2008年05月08日
覚悟してねっ (モバイルアクセス注意)
円周率について調べていた子供たちが偶然見つけたサイトである。有名なんだろうなとは思ったのだが、私にとっては過去10年間で最も笑えたサイトであるので、ちょっとメモを残しておくのだ。
ちなみに私が最初に読んでしまったネタがこれ。
(注意:パロディです、勿論)
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2008年04月22日
ルービックキューブに見るWeb 2.0的考察
昨年より我が家の男の子たちの間のブームは「ルービックキューブ」である。
そしてうちの長男も次男も、あっという間に全面揃えてしまう。特に長男は3*3では飽き足らず、4*4、5*5なども購入し、気がつくとくるくると回している。彼はカバンの中にこの3つを常に携帯し、バスの中でもMTRの中でも、時には歩きながらくるくる回す。
長男は、ルービックキューブノートなるものを作成しており、全面完成されるまでのタイムを記録している。大会に出るレベルではないにしても、
1分、かからないのである。
うちの子たちってすごい。
がこのエントリの本題、ではない。
では何故、彼らはそんな簡単に全面を揃えることができたのか。私たち(ダンナ含む)が子供の時代には、友人・知人の中でさえ全面揃えられる人などいなかった。みんな1面、2面揃えたくらいで大体分解してしまう。あ、それって私だけか。
その答えは簡単だ。
攻略方法が公開されているのだ。
まずルービックキューブ本体に攻略ノウハウの書かれた小冊子がついてくる。それで大まかな方法論が分かる。
それだけではない。
子供たちはネットで検索して、更なる攻略法(Tips)、およびスピードアップする方法を詳細に検索してはブラウズし、印刷し、時にはYouTube画面の前に釘付けになっていた。そしてその方法論を更に兄弟間で共有する。世界中のノウハウを自宅PCに集積して、日々研鑽にはげむ。
その結果。
私たちの子供の時代には「全面揃えられる」というだけでヒーローで、しかもそれを秒単位で完成させてしまう人というのは、ほんの一握りだったに違いない。
しかし、たとえ子供でもあっても情報(しかもトッププレーヤーの頭脳内にのみあるはずのコア情報までも)を、簡単に手にすることができるのが現代、なのである。
つまり、今現在ルービックキューブを1分以内で全面揃えられる人というのは、世界中に相当数(膨大に)居るのである。
この状態を的確に表現したのが、羽生善治氏である(*1)。
「高速道路を走りきった先での大渋滞」
梅田氏の著者内で紹介された彼の考えとは、簡単に言うと「ネットの登場で、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたが、その先では大渋滞が起きている」というものである。
つまりある一定レベル(プロの一歩手前という相当なレベル)までは圧倒的な速度でもって実力を上げていく環境が整ってしまった、ということなのである。そしてその次の段階に抜け出すには、全く別の要素が必要であり、それについては彼自身最も興味を抱く部分であると言う。
要するに現代では、様々な分野で知識、経験、方法論の詳細に至るまで公開されており、それにアクセスして貪欲に情報を飲み込めば、ある一定レベルに到達するための高速道路は既に整備されつつあるということなのである。これが全ての分野を網羅しているわけではないため、その「敷かれていない分野」にフォーカスしていくというのも、これから生き残っていくためのコツなのかもしれないが、その新規開拓分野であっても、たちどころに高速道路が敷かれてしまう可能性だってある。
つまり、羽生名人が語った様に、高速道路が一気に敷かれても、高い敷居の位置が単にスライドしただけで、依然としてプロに至るためには高い壁が存在し、そこをブレークスルーするには人間の何らかの別の能力が必要となってくるのである。
面白い。
そう言えば、「知識管理」のトレンドは既に「知の創造」へとシフトしていると以前書いたが、高速道路を抜け出た先のステップというのが、「創造」の域かもしれないと考えると、結局は古代から人間の求めるものは全く変わっていなかったのか、と思ったりもしちゃうのである。つまりどんなツールが提供されようと、その度に色々な高速道路が整備されてきたわけで、飛脚、電話、ラジオ、テレビだって、登場した当時はある意味何らかの「道路が敷かれた」と表現できるに違いない。そしてその都度、その先の「創造」へと人々を駆り立てて行った。そしてその「創造力」を発揮できたのは、いつの時代も「一握りの人」なのである。
今年の研究テーマが「右脳」である私は、当然のごとく茂木健一郎さんの本を濫読しているのだが、面白いことに彼の著書の中にも羽生名人が登場する(*2)。著書内で紹介されている彼の言葉はこうだ。「これからの時代、大切なのは『ものごとを記憶すること』ではなく、記憶した知識をどのように使うかだと思うからです。」
要するに、知識偏重の教育では記憶するまでの面倒を見るが、それをどのように使うかというところにまで行っていない。
しかしこの著書内では、この言葉は羽生名人の持つ記憶力(過去の将棋譜・対局情報の蓄積)を賞賛し、その記憶力のベースがあってこその創造であるという文脈で使われている。また、別著書内(*3)では、その記憶した情報を基に引き出される「直感」というものが未だ研究者たちにとっても未踏の分野であると触れられている。
結局、人間の「学び」のゴールに到達するまでには、いくつかのステージがある、ということなのである。
次回のエントリでは、そのステージについての考察と、「競争激化のこの時代に生き残る人材を育成する」というミッションについて考えてみる。
*1) 「ウェブ進化論」 梅田望夫 ちくま新書P.210 「インターネットの普及がもたらした学習の高速道路と大渋滞」
*2) 「脳を活かす勉強法 奇跡の『強化学習』」 茂木健一郎 PHP P.95「大切なのは『ものごとを記憶すること』ではなく、『記憶した知識をどのように使うか』」
*3) 「それでも脳はたくらむ」茂木健一郎 中公新書ラクレ p.24「羽生将棋は失敗学でできている」
Posted by akemi at 15:04 | Comments (0)
2007年12月18日
HAIRSPRAY
今年7回目の日本、でございます。
今年度、機内では、「硫黄島からの手紙」(2回)、「フラガール」「かもめ食堂」など鑑賞してしまいました。みんなそれぞれ良かったわん。そして今回のもめっちゃくっちゃ良かったーっ!!
登場人物がみんなすごくキュート。のっけからハートわしづかみよーっ。主人公のTRACYちゃんがめっちゃ可愛かった。ママ最高、と思っていたら最後にジョン・トラボルタだったとわかり再度びっくり。
これはもう是非是非。
Posted by akemi at 23:15 | Comments (0)
2007年12月09日
涙そうそう
人間、意外と泣きたいときに泣けないもんで。
義父が亡くなった時は、お葬式の時こそ雰囲気で泣けてしまうところがあったが、私もダンナも結局本気で泣けていなかった。特に喪主の妻としてやるべきことが多々あり、肉親を亡くしたダンナ以上にしっかりせねばという気持ちもあり、またまたそんなことよりも残される義母のことを考えねば、という気持ちで一杯だった。
夏になり、義母が一人で生活しやすいようにと1ヶ月かけて改築や、その後の手続きに奔走したときも、唯一肉親ではない私が冷静にテキパキと動いて処理しなければならないことが山積みで、既に余命を宣告されていた実父のことも誰にも言えずに唇を噛み締めながら、義母に尽くした。それについては後悔はない。
学校の欠席が続いた子供たちがガタガタし、今まで考えられなかった問題が噴出し、それでも平気な顔して一日一日息をずっと止めながら乗り越えてきた。人生すべてのマイナス面が同時期に襲い掛かってきたようだった。そんなある日、私は夢をみた。
夢の中で私が泣いていた。
その隣でもう一人の私が優しく話を聞いてあげていた。
私は「ぎゃーぎゃー」でもなく「うーうー」でもなく、そうどちらかと言えば「さめざめ」と言った風に涙をボロボロとこぼしていたのだが、それを後ろ側から見ている格好の自分が、時に泣く側に感情移入し、時には慰める側にいたり、その両方をずっと自分の中でやりとりしている様な感覚であったが、ふと目が覚めたときには、本当にさめざめと泣いて心の中の塊が溶け出た様な感覚に襲われ、それでも本当に泣いた場合はエネルギーも消耗するし、鼻水も出るわ目は真っ赤になるわ、と大変な形相になるはずなのに、夢であったためそういうこともなく、ただただマイナス点が全く見当たらない様に、うまく泣けてすっきりとしてしまった。こんな経験は初めてだった。
実父は私たちの想像したよりも早く亡くなってしまったのだが、実父についてはもう全く泣けずで(笑)、このまま一生泣かないんじゃないだろうか、と思っていた先日のことだった。
ダンナの出張中に一人で寝ていたときのことだった。
私は父が亡くなる前の看病していた数日を夢の中で追体験することとなってしまった。長い長い夢に思えた。父はベッドの上で少しずつ小さくなってきている様で、それでも目だけは私の方を見ていた。そんな数日を過ごしてとうとう亡くなる日がやってきた。実父は最期に一言「お兄ちゃんには、本当にようやってもらったと思っている。」という言葉だけを残して亡くなった。現実には全く泣かなかった私であるが、この時ばかりは夢のなかでわんわん泣いて、わんわんわんわん泣いていて、はっと目が覚めたら目の回りがべちょべちょで、実際にもわんわん泣いてしまっていたのだ。
こんなことも初めてだった。
結局意地っ張りの私を、義父と実父があの手この手で泣かしてくれたのかしらと思ったりすると、ちょっと可笑しかったりもするのだけれど。もう当に乗り越えているはずなんだけど、「泣いていない」というのが自分でも何だかしこりの様に残っていたのは事実。考えまいとしていたのは事実。まるで他人のことのように彼らの人生を思い出したら、それはそれですぐに泣けてしまうだろうに、それをしない自分が弱いのは分かっている。
最近、「鉄のような女性」になりたくて仕方がない。
感情を抜いて、バキバキと全体最適を考えて断行できる鉄の女がいい、と本気で思う。
強いことが即ち優しさだと信じて疑わない。
もっともっと強くなりたい。
Posted by akemi at 01:55 | Comments (0)
2007年11月08日
「けんかをやめて」
PC前で腕組みしながら転寝してしまったときのことであーる。
私は突然背中をガンガンと揺すられて目を覚ましたものの目が開かない。
既に私の身長を超え(キムタクそっくりな)長男が私の肩を揺すりながら囁く。
「ママちゃん、ママちゃん、おい起きろよ。こんなところで寝るなよ。」
それを別PCの前で宿題をしている次男(これまた嵐の大野くん似)が長男につっかかる。
「いいじゃん、寝かせてあげれば。ママちゃん疲れてるんだよ、起こすなよ。」
キムタク似の長男がマジギレで言い返す。
「だからここで寝るなって言ってんじゃん。ベッドでちゃんと寝た方がいいにきまってんじゃん。」
「けんかをやめて、二人を止めて、私のために争わないで、もうこれ以上」(作詞:竹内まりや)
(参考:歌詞の引用に関する考察、歌詞の「引用」について)
Posted by akemi at 09:27 | Comments (0)
2007年11月01日
ささ
いや、香港のディスカウントコスメの話題ではない。
先週のAERAの記事によると、指の組み方(インプット脳)と腕の組み方(アウトプット脳)でその人の脳の使い方パターンみたいなことが分かる、らしい。
私の場合は「ささ(インプットもアウトプットも左脳優位)」で、女性でこのタイプは完璧主義だとか何とか書かれていて、がっくり。
ところが。
本当に腰抜かすほどビックリしたのであるが。
長男は誰が見ても右脳が全く動いてへんのちゃうか、と誰しもが思う典型的な左脳型だと思っていた(読書好き、数学と論理が好き、運動よりも勉強型)のだが、結果は「うう(右脳右脳)」
次男は左脳が全く機能していないんではないかという程の右脳人間と見なされていた(勉強はダメ、言語能力に難あり、芸術とスポーツに才能アリ、チェスとか将棋とかをすると「何故か空いている場所が見える」という妙な理由でかなり強い)が、結果は
私と同じ「ささ」。
長女と三男は性格がそっくりなのだが、こちらは「さう」。
ダンナは「うさ」。
さて、ここで仮説が二つ。
仮説1:こういうモノは血液型占いと同じで何ら統計学的有意差があるとは言えない。
そこから導き出された行動1:結果を考察する価値もないと切り捨てる。
仮説2:この結果は重視するに値する。
行動2:私の今までの子供に対する見方は偏見が混入している可能性が大ということで、「もしやこの子は右脳(左脳)もちゃんと動いていたのかも知れへん」と思ってみる(笑)。
さて、仮説1を採用しても何の得にもならないけど、仮設2を採用すると、良い結果が導き出される可能性がある。ということで今回は仮説2および行動2を採用してみるとするのであーる。
これね、昔心理学の授業でやったのだけど、「このクラスの子達のIQは高い」と刷り込まれた先生のクラスが、「低い」と言われたクラスよりもかなり成績が向上した、ということもある。もちろんこれはウソの情報なのであるが、要するに「そうかも知れへん」と思うだけで、子供の見方が変わり、行動に現れるっちゅうことの好例であろう。
それでねよく観察してみると、ちゃんと動いているみたいなのよ両者ともっ!
面白いね。ちょっと見方を変えるだけで、色々と可能性があるのかも、なんて思えてきちゃう。
ということで、2006年「インド」、2007年「ヒューマン」ときて、来年度は「右脳」を研究テーマとするのである。私の右脳、ちゃんと動くかなーっ?
追記:こんなのもあるでよ。右脳と左脳のどちらが優位か?テストはこちら。これね、面白いよーっ。私は何度やっても「anti-clockwise」にしか見えなかったんだけど、何とか逆方向に向いているのを確認しようと目をパチパチしたら、ある瞬間から本当に「clockwise」になるのだ!なんどもやっているうちに途中から回転が変わったりすると、自分でも噴き出しちゃうほど不思議。脳っておもしろーい。
Posted by akemi at 01:06 | Comments (0)
2007年10月20日
cristal medicine? - the power of stones
とにかく私はショッピングが苦手である。
私が先日行ったこのお店も、香港に二年半以上住んでいて初めて行ったのであーる。
ほとんどの香港在住日本人が一度は行ったことがあるであろう有名なお店(気功パワーの入った水晶を扱っている貿易会社)なので、今更私がご紹介するほどのもんではなかろう。
が。
気功師の方が凄かったでございます。
ちょっと、ちょっといい?などと言われて、彼女は私の腕をしばらく触っていたかと思うと、突然、
「あ、あら、ちょっとあるわね、ちょっと霊感体質。」
と切り出した。
きょえーっ、なんじゃそりゃ?私には霊など何にも見えないわよ。それから彼女は私について色々と語り始めたのであーる。
若干冷え性 (私の人生で、冷え性だと思ったことは一度たりともないぞ)。
完ぺき主義、仕事優先で家庭が二の次になる傾向あり。
首から背中にかけて気が止まっている (といって彼女はその気をせっせと流してくれた)。
何をやるにしても「雑巾を絞り上げたような力を入れる傾向」があり、それはちょっと前の日本によく見られたワーカホリック系の人にありがち。遊べと言われると、力を入れて「遊ばなくっちゃ」という感じになる。(ここで彼女よりリラックスの方法について具体的に伝授して頂く)。
これを機会とばかり、すっかり彼女に色々なことをご相談してしまった。
ただ、上記のことは、もしかすると特別な能力がなくても、外見から受ける印象などから想像できちゃうかもと思うのだけれども、彼女が指摘した次の件については、私自身も自覚していなかったにも関らず、すっごくその通りだと思ってしまったのである。
彼女曰く、「あなたはね、結果が良ければそれで良し、結果オーライ、とはならないのよね。そこに至るプロセスにおいても、自分好みの方法があって、それでなければ満足しない、良いと思えないの。そんなことない?」
正におっしゃる通りで。
今現在進行形なのだが、プロジェクトの進め方が気に入らなくって、どうしたら改善できるのか、どうしたらプラスの方向に持っていくべく説得できるのか、その件で結構イライラしていたのだ。プロセスが美しくなくって我慢ならないのだ。現実を見れば、クライアントの要求とコストと時間を考えれば、妥協点を見つけて結果オーライとせねばならず、それが結局は大人の対応なんだろうなと思う。しかし、それに納得できずに何故だか悔し涙まで出ちゃう。
気を入れて頂いたパワーストーンのプレスレット、招き猫、そしてネックレスを購入。もうわくわくが止まらなくって早速身にじゃらじゃらつけて1日過ごしてみたのだが、もう大変でありました。
思わず、googleで「水晶 副作用」なんて検索かけてみたわよっ。
ダンナに絶対やめてくれと言われつつ、「女性の出世」「事業に成功」「聡明」系のパワーストーンをつけていたのだけれど、本人のワクワク感に反して、身体が異常反応。イライラが募り、眠くなるわ、自己暗示にかけられたのか、何故だか足がすっごく冷えてきて(生まれて初めて冷え性を自覚?)立っていられなくなったのだ。水晶はとにかく自然のものであり、何も悪くはないだろうと何度も思い直したのだが、あまりにも辛いので外してしまった。で、その代わりに「愛情」「情緒安定」系のものに変えたら、症状がなくなったのである。
不思議すぎる。
なんか最初のやつには、他の人の変な気でも入ってたんとちゃうか?と思うほどダメであった。
自己分析なのだけど、常に根性系の私に更に根性を強いるようなもんは必要なくって、要するにリラックスせーよ、ということであったのであろう。
ただ大きな進展だったのは、私の仕事のやり方も考え方も生き方も、一所懸命がんばっているのだから良いのだと思ってきたのだけれど、客観的に見たらかなり異常なのではないか、と気づいたことであろう。要するに「異常」というのは「治す必要アリ」の域であり、いまここで気づかなければ膨大な時間を無駄にするのかもしれない、そういうところに私はいる、ということなのだ。
あらゆる場面で私に必要なのはリラックスなのだというメッセージを得ているのは、きっと本当に私にとって必要なことがそこに隠されているんだろうな、なんて思っちゃう。
これから嵐のPVでも見ます。和みそーっ(笑)。
Posted by akemi at 01:32 | Comments (0)
2007年10月09日
He wanted to die a Natural Death and made it.
実は、私、出世したかったんだ、パパさんよりもね。
そう言うと父は「こいつおもろいこと言い出すやんか」と言いたげにニヤッと笑った。
私はやりかけの仕事を持ち込み、暗い病室の中でPCのキーボードをカチカチと叩いていた。慢性寝不足の私は深夜3時半に仕事を納めてから、床にスノーピークの寝袋を敷いて横になった。爆睡中の私の腕を父が叩いた。ハッと飛び起きた私に父は「おい、水とってくれ。冷たい水。悪いな」と言った。
私はこんな状況でも爆睡できる自分の軽さが恨めしかったが、そんな私を見て父は笑った。「お兄ちゃん(私の兄)はワシが寝返りをうっただけでも目を覚ますから悪いなと思うて。お前は気遣わんでええからエエワ」などと言った。
私は慌てて冷蔵庫から冷たい水を取り出し父の口に運んだ。
その日が近いことは、家族だけではなく本人も知っていた。会いたい親戚全員を病院に呼び、話したいことを全て話し、託したいことをきちんと託していた。その時の父は絶好調で口も滑らかであり、もしや危ないのではないかと心配した親戚全員を思いっきり安堵させたほどだ。
私も父とこんなに長いこと話したことないな、というほど語り合った夜を4晩過ごした。今まで聞いたことのなかった昔の話をしてくれた。彼の亡くなった父親のこと、継父のこと、悲しい淋しい子供時代のこと、仕事をしていたこと、妻であった母のこと、そして自分の人生は色々あったけど、まぁいい人生なんじゃないかと思う。感謝している、こんなありがたいことはないと言った。子供たちが折ってくれた千羽鶴に手をやっては、「力になってます。ホンマに有難いと思うてます」などと涙を流すこともあった。
日本へ向けて発つ前にダンナが私に言った。「言うべきことを伝えるだけだよ。後悔のないようにな。貴方の娘で良かった、幸せだったって言えよ。」彼は彼自身の父親を6月に亡くしていて、それに付き添っていた私も同じ口惜しさを感じていた。突然に倒れて、心臓外科手術を受けて、一度も目を覚ますこともなく一ヶ月後に亡くなってしまった彼の父親のことを思えば、今の自分がどれほど幸せなところにいるのかは容易に想像できた。
そして私はそれ以上のことさえも色々と話せた。もう父に対して、これ以上素直に話せることもない、というほど色々なことを話した。
末期の癌ではあったが西洋医学を否定してはいなかったので、放射線治療、抗がん剤投与なども行っていたが、延命治療は自ら拒否していた。そして彼はそれを成就した。
言いたいことが言えて、聞きたかったことが聞けて、彼がどうして欲しいかについて事前に聞けた。病院の先生、看護士さん、そして母と兄と私で最期を看取ったのだが、涙は無かった。むしろ彼の希望を最期まで叶えるべくチーム一丸となって取り組んできたことが成就できた安堵感みたいなものさえあった。
父の顔は、生前は難波のオッサン最後の珍種みたいな豪快なオヤジだったのだが、誰よりも崇高な表情を湛えているように見えて、娘バカながら「うちの父ってもしや人徳があったんちゃうか。あの世でええセンいけそやな」と思ってしまうほどであった。
父の望むお葬式は、喪主である兄がしっかりと取り仕切り見事だった。父がおどけたポーズで「オッケー」を出しているのが見えるようだった。
叔母の時(I wanna die a Natural Death.)にできなかったことが、やっとできたと思えた。そう思うと、あの悲しい悲しい経験も私には必要だったのかも知れないと思える。
追記:
今年はこの本にとても助けられました。感謝します。
「エンディングノート」があれば、遺された家族の気持ちはずっと軽くなる、私はそう思います。その通りにすれば、故人はきっと納得してくれる、そう信じられるからです。
「天国への手紙」江原啓之著
Posted by akemi at 15:23 | Comments (0)
2007年08月09日
Anything can cook – ratatouille
Pixer社の最新作である。
相変わらずの完璧というべき美しい映像と魅力的なキャラクター達。泣き所も笑い所も満載である。
劇場を後にして見つけたポスターのタイトルを見て、そう、後になってからタイトルの凄さに気づく、そういう映画である。
レストラン、それも超高級レストランにて最も忌み嫌われるネズミくんを、ほんっとに魅力的に描いていて、しかもそのネズミちゃんの特性を生かした人(鼠?)海戦術的場面が登場する時には、もうゾッとするやら爆笑するやら微笑ましくってワクワクして涙するやらで、観ている私は大忙しであった。
主人公のRemyと、彼のDadとの関係も、何やらとぼけたような面白さと暖かさがあって、子供を信じてリスペクトしつつも、親バカで頼っちゃうような情けない父親の姿が、暑苦しくなくっていい味を出している。
「Anyone can cook」という言葉が、ストーリーの随所でエッセンスのように使われるのだが、これが私はこのストーリーの根幹を成すものなのだとずっと思ってきて、その通りストーリーは展開していくのだが(ここまでは、映画「ピンポン」と同じような主題が流れているのだと思っていたのだが)、最後の最後に、EgoがしたためたReviewで、もう一つの大きな創り手のメッセージが隠されていた。
この最後の最後に隠されていたメッセージは、ネタバレになっちゃうのでここでは書けないのだけれど、私も個人的に常々感じていて声を大にして言いたいことなのであった。やはり人の心を動かす側の人でありたい、そしてそういう人達(それは常に有名な人達だけではなく、多くは日々の生活を一所懸命に送る市井の人達なのであるが)に対するリスペクトを忘れない、その中で暖かく感動的な毎日があるのだなと改めて思ったのであーる。
ということで。
Anyone…
おっと
In this case, anything can cookということで。
Posted by akemi at 00:21 | Comments (0)
2007年03月28日
Should be all right
最終アサイメント。グループプロジェクトの内容は3ヶ月前には発表されていた。
それから、毎週の様に週末のミーティング。
香港の人たちは当然のことながら全員ビジネスに忙しい。フリーランスでヘルパーなしの4人の子持ちの私も勿論忙しい。
だからレポートのやり取りは深夜12時を過ぎてから、ということも珍しくない。
そしてそれが朝まで続くこともある。
ミーティングの時間はいつも土曜日午前中にスタート。そしてレポートの編集作業はその直前の30分前まで続く。自宅を出る直前、最新版のレポートを印刷してミーティングに臨むも、現場ではその後更にアップデートされていたファイルがキレイに印刷して並べられていたりする。
ミーティングは常に白熱し、時には目に涙を浮かべんばかりの議論になったこともある。5時間ノンストップ、昼食も食べず、水一滴も飲まず、トイレにも行かず、いやそんな雰囲気ではなく、ただただ気づけば時間が経っていた、そんなミーティングを重ねた。私以外ほぼ全員がManager、Executiveなどの肩書きを持ち、MBAを始めマスター所持は当たり前、マスター2つ以上もゴロゴロ居るという環境。全く違う業界の5人チームで、全員でのコンセンサスを得られないとレポートは進まない。このコンセンサスを得るのに相当のエネルギーを要した。
コンセンサスが得られると、今度は恐ろしいスピードで作業が進む。自分の担当部分は当然、それ以外の部分も自分が書けそうなところにドンドンと自主的に追加が加えられる。そのスピード感と質の高さに深夜一人PC前で唖然とした。ハイレベルなレポートを私一人のためにレベルダウンしてはいけない、でも一朝一夕にすごいものが出てくるわけではない。彼らのレベルと自分のレベルの差。自分自身への嫌悪感に吐気を催し、涙さえも出ない。
そして異常事態発生。
2ヶ月半かかって作り上げたレポート、ほぼ9割出来上がっていたレポートのほとんどを提出1週間前に反故にするという決断を全員で下す。このままではハイマークが取れない、全員がそう思ったからだ。この最後の1週間、私たちメンバー5人はほとんど寝ていない。日中は仕事で忙しい。帰宅後にレポートが集まり始める。信じられないスピードでレポートが完成した。当日には1グループ当たり30分間のプレゼンテーションもこなさねばならない。パワーポイントのファイルを作成し、本番に臨む。
全員が疲労困憊の状態で当日を迎え、無事にプレゼンテーションも終了した。
他チームのプレゼンもすごかった。最終的にコースの成績優秀者の一位(経営コンサルタント氏)と二位(ITマネジャー氏)を抱えるチームは、香港で有名なディスカウントコスメ会社の中国進出に伴う知識管理についてだったのだが(実はこの会社、一度中国進出を試みたが撤退した経緯がある。このチームにはここの社員が居る)、そのプレゼンテーションがものすごいハイレベルなもので、脳味噌叩き割られたような衝撃を受けた。しかも、彼らのインテリジェンスを持ってすれば、この程度のプレゼンなんて簡単さ、と言わんばかりの余裕が感じられたのだが、聞けば事前に2回も通しでプレゼンテーションのリハーサルを行ったというのを聞き、これまた愕然。
結果的には、我がチームとそのチームは同点で(40点満点中35点)、プレゼンテーションは彼らがハイマークであったが、我がチームはレポートのフォーマットがアカデミックであったということで得点を稼いだ。もう1チームは、プレゼン時間が10分超過で激しくポイントを失ってしまった。教授曰く、経営陣へのプレゼンで10分超過というのは、それだけで選択肢から外される理由になる、とのことであった。
私たちの戦いは、やっと終わった。
それから1週間。最後の授業に集まったクラスメートの顔から悲壮感が消えていた。15名全員無事修了。
帰りのミニバスに揺られながら、いつも聞く音楽さえ違ったものに聞こえた。何も知らない他人に「大丈夫だよ」と言われても、その言葉はきっと届かない。
でもね。
自分で何かを獲得したり、高いと思っていた山に登れたり、途中苦しくて投げ出したい衝動にかられながらも踏ん張ったり。その結果見える景色は以前と違う。明るく元気に「夢はでっかくこう描く」という声を聴きながら、でもそれはきっと若い子達に捧げる言葉なのだろうと思っていた。
ああ、分った。そうだったんだ。
「きっと大丈夫」という言葉は軽くない。自分の中に根拠が生まれた今、その言葉は軽くない。根拠もなく自分なんて信じられない。でも乗り越えた経験は、充分その根拠になる。
信じられる根拠に。
力を出し切って初めて力の抜き方を知る。限界を超えて八分目を知る。
音楽さえ違って聴こえる。
「きっと大丈夫」嵐
Posted by akemi at 02:08 | Comments (0)
2007年03月05日
意識が高いと言うべきか
商魂…あ、いやいや、とにかく。
今日のAir BE-PALの話題は「百花繚乱、日本のエコバック!」でございます。
東武百貨店の「ロゴは内側」バック、それそれ、そうなのよん。ロゴ禁止令発令希望中の私としては、これは画期的アイデア!一気にTOBU格上げっ。
それにしても、みなさん、あんな小さなエコバックで入るの?それとも、やはり3枚くらい持参するのかしらん。
Posted by akemi at 02:51 | Comments (0)
2007年02月21日
The Wisdom of Crowds
私は今でもずっと彼のメールマガジンを購読し続けている。実は一時ものすごく面白いと思ってバックナンバーまで一気に読んだこともあったが、最近はほとんど読んでいなかった。タイトルを見た瞬間に内容に想像はついたが、私は、彼の個々の主張に反論する術を持たない。
ちょっと違う話をする。
最近、中国漢方についてとても興味があって本など読んでいるのだが、中医学と西洋医学というのは、本当に物の見方や考え方が違う。と同時に知識管理なんかの勉強もしている私は、西洋的な物の見方(所謂サイエンス)、中医学的な物の見方、そして日本的な物の見方の間でウロウロしていて、ここ2ヶ月位は本当に頭が爆発しそうなほど苦しんでいた。
私は大学の学士論文で多変量解析(因子分析)なるものをテーマに研究を行っていたため、「原因と結果」を分析し、その上その原因に含まれる因子までも明確にしてみたい衝動にかられるのが常であった。ロジカルシンキングやMECEといわれる「ダブりのない構成要素」というような物の考え方が大好きで、こういうモノが実現されてこその美しいビジネス、をずっと志向してきた。
当時のゼミの教授の口癖は「存在するものは測定できる」というもので、心の中のものであっても、存在する限りは測定することができると彼は主張した。それはその方法論を確立した絶対の自信と、また人間の英知がそれを可能にするはずだという期待もあっただろう。そんな教授の思考プロセスに心酔しきって、物事の因子を徹底的に探ることで、そこから解決の糸口を見つける、そういうスタイルで今まで来てしまった。そしてそれは私だけではなく、典型的な西洋的な物の見方と言えるだろう。原因があって結果があるのだから、問題解決のためには原因を探ることが一番の近道である、そういう考え方が今では一般的になっている、と思う。
ある時点から、個人の内面の問題を過去のトラウマと結びつけて語る論調を多く目にするようになった。もちろん、そういう方法論もあり、それで問題が解決するなら万々歳である。でもそれが万能ではないような、そう、西洋医学やサイエンスが万能ではないのではないか、ということを、最近リアリティをもって感じるようになってきた。何を今更、なのかもしれないが、私にとってはかなり劇的な心境の変化なのである。
そう考えるようになったきっかけは、二つある。あの河合隼雄さんの著書の中に出てくるエピソードと、うちの子供に起こったあるエピソードである。
河合隼雄さんは、臨床心理の現場で箱庭療法を取り入れていらっしゃるのだが、その患者さんが治癒していく過程で、例えばこういう事例が結構あるのだそうだ。普通のカウンセリングであると、子供時代のトラウマと向き合い、それを解決していくことが目的みたいになっているが、彼の場合は、その患者さんとほとんど、その本質的な部分(いわゆるトラウマみたいなもの)にまったく触れることなく、何となく来る日も来る日も箱庭を作っていく間に治癒してしまう人がいるらしい。で彼はそういう患者さんのことを、それでええんやないか、というわけなのだ。何もあなたがそうなった原因はこうです、という犯人探しをしないで治癒するのであれば、それでいいやないかと。それを最初読んだ時には、まだまだ心理測定法ゼミの思考でいた私は、「それってプロの仕事なのか」と若気の至りで思ったが、最近になってその凄さというものをヒシヒシと感じるのだ。で、この一見関係のない、箱庭、取るに足らない会話、そして人間心理の間で、サイエンスでは解明できないけれども、何らかのポジティブな相互作用があって、結果的に治癒していった。そうやって目に見えない経験の積み重ねでもって、サイエンスの域を超えたところで、また方法論が確立していっている。このプロセスというのは中医学的なものと少し似ているかもしれない。
私自身にも似たエピソードがある。
長男に食物アレルギーがあると分かって、来る日も来る日も彼が食べられるモノを作り続けていたある日、私は不思議なことに気づいた。長男は昔から口数が少なく、自分のことを話すことなどあまりなかったのだが、その彼が何やら私のところに意味もなくやってきては世間話をするようになったのだ。学校でこんなことがあったとか、今まで考えられないような普通の会話を私にしてくるようになったのだ。多分その原因を探れば、きっと彼のために私が時間を割いていることを知り、親の愛情を知り、安堵し、自信を持つようになった、ということかも知れない。でもそんなことはどうでもいいのだ。そんなこと探らなくっていいのだ。
地球温暖化の話に戻る。
ゴア氏の主張も、田中宇氏の主張も、サイエンスの世界で起こっていることである。その世界の中での細かな数字や基盤にしている理論によって、結論に差が出るのは当然である。地球温暖化に絡む全ての因子を明確にし、それの結果を正確に予想することが出来ないのであれば、人間の勘(これも「知」なのであるが)に基づいてみていいんじゃないか、それぞれの人間が良かれと思う方向にどんどん動いていったらいいんじゃないか、そういう気がするのだ。
結構無責任に聞こえるかもしれないが。
梅田望夫さんの言う「群集知(個々の人間の判断はそれぞれ異なるのだが、集合体全体の出す結論というのは、案外正しいのではないか)」や、宋文洲さんのブログで紹介されている「一見合理性に欠ける個々の投資家の投資行為によって形成された相場は不思議に合理性に富む」という主張など、非常に興味深いのであるが、要するに結論としては、地球温暖化の問題には因果関係が立証されていないものも多々あるが、世界規模でその温暖化を食い止めようというムーブメントが起きている、(だからその結論は)その群集知に任せていていいんじゃないか、というのが私の主張である。
サイエンスの世界は全てを解明してくれるわけではない、だからそれのどの部分が正しくて、その部分が間違っているというという論争が起きている間にも、群集はある方向へと向かう。勿論歴史を見ても、群衆知が常に正しいわけではない。でも何が正しくて何が間違いなのかというのも、自分の立つ位置によって違う。
だから。
一見無知でナイーブな反応に見えるものでも、結果的には正しい選択であることもある。小難しいことを考えなくてもいい。難しい理論なんて知らない。でもハートで感じて堂々とアクションを起こせばいい、私はそう思うのである。
私は長年「無知は罪」と思ってきたのだけど、何もかも知ることなんて不可能。だから「無知の知」の大切さに気づいた哲学者は偉大。
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2007年02月13日
The hardest thing for me
生年月日で占う「前世占い」。
かなり軽めのタッチのサイトであったが。
その中に「今世 為すべきテーマ」というのがあって、それを見てみたら、
リラックス
だった。
無理だーっ!!
それだけは無理だーっ!!
努力が足らないとか、寝る間も惜しんで働けとか、そういう分かりやすい頑張り目標であれば実現できそうなものを。
リラックス
不可能だ。
そうそう、つい先日、江原さん関連のサイトをボーっと見ていたら、電球が切れたり、電気機器が壊れたりする時って、「忙しいオーラ」を出しているときだとか。
我が家、すっごく電球切れますです。
しょっちゅう電気機器壊れます。私がスイッチを入れるとバチっと壊れます。
そして、忙しいオーラを出して、またまたブチっと壊す。
あー確かに。
忙しい時に限って壊れるんだよなーっ、とか思ってたけど。忙しがっているから壊れたのかも、って思うと、結構可笑しい。
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2007年02月10日
人間の魅力
我がアパートのお向かいにはホテルがある。
そのホテルの前にバス停がある。
バス停に行くため対岸へと渡っていた私の目に、一人の女性の姿が映った。
背は低いのだけど、とても魅力的な女性で、私はひと目見て「わー素敵なヒト」と思いつつ、彼女から少し離れたところに立ってバスを待った。いつもの様にMP3プレーヤーをカバンから取り出して曲を選んでいた。
彼女の後ろ姿をちらりと見つつ、視線は彼女の足元へと行った。綿の靴下にサンダルという姿に瞬間的に香港の人ではないのかも、と感じ取った。
その彼女が突然クルリと振り返って私を直視した。
その顔はどんどんと私に近づき、明らかに私の方に向かっている。
彼女の視線はずっと私の目を見続けて、私と彼女は一瞬目と目を見合わせていたのだけれど、その素敵な女性が私に何を言いに来たのかと、少し身構えてしまった。
彼女は言った。
「あの、コーズウェイベイに行きたいんですけど」
そこで彼女は一息おいて、また私の目を覗き込みながら言った。
「いくら、かかりますか?」
私はその意外な質問に、心の中で一人カクンとボケつつ、
「そうねー、コーズウェイベイに行くバスはねー」
などとバスの路線図を見ながら価格を確認した。
そのバス停はホテル前にあり、○○に行くには何番バスに乗ればよいのか、という質問をしょっちゅう受ける。だから、何番バスに乗るのか?という質問に対しては用意があったのだが、常にオクトパスカードをかざすだけで料金にはあまり関心のなかった私に、いくらと聞かれてもねぇ。
あわてて確認している間に、コーズウェイベイ経由のバスがやってきた。私は金鐘で下りるのだけど一緒に乗ろうということで、とりあえず彼女をエスコートしつつ乗り込む。
私はさっきの彼女の質問に答えなきゃと思い、料金を確認して彼女に告げた。
彼女は手に5ドル二枚と50セント1枚を握り締めていた。
6ドル50セントだから、あー、ここおつりでないからどうしよう。
そう言うと彼女は、5ドル崩れませんか?と聞いてきたので、私は自分のお財布をゴソゴソ見てみると2ドル1枚と1ドル1枚しかなかったのだ。
私は彼女に、これ使って下さい、と言って1ドルを渡して支払いを終えた。
しばらくその彼女と話をしてみた。
彼女は東南アジアの某国で某グローバルバンクに勤めているらしい。今回は香港でトレーニングがあるということで来ているらしい。彼女は私に続けざまに質問してきた。帰りも同じバスに乗ったら同じ場所に帰れるのか、と。
うーん。同じ場所には戻ってこない。SOHO近くに戻って来る(といっても彼女はSOHOを知らない様だった)、でもそこから歩かなきゃいけないしね。
どうしたら帰りのバスの道順を狭いバスの中で教えてあげられるのか、私は少し困ってしまった。でも彼女は某グローバルバンク勤務のキャリアウーマン。私は「あっ」と思った。
コーズウェイベイからあのホテルまでだったら、タクシー乗った方が早くて確実よ。英語通じるから大丈夫よ。
そう元気一杯答えた私に、彼女は少し恥ずかしそうに答えた。
「あの、今日は仕事は休みで、コーズウェイベイにショッピングに行く予定なんです。だから、できればバスの方が」
そっかー。オッケーそれなら、帰りにバス停で他の人に聞いてみた方が良いかも。私もう降りなきゃいけないし。
バスはすでに金鐘に近づいていた。彼女はあわてて私に最後の質問を投げかけた。
「あ、あの。コーズウェイベイに着いたっていうのは、どうしたらわかるのかしら?」
私は色々と説明を試みたが既にバスが停まり、私は急いで下りなければならなかった。叫ぶように彼女に行った。
「とにかく、沢山人が降りるところ。パスのほとんどの人が降りるところで降りて!とにかくバイ!」
彼女は私が降りる間際まで全身で「本当にありがとうございました」という気持ちを表現してくれた。
MTRの中でも彼女のことが気になって、ちょっと名前でも聞いておけば良かった、すっごく素敵な瞳をした人だったな、ここ香港では見たことがない雰囲気を持っていたな、などと思いめぐらせた。ああ、彼女の国に行けば、あんな素敵な人たちが沢山いるのかも。
大学の授業が終わって自宅に戻り、一人ネットで彼女の国の平均月収を調べて絶句してしまった。彼女は外資系企業に勤めるバンカーであるため、平均よりは遥かに高い賃金をもらっているだろうが、それでも、やはり香港と同じレベルであるはずもないだろう。タクシーなんて会社払いでなければ乗ろうとも思わないだろう。バスの料金が気になるのも当然だ。
想像力の欠如。というか、何という先入観。香港のバス料金が激安だと思えるのは、一部先進国出身の人間だけだ。なんで私はあの時笑ってしまったのだろう。
お金の量で人間生活の便利さは計れるかもしれないが、徳の高低など計れない。
それに彼女は例えようもなく美しく輝いていた。
彼女の美しさが、私の外見だけでなく内面までもの醜さを浮き上がらせた様であった。
私は魂をどこかに売り渡してしまったのか。
もう私は、あの彼女の様な瞳を持つことはできないのか。
Posted by akemi at 22:58 | Comments (0)
2007年02月05日
an inconvenient truth
香港HMVで「今週のDVD]として紹介されている。
これを購入する人達は、この映画の言わんとしているところは勿論分かっているだろうから、このDVDを手にとってみて、「あ、ああそうか」と思わず口走ってしまう。
パッケージに、ポリシーが。
多分。
「FAHRENHEIT 911」を見た人達も、きっと同じことを思ったに違いない。
何故あの時、ゴア氏ではなくB氏が選出されてしまったのか。
米国民ではない人達にとっては、だからアメリカ人の考えていることはワカラン、と思った人も沢山居ただろう。
でも反対に、元政治家という人が、現在この様な活動を行っているということの方が、驚くべきことなのかも知れない。それを思うと、やはりアメリカという国の持つ懐の大きさみたいなものも感じてしまう。
内容については、かなりショッキングでぐっとくる表現も多々あり(時々泣けちゃう)、しかもインテリ層に対するインパクトは相当なもの。あえて感情に流されることのない様に、科学的なデータを元に効果的なプレゼンテーションが続くのは、聴視者が地に足をつけて冷静な判断でもってアクションを起こせる様にとの配慮であろう。目的はパニックを起こすことではない。静かだが絶対的な危機感を持たせること。冷静に判断をし、アクションを間違わなければ回避できるのだという希望を持たせること。利潤追求の原理から言って、サービスの受取手が判断の鍵を握っていることをアピールし、「企業の責任」ではなく、個々人の利益優先の結果であったという事を暗に示し、個人の問題としてとらえることが最優先だというメッセージを送ること、であろう。
米国内のサーバーを利用している私としては、昨年度は何度となくハリケーンの間接的被害に遭ってしまった。今年のダボス会議でのアメリカの突然の地球温暖化対策へのコミットメントは、これらのハリケーンの被害が相当だったことをうかがわせるものだ。いや、この映画のインパクトが世論を動かしたのかも。
ちなみに長女は、昨年学校の課外学習で映画館で見たらしい。
今年。
香港の夏の室温が変わることを期待、というか推進するにはどうすれば良いのだ!
追記:著書「不都合な真実」の訳者の枝廣 淳子女史もすごく興味深い方です。
Posted by akemi at 00:49 | Comments (0)
2007年01月31日
香港エコバックプロジェクト2
自称エコバック研究委員会企画部のあけんです(広報部に続き新設)。
香港におけるエコバックもかなり定着してきた感アリでございますが。
ここで大胆に提案させて頂きたいことがあります。
提案。
「エコバックへの店舗名掲載禁止令」
でございます。
オーストラリア発コールズバックの利点は、実は「誰が見ても香港内の競合企業名ではない」というのが分かるので(香港にコールズはない)、どんなスーパーでも百貨店でも持ち込むのにタメライがない。
しかし。
大量に購入する時のために追加のエコバックを買ったのだが、P用、W用と実は行く先に応じて持ち込むエコバックを使い分けていたのだ。もちろん、そんなの気にする必要はないのだけれど、私がPスーパーのレジのお姉さんだったら、Wスーパーのエコバックに商品を詰めるのって、何だか複雑な気持ちになっちゃうのではないかと思ったりするのだ。
日系Cスーパーにも時々行くようになって、そこで目が釘付けになったのが、巨大エコバック。即座にそのCスーパーで一番大きなエコバックを購入したのだが、これがまた収納力抜群で肩掛けできるほどヒモが長く、とっても重宝。しかし、それを持ってS百貨店に行くと、どうしてもCスーパーのロゴの小さい方を外に向けて、しかも出来るだけ見えなくなるように布を折り返したりして、ちょっとごめんなさいモードに入ってしまうのだ。
オーガニック系のTスーパーのエコバックは、形状こそコールズバックに似ているけれど、やっぱりロゴ入っているし。
よって。
デザインなどは各社競い合って良いので、ロゴだけは入れてはいけないのである。
ほぼ日バッグならぬ、香港流ブランド不要の汎用エコバック。
実はロゴなしのエコバックもいくつか存在しているのだけど、どうもデザイン(形状)がイマイチで買う気になれない。
ちなみに。
量が多くない時は、風呂敷が一番でございます。折り畳むと小さくなるし、寒い時にはかぶってもいいし(勇気いるけど)、いざとなればタオルにも膝掛けにもレジャーシートにもなります。ということで間違ってもチリメンの風呂敷ではいけません。綿の丈夫なものが必需品!
Posted by akemi at 23:52 | Comments (0)
2007年01月29日
香港では効果ないかも、でも
北風と太陽なら、太陽の方が絶対イイ。
Posted by akemi at 12:04 | Comments (0)
2007年01月23日
CHAOS
かなり前、モンテッソーリ幼稚園の園長先生にインタビューをしたことがあった。
その時に彼女が力を込めて言った言葉を時々思い出すことがある。
「その昔、情報なんかがこれほど溢れていない時代の方が、もっと人間というものへの深い洞察、理解があったのではないかと思う」
最近、同じことを考えているのである。
知識管理で暗黙知を形式知化しようと思った際、詳細すぎる記述はかえってよくないという話があった。要するに、その知識を普遍化し汎用化するためには、ある限定された状況下でしか使えないような克明過ぎる表現では、人々は判断を誤ることがある。というのは状況が許さないことがあるからだ。つまり、状況に応じてその知識を応用するためには、そのポイント(理由や本質部分)を説明するにとどめ、それを各人の状況に応じて適用できるようにすべき、なのである。
しかし。
今、現代において問題になっているのは、そういったポイントのみの説明では適用できない、応用できない人たちが量産されていることなのだ。
人間はどこから間違ってしまったのかが、よくわからない。
思考のサイクルが超高速回転となり、
情報はよどみなく流れ、蓄積され、知への渇望は薄れる。
でも、人間は本当に賢くなったのか。
人間の未来が輝かしい、と思えない時がある。
Posted by akemi at 01:52 | Comments (0)
2007年01月05日
The theme - 2007
昨年の私のテーマは、
インド
であった(詳細省く)。
ということで、今年のテーマは「ヒューマン」。人間、とくにその「知」の部分を深く掘り下げるべく、ありとあらゆる手段と機会を使って核心に迫ろうと思っておるのであーる。ということで、今年のかきぞめ。
メラメラと燃えてきたわん。
Posted by akemi at 15:25 | Comments (0)
2007年01月02日
べっぴんさんが多かったな、日本
1年ぶりの一時帰国より香港に戻って来たぞ。
ということで今現在新巻鮭2尾を下ろしたところであーる(主婦湿疹の傷に塩が滲みて稲葉の白兎状態。ぎょえーっ!!)明日は粕汁の予定。
たまたま購入した「危ない食品たべてませんか」という書籍を飛行機の中で読みつつ帰って来たのだけど結構役立ちそう(でも正直な感想は「購入しなくても良いかも」。理由は後述)。高級食材を買うことだけが安全な食生活を保つ唯一無二の方法ではないということが分かり少々安心。これでエンゲル係数も多少は下がるといいなーっ。
買わなくて良いというのは、安全性を確保する(添加物や農薬のダメージから身を守る)ための方法論がパターン化されており、それを理解しておけば応用が効くので、わざわざこの一冊を手元に置く必要はないと思う。読み返すことも必要ないかも。実は「買ってはいけない」式の本を私は一度も読んだことがないのだけれど、多分それよりは実用的で良いのではないかとは思う。
で、このパターンであるが、
農薬を落とす
水洗い(表面に傷をつけたり、切ってからの方が有効)、水につける
皮を剥く、外皮や外葉は食べない
ゆでこぼし
添加物や化学汚染物質を落とす
加工品であっても、肉類、魚類であっても、最初に湯通しする(例えばハムなどもスライスしてから数秒湯通しで、添加物が湯に溶け出す)。汚染物質がたまりやすい部位や脂肪を避けるなど。
解毒作用のある食品を用いる(具体的食品名あり)
危険性の高い添加物が使われている食品をなるべく買わない(具体的な添加物名あり)
ということに尽きる。つまり農薬まみれでも、化学物質に汚染された食材であっても、工夫次第でその危険性を最小限にすることができるということで、これは私にとっては嬉しい発見。
今日から既に日常の忙殺モードが開始。年明け早々飛ばしていくぜっ。
Posted by akemi at 23:32 | Comments (0)
2006年12月22日
ニッポン、チャ、チャ、チャ
確か昨年末の一時帰国では、佐伯チヅさんの本に感銘を受けた記憶が。
今回は実家の母が購入したDVDを見て絶句。そう、田中宥久子さんの「造顔マッサージ」を見てしまい、実験の結果、効果アリを実感。みんなにお勧めしちゃいたいのであります。かなりの圧力をかけつつすべてのマッサージを首元にあるリンパに流すという動きをするのですが、今までの常識を覆すっ、という表現がぴったりかも。結構力を入れつつやるのです。
ところで今回の一時帰国での日本の感想は。
中国人の知人によると「Too much」と表現されていた日本のサービスだが、確かに「やりすぎ」の感はある。それでもやはりすごい。ありとあらゆる場面でサービス業に従事している人たちの意識の高さには、やはり感心させられてしまった。それは勿論教育の賜物。
またまた驚いたのは、創業以来じぇったい味変わってへんやろーっ、とつっこみたくなる愛すべき「阪神のイカ焼き」だが、ここにも進化が!以前は常に長蛇の列だったのが、「イカ焼き10枚」と言った瞬間に「はい、10枚ねっ」と商品が目の前にドンと置かれたこと。このスピード、人間業とは思えないっ。私の脳の中を誰か読んでいた?とつっこみたくなるほど。
おまけに。
日本の商品開発力には脱帽。
同じ目的を果たす商品にも各社から複数の商品が出ている。顧客側から見ると、どうやって選べば良いのか迷ってしまうのが逆に悩ましいところだが、朝から晩までこの商品開発のために心血を注いで来たのだな、と思わず研究室に思いをはせてしまうほどにすごい。それがあらゆる分野で起こっている。
書店で気づいたことは。
スピリチュアルコーナーにかなりのスペースが!これはもうトレンドとしてはしばらく続きそう。
語学のコーナーで立ち読みしてたら、私の後ろで若手サラリーマン二人が留学準備コーナーで立ち話。「杉村太郎ってどこや」
私が思いっきり反応してブンっと後ろを振り返ったら、タロちゃんの「王道」本がそこに。そこや、そこにあるやろ、君たち、その本買ったほうがええよ、英語の勉強したいんだったら。
「俺、同時に二人の人に進められてん」とそのうちの一人が言った。
うんうん。私その本のおかげで大学院行けてん、っと言おうかと思いつつも、昨今の日本の状況を考えると他人から突然話しかけることなど気色悪がられるだろうと思い黙っていた。そして彼らは結局、その本を買わずに出て行ってしまった。
言うべきだったかも。ヘンなオバサンと思われても良かったのに。
そう。神様って人間にとってその時にとても大事な台詞を突然通りすがりの人に言わせることがある。私は何度もそういう機会にあっては、「神様、焦ったな」と思いつつも、その言葉を有難いと思う。彼らにとって、私がその通りすがりの人だったのかも、と思うと、今日すべきことの一つを遣り残したみたいで、少し惜しい気持ち。
スピリチュアル系で江原さんの本も読んでみた。スピリチュアルワーキングブック(文庫)というやつ。特に「適職」「天職」のあたりに感銘を受けた。そこで私はかなり腑に落ちたことがあったのだが、私の苦しみの多くは、仕事に天職を求めていたこと。何をやっても違うという感覚があったのだが、適職で生活の糧を得て、天職はまた別の部分に求めても良いということ。
長女は、日本の和製カタカナ英語にのけぞりつつ反応。確かに久しぶりに見ると結構衝撃的。大阪市営地下鉄の中の広告「メイアイヘルプユー?」
日本語って重い。
「大声失敗談」要するに電車内では他者の迷惑になるので、大声での会話はやめましょう、というエチケット広告なのだけど、ありとあらゆる場面でチェックが入る日本らしいと言うべきか。
まだまだ色々とありそうで楽しみ。
Posted by akemi at 22:41 | Comments (0)
2006年12月19日
self-educated person
ユダヤ人の商売に対する考え方は、大阪人のそれと近いと感じることがある。
彼らの生活習慣というのは、私達日本人とはかけ離れているのだが、モノの考え方には学ぶべきものが多くあると思う。
彼らの教育に対する考え方も、私にはとてもしっくり来るのである。
「本当の教育は、独立独学する姿勢と、一人で問題解決できる能力の獲得にある」(ユダヤ最強の成功ノート 手島佑郎著 イースト・プレス)
これ以上端的に教育の目的を表現した一文を、私は他に見たことがない。この本の中には、「困ったことがあるとすぐに他人に教えを請う人は、独学の人に勝てない」というフレーズも出てくる。知識の詰め込みには何の意味もなく、独学し実践する中で、真に問題解決する力を獲得することができるとこの本は説いている。
「知識管理」の中では、くどいほどに「データ」「情報」「知識」「知恵」を明確に分ける。有機的な連鎖を含み、内面化されたものを「知識」と呼ぶのだが、日本で言われている「知識偏重」というのは、厳密には「情報偏重」としか言えないだろう。「知識」とは、自分の経験を通して、情報と情報をリンクして、新たに自分自身で意味を持たせたものであるため、それが内面に備わっているというのであれば、それは素晴らしいことである。
意味のある「学び」とは、「能動的アクション」を伴って初めて「知識」として獲得することができるのだろうと思う。モチベーションのない受容スタイルの「学び」は、多分時間の無駄なのではないかと思う。
では、ユダヤ人的な思考が現代においてベストなのであらうか、というと別のベクトルも存在する。
ここ数年「日本人とは何か」という問いに対する答えとして、鈴木大拙氏の本を時々読んだりするのだが、この中に「ユダヤ人の霊性は低い云々」という表現を見つけたことがあった(具体的にどの本かわからないですっ)。要するに彼らは頭で考えて理解しようとする、だけど禅というのはそういうものではないと、そういった類の話だったと思う。
まだまだ答えはでない私である。
Posted by akemi at 01:53 | Comments (0)
2006年12月16日
年末高齢の(ナイスっ誤変換)、もとい恒例の
えーっと、年末オセオセでございます。
ということで今年の総括をば、
と思ったのですが。
ここ数年参考にしている占いサイトがあって(自分としてはめちゃくちゃ当たっている&心構えができるので重宝)、今年と来年が2年連続の下積み期間となっておりまして、その1年目が終わろうとしているだけでございます。どうも来年もこのまま1年が過ぎるであろうという予感アリアリで新鮮味ゼロ。とりあえず仕事しかしなかった感アリの今年よりは、中断していた普通語を始め、狙い定めた知識の習得にもうちょっとウェートをかけたいのでございます。そして引き続き「人間の知」を哲学しちゃうのであーる。そして、
来年こそめっちゃくっちゃ遊ぶぞーっ!!
(注:この場合の「遊ぶ」は、飲み歩く、とかそういうことではなく、子供と一緒に体動かして遊ぶぞー、Wiiで筋肉痛になるぞーっ、週末にはガンガンBBQするぞーっ、ということでございます。)
追記:えーっと下積み二年の後、2008年には私は大笑いのハズ(笑)。そう思うと下積みも楽しいわん。
Posted by akemi at 00:06 | Comments (0)
2006年11月21日
bullying in Japan
話のネタが少し途切れたとき、某氏がこう切り出した。
「最近、日本でのいじめ(bullying)の問題についての記事を読んだのだけど」
こちらでもそんな報道がされていたのか。私は一般的な話で留めたいと思いつつも答えた。
「そうですね。小学生、中学生、高校生。最近、いじめが理由の自殺も多く報告されていますね。日本では大きな社会問題になってるんですよ。」
「自殺」というキーワードに反応した中国人女性が話に加わった。
「なんで?勉強のプレッシャー?」
をを流石、教育加熱沸騰中の中国人ママの発想。いえいえ「いじめ」が原因でね。と解説するも、彼女はどうも納得いかない様子。
件の彼は続けた。「その、少しわからないことがあるんだけど。例えば先生や親が、いじめをする子供たちに対して『そういうことはしちゃいけないんだよ』とか、そういうことを言って止めたりしないのですか?」
私の頭の中に色々な状況が思い浮かんだが、思わず
「周りから見えないこともあります。しかし問題なのは、先生の中にいじめを許容したり、場合によっては率先してやったりする人もいるのです。」
「先生が!?」
かなりショッキングな響きだったらしい。
「一部ですよ、一部。全部じゃないですって。」
横で話を聞いていた中国人女性。
「いじめなんて、どこにでもあるわよ。特別なことじゃない。」
話を一般化させたかった私であるが、彼女の台詞で何故かスイッチがかちんと入ってしまった。
「違います。日本のいじめは違うんです。一対一ではなく、例えばクラス全員が一人をいじめたりするのです。学校は子供にとって唯一の社会で、そこで仲間はずれにされてしまったら自分に未来はないと思うんじゃないでしょうか。未来に悲観して、自殺してしまうのかもしれない。彼らには逃げ場がないんです。」
「でも、例えば一対一では勝てないと思ったら、グループになって一人をやっつけるっていうのは、どこにでもあるわよね。」彼女は答えた。
「私の見方なんですが、日本では、目立つ人を批判する文化的、社会的傾向があると思います。いじめの問題には、そういう背景があると思うんです。」
とは言ったが。
家に戻ってからも、本当にそうなのか少し自分でもわからなくなってきた。
本当に逃げ場はないのか?
もちろん、日本でのこの現象は諸外国の状況を鑑みても「特異」であると断言できる。色々な国の人の話を聞いてみたが、犯罪を犯したわけでもないたった一人の人間が、多人数(例えば帰属集団の他のメンバー全て)から一方的に拒否、無視、暴力、恥辱を加えられるというのは、想像しがたい。またまたそれが原因で自殺するのも異常であると。でも私は日本人だから、さもありなんと思うのだ。一億総バッシング、が得意な国民性。今日に始まったことではない。
でも私は一つひっかかることがあるのだ。
それは、ある球技のクラブでのいじめが原因で自殺してしまった女子中学生の女の子に関してなのであるが、報道によると、同じ様にいじめの被害に遭っていた女子生徒が、その数日前に退部していたらしい。
その報道を見て思った。
そうだよな。それが正解だよな。
何の義理も義務もないクラブ。辞めるのが正解だろう。自殺する理由が一つなら、死なない理由は100いやもっとある。逃げたらいいのに逃げ場がないと思い込んでしまうのは何故なのか。
退部した女の子と、自殺してしまった彼女との間で、何が違ったのか。
プライド、かも。
私が思うのは、彼らが自ら死を選んでしまうのは、それが「復讐」だからなのではないかと考えたのだ。いじめた相手を名指ししたメモを残すのは、そのためだろう。
自分を苦しめる相手に、生涯消えない傷を与え、世界中の人に、あいつが悪いのだと訴えたかったのかもしれない。
でも、きっと、その復讐は成就しない。
もちろん、加害者とその親達は、しばらくは苦しむだろう。でも、月日が経てばきっと忘れる。もちろん、何かの拍子に思い出すことはあっても、彼らは将来、自分の思い描く職業を選び、伴侶を得たり、人生を謳歌する瞬間を得るだろう。腹の底からゲラゲラ笑い、本当にどうしようもない奴らであれば、亡くなった人を冒涜するような台詞を、お酒の席で吐くかもしれない。
復讐は、成功しないのだ。
反対に、迷惑をかけたくなかった、悲しませたくなかった、親や兄弟や親戚たちは、本当に一生逃れられない悲しみと後悔と苦しみとを抱き続けてしまう。季節が変われば、年を越す毎に、誕生日が来れば、卒業式、入学式、桜の咲くころになれば、30年経っても、50年経っても、その悲しみは穏やかになるどころか深く更に絶望的になってしまう。
生きていれば、子供を抱っこしているのかしら、もしかしたらあんな職業で活躍していたかも。
もう、誰も死なないで欲しい。
心の底から憎いと思う人のために、大切な時間を、大切な気持ちを、大切な命を捧げる必要などない。自分の命は、自分の心は、大切な人のためにだけ使えばいい。
追記:サーバートラブルのために、1週間前のバックアップに戻されてしまいました。ということで、以前の追記が復旧できず(涙)。
これだけはURL残しときます!
いじめが自殺につながる日本の「空気」
Posted by akemi at 07:49 | Comments (0)
2006年11月17日
Identity – IV
もうかれこれ10年以上も前の話をしてみる。
ソウルで韓国語を学ぶ学生だった時のことである。そこは韓国語を勉強するにはメッカの様なところで、そこには在日韓国人2世、3世の人たちも多く居た。彼ら、在日僑胞(재일 교포)たちの多くは、その語学学校に来るまでに色々な葛藤を抱えていただろうということが理解できた。きっかけは、多分日本での就学や就労のタイミングなのだろう。歴史的背景を一から説明する必要はないだろう。彼らはその時、日本人なのか、韓国人なのか、自分は何なのかという葛藤を抱えてしまう。結論を出すには、自分のルーツを探らねば。そう言ってやってきた友人を沢山知っている。彼らのほとんどは、自分探しの途中で、韓国に居る間に結論が出るのかどうかもわからない、そういう不安を抱えながらも苦しんでいた。日本の近代史を恨んでみても、私にはどうすることもできない。
しかし、全く違う考え方をする人たちも居た。それが、在美僑胞(재미교포)、在米コリアンの若者達である。彼らのほとんどが、自分が何人であるか?というアイデンティティの崩壊を全く経験しない。彼らの言葉は明瞭だ。
「俺の中にはコリアンの血が流れている」
韓国語を習いに来ている彼らは、韓国語が母国語ではない。でも彼らは100%自分は韓国人であると迷いもなく答える。
日韓の歴史をここで語るつもりはない。あまりにもトピックが大きすぎて私には手が出ない。
ただ言えるのは、アイデンティティと言語は関係ないかもしれないということだ。じゃぁ、言葉もできずに自分は韓国人だと主張する彼らのアイデンティティはどうやって育まれたのか。何かにおいて一貫したものがあったのだと思う。そのキーファクターにおいて一貫したものがあれば、アイデンティティの崩壊を招かないのだろうと思う。それは確固たる所属集団なのかな、とも思う。
ニューヨークに長く住んだインド人の知人が言っていた。ニューヨークが大好き、眠らない街。でもね、民族のコミュニティはそれぞれ分離されているのよ。香港の方がミックスしていて楽しいわ。
在米コリアンの彼らは、韓国人コミュニティの中で多くの時間を過ごしていたのかも。今となっては確認をとる術もない。
Posted by akemi at 01:18 | Comments (0)
2006年11月16日
Identity – III
香港に来て子供たちが学校に通い始めてしばらくしてからのことだった。
子供達の学校には多くの日本人が居て、子供たちはそれをとても喜んでいた。
もちろん日本の子供達と遊ぶ様になると、我が家にも日本の方から電話を頂くようになった。それが何回か続いたところで、私は自分をどこに置けば良いのかがわからなくなった。いや誤解を恐れずに言うと、私は自分を何人だと捕らえれば良いのか混乱して来たのだ。私は100%日本人なのに。
日本の方の話す言葉の内容が、全く見えなくなっていたのだ。
オーストラリアで生活した2年半。ノーはノーで、イエスはイエス。ノーは相手の人格を否定しているわけでも、拒否しているわけでもなく、単なる「いいえ」。相手の言葉の行間を読む必要もないし、ビジネスを学ぶ学生でもあった私は、行間を読ませることは、相手に対する思いやりのなさの現われだとさえ思っていた。
だから行間を読ませる必要のないように、誤解を与えないように、きっちりと自分の意見を言うのが100%正しいと思っていた私は、電話口の向こうのママさん達のおっしゃることが、イエスなのか、ウェルカムなのか、ノーなのか、はたまたノーなんだけど問題ないレベルなのか、イエスと言っているのだけど本音は激しくノーなのか、全く見えなくなってしまっていたのだ。
電話を切って頭を抱えることが数回続いた。
何度考えても相手の真意が読み取れない。相手の感情を読み取るのを得意としていた(と思い込んでいた)私は、鍛えなければそういう能力さえも失ってしまうということに気づいた。私には、もうその能力はない。そんな私でも、電話をかけ直して、先ほどのおっしゃる意味は何なのですか?と聞き返すような真似だけは、決して受け入れられないだろうということだけはわかった。
私、日本人じゃない、のか?
でもオーストラリア人でも韓国人でもないのだ。もうインドあたりの国の人になっちゃいたい様な衝動にかられたりもしたが、しばらくすると子供たちの交友関係のシフトとともに、悩むことも無くなった。それからやはり1年くらい経つ。
コスモポリタンとして生きられればいいのに。
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2006年11月15日
Identity – II
台湾系米国人の彼女の言葉を忘れるほどには時間が経っていない頃、私が知っているだけで7種類の言葉を操る人と話をする機会があった。少なくとも、私は彼女の話せる言葉のうちの3ケ国語を、仕事上の電話で使っているのを横で聞いたことがある。少なくともその言語はビジネスレベルにあると言っていいだろう。
彼女は国際結婚をしていて、私にとっては非常に羨ましい家庭内環境にあるにも関らず、彼女は自分の子供を「単一言語」で教育しようとしているのを見て、私はぎょっとなってしまった。少なくとも、父親と母親の母国語が違うなら、その二ヶ国語くらいは環境として与えても良いと思うのに。
「なんでー、もったいなーい」
というこれまた安っぽいリアクションをした私に、彼女は、前の彼女と同じく、一瞬口をつぐんで、そして一呼吸おいてから、意を決した様に語り始めた。
「私自身にね、アイデンティティの混乱があるのよ。って言うか、アイデンティティがどこにあるのか分からないの。それがね、もうとっても苦しいの。夜中にガバッと起きて涙が出ちゃうこともある。だから私は子供には確固たるアイデンティティを持たせてあげたい。」
多分、彼女の苦しみは私には一生理解できないと思う。
言語とアイデンティティって関係あるのか?
彼女に母国語は何かと尋ねても、強いて言えばこれかな、という言語はあるにはあるが、ここ数年使う環境には居ない。要するに住んでいる土地の言葉が次第に第一言語になってきてしまう(つまり現在は広東語!)、という私には信じられない様な超人的なことを言うのである。
彼女の悩みは外からは絶対にわからない。
自信に満ち溢れたキャリアウーマンにしか見えない。
彼女が喉から手が出る程に欲しい何かを、彼女はまだつかめていない、のだろう。
日本人として、日本のパスポートを持ち、日本語を読み、日本語を話す私は、彼女達から見ればきっと、「確固たる日本人としてのアイデンティティ」が備わっている人として映っているのだろうか。
これは「日本人らしい行動様式」だとか「典型的な日本人的発想」を会得している、という話ではない。アイデンティティを語るのに、「日本人として」というのはどうでもいい話だと思いたいのだが、そうは簡単には片付けられないかも。
私も一瞬、フラッと来たことがあったっけ。
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2006年11月14日
Identity – I (自我同一性)
Needs(必要)の裏には「喪失」という概念が隠れている。
「無い」から必要だと思うのであって、既に自分自身の中にあるものであれば、あえてそれに「気づく」必要もないのかもしれない。
例えば失って初めて知る「健康の有難さ」。病気になれば健康を熱望するが、当たり前の様に健康であれば、その大切さを知ることもない。
私はずっと「アイデンティティ」なる用語の持つ意味がよくわかっておらず、口にすることもない(使うとすれば、Corporate Identityくらいか(笑))。でもそれが、自分自身の中に既に存在しているために気づかなかったのかもしれない。
と思ったのは、香港に来てからほんの短期間の間に、この「アイデンティティ」という言葉を、全く別の二人の口から聞いたからなのだ。
このエントリーを開始しようと思っている今でも、私はこの「アイデンティティ」という言葉をどこから料理すれば良いかがわからない。でもいつか何かに気づくかもしれないと信じて、少しずつ記しておこうと思う。
現在、香港で米資本のコンサルティングファームに勤める台湾系アメリカ人女性と話をしていた時のことだった。
彼女は一瞬言葉を飲み込んだ。
何の話からか忘れたが、流れる様なアメリカンイングリッシュを必死の形相で聞き入りながらも、洒落た話の一つでもと頭の中で話題を探していた時だった。彼女は飲み込んだ言葉を出そうかどうか迷っている風で、私は好奇心旺盛ではあっても、ゴシップ好きではない。彼女が言いたくもない言葉を無理に言わせることもない。話題を変えようと思った時に、意を決した彼女はこう切り出した。
彼女は、アイデンティティに問題を抱えている、と。
いきなりサビ、である。
彼女の話の要旨はこうである。
アメリカの教育では、瞬間瞬間で自分の意見が求められるらしい。熟考して論理的な結論を言葉を選びつつ出すというよりは、頭によぎった言葉全て(それは時には全く意味を持たない様な言葉であっても)、とにかく何らかの言葉を瞬間的に出すことを求められるそうだ。クイックレスポンス。指をパチンと鳴らす様なタイミングで、即自分の意見を言わなければならない。誰の指示も受けない、自分だけの価値観で自分の意見を正々堂々と表明する。アメリカ人の家庭に育ち、アメリカの学校で学んできた学友たちは、それが自然にできる。でも、彼女にはそれができない。
何故ならば彼女の家庭内は、台湾の価値観で動いているからだ。
彼女は、幼い頃から「子供というものは親に従わなければならない」という価値観のもと教育されてきたそうだ。親に反抗したり、批判したりは許されない。黙って親の言うことを聞くことが即ち正しく良い子供であると言い聞かされてきた。
家庭内では黙って従え、外に出れば自分自身の意見を言えと。
そんな中、彼女は自分が誰なのか、自分の国籍はアメリカだけれども、純粋なアメリカ人とは違う、でも台湾人とも違う。離す言葉はアメリカンイングリッシュで、家庭内の会話程度なら台湾語で困らない。だけどどちらにも所属してない感じがして、彼女は自分のアイデンティティが崩壊していて、自分でもどうして良いかわからないと言うのだ。
ねえ、それって決めなきゃいけないことなの?台湾人として、とか、アメリカ人として、とか、そんなのどうだっていいじゃない。私の目の前に居る貴女は、二つのバックグラウンドを持つ、それこそユニークな個人であって、それの何処に問題があるのかが全くわからない。
とは、言えなかった。
私は、うんうん、とだけ頷いて、でも気の利いた台詞の一つも言えぬまま、多分、それが貴女の魅力なんじゃない?とか、彼女の欲しかった何らかのヒント、とはかけ離れたカラッ滑りな言葉を吐いて、一まずその場を離れたような記憶がある。
その日から既に1年ほどの月日が流れた。
彼女が強く強く感じ入って、片時も離れないであろう「アイデンティティ」の重みを、私は未だによく理解できないでいる。
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2006年10月29日
Yoshida Brothers
家族全員で行って来ました。
もともと津軽三味線ファンなのですが、こういうタイプのは初めてで大興奮でございました。長女ハマリまくりでございます(笑)。
ツアー中のため、ネタバレしてはいけませんので多くは語れませんが、期待を裏切らない構成でございました。
実は今日のコンサートは、子供たちの学校の音楽の先生主導での遠足(有志のみ)にも指定されていて、その案内を通じて今回のコンサートの存在を知ったのであります。家族全員で行きたい旨先生にメールしたところ、彼女はこう言ってくれたのであります。
特に男の子には絶対お勧め!本当にロックしてるからっ!
やはり三味線でのロックというのがウエスタンな人にとっては衝撃的だったようで(って日本人にとってもなんだけど)、めちゃくちゃカッコよかったでございます。オーストラリアでアフリカンドラムスを習い、いまは和太鼓をやっている長女は、パーカッションにも釘付け。
特に。
良一郎氏のノッテきた時の笑顔がたまりませんです(笑)。コンサートでノリまくりだったスタレビの三谷さん(現esq)を彷彿とさせる、最高のパフォーマンスでございました。
CDは即買い(HK$100。だから香港って好き。)
終了後のautograph sessionに登場した生吉田兄弟にも大騒ぎの私達母娘。我が家の男たちは半分が睡魔に勝てず爆睡(静かで良かった)。
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2006年10月18日
Cars - Pixer
今年はスペシャルなことが二つ。
10年ぶりにドラマを見た!(医龍)
そしてこの夏休み、7年ぶりに映画館で映画を見た!(Toy Story 2以来よん。カオルが暗闇恐怖症を克服っ!)
って、私は出家でもしてたのかしらん???いや、とにかく。
Cars、である。
もともと映画館の脱日常の雰囲気だけで泣けちゃうので、予告編からウルウルが止まず。
テーマがたくさんあった。
スポーツマンシップだとかね、効率と結果を重んじる現代社会へのアンチテーゼとか、人生の目的とかね、ホスピタリティだとか、自分の信条だとか。
子供たちとは泣き所が違うなと思った。多分この映画は子供のためのものではない。子供たちは仲間との別れのところで泣けちゃったと言っていた。私が一番泣けたのはあそこだ。
すまぬ。一部ネタバレ気味であるが。
50年前に不幸なアクシデントで引退を余技なくされた(しかも引退の花道も用意されていなかった)Doc Hudsonが主人公Lightning McQueenのレースで観客たちの喝采を浴びる。
50年前のチャンピオンを誰も忘れていなかった。
そして、その過去の勇者に対する人々のリスペクト。
すごい。
これがアメリカだ。
映画館に居たはずの私の目の前に、強烈なメッセージを伴ったシーンが重なった。
ちょうど10年前。アトランタオリンピックの最終聖火ランナー登場の瞬間。その名前は直前まで伏せられた。彼が聖火台に立ったとき、世界中の誰もがあまりの感動に、体の震えを止められなかったはずだ。
それは、モハメド・アリ氏だった。
彼が真に、名実ともにアメリカのヒーローであると、アメリカが世界に向けて叫んだ瞬間だった。彼の背負ったもの全てが、アメリカを象徴している。彼こそヒーローだと、そして今尚ヒーローであり続けるのだという強烈なメッセージ、そして彼に対する人々のリスペクトを見せ付けられた。
これがアメリカだ。
ブッシュ政権まっただ中であっても、Fahrenheit 9/11が公開され賞さえ獲得する国だ。
歴史が浅い国には浅い国なりのカルチャーがある。
日本が、勝てるわけ、ない。
映画を見ていながら私の頭の中はアメリカのことで一杯。頭の中でGoogleのロゴが駆け巡る。勝てるわけない、この国に。
移民で成り立つ国は、多様性を受け入れるしか生き残る道はない。
異端が常にポジティブを導く保証などどこにもない。
だから異端の芽を摘むのは、ネガティブに振れるリスクを減らすことに繋がる。ポジティブに振れることもあるが、それは一種賭けである。
長い歴史の中で築かれた価値観。日本の、異端に対する嫌悪感は、まるで本能的なレベルにまで刷り込まれていて、それがあらゆる組織における「一部の異端に引きずられて組織が傾くかもしれない」というリスクの軽減に一役買っている。そうやってお互いを牽制しあう。
その間に、世界は動く。ものすごいスピードで。
どんな方向性をもった異端であっても飲み込んでいるアメリカ。
もちろん、それは諸刃の刃だ。
いい面と、悪い面と。
事実、アメリカには日本にない様なもっと深刻な問題がうじゃうじゃとある。
悪い面を出さないためにリスクヘッジをする国と、
ハイリスクでもハイリターンがありえる、そういうカルチャーを許容する国と、
どちらもあっていいだろう、もちろん。
でもやっぱり、Carsは、アメリカ人の、アメリカ人の手による、アメリカの映画なんだ。
ちょっぴりアウトサイダー気分。
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2006年07月29日
夢で会えたら
運転免許証を取得。セダンから8人乗りの中古車に買い替え。ドライブが楽しくなってきたある日のことだった。
私は自宅すぐ前に停めた車に颯爽と乗り込みアクセルを踏んだ。自宅から出て左折。横断歩道に人影が見えた。その人と目が合った瞬間。
私は叫び声をあげながらブレーキを踏んだ。
が、
間に合わなかった。
という夢を見た。
昔から私の見る夢には、色、音、温度、味や匂い、生々しい手の感触など全ての感覚がある。慢性的な睡眠不足で寝床に入った瞬間に朝、という日々を数年続けているので、夢を見るのは、時々まとめてたっぷり眠れた日の朝方に多く、そしてそんな時には、誰かが私に何かを伝えようとしているのではないか、そんなことを強く感じる夢を見ることがある。
ドライブに慣れてきた私への警鐘だったのだろうが、私はその夢の中で、人を轢くときの車のものすごい衝撃、直前に目があってしまった被害者の人のこと、そしてその時、叫び声を上げながらブレーキを踏んだにもかかわらず、無常にも数メートル私の車が進んでしまったという事実。そんなもの全てを疑似体験してしまった。そして。
その時の私自身の感情も。
今でもありありと思いだすことができる。
一人の人間の鼓動を止めてしまうというその瞬間、私は、被害者の方のことなど少しも考えてなかった。気が狂いそうに叫びながら私の脳裏をかすめた言葉。
私の人生これで終わりーーーーーー
私はそう思った。確かにそう思っていた。
夢からはっと目が覚めて、夢だとわかり、私は誰も殺していないと気がつき安心した。と同時に、冷静になった私の脳裏から離れない、私自身の冷酷な感情を思い出し身震いがした。私って結局は自分のことしか考えていない非情な人間だったのだ。
そして1週間ほど前、もっともっと哀しい夢を見てしまった。
私は子供たちの運動会を見に行っており、何故かそこには私の子供のうち3人しか居ない。その場にいない一人は、昨年の運動会には居たのに何故今年はここに居ないのかな、寂しいな、もう一度会いたいなと、何度も何度も思っていた。そこへ携帯電話が鳴り出てみると、その場に居ない、そう、何故か亡くなってしまっていた私の子供からの電話だった。
私は驚いて、今何処にいるの?どうしてここにいないの?会いたいからすぐ来てと何度も懇願するのだが、電話に出たその子は、もうそんなことはどうでもいいから連絡したいことがあるから、それだけを言うために電話をかけてきたのだから、それを言わせてと言いたげだった。
私は何とか会話を引き伸ばそうと必死になって何度も問いかけた。その子供は、とても面倒くさそうに、言いたいことだけ言うからちゃんと聞いてね、と言うのだ。私は、わかった、わかったから何なの?と聞いてみた。夢の中でその子が言った言葉に、私は愕然とした。
あのね、ママちゃん。目の前に居る子供を見ていないっていうことは、その子を殺しているのと同じことなのよ。
情けないママをたしなめるように、その子はもう世話がやけるんだからと言いたげに電話を切った。
残された私は、夢の中でも目が覚めてからも、その言葉がどこからやって来たのか、誰が夢の中でその子に言わせたのか、亡くなった大好きだったおばちゃんが、私に何かを伝えに、私の子供を使って言わせたのかな、と色々と考えてしまった。
目が覚めてからも、私がちゃんと見ていなかった子供は誰だろうかと、一人一人の最近の言動を色々と考えてみた。全員かも知れないし、その中の一人かも、二人かも知れないし。わからない。私はどうすべきなのかがわからない。
それから数日間、忙しい中でもふとその台詞が蘇り、今までよりも今年は、子供たちの方にも気持ちが向いているし、私は子供を受験などに駆り立てることもしないし、その子その子の良い部分を見て、必死で目の前の子供たちを見ているつもりなのに、それでも足りないのかと思うと絶望的な気分にさえなった。
答えがどこにあるのか見当もつかない、そんな気持ちで数日間を過ごしていたのだが、先日、何故か「あっ」と自分なりの答えが見つかってしまった。
私が見ていないのは、私自身。私が殺しているのは現在の私。
私はいつも、自分自身の内面をフィルターにしつつも、見ているのはいつも将来の私。もう物心が着いた頃から、私が見ているのは未来の自分しか居なかった。
今の自分自身の生活をエンジョイしよう。
そんな甘っちょろいことに気づいたのではない。
私は自分の中に無いものを獲得しようと毎日必死。ある程度獲得したと思ったら、次なる標的がどんどんと増幅していっている。目の前にはTo Do Listや目標やスケジュールがびっしり。それを消化することで、確実に過去の自分との差分を認識し、成長を実感する。でもその次には新たなリストが増えて、私の人生にはゴールがない。私は自分の足元を見たことがない。過去を振り返ることもない。ゆっくりとソファーにすわってぼーっとすることもない。常に2つ以上のことを同時進行させる。子供にまで、ママちゃんは普通の人の何倍もの人生を生きてる、なんて言われていい気になっていたが、実際のところは、私は一人分の人生もしっかりと生きていない。
私は常に幽体離脱するかの様に、意識をふわふわと将来に浮かべ、自分自身を見ていなかった。現在の自分を見ていない人が、目の前の子供たちのことを本当に見れていたわけがない。もちろん、子供たちと過ごす時間を楽しいとか、カワイイとか思っていて、全くないがしろにしているわけではない。でも、私は子供に何かを期待することなど何もない。私は自分の将来にだけ期待をして、子供の人生は別物だと思っている。それは私自身としては子供の人生を私物化してはならない、という表面的には立派な思想をバックにしているつもりだったが、それは同時に、地に足ついた日々の生活の中に人生がある、という考えとは交じり合わっていなかった気がする。
ある日、子供たちと夜道を歩いている時のことだった。何かの話のひょうしに、
人間はいつか死んじゃうのにね、今やっていること全てが無になっちゃうのにね、じゃーなんでこんなに必死になって生きてるんだろうね、生きてても死んじゃうのに、なんで人は生まれてくるのかな。
ちょっと自嘲気味に言ってみたが、子供の一人がこんなことを言った。
ママちゃん、僕思うんだけどね。人はね、楽しむために生まれてくるんだよ。だからいいんだよ。いつか死んじゃってもね、意味ないことないんだよ。
人間の命は尊い。彼はどこでそんなことを思う様になったのか。こんなべっぴんでも無い、料理だって掃除だって手抜きして、毎日毎日忙しいばかりの私のところに生まれてきて、楽しむために生まれてくるだなんて、そんなキラキラした瞳で言ってくれちゃって。
泣けちゃう。この子たちと過ごせる時間は限られているのに。
だからと言って手を緩めないよ。夢があるからね。でもそんな中でも今の自分自身を受け入れる方法があるはず。どこかに何かのヒントがあるはず。毎日毎日そうやって考えていたら、いつかまた夢で誰かが教えてくれるかな。
Posted by akemi at 03:52 | Comments (0)
2006年07月04日
Impossible is nothing!
中田氏、行け行けハーバード!
しかし。
MBA(Masters)取得にはCollege or University Degreeが必要だと思うのだけど、彼が目指しているのはExecutive向けのやつかなーっ?とにかく彼の集中力を持ってすれば、不可能などない!
追記:そうだよーっ、大学なんていつでも行けるんだよーっ!!なんで高校生の時にこんなすごい決断ができたのだろうか!
それにしても。
サッカー観る時間などないと言っては何の試合も見れずに居たけど、彼のこの文章はすごい。こんなにすごいエネルギーと高い意識を持つ人だったのか!
彼のプロ意識は普遍的に賞賛されるべきものだろう。
高いものは高い。
どんなフィールドでも貴方ならトップレベルで戦える。
貴方の行動で世界中のどれだけの人の心が動かされただろう。
どれだけの人の心の中に静かだが力強い炎を灯しただろう。
みんなそれぞれのフィールドで戦うのだ。
Posted by akemi at 08:02 | Comments (2)
2006年06月29日
玉鬘...
人間心理に興味があって心理学を志した私は、「枕草子派」ではなく300%「源氏物語派」(うちの長女の名前はこの物語に由来)だったのだが、歳をとるにつれて枕草子の世界の美しさもわかる様になった気が。
というか残された人生はキレイなものだけ見て生きたい、などと思ってしまうのであーる。
ところで。
源氏大学でチェックできる源氏物語占い。私の結果は「玉鬘」。
「昨日と同じ自分でいることが許せないのです」
こう言葉で示されてしまうと、自分自身で認識していたこの呪縛さえも必然と思っちゃう。今年も行動パターン変わらずってことで。
Posted by akemi at 02:08 | Comments (0)
2006年06月26日
日本科学未来館を盛り上げよう!
我がファミリー全員が愛する日本科学未来館で副館長を募集中!
毛利さんへの熱い想いはこちら。
Posted by akemi at 19:23 | Comments (0)
2006年06月24日
Go Green再び
アウトドア好きの私が愛読している「air BE-PAL」メール。今日は、なんと私がコールズバックと呼ぶあのオーストラリアの「Go Green」エコバックの話題!
写真満載なのでイメージがよくつかめると思います。
私はここ香港でも「Go Green」してます。
Posted by akemi at 19:17 | Comments (0)
2006年05月26日
遺族の心情が知りたいですか?実名が必要ですか?
以前佐世保であった事件の被害者の父親が報道関係者であったことから、「被害者及びその家族」についての報道のあり方を問う記事を読んだ覚えがある。
確か遺族の部下に当たる人が被害者側の苦悩を間近で見ながら、事件以前に自分たちがとっていた行動(取材や報道)は正しかったのかという自問や、報道における細かい言い回し一つで遺族が想像以上に傷ついているという事実をシリーズで吐露していた。
犯人逮捕までの間、実名を報道する必要がある場合もあろう。
しかしそれ以降、被害者の名前を連呼する必要などあるだろうか。
事細かに情報を世間にリークする必要があるだろうか。
家族の心情を逐一国民に知らせる必要があるのだろうか。
いつも同じじゃん。
被害を受けた側は二重、三重の苦しみを課せられる。
苦しくてどうしようもない中で「取材を自粛して下さい」なんてコメントをわざわざ発表しなければならない。
なにが報道の自由だ。
なにが知る権利だ。
遺族の心情が知りたいですか?実名が必要ですか?
そんな報道姿勢にNOをつきつける方法はないのか。
Posted by akemi at 02:27 | Comments (2)
2006年05月24日
物騒な世の中になりました
一青窈さんの「ハナミズキ」がSeptember 11thをテーマにしているというのは有名な話だ。
それを知って以来、この曲を聴くたびに私は涙が止まらない。
「僕の我慢が」以降の歌詞を私はまともに見れない。涙で涙でぐしゃぐしゃになってしまう。
歌詞について色々な解釈があると思うのだけど、私は勝手に思っている。
「憎しみの連鎖を私で止めるのだ」
それは何も大きな国家間の争いとかではなくて、
もう人の批判をするのはやめよう。
人の良い面だけを見ていこう。
自分が何か、今日も一つ何か、
目の前の誰かにポジティブな何かを残せるように。
今日も明日も、明後日も来年も10年後も100年後も。
大人たち一人一人が幸せな想いを心に持つこと。
遠回りに見えるかもしれないが、
これがコドモ達を守るたった一つの方法だと思っている。
Posted by akemi at 02:30 | Comments (0)
2006年04月10日
食う、寝る、遊ぶ、な人たち
夕食後 餅五合つき 即完食 (字余り)
んとに。夕食食べた後だぜ全く(因みにタイの長粒種。美味しいよっ)。大根おろしする気力なく掟破りのフードプロセッサー(因みに我が家のは、Kenwood Multi-Proというかなりデカイやつです)。舌触り最悪ながらクレームつける人がゼロ。味覚狂ってるんかーっ。
先日もウカツに太古に行ったところ、ダンナが小籠包の旨い所があるとか言い出して、じゃ外食しちゃおうっ、と意気揚々と戦地に向かうも、結果。
坦坦麺2杯(スープ完食)+小籠包
した小学生の男が二名程いた。しかも。
「ママちゃん、坦坦麺もう一杯おかわりしていい?(i.e.3杯目を所望×2名)」
とか言い出すので、やつらの首根っこ引っ張ってその場を後にしたのは言うまでもない。
オニギリ食べさせてから来れば良かった(涙)。
でもね、堀ちえみちゃんのところなんか(因みに男4人女1人の子持ち!)一升炊きの炊飯器2個使ってるらしい。そんなのに比べるとウチなんてカワイイもんでしょーっ。
ところで昨年末の帰国で手に入れたこれ!私の愛するシャトルシェフを出しているThermosの保温弁当箱が現在フル活動中(ちなみにデザインが4種類あるDBGシリーズなのだけど、もちろん全種類持ってます)(詳細説明はここ)。これの利点は、暖かいのはご飯容器だけ、というところ。おかずは常温保存なのだ。だからおかずのところに果物など、冷たい方が良いものを気軽に入れられる。
暖かいご飯の部分には、もちろんカレーや炒飯、丼モノなどは入れられる。
でね、私は保温弁当箱なるものを購入したのはこれが初めてだから、これが普通なのかどうかはわからないのだけど、この保温容器、お弁当箱にセットする直前に容器ごと電子レンジ過熱して熱々にしておくのだ。だからカレーなんか入れちゃうとグツグツ言っているのを見ながら蓋を閉めて(漏れる場合があるので、私は必ずラップを二回折ったものを蓋と容器の間に挟みこんでいる。これで絶対漏れませんっ)子供に持たせるのだ。私はいつも朝の7時前にお弁当を完成させるのだが、昼食時でも熱々らしい。子供たちの評判はとっても良い。ご飯が温かいというだけでご馳走なので、後は適当におかずと、ご飯の横に塩昆布をちょっと乗せたり、ふりかけを添えたり、オカカ醤油挟みにしたりと、お弁当作りも楽になったよん。
おまけ:私の大事な相棒をご紹介。この二人のおかげで家事が楽しい!Dyson掃除機&強力パワースチームクリーナー。彼らが居ないと我が家の家事は不可能でございます。
Posted by akemi at 01:09 | Comments (0)
2006年03月30日
I wanna die a Natural Death.
私は、最愛の叔母(母の妹)を、私の結婚式の2ケ月前に亡くしている。
叔母は離婚をして実家に戻っており、私の両親は台湾駐在中だった。自宅マンションで一人暮らしの私は、祖母と伯母(母の姉)と私の3人で、叔母の入院生活を見守った。
3週間で退院できる簡単な手術、のはずだった。
頭が良くで美人で、母の自慢の妹だった。仕事を続けていて、経済的に余裕もあり、あちこち美味しいレストランを知っていたグルメだった。
入院して病院のベッドの上でパジャマ姿に着替えた美しい叔母は私に言った。
「迷惑かけるかもしれへんけど、宜しくお願いします。まぁ死ぬようなことはないから」
そして彼女は笑った。
私は確信を持って言えることは、それは医療ミスだった。
祖母、伯母、私。頼りない女三人で、大事な叔母を支えてあげられたのか、今でも自分を責める時がある。担当医は別件での医療ミスも重なり、僻地へ飛ばされた。担当医が変わったが、その先生も前任の先生を庇う。素人が証拠も無しに何も言えない。
3週間で退院できるはずが、自分の身体がどんどんと苦しくなってきているのが分かった叔母は、後任のしっかりとした恰幅のいい先生に「先生が手術をして下さったら良かったのに」と涙を流した。
叔母は治る見込みが無くなってから半年くらい病院に居た。
いつでも私を気遣ってくれて、足などを揉んであげるとすぐに「あけみちゃん、疲れるからもういいよ」と言ってくれていたのだが、それが「もういいよ」と言わなくなった。それほどマッサージされるのが気持ちよくて、それを止められなかったのだ。
それほど辛かったのだしんどかったのだ苦しかったのだなのに私は何もしてあげられなかった。
私なんて一日でも頭痛がすると、もう死ぬんじゃないかと思うほど辛くなってパナドールを飲んでしまう。飲めば30分で効いてウソの様に楽になる。でもほんの1時間ほどの頭痛に耐えられないのだ。
治る見込みのなかった叔母が苦しんだ半年。それに何の意味があったのか私にはわからない。でもたぶん意味なんてない。苦しんだだけ。辛かっただけ。耐えて耐えて治る見込みがあれば耐えた甲斐があったと思う。叔母が時々涙を流していた時があった。苦しかったんだと思う。どうしてあんなに有能で、美人で私に優しかった叔母が、あんな苦しみを強いられたのか訳が分からない。人に弱みを見せなかった叔母が、最後の最後にあんな姿を姪っ子に見せたくなかったに違いない。プライドもずたずただったと思う。
あの痛みに耐える必要も意味もないと思う。
昔なら、医療の発達していなかった昔なら、とうに亡くなっていたはずの人に、器具をつけて延命する。そこにあるのは患者本人には全く関係のない思いだけだ。
医療に携わる人間として患者を死に至らしめる行為には手を下せない。
と思う医療関係者と、
もしかすると奇跡でも起こって回復に向かうのではないか。
と思う患者の家族たち。
その思いに何の反論もできない、死に到る病に苦しむ患者本人。
痛みだけをとってあげて、残り少ない時間を家族で共有したかった。
みんな忘れてはいけない。
寝込んでいるから痛みを感じないわけではない。
しんどくて苦しくって仕方がないのだと私は思う。
病院でなくて家に帰してあげたかった。もうみんな覚悟ができていたのに。
あの6ケ月間の意味を、私はまだ見つけられずにいる。
身体が動かなくなって、意識もないと思っていた叔母が涙を流すことがあった。声が聞こえているようだった。
殺人者として捕まってでも、呼吸器外してあげれば良かったのかもしれない。
私は結局、お世話になった叔母に何の孝行もしてあげられなかった。
Posted by akemi at 09:37 | Comments (0)
2006年02月20日
I'm really curious!
あ、いや特にアレなんですが。
今我が家のマシンのデスクトップやスクリーンセーバーは、すべてこの方になっておりまして....
http://www.curiousgeorgemovie.com/
Posted by akemi at 23:25 | Comments (0)
2006年02月09日
こんなところで貴女に会うなんて
香港にある某百貨店の高層階にある書店に私たちは居た。
日本の書籍が沢山置いてある、あそこである。
子供たちは各自の財布を握り締めて物色を始め、私はそんな4人の子供たちを順番に見回っていた。
そこで私の目は、ある文庫本の表紙に釘付けになった。
瞬間。
私の分身は香港の空を飛び越え遥か彼方バラナシのガンジス川の畔に飛んだ。
本当に飛んで行ってしまってから香港に居る自分自身の物理的存在についての記憶がない。
香港で
子供4人連れて
本屋に居る自分
がスコンと抜けて私はガンジス川の畔に居たのだ。
手が震えて湧き上がる熱いものを堪え切れないまま、私はただただガンジス川を眺めていた。熱いのか冷たいのか激情なのか穏やかなのかの区別もつかず、ただ私は生暖かい風に吹かれてガンジス川を流れる色々なものを見つめていた。何故かわからないけれども、ただ私は生きてるのだ、あぁとにかく良いのか悪いのかわからないのだが生きているのが事実で、あそこに流れている人には命がないのも事実なのだと、そんな言葉が脳裏をかすめただけであった。
私も行ったよ浦江飯店。このホテルの前で野宿したのだ。上海に汽車が到着したのは深夜。朝まで待てだって?ふざけんなよ、このやろー。寝袋に包まって石畳の上に寝たのだ。朝起きたら数名の上海人が私の顔を覗き込んでいたというのは、ウソみたいな本当の話。彼らがホテルの人に話をつけてくれて、私は早朝からホテルに宿泊を許された。が、身体は冷え冷えだった。
インドを目指したあの日、バンコクで私は拷問の様な時を過ごした。チャイナタウンにほど近い日本人バックパッカーの溜まり場で、私はその宿に宿泊していると言うより「棲みついてしまった」日本人のオヤジたちに連日説教されてしまった。インドだって?死にたいのか全く。君みたいな女の子が一人で行けるほど甘いところじゃないぜ。悪いことは言わないからこのまま帰れ。知ってて行くつもりなのか?バカかお前は?
逃げるようにその宿を後にして目指した先はカオサンロードのゲストハウス。ここには西洋人バックパッカーだらけで、彼らからはインドのポジティブな情報を得ることができた。いざ行かん。
サダルストリート?懐かしいね、全く。カルカッタと言えばここだよな。バックパッカーの聖地とも言うべきインドに、今私は立っているのだ!
そして。
私は何故この宿を選んだのかについての記憶がない。
あんなに日本人の多いバックパッカーズに嫌気がさしていたのに。
あぁきっと、ガンガーの近くに行きたかったんだな、私は。
そして私はそこに居た。
クミコハウス
こんなところで貴女に会えるなんて思っても見ませんでした。えぇ、今ではすっかりトウの立ったオバサンなんですけどね、これでも昔はイッパシのバックパッカーで、貴女のところにも泊めて頂いたことがありまして、その節は大変お世話になりました。夜歩き厳禁でしたよね。日本食頂きました、不思議な気持ちがしました。張り紙の数々、さすがに私をかなりビビらせました。いえいえ実はあの後デリーで、人生始まって以来という激痛に襲われて、あの時は一瞬「死」というものが身近に感じられたのですけれども、こんな所で死んでたまるかという一念でドミトリー中の人間を叩き起こして大騒ぎしたことがありまして、ネパールに良い病院があるというのを聞きつけてカトマンドゥまで行ったのですが、その時には既にすっかり治ってしまって、結局病院にも行かず仕舞いでした。あの張り紙が私に歯止めをかけたのだと今でも感謝致しております。
そして誰かが私の服を引っ張る。
バクシーシ?
振り返った瞬間、私は全てを悟った。
「ママちゃん、これ買っていい?」ハルキが私を見上げて小首を傾げる。手垢も砂埃も臭いも何もない世界でコギレイな格好をした子供が無邪気に話しかける。
私は既にもうバックパッカーでないのだ。
私の旅は5分で終わった。ノスタルジーに浸るのは性分じゃない。私はリアルに生きるのだ、夢の続きなんて見ている暇などないのに。
子供の手を引いている自分が何故だか信じられない気持ちがした。
あの時、あの場所で、私は本当にあの風に吹かれていたのに。
この感情の持って行き場がなくて、書きなぐってしまった。
「クミコハウス」新潮文庫 素樹 文生 (著)
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2006年01月03日
「力」とラベリングの日本
日本から香港に戻って、今日「紅白歌合戦」を見た。
と言っても、私の兄に録画してもらったものをスキャンして面白そうなところだけをピックアップして30分ほどで見ただけなのだが、久しぶりにテレビなんか見ちゃって嬉しい私である。
ゴリエちゃん最高。彼女だけで3回も見ちゃった。
倖田嬢、初めて見たけどすごいっ。今年目指すならあのボディーかしら(恥知らず)。
天堂よしみさん、すごかった。感動しすぎで号泣しちゃいました。
久しぶりに日本に帰って見て感じることは多々あったのだが、その中でも、何にでも「力」を語尾につけた名詞化用語を多用(結婚力、論理力、対人力などなど)することと、数的裏づけの乏しい単純なラベリングで人間を類型して論ずる傾向(負け犬、下流などなど)にはしばし閉口。前者の「力」の意味は、多分、活力ではなく能力を意味するのだと思うのだが、定義が不明瞭なままに何となく納得できてしまう錯覚に陥る。しかし、例えば「結婚力」などと語ったときに、それは「結婚する能力」的な語感を与えてしまうので、「結婚=善」だとか「既婚=能力アリ」的な恣意を読者に与えているような気がしてならない。
窮屈だな。全く。
もういいかげんメディアもキャッチーな話題ばかりを探さないで、もっとコトの本質に迫るような深いことを語れよ。
「ゆとり教育」に対する批判もすごい。私は基本的に寺脇研さんの物の考え方に賛同しているが、結果的に家庭の果たす役割がクローズアップされて、激しい二極分化が起こってしまったような印象(教育に関心のある親とそうでない親)は否めない。
私は日本の高等教育(大学教育)が変わらない限り日本はどうしようもないと思っているクチなので、子供たちは出来れば日本から離れたところで高等教育を受けて欲しいと思ってはいる。しかし実際は、子供たちが自分で決めることなので自分の価値観を押し付ける気持ちもない。失敗しても後悔しても自分で決めたことにゴーして、自分で結果を受け入れていくしかない。
私が日本の大学が嫌いな理由はいくつかあるが、特に
1、日本の大学教授は「自分たちは教育者ではなく研究者である」という感覚がしみついていて、学生への教育にパッションを感じたり、時間を割いたりしない。
2、課題で出典なしに、他人の著書のコピーをしても「優」が取れるような、国際的感覚で言うと信じられないようなことが日本の大学の現場にはある。
3、勉強しないで卒業できる。
の三点が特に論外だと思っている。よくそれで「○○学士」なんて授与されるよな。
日本とオーストラリアの両方で高等教育を受けた経験からすると、オーストラリアの教授の質には驚いた。課題の採点も実に丁寧、生徒からの質問に時間をたっぷりと取って下さるし、授業が実にパッショネート。黒板に向かって一人ブツブツなんて教授など一人も居ない。「我々は教育者である」という認識が徹底していて教育者としてプロフェッショナルであろうとする。しかし日本の大学で教鞭を取っているかなりの人たちが、教育者としてよりも研究者としての自分のキャリアアップに意識が向いているのが露骨に分かる状態。
大体、論理的思考、コミュニケーション、段取り、質問、交渉などなど、実際の仕事で必要とされる能力を、日本の大学では全く必要とされない。しかしオーストラリアの大学では、プロジェクトやグループワークや、プレゼンテーション、アサイメントなどを通して実に多くのこと(前述の論理的思考など)を学ぶ。高校(前半)までの教育が、アジア人からするとのんびりしている様に映るのは、このような点数に表れない、脳を多面的に磨くことに主眼を置いているためではないかと思う。親の方も大学(それと大学入学前の2年間くらいは一気に大変になるらしいが)に入るとかなり勉強をしなければならないことがわかっているので、それまではあまり机にかじりつくことを強要しない。しかしアジア人の親はそういう年齢でも自宅や塾で必死に学ばせようとするので、高校まではアジア人が成績上位を占めることが多々あるが、それがずっと続くわけではない。
確かに私もアジア系の人たちの(平均的)優秀さには感心する。でも欧米系で優秀な人たちを見ると、ちょっと格が違うというか、アジア的優秀さも凌駕する「すべてにおいてトップレベル」みたいな人たちが居るのだ。私が学んでいた時に鳥肌が立つほど優秀な学生が二人居て、一人はアイリッシュの女性、もう一人はオージーの男性だった。二人に共通しているのは、何かに突出している、のではなく、すべてにおいて突出している、という点だ。
アサイメントのクリエティビティ、リーディングの確かさやその吸収力、文章の構成力、論理的な整合性をはじめ、課題に対するパッション、プレゼンテーションにおいても、声の出し方、聴衆を飽きさせない構成、身振り手振りまでがプロフェッショナル。プロジェクトにおいては、プロジェクトの遅延部分をカバーしつつリーダシップも取る、人一倍睡眠時間も削っていながら愚痴一つ言わない。ミーティングをしても時間を全く無駄にせず、建設的な話だけをポンポンと進めて、さっと切り上げる。特にアイリッシュの女性とは一緒に居る時間が長い時期があったので、かなり刺激を受けたのだが、彼女の考える完成度(や仕事におけるプロフェッショナル度)というのは、「目指す」のではなく「プロとして当然のレベル」という認識であることがありありと感じられたのだ。
私がいつまでもキラキラを目指してしまうのは、そんな周りをも感動させる彼らの様な域に、いつか達したいという気持ちが強くあるからなのだ。そして彼らの幼少の頃を勝手に想像してみると、それは「晩の遅くまで塾通い、机にかじりついた青春」でないことだけは確かだと思ってしまう。私が子供を塾に追い立てないのも、勉強は自分で必要と思った時にいくらでも吸収することができるけれども、こういった多面的な能力は、一朝一夕に身につかないということが身にしみてわかっているからだ。目に見えた点数で子供の成長を計ることはたやすい。寺脇研さんも、そういった目に見えない部分の重要性に気がついて、それをしっかりと脳の柔らかいうちに多面的に身に着けていくべきだと思っていたに違いない。点数として測定することができないために、結果が出るまでに批判だけが増大していってしまった。残念でならない。しかし実際には、いや本当の問題点は、教育の現場に「今日本で必要とされる人材を育成できる教育者がいない」ということなのだろう。
日本に居る間、私はかなりウェットな気分にもなり、自分の人生すべてを愛する家族や親戚などのために使うべきなのじゃないか、それが結局自分にとっても後悔のない人生なんじゃないかと思ったりした。
香港に向かう飛行機の中でも、目の前の風景がぼやけてしまうほどに何度もウルウルとなってしまったのだが、香港に着いた途端に、私の目はパキンと乾いてしまった。
なんてぇ街だ。
乾くだけではなく、涙で美しく洗われたはずの私の気持ちまでもが、パキパキとドライアップしてすっかり攻撃モードに逆戻り。今年は、いつも通りハートは熱く、しかし自分の中の偏向性を認識して、立体的に自分をインプルーブさせようと思っている。立体的にというのは、脳の一部分だけではなく、内面も外側も、勉強も仕事も遊びもガンガンやるのだ。今までは勉強ばっかり仕事ばっかりで、そういう時は、それ以外のことに目を向けることが即ち「逃げ」みたいに思ってしまっていたのだけれど、それが逃げではなく「幅」になるのかな、などと思うようになってきたので、食わず嫌いをなくして、ガンガン遊ぶのだ!(って時間があるのだらうか。)
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2005年12月18日
本年度を総括するのだ
今年度の仕事納めついでに今年の自分の行動についての総括をしなければならない。
表面上は飄々としていたつもりなのだが、内面的には今年ほど苦しんだ年はなかった。胃に穴が開いたんじゃないかというほどの激胃痛に悩まされたなんていうのは結婚以来はじめてのことだった。
私はいつでも目の前の障害を「どりゃー」と大声をあげながらでっかいハンマーで叩き割りつつ進むという傾向があり、それについての耐性はあったのだが、今年の自分に対してはまだ許せていないような気がしている。
今年の私は「本当に自分がやりたかったこと」がクリアになったにも関わらず、目の前にある「信じられないようなチャンス」や「ここでこそドリャーと叫ぶのだ」という状況で、自分が本当に欲しかったキラキラと輝くものの多くを自分の手で握りつぶしてしまった。そしてその度に自分を卑下して、自信を失って、やっぱり整理がつかなくって絶望感に苛まれてしまったりもした。
時にはそのキラキラの中で手の震えを押さえられないほどドキドキしたり、感動したりしたこともあったのだけど、半日もたたないうちに現実に引き戻されてバカか私はと自嘲したり、そんなことの繰り返しだった。
自分の中にあるプライオリティが秒刻みで変わる。その度にそれらしい理由をつけては納得してみたつもりになっても、次の瞬間に自分にウソをついていると自分でわかってしまう。何度も何度もこれでいいんだと自分に言い聞かせてみたけれども、どこで自分は間違ってしまったのだろうかと、何がいけなかったんだろうと過去を思ったりもした。
涙の理由は2つある。
一つは将来を夢見て脇目も降らずにワーカホリックだった頃の自分に合わせる顔がないということ。自分の将来が輝かしいと信じて疑わなかった頃の自分に、今の姿を見せたくないということ。
もう一つは本当に頭のいい人間だったら、今の自分の状況をすべてマネージできるような落とし所を見つけることができるはずなのに、それができないこと。
私の一番のプライオリティはダンナと子供たちである。今年は家族に対しては自分としては出来る限りのことをしたと思っている。もし私が昔のように仕事を始めたら、それは私にとっては、もう昼も夜も祝日も平日もない生活を意味する。物理的にはヘルパーさんをお願いすれば問題ないのだろうが、我が家の子供たちは全員が「ノー」を私につきつけた。私が働きに出ることは良いけれども自分たちだけで何でも出来るからヘルパーさんだけは必要ないと言うのだ。
私はビジネスにおいてはcompetitive(競争力がある)ではないのだ。
自分の仕事に理解がないダンナに三行半をつきつけて離婚するキャリアウーマンは沢山居るが、私はそんな彼女たちほど有能ではない。Nothing specialな人間なのだ。そんな私がたいした仕事でもないものに打ち込んで家庭がぐちゃぐちゃになって崩壊してしまったら本末転倒だ。
そんなことを私は望んでいない。
私が望んでいることは、子供たちもダンナも後手にせず、自分の持てる時間、出来る限りの能率でもって標準以上のアウトプットを出すことだった。プライオリティをつけなければならないことはわかっている。選ぶことは捨てることだ。だけど私は捨てたくなかった。のんびりとテレビを見ることも、ゆっくりとランチをとることも、たっぷりと睡眠をとることも望まない。人々がのんびりとしている時間に私が必死になれば、それなりに追いつけるのではないかと思った。そして実際私が仕事をしていた当時はそういうテンションでもって男性社員と肩を並べることができたのだ。1.5倍の努力は当たり前だった。
必死になっていると、自分がcompetitiveであるかのような錯覚を起こしてしまう。いい気になって壮大なロマンを語ってしまう。そして現実を知っては絶望感に苛まれる。
ビジネスの世界では、海外のMBAを取得したような超一流の頭脳を持った人たちが、人並み外れたパッションでもって秒刻みの意思決定をしている。目の前でドタンバタンと状況が変わるのを見続けていて、もうダメだと思う。彼らは結婚もして子供も居るかもしれないが、24時間365日戦えてしまう。私が必死でやりくりして実働16時間というテンションで仕事をしていても、頭脳もパッションも能率も彼らにはかなわない。
私は何度もレジュメやカバーレターを書き直して、それを自分で握りつぶしてしまった。次に投資ビザを取得しようと動くも信じられないような敷居の高さ(初年度から年商1億円程度が必要などとエージェンシーに言われた)にメリットを感じられず玉砕。とにかく稼がねばと焦るばかりで、結局フリーランスとして仕事を始めて今年の後半はすっかり自宅兼仕事場に引きこもり状態。
年の瀬が迫り更に落ち込み続ける私に向かってダンナが言う。
なんで落ち込んでいるのかさっぱりわからへん。お前は何が欲しいいや。そうやって稼げるようになっただけでも大きな進歩とちゃうんか。そうやって仕事しているうちに見えて来るもんがあるやろ。何を焦ってんだか。そんなことよりもっとおシャレでもしたら、自信つくんとちゃうんか。
私は自分のまわりの360度を見渡して、その度に落ち込む。
子供に時間をかけて大事に育てているママさんを見ると、うちの子は構ってあげていない、私はママとしても合格点に達していないと思う。
仕事をしているママさんを見ると、仕事のできる能力のある彼女がうらやましくって自分は結局食えないヤツだと思う。
組織の中で必死にサラリーマンとして仕事に邁進するビジネスマンを見ると、私には二度とこの世界はやってこないのだろうと羨ましくなってしまう。
私と同じ大学院を卒業した仲間たちが輝かしいキャリアを続々とスタートさせたのを知る度に、私は今ここで何をやってるんだと思って泣けてしまう。
毎日素敵に着飾ったセンスの良いマダムを見ると、あれほど綺麗だったらダンナさんも嬉しいだろうなと思ってまた落ち込む。
英語も広東語も北京語もビジネスレベルの香港人を見ると、自分は英語も韓国語も中国語も中途半端だと絶望的になる。
ランチで色々な話題を提供する話題豊富な奥様を見ると、仕事ばっかりでショッピングも映画も音楽も何の話題にも加われない自分をバカみたいだと思う。
一所懸命なはずなのに。
ずっと時間を無駄にしないように、移動の時には中国語や英語をMP3プレーヤーで聞き続け、ちょっとの時間を見つけて掃除機をかけたり床を拭いたりしているのに。子供たちが帰ってきたらみんなの話を聞いて、それからご飯を作って食べて、それから深夜までまた仕事をして。なのに満足できない自分。もうこれ以上持ち駒がないのに。
こんな時、うちのダンナは口は悪いがとても優しい。だから私はダンナを後手にまわせなくなってしまう。以前から行きたいと行っていたSOHOにあるお洒落なお店に連れて行ってくれた。食事をした後だったので甘味とお茶だけだったのだが、お店の雰囲気がとても良くて、ここしばらく感じたことのないような心静かな気持ちになった。ダンナはそこのティーポットが気に入って、お店の方に無理を言って譲って頂いたのだが、そんなこんなのやり取りも私には新鮮だった。焦って焦って全てが見えなくなっていたのだ。
香港の喧騒が全く聞こえないそこは不思議な空間だった。レトロな中国の雰囲気が漂う中で中国茶を飲んでいると、もう何を私は焦っていたんだかと急に可笑しくなってきた。こうやってゆっくりとした時間を過ごしてもいいんだ。音楽だってゆっくり聴いて、映画も観て、それでもたかだか数時間。それを焦って私は何に勝ちたかったのか。
仕事をしている人たちにも失ったものがある。私だけが全てを得られるわけがない。冷静に考えなきゃいけないのだ。私にはダンナや子供たちが一番で、それでもできる仕事はある。その中で少しずつ自分を高めていけば、子供たちの手が離れる頃の自分に繋がる何かがあるはず。決して何かを諦めたわけではないのだけれど、目指す方向を少しだけ変えたとしても、それは自分を甘やかしていることにはならないのだと思えるようになった。
総括。今年は長年の夢だった稼げる体質になりました。カッコいいキャリアウーマンにはなれなかったけど、昨年よりはダンナと子供たちを大事にすることができました。来年度はもっと地道に自己研鑽につとめ、プラスちょっぴりおシャレな奥様もやってみます。中国語学習も再スタートして仕事に行かせるレベルに持って行きますです。(来年度の占いは最悪。目立った動きは望めそうにないそうです(笑))
Posted by akemi at 00:14 | Comments (5) | TrackBack
2005年12月03日
がんばれ新入社員!
アウトドア派の私には、iPodよりも食指が動くぜ。
愛するスティーブジョブズには申し訳ないが、ここまでメジャーになっちゃうとオルタナティブに目が行く私。現在私は韓国のiRiverをずっと使っているけれど、今度買うならこれだな。
がんばれシャープ、いけいけ新入社員!
Posted by akemi at 23:37 | Comments (1) | TrackBack
2005年11月21日
そうだ、お寺へ行こう
メルベンのブライトンにある自宅から車で30分ほどのところに、そのお寺はあった。
nothing specialなある週末、ダンナは突然お寺に行くぞと言い出した。京都、奈良などのお寺を小さい時から頻繁に訪れていた私にとって、教会よりも何よりもお寺や神社は心地よい場所だった。
メルベンにある中国のお寺。
そこには特別な標識も何もなく、もう少しで見過ごすところだった、いや見過ごして戻ったのだったかもしれない。とにかくそのお寺の駐車場に車をとめて参観あいなったのだが、これが私が見慣れた重厚なお寺とは似ても似つかない、現在も増築してまっせー、という様な軽さの漂うお寺であった。でもお寺はお寺。来たからにはちょっと拝んでいきますか。
子供たちと一緒に散策をしていると、一人のお坊さんが話しかけて来られた。彼に昼食をどうですかと聞かれたので、精進料理のレストランでもあるのかと思った私はダンナと目を見合わせて、断るのも何だしと思って「じゃ、行ってみます」とそのレストランらしき場所を目指した。
もっと早い時間だったらもっと色々とあったんだけど、今度からは来られる前に是非お電話くださいね、と言われつつ、値段も何も書かれていない食堂の様なところに通され、オーダーも何もとられないまま、家族全員の前に食べ物が並べられた。子供たちには沢山の果物と1本ずつのジュースも配られた。
美味しかった。ナチュラルなものが好きな私にはたまらない味だったが、かなりなボリューム。食事をとりながら「これはいくら請求されるのだろうか」とか「どこかにお布施していかねばならないのだろうか」などという邪念がぐるぐるぐるぐる。そんな私の心配をよそに、英語の上手な一人のお坊さんが(メルベンにあったにも関わらず、英語が話せる人はそう多くなさそうだった)、そのお寺の改築計画について詳細に語ってくれた。彼がここに何年住んでいるだとか、そういう話も聞いたと思う。
食事を終えてゆっくりしていたのだが、そろそろ失礼します、という段になって、彼は電話番号を私たちに手渡し、「次に来られる時は必ず事前にお電話ください。お食事を準備してお待ちしております。今回は私たちの残りものの様なものしかなくてごめんなさいね」とおっしゃって、そのまま立ち去られた。
そして私たちはゆっくりと参観を続けて車に乗り込んだ。最後まで支払いもお布施も要求されることがなかった。
その彼のにこやかな姿を思い出したのは、日本のニュースサイトで、ある未成年の加害者が被害者の家族と面会したというニュースを読んだ時だった。
彼に限らず、集団自殺してしまう若者や、犯罪を犯してしまう若者が後を絶たない。私がそんな彼らに対して何かができるとは思えない。でも看過できない感じはしている。それは彼らの存在が一種独特な異様なものではなく、どんな人にも、どんな環境でも起こりうる、そうゼロか1かと考えた時に、ふっとスイッチが入ってしまった、そんな感じがするからなのだ。だからスイッチが入らなければ、何かの偶然でそれが少しでも軌道をそれたのであれば、一線を超えてしまったあっち側の人にならなかったかもしれない。
そんな彼らが犯罪を起こす前に、自ら命を絶つ前に、一箇所だけ訪れることができるとしたら。
そんな彼らに何かを言える人がいるとすれば、それは誰か。
そんなことを考えていた時に、彼の笑顔を思い出した。
彼は結局、私たちに何の説教もせずに、ただただ美味しい食事をふるまってくれた。宗教的なことは何も話さず、お寺の改築の話をしてくれた。そして今度はもっとごちそうを準備してお待ちしていますと言ってくれた。その清清しい感じは、幼い子供達にも伝わっていたように見えた。
彼は目に見えないものの力を信じている。
あの時私が受けた何とも言えない清清しい感じは、私を通じて他の人に伝播されるであろう。
もしあなたが、死に直面しようとしている自分に対して、哀れで可愛そうで辛くて情けなくってどうしようもなくって涙が流れてしまうのであれば、ぜひともお寺や教会に行ってみてください。
涙が出るのは、まだ生きる力がある証拠。
私には涙さえも出なかった数年間がありました。だから分かる。涙が出るのは心の中が乾ききっていない証拠。暖かな人間らしい血が流れている証拠。
お寺に行って、そこにいる人に自分のことを話してみてください。あなたを苦しめている何かが解決するわけではないかもしれないけれども、何かに向かって一直線に走ろうとしている軌道が、少しずれるかもしれないからです。
私が小学生の時にクラスメートだった男の子が、中学に入ってから自殺してしまいました。特に親しいわけでもなかったのですが、それでも女だからといって人の目など気にせず、彼のたった一人の友達になることができたら、彼は死ななかったのかもしれないと30年近く経った今でも自分を責めることがあります。特に親しくもなく、ほとんど会うこともなかった人に対しても、です。
自分で自分の命を絶ったり、人を殺めてしまったり(それはほとんど自分を殺してしまったのと同じです)、あなたはきっと自分の存在がとても小さなものだと思っていることでしょう。周りには誰もいなくて、たった一人のような気がしていることでしょう。
でも実際は違います。あなたと関係のある全ての人が、その後何年もの間、いえ一生かもしれない、答えの出ない苦しみを抱えてしまうのです。
何故助けられなかったのか。
何故気づかなかったのか。
何故相談してくれなかったのか。
何かのアクションを起こそうとしているあなたには、日々の生活に必死になっている周りの人は、きっとバカみたいに見えるでしょう。命をコントロールしようとしているあなたは、全知全能の力があるように思えるでしょう。
強くなくていい。
お寺に、ちょっと寄ってみてください。
Posted by akemi at 23:19 | Comments (0) | TrackBack
2005年11月16日
Love is everything
開口一番、彼女はこう言った。
「Japanese Princess、とってもloveryだったわー」
彼女は興奮冷めやらぬ調子で続けた。
「Love marriageだったんだってねー。それにあの彼、とってもSweetだったわよーっ」
私はテレビなどを見ていなかったので彼女に尋ねた。テレビでも見たの?
「ええ。テレビとあとインターネットでね。ほんとにプリンセスかわいかったわ」
「でもこれからの生活は今までと全く違うだろうから、大変でしょうね」と私は少し低いトーンで答えた。しかし彼女は続けた。
「お金でもない、名誉でもない。彼女は愛をとったのよ!愛こそすべて。愛が何にも増してストロングだったのよ!」
Love is everything
日本の皇室制度を知っている人間としては、単純に「愛がすべて」だとは答えられないのだが、彼女の様に考えられたら、それはとても素敵なことだなと思えてきた。
愛には色んな形がある。
御自分の置かれた状況を全て飲み込んで力強く生きようと決心された彼女も
その彼女をすべて受け入れようと決めた彼も
そこには確かに愛があって素敵。
Posted by akemi at 09:10 | Comments (0) | TrackBack
2005年11月05日
Just wanna improve myself and ...
うむ。
もう11月になってしまった。
1年の総括をするまでにあと2ケ月を切ってしまった。
数年ぶりにかけたCD。すんごい古臭いサウンドに驚きながら、不覚にもウルウルしてしまう私であった。
振り向けば残した悔いの山急ぎ足で行こう(※)
奥居香ちゃんが歌っていた。
1日24時間、1年365日。
人間に与えられた時間は同じ。
テレビも映画
