2006年03月29日
My Favorite Brands
メルベン発ビジネスでお勧めのブランドは、Clumpler(バッグ)とSohum(ナチュラル系ボディケア商品)。
やっとウェブが出来たみたいです。ふーっ。長いことかかったわね、全く。
ブランドの持つイメージと商品ラインアップは、今でも私の筆頭お気に入り。見ているだけでワクワクドキドキラブラブなデザインってそんなに無いのだ。ところで、私はこの会社から商品を卸して日本に送っていたことがあったのだが(ビジネスにしようとしていた。卸価格はすっげー魅力的プライスだった。)、当時は欠品が多く安定供給に不安があったこと、自由にロゴなどを使えない(うっかり自分のウェブで紹介したら、著作権に抵触するとのクレームの手紙が来て驚いて削除。勝手連で応援もできない(涙))、自分の勉強が忙しくってeBusinessに魅力を感じなくなった、云々で断念。
誰かが日本代理店を名乗ることには難色を示していた(日本進出は彼らの夢、でもそれは自分たちでやりたいとか)けれど、大手が乗り込んでいったら独占契約できちゃうかも(例えば、私の愛していたMASACO石けんをアラン(エスノ)から買い取っちゃったJALUXとか目つけてくれーいっ。)。もちろん大量に直接送付する場合は、送料も割引する用意があるとか言っていました。
とは言いつつ、私は現在は浮気しまくりのNew Directions一辺倒でございます。ここのブランドに特に愛着はございません。が、ものすごく対応が早くて欠品を被ったことが一度もなし。アジアに進出済み、ですが日本にはありません。単品でもそれなりに卸に近い価格で買えるので満足してます。でも日本にこのブランドを広めたいというキモチはないです。
SohumとラインアップがモロかぶりなのがPerfect Potion。メジャーな分、若干高めの価格設定。何度もお店に通ったが買ったのは1つだけ。でもコスメ基材(シャンプーなどの基材)は充実していたのと、アクセスしやすい場所に店舗があることで顧客から支持されていたみたい。
何度も書きましたが、私はアンチJurlique(ジュリーク)。パッケージが好きじゃない、広告宣伝費とブランドイメージ確立のために商品の価格が恐ろしく跳ね上がっているからです。ファンの方ごめんなさいっ(香港にも沢山店舗があるけど入ったことないです)。
ローズヒップ製品のイチオシはTrilogy(ニュージーランドの製品です)。
オーストラリア発ローズヒップ製品はKosmea。ナチュラルショップの兄ちゃんによると、KosmeaよりもTrilogyの方が価格が安くて高品質、との事だったのだが、このブランドのオーストラリアでしか手に入らないSPF30+のローションが大のお気に入りなのだ。これに変わる製品はTrilogyには無かった。
プロポリス製品はこちら。Nature’s Goodness Australia。Bee Pollen(花粉)は日本でも一時ブレークしたはず。私が使っていたのはPropolis Cream。いかにも栄養価高そうな香りがやみつき。
Viva La Soap (Viva La Body Pty Ltd)はパヒュームバウムだけのお付き合い。いっぱい欲しくなっちゃう。ギンギンの香水の香りが苦手な方には、ナチュラルな香りのするバウムを付けておくといいかもです。でも今は溶かしシアバターに好きな精油を混ぜた自家製パヒュームバウムを使っているのでもう買いません(笑)。
これらの会社から商品を卸したいと思った場合、電話ではなくメールでも大丈夫です。私は何かを購入する時、必ずバルクで(大量に)買うから安くならないかという交渉をします。卸をしたい、日本に送りたいと言うと、実際に見に来いと言われて行くと、卸用のプライスリストを出して来ます。びっくりするほど安いです。また卸をするわけではないけれども大量に欲しい、ということを言い続けると、それなりに割引価格を引き出せます(私はWemoonという布ナプキンの会社からも割引価格をゲットしましたが、結局購入せず。だって自分で作った方が安いもん。ちょっとこの会社の価格は高すぎ。ナプキンにかける値段じゃないです)。何事もネゴシエーションよーっ。
ただし、日本国内に到着する前に税関でストップ。インボイスを付けて送ってもらうと、それを元に税関が税金を計算する様です。
ちなみに雑貨の個人輸入という枠内で日本で販売しようとした場合、色々な問題が起こります。送料とか破損だとかね。あと肌に付けるものは要注意。肌に合わなかったと訴えられたらもうニッチもサッチもいかなくなっちゃいます。
ということで商売のネタに困ったら、こんなところもアクセスしてみて下さい、という情報でした。この他にも、農場主が商品をプロモーションできる場所もあって、そこに出かけて行った時には、ドキドキしちゃいました。みんな送料さえ安かったら全部日本に送っちゃうのに、と何度思ったことか。
Posted by akemi at 14:19 | Comments (0)
2005年10月16日
Back to an Australian topic
デンマーク皇室に嫁いだオーストラリア出身の皇太子妃に、男の子のベイビー誕生!というニュースに喜ぶ私であーる。
実に半年ぶりくらいに The Age(メルボルンの新聞)のウェブを開いたら、彼の嬉しそうな写真が!(へその緒を切ったぞーとかいう話題もアリ)。
日本で報道されていたかどうかはわからないけれど、彼は結婚式でデンマーク語の後に英語でもスピーチをしたのだけれど、そのときの名セリフ、
She belongs to me, and I belong to her.
(彼女はボクのもので、ボクは彼女のものだ!)
に私は一人大コーフンだったのである。(素敵よねー!)全文をここにみつけたので、ご覧になってみたい方はぜひ!かなり泣けちゃいます。
ということで、一瞬だけの現実逃避終わりー!(涙)
Posted by akemi at 00:30 | Comments (0) | TrackBack
2005年03月13日
Aboriginal Art
韓国を離れる時、何か記念になるものをと思って買ったのは、李朝家具と広州窯。
家具の方は、子供たちにバキバキに壊され、東京での引越しの時に処分。広州窯の食器も、使ってなんぼと思って、どんどんと食卓に出していたら、子供たちのみならず、私の手からもスルリと落ちること数回、ほとんど手元に残っていないというのが実情。今回、オーストラリアの記念になるものをと思っていたのだけど、空港で何か買えば良いかな、程度に思っていた。
ダンナがアボリジナルアートのアトリエに予約をしたといって、一枚のプリントアウトを私に見せた。有名な人みたいだよという彼の言葉を聞くや否や、私は絶叫。その人は、「裸足のアーティストに魅せられて」という連載記事を、こちらの日本語の情報誌に連載されている方なのであり、しかも、私はその方の大、大ファンであって、バックナンバーから何から、ネットで隅々まで読みつくしては、こんなにべっぴんさんで、パワフルでポジティブな人なのに、高飛車なところがぜんぜんなく、すっごい面白い文章を書く女性だと、密かに憧れ続けていたのであった。メルベンを後にするこんな時に、そんなすごい方にお会いできるのかと思うと、メルベンに来たことを感謝せねばとまたまた思ってしまう。
お会いした真弓さんは、私の想像力を遥かに超えた魅力的な女性で、ポジティブなオーラが全身から溢れ出ていた。彼女は丁寧にアボリジナルアートの説明をして下さった。一口にアボリジナルアートといっても、トラディショナルからモダンまで、もちろん、アーティストによってタッチが全然違うのだ。前衛的な近代アートの様なものもあり、アボリジナルアートの王道を行く様なスタンダードなものまで多種多様。一種類であれば、値段に応じて選んで、ということも考えられるが、全くタッチが違う。選べない。どれがいいのか、というよりも、どれも良い気がするのだ。ジミー大西さんの絵が大好きな我が家としては、芸術というのは、やっぱりパワーだよな、と思うのだ。どんなにテクニックが素晴らしくて、高額で落札される様な芸術品であっても、パワーのないものは好きではない。しかし、そのアトリエに置かれている作品は、それぞれがものすごいパワーを発していて、こちらがフラフラになりそうになるくらいだった。だから選べない。どれもすごい。これにしようと思う。時間がたつと、また雰囲気が変わって見えたりする。横置きのものを縦にするだけで、いいなと思ったりする。光があたると更に良いなと思える。壁にかけてみると、もっと良い気がする。選べない。ダンナが私に言った。「あかん、値段はいいから、お前が決めてくれ」そんなー、達ちゃん、私だって選べないよー!!
結果的に選んだものは、ガブリエルさんという女性のミルキーウェイシリーズの一枚。巨大なキャンパスに描かれたミルキーウェイは、アーティストを目指すと言っているタツミにとってもお気に入りの一枚だった。とにかく、本物が欲しかった。子供がずっとそれを見ながら育って、アートのすごさというものを、日々感じ取って欲しいと思ったのだ。
Posted by akemi at 20:44 | Comments (2)
2005年03月12日
SUNDAY MORNING
今日はタツミのオーストラリアでの最初で最後のバースデイパーティの日だった。
本当だったら、手作りのパーティが好みの私としては、我が家でゆっくりと時間をかけてたっぷり遊んでもらいたかったのだが、既に引越し荷物を全て出してしまい、ホテル暮らしの今となっては、それもできない。こんな忙しい時にとは思ったのだが、物より思い出だよな、と思って企画したこのパーティは、いわゆるアミューズメントパークで、パーティヘルパーがつく。親はお金を払うだけで、その他の大変なことは全てプロが司会進行、全てのサービスをしてくれるのだ。
タツミの友達が13人、タカシの友達が4人、うちの子を含めて総勢21名のパーティ。みんな、この日を待ちきれないといって楽しみにしていてくれた。昨年は、手作りのパーティをと思いながら、大学院での勉強が忙しくてお流れになってしまった。手作りにこだわってやらないなら、プロに頼んででもやった方がいいよな、と思い直した。真知即行。カオルは2回とも、スリープオーバー(お泊り)込みの大誕生日大会だったのに、男の子たちはどうしても後手にまわってしまう。
子供たちのママさんと思いがけず、ゆっくりと話すことができたのが嬉しかった。タカシとタツミと兄弟ともどもお世話になっている男の子二人のママは、私のこちらでの最初の友達でもあり、生涯忘れることのできない親友でもある。彼女のおかげで、私はこのオーストラリアの学校での居場所を得た。たった一人の日本人の私に、とてもよくしてくれた。いつも相談にのってくれて、同じくITの職を目指している彼女。学校のことだけでなく、私自身のこれからのキャリア、彼女のキャリア、試験勉強のこと、そんなことも話し合える人だった。そんな彼女から、「私にとっての貴女は、Special だった。貴女は、warm で、親切で、全てに感謝している。貴女がいなくなるのはとても辛いの」と言ってもらえたことが嬉しくて、それは、私が言うべき言葉なのよ、と私は続けた。
昨日は、学校に行くセカンドラストの日だった。校長先生が出てこられて、来週は会議があって会えないかもしれないから、と学校のロゴの入ったタペストリーとキーチェーンを、それぞれ3人の子供たちに下さった。誰にでもあげるものではないの。海外に行かれる特別な生徒さんだからね、と言って頂いた。昨日は陶芸教室の先生に、そして今日は担任の先生に、涙がこぼれそうだよと言われた。あぁ、こんなにも子供たちはみんなに愛されて、受け入れられていたのかと思うと、感謝の気持ちでいっぱいでいっぱいで、どこに向かってありがとうと言っていいのかわからないくらい、胸がいっぱいになる。
引越しがおわって、ゆっくりホテルで休んで、ホテルから学校へ行く道すがら、Maroon 5 のCDを聞く。全て船便で送ってしまったのだが、手元に残したたった一枚のお気に入りのCDだ。Sunday Morning がかかった瞬間にカオルが叫んだ。「やめてー、ママちゃん。そんないい曲かけたら、カオちゃん泣いちゃう」
という彼女の声を聞きながら、既に私の目には涙が一杯あふれて止まらなくなった。急いで曲を変える。運転できなくなっちゃうからだ。でも子供を送った後、またその曲を聞いて、思いっきりボロボロと涙をこぼしながら、どこまでも広がる青い空を眺めながらハンドルをきった。贅沢な日曜日の朝の感じ。その感じは、オーストラリアでの生活全てに通じる、ストレスがなくってフラットで、人間味溢れる暖かな生活そのものに似ている。ここでの生活がいかに、子供たちにとっても、私にとっても、例えようもなく素敵なものだったのかということを、今更ながらに知るのだ。土曜日に通っていた、日本語補修校でも、素晴らしい友達に恵まれた。それぞれの子供たちに、いろんな国の友達ができた。歳をとったのかなとも思う。色々な方々のお気遣いが、身にしみてありがたい。毎日毎日、その感謝の気持ちをどうやって表わせばいいのか、そればかり考えている。
Posted by akemi at 23:07 | Comments (0)
2005年02月13日
Brighton Bay Run
メルベンのBrightonというビーチに近い素敵なサバーブに住んでいるので、何か思い出に残るものをと、毎年、2月に行われる、Brighton Bay Runという5キロマラソンにエントリーしている。
今年で3回目、そして今回が最終回。エントリーはいつも、私と上の三人。昨年までは、子供のちんたらにつきあって30分台だったのだが、今年こそは本気を出して走ってやるぞと決意していた。子供の中で一番運動能力の高いタツミがライバル。私は絶対勝つからねー、というと、タツミも負けないもん、と強気の発言。
しかし。事態は急展開。香港行きが決まったために、全く走りこむこともできず、1年間の運動不足に加え、アトキンスダイエット、引越し準備と、すっかり気持ちはランニングに向かず、それでもエントリーしてしまったため走ることにした。
練習なしで本気出せるのかと思いつつ、走り始めたら、なんと、タツミとタカシがいきなり本気モードで、私のはるか前に走り出てしまった。そんなペースじゃ5キロもたない。必死で私も追いかけて「ペース落とせーっ」と叫ぶのだがなかなか本人たちが見つからない。私までペースを乱されてフーフーといっていると、なんとタカシがいきなり1キロ地点で歩いているではないか。しかも右手で左胸を押さえていかにもしんどそう。
タックンどうした?と聞くと、心臓が痛い、という。ひぇー、こんなところで子供に死なれては困る。タックン、棄権しよう、というのに彼はそれは嫌だという。仕方がないから、彼を見捨てて本気になれるはずもなく、しばらく一緒にゆっくりと歩く。2キロ地点で折り返してきたタツミとすれ違う。本気出す気あるんか!という私はハンディビデオ持参で走っているので、ばっちりとタツミの雄姿を撮影。ついでに情けないタカシの姿もビデオに納める。今年は給水所がないぞ!と怒りながらも、折り返し地点からだんだんと走れる様になったタカシは、時間を気にし始めた。そして4キロ地点でいきなりラストスパートをかける。結果、タツミ30分、私とタカシ35分、カオル36分という結果。それでもそれぞれ昨年よりもタイムを縮めている。タカシと同じくらいの子で、18分でゴールした男の子は、自己ベストを9秒縮めたと表彰台で喜んでいた。トップは16分台。オーストラリアに来て、全員運動不足になってしまって悲しい我がファミリーであった。香港では車を持たないつもりなので、毎日毎日、ガンガン歩くぞぉーっ!
Posted by akemi at 18:58 | Comments (0)
2005年02月06日
I love Melbourne, I love Australia
人間というのは懲りない生き物だ。今の幸せが永遠に続くかの様な錯覚をいつも持ってしまう。
時々、乗り越えられそうにもない辛いことがあっても、その次に訪れる平和な日に感じる、「あぁこれが幸せというのだ、かけがえのないものなのだ、今を生きるのだ」という思いを、しばらくしてまた忘れてしまうのだ。何気ない風景が、これほどまでに有難かったのかと、後になって気づくのだ。
後悔したくなかったから、この2年半、私は全速力で毎日を送っていた。久しぶりに後悔のない年月だった。最初の半年は、初めての英語圏での生活で、泣いたり笑ったり感動したりと、色々と忙しかった。生活に慣れ始めて、自己流に英語を勉強し始めたが全く上達せず、ハッキーを預けてまでフルタイムの英語コースに入った。周りの若いアジアからの留学生(彼らの多くは有名大学を狙う受験生でもあった)の流れにのっているうちに、進学準備コースに潜り込んでしまった。それから一直線に受験生生活。そして大学院生になった。グラジュエートディプロマを取得。そして、修士取得まで、あと3科目を残すだけだった。今月末から、私にとっての最後のタームが始まる。卒業。そして、就職活動、のはずだった。
人生には優先順位がある。私にとってのトッププライオリティは家族である。誰が決めたのでもなく、私が決めたのだ。でも、昨年一年間、私は自分自身の勉強をトッププライオリティにおいていた。この10余年の間で、この一年間だけだった。だからもうこれ以上ない充実感がある。私の本分は、家族の幸せを支える、明るく元気で逞しい奥さんでありママさんであるのだ。そのことをしっかりと再認識した一週間だった。
メルボルンを離れる日が来ることは、最初からわかっていた。書きたいことのほとんどを書けぬまま、でもその日はもうすぐ来てしまう。感傷に浸る時間もないほど、毎日を忙しく過ごしている。それよりも、新しい生活、そして新しい出会いが待っているのだ。
I love Melbourne, I love Australia. 私たち家族にとって、オーストラリアは特別な国だった。子供たちに、日本では得られない様な、素晴らしい価値観を見せてくれた。将来、日本とは違う価値観が世の中には存在するという認識が、彼らを救ってくれるのだと、心から信じている。
Posted by akemi at 20:26 | Comments (0)
2004年11月21日
オーストラリアンアイドル
今日はオーストラリアンアイドル2004のファイナルだった。
16歳の高校生の女の子ケイシーが優勝して、その瞬間から、Webから彼女のシングルのダウンロードが開始された。(http://www.bigpond.com/idol/) ファイナルに残っていたもう一人の21歳のメルベン出身の音楽教師であるアンソニーは、常に女性の熱狂的ファンをつかんではいたが、くしくも二位に甘んじてしまった。しかし、彼の歌唱力も只者ではないし、既にアーティストとしての貫禄も充分だった。彼は間違いなくデビューできるであろう。去年2位だったシャナンがデビューできた様に。
ところで、このオーストラリアンアイドルというのは、チャンネル10で放映されているオーディション番組で、今年で2回目。ここで優勝すると、今度はワールドアイドルというアメリカやヨーロッパなど数カ国からの優勝者たちが集って、その中のナンバーワンを決める世界大会への切符を手にするのだ。一回目優勝者のガイ セバスチャンは、私の熱狂的な応援も空しく、世界では第6位に終ったのだが(ちなみに一位は英語がまだまだ苦手というノルウェーの人だった)、国内最大の音楽祭ARIAでも受賞するなど、国内の今年のミュージックシーンになくてはならない人となった。今年最も売れたシングルが彼のものだった。つまり、ここの優勝者はレコード会社と契約してプロの歌手としての未来が約束されている。
しかし、一朝一夕で選ばれない。セミファイナル、ファイナルと進んでいく間、アイドルを目指す彼らは、番組から出されるテーマに(70年代の歌だとか、オーストラリアの曲だとか)添って、自分で曲を選んでは番組の中で熱唱する。何週間もかけて、一人ずつ絞られていく。それを選ぶのは視聴者達による、SMS(携帯電話のメッセージ、もちろん有料)投票だ。つまり、完全に人気投票になるのだが、カッコいいだけ、かわいいだけ、歌がうまいだけ、というのだけではアイドルにはなれないのだ。そして、この番組を見ながら私は何度も泣いてしまったのだが、どんどんと素人だった人達が目の前で成長していくのだ。
この番組を見ていて思うのは、日本の「アイドル像」との違いに驚く。昨年優勝のガイを見た時には、この国はすんごい国だと思ったのだが、決してビジュアル重視ではないのだが、人間の個性に勝る尊いものはない、といった印象を持ったのだ。例えば、日本だと、つんくだとか小室哲也だとか、そういう人達の前提にあるのは、「アイドルは作れる」という発想だ。しかし、ここ、オーストラリアに来ると、それがどんなにか、根本的に考え方が違う(というより、私は間違っているといいたい!)、薄っぺらいものだと思ってしまう。アイドルを作るという発想は、その人が持っている個性を完全無視するということだ。彼女たちも、それぞれの個性をフィーチャーしつつプロモーションしているという反論があるかもしれない。でも、それは違う。個性というのは、そんなもんじゃない。同じ様に二人も三人も、メンバーが交代してもオッケーみたいな、それのどこが個性だというのだ。個性というのは、他の誰にもない「何か」なのだ。それは、その人によって違う。その人間の生きてきたバックグラウンド全てをかかえながら、その集大成としてのパフォーマンス(舞台で歌うということ)に、他の誰にもない何かをキラリと輝かせる、その時、視聴者は、一種圧倒されるくらいのエネルギーを受けとるのだ。辛口の審査員たちは、これはコンペティションなんだ!と彼らを奮いたたせる。厳しいプロの世界。マラソンレースやオリンピックが私たちを感動させる様に、このコンペティションでも、素人だった人達がだんだんとプロの顔になっていく、そんなドラマを私たちはみているのだ。
今回優勝したケイシーは、普通の太った高校生の女の子で、パッとしないジャージとズボン姿で最初のオーディションに登場している。審査員からその服ではダメだと言われ、自分の人生にはなかった様な服を着始める。お化粧を始めて、ヘアードレッサーもつき、ボーカルレッスンも受ける。パッとしない、でも歌のうまい女の子から、彼女こそナンバーワンとオーストラリア中の人達が思ってしまうほどの、ものすごいアーティストに成長していった。表情もどんどん変わる。自信がついているのが手に取る様にわかる。スポットライトを浴びてどんどんキレイになっていく。彼女は既に素晴らしい歌唱力を持っている、でもそれ以上に、コンテスト期間中の彼女の伸びしろを考えると、彼女の持つ潜在的な才能というものが無限大だと感じさせる。そういった期待も含めたタレント性を見ながら、視聴者たちは投票するのだ。顔はオッケー、スタイルも抜群、いまのトレンドにあっているから、歌なら何とかレッスンつけて形になるだろうと選ばれた女の子に、有名な作詞家、作曲家、そして商業的なタイアップもありで、こってこってに表面上を飾り付けてデビューさせる日本の業界とは違って、その本人の可能性や才能を、最大限にまで引き上げて、そしてそれをどんどんと伸ばしていく。特にここは英語圏なので、音楽界のコンペティションは国内だけではないのだ。他にない何か、個性、それは言葉に簡単には表せないけれど、魅力の源泉であることだけはたしかだ。
といっても、子供たちによると、第一回目ほどの盛り上がりには欠けていたらしい。第一回目は、ガイか、シャナンか、とまさにオーストラリアが真っ二つに分かれるほどの関心を集めていた様だったのだが、今年は、ちょっと真面目な青年と、歌がめちゃうまの女の子、という対決だったので、去年の様な「どっちのオトコが好み?」みたいな女の子たちの格好のおしゃべりネタにはならなかったらしい。とにかく、私は釘付けになって見てしまっていた。あー、次はワールドアイドルに向けて盛り上がってほしいな!
Posted by akemi at 00:52 | Comments (2)
2004年01月10日
ブスのいないオーストラリア
私自身、外見にかなりのコンプレックスがあるということを何度かエッセイにも書いたのだが、これは、生まれ育った場所が日本だったからなのだ、ということに気づいたのは、オーストラリアに来てすぐのことだった。
ここ、メルベンに来て気づいたのは、「ここにはブスがいない」ということだった。ブス、外見的に不細工ということなのだが、なぜか全く見かけない。日本に居た時には、相当数見かけた、私と同じ考えの女性たち。「私はブスで、だから大手ふって町を歩けない」とでも言いたげに、地味な服普A丸まった背中、ブスはお洒落を許されていないのだ、そんな雰囲気さえ漂う。
私は大阪育ちだから、余計にそうなのかもしれない。お笑いのネタによくブスが登場する。社会の迷惑だと言われる。生きてちゃいけないのかな、私みたいなブス、と思ったこともあった。町を歩くと「35点」と言われたこともある。当然、100点満点のうちの35点なんだろうが、家に帰って号泣していると決まって母が、「そういうことをいう奴に限って、男前は居ない」と慰めてくれたが、「35点レベル」と烙印を押された事実が、もみ消されることはなかった。
うちのダンナのブスの定義は極めて分かりやすい。要するに自分をブスだと思って磨きをかけるのを否定した人がブスなのだというのだ。まさに私がそのタイプ。美容院でお洒落な髪型に挑戦することも、派手な色の服を着ることも、化粧品にお金をかけることもできなかった。私には許されないことだと思っていた。でも、それって誰が許すのか? 今思うと実に奇妙な考えだったと思うのだが、社会全体から何とも言えないプレッシャーをかけられて、自由に振舞えないと思っていた。日本では、多分、今も同じではないかと思う。私の様に「許されないお洒落」から目を背けつつ、何とか細々と生きていこうと思っている女性が、全体の何%かは居るのかもしれない。
ブスというのは、実は内面の問題だったのだ、と気づいたのは、オーストラリアの女性を見てからだった。ご存知かも知れないが、こちらは、本当に服装も自由なのだ。冬だろうが夏だろうが、ノースリーブの人、コートの人、裸足の人、バレエのレオタード姿の子供など、もう色んな服装の人が混在している。誰も他の人の服装を見て、指差して笑ったりしない。そういうことに興味すらなさそうだ。特に女性は、老いも若きも、子供さえも、ヘソ出しルック(上のシャツとボトムの間の肌を見せる!)を楽しんでいる。日本だったら、あれはモデル並みの美女しか許されねーよなっ、と思ってしまうのだが、こちらは、どんなに太っていようが、そんなことはお構いなしで、ボンっとハラを出している。それを見てダンナは目を細めるのだ。「いーよなー、カワイイーよなー。あけんもやったら?」などと言う。うぇー、私があんなのやったら社会の迷惑だよー、と思っていたのだが、何も社会に迷惑なんかかからへんやんか、と気づいた。
また、ここオーストラリアでは、女の子は一様に「素敵なレディ」になることを夢見る。ずっと女性的な服装を否定しつつ生きてきた私から見ると、うらやましい限りだ。小さな時から、セクシーな服装を楽しんだり、イベントの時には、ママ自らが率先して小さなレディにお化粧をしてあげる。日本だったら、非行の始まり、なんて思われてすぐに否定されてしまいそうだが、そうやって子供たちは、いつの日か、立派なレディになることを夢見つつ、まっすぐに女性として育つ。彼女たちは、男性に依存しつつ生きるということを考えていない。素敵なレディになることは、いい男を獲得する上で必要なことかもしれないが、それだけが目的ではない。自分自身を好きになる、素敵な女性になる、そして強く自立した人間にもなっていくのだ。だから、彼女たちは一応に姿勢がいい。内面的に隠れて生きたいと思っていないのだ。まっすぐに立って、堂々と生きている。それが、私の感じたオーストラリア女性なのだ。その結果、ブスが全く居ないのだ! 普段、学校の送り迎えなどをしている時のママさんは、それこそ日本のおばさんと同じ様に、気取らない服装をしているが、一度、夜にお出かけとなると、いきなりレディに大変身してしまう。肌の露出したドレス、ばっちりと完璧な化粧。そういう姿を普段から見慣れている子供たちが、私も大人になったら、ママみたいにカッコヨクお出かけしたい、と思っても不思議ではない。
日本では、自分自身を自由に表現しつつ生きてはいけない。何か、他の人と違う部分が目にとまると、とたんに総攻撃にあってしまう様な部分がある。それが怖くて、窮屈な思いをしている人が沢山いるのではないか。自分では気づいていなくても、もしかしたら、知らず知らずに自分自身を狭い枠の中に押し込め、日本の社会にうまく適応しつつ生きているかも知れない。でも、それが本来のあなたの姿ではないかもしれない。オーストラリアでの生活の様に、これほどまでに自由な社会に生きていたら、あなたはもっと違う格好をしているかもしれない。かく言う私も、背の高いオーストラリア女性がうらやましくって、今ではすっごく高いヒールの靴を履いている。ローウェストのジーパンを履いているから、時々、背中から肌をちらちら見せているが、お構いなしだ。
私は本当に、この国にずっと住みたい。子供たちをこちらでずっと育てたい。その方が、本当に素敵な人間になりそうだと思うからだ。日本では自由に自分を表現できない。何とも言えない社会からのプレッシャー。そして、社会的弱者を嘲笑うお笑いの世界に象徴される様に、出る杭を徹底的に叩いて(自分が叩かれる側にま樒ない様にと気を配りつつ)、何となく社会秩序(といわれるもの)をかろうじて守っている様な、そういう異様な文化を形成しているのが、日本。外から見る日本は、かようにも窮屈に見えるのだ。
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