流してしまった。

普段は優しいはずのダンナも今回ばかりはいい加減にしてくれとばかり、頼むからそんなことでメソメソせんとってくれ、と冷たい態度。何をメソメソしていたかというと、自分では認めたくないけれども、やっぱり自分にもこんな人間の弱さというか、見栄や意地みたいな、人間の人生の本道からは関係のないところの問題である。

きっかけはというと、友人宅におじゃましてお話をしていた時のことだった。アメリカに長く暮らしていた彼らから、アメリカの教育の話を聞いていた。ご本人は、日本のいわゆるトップ大学を卒業して、現在研究者としてこちらにいらっしゃっている。アカデミックという観点から見ると、これ以上ないというトップクラスの人である。彼らは、オーストラリアの教育も日本の教育もアメリカの教育も見てきたが、結論として私たちにはアメリカの教育が一番良いという印象を持っている。ハーバードなんかに行っている人間は、単に頭がいいだけじゃなくて、人間的な魅力の幅がものすごい。やはりアメリカという国は、世界のトップとなるべき国なのだと思わせる魅力のある国なのだという話を聞いた。

私はアメリカへ行ったことがない。そして、私は一流、トップと呼ばれるところに身を置いた経験が一度もない。自分自身、一流になりたかった。一流になって、一流と呼ばれる人たちと話をしてみたい。一流になるには、一流の中に身を置いて切磋琢磨するしかない。でも、一流の中に身を置くには、自分自身も一流でなければならない。

そんな、ニワトリが先か、卵が先か、みたいな話にはじまって、私は卒業した大学も三流だし、就職した会社も業界トップじゃなかったし、今いる大学もトップには程遠いし、オーストラリアはビジネスする上でもトップ国とはいえないし。そんなところで、多少良い成績をとったからといって、井の中の蛙もいいところだ。私は努力することにかけては、多少、才があるのかもと自惚れていた。でも、例えば日本でトップ大学に入る様な人は、もともと頭の作りが違う、そう言ってしまうと、彼らが何か楽に大学に入った様にも聞こえてしまうが、違うのだ。そういうトップになる人たちは、努力においても一流なのだ。つまり、私は努力することにかけても、三流なのだ。

そんなことをダンナの前でブツブツ言いながらポロポロと涙を流した。ダンナは、お前は要するに、ステータスが欲しいのか、他人にカッコよく見られたいのか、アホか、と話にならないとでも言いたげに、私に背を向けてパソコンに向かう。その背中を見ながら、またポロポロとしながら、「でもね達ちゃん。私さー、いつになったら自分を許してあげられるのか、それもわからへんねん。いつまでたっても、自分に自信がないねん。でも、なんで自分に自信がないのか、自分ではホンマはわかってんねん。私は大阪人やから」

ダンナは、あーもう、わけがわからんことをまだ言い出しおった、という感じで振り向きもしない。

「大阪って、もともと商人の町やから、権威がどうの、ステータスがどうの、そういうもんがなんぼのもんやねん、という感覚があるねん。じゃ、何が大事か。お金なんや。要するに、お金かせいで、なんぼのもん、という感覚がある。どんなカッコええこと言うても、一銭にもならん奇麗事言ってても、アホかという感じがあるんや。要するに、金稼いで一人前。今の私は、お金を稼げていない。これが一番、自分に自信をもてない理由。で、稼げる体質にするために、手に職つけるために大学院に行った。それでもまだ、自信が持てない。これから就職活動をしようと思っているのに、ビビッて前に進めない。そんな自分が情けなくって、どこまで行けば自信を持てるのか。いわゆるトップの大学にでも行けば、自信が持てるのか、そんなことばっかり考えてるねん」

ダンナが振り向いて私に言った。「甘えんな。お前はただ、甘えてるだけや。基本にもどれ。お前は何のために大学に行ったんや。博士号とるためか?勉強が趣味なんか?違うやろ。職を手にするために行ったんやろ。そしたら、まず稼げ。就職活動して、面接受けて、全社から不採用通知をもらって、それもまた経験や。昔のお前は違った。インドで会った時のお前やったら、そんなところでメソメソしてないですぐに行動してたやろ。なんか、お前も弱くなったというか、情けなくなったというか。」

そんなこと言わないでよ達ちゃん。もっと泣けてきちゃうから。

大阪育ちの私は、お金稼いでやっと一人前、みたいな感覚が小さい頃からあった。大阪人がお金を話題にすると、他府県の人は誤解をする。お金に卑しい、お金に汚い、世の中お金だけだと思っている人種だと。違う。私にしてみると、例えば東京などの人の方が、お金に対して過剰な感覚を持っている様にも思えてくる。お金は単なる尺度である。そして、どうしてお金が稼げるのか。それは人様のお役に立っているからなのだ。お金を稼げるということは、世の中の、人様の役にたっているということに他ならない。役にも立たないものに対して、人様がお金を出したりはしない。大阪人にとって、お金を稼ぐということは、単に自分でがっぽり儲けて、ということではなくて、人様のお役に立って、なんぼの人間なんや、という感覚が多分に含まれているのだ。つまり、そういう感覚が染みわたっている私にとっては、専業主婦で経済の消費部分にしか携わっていない自分は、一人前でないのだ、という感覚があるのだ。何も、私の考え方が正しいと言っているのではない。他人さまの生き方を批判しているのでもない。ただ、私が、私自身の価値観の中で、一人前でないから、一人前になりたい。真っ当に働いて、税金納めて、人様のお役に少しでもたって。そうじゃないと、死ねないよー。

私は昔から、どんな仕事だろうと、お金を稼ぐことは大変だと思ってきた。色んなアルバイトをしたが、簡単で、楽で、そんなものは一つもなかった。子供を連れて入ったマクドで、お友達のママさんがパートとして働いているのを知ったとき、そしてまた、この前はメルベンの日本食レストランに入ったところ、そこでママさんが働いているのを知ったとき、私の胸はドキドキしてどうしようもなくなった。そして、消費側にしかまわっていない自分が、どうしようもなく食えない人間に思えて、何とも言えない涙を流してしまった。その日本食レストランには、私と同じ様に、ランチに訪れた駐在員夫人たちがたむろしていた。ランチを食べて、デザートも注文して。大声で笑って、楽しそうだった。きっと、そこに居合わせた彼女たちの誰一人として、働いている彼女を羨ましいなどと思ってはいないだろうと思ったのだ。だって彼女たちはいわゆる勝ち組。自分自身、働く心配をする必要がないほど高給とりのダンナがいて、値段も見ないでメニューを注文している。もちろん、彼女たちは私と違って、家庭をもっともっと大切にしている。家はいつもきちんと綺麗にして、晩御飯もきちんと作って、ほんのちょっとの息抜きのランチを、誰にとがめられるはずもない。それでも、私には、そこで働いていた友達のママさんの姿が、まぶしくて正視できないほどだった。きりっと引き締まった顔つき。お客様への気遣い、てきぱきとした仕事の手つき。カラカラと笑う女性たちの横を、目立たない様に、でも無駄のない動きで通り過ぎる。どんな仕事でも、働く人の姿は美しい。お金を頂くということは、大変なことなのだ。そして、キラキラと輝く彼女を見て、初めてとは言え、駐在員夫人として日本食レストランで高級ランチを食べている自分を、歯がゆく見つめるもう一人の自分がいた。私は勝ち組、何が悪い、私は家庭を守るという大役を果たしている、とドーンと胸もはれない、私は汗を流してお金も稼いでもいない。どっちつかずのうじうじの私。ダンナが愛想尽かすのもよく理解できる。

だいたい、貧乏性の私が、大学の休みでヒマになったからロクなことがない。人間、時間ができると、どうでもいいことばかり考える。それも全く生産的でないこと。やっぱり貧乏性は貧乏性らしく、毎日毎日、忙しく過ごさなくっちゃ。


Posted by akemi at 01:02 | Comments (4)

2004年11月03日

本業を忘れるあけん

 をををっ。ついついライブドアのことで熱くなってしまった!!あと一つアサイメント(2000W)仕上げなければならないのに、すっかり夜中の2時半!!あー、もうこれから書かなきゃー。すっかり本業(ママ業じゃなくって、学業ねっ)忘れちゃってたわーっ。全く。これからあせる私。一日で書き上げなきゃーっ!!

Posted by akemi at 00:48 | Comments (0)

2004年01月05日

何事もコンパクトに

杉村太郎さんの「アツイコトバ」も、「ハーバードからの贈り物(Remenber Who You Are)」という本と一緒に読むと、また違った印象を持つ。

いま少しだけ腑に落ちたことがある。それは、私を惑わせた「一流」という概念は、多分に主観的なものであり、絶対的なものではないということ。ハーバードは私にとって、「一流」の最たるものであったが、そこで学ぶ人たちもまた、私と同じ人間なのだという単純なことが、しみじみとわかった。だから安心したのではない。だから私も、私なりの方法でベストをつくせば良いのだと、心の中の迷いを完全に払拭することができた。一年間ドロドロと心情を吐露してきて、(それは私にとっては必要不可欠な過程ではあったのだけれども)、エネルギー向ける方向が違うやろと思い立ち、とりあえず学んだことを忘れないうちに、というテンションで新しいブログ「ERPSノート」を開設した。これからも、プライベートなことはこちらで、ERP関連の硬い話はあちらで書き込もうと思っている。でも、コンパクトにね。

Posted by akemi at 01:06 | Comments (0)