2007年06月30日
FORGIVENESS
長男には右肘の内側に手術跡がある。
小学校入学前に右手を骨折し、その時に主治医が脱臼を見逃し、二日後に急遽手術となってしまった。
その後、長男の右腕は一生動かなくなる可能性も否定できないと大病院の医師に言われたのを受けて、私は長男の左手に鉛筆を握らせて、毎日左手で字を書く練習をさせた。
素直な長男は、それを不思議に思うことなく毎日続けていた。
私は子供が小さな時から、人生色々なことが起こる、どんな障害を抱えるようなことがあっても強く自分の足で生きていくことを教えなければと思っていた。だからこの時も実際は、子供の右手が動かなくなるかも、ということにあまりショックも受けなかった。ただ強く生きていくことを教えなければと、そればかり思っていた。
しかし不憫なのは次男の方だった。
実は長男の骨折と脱臼は、兄弟で遊具の取り合いをしていた時に、我慢できずに次男が長男を突き飛ばしたのが原因だったのだ。血の繋がりがある限り、この二人を完全に引き離すことなどできない。長男の手が動かない限り、次男は一生十字架を背負ったも同然である。繊細な次男が大人になって平気な振りをし続けることなど不可能だろう。被害者(長男)の親としては、力強く生きていくことを教えるだけで良いが、加害者(次男)の親としては、彼の気持ちを軽くしてあげることがどれほど難しいか、それを思うと胸がつぶれそうだった。
加害者の親の気持ちにどっぷりと浸かっていたが、冷静になってみると、被害者の長男が一番辛いに決まっている、と思い直した。長男は、次男を責めたい気持ちもあったであろうが、そんなことは一言も言わず、電気治療に毎日通っていた。問題児の彼であったが、病院ではただただ黙って、ふざけることも大声を出すこともなく、小さな身体に不似合いな大きな機械の前に座らされて、右手に電気を通すという治療を毎日続けた。4人の子持ちであった私も、自分の辛さなど感じる余裕もなく、小さな体で治療に向かう彼をサポートするしかなかった。
この電気治療は、信じられない位の効果を見せた。
執刀医であった先生は、彼の右手が動いたのを見て、思わず「良かった」と言った後に言葉に詰まり、涙を流してくれた。
傷つけられるのは辛い。
でも傷つけるのは、もっと辛い。
被害者自身が傷を跳ねつけるくらい、めいっぱい幸せになること。
それしかない。
加害者の気持ちを軽くするには。
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2007年06月29日
Pieces of a Dream
私は「被害者の母」にも「加害者の母」にも、「被害者と加害者の母」にも、
なったことがある。
長男は昔からトラブルばかり起こし、その度に私は頭を下げて回っていたが、その時ばかりは頭を下げて済むような問題ではなかった。
長男が3歳くらいの頃だったと思う。
長女の通う幼稚園で1メートルほどに高く積み上げられたマットの上に乗っていた長男は、目の前にいた女の子を突然、
突き落としてしまった。
その女の子は、私の身体が凍り付いて何もできない間に、頭のてっぺんからまっ逆さまにスローモーションの様に落ちていった。ヨチヨチ歩きの次男に気をとられていたスキの出来事だった。私とその女の子のママさんは元々友達で、その瞬間、一番現場に近かった共通の友達である某ママがその女の子を抱き上げた。そして同時に、長男をキッと睨みつけた。私はそのすべてを目撃した。
何も言えるわけがない。
私は目の前が真っ白になりながらも、逃げるわけにはいかない、必死でその女の子と抱きかかえた友人の側に駆け寄り、とにかく病院に連れていこう、うちの長男がやったことだ、考え付くお詫びの言葉の限りを必死で口から吐いていたが、そんな言葉など誰の心も溶かすわけなどなかった。
騒ぎに気づいたその女の子のママさんがやってきて、大泣きのその女の子を抱きかかえながら落ち着いた口調で私にこう言った。
「泣いてるから大丈夫よ。心配しないで。よくあるのよこういうことは。」
そのママさんには長女と同い年の男の子がもう一人居て、私はその上の男の子を見ておくから、タクシーで病院に行って、診察代を全てお支払いするからお願い、と言ったのだが、彼女はその女の子が泣き止んで落ち着いてきているのを確認した上で、しばらく家で様子を見て、必要であれば病院に行きます、と言った。
家に着いても心配で心配で仕方がない。夕方まで待っても彼女からの連絡はなかった。私はいたたまれなくなって彼女の家に電話をかけたら、「落ち着いているし、特に吐いたりもしてないから大丈夫。本当によくあることなんだから心配しないで。病院に行くほどじゃないのよ」と彼女は言ってくれたのだが、こういうアクシデントは後から後遺症が出たりする。私は近所で手土産を購入して長男を連れて彼女の家に押しかけた。
私が頭を下げる横で、長男も小さな頭を下げた。
彼女は言った。
「本当に大丈夫なんだって。それよりも私は、貴女の方がかわいそう。うちにも男の子がいるから貴女の気持ちがよくわかる。男の子ってそういうことあるもん。うちのお兄ちゃんだって、今まで本当に色々とあったのよ。でもここまで来てくれた貴女の気持ちもよくわかる、だからこれは頂いておきます。それから必要があれば、ちゃんと病院も行きます、そしてその時は必ず貴女に連絡します。だから、
もう心配しないで」
そういってこれ以上ないほどの優しい笑顔を私と長男に向けてくれた。長男の目線にまで身体を屈めて、「わざわざ来てくれてありがとね」と満面の笑みを湛えながら長男の頭を撫でてくれた。
彼女はそれ以降も以前と変わらず私の大事な友人で居てくれた。
彼女はとても優しくて素敵なママであったが、自分の弱みを人に見せることなどなく、常に自分で全てを解決するようなタイプだった。そんな彼女がある日、私を呼び止めていきなりこんな話を始めた。
「あのね、○○に行くとね、私すっごく疲れちゃうの。ね、どうしてだと思う?」
○○というのは、当時私たちの間では一種キーワードであったある教育メソッドを実践している会で、そこに子供を連れていくと、何故か親である彼女がどっぷりと疲れてしまうというのだ。
本音を言えば、「やめちゃえ、やめちゃえ」と軽く言いたいところだったのだが、彼女が色々と考えて通うことを決めたのだから、それを否定することなど言いたくなかった。私はあれやこれやと気の効いたことを言おうと考えたのだが、中々うまい言葉が見つからず、うーん、とうなっている間に、他のママさんが会話に加わり、その話はうやむやになってしまった。
家に帰ってから、
「普段使っていない神経を使っているから疲れたんじゃない?それって悪いことじゃないよね」
という返答を自分なりに思いついた。次回、その話が出たら絶対に言おうと思っていたが、それ以降その話題が出ることはなかった。
私は何故かその答えを彼女に返せなかったことをいつまでも覚えていて、何故か将来ひどく後悔するのだなと思い続けていた。何故そう思ったかの理由は、それから何年もたってからわかった。
彼女が亡くなったという知らせを受けたのは、オーストラリアに行ってからのことだった。それは彼女自身不治の病に冒されていて余命を宣告された矢先に、突然彼女のご主人を亡くしたという知らせを受けてから約一年くらいたった時のことだった。そしてこの1年は、子供たちと充実した素晴らしい時間を送ったのと伝えてくれたのも、うちの長男が突き落とした彼女の娘さんを抱きかかえてくれたママさんだった。
自分の愛する子供を突き落とした憎い加害者の親を
責めるどころか、相手の気持ちを思いやっていたわってくれた彼女。
幸せな夫婦、幸せなファミリーの典型みたいだった彼女とそのご主人が、どうしてそんなに早く死なねばならなかったかの理由がわからない。
神様に選ばれたのか?
そんなことも脳裏をかすめた。
だけど納得できるはずがない。どうして自分よりも人を思いやる様な人が死んでしまって、社会に迷惑ばかりかけている私がピンピンと生きていて、どこに神様が居るのだ。それならば私が死んで、彼女が生きた方がすっと世の中のためになったのじゃないか。
私はずっとそのことを考え続けて、それでも答えが出なかった。答えなんて出るわけがないと思っていた。
でも、ある日突然、私にその答えが見えた。
彼女はやっぱり選ばれたのだ。
もし仮に、周りに迷惑をかけ、悪事の限りをつくした人が短命で亡くなっても、「罰が当たった」くらいにしか思われない。それは周りに何のメッセージも与えない。でも彼女は違った。彼女の周りにいた全ての人、彼女を知る全ての人が、彼女の死について考えざるを得ない状況に追い込まれた。
彼女が何故若くして死ななければならなかったのか。
そして何故、私は生きているのか。
彼女が生きていれば与えられたであろう、社会や周りの人間へのポジティブな影響を、生かされた自分が忘れてはいけないのだ。彼女が素晴らしい人間であればある程、残された人間へ与える思いは深く重い。現に私はそれから何年も経つにもかかわらず、何故かこの歌を聴くたびに彼女のことを思い出してしまう。そしてその度に自分の生き方を振り返るのだ。時々死にたいくらい辛いこともあって、でもそんな時にこそ彼女が時々私の脳裏に蘇り、生きていた時には見せたこともなかったすごい形相で私を叱り付けて叫び、私に掌をつきつけるのだ。
「その命、私に頂戴。貴女なんかよりもずっと立派に生き切ってあげるから。命の限り全力で生きるから。」
幼い子供二人を残して死ななければならなかった彼女の気持ちを100%理解できるわけがない。でも彼女の気迫が私を正気に戻す。その度に命の限り全力で生きるのだ、と決意を新たにする。
ポケットの中にある、彼女に言いかけた言葉に触れてしまうことがある。
その度に思い出す。
その度に、彼女が私の脳裏に蘇り、叱咤するのだ。そして私は彼女に誓う。
全力で生きるのだと。
ほどなく彼女の表情がほころぶ。いつもの様に、毅然としているけど少し色っぽい声で、彼女は言うのだ。
「でも、それが人生の醍醐味、でしょ?」
肩にめいっぱい力の入った私に、彼女はもう1つのメッセージも託す。
「楽しんで」
Peices of a dream Chemistry
Posted by akemi at 01:24 | Comments (0)
2007年02月14日
現実は常に私の生き方を試す
もう10年近く前の話である。
私が住んでいた東京都江戸川区の某駅前にある公園での出来事だった。
公園には時々、所謂ホームレスのおじさん達がやってきては、子供たちをボーっと眺めていたりしていた。公園に居合わせたママさん達は、きっと怪訝な目で彼らを見ていたに違いなかったろうが、当時から公園でもプログラミングの本などを必死で読んでいた私は、周りの状況が全く見えてなかった。空気も読めていなかっただろう。
ある時、そのホームレスのおじさんの一人が、私の長女と長男の方に近づいて何やら話しを始めた。私はそれを何となくぼんやり眺めていたが、そのおじさんは、彼が食べていたスナック菓子を長女の手に握らせた。
突然私のところに、親切なママさんがすっ飛んで来てこう告げた。
「気をつけて。ごみ箱から拾ってきたのかもしれないし、どんな病気を持っているかも知れない。賞味期限切れているかも知れない。食べさせたらだめよ」
そのママさんの顔には意地悪そうな雰囲気は全くなかった。本当に心底私の子供のことを心配してくれているのがよくわかった。私はどうしようかと思いながらも、とにかくそのおじさんの所に行って、お菓子を頂いたのだからお礼を言わなきゃ、そして、ひとまずそのお菓子の処分については後で考えようと思ったのだ。
走り寄った私を認めて、彼はまるで私たちのさっきの会話が聞こえていたかの様にこう私に言った。
「あの、本当に僕がお金を出して買ったものだから。拾ってきたものと違う。食べて。」
私は言葉を失った。
子供たちはその袋からスナックを取り出し、それを大きく開いた口に持って行こうとした。
私の後ろで状況をずっと見ていた周りのママさん達の緊張感が私にも伝わってきた。
私の心の中で涙がこぼれそうだった。大げさに言えば、自分の子供の命と、このおじさんの言うことを天秤にかけなければいけない、そういう状況だった。時代は既に愉快犯による犯罪も増加していて、むやみに見知らぬ人と話をしてはいけない、そういう社会になっていた。
そこで私は観念した。
もしこれでうちの子供達が死んだら、私がその責任を、その後悔を一生背負うという覚悟だった。でも、きっとこの覚悟は無駄に終わる、そう信じたかった。事態は静かに進行していた。
私の後ろで「あー、食べちゃった。私知らない」というママさん達の声が聞こえた。
私は静かに気を取り直して腹を括り彼にお礼を言うと、彼は「おいしいか?」と子供たちにやさしい眼差しを向けながら尋ねた。子供二人ともが大きな声で「うんっ」と言うのを聞くと、満足そうに公園を後にした。
その時。
私は、そのおじさんが嘘をついて子供を騙しているとは決して思えなかった。
自分の行為が誤解を与えるかもしれないということを知っていながら、なけなしの現金で買った大事なスナック菓子を、他人に分け与えるという行為は尊いもの以外の何物でもない。
それに子供たちの前で、そのお菓子をつきかえしたり、また何も言わずに子供たちを抱きかかえてその場を離れる様なことがあれば、子供たちは何を思うだろうか。暖かい尊い気持ちを踏みにじる方が、私にとっては耐え難いことだったのだ。
そして、そのおじさんには、子供たちが頂いたお菓子を喜んで食べる姿も見てもらいたかった。彼が居なくなった後ではなく。
もちろん、これは結果論だ。
うちの子供たちには、何の問題も現れなかった。だから言えるのだ、それは私でも分かっている。
難しい時代だ。
綺麗な心でありたいと思うが、無知なために人間が死ぬことだってある。
現実は突然にやってきて、私の生き方や考え方を試す。ハートで感じとるしかない、のかも。
Posted by akemi at 23:23 | Comments (0)
2001年02月18日
「生きる力」と基礎学力
最近、教育の現場で聞かれる言葉に「生きる力」というものがある。
文部省が出してきた言葉だから、あちこちから批判もあって、ママさん達の間には、「また文部省が、よーわからんこと言うてる」という懐疑的なムードさえ漂っている。しかし、私は最近になって、この「生きる力」の大切さをしみじみと感じるのだ。何故、文部省がこんなことを言わねばならないのか、そのあたりも何となく理解できる様な気がしてきた。
日産のカルロス・ゴーン氏。すごい人だなぁと尊敬の念をもっていつも拝見しているのだが、彼が日産に来て最初に言ったことが「まず、言葉の定義からはじめましょう」ということだと何かの雑誌で読んで、ものすごく感動した。特に、日本語というのは定義が曖昧で、暗黙の了解のうちに、ただ何となくわかりあっている様な気がする、ということが多いのだが、これは外国の方にとっては全く理解不能なことであって、彼がそう言ったのは当然のことかも知れない。それでも、きちんと言葉の定義をして、という彼は、本気でこの会社を立て直し、国際競争力に打ち勝とうと思っているのだ、と感じられて素晴らしいと思うのだ。
そう思ったのはネット上のある議論がきっかけだった。「社会性というのは集団生活の中で自然と身に着くものではありません。親のしつけで身につくのです」という内容の発言を読んだ時、私の頭の中は???で一杯になった。その?というのは、この発言者に対する違和感ではなく、「社会性」って何だろう、という事だった。そう考えると、もう「社会性」とは何ぞや?と哲学的なことが頭をよぎり、世の中の言葉全部が、私には理解不能な言葉の様に思えた。どうしてこれで今まで色々な人とコミュニケーションとれていたのだろうか、と思うと、いや、本当には理解しあえてなかったのではないか、という想いがふつふつとわいてきて、「まず言葉の定義を」といったゴーン社長の言葉がすっと脳裏をかすめた。
ネット上の議論で、全く平行線をだどったり、お互い、まず結論ありきで相手の意見を全く聞いていない様に見えることがよくある。お互い、ある単語の定義(というより、その単語の理解)が、違っていることも多い。そんな時に、きっちり定義づけをすると、議論が整理されるのだろうが、そういう展開になることはまずない。お互いを罵倒して、相手は何と頭の悪いヤツかと切り捨ててしまうこともよくある。先の話題に戻るが、「社会性」とは、人とコミュニケーションをする能力だと思う人もいるし、道徳心を身に付け自立する能力だとする人もいる。コミュニケーション能力をイメージする人は、集団とのかかわり合いを重視するだろうし、道徳心をイメージする人は、親のしつけを重視するのは理解できる。そんな時、「社会性」という言葉の定義をきっちりすると、お互い考え方に大きな違いはなかった、ということもきっとあるだろう。言葉の定義をきっちりとすることで、結果的には不必要な対立を生むことのない、幸せなコミュニケーションがとれるのではないか、という気がする。
ところで、「生きる力」と聞いて、皆さんはどういう定義をされるだろうか。私は次の様な定義でとらえている。
「親兄弟を失い、財産もなく、家屋もなくなってしまった」という状況で生きていく力。
そこまでー、という方もいらっしゃるかもしれない。しかし、私は確かに大学時代に「今、親兄弟が死んで、家もなくなって、お金もなくても、私、生きて行ける」という自信を得た瞬間があった。若さもあっただろうが(というのは、今この歳になって逆に、親兄弟に死なれたら、もう生きていけないっ、と思ったりする)、いろいろなアルバイトを重ね、インドやネパールに一人で出かけて、どんなトラブルにもそれなりに乗り越えて、ポジティブに生きてこれたという自負が、確固たる「生きる力」として自分に備わったと感じらえた瞬間があり、その力のおかげて、この歳まで生きてこられたという実感が私にはあるのだ。だから私は、自分の子供にも、この力をつけてもらいたい、そしてそれは、人間が生きる上で必要最低限であり、しかも最高の能力だということを伝えたいと思っている。私の父がいつも言っている「頭の良さというのは生き方の問題だ」という言葉は、有名大学を出ているとかそういうレベルではなく、本当の頭の良さというのは、その人の生き方、つまり逆境に置かれた時に、いかに腐らず、人のせいにせず、ポジティブに考えて判断して行動できるのか、というところに現れるのだ。
文部省の新しい指導要領の批判の中に、「生きる力を求めるあまり、基礎学力をないがしろにしている」というものがある。こういう方の中には、「生きる力」というものは学校で学ぶものなのか?という疑問があるのだと思う。それに対しては、私も似た意見をもっている。「生きる力」というものは、親の後ろ姿を見たり、日々の遊びや生活の中で、少しずつ経験をつんで習得していくしかないだろう。しかし、昨今の子供たちを見ていると、そんな「日々の遊びの中での経験」さえも積めない状況になっているということを感じる。
この「生きる力」の重みを考えた時に、「基礎学力が低下してしまう」「中学受験に遅れをとってしまう」などということは、私に言わせれば、ふけば飛ぶ様な紙切れ一枚程度の重みしかない。話のレベルが全く違うのだ。「生きる力」が、真の頭の良さを子供達に授け、どんな逆境にも、時代の変革にも、乗り越えていける人間へと導くのだ。その能力があれば、自分が必要と認めた時には、自分から勉強もするし、困難な道も乗り越えていくことができるのだ。
今は家庭だけでは「生きる力」をつけられない。文部省の悲痛な叫びにも似た、苦渋の方針なのではないか。私は、その方針は間違っていないのではないかと思う。表面的な批判をする前に、「では、自分の子供に『生きる力』をつけさせるには、自分には何ができるのだろうか」そう自問してみるといい。
Posted by akemi at 18:42 | Comments (0) | TrackBack
1999年11月08日
モチベーションなき教育
語学でもパソコンでもスポーツでも何でもいいのだが、何かを習得しようとした時に、一番重要なことは「モチベーション(動機づけ)」だと常々感じていた。
高齢者のパソコンサポートをボランティアで始めてから、「どうしてもパソコンやりたいんですっ!」とおっしゃる方で、結局パソコンを使えずに終わった、という人は、今まで一人としてお目にかかったことがない。
逆に、私と同世代で頭も良さそうな人の中に、「パソコン、どうやっても覚えられない」という人が沢山いることも知った。そして、前者と後者の間の大きな違いというのが、この「モチベーション」なのだ。
高齢であチてもパソコ唐やりたいという方の多くは、明確な目的意識をもっていることが多い。例えば、外国に居る娘になかなかコンタクトがとれないので、電子メールを送りたい、とか、以前に習った中国語を使って、中国語のサイトを読んでみたい、とか、株の売買で電話がかかってくるのがうっとおしいから、インターネット株取引をやってみたい、とか、実に具体的で、しかも強い衝動でもって、「パソコンやりたいんです」「インターネットやってみたい」と相談して来られる。しかし、若くても覚えられない人というのは、「パソコンでもやっておかないと時流に遅れる」「就職に有利らしい」「『友達がインターネットでもやろう』といってきた」など、とりあえずムードが漂っていて、こちらとしても面白味がない。そこで、私は、話をする中で、その人の興味などに探りを入れて、そこからパソコンを絡めると、どういう風な展開が考えられるか、そういうことをロマンたっぷりに語ることにしている。格好よく言えば「動機づけ」をカウンセリングしている様なものかもしれない。でも、動機づけというのは、自分の内面から出てくるものなので、他人にちょっと言われたくらいで、「ほほーっ」となるのは稀だ。だからそういう時は、時期尚早なんだろうな、と思って、こちらも深入りしないでおく。
ところで、子供の教育でも、同じことが言える。例えば、英語などの語学を習得するのは、「本人」であって、一方的にレッスンをつけられたって、本人にやる気がなければ、何年アメリカに住んでも話すことなど無理だ。でも、例えば、すんごいベッピンで「ナイスばでぃ」なブロンド女性が、自分に好意を持ってくれている様だ、なんてシチュエーションになれば、大抵の男性は、1ケ月もしないうちに、基礎英会話くらいは話せる様になるはずだ。だから、語学教育なんていうのは、まず、「モチベーションを育てる」だけで、あとは本人が自分から進んで学習するはずだ、ということを、いつも思う。だから、小学生で英語の授業が必要か否か、なんていう議論の前に、外国人(これは英語圏のみならず)と接する機会を作り、例えば片言の英語だけでも通じて、お互いに楽しい雰囲気が味わえたなら、その中の何パーセントかの子供は、外国語でコミュニケーションできることに魅力を感じ、もっともっと話せたらいいのに、と思うことだろう。この時、全員が同じ様に感じるとは限らない。必要ないと思う子供もいるだろうし、はずかしくって死にそうだから、もう二度と英語をやりたくない、と思う子もいるだろう。でも、私はそれでいいと思うのだ。
じゃ、その時、動機づけを得られなかった子供は、どうするか、というと、例えばそれから大人になって、それでも英語などの外国語の必要性を感じなければそれでいいし、60歳を過ぎてから、突然、外国に住む機会に恵まれたりしたら、その時に、猛烈なモチベーションを感じて、それから時間をかけて習得のための努力をすればいい。人間の人生は、今が必死、今が大事、今が一所懸命に生きているのだから、将来の保険のために、大事な若々しい「今」を、モチベーションなく使い捨てなくてもいいと思う。
みんなが自分の人生を大事に思い、考えていれば、行政側に「その人間がとりくむべき課題、学ぶべきもの」を求める必要などないはずだ。「基礎教養」などというと、何か人間として、必要な知識のボーダーがある様に思ったりするが、それは人それぞれに違う。歴史上の人物を知っていることを「基礎教養」と思う人もいるし、今流行のアーティスト名や、最新のニュースがそれだと思う人もいる。人それぞれに、イメージするものが違うということは、万人に共通の「基礎教養の範囲」などというものはない。しいていえば、「生活していくのに困らない程度」というのは言えるかもしれない。でも、そういう知識の習得は、子供にとっても多くの場合、「知りたいという欲求」があるのが普通だ。それを持たないというのは、大人側の勝手な論理を押し付けられ続けてきて、感覚が麻痺しているのではないかと思ってしまう。
私の周りにいる子供達は、みな、時計をよみたくてウズウズしているし、お買い物に困らない様に、たし算や引き算、かけ算ができるようになりたいと思っている。大人が読んでいる様に新聞の漢字も読める様になりたい、みんながみんな、知的好奇心の塊の様に、キラキラと目を輝かせている。
なのに、小学生から落ちこぼれがいるとは何事だろうか。
それは、子供の興味や関心を完全に無視しているからかもしれない。また、実生活に繋がっていると気づかせてもらえなかったからかもしれない。子供自身のモチベーションなく、一方的に大人が教育していく。「将来にきっと役立つから」なんて言葉を、7歳の時の貴方は、理解できたであろうか。環境を整えて、子供の興味・関心をベースにして、何か一つを掘り下げて追究してみるとわかる。そのプロセスにいかに多くの「頭を使う作業」と「実生活に必要な知識の習得」が含まれているかに驚くことだろう。
私は小学校から高校まで、素直に普通の学生として過ごしてきた。自分の中に何が残り、何が消えていったかについては、よくわからない。ただ言えることは、大学の時に、自分の研究テーマをみつけ、そのために膨大な資料にあたり、多くの時間を割き、一つの仮説を追究していった経験が、社会人になった時に、一番役立ったのだ。その時の大学教授はこういった。「みなさん、卒論のテーマは何でも構いません。どんなに小さなことでもいい。あなたたちは、何かを知りたいと思った時に、どこに行って、どんな資料を探せばいいかなど、その方法について、大学で自分のものにして下さい。そうすれば、社会人になった時、その問題解決の手法が役立つはずです」果たして、その通りであった。そして、私にとって、これほど楽しい「学び」の時間はなかった。そして、その時、たった一つのものを追究していった、(そしてそのテーマは、本当に何でもよかったのだ)そのプロセスは、きちんと自分の身に付いている。
自分の興味・関心を中心に学習をすすめるプロジェクト学習・テーマ学習は、小学校にも浸透しつつある。私はそれを歓迎したい。従来の、ただやみくもに、これで「子供を教育するという大人の義務は果たしましたよ」、とでも言いたげな、大人のマスタベーションの様な教育はもうやめだ。モチベーションのないところに、「身に付く学習」などあり得ない。受験対策に、科挙的知識習得のための学習を強いる親もたくさん居る。他人様の価値観など否定するつもりはないが、少なくとも、「少子化世代のイマドキの子供」が大学に入る頃は、大学受験はどういうものになっているか。日本にある大学の数、子供の数、考えてみただけで答えは出る。インターネットの世界を見れば、もっとよくわかる。「東大卒」だからアクセスしたいサイトなんて一つもない。他人の真似が評価されるはずもない世界だ。他の人にない何かをアウトプットできる人間だけが、評価され、存在を歓迎されるのだ。
だからこそ、その子なりの、その人ならではの「モチベーション」を大切にすべきだと思う。「動機が不純」結構、結構!素晴らしいではないか! 動機なく勉強させられ、結果的に何も身につかないよりも、ヨコシマでも動機があった方がいい。だからこそ、教育にあたる大人たちは、そのモチベーション(動機づけ)の部分に、多くの頭を使うべきだな、と今思っている。
Posted by akemi at 18:42 | Comments (0) | TrackBack
子供が幼くいられるということ
うちの長女「カオル」は、理由あって、幼稚園を転園した。
私立の幼稚園の教育方針にあわなかったのは親の私の方だった。躾に躍起になり、子供ではなく親へのサービス過剰、何かあるとすぐ「自立」を叫ぶ幼稚園。そして何より、担任の先生に「子供への優しく暖かい愛情」を感じず、自分の子供が軽んじられていると思ったら、いてもたっても居られなくなった。
それから色々な幼稚園を探した。途中入園を受け入れてくれる園は、ほとんどなかった。たった一つ、公立の幼稚園のみが見学を許可してくれたので、見に行って驚いた。何と子供たちがのびのびと生き生きとしているのだろうか!!
モンeッソーリやシュタイナー関係の幼稚園の子供達を見て驚いたことがあった。何故だか、子供たちが妙に「幼い」感じがしたのだ。それと同じ印象を、その公立幼稚園の子供たちにも持ったのだが、これは他の私立幼稚園には、全く無いものだった。うちの周りの私立幼稚園に通う子供たちは、いわゆる「子供らしさ」があまり無い。大人のミニチュアみたいな会話が続く。大人社会でしか聞かれない様な言葉がポンポン飛び出し、身なりもコギャル・マゴギャル路線に思えたりする。それが普通と思っていたから、その公立幼稚園の子供達を見て、逆に驚いてしまった。「昭和初期みたいなコドモたち」がそこに居た。今も昔も子供は変わらないんだな。そう思うと嬉しくて涙が出そうになった。
「幼い」つまり、「子供が子供らしくいられる」ということは、どういうことか。これは、常に大人側の都合を押し付けられていない、ということに他ならない。行動基準が大人とは違うということを保証されているのだ。その公立幼稚園の子供たちは、2年間のあいだ、大人側の都合とは関係のないところで、「自分が自分である」ことを尊重されていく。そして自分の「我」を通すことで他の子供たちとぶつかり合うのだが、それをそれぞれ小さいながらも自分なりの地頭を使って、乗り越えていく。その中でどんどん精神的にも強くなっていく。自分の我を通して、相手の我を押し付けられ、トラブルになり、それぞれが考え、行動していく。何度ケンカしても、仲直りをして、受け入れられて、相手を許して、その中で強くなっていく。そんなこんな、日々ドラマチックな関係を続けて、大人の目を気にせず、自分自身の「生きる力」を育て続ける子供達。 「大人ウケする行動様式」を押し付けられずに、幼いことを許されてのびのびと育っているのだ。そしてこれがどれほど大切なことか、多くの親達はきっと気づいていない。頭で考えてはいても、半分本能的に行動できてしまう幼少期の、この多くの体験が、いかに重要かを。
しかし、多くの私立幼稚園では、大人、つまり先生の言う通りに出来る子供が「よい子供」であるため、子供たちは常に、先生の目を気にして行動するクセがついていってしまう。これは、行動規範を外に求める、ということになりがちだ。全員が先生の方を向いて、子供たち同士の横のつながりもなく、トラブルもなく、また、ケンカになれば仲裁が入り、ということばかりをやられていては、子供達の中に、「自分自身で考えて、行動する」という能力が育つわけがない。そういう環境においておきながら、いざという時に「最近の子供は自分で考えて行動できない」などと憤慨したりする親や先生がいる。そういう姿を見る度に、「あなたがそう仕向けたんでしょうが!」とツコミそうになることもある。
子供が幼く、子供らしく振る舞えないということが、いまの日本の病理の根源かもしれないと、ふと思うことがある。日本の社会全体が、「大人のミニチュア的子供」 を求め続ける限り、 自ら判断し、答えを導く子供など育つことはないだろう。
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1999年10月20日
キレる子供とキレない子供
何故、キレてしまう子供とそうならない子供がいるのかについてずっと考えていた。
漫然と家庭環境だとか抑圧されているとそうなるとか、マスコミが色々と言っているが、どうも納得できないことがあった。
自分の経験から言うと「キレない子供」っていうのはいない。じゃ、問題があるのは本当に「キレること」なのか、というとそうじゃないんじゃないかと思えてきた。キレるキレないが問題なんではなく、キレた時に自分でリカバリーできる手段を持っている(知っている)か否か、という部分がキーになるのではないかとふと思ったのだが、それにはキッカケがあったのだ。
昨日フことだったBタカシが時間をかけてブロックで何やら立派なものを作っていたのだが、それを自分で間違ってこわしてしまった。そこで、一瞬爆発して(キレてしまった)のだが、その直後いきなり
「もいっかい、つくろーね」
と独り言を言いながらちゃんともう一度最初から作り始めたのだ。それを見て「ひょえ〜」と死ぬほど驚いてしまったのだ。シチュエ ーションとしては、私が長文のメールを書いてさぁ送信、と思ったところでいきなりブレーカーが落ちてファイルが復帰できない、というのとあまり変わらない。そこで、「しゃぁないなぁ、もいっかい最初から書こっか」となるかどうかを考えてみた。自分でも「やれやれ書き直すか」程度ですむ時と、「もうイヤ!もう絶対何もできない(びぇ〜ん)」と暴れまわって、気持ちの切り替えが全くできない時と色々あるのに気付いた。
どうして、タカシは、自分で「もいっかいやってみよう」と気持ちの切り替えができたのか。というのは、いつもそうやってできるとは限らないからだ。今回は何故そうならなかったのか。実は「大好きなメニューの朝ご飯」をたらふく食べた直後(笑)だったのだ と合点がいった。つまり、いっぱい食べて「満たされている」状態だったのだ。
お腹が減っている時、眠い時、何かの栄養素に欠けている時など、 何でもいいのだが、「何か満たされない感じ」があると、どうもリカバリーできない傾向があるのではないかと思う。で、よくマスコ ミに登場する「(一線を超えて)キレてしまう子供たち」というのは、自分の中で、キレた時にちゃんとリカバリーできた経験というのが極めて少ないんじゃないだろうか、と思えてきたのだ。つまり 「慢性的欲求不満状態」であったのかもしれない。
こういう「やってやろう」という意欲というのは、かなり条件の揃った中でしかできない部分がある。子供が小さい時はなるべく、 そういう「満足感」の中でトライする環境を整えてあげることが大事なんじゃないか、と思えてきたのだ。そういう経験というか「うまいことリカバリーできたイメージ」を沢山もっていると、現在、 自分がなぜリカバリーできずにキレっぱなしなのか、「あぁ、今俺は腹が減ってるんだな」とかその原因を自分で特定して対処できる 様になるんじゃないかとも思う。
こういうことを言うと相当過保護的かとも思うが、「小さい時」 に限定された特殊な過保護状態(親がある程度欲求不満に陥らない様に対処)というのは必要だと思ったのだ。たっぷりの睡眠をとり、毎日美味しいご飯をたらふく食べ、思いっきり外で遊び、そういうストレスのない状態で、少しずつのチャレンジを成功させていく。 大きくなるにつれて、少しずつ「欲求不満」の度合なんて黙っていても増えてきてしまうのだから(人間関係も広がるし)、その中で、 小さい時の「よくわからないが漫然とした(自分はうまく乗り越えられる)という自信」をベースにして、またまた一つずつ成功経験を増やしていった人が、いわゆる「健全に生きられる人」となっていくのではないかと思う。
キレて問題のある中学生というのは、先の「もういっかいやってみようと言ったタカシの心境」というものをあまり感じたことがないんじゃないか、と思ったのだ。これは、難しいおつかいを頼まれたカオルが、「うん、やってみる」と言った時の心境にも通じる。きっと自分はやれる、と信じられる心境になるには、小さい時にはそれなりにいくつかの条件が必要になるのではないか、精神的にも、物質的にも満たされた(客観的に満たしている様にみえるということではなくって、本人が満足している)時を周りが考えてやらないとなぁ、と思ったりもする。
例えば神戸の中学生の場合、自分の中のフツフツという感情が、もう「対処不可能な段階にある」と自分で思ってしまったのではないだろうか。自分ではもうどうすることもできない、対処できない、コントロールできない、という心境だ。
モンテソーリ教育というのが幼児教育であるのは、そこのところじゃないかなとも思えてきた。つまり、小さい時、成功経験を増やして自分がやれると実感できた子供は、そのまま普通の小学校に入っても、それなりに外界と折り合いをつけなければならない状況に陥っても、自ら対処できる芽を持っているのではないか。自分は乗り切れるという自信、それはもうやっぱり小さい時にしかできない (というのは、大きくなったらそういう「満たされた環境」を親が 作り出してあげることができなくなってしまう)のだなぁ、と思っ たところだ。
普通の幼稚園で一番気になるのは、「新しい何かを覚える楽しみとそれをやり遂げた成功経験」は増えると思うのだが、逆に、それを時間内に終わらせることができない子供達にとっては、「新たな欲求不満の種を増やすこと」にもなりえる点だ。私にも経験があるのだが、心の底にいつまでも「あぁあれは納得のいかない作品であった」という感情を残す。それが周りから時間を断たれてしまったことだとか、好きでもないことを延々とやらされた恨みみたいなも の(笑)は、結構残っている。果たしてそれが3、4歳の子供に必要なことなのだろうか。
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1999年01月10日
無くて七癖
最近、癖とは何だろう、と考えるようになった。
枝毛切りが癖になっている、という友人が学生時代何人もいた。自虐癖というのか、自分の手をカッターナイフで切る癖のある友人もいた。貧乏揺すり、なんて単語がある位だから、その癖のある人は、あるパーセンテージで存在するのだろうし、目をパチパチしてしまう人、話をする時、目をつぶる人も結構いた。私は一時、人と目が合うと本能的に小首をかしげるという超ブリッッコムリムリの癖があったし、会話の時に手を抑えつけられると話せなくなる(ジェスチャーが常につく)し、疲れるニ何故か、手を腰にあてて 「体操のお兄さん化」してしまう。
どうしてそういう癖がついたのか、自分でもわからないが、ある種の「自己防衛本能」から出ているのかな、と思ったりする。つまり、それぞれにちゃんと原因があるのではないか、と考えたりする。
私は子育てをしていて、子供の「癖」に一番悩む。「どうしたら治るのかな?」というより、そうさせる何かがあるのだ、と思って悩んでしまうのだ。 子供の毎日を観察して、自分の気持ちを整理して、子供が欲して果たせない何か、つまり欲求不満の原因が何であるかを、日々考え続けるのだ。
今までに何回か経験した。カオルが目をパチパチさせ、一種のチック症状を見せた時期もあった。そして、タカシにも同じ現象が見られた時もあった。 肩をヒクヒクっと頻繁に上下させる時もあれば、タカシの場合は、壁紙をむしりとって食べる、という事にまでなった。その全てを一つ一つクリアしてきたのだ。その時に学んだ事は、「そんな事してはダメ」と口で言っても全く効果はない、という事だ。だって原因が他のところにあり、それが解決していないのに症状だけ消えるわけないのだ。そして何度も何度もそういう波がきては、子供向けのアンテナの感度を三倍くらいに上げて、毎日を送ることになる。原因が「あっ」とわかった瞬間、症状は即おさまる。そして、今度の波はカオルだ。カオルが服を噛むのだ。気がつくと服の端を持って噛んでいる。泣いた時などは、もう服の大部分を口の中に押し込んで噛みまくってワーワー言っている。そしてカオルは、気がつくと、シャツの襟首のところに手をかけてしまうのだ。カオルの服は全て、首のところがノビノビになってしまっている。深層の原因は「欲求不満」なのだろうが、もっと表層部の環境因子としては、「手持ちぶさた」「口がさみしい」「姿勢が悪い」という事が考えられるなぁ、などと思っている。とりあえず、口がさみしい、 を何とか満足させてあげようと、カオルが1歳2ケ月までしていた「おしゃぶり」を渡してみた。すると、喜んでおしゃぶりしているのだ。おお、これ はちょっとマズイかもしれない。しかし、彼女は満足そうにクチュクチュやっている。うぅん、やはり根本原因を探さねばならないなぁ、と思っていた。
そしてカオルのその癖はなくなった。家の手伝いを全面的にお願いするようにしたり、とにかく彼女にとっての「面白くワクワクする時間」を増やしていくうちに、気がついたら泣くことも襟口に手をかけることもしなくなっ た。
そう考えると、子供の癖というのは、私にとって子供の心を探るヒントに 成り得るものだと思える様になった。内面に溜め込む前に察知できる重要な鍵なのだ。
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1998年09月01日
子供からリアリティがなくなっている
ずいぶん前に図書館から借りてきた「折り紙」の本の巻頭に、
「少し前までは、折り紙は子供の想像力の芽を摘むという理由から歓迎されなかったが、最近になって、集中力を養うという観点から見直されてきた」という文を見つけて、
アホかいな
と思った。そう思ったのは文の前半、「想像力の芽を摘むから歓迎されない」というところだ。こういうことを言う専門家の人の頭の中って、一般の人よりもド単純に出来てるんじゃないかと怒りさえ込み上ーてくる。24時間365日、折り紙しかしない人がいたら、そういう事を言えるのかもしれない。いや、tに、それほどまでに「折り紙」に集中できる人、というのはタダ者ではない。子供の遊びの中にひとつ「折り紙」が入るだけのことを、専門家の人があーたらこーたら無責任に言う。折り紙だけに限らず、テレビやファミコン、インターネットなど の弊害を羅列した挙げ句、「これは百害あって一利なし!」と単純に切り捨てていることが結構多い。その根拠に、夜な夜なチャットに耽り体調を崩した主婦の例や、テレビを見ることによって暴力を学習した生徒の例や、電源オンオフで生命をリセットできるバーチャルペットの弊害、などをあげて、「由々しき事態である」とそれらしい解説がつく。そんなマスコミの報道を見るたびに、「ケッ」 と思うのだ。
例えば、チャットやネットワーク対戦ゲームにはまっている主婦の話でいうと、こういう人は、中毒と言わず、「依存症」なのである。対象があるから中毒になるというよりは、実生活の中で果たせない何か、つまり何らかの欲求不満を埋めるために、何かに頼っているだけである。それが人によっては、アルコールであったり、仕事であったり、インターネットのチャットだったりするのだ。問題は、インターネットではなく、その人の内面である。
仮想現実を現実と勘違いしてしまう小学生を例にとると、仮想現実が悪い、という以前に、それ以外の現実を、親や地域社会、学校が見せてくれない、という事があげられる。バーチャルペットがリセットして生き返るからといって、人間も同じ様に生き返ると思っている子供がいたとすれば、それはバーチャルペットが悪いのではなく、人間や他の生物の死から、子供達を隔離してしまった親や社会が悪いのである。ペットの死などを通して、どうしようもない悲しみを経験した子供が、もしバーチャルペットを育てたとしたら、きっとその子は、バーチャ ルペットであっても、その死を悲しむであろうし、リセットして生まれたペットが、「生き返った」のではなく、全く別のペットとして生まれてきただけだ、と思うだろう。つまり以前慈しみ育てていた「あの」バーチャルペットは二度と生まれ返ったりしない、と思うのではないだろうか。
逆に、テレビの暴力シーンを見て暴力を学習した子供が要るからテレビはいけない、という話を見てみると、「子供にテレビを見せっぱなしにしている親の姿」や、「視聴率だけを意識した哲学なき番組製作者の姿」が浮かぶ。テレビが悪いのではなく、テレビの見せ方ひとつコントロールできない親がまずいのだと思う。
最近の子供がオカシイと批判するのであれば、子供からリアリティを奪った現代社会を憂えなければならない。過保護にするとか放任にするとか、そういうことではなく、嘘偽りのない現実、そういうものは見せるべきだと思う。しかし、 それを理解するのには、年齢により段階があって然るべきだと思う。そういうリアリティの見せ方ひとつ、親の哲学が必要になってくる。自分が子供のころに、 何を見て何を学んだか、そういうものがやっぱり育児の指針になるのであろう。
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1998年04月10日
傷は母親の心の中にある
いろいろと悩んだこともあったのだが、育児の王道は「母親が自分の人生を楽しむ」ことしかない、と実感してからは、妙に気持ちがすっきりして、情緒が安定している。
そういう時はすっかり自信満々で、「ママが楽しい毎日を過ごさなきゃ!」なんてちょっと説教こいてみたくなる。こっちがヘラヘラしていると、相手は「それができれば悩まない」とでも言いたげに、それができない理由をあげる。おお!できない理由を探しているうちはダメね、ダメ。なんて結構ドライな考えをしていたのだが、いろいろなことを知れば知る程、私のオリジナルな性格「ウェット」な部分が顔を出してしまう。
私はなぜこれ程までに色々なことを知りたがるのか
自分には関係がないのに、なぜ首をつっこんでしまうのか
そしてまた毎夜毎夜悩み続けてしまうのだ
私は自分の人生を一所懸命生きるだけでよかったのではないのか?
私は何をしようとしているのだろうか
まさか他人を幸せにできるとでも思っているのだろうか?
私は悩みながらも自分の子育てにそれなりの自信を持ち、その育児方法が間違っていたとしても、その時にどの様な行動をとるかは想像できる。子供がどんな罪深いことをしたとしても、親として社会的制裁を受ける覚悟はできている。私にはこれ以上の育児は無理だとわかっているし、それがもとで子供がどうにかなったとしても、それは仕方がないことなのだ。だから、今よりももっと良い子育て方法があるかどうかなんて興味もないし、今私のやり方に真っ向から反対する発達心理学・教育心理学的研究が発表されたとしても、私は自分のスタイルを変える気もない。
これは私は自ら勝ち取ってきた自信に基づいていると思っていた。しかしそれは、私が単にそういう育ち方をしたからかもしれないのだ。つまり、私の母が「無条件の愛情でもって、私を尊重してくれていた」からかもしれないのだ。
子供を虐待寸前だという人から相談を持ちかけられる様になった。彼女は子供が一人しか居ないのにイライラするという。そして三人の子供を抱えながらもヘラヘラしている私が不思議だったらしい。何か秘訣でもあるのかしら、と思ったのだろう、時々話かけてくれるようになった。彼女を見ていると本当に素敵なママさんなのだ。虐待の一歩手前なんて言われてもニワカには信じがたい。何でそんなに穏やかでいられるの?と聞かれても困る。「子供を生んだ時も、愛情なんて感じなかった」という彼女を見ているうちに、ふっと考えたことは、彼女自身、お母さんに愛されていたのだろうか、という事だった。これは本人には聞けないなと思った。
愛情に枯渇する人は、人からの愛情にも懐疑的になる
というのは皮肉だ。無条件の愛情を与えられた人間が、子供に無条件の愛情を与える、というのは普通のことかも知れない。その人にとって、「親の愛情」というのはイコール自分の受けた愛情を指す。先日読んだ本の中に、「ほめられて育った人は子供をほめるのも上手」というフレーズがあった。 私は「ほめて育てる」を持論としているが、子供を全くほめることのできないママさんも多く存在して、「何でこんな簡単なことができないのかなぁ」と不思議に思っていたところがある。それと同じ事で、無条件の愛情を注がれなかった人が、子供に無条件の愛情を与えるというのは、ものすごくパワ ーのいることなのだと気がついた。
公園のママさんを見ていると、自分の子育てに自信がもてないという人が多いことに驚く。世の中のどこかに「子育てに関する伝家の宝刀」が存在して、それを一日でもはやく教えて欲しい、といった印象を受けるママさんもいる。そして自分が思った様にできなかった場合、あれが悪いこれが悪いと人や物のせいにばかりしているのだ。あぁ、あれさえなければ、私はちゃんと子育てできるのに、と言いたげなのだ。そんな人達を見ていて思うのは、事の本質は「育児の問題」ではなく、母親自身の心の問題であろう、という事だった。自分の子供が少し暴力的だったりすると、どうしてこの子はこんなに手がかかるのか、どうしようもない子供を持った私はアンラッキーだと思うらしい。しかしその子は、暴力に訴える以外に自己主張する方法がない程、母親が追い詰めているのかもしれない。
そして最近、子供の問題というのは母親、父親、そして家族としての問題の投影でしかないと思う様になってきた。
前述の彼女は、きっと母親から充分に一人の人間として尊重されてこなかったのかもしれない。しかし、その彼女は、「何とかして現状から脱出したい」と必死なのだ。彼女は無意識のうちに「悪の循環」を自分の代で断ち切ろうとしているのかもしれない。そんな彼女を見ていると、私の今いる場所は、とてつもなく苦労のないところの様な気がしてきた。彼女を見ていると、 人間としての「徳」は、私より彼女の方が上だな、と思ったりするのだ。
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1998年02月10日
ママは先生
「学校の先生」って一種特殊な職業だよなぁ、と思い始めて怒り噴出、 ちょっと何とかならんやろか、と考えると夜も寝られなくなった。
このハタチそこそこで「先生」と呼ばれてしまう職業を、もっとプロ意識のあるものにしてもらえないだろうか。と、あれやこれやの方法論を考えていた。一般企業に数年勤めることを採用条件に加えればいいのではないかとか、父兄が毎日順番に参観して授業内容をチェックするとか、年に一度、知識等が陳腐化していないかテストしてみるとか、ものすごく精巧な心理テストを課して、偏りがないか調べる必要があるのではないか、いやいや、この際だから、思想チェックも必要かも......、とどんどんアブノーマルな発想が出てきてしまう。
大学を卒業してすぐに教師になる人が大多数だろう。
ハタチそこそこで「先生」と呼ばれてしまうのは仕方がないかもしれない。
だけど、教室の中は完全なる密室だ。
「先生」と呼ばれる人が、すべてのルールブックになるのだ。
機嫌が悪い時にどなり散らそうが、 気に入らない子供を殴りつけようが、
自分の説明が悪くて子供が理解できない時に、「何も聞いてなかったお前が悪い」と子供のせいにしようが、
誰のおとがめを受けるワケでもない。
子供同士のトラブルには常に裁判官として君臨し、
そのくせ自分自身は公明正大とは言い難い。
問題のあるクラスと批判されれば、「子供が悪い」と思い、
反対に、「いいクラスだね」と言われれば、全て自分の手柄だと思う。
あぁ、そんな先生になんて、子供を任せられない。自分自身は、誰のチェックも受けないことを知っていて、子供の行動を逐一チェックする調査官となり、検事となり、裁判官となる。 そして子供には弁護士がいない。あぁ、センセイって職業は最低かもしれない。
とここまで憤りが込み上げたところで、ハタッと頭に浮かんだことがあった。それを知って、鳥肌が立つ程ガクゼンとしてしまった。
これって、「ママ」という職業そのまんまやんか。
子供を生んだ瞬間から、「ママ」と呼ばれ、
自分自身、母親としての資質を問われることもなく、
もちろん、チェックを受けることなどなく、
常に子供の行動をチェックして、裁判官となる。
子供の気に入らない行動を見ると、「誰に似たんや」と思い、
のびのび育てば、「私がうまいこと育てた」と思い上がる。
ちょっと機嫌が悪くて子供に当たったりしても、
密室の中の行動は誰にも知られない。
子供の言い訳の方が正論だったとしても、「だめなものはダメ!」と無理を通す。
あぁ、コワイ。本当にこわいのだ。
先生の中にも徹底したプロ意識を持つ素晴らしい方も数多くいる。
母親の中にも、芸術的なまでの子育てを実践している方もたくさんいる。
しかし
私は、仕事をしている時の様な厳しさで、自分を律しているだろうか。
自分が裁判官であるということを理解しているだろうか。
子供の言い訳をちゃんときいてあげているだろうか。
私は、
自分自身の24時間を 世界中の誰に見られても恥ずかしくない生き方で送っているだろうか。
子供にとって屈辱的な、後々にまでトラウマとして傷を残してしまうようなとんでもない一瞬を与えてはいないだろうか。
私は、
学校の先生を批判できる立場にいない。
ママだって、先生みたいなものやんか。
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1998年01月22日
結果を急ぐ母親達
公園でのママさんの叱り方を見ていると、何やら即効性を期待しているのではないか、と思ったりする。
今日言ったことは、明日には言わずに済むのではないかという様な短絡的な響きを感じる時もある。そしてそれは子供が自分自身で判断できる様な材料を与えているというよりは、知識としてでも何でも良いから「その行動を今後しないでもらいたい」という気持ちがありありと伝わってくる。気持ちが判らないでもない。でもこれは対処療法でしかない。子供が将来きちんと社会のルールの中で自分自身を腐らせることなく生ォていくためのコツを学んでいることにはならないのである。子供に本当に理解させたいと思えば、もっと低いレベルの事だけで良いから、一貫して言い聞かせることしかないと思う。後は自分自身で試行錯誤をくりかえし、その中で親の言っていることが、「あぁ、このことか!」と理解できる瞬間が必ず来ると信じて、多くを語らないでおくほうが良いと思っている。
ここで思い出すのは「少年法」だ。神戸の事件以来、子供の責任能力云々について色々と言われているが、少年法の中に、「子供の間は試行錯誤をくりかえして構わない。だけどある年齢が来た時には、ちゃんとルールを身につけておこうね」という思想を私は読み取っていて、それを現役のママさんに実感してもらいたい、と強く思う様になった。つまり、3歳で完成品である必要はないのだ。幼稚園に行っても、小学校に行っても、ある程度ハメをはずしたっていいと法律にまで明文化されている。だから周りの誰に「躾がなっていない」と言われても、「この子の20歳の姿を見てちょ 〜だいっ!!」と思っていればいいのだ。
それでもママさん達は、例えば「小学校に上がる前に」とか、「幼稚園に行かせるまでに」などと勝手に線を引いて、その目標に向かって子供を抑圧していく。どうしてこんなに必死に叱りまくるのか。
大家族で子供を育てている場合、子供の育ち方に対する責任感というものはほどよく分散されていたのかもしれない。しかし、核家族で、しかも父親の仕事が忙しかったりすると、育児の責任というものが、100%母親の肩にかかっているという思いで押しつぶされそうになる。何かあると全て母親が責められる。だから子供は少しでも、 一日でも早く「よい子」になってもらいたいのだ。そしてその事で評価されたいと思う。よほど、「誰に何を言われたって気にしないもん。私は自分の育児をするだけだわ。」と腹をくくらない限り、手段を選ばず子供の望ましくない行動を押さえ込むことに目が行ってしまう。
どうすれば、彼女達を解放してあげられるのか。それは父親だけができることかもしれない。
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1997年10月05日
「拒否」しない育児
私自身のことなのだが、私は
1、とても親に愛されて育った
2、一人の人格として生まれた瞬間から尊重されていた
という思いがしみついているのだ。それで、私は子供にもそう思ってもらいたい、逆に言えば、そういう思いさえ抱かせることができれば、育児は100%成功したも同然、と思っている。それで、そのためには「たっぷりの愛情を注ぐ」ことが基本だと思い続けて、結構ベタベタした事もあったのだが、祖母に不幸があった時に実家に帰り、母の孫への接し方を観察しているうちに、ある法則があることを発見して、ポンと膝をたたいてしまった。
これだ!これぞ育児の極意!!!
うちの母はベタベタしたタイプではない。どちらかと言うとアッサリした感じなのだが非常に愛情深い。私は自分が小さかった時のことを一気に思い出してしまった。
母は孫の後ろから追いかけて「遊ぼ、遊ぼ」と言ったりしない。特にヒマそうにしていない限り、「何かを提案する」という事もない。しかし、孫が何か話しかけてきたら、その時何をしてても必ず聞くのだ。家事をしていてもちゃんと聞いている。その時できなくても、 手が空いたら忘れずに、ちゃんと約束を果たす。私は何の脈絡もなしに母から説教をされる事などなかったが、私が話しかける時は必ず聞いてくれたし、自宅で仕事をしていたため、 忙しい時は「後でね」と言われるのだが、それが何時間後になっても、「さっきの話何だっ たの?」と忘れずに聞いてくれた。私が母から受けた教育は 決して子供を「拒否」しない育児だった。
子供の言葉といっても決して軽んじない。目の前の友人に対してするのと同じ様に誠実な態度だったと思う。泣いている時も、ずっと愚痴を聞いてくれて同調してくれる。私が辛かったと言えば、「そんな事辛くないっ」と言うまえに、「とっても辛かったのよね」とまず受け入れてくれる。そんな母だったと思い出した。私は無節操なベタベタの愛情ではなく、ポイントだけを押さえた、しかも無条件の愛情で支えられて生きてきた。そして、今、自分の存在が有難いものだと心底思うし、ちょっとミテクレは悪いオババながらも、自分を惚れ込んでいる部分もある。
タツミが生まれてまもない頃、カオルへの愛情が不足しているのではないかと思い、泣くカオルに向かって「カオちゃんゴメンね。ママちゃん忙しすぎて抱っこもできへんかったね。でもママちゃんはカオちゃんのこと大好きやからね」などとコンコンと話して聞かせたことがあった。それを見ていた母が言った言葉は強烈だった。「何か子供に言い訳してるみたい。 愛情なんて『好き』なんてイチイチ言わなくても、通りすがりに頭をちょっとなでるとか、 寝ている時に跳ねたお布団を直してあげるとか、そんなことで子供はちゃんとわかっているの。朱美さんのやっていることはちょっと空回りしてるんとちゃう」
などと言われて足腰立たなくなる位ショックを受けた。確かに言い訳しているに過ぎない。 そんな事聞かせられてもねぇ、という母の言葉は図星だけにキツかったのだが、得ることも多かった。要は「想い」で、その想いは隠そうとしても端々に自然と出てしまう。そういうもので充分伝わるはずなのだ。
最近、近所に住む小学5年生の女の子がよく遊びに来て、彼女と一緒にピクニックに行った時のことだった。彼女のお母さんは、ずっと仕事をしている人で、日中は彼女一人なのだ。 夏休みの間は毎日、お弁当を準備してくれているらしいので、その日もそのお弁当を持参して公園に行った。少し遊んでランチタイムになって彼女のお弁当を見て驚いた。「今日のは手抜き」と言いながら、愛情のこもったお弁当を見て絶句した。あぁ、母の言っていたことはこの事だったのか、と心の底から思った。お母さんが働きに行って、寂しい思いをしているのではないか、なんて思い込んでいた私は自分の事を恥じた。
お弁当を見ただけで愛情を感じるのだ。
自分の母は、働きに行っている。それだけでも大変なのに、朝早起きしてこれだけのお弁当を作ってくれる。それだけではなく、お弁当を包むハンカチも奇麗にアイロンがけしている。彼女の着ている服も、毎日清潔に洗濯されている。そんなこんなの直接ではなくても、間接的に子供のために割いた時間、そんなものは必ず子供に伝わる。それ以上に何が必要か。 そんな気持ちがふつふつとわいてきた。
自分の事を考えてみると、それがいかに自分勝手に育児していたかが理解できた。ちょっと余裕ができた時にだけベタベタして、カオルが言ってきたことに対して、「あ、後でね」と生返事する。しばらくしてカオルが忘れているのをいいことに、その話を持ち出さないでいることがよくある。彼女はもっともっと尊重されたがっている。
今の私は、自分が子供だった時の母の背中をありありと思い出すことができる。仕事中の母に話しかけるのをためらった気持ち、話しかければ忙しくても返事をしてくれるのを知っていて、だから話しかけないでおこうと決めたあの時の気持ち。私は決して母から拒否されることはなかった。
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1997年09月01日
けんかもできない
最近、タカシがケンカをするようになった。家の中での姉弟ゲンカで慣らされているせいか、公園に行っても、おもちゃの取り合いでケンカになる。いや、正確に言うと「ケンカになりそうになって止められる」という状況が続いているのだ。そして私はとても残念に思ってしまう。どうしてケンカの一つも充分にさせてやれないのか。
2、3歳の子供のケンカなんてたかが知れている。おもちゃを取ったの取らないの、 あれは俺のだ、いや僕が見つけた、そんな些細なことで取り合いになりケンカが始まる。私はそれをいつ燉」れたところで傍観しているのだが、即、相手のママさんに制止され、中途半端に終わる。お互い蜍モォするのだが、私は「また、何の学びもなかった」とがっかりしながらも、相手のママさんに謝ってしまう。
少し前、タカシよりも1歳程大きな男の子とケンカになりかけた時は、相手が大きいこともあってケンカさせてもらうようにお願いした。相手のママさんに「うちの子は構わないですから」と言って暗にケンカさせても良いことを伝えると、そのママさんは子供さんの持っているスコップを取り上げて「やるなら素手でおやり!」と言いはなった途端、そのお兄ちゃんは大泣きになってケンカにならなくなった。それでも、 砂場で泣き叫びながら掴み合いをする姿は、生きるのに必死な感じがして、少し目頭が熱くなった。そして、マトモにぶつかることができたのはこれ1回限りであった。
公園でのタカシの評価はハッキリわかれる。「たくましい」などと評価してくれるママさんもあるが、虫などを好んで見つけては見せまわっている姿を一部のママさん達に毛嫌いされている。滑り台などは、子供は二人、三人と繋がって同時に滑ったり、 先に降りた子の後ろから追突してみたりと、色々と子供なりに遊びを開発するのだが、 そんな中にもママさんが入り込んでくるのだ。
「あ、ごめ〜ん、ちょっと通してぇ〜、うちの子、一人ですべれないの〜」
と言いながら、滑り台の上で立ち往生している子供のところへママさんがかけつける。子供2、3人をとびこえて行くのだ。そして子供と一緒に滑り降りてくる。そういう光景を見ると、「放っておいたら、そのうち後ろから誰かに突つかれて滑ってくるし、それが無理だと思えば自分で階段から降りてくるだろうに」などと思う。ちょっとくらい後ろの子に迷惑をかけたっていいじゃないか、そんなのお互い様だ、と思うのだが、そうはいかないらしい。そんな事を考えている間に、間の悪いことにそのママさんにタカシが追突した。
「いたぁ〜い!!!!」
タカシを毛嫌いするグループの一員であるママさんの声が公園に響きわたった。まずい。私は「子供の領域に入り込むなぁ!」などと思いながらもそのママさんに謝りに行ってしまう。
そして子供が追い越そうとすると、
「順番よっ、順番」
などと声を荒げる。あなたさっき、順番抜かしといてよう言うわ。と心の中でいつも突っ込んでしまう。
子供が他の子とおもちゃの取り合いになる。好きなだけ取り合いしたらいい、と思うが、またママさんがかけつけて「そんなことしないの」「貸してあげたらいいじゃない、ケチ」などと子供に言っておきながら、「ごめんね、そのブーブー、この子のお気に入りだから」とママさんが取り返しにくるのだ。そして子供達は何かあると相手に言わずに自分のママや、相手のママに訴えに来るようになる。おもちゃの取り合いをして、それを咎めたところ子供が大泣きして、それ以降ずっと泣きやまずに困り果てたママさんが、友人達に話しているのを聞いた。
「大泣きした後だと、ちょっとした事でも泣きだして困る」
「わかるよ、とまんなくなっちゃうのよね。いいかげんにしてって言いたくなる」
子供達の涙は叱られたからではない様な気がする。もしかすると思いをとげることができなかった欲求不満の涙かも知れない。おもちゃを取られた涙でも、取り返せなかった涙でもなく、取り合いの状況で「思いっきり感情をぶつけることができなかった」という行き場のない涙だったかも知れない。そしてそれは、他の子供ではなく、 子供の社会に存在するはずのない「大人の手」によって常に制止されてしまうのだ。 自分があのおもちゃでどれほど遊びたかったという事、自分のおもちゃを人にとられるのがどれほど不愉快なことかは、誰にも理解されず、「仲良く遊びなさい」」「いじわるしないの」「いつまで泣いてんの」と言葉だけで冷ややかに言われ、挙句の果てには鉄拳さえ飛ぶ。私はそういう姿を一日のうちに何度も見て、何度も目を背けてしまう。公園にこだまする子供達の泣き声だけがほんの少しの救いとさえ思う。せめて思いっきり泣くことだけは許してあげて欲しい。
公園には子供の社会というものは存在しないのだ。常にお砂場の周りをママさん達が取り囲み、そのママさん全員が裁判官として目を光らせている。少しでも不穏な動きがあると、ママさん達が介入してくるのだ。まるで毎日が授業参観の様だ。私はそんな息苦しい遊び方をしてもらいたくないと思っているので、最近は少し離れたところで本を読んだりしている。時々、視線だけは子供達に向けるのだが、よっぽどがない限り彼等には近づかない。用事があれば子供の方から寄ってくる。その時だけ全身全霊で子供の声に耳を傾ける様にしている。私の背中から「私は、俺は、信頼されている」と感じ取ってもらえれば、と思う。
幼稚園に入れば、小学校、中学校に入れば、それぞれ先生の目が光っている。子供達はいつケンカすればいいのだろうか。折角、試行錯誤が許される期間なのに、既に 「失敗は許されない」という圧力をママ達がかけている様な気がして、何とかならないかといつも思う。そして一番気になるのは、「子供の躾のため」との名目で叱りつけるその本音の部分は、「周りのママさんから浮きたくない」という大人側の勝手な価値観がベースになっているという事だ。
公園、ここはけんかもできない場所なのだ。
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1997年08月25日
青春
これは「青春」としか言いようがない。
答えの出ない事について何時間も話し合った。
恋の悩みを打ち明けられて、くさい台詞を真顔で吐いた。
死にそうに泣きたい気持ちをこらえて、笑顔をつくった事もあった。
自分に酔いしれていたかもしれないが、毎日が哲学の日々であった。
これは「青春」としか言いようがない。
「となりのトトロ」のビデオで「耳をすませば」の予告編を見ているうちに、どうしてもこのビデオが見たくて見たくてたまらなくなった。雨のやんだちょっとの時間を利用して、子供達を連れてレンタルビデオ屋さんノ出かけていった。 カオルは「ティモンとプンバ」「くまのプーさん」を借りた。タカシは最後まで「ウルトラマン」の列から離れようとしなかったが、「借りる?プーさん借りたけど」と聞くと、「そっちでいいや」とでも言いたげに、その場を離れた。私は今日ばかりはディズニーの事を忘れて、すぐにでも「耳をすませば」のビデオを 見ようと、黙ってビデオをセットしたところ、カオルとタカシのブーイングにあい、残念に思いながら夕食準備にとりかかった。最近、外遊びが過ぎていたので、 ビデオを真剣に見るのは久しぶりだった。
夕食準備が整い、ビデオの前に腰を降ろした時には、既に2本のビデオを見終わっていた。残るは「耳をすませば」だけであったので、タカシが早速セットをした。二人を横に置いて、私も本腰を入れて見ることにした。見ている間、私の胸はずっとドキドキだった。時々、「キューン」と胸が鳴り、その度に一人赤面して、そんな自分が恥ずかしくて、それを打ち消すために「ったくもぅ〜」と叫んでは膝を手で叩いたり、ほっぺに手をやって「きゃぁ、やだぁ、これだから、もう」と全く意味のない言葉を吐いたりした。その度にカオルとタカシが不審そ うな目で私の方を見た。これは「青春」としか言いようがない。切なくて仕方がない。人生すべてが青春だ、と言い切る人もいるが、中学生の青春と、中高年の青春は、全く質が違う様な気がしてならないのだ。見えない中で色々模索する自分自身は、人生の中でも最も「感受性の豊かな時期」に置かれている。それが中学生の青春なのだ。人間には何かを考える「旬」の時期があり、その時期でしか味わえない感情があることを思い出した。「多感な時期」と書くと単なる普通名詞で終わってしまいそうだが、もっともっと深くて輝かしい何かがあったなぁ。 「青春」といういかにも「コッパズカシイ」言葉がふさわしい。
図書館、自転車、駅、お弁当、放課後、団地、夕焼け
貸出カード、蔵書印
そんなものが全て「あぁ、わかる」の青春のヒトコマだ。「耳をすませば」の中に出てくるアイテム全てが切ない。
主人公の「雫(しずく)」とバイオリン職人を目指すクラスの違う同級生「聖司」とのシンプルなラブストーリーの中に出てくる台詞のひとつひとつが、肉声で迫ってくる。ユーミンの歌の様に、誰もが一つや二つ持っている思い出とシンクロしてしまう。あの時期、どうしてあんなに純粋になれたのか。どうしてあんなに必死になり、思いきり泣けたのか。どうしてあんなに疑うこともせずに、人を信じ、素直な言葉を言えたのか。
ラストシーン近く、少しでも早く雫に会いたいと思った聖司が、雫の家の下で「雫、 出てこぉい」と心で念じる。すると早朝にもかかわらず、雫が窓から顔を出す。聖司 はそのことを
「奇蹟だ。すごいよ、俺達」
と言う。私はもうどうしようもなくなってしまう。腰がふにゃふにゃになって恥ずかしくて死にそうになりながらも涙がボトボトとこぼれてしまう。
こんなロマンチックな事を平気で言われると、素直になるしかないじゃないかぁ〜! わぁ〜っとうっぷして泣きたい。どうして私はコブつきなのか!(ウソウソ)心はすっ かり中学生、切なさで死にそうになっている。もういっかいやりたい、中学生の青春〜!!!
私は神戸の事件について決してホームページに書き込むことはしないと決めていた。このことについてマスコミやその他のメディアが何をか言うこと自体、違和感があった。 何を言っても犯人を喜ばせることにしかならないと思っていたからだ。しかし、「耳を すませば」を見終わって一番最初に思ったのは、「あの容疑者の中学生の青春は雫たちとは違う次元にあったのだろうか」という事だった。
私は決して親から「勉強しなさい」と言われた事はなかった。学校の通信簿を親に見せるのは楽しいことであったし(自分の評価を知るという事は本来興味深いことであると思う)、それを親が見てどんなコメントをするのかも知りたいことだった。母も父も通信簿を見て「もっと勉強しなきゃ」と言うことはなく、「へぇ〜」と純粋な好奇心だけで見てくれていた。それに私は成績が極端に悪い、という事はなかった。私はそれほど勉強をした覚えはないのだが、それなりに成績は良く、塾へ通っていたこともあったが、その塾の先生との懇談に母が行って帰ってきた時は、「もう優秀すぎて、こちらが 困るって言われちゃったわ」と母が言っていたくらいだった(しかしそれが通用するのは中学までだったが.....)。塾の帰り道、バス停で友達と何時間も立ち話をした。放課後、友達から悩みを打ち明けられて、夕焼けを見ながら二人で落ち込んでみたり、友達の自慢話を延々と聞かせられた挙句、コンプレックスの塊と化して家でヒステリックに泣いたりもした。家の中は散らかし放題だったのに、学校の掃除当番は大好きで、特に黒板を濡れ雑巾で拭くととても奇麗になるのが好きで、雑巾がけを率先してやった。友達と同じ人を好きになって、誰にも気付かれずに卒業した自分を思いっきり誉めたくなったりもした。「太宰の子を産みたい」と親友が突然口走った時、本能的に拒否反応が出て 「一生太宰治は読まない」と決心したり、アホみたいだった。「人間失格」「斜陽」の 文庫本を父の本棚に見つけた時、父が突然「人間臭い存在」に思えた事も一因だった。その反面「20歳の原点」という本を読んでしまい(まさに、しまった、という感じ)、 突然「斜に構えて」いた時期もあった。あぁ、そんなこんなも全部ひっくるめて、私の 「青春」で、その「青春」には常に自分以外の他者(=個性的な友人)の存在があった。 私が心理学を志した最大の理由が「人間が好き」ということで、その芽は中学時代に出ていた様に思う。
人を殺し、首を切り、校門前に置く
そういう事は想像もできない世界だった。「死にたいくらい辛いこと」も「殺したい ほど憎いこと」も「放火したいほど嫌なこと」もあった。しかし現実の行為として「想像」はできなかった。「ええい、腹いせに自殺してやる!」「アイツいっぺん死んでくれへんか!」「明日の持久走、嫌だから誰か放火してくれ」と思うことは思ったが、「自分が手首を切る姿」「ヤツが交通事故に遭う姿」「学校がメラメラと燃える光景」をリアリティを持って想像するまでには至らなかった。
何故だろう。
何かが抑止力として働いた、という事ではなかった。親が悲しむからやめよう、でもなかった。ただ、何か、生きていればもっと楽しいワクワクしたものがあるに違いない、それを見てみたい、という漫然とした気持ちがあった様な気がするだけだ。楽しいこと、それは何も「アイドル歌手になって脚光を浴びる」という様な事ではなくって、友達とカーテンで遊んでいたら、カーテンに穴があいているのを見つけ、そこからだったら、好きなあの子を思いきり見つめることができる、という事を発見した時のドキドキだとか、席替えをしたら窓際の席になって、窓の外の景色が気持ちよく映った、とか、そういうたわいもないことであった。人生には辛いことも悲しいこともいっぱいあるのだが、その反面、どうしようもない程ドキドキワクワクする場面もある。その度に「人間っていいな」と思うのだ。
私は、クラブ活動も途中でやめたりして、放課後は毎日毎日、友達と思いきり遊び、思いきり青臭い話題で盛り上がっていた。母にそんな毎日を咎められたことはない。それよりも、私は毎日帰宅すると聞かれもしないのに、一日の出来事を最初から最後まで母に話してしまうのだった。私の一日は「しゃべりまくり、聞きまくり」の会話だけでなりたっていた。時々、この「生産性のない日々」自体、自己嫌悪の材料になって悩んだりもしたのだが、今思うと、この一見無駄な友達とのダラダラ時間、夜寝る前の物思いに耽る時間、 そんなものが一番尊い時間だった様な気がする。
大人は子供たちから、この「一見無意味なダラダラ時間」を奪ってはいけない。
今の中学生はどうしてあんなに忙しいのだろうか。
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1997年07月22日
「人に迷惑」をかけるのが、そんなにイケナイ事なのか
「援助交際」をキーワードにして女子高校生の乱れを指摘する論調を目にする様になって久しい。
。「最近の若いモンが」に代表される様な単なる「ジ ェネレーション・ギャップ」でしょうが、と思っていたが、そういう簡単なものでもなさそうだ。話が「フツーの高校生が売春をする」という世界的にも稀な現象と、「誰に迷惑かけてるワケでもないから、別にいいじゃん」と 真顔で答える女の子を見て、「おお!親がなめられている」と実感した。その親は、「迷惑かけてない」と言い張る彼女達を説得するRマを、きっと持ち合わせていないだろう。
「人に迷惑をかけてはいけない」
という方針は悪くないと思う。それが
「人に迷惑をかけていなければ何をやってもいい」
という発想に繋がっても不思議はない。だから、私はこの言葉は「育児の指針」にするべきではない、と最近感じる様になった。それでは、私はどの様に考えているか、というと、
「自分自身にプラスになるかマイナスになるか判断して行動しよう」
という事だ。
これを見て、「なんて打算的な」と生理的に受け付けない方もいると思う。それでも私はこの考えを捨てさる事はできない。
ある行動をとる時に、それが長い目でみた場合、自分自身にとって「プラス」になる事であれば、すかさず「ゴー!」で、「マイナス」と判断すれば、「ストップ」をかける。要はこれだけの話だ。
しかし、これを実行するには少々知恵がいる。つまり、刹那的に自分にとってプラス(快楽)になる事でも、長い目で見ると、マイナスになる場合が多々あるからだ。何が自分にとってプラスで、何がマイナスか、を都度リストアップして、天秤にかけなければならない。これなら自分で好き放題できる、と短絡的に考えてはいけない。好き勝手に行動することによって、他人の自分に対する評価が下がる事は、自分自身にとってもマイナスである。
話は変るが、この「プラスかマイナスかを算出する」生き方では、他人に迷惑をかけてもイイ場合がある。というより、世の中、自分一人で生きているわけではないので、一生「誰にも迷惑をかけずに終わる」ことなど不可能なのだ。「人に迷惑を絶対かけない生き方」というのは既に矛盾を含んでいる。一番大事なのは「迷惑をかけないでおこう」という事ではなく、「どのくらいの迷惑をかけるのか」を事前に考える事だ。そして、人に迷惑をかけてでも自分の人生にプラスになると判断した場合は、迷わず「ゴー」しても良いと思っている。くどい様だが、どの位、人に迷惑をかけるかを、ちゃんと自覚し、又、その行動がもとで自分の評価が下がる事を予測しても、結果的に自分の人生にとってプラスだと思う事はやっていいと思う。
坂本竜馬は脱藩の際、実のお姉さん二人を不幸にしている。一人は最愛のご主人と離縁し、一人は自殺している。それでも彼は自分の意志を通した。プラスだと判断しての事だ。そして、二人の姉も、それぞれ自分にとってのプラスをとったのだ。二人とも、最愛の弟を送り出してあげたい、という自分自身の美意識を貫いた。そして、その結果を予測し、自分以外の人への影響を切るためにとった行動だった。迷惑をかけない様に、そして迷惑をかけた償いに。二人とも、弟を犠牲にして自分だけ幸せになりたい、とはどうしても思えなかったのだ。そして、竜馬は、そんな大きな迷惑をかけることを知っていながらも、「ゴー」してしまう。天秤にかけるには、その「人に与える迷惑の大きさ」を知らなければならない。これを知ることが肝要なのだ。
話を「援助交際」に戻すが、私は高校時代に「新聞配達」のアルバイトをして以来、時給の安いアルバイトを複数経験している。友人が高給なアルバイトをしている時に、時給400円のお魚屋で肉体労働していた。それは自分で好んでやっていたのだが、その理由は、「学生時代に単価の高いアルバイトをする事によって、自分の金銭感覚が麻痺してしまう事の恐怖」を感じていたからだ。つまり、短期的に収入が増えて懐が潤ったとしても、それで私の金銭感覚が分不相応なものになれば、自分自身にとってマイナスである、 と思ったからだ。
「援助交際」に走る女性達は、人生は20歳で終わるかの様な振る舞い方をする。高校生の時は、20代ではこう、30代ではこうなっていたい、という様な自分の理想像を持っているだろうと思うが、彼女達にはそんな先の事を考える気持ちはなさそうだ。だから、長い自分の人生の中での「プラス」と「マイナス」が計算できない。そういう考え方を親から盗んではいない。小さい時からキチンとしつけられて「人に迷惑をかけてはいけない」という観点から、口やかましく言われて、がんじがらめの交通規制をひかれ、表面的には後ろ指さされない様な行動様式を身にはつけたが、生き生きと自分自身の人生を生きるコツを学んで来なかった子供達の「途中経過報告」が「援助交際」なのだ。
そして「親は知らない」と平気で言っている彼女達は、自分の変化に気付かない親を持った事、そして、気付いていても反対する術も持たない親を持ったことを悲しむべきだ。間違っても、「うまく騙せてラッキー」などと言えば、アホまるだしである。
人生は平均しても80年あるのだ。彼女達はその事をわかっていない。そして、人生の勝者と呼ばれる人がいるとすれば、それは「死ぬとき」にしかわからない。
貴女が今やっている事は、貴女自身の人生にプラスになっているか。
貴女は自分自身に、そして自分自身の人生に責任を持たなければならない。
だって、誰も貴女の人生を生きてはくれないのだから。
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1997年06月01日
子供を本気で許せない時
子供を本気で許せない時 というのは今の私にはあまりない。友人・知人は皆、私を「甘い親」だと思っている。私は子供を心底憎たらしいと思った事はないし、だからこそ、 「許せない」と思うこともない。しかし、私にとっては、ここ数年でやっと得た感情で、専業主婦状態が続いて誰に対しても「格好つけてもしゃーない」と思って、初めてたどり着いた一種「境地」の様なものなのだ。
実は結婚してダンナを許せないと思った事が一度ある。結婚退職してすぐソウルへ渡り、「主婦のプロ」になるべく、日々忙しくしていた。自分に厳しく、ダンナにつくすことが自分の使命だと思い、それこそK死に専業主婦をつとめようとしていた。そんなある日の事だった。原因は忘れた。忘れたくらいだから「しょうもない事だった」のだろうと今では思うが、当時は「あぁ、私はどうしてこんな人と結婚してしまったのだろう」と後悔して涙がポロポロこぼれた。
要は、ダンナの何気ない一言で、私への世間の評価が下がったという事だった。常に自分に厳しく、それで評価を得てきた自分が、自分自身の努力や失敗とは関係のない事が原因で、評価が下がるという事が、死ぬほど許せなかった。「どうして、この人は私の足をひっぱるのだ!」などと思ったのだ。
何故、今ごろになってそういう話を持ち出すのか、というと、先日何気なく見てしまった「ふたりっこ」というドラマのシーンに、以前の自分を見てしまったからだ。当時の記憶がありありとよみがえり、最初は「なんやこの女」と思っていたのが、「あぁ、わかる」と「この脚本家はよくわかっている」などと思い始め、走馬灯の様に数年前の自分が目の前に映し出された。
この「ふたりっこ」のお姉さんの方が化粧品の販売をしていて、それを昔の恋人のデパートに置いてもらう様に頼んだが断わられる、というシーンがあった。そこで、「体裁のよくない自分のダンナ」が、自分のために昔の恋人のところに行って「土下座して商品を置いてもらうように頼んだ」と知り、 「どうして私の足をひっぱるのよ!」と泣き崩れるのだ。最初、「なんやこの女、なんでこの男と結婚したんや!」とか「結局、愛情なんてなかった」 「プライドばっかりの嫌な女」などとヤジをとばしていた(笑)のだが、そういうしている間に、「ダンナが許せない!」と思い泣き崩れた当時の私を思いだし、愕然としてしまった。
何故許せないのか。
いつも他人の目が気になる(つまり良く思われたい、評価されたい)という気持ちと、自分自身に対する過剰なプライドがそうさせたのだ、と今の私は分析している。他人の評価が自分の存在を裏付ける唯一の指標で、中途半端なプライドは、自分の社会的地位がないと成立しない。つまり自分自身に対する絶対的な自信、裸一貫でも剥げることのない自信から出ている「プライド」ではなく、仮面の上に辛うじて成り立っている「プライド」しか持たなかった私は、ちょっとした事で、自分の存在自体も見失う可能性を持っており、それを本能的に感じ取って「許せない」と思っていたのだと思う。
専業主婦になって、色々と大騒ぎしても誰も相手にしてくれない状況が続くと、「はて?」と思ってくる。私を鼻息の荒い人間にしていたのは、一体何だったのか? だんだん会社のためだけに生きていたOL時代の頃の話が「遠い昔」の事になってくる。世の中は私のことなんて忘れている(ちと大 げさか!)。
こうなってくると、もう悟るしかないのだ。自信や幸せは、自分の内面に見い出さないと生きていけない。そして、それを感じ取れば、第三者の評価は必要なくなってしまうのだ。つまり、自分に本当に自信があれば、「わぁ わぁ」言う必要なんてない。私は、ソフトバンクの孫社長をテレビなどで見る度に、どうしてあんな穏やかな話し方ができるのかなぁ、などと感心してしまうのだが、自分に自信があれば、きゃぁきゃぁ虚勢を張る必要なんてないのだ。見る人が見ればわかる。自分自身を評価し、買っているからこそ、 平静でいられるのだ。能ある鷹は爪など見せる必要はない。
えらく話が飛躍してしまったが、等身大の自分と向き合う事が出来る様になると、自分以外の人がどう評価しようと関係なくなってくる。つまり「自分以外の人のせいで自分の評価が下がる事」に対して、「許せない」という強い衝動を感じなくなってくるのだ。
子供を叱る時に、「俺の顔に泥を塗りやがって」という様な事を言う父親がいる。この台詞を聞いた子供が、「親父は俺よりも世間体が大事なんだ!」と思うのは当然だ。後から慌てて、「お前のためを思って言っているんだ」 などと言っても、もう遅い。この父親は、子供の事を本気で「許せない」と思うのだ。自分以外、例えば奥さんや子供のことで、自分自身の評価が下がることを最も恐れる。そして、そんな事があれば心底許せないと思う。
最近、懸念しているのは、プライドが高くて、勿論能力もあるキャリア・ ウーマンの人などが子供を生み、育て、その中で「子供のせいで自分の評価が下がる事もある」という現実に遭遇した時、尋常でいられるだろうか、という事だ。私はOL時代の自分自身が極端に視野の狭い、特別にどうしようもない人間なのだと思っていたのだが、最近になって、当時の私を彷彿とさせる様な女性をネットワーク上で見かける様になり、単なる極端な例だと思えなくなってきたのだ。
等身大の自分を見つめ、バランス感覚を持つ、という事は本当に難しい事 なのかも知れない。
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1997年05月01日
親が「親バカ」にならないで、誰が「親バカ」になるのか
「親バカ」という言葉がある。これはとっても恥ずかしい言葉だと思っていて、自分が親になった時は、「親バカ」にはならないでおこう、なんて結構無理をしていた事もあったが、最近になって、「親が親バカにならなかったら、誰がこの子のためにバカになってくれるのか」なんて思い始めて、最近堂々と親バカ宣言しはじめている。
というのは、他人から見れば「なんや、この親バカ」という様な、親の子供に対す骭ゥ方が、実は子供のアイデンティティに大きく影響(それも好影響)しているのではないか、と思える様になってきたからだ。とっても小さな子供がどんどん伸びる時、それは誉められている時だ。どんどん調子にのって思いも寄らない成長をとげる。「教育の基本はほめる事」だと確信している私としては、子供の事はどんどん誉める。しかし、この誉めるという行為、本気で「うぁ、すごい」と思っている時と、「ほめておこうか」と義務的に言葉だけで言っている場合と、子供はその違いにすぐに気がつく。つまり、親が本気で子供に対して、「すごい!」と思っていないと、なかなか子供には伝わらないのだ。だからこそ、この「親バカ」がとっても大切になってくるのだ。
子供の描く絵に「この子は将来芸術家になるかもしれない」と思ったり、 音楽に対するノリが「普通の子とはちょっと違う」と思ったり、こういう気持ちは他人から見ればプッと噴き出す感情かも知れないが、私はその感情を隠さない。本気ですごいと思ってしまう。この子は何かある、と思う。私は通りすがりで自分の人生に関わりもなさそうな人に「良識のある、できた親」だと思ってもらわなくて良いのだ。他人の評価なんて、自分の人生をプラスに変える場合以外は、気にしなくて良いのだ。それよりも、目の前にいる子供が、毎日を生き生きと、自己表現する喜びを感じながら育って欲しい、と 思う。
人間のやる気、前向きな姿勢の原点は、親のこうした気持ちを感じ取ることによって養われた、子供の、自分自身に対するポジティブな感情なのではないか。そんな気がしている。
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1997年02月10日
貴方は「トイ・ストーリー」を見たか
スティーブ・ジョブズファンの私としては、この映画は見ないわけにはいかなかった。
マスコミがこの映画の事についてコメントを求める度に彼は不機嫌になったらしいが、儲かったとか成功したとかそういう意味でではなく、彼が関わるもの全て目にしておきたいのだ。
と言いながら実はあまり期待していなかった。映画に関する情報収集もしなかったし、特にストーリー自体もしらなかった。だいたい子連れの専業主婦が映画館に足など運べないから、必然的ノビデオ化されるのを待って、それを購入するしか方法がなかった。日々の生活が忙しく、発売日の`ェックもそこそこに、気がついたら店頭に並んでいた。とりあえず買った、という方が正しい様な、気合いの入らないビデオ購入だった。
最初に奇声をあげたのはダンナの方だった。私は家事に追われて映像を追いかける事もできない。最後のところで、「飛んだ、飛んだ」と目頭を熱くさせてダンナは台所にかけこんできた。ダンナは「こりゃ、すごい」と何度も叫んだ。
世界初の全編3DCG映画、というだけで注目されていたのだと勘違いしていた私は愕然とした。この映画はすごい。どんなに出来の良い映画だと言っても、 「あの部分はイマイチだった」という様なシーンが多少あったりするのだが、この映画はゼロだ。妥協が全くない。完成度がすごい。キャラクターが魅力的、セリフがクール、映像の全てが計算されつくして、単純なストーリーをあれだけ感動的に見せている技術がすごい。おまけに3DCGで制作する、という必然性のあるストーリー(おもちゃがしゃべり、動き、活躍する物語)だけに、これは一つの時代を予感させる、いや、予感ではなくて実感する映画なのだ。
また、日本語版の訳がまたいい! 所ジョージさんや唐沢さんの声も素敵だ。
子供達もこの映画が大好きだ。何度見ても飽きないのだ。本物は子供にもわかる。このビデオは大切に保存しておこう。
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1997年02月04日
靴が好き
砂が食べたいあけんは、最近「玄米」をボリボリ食べている。白米よりも味があって美味しい。
ところで、うちのタカシは異様に「靴が好き」なのである。これが将来、「ネェチャンのハイヒールがたまらなく好き」などという事にならねば良いが、と少し懸念している。
最初は外に行きたくて履いているのだと思っていたが、どうやら最近、「靴」そのものが好きだとわかり、とても困っている。室内でも平気で靴を履いているし、無理に脱がそうとすると、ひっくり返ってワーワーとうるさい。これを防御するには、スリッパで対抗するしかないBスリッパも好きらしい。
いろいろと想像するに、小学校に入る前、無意味にランドセルを部屋の中で背負っている自分の映像が思い浮かんだ。あんなものだろうか。なんとなく嬉しいのだろうか。 それにしてもランドセルなら実害ないのだが、靴は困る。とっても困る。室内用靴の導入も検討している程だ。
時には靴を履いたまま布団に潜りこんで寝てしまう事もある。やだやだ、やめて!と思う。
そして、外を歩くのはもっと好きで、ベビーカーなどには絶対乗らない様になってしまった。次の子が登場した場合、お買物はどうするのだろうか、と今から不安を隠しきれない私である。実は二人乗り用ベビーカーをレンタルして、一式移動させてやれ、と 思ったのだが、このままだと
とりあえず、ベビーカーを押す。
カオルは一人で歩いてもらう。
タカシは私と手をつないで歩く。
という構図しか思い浮かばない。ベビーカーは抱っこヒモに置き換えることができるが、どちらにしても、「ヒモのついていないタコ=タカシ」がフラフラと一人で歩くのだけは避けなければならない。
仕方がない。やはり自転車4人乗り攻撃か!
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1997年02月02日
砂が食べたい
妊娠も後期に入った。
私が妊娠中いつも困るのは、この「砂が食べたい」という感覚だ。これだけは友人知人の共感を得られず、不気味に思われてしまう。 しかし、本当に砂が食べたくて仕方がないのだ。自己分析するに、「ミネラル、 カルシウムなどの栄養素が不足しているのではないか」と思うのだが本当のところはわからない。
最初の妊娠の時には、ソウルのアパートのコンクリートにもたれかかるフリをしてかぶりついた事が本当にある。二度目の時にはたまらず公園の砂を少し失敬して食べてしまった事もある。それでも耐えられずにもっとマシなものはないか、と考えた末に、「タマゴの殻」の存在に気付き、臨月までバリバリ食べていた。
そして今回、またまたたまらなく砂が食べたくなっている。今までに試したものをあげてみると、
炊いていない米、炭(これは知人から炭を食べたくなる人もいるらしいですね、と言われて、「おお!美味しそうだ!」と思い試してみた)、ゴマ、粗塩 (これは塩辛かった!)などなど。
砂を食べたいという欲求が強くなってくると、今度は壁のにおいがたまらなく美味しそうになったり、カビ臭いのもいいな、とか思い始めた。お正月に行ったお寺で、お線香の煙を思いっきり口の中に含んでみたら、とっても気持ちよかったので、もしや、と思っていたら、実家でパカパカふかしている父のたばこの煙が美味しそうに見えてしまった。「タバコすったろか」と生まれて初めて思った。部屋の隅に滞留している埃の塊も食べてみたくなった。これは本 当に身体に悪そうだからやめておいたが、もうどうしようもないところまで来ている。だから毎日、お米をバリバリ食べている。ダンナは「お願いだから、子供の見ている前でだけはやめてくれ」と言っている。しかし、ダンナは優しいところもあって、予てより「ねぇ、食べてもいい砂ってどっかに売ってないかなぁ」などと言っている私のために、インターネットで「食用砂」というものを検索してくれていたらしい。(結果、あるわけないでしょ。)
先日行った保健所には「チョーク」が置いてあった。突然「おお!これも美 味しそうだ!」と思って箱を見てみると「無害」と書いてあったので、本当に食べたろかと思ってしまった。あぁ、はやく普通の感覚に戻りたいよぉ。
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1997年02月01日
教育の流れ
これからの教育を考えていて、「個性を大切にした教育に切り替えないといけない」という焦りが自分の中で増幅していってどうしようもなくなっている。
しかし、これを実際にどういう形でカリキュラムに組み込んでいくか、という事を考えたところ、自分の頭の中で矛盾が出て、うまく結論が出なくなってし まった。
「想像力のある子供に」と思った場合、学校教育は何をすべきか。
想像力の重要性を実感したとしよう。ここで、ママさん達は焦って「右脳教育」の塾に通わせたりするのだ。なんのこっちゃ、なのだ。想像力のある子氓ノするために、学校がカリキュラムを考えて、それを子供に押し付ける。冗談やめて、と言いたュなる。じゃ、学校には何をしてもらいたいのか、子供はどうすれば良いのか、結論が出ずに自分でももてあましている。
あえて言えるのは「学校はもう子供達を一から教育するぞ、というスタンスを捨てて欲しい」といったところかも知れない。これには賛否両論あると思うのだが、もう学校は何もしてくれるな、環境だけ与えてくれれば良い、なんて思うのだ。「想像力のある子供に育てるため」には、子供のもって生まれたものを尊重すべきなのだ。子供がそのことに目を向ける事が出来る様に、たっぷりの時間的余裕と、「知りたい」と思った時に自分で調べる事のできる様な環 境(道具なども含まれる)を整え、中途半端に「躾てやる」なんて思わずに、 専門教科についての知識を豊富に持ち、常に自分自身の教科知識をブラッシュアップしようという心構えのある先生に、適切なアドバイスをしてもらえればそれで良いと私は思う。
私はどうして日本の子供達が一様に「三角関数や微分・積分」なんてものを学習しなければならないのか、さっぱりワケがわからない。また、国語の時間に「この話の主題は何ですか?」という問いが必ずあって、それには先生の教科書ガイドの先生版みたいなものに書かれている通りの解答でなければ正解としない、なんていうのは子供の頃からオカシイと思っていた。私自身は敏感に問題の意図を把握して、求められる様な答えを導く術に長けていたので困るこ とはなかったが、授業中に友人が答えている内容を聞き、先生が「違います」と言ったその瞬間、「もしかしたら作者は、友人と同じ様な事を考えていたかも知れない」などと思ったりもした。先生に、「作者に確かめたのですか?」 と一度聞いてみたかった。こんな事をやっていて、読書が好きになるはずはない。同じ本を読んでも、感銘を受ける部分は違う。心に残るフレーズにも違いがあるはずだ。それぞれが、それぞれの立場で、その時の精神状態で、「何か 一つでも」心に込み上げる何かがあれば、その本は読むに値する本であったに違いない。それで良いのに、といつも思っていた。日本の教育は全く色気がない。色気がないという事は、「遊び(余裕)」がないのである。
話はそれるが、「オリビアを聴きながら」という曲が好きな女性は多い。私もそうなのだが、あの曲の歌詞は人によって解釈が違う様だ。「なんて勝手な女性だ」と憤慨する人もいるらしい。表面的な歌詞だけを読むと、「夜更けの電話、貴方でしょ。話すことなど何もない。〜(略)〜二度とかけて来ないで。 疲れ果てた貴方私の幻を愛したの」となっている。これを、突然の女性側の心変わりに、もっともらしい理由をつけて勝手に文句言っているワガママな女、 ととらえる人もいる。しかし、私にはそうは思えないのだ。この歌詞に至るまでのこの女性の苦しみがちゃんと読み取れるのに、と私は思う。彼の事が好きだからこそ、「本当の私」ではない「幻の私」を見ている彼に、恋愛感情のみならず自尊心の部分まで傷ついて苦しんで、このままでは自分を見失ってしまうかもしれない恐怖と戦い、やっと出した結論だったのだろう、と私は勝手に解釈している。国語の勉強なんて、それぞれが勝手に読み取って、「ふ〜ん、 そんな読み取り方もあるんだなぁ」などと意見交換する程度で良いのではないか。なんて事を思う。
また、私はとりわけ古典が好きだったのだが、古文のあのレ点、一、二点を使って強引に日本語読みをする漢詩の不自然さだけは納得できなかった。いっそのこと中国語で読んでもらった方が、「押韻」がよくわかって、素敵だと思う位だ。そんな中途半端な事をするなら漢詩は読まなくても良いとも思うし (漢詩自体は好きなのだが....)、歴史上の人物や地名なども、日本語読みで覚えても全く無意味だ。外国の人と話す時に全く意味が通じないで困る事がしばしばだ。本当に日本の教科書を作っている人達はセンスが無い。
そんな事を聞きに、子供達が毎朝眠い目をこすりながら学校に通い、宿題に追われ、塾にも欠かさず行き、という事を繰り返しているのだ。子供達は、自分にはどういう素質があって、何をするのが好きで、何のために生まれてきたのか、等を考える余裕を無くしている。余裕はまずは時間的余裕から来るような気がする。自分自身が主導で忙しくしているのならば問題ないのだが、「何かに」コントロールされて動いている毎日で、心に余裕を持たせるためには、 「絶対的、時間的な余裕」が必要だと思う。今の子供達はスケジュールびっちりで、ぼんやり空を眺める時間さえも持てないのだ。
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1997年01月27日
いまパソコン周りで欲しいもの
秋葉原に行く度に探し回って未だに手にいれる事が出来ないものが二つある。
それを作って、インターネットのホームページから通信販売しようかと思ったこともあったが、 出産をひかえトーンダウンしている。ここで書く意図は「誰か作ってくれい」という意 味がこめられているのだ。
どちらも子供がパソコンを触る時に使いたいものなのだ。
一つは子供用の「電磁波防止エプロン、もしくはスモック」で、もう一つはマックの立ち上げ用スイッチのみがついているケーブルだ。
電磁波防止エプロンは今すぐにでも欲しいので、秋葉原に出かける度に、その生地だけでもゲットできれば、と思って見ているのだが、生地だけなんてどこにも売っていない。だから作ることも難しい。大人用のを改良するには、もともとのエプロンが高いので勿体なくて出来ない。これなんて潜在的需要なんてものすごいぞ。学校教育にパソコンが入る様になったので、学校でまとめて購入なんて可能性だってあるのに、と思う。 しかし今さら私がミシンをカタカタ言わせる根性もなく、そのままになっているのだ。 誰か作ってくれないかなぁ、といつも思っている。
次に、スイッチのみのケーブルというのはわかりにくいと思うが、子供がマックを使う時、キーボードは邪魔だ。しかしマックの立ち上げはキーボード上のボタンでコントロールしているのでキーボードを外すことはできない。わが家では、一度立ち上げてからキーボードを外して、マウスを直接本体に繋いで使わせているのだが、この1アクションのためにキーボードを接続するのが面倒なのだ。それで、例えば1000円位で、マウスと本体の間に「電源スイッチ」だけのついたケーブルをかませることができれば、 最初からキーボードなして使えるのに、と考えたのだ。本当はピピンのコントローラ (リモコン式の方)に電源スイッチがあれば、それがベストなのだが、調べたところ、そんなものはなかった。実に残念だ。だから自分で作ってしまおう、と一度は思ったのだが、これまたハードの知識がないのでギブアップしている。誰か作ってくれたら、私は絶対に購入するぞ!
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1997年01月22日
讃岐うどん
うちのダンナは香川県丸亀市の出身だ。
いわゆる讃岐の人で、うどんにはこだわる方だった。韓国に住んでいた時も韓国料理を好んで食べていて、特に日本食レストランに出かける頻度が多くもなく、それなりに韓国の食文化に浸って生活していたのだが、「うどん」だけは帰省の折にどっちゃりと購入して、ソウルに持ち帰っていた。
実は「うどん」というのは、あわや「別居」もしくは「離婚」にまで発展しそうな位の夫婦喧嘩になったことのあるネタで、今でこそ私が折れる形で一息ついてはいるものの、「美々卯のうどんすき」などの話を持ち出せば、いつでも「ゴングは鳴った」状態に陥ってしまうので避けているところだ。
ニいうのは大阪人の私は「大阪のおうどんはめっちゃ美味しい。東京のあの真っ黒のおうどんなんて食べた気せぇへん」を常識としており、讃岐のダンナは、「うどんの本場の讃岐人に向かって、大阪のうどんの方がうまいなんて、アホらしいて聞いてられへん。比べる事自体がオカシイわ。」てなもんである。ここで、「何言うてんの、 大阪のおうどん食べた事あるの? 美々卯のうどんすき食べたらぶっとぶで。」などと言い出すと、もう泥沼と化してしまう。
「アホか。讃岐の人間に何言わす。讃岐のうどんはな、うどん自体が旨いから醤油だけでも食べられるねん。ぶっかけうどん言うて、それが通の食べ方や」
「ゲッ、醤油ぶっかけて食べるなんて、なんて色気のない事を....。大阪のほんのり甘手のダシ飲んでみた事あるのん?」
どうやら、讃岐人のダンナはうどんの「麺」のことを、大阪人の私はおうどんの 「ダシ」の事を中心に話を展開している様だ。誰も讃岐うどんの麺がまずいとは言っていない。大阪のおうどんのダシは秀逸だと言っているだけだ。
やっと事の本質が見え、離婚にも別居にも至らずめでたしめでたしなのだが、ここだけの話、私は讃岐でざるうどんを食べる時、大盛り×2(つまり4玉)でも軽く食べることができるのだが、大阪で大盛りを頼んだ事すらない。それを2杯食べるなど思いも寄らない。つまり讃岐のうどんは本当に美味しいのだ。しかし、ダシについては大阪の方が美味しいと今でも思う。しかし、讃岐でうどんを食べる時、私は必ず、「ざるうどん」を食べる。ダシの味は全く気にならずにズズズ〜と食べる事ができるのだ。今回帰省した時にも、どっちゃり讃岐うどんを購入してきた。それも底をつき かけている。
この話には後日談がある。韓国の方の接待に、と私が推薦した東京の美々卯で、うちのダンナはものすごく感激していた。「ダシが旨い!」と言って、最後の最後までダシをすすっていた。実はこの時私は、「大阪の美々卯の方が美味しい様な気がする」と思っていたのだが、感激しているダンナには言えなかった。先日、実家の母と話をしていた時、「美々卯って言っても、お店によって味は違うわよ」という事を言っていたので、やっぱり東京美々卯より大阪の美々卯の方が美味しいのだろうと、私は思った。
ところで、この讃岐うどん、やはりグルメの子供達には評判が良く、丸亀に帰省した時には、二人ともバクバクとわき目もふらず食べていた。折角注文した「大盛りのざるうどん」は全てカオルとタカシの胃袋に収まってしまい、私の口にはほとんど入らず、私はかやくご飯と天ぷらを食べるしかなかった。
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1997年01月10日
言葉の遅れ
昨年末、タカシの1歳6ケ月歯科検診に出かけていった。
自転車でのりつけて 清新町の保健所についた。同じ1歳6ケ月の子供達が集まる、というのはちょっと興味がある。
行ってみて驚いた。皆とってもカワイイのだ!もうすっかり天使の羽でもついてそうな位、ピュアな可愛さがある。オムツの宣伝に出てくる様な、とってもプリティな子供達のオンパレード!驚いてしまった。その横にたたずむタカシは、どっから見ても、「今、初めて上京してきました」とでもいいたげな田舎風の雰囲気をかもしだしている。やめて欲しい!
それにしても、コギレイな感じなのだ。ちょっとつつけばそのままコテンとこけてしまうほど、はかなげにカワイイ。
ところで、1歳6ケ月検診で言葉の遅れを指摘される子供が増えている、とか、それに悩み傷つくママさんが多い、という事は以前から聞いていた。タカシはほとんど単語を口にしない。しかし無口ではないし、毎日ワーワー言っているし、 こちらの言う事は実によく理解している。自分の欲求は言葉では表現できないけれど、その分全身を使って何とか伝えようと必死で頭を使っているので、全く心配した事などなかった。
保健婦さんとの問診で、「言葉の方はどうですか?」と聞かれたので、つい最近「ママ」などと言うようになったので喜び勇んで、「それが、ちょうど1週間程まえにママと言える様になったんですよ〜」とニコニコと答えたら、その保健婦さんはとても申し訳なさそうに、私を傷つけない様に、と必死で心を砕きながら、「あの、特に問題ないケースがほとんどだとは思うのですが、2歳になった時点で、言葉が増えているかどうか、確認の電話を入れさせて頂いてもよろしいでしょうか?」と言い出した。私は電話は保健所持ちだし、黙っていてもかけて きてくれるというのだから断わる理由もない。「勿論です。よろしくお願いします。」とこれまたニコニコと元気よく答えたのだが、メモをとる保健婦さんの表情を見てハタと気付いた。
これが、初めての子供で、しかも周りから「言葉が遅いんじゃないの?」などと指摘され続けたママさんだったら、ものすごくショッ クを受けるかも知れない、という事だ。その事で悩んでいるママさんの話を聞く度に、「どうして子供を信じてあげられないのか?」とか、「もし言葉に遅れがあって、それが知能の遅れに繋がったって、子供が持って生まれたものをどうして尊重してあげられないのか?」とか思っていたのだが、それほど簡単に割り切れる話ではないだろうと、想像がついた。
こんな時、母親の語りかけが足りない、と書いてある本もあるし、また、子供に先回りして勝手に話してしまうママさんのもとでは言葉の遅れが出たりする、 とか色々と書かれてある。そんな事を書けば全ての責任が母親にあるように思い込んでしまうではないか。成長の度合や方向性にはものすごい個人差があるのだ。 子供が二人以上いると、同じ様に育てているつもりでも、全く違う成長をするのを間近に見ることができる。しかし、そんな判断材料を持たない一人目の子供がそういう状況だったら、母親はきっと狼狽するに違いない。なんせ育児雑誌は、 平均的な子供の情報には事欠かないからだ。それから少し外れただけで、ものすごく不安に思ってしまうのだろう。おまけに育児経験から数十年経たおじぃちゃん、おばぁちゃんが色々と心配そうに聞いてきたら、もう「あぁ、どうしよう」 モードになってしまうのは想像できる。保健婦さんのすべき事は、平均値から外れた子供をなんとか平均的なレンジ内にひきもどそうという事ではなく、「成長には個人差があるから心配ないですよ。○○ちゃんはちゃんと一人で食事もできるし、表情も明るいし、お母さんが上手にお育てになっているのね。もし心配だったら、いつでも相談に来て下さいね。」という励ましなのではないだろうか。 母親の不安な感情は子供にまで伝染する。ママさんが言葉が出ない事に不安を感じて、一日中「ママ、ママ」と必死で言わせようとしたりすれば、子供はその根底にある感情を敏感に察知して、拒否反応をおこすかも知れない。
年があけてタカシは、「ワンワン」や「ノンノンノン(人差し指をふりながら)」 などという芸も覚え、元気いっぱいに育っている。もし、タカシがこのまま言葉が増えなかったとしても、言葉以外の方法で何とか伝えようとする姿勢は感動的で、小さな頭を必死に回してうったえかける術を既に持っているので、生きていくのに困るとは思えない。タカシが、いやどんな子供でも、持って生まれた素質は、とてつもなく大きく偉大なもので、30年程先に生まれただけの私が、ねじまげたり、加工したり、無理やり引き伸ばしたりすることなど出来るはずはない。
等身大のタカシを、これからも信じていこう。
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1996年11月22日
子供の可愛い仕草
子供を見ていて、「あぁ、可愛いなぁ」と思うのはどういう時だろう。
私が一番思うのは、食事の時だ。特に生後半年〜1歳半位の子供が、自分の手でしっかりと食べ物を口に運ぶ姿は、もう涙が出る位カワイイ。しかし、その食材にも色々ある。ものすごく高そうなケーキを食べている時、松坂牛を食べている時などよりも、「メザシを頭からかぶりつく姿」「やきイモを皮ごと食らいつく姿」「煮物の大根を大きな口で食べる姿」などを見ると、もうキュ〜っと抱き締めたくなってしまう。
どうも私は「あんた、田舎のqか!」という様な振舞いに弱い。ブ ランドものの服を来た女の子が「汚れちゃうから座らない」と言っているのを見ると、後頭部めがけてどついたろか、と思うのだが、泥んこの男の子のTシャツが破けているのを見つけると、「ブラボー!」 とスタンディング・オベーションしそうになってしまう。
しかし、これは単なる私の好みだ。カオルは普段楽しく遊んでいる時は裸足でも大丈夫なのだが、我にかえって足の裏をみて汚かったりすると「バッチィ〜」と泣いたりする。心の中では、「そんなん洗っ たらしまいやん!」とパチキ入れそうになっているが、彼女には彼女の価値観があるだろうから、あまり反応しない様にしている。それでも時々、「お〜お〜、情けない事で!拭いたらしまいやん」となじったりするのだが、そんな時は彼女の方が役者が上だ。
汚れた手を私の服にペットリとつけてニッコリと笑う。
「あ、こら」と言う前に逃げていく。彼女には完全になめられている。
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1996年11月10日
ウンコは汚いという認識
赤ちゃんというのはオソロシイ。
一番悪夢の様だと思ったオソロシイ事件は、カオルにもタカシにもやってきた。自分の出したウンコに手を出して食べようとするのだ。それを見て、「あぁ、ウンコが汚いという認識は、本能ではなかったのか!」と感慨深く見ていたのだが、それにしても動物の赤ちゃんは自分のウンコを食べるのだろうか?もし食べないのであれば、人間の本能は、かなり退化していると言わざるを得ない。
そんなカオルが、1歳5ケ月でタカシという弟を持ち、そのタカシのオシメ替えを見物していた時に、ベチョ〜としたウンコを見て、「オエッ」と嗚咽音を出したのを見て死ぬほどびっくりしてしまった。おいおい、ついこの間まで、あなたウンコ食べとったやろ、とツッコミそうになったが、この事件をダンナに話したところ、大爆笑であった。それ以来、ダンナはタカシのウンコ付オムツをカオルに見せたがった。
そして、タカシは1歳6ケ月になり、まさに今日の事だった。おしめの中が気持ち悪いらしく、おしりに手を入れてみたら、自分の手にペットリとウンコがついたのを見て、「ふぇ〜(気持ち悪い〜)」と泣き出してしまったのだ。これには感激した。「おお、タカちゃん、この前までウンコ食べとっ たのに、汚いもんやってわかったのねぇ(しみじみ)」
私の育児観察結果を見るに、どうやら1歳〜1歳半あたりに、そういう認識が擦り込まれる様だという事がわかった。
話は変わるが、離乳食期の赤ちゃんに「バナナ」を持たせて「おお!」と思うママさんは多い。この時の「おお!」というのは、バナナを握りつぶしてしまう光景を見て、自分がいつもバナナを持つ時は崩れない様にそっと持っている、という事に気づいた感嘆の声だ。あぁ、こんな所にも脳味噌使っとってんなぁ、としみじみ思うのだ。
子供といると、こういう一見「しょもな」的な事にも、いちいち感激できて、結構面白い。
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1996年09月10日
子供の性格は突然豹変する
子供の性格が、突然豹変してしまった。
と思う瞬間は必ず来る。カオルの時は、ちょうど1歳になった頃、 タカシの場合は1歳半、そう、ちょうど数日前の事だ。今までどちらかと言うと「大人しく、育てやすい」と思い込んでいた子供がある日突然、ママには意味不明の行動をとりだしたりするのだ。
100%あなたの事わかっている、つもりだったママは、この突然の変化に「もしや、少し早い反抗期かも知れない」と思ったりするのだが、実はそうではない。
この時のママさんの認識は非常に大切なのだ。その後の母子関係を決定づける可能性さえ秘めている。ここで錯乱して、何とゥ自分の思い通りの行動をとらせようと、威圧的な態度を見せたりすると、子供の方はもっと錯乱してしまう。子供は何故、突然暴君になるのだろうか。
普通のママさん達は、「子供の事がわからなくなった」「自分の子供と思えない」などと子供を遠い存在に感じる様だ。しかし、これは大正解なのだ。ここで、「あ、子供は私とは別の人格を持つ、言わば他人なのだ!」という事に気づけば二重丸。ここから先は、赤の他人への気遣いと同じ様に、「相手の立場になって一所懸命考えない限りはわからない」世界の到来だ。自分の子供だから何でもわかる、なんていうことはありえない。それは、生まれた時からずっと観察し続けてきた結果、行動パターンが読めるというだけで、血の繋がりが全てに勝って千里眼(サーチエンジンでも韓国の商用ネットでもないわよ !)的に情報をキャッチできているわけではないのだ。
ここで親は知らず知らずのうちに貼っていたラベルを一度はがしてあげないといけない。ここまで築きあげていた関係をゼロリセットする必要が出てくるのだ。子供が暴君になった様に見えるのは、単に自分がママとは別の人格であるという事を本能的にさとった証拠だ。その事を都度都度、確かめて自分の確固たる認識にまで育て上げるために、何度となく意味不明の行動をとり続ける。ママは試されているのだ。これから先は、「別の人格になっても愛されるか」という事を何度となく試される。そこで愛情が満たされて、「あぁ、ママは別の人格だけど、他の大人とは違う深い愛情を注いでくれるすんごい存在なのだなぁ」と漫然と理解する。ここで一つ落ち着いて、母子関係は順風満帆、蜜月状態を迎える。しかし、その時は長くは続かない。次は 2〜3歳児にみられる本格的な反抗期だ。
今度の反抗期は、社会勉強だ。自分の存在をアピールし、社会との関わり方を模索するために、ありとあらゆる無謀な事をし始める。母親の叱りも完全無視し、勝手気ままに振舞う。しかし、その子供を 「わがまま」と思ってはいけない。3歳でわがままでない子供がいたら、将来コワイ。ここで色々と試行錯誤しておかないと、追い追い子供自身が困ることになる。全ての判断基準をここで学ぼうとしているのだ。子供は無視している様に見えて、実は無視していない。表面的には無視の姿勢をとり続けているが、「どの場合が、どの程度叱られるのか」という事をじっくり観察している。わかっていない様に見えて、実は聞いている。だから、ママさんは肝に命じてテキトーなあしらいをしない様に心がけるべきなのだ。この時の芽はもっと後になっ てから出てくる。即効性がないだけにしんどい時期ではあるが、とりあえず子供の言い分も聞き、ママの伝えたい事もしっかり伝え、という事を一日のうちに何度もくりかえさなければならない。
カオルを見ていて、時々「どうやって言う事をきかせたろうか!」 と意気込んでしまう事がある。目線がだんだん上から下になっているのが自分でもありありとわかる。「とうとう来たか!」と自分でも持て余し気味だ。しかし、ここは一息ついて、じっくりと見てあげなければならないのだ。結果はすぐに出ない。この気の長さが、良い母親の条件なのかなぁ、と短気気味の私はぼんやり思ったりする。
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1996年09月01日
価値観の変革
今まさに価値観が大きく変わろうとしている。
という事を書くと、インターネットにアクセスしてこれを読んでいる方などは、「何を今さら」とか、「そうそう」とか大きく首を縦にふって下さっていることと思う。(希望的観測モード)ここにきて大きく価値観が変わり、それに伴って世の中も大きく変わっていく可能性をはらんだ大事な時に、いつも頭を抱えてしまうのが、日本の教育だ。これは学校教育だけにとどまらず、各家庭内の教育にまで関わってくるから問題の根は深い。価値観の変化を敏感に感じとって、それを実践すべき世フ中のママさん達が、実は一番そういう実感を得てないのだ。だから、 私は女性のインターネッg参加を願ってやまないのである。
どうしてマ