2006年05月20日

Immigration Officeへ行く

タカシの香港IDカード申請ついでに私のビザも変更してもらう。

手順は以下の通り。

1、7階の1番窓口で、就労に関する制限のキャンセルをお願いしたい旨を申し出ると、1枚の申請用紙への記入と、パスポートのコピーを3枚用意するように言われる(コピーはその階端にあるコピーコーナーで1枚HK$1.30で出来る。しかし!このパスポートコピーは最終的には必要とされず、他の場所でも「コピーなんて必要ないのよ」と言われてしまった。)同じ窓口に戻り記入済みフォームとコピーとパスポート(香港IDカードも一緒に提示したが、必要なのかは不明)を確認してもらうと、5階に行く様に指示される。(因みに、geoexpat.comのフォーラムを今見たら、7階に行く必要はなく、直接5階の窓口でフォームをもらって記入すればOKと書かれていた。VISAだから7階だと思った私が間違い?)

2、5階の窓口でフォームとコピーとパスポートを渡すも、コピーが必要ないとつき返される。ちなみにフォームは、自分の名前、香港ID番号、スポンサー(多分、dependentしている人、私の場合はダンナ)の名前と香港ID番号、自分のサインと日付を記入するという簡単なもの。

3、番号札を受け取り、5階の14番窓口あたりで待つように言われる。指示通り10分程度で自分の名前が呼ばれる。そこでは次は28番窓口に行き、そこでパスポートを受け取るように言われる。1時間以内といわれたが20分くらいで名前を呼ばれてパスポートを受け取る。もちろん無料。

4、違うページに制限事項のないビザのシールが貼られていた。期限はオリジナルの日付と同様(って当然か)。

ふふふ。笑いが止まりましぇんです。

Posted by akemi at 14:24 | Comments (0)

2005年07月14日

I feel like “STARBUCKS” coffee!

朝8時台の公共交通機関を利用するのにも慣れた。通勤、通学する人の群れに紛れて、もう何年も此処で生活しているかの様に、慣れた手つきで二枚のオクトパスカードをFare Saverにかざす。(因みに、午後1時前後のエスカレータ内のFare Saverには長蛇の列で近寄れないので、この時間だけは避ける)

その日もいつもと同じ様にワンチャイの語学学校へ行った。授業が終わり、一分一秒を争うがごとく、常に急いでいる私の背中で、聞き覚えのある声がした。アケミ!という声に後ろを振り返った私は、まるでお化けでも見たかの様に驚いてしまった。

母国へ帰ったはずのイギリス人の友達が立っていたのだ。

彼女は笑顔を炸裂させながら、私の方に近づいてきた。私は挨拶もせずに突然、

「つ、つまり、就職決まったってことぉ〜??」

とサビから話を始める。彼女は叫び声に近い声を上げてそうなのよー、と答えてくれた。私は彼女が受けた会社の名前をいくつか上げたのだが、それのどれとも違うと答えた。おまけに彼女の要求サラリーを超える額を提示してもらえたらしい。よくやった!!!!

で、現在働くためのビザ申請中ということで、今度は真剣に広東語に取り組むらしい。って彼女が普通語のレッスンの時に何度も言っていた通りに。就職が決まったら広東語にスイッチするからねって。

彼女にはもう二度と会えないかも知れないと思っていた。帰国するのだと私に告げた時に見せた彼女の表情は、いつもの自信の欠けらもなく、何とも言えない複雑なものだった。落胆、そんな簡単なものではなかった。志半ばにして夢を諦めざるを得ない状況。彼女の3ヶ月が全くの無駄になってしまった。力のない怒りの様なものが漂っていて(そしてそれは、何に対してなのか、自分でも判っていない様だった)、それを見た私は、それからしばらくの間かなり落ち込んでしまったのだ。

夢は願わない限り叶わない。願えば叶うというものではないが、願わない限り叶うこともない。紺のジャケットを着込んだ彼女は、今にもそのブロンドのロングヘアーを颯爽となびかせて、香港の金融街に消えていきそうだった。私にしれみれば、どんなハリウッドの女優もかなわない程、カッコいいキャリアウーマンに見えた。

その日、いつもは一目散に家に帰り、パソコンの前で作業をしながら、子供のお弁当の残りを食べつつ自宅で淹れた“スタバの豆”コーヒーをススるのであるが、その日ばかりは人知れず彼女をセレブレイトしたい気分だった。

I feel like Starbucks coffee

ヒルサイドエスカレータの中腹にあるスタバで、贅沢にもグランデを注文して、私も気分だけは颯爽と、スタバを手に持ちエスカレータを駆け上がった。

私ももう一度、夢を描きなおしてみよう。

Posted by akemi at 00:39 | Comments (0) | TrackBack

2005年06月22日

香港就職活動最前線

現在、健康工房の漢方茶を飲みながら書いている。症状を伝えると、それに合ったお茶を勧めてもらえるのだ。お茶を受け取りながら「お腹空いてる?」と聞かれたので、ちょっとね、と答えると、必ず少し食べてから飲んでねと言われた。空腹時に飲んじゃいけないのか。なんだか効きそうだなー。(多分軽い風邪だと思うのだが、偏頭痛もあるので思考力低下中)

私と同じく普通語のレッスンを頑張ってきた英国人女性が、とうとう帰国するらしい。彼女はアカウンティングの仕事をやめて、香港に職を求めてやってきた。その分野でのキャリアは3年。インタビューを受けた会社は4社(系列会社も含めるとそれ以上)、一社につきインタビューは数回ずつ。毎日の様に授業の後にインタビューが入っていた。会社名を聞くと、こちらの手が震えるほどの世界的に有名なバンキングの会社ばかり。彼女の就職活動の経過を聞くのが、私の日課のようになっていた。彼女を通して、私も香港での就職活動を横から見ていた様なものだった。

もうすぐ彼女のタイムリミットが来る。観光ビザで入国している関係上、そのビザの切れる期限内に就職を決めたかったという気持ちはよくわかる。でも、まだ決まっていない。再入国したらいいと思うのだが、彼女はもう香港で就職するのは難しいと思い始めた様だ。そこで、彼女の salary expectationsを聞いてみた。どうも法外な要求をしていないかと気になったのだ。彼女は現在、高級住宅街にあるサービスドアパートメントに住んでいて、就職後もそのエリアに住みたいと言っていたので、もしや香港で就職する現状を知らないのかもと思ったのだ。案の定、彼女の提示していた額はキャリア3年の人が提示すべき相場からはかけ離れていた。もちろん、ロンドンでの収入を考えれば当然なのだろうが、香港で同額を要求できるのは、相当な、例えばマネジャー職でもない限り無理だろう。私なんて一時本気で職を探していたときなどは、15年前の年収の半分(!)という覚悟でレジュメを書いていた。(結局、そのレジュメはどこにも提出されず。多分、提出してもどこにも引っかからず、だろう)。

厳しいのはよくわかる。彼女は北京語も広東語もできない。現在ビギナーレベルで勉強しているくらいだから、ビジネスレベルであるはずもない。彼女の売りは、ロンドンでの3年間のキャリアと英語のみ、である。

さて一方、香港の現役ビジネスマンを見てみると、要するにホワイトカラー職においては、当然のごとく英語がビジネスの公用語であるからして、英語、広東語、北京語が流暢というビジネスマンは、more than enough in Hong Kong(香港にはうじゃうじゃいる)なのである。おまけに彼らの多くは、自費でMBAを取得していたりする。彼女の強みは何だ。彼女のキャリアも英語も、ここ香港ではありきたりにしか映らない。哀しい。彼女は若くて有能だ。自ら普通語の勉強もしている。やる気はある。でも充分な収入が保証された職にありつくことが、ここではいかに難しいか、翻って自分自身を鑑みると、これはもう不可能であるということがよくわかる。何度も言うが、とりあえず何でも良いから職を見つける、という話ではない。自分自身のキャリアアップにつながる職を、中国ブーストを目前に控えた香港で掴むということが難しいのである。何故難しいかというと、彼女にも私にも共通した一つの大きなウィークポイント「キャリア不足」に尽きる。三年というのはあまりにもキャリアがなさすぎたと彼女は言うのだ。

おまけに彼女はこうも付け加えた。彼女の友人はここで働いているが、朝の7時から深夜まで働いているそうだ。彼の就眠時間は毎日5時間をきっているらしい。ペイは少なく仕事はハード。いくらエネルギーに満ちたマーケットだと言っても、二の足を踏む気持ちはよくわかる。

卵が先か、鶏が先か

これから、香港(対中国)でキャリアを積めたら、これはイギリスに帰っても特別なキャリアとして認知されるだろうし、でもそのキャリアを積むためには(職にありつくには)、自分自身のキャリアがなければ無理だし。どうすりゃいいんだ全く、という感じで、彼女は母国に戻ってキャリアを積む決心をしたようだ。彼女曰く、イギリスに戻れば職は簡単に見つかるらしい。そうだね。お互い現実を知らなきゃだめだったんだよね。

さて今度は私の分野である、香港におけるIT職の求人がどうかという話なのであるが、求人情報を見る限り、かなり沢山ある。しかし某掲示板にサウジ在住の方が、ひょんなことで訪れた香港が気に入り、自分の8年のキャリアを生かしてIT職につけるなら香港に行きたいというメッセージを投げたところ、それに対する反応がかなり厳しいものだったのを見て驚いてしまった。

ソフトウェア技術者なんて掃いて捨てるほど居るから、カーネルの設計できるくらい特殊技能がないと無理じゃないの?
という人がいれば

香港にカーネルの設計をやるような仕事はないぞ

という反応があったり、

140社超に履歴書を送ったがリプライがあったのは10社以下、インタビューを受けたのはそのうちの2社のみ。職を得るまでに4ヶ月もかかってしまったよ。

という話があって、こちらも冷や汗流しながら読んでいたのだが、最後にこんな投稿があった。

就職活動をした結果わかったことなんだけど、employerが本当に欲しがっている人材は、SAP, ERP, データモデラー&ウェアハウスのスペシャリストだよ

という投稿に握り拳を上げるもキャリア不足は否めず。

そしてこんな投稿も。

香港の会社の90%は中小企業なんだ。そんな会社が本当にERPなどのソフトが必要なのか大いに疑問なんだけど。

という投稿に

同意するよ。ROI(投資対効果)なんて大きな組織でなきゃ出ないだろー。

というリプライ。

すっかり蚊帳の外の気分

やっぱり家で日本のマーケットに向けて仕事した方が良さそうだ。

Posted by akemi at 15:08 | Comments (0) | TrackBack

2005年04月24日

キャリアプランを練る

アプリケーションを出している学校からの感触は悪くなく、待てば入れるのかなという憶測のもとに、自宅待機をし続ける我が家である。経験上、急がば回れ。焦って不本意なところに入ると、あとでどっぷり後悔するのが目に見えている。この学校に落ちた時の対策は立ててあるので、ゆっくり待つ。自宅で遊んでいるわけではない。毎日、英語と日本語を、それぞれの子供たちが自律的にやっている。異文化観察というのも、大事な社会勉強なので、香港観光も欠かせない。今回も子供たちは、家探しから、引越しの段取り、引越し後に必要な作業その他を、しっかりと見届けていたので、そんな細々した作業も、将来の役に立てばいいなと心から願うのだ。

引越しが終わり、そろそろ自分自身のメルベンを総括すべく、ごそごそとネットサーフィンをしている私である。そう、ダンナの稼ぎをつぎ込んで、周囲への迷惑も顧みず、ただひたすら、わき目もふらずに突進してしまった昨年一年の、落とし前をつけなければならないのだ。

落とし前をつける方法はただ一つ、お金を稼ぐことだ。大学院の授業料をペイしつつ、将来に繋がる何かを今から始めなければ、自分自身のあの一年を自己否定しなければならなくなってしまう。毎日毎日、そう、ここ3ヶ月ほど、www.jobsdb.comの香港での仕事を見続けていたが、それを見ていて現実的にならざるを得ないなと思ってきた。就業ビザをアプライするということは、フルタイムの仕事であるということ。そして、ITのフルタイムの仕事というのは、

able to work under pressure and long hours
willing to travel

なのである。あー思い出した。客先で人質になっていたあの頃を。あの生活を子持ちの私ができるはずないよなーっ。要するに、残業、休日出勤、出張も厭わず、しっかり働いてもらいまっせー、ということである。それがイヤ、9時5時で帰れる仕事がいいわ、ということであれば、その程度の仕事(稼ぎもキャリアもその程度)しかないのである。パートタイムのお手伝いさんに来て頂いて、やりくり出来ないかと考えつつも、昨年一年間の子供に対する不義理を思い出したりもした。結局、彼らへのアテンションが不足していたために、日本語も英語も中途半端な一年を過ごさせてしまった。母親失格。いや、そんなことよりも、自分自身、まだまだ子供たちに対してコミットメントしたいという欲求があるのだ。お手伝いさんに来て頂いて、家事全てを任せてしまうのは、一生そういう暮らしができるわけではない我が家にとっては、マイナス要因が多すぎる。自分の洗濯ものは自分でたたむなど、家族の一員として何らかの役割を担うということが、我が家では大事なことなのだ。学校落ちたっていい。でも、私勉強するひと、ママ(又はお手伝いさん)家事をするひと、なんて考えを起こしたら、それはもう、我が家の子ではなーいっ、出ていってくれーっ、
と思うくらい情けないことなのだ。

平日昼間のミッドレベルは、アマさん(お手伝いさん)と私しかいない。Tシャツにズボン。私はどこから見てもアマさんスタイル。子供を遊ばせながら見上げる高層アパートでは、丁寧に裏側まで手を伸ばして窓拭きをするアマさんが見える。哀しくて涙が出る。彼女たちが気の毒なのではない。自分が情けなくって仕方がないのだ。彼女たちほどのプロ意識で家事をしているのでもない。テキトーな掃除をして、変わり映えのない食事をつくり、時々中途半端にネットサーフィン。仕事の種を見つけると言って、今日も何の行動も起こせない自分が腹立たしい。

と自虐的になっても仕方がない。建設的に物事を考えよう。

まず自分の価値観として、子供のホリデーにも、週末にも、夕方も、ずっと仕事をしていて、全てをアマさんに任せるということは出来ない。私自身は徹夜をしてでも、病気の時、ホリデーには、子供たちと一緒に居たいという欲求がある。ダンナの転勤に左右されないもの。それでも自分自身を少しずつでも研鑽できるもの。 

大学院でのプロジェクトでパートナーだった友人は、会社にアプライして、組織の単なる一員となるよりも、自分自身で大きな仕事を作りたいと言っていた。そして彼はその大きな、そして確実な第一歩を踏み出したのだ。SAPに関するオンライン書籍を出版したのだ。いま、その書籍が私のPCにも入っている。膨大なページ数。人間の人生は、結果だけが全てなのだ。結果だけが真実なのだ。やろうと思っていた、という言い訳は、何の意味も持たない。ただただ、現実に形にしたものだけが、感動や賞賛に値するものなのだ。そうだよな。香港で仕事をするというと、就労ビザをとってお勤めすることが王道(即ち、自分の能力の証明)の様に思っていたけれど、もっともっと邪念を捨てて自分の将来を考えていくと、どんどんと物事が整理されていくのだ。自分の中にあった、浅はかなスケベ心に気づく。頭の良さは生き方の問題、いつも父が言っていた。世間に対して肩書きをアピールしても仕方がないのだ。ただただ自分の信じる道を、淡々と着実に歩めば、将来は開けるのだという確信に満ちた気持ちが、やっとのことで自分の心に宿った気がした。ダンナが言った。「失敗しても、お前、失うものないやん」その通りだ。駐妻という気楽な状況が、私にとっては追い風なのだ。今日、私は自分にとって、一つの大きな決断を下したのだ。


Posted by akemi at 23:26 | Comments (0)

2005年04月06日

そろそろ「熱さ」を思い出さねば

タロちゃん(杉村太郎さん)の「アツイコトバ」を昨年読んだ時、既に極限状態に近い「熱い自分」を経験した後だっただけに、期待したほど感動できなかった自分がいた。

それから数ヶ月。引越しのドタバタ、子供たちの学校選びに家探し、いつも全身疲れ果てるほどに一所懸命なのに、心の中には寂しい風。何かの目的に向かって全力で向かっているのとは違い、ただただ目の前の作業を片付けるだけの日々に、焦りの色が見えてきた。もう若くないのに。一日でも無駄にしたくないのに。2005年も、もう4月だ。もっともっとがんばれば、今の二倍くらいのスピードで、種々の問題が片付くのかな。それだったら、寝る時間も半分にしてやらなきゃ。テンションあげなきゃ。もっと熱くならなきゃ。

昨夜は、どうにも片付かない現状は現状で落ち着いて認識しつつ、半年後のための仕込みをすべく、SAPのコンサルタント認定試験の勉強を始める。狙いはSCM(サプライチェーンマネージメント)。ダンナの言葉を思い出した。

生活のために仕事をしなくていいのなら、仕事を選べよ。本当にやりたいことをやれよ。今更、IT翻訳だとか、プログラマーだとか、消極的なことを言い出すなよ。本当にそれがお前の夢なのか、そうなら止めないけど、違うだろ。

っんとに、タロちゃんに負けずとも劣らず、煽るわね。でも今日届いたメルベンの友人からの「香港でのSAPのSCMのマーケットがそれほど大きいとは思えない」というメールに(実は、SAP香港の認定試験のスケジュールを確認していたのだが、最新版であるSCM4.0の試験すらない!JobsDB Hong Kongという就職情報サイトのSAP関連情報を検索しても、SCM Consultantと出てきた試しがない!)、いきなり勢いを失うあけんであった。これからの半年、北京語とSCMの勉強で基礎体力をつけて、一気に本気で就活!モードに突入しようと思ったのだけど(なんだか、大学生のブログみたいだなーっ。私は今年40歳よっ)、この「SCMで食える」という前提条件がガタガタしている現時点で、本気で勉強をスタートできないのである。再度、綿密なるジョブマーケットのリサーチに基づいて、戦略を練り直さねば。いや、それよりも、もう場数で勝負、勢いだけで就職活動始めてしまえーっ!広東語も北京語もできない、英語もブロークン、でも勢いだけで何とか食いついてしまえーっ!

というやけっぱちな感情もあるのだ。でも子供の学校も決まらない今、明日ではなく、このたった今から出来る「将来につながる仕込み」の何かを特定したくて、焦って焦ってどうしようもないのである。

Posted by akemi at 23:16 | Comments (0)

2005年02月27日

久しぶりにマジギレ寸前のあけん

荷物のパッキングもそこそこに、気になって仕方がないのは香港での求人情報。

毎日の様に、SAP関連の求人情報をチェックしているが、業務経験者でないと非常に難しいということがわかった。私なんて要するに新卒者扱いであるからして、香港の現在のビザ発給のポリシーに鑑みると、とうていビザがおりるとも思えない。実際問題、既に外国人新卒者のビザ発給は不可能に近く、日本人なら日本での就労経験のみが必要とされる。逆に言うと、就労経験があったら、大学院なんていらん世界で、ぶっちゃけた話、学歴なんて一切関係ない世界。当然か、それがビジネスの世界だ。

ビザ発給のポイントは、日本語のできる香港の人では代替不可能な職かどうか、ということ。つまり、香港人の就労機会を奪ってでも必要な人材と見なされなければならないということ。私なんて十数年前の就労経験持ち出したら、腹抱えて笑われそうだ。おまけに、理工系の大学院出ました、北京語、広東語、上海語はネイティブ、英語、日本語、韓国語も堪能、という香港人、中国人がゴロゴロいる。自分自身、MBAホルダーの一歩手前くらいの位置には居るかしらという薄っぺらな自信が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。思わずもらすため息。ついつい口に出てしまった。

「達ちゃん、ダメや。香港で就労ビザ取得は無理や。」

それを聞いたダンナが嘲笑するかの様にほざいたのである。

「おーおー、いいねーあけん。まだまだモラトリアムは続くかぁ〜」

それを聞いて、久しぶりにマジギレ寸前となったあけんであった。

私だって、マスターとって、そのまま日本に帰るなり、中国大連に飛ぶなり(大連にSAPの研究所が出来て、オーストラリアSAPに勤める友人が、中国に行けば職には困らないぞと言ってくれた)して、キャリア積みたかったのよーっ、こんな、いつ転勤になるかわからない不安定な立場で、結果的に無責任に仕事をやめなければならなくなったりするかもと思えば、就職活動するにも踏ん切りがつかないのよーっ!!

と叫ぶところを理性で押さえたが、自分でも分かってる。そりゃそうだ、ダンナのおかげで大学院にだって行けたんだ。順番を間違っちゃいけない、でも言いたい。私はいつでも、目が眩みそうな制約条件の中で、それらが全て必然であるかの様に振舞ってポジティブに人生を選択してきた。あとちょっとというところで、新しい制約条件が出てくる。もう、そろそろ限界かと思う、踏ん切りつけようとも思う。冷静になろうとも思う。

Remember who you are という本に出てくる、Sara’s Story(邦題は、『ハーバードからの贈り物』の中の、サラの物語。何度読んでも泣ける話なので、是非お読みくださいませ!)を何度も読み返した。私の母はまさにサラの様な人だった。そして、私はサラなのか、それともその子供なのか、何度も自問した。4人の子供、転勤族のダンナ。キャリアを積みたいと思うその気持ちは、何事にも替え難いものなのか。それとも、制約条件の中で、自分の優先順位を再度考えなおし、最大多数の最大幸福を願うのが、私の一番の幸せなのじゃないか。

OLだった時、大先輩の女性の方に言われた言葉がある。彼女はキャリアウーマンを絵に描いた様な方で、ずっと独身であった。私は彼女をとても尊敬していて、彼女の様になりたいと思い続けていた。そして私は、その彼女にとっても可愛がって頂いた。ある日、何を思われたのか、突然、こんな話を私にして下さったのである。

「あけみさん、一番でなくっていいの。結婚もして、子供も生んで、仕事では二番でいいのよ。」

ずっと独身を通した彼女が、20歳そこそこの私に向ける言葉としては、あまりにも重い言葉で、彼女にしてみればリスキーな言葉でもあったに違いない。しかし、それがストレートに伝わると見込んで話して下さったことが、一生忘れられない言葉として、私の中に今も残っている。当時の私は、傍目から見ても一番を狙う意気込みにあふれていたのだろう。

いま、この言葉を思い出したのは、一足飛びに一番になろうとしている自分自身への警鐘だったのかな、とも思う。仕事では二番でも、人生は一等賞。幸せなファミリーと変化に満ち満ちた生活、かわいくて個性的な子供たち。すべてを捨てて仕事に没頭することが、私のプライオリティとは思えない。もっと着実で変化に対応できる仕事の仕方があるだろう。どんな仕事でも一流を目指す心意気があれば、きっと明日は開ける。一番をも狙うサラでいくか!

Posted by akemi at 00:16 | Comments (0)

2004年12月05日

就職を考え中

実はつい2週間前まで、オーストラリアの永住ビザを取得したろうかいなということを考えていた。

というのは、日本で色々な不可解な事件が多発していて、子供たちを守るのは国外脱出しかないんじゃないか、などなどと思ったからなのだ。事実、私の友人たちのほとんどはオーストラリアの独立技術ビザというのを取得するためにITのコースに身を置いている人たちであり、そういう影響もあって、私にも可能なんじゃないかと密かに情報収集していた。どんな僻地でも家族みんな一緒をモットーとしているダンナに相談していると、近年まれに見るマジギレ形相で「冗談でもそんなこと言うなぁーっ!!!そんなことのために大学院行きを許したわけじゃなーいっ!」とあえなく却下。転勤族のダンナがいながら永住ビザということは、イコール「別居」を意味するもんなーっ。正直言って、私の場合はもうすぐ40歳。あと1年間のITコースに切り替えて(全部で2年間のフルタイムコースが必要)、その上で正社員10人以上の企業に就職が決まっていれば、永住ビザの取得も可能の様だ。(だから、この夏休み中にコースの切り替えをするなら決断せねば、と思って色々とあせって調べたりしていたのだ!)

最終的にこの計画はあきらめる事にした。それからこれ以上家族に負担もかけたくないので、来学期は3科目だけ取得すれば卒業なので、それ以上は考えないことにした。冷静になったダンナには、その後のことを相談したのだが、彼はパートタイムでもオーストラリアで就労した経験が必要だというのだ。が、現在オーストラリアはIT不況というか、優秀な人材でも職にありつけない状態で(海外へのアウトソーシングが加速している)、とうとう、各大学でもIT関係のコースを縮小しようとしている(というのは、卒業しても職がなく、とてもじゃないけど学生に勧められない状態らしい)。その状態で、まだまだ言語に不自由で、技術も素人同然の私が、どう考えたって就職できるわけがない。その反面、日本の求人を見てみると、SAP+英語、のコンビネーションの職はそれこそ、うじゃうじゃとあって、やはり日本向けの仕事を探す方が賢い気がするなー、と思っているところなのだ。SAPコンサルタントの通訳なんて、すんごい高給とってるしーっ!!(しかし、私の英語力で通訳は不可能!!!)最初から、大きいマーケットを狙った方が賢いのではないかと思っている。

ということで、来年の6月には卒業してしまうこともあって、今から履歴書の準備やら、企業のチェックなどに余念がない。正直言って、ERPシステムの修士なんてものを持っている日本人なんてそもそもいないだろうし(私以外に日本人いないもん!それにどんな価値があるのか、自分でもちと自信がないのであるが)、それをどうやってアピールするか、ここにきてやっぱり、もっと自分の専門分野を深めるべきだという結論に達したのであるが、実は私の興味のあるサプライチェーンを来学期に勉強するのはカリキュラム的に無理で、結局は、後手にまわって履修することにしたFIモジュールに注力するしかないと、自分では思っている。あー、なんか興味もてない分野なんだけど、ビジネスの基本だからなー、避けて通れない通れない。夏休み中は、やはりスピーキングとリスニングにフォーカスして勉強しないとなー。現在、再度K/H法に取り組む私であった。まだまだ道のりは長いなーっ。


Posted by akemi at 00:56 | Comments (0)