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2007年02月21日
The Wisdom of Crowds
私は今でもずっと彼のメールマガジンを購読し続けている。実は一時ものすごく面白いと思ってバックナンバーまで一気に読んだこともあったが、最近はほとんど読んでいなかった。タイトルを見た瞬間に内容に想像はついたが、私は、彼の個々の主張に反論する術を持たない。
ちょっと違う話をする。
最近、中国漢方についてとても興味があって本など読んでいるのだが、中医学と西洋医学というのは、本当に物の見方や考え方が違う。と同時に知識管理なんかの勉強もしている私は、西洋的な物の見方(所謂サイエンス)、中医学的な物の見方、そして日本的な物の見方の間でウロウロしていて、ここ2ヶ月位は本当に頭が爆発しそうなほど苦しんでいた。
私は大学の学士論文で多変量解析(因子分析)なるものをテーマに研究を行っていたため、「原因と結果」を分析し、その上その原因に含まれる因子までも明確にしてみたい衝動にかられるのが常であった。ロジカルシンキングやMECEといわれる「ダブりのない構成要素」というような物の考え方が大好きで、こういうモノが実現されてこその美しいビジネス、をずっと志向してきた。
当時のゼミの教授の口癖は「存在するものは測定できる」というもので、心の中のものであっても、存在する限りは測定することができると彼は主張した。それはその方法論を確立した絶対の自信と、また人間の英知がそれを可能にするはずだという期待もあっただろう。そんな教授の思考プロセスに心酔しきって、物事の因子を徹底的に探ることで、そこから解決の糸口を見つける、そういうスタイルで今まで来てしまった。そしてそれは私だけではなく、典型的な西洋的な物の見方と言えるだろう。原因があって結果があるのだから、問題解決のためには原因を探ることが一番の近道である、そういう考え方が今では一般的になっている、と思う。
ある時点から、個人の内面の問題を過去のトラウマと結びつけて語る論調を多く目にするようになった。もちろん、そういう方法論もあり、それで問題が解決するなら万々歳である。でもそれが万能ではないような、そう、西洋医学やサイエンスが万能ではないのではないか、ということを、最近リアリティをもって感じるようになってきた。何を今更、なのかもしれないが、私にとってはかなり劇的な心境の変化なのである。
そう考えるようになったきっかけは、二つある。あの河合隼雄さんの著書の中に出てくるエピソードと、うちの子供に起こったあるエピソードである。
河合隼雄さんは、臨床心理の現場で箱庭療法を取り入れていらっしゃるのだが、その患者さんが治癒していく過程で、例えばこういう事例が結構あるのだそうだ。普通のカウンセリングであると、子供時代のトラウマと向き合い、それを解決していくことが目的みたいになっているが、彼の場合は、その患者さんとほとんど、その本質的な部分(いわゆるトラウマみたいなもの)にまったく触れることなく、何となく来る日も来る日も箱庭を作っていく間に治癒してしまう人がいるらしい。で彼はそういう患者さんのことを、それでええんやないか、というわけなのだ。何もあなたがそうなった原因はこうです、という犯人探しをしないで治癒するのであれば、それでいいやないかと。それを最初読んだ時には、まだまだ心理測定法ゼミの思考でいた私は、「それってプロの仕事なのか」と若気の至りで思ったが、最近になってその凄さというものをヒシヒシと感じるのだ。で、この一見関係のない、箱庭、取るに足らない会話、そして人間心理の間で、サイエンスでは解明できないけれども、何らかのポジティブな相互作用があって、結果的に治癒していった。そうやって目に見えない経験の積み重ねでもって、サイエンスの域を超えたところで、また方法論が確立していっている。このプロセスというのは中医学的なものと少し似ているかもしれない。
私自身にも似たエピソードがある。
長男に食物アレルギーがあると分かって、来る日も来る日も彼が食べられるモノを作り続けていたある日、私は不思議なことに気づいた。長男は昔から口数が少なく、自分のことを話すことなどあまりなかったのだが、その彼が何やら私のところに意味もなくやってきては世間話をするようになったのだ。学校でこんなことがあったとか、今まで考えられないような普通の会話を私にしてくるようになったのだ。多分その原因を探れば、きっと彼のために私が時間を割いていることを知り、親の愛情を知り、安堵し、自信を持つようになった、ということかも知れない。でもそんなことはどうでもいいのだ。そんなこと探らなくっていいのだ。
地球温暖化の話に戻る。
ゴア氏の主張も、田中宇氏の主張も、サイエンスの世界で起こっていることである。その世界の中での細かな数字や基盤にしている理論によって、結論に差が出るのは当然である。地球温暖化に絡む全ての因子を明確にし、それの結果を正確に予想することが出来ないのであれば、人間の勘(これも「知」なのであるが)に基づいてみていいんじゃないか、それぞれの人間が良かれと思う方向にどんどん動いていったらいいんじゃないか、そういう気がするのだ。
結構無責任に聞こえるかもしれないが。
梅田望夫さんの言う「群集知(個々の人間の判断はそれぞれ異なるのだが、集合体全体の出す結論というのは、案外正しいのではないか)」や、宋文洲さんのブログで紹介されている「一見合理性に欠ける個々の投資家の投資行為によって形成された相場は不思議に合理性に富む」という主張など、非常に興味深いのであるが、要するに結論としては、地球温暖化の問題には因果関係が立証されていないものも多々あるが、世界規模でその温暖化を食い止めようというムーブメントが起きている、(だからその結論は)その群集知に任せていていいんじゃないか、というのが私の主張である。
サイエンスの世界は全てを解明してくれるわけではない、だからそれのどの部分が正しくて、その部分が間違っているというという論争が起きている間にも、群集はある方向へと向かう。勿論歴史を見ても、群衆知が常に正しいわけではない。でも何が正しくて何が間違いなのかというのも、自分の立つ位置によって違う。
だから。
一見無知でナイーブな反応に見えるものでも、結果的には正しい選択であることもある。小難しいことを考えなくてもいい。難しい理論なんて知らない。でもハートで感じて堂々とアクションを起こせばいい、私はそう思うのである。
私は長年「無知は罪」と思ってきたのだけど、何もかも知ることなんて不可能。だから「無知の知」の大切さに気づいた哲学者は偉大。
Posted by akemi at 01:13 | Comments (0)
2007年02月18日
SMOKE GETS IN YOUR EYES
「煙が目にしみる」
あ、いや音楽の話題ではない。
昨年の旧正月には近所の廟に参ったのだが、今年はダンナの希望で「黄大仙」へ初詣。
長蛇の列に混じり、右にならえで巨大線香の束を片手に潜入するも。
すっごかったわよー。
日本でお寺などに行くと、何となく日頃の煩悩から離れ、清らな気持ちになったりするものであるが、香港ではちょっと違うのである。
とにかく線香の束をほぼ全員が持っているため、煙の量が半端ではない。しかも満員ギューギューであるため、手元に線香を持つと前の人を焦がしてしまう。結果、全員頭部より上に手を掲げつつ大量の線香束を持ちながら歩く。悲しいかな線香からは、もちろん高熱を帯びた灰がパラパラ。みんな我先にと急ぐ中、やっとのことで目的地に辿り着いたと思ったら、「あんたの線香が私の手にあたったやないか」と大騒ぎで別の人に怒りまくっているおばさまが目に入ったかと思うと、彼女の手元の線香の灰が、うちの子供のウナジを直撃ーっ。ギョエーッと思っているうちにも、後ろのおじ様が子供たちを押しのけて中に入り込む。火傷被害者続出―っ。
そこは。
煩悩だけの世界、
であった。
Posted by akemi at 23:44 | Comments (0)
2007年02月14日
現実は常に私の生き方を試す
もう10年近く前の話である。
私が住んでいた東京都江戸川区の某駅前にある公園での出来事だった。
公園には時々、所謂ホームレスのおじさん達がやってきては、子供たちをボーっと眺めていたりしていた。公園に居合わせたママさん達は、きっと怪訝な目で彼らを見ていたに違いなかったろうが、当時から公園でもプログラミングの本などを必死で読んでいた私は、周りの状況が全く見えてなかった。空気も読めていなかっただろう。
ある時、そのホームレスのおじさんの一人が、私の長女と長男の方に近づいて何やら話しを始めた。私はそれを何となくぼんやり眺めていたが、そのおじさんは、彼が食べていたスナック菓子を長女の手に握らせた。
突然私のところに、親切なママさんがすっ飛んで来てこう告げた。
「気をつけて。ごみ箱から拾ってきたのかもしれないし、どんな病気を持っているかも知れない。賞味期限切れているかも知れない。食べさせたらだめよ」
そのママさんの顔には意地悪そうな雰囲気は全くなかった。本当に心底私の子供のことを心配してくれているのがよくわかった。私はどうしようかと思いながらも、とにかくそのおじさんの所に行って、お菓子を頂いたのだからお礼を言わなきゃ、そして、ひとまずそのお菓子の処分については後で考えようと思ったのだ。
走り寄った私を認めて、彼はまるで私たちのさっきの会話が聞こえていたかの様にこう私に言った。
「あの、本当に僕がお金を出して買ったものだから。拾ってきたものと違う。食べて。」
私は言葉を失った。
子供たちはその袋からスナックを取り出し、それを大きく開いた口に持って行こうとした。
私の後ろで状況をずっと見ていた周りのママさん達の緊張感が私にも伝わってきた。
私の心の中で涙がこぼれそうだった。大げさに言えば、自分の子供の命と、このおじさんの言うことを天秤にかけなければいけない、そういう状況だった。時代は既に愉快犯による犯罪も増加していて、むやみに見知らぬ人と話をしてはいけない、そういう社会になっていた。
そこで私は観念した。
もしこれでうちの子供達が死んだら、私がその責任を、その後悔を一生背負うという覚悟だった。でも、きっとこの覚悟は無駄に終わる、そう信じたかった。事態は静かに進行していた。
私の後ろで「あー、食べちゃった。私知らない」というママさん達の声が聞こえた。
私は静かに気を取り直して腹を括り彼にお礼を言うと、彼は「おいしいか?」と子供たちにやさしい眼差しを向けながら尋ねた。子供二人ともが大きな声で「うんっ」と言うのを聞くと、満足そうに公園を後にした。
その時。
私は、そのおじさんが嘘をついて子供を騙しているとは決して思えなかった。
自分の行為が誤解を与えるかもしれないということを知っていながら、なけなしの現金で買った大事なスナック菓子を、他人に分け与えるという行為は尊いもの以外の何物でもない。
それに子供たちの前で、そのお菓子をつきかえしたり、また何も言わずに子供たちを抱きかかえてその場を離れる様なことがあれば、子供たちは何を思うだろうか。暖かい尊い気持ちを踏みにじる方が、私にとっては耐え難いことだったのだ。
そして、そのおじさんには、子供たちが頂いたお菓子を喜んで食べる姿も見てもらいたかった。彼が居なくなった後ではなく。
もちろん、これは結果論だ。
うちの子供たちには、何の問題も現れなかった。だから言えるのだ、それは私でも分かっている。
難しい時代だ。
綺麗な心でありたいと思うが、無知なために人間が死ぬことだってある。
現実は突然にやってきて、私の生き方や考え方を試す。ハートで感じとるしかない、のかも。
Posted by akemi at 23:23 | Comments (0)
2007年02月13日
The hardest thing for me
生年月日で占う「前世占い」。
かなり軽めのタッチのサイトであったが。
その中に「今世 為すべきテーマ」というのがあって、それを見てみたら、
リラックス
だった。
無理だーっ!!
それだけは無理だーっ!!
努力が足らないとか、寝る間も惜しんで働けとか、そういう分かりやすい頑張り目標であれば実現できそうなものを。
リラックス
不可能だ。
そうそう、つい先日、江原さん関連のサイトをボーっと見ていたら、電球が切れたり、電気機器が壊れたりする時って、「忙しいオーラ」を出しているときだとか。
我が家、すっごく電球切れますです。
しょっちゅう電気機器壊れます。私がスイッチを入れるとバチっと壊れます。
そして、忙しいオーラを出して、またまたブチっと壊す。
あー確かに。
忙しい時に限って壊れるんだよなーっ、とか思ってたけど。忙しがっているから壊れたのかも、って思うと、結構可笑しい。
Posted by akemi at 00:01 | Comments (0)
2007年02月10日
人間の魅力
我がアパートのお向かいにはホテルがある。
そのホテルの前にバス停がある。
バス停に行くため対岸へと渡っていた私の目に、一人の女性の姿が映った。
背は低いのだけど、とても魅力的な女性で、私はひと目見て「わー素敵なヒト」と思いつつ、彼女から少し離れたところに立ってバスを待った。いつもの様にMP3プレーヤーをカバンから取り出して曲を選んでいた。
彼女の後ろ姿をちらりと見つつ、視線は彼女の足元へと行った。綿の靴下にサンダルという姿に瞬間的に香港の人ではないのかも、と感じ取った。
その彼女が突然クルリと振り返って私を直視した。
その顔はどんどんと私に近づき、明らかに私の方に向かっている。
彼女の視線はずっと私の目を見続けて、私と彼女は一瞬目と目を見合わせていたのだけれど、その素敵な女性が私に何を言いに来たのかと、少し身構えてしまった。
彼女は言った。
「あの、コーズウェイベイに行きたいんですけど」
そこで彼女は一息おいて、また私の目を覗き込みながら言った。
「いくら、かかりますか?」
私はその意外な質問に、心の中で一人カクンとボケつつ、
「そうねー、コーズウェイベイに行くバスはねー」
などとバスの路線図を見ながら価格を確認した。
そのバス停はホテル前にあり、○○に行くには何番バスに乗ればよいのか、という質問をしょっちゅう受ける。だから、何番バスに乗るのか?という質問に対しては用意があったのだが、常にオクトパスカードをかざすだけで料金にはあまり関心のなかった私に、いくらと聞かれてもねぇ。
あわてて確認している間に、コーズウェイベイ経由のバスがやってきた。私は金鐘で下りるのだけど一緒に乗ろうということで、とりあえず彼女をエスコートしつつ乗り込む。
私はさっきの彼女の質問に答えなきゃと思い、料金を確認して彼女に告げた。
彼女は手に5ドル二枚と50セント1枚を握り締めていた。
6ドル50セントだから、あー、ここおつりでないからどうしよう。
そう言うと彼女は、5ドル崩れませんか?と聞いてきたので、私は自分のお財布をゴソゴソ見てみると2ドル1枚と1ドル1枚しかなかったのだ。
私は彼女に、これ使って下さい、と言って1ドルを渡して支払いを終えた。
しばらくその彼女と話をしてみた。
彼女は東南アジアの某国で某グローバルバンクに勤めているらしい。今回は香港でトレーニングがあるということで来ているらしい。彼女は私に続けざまに質問してきた。帰りも同じバスに乗ったら同じ場所に帰れるのか、と。
うーん。同じ場所には戻ってこない。SOHO近くに戻って来る(といっても彼女はSOHOを知らない様だった)、でもそこから歩かなきゃいけないしね。
どうしたら帰りのバスの道順を狭いバスの中で教えてあげられるのか、私は少し困ってしまった。でも彼女は某グローバルバンク勤務のキャリアウーマン。私は「あっ」と思った。
コーズウェイベイからあのホテルまでだったら、タクシー乗った方が早くて確実よ。英語通じるから大丈夫よ。
そう元気一杯答えた私に、彼女は少し恥ずかしそうに答えた。
「あの、今日は仕事は休みで、コーズウェイベイにショッピングに行く予定なんです。だから、できればバスの方が」
そっかー。オッケーそれなら、帰りにバス停で他の人に聞いてみた方が良いかも。私もう降りなきゃいけないし。
バスはすでに金鐘に近づいていた。彼女はあわてて私に最後の質問を投げかけた。
「あ、あの。コーズウェイベイに着いたっていうのは、どうしたらわかるのかしら?」
私は色々と説明を試みたが既にバスが停まり、私は急いで下りなければならなかった。叫ぶように彼女に行った。
「とにかく、沢山人が降りるところ。パスのほとんどの人が降りるところで降りて!とにかくバイ!」
彼女は私が降りる間際まで全身で「本当にありがとうございました」という気持ちを表現してくれた。
MTRの中でも彼女のことが気になって、ちょっと名前でも聞いておけば良かった、すっごく素敵な瞳をした人だったな、ここ香港では見たことがない雰囲気を持っていたな、などと思いめぐらせた。ああ、彼女の国に行けば、あんな素敵な人たちが沢山いるのかも。
大学の授業が終わって自宅に戻り、一人ネットで彼女の国の平均月収を調べて絶句してしまった。彼女は外資系企業に勤めるバンカーであるため、平均よりは遥かに高い賃金をもらっているだろうが、それでも、やはり香港と同じレベルであるはずもないだろう。タクシーなんて会社払いでなければ乗ろうとも思わないだろう。バスの料金が気になるのも当然だ。
想像力の欠如。というか、何という先入観。香港のバス料金が激安だと思えるのは、一部先進国出身の人間だけだ。なんで私はあの時笑ってしまったのだろう。
お金の量で人間生活の便利さは計れるかもしれないが、徳の高低など計れない。
それに彼女は例えようもなく美しく輝いていた。
彼女の美しさが、私の外見だけでなく内面までもの醜さを浮き上がらせた様であった。
私は魂をどこかに売り渡してしまったのか。
もう私は、あの彼女の様な瞳を持つことはできないのか。
Posted by akemi at 22:58 | Comments (0)
2007年02月07日
打倒!SunBeam Healthy Food Dryer
オーストラリアで買ってくれば良かったーっ、と悔しく思っている電気製品がある。
実は香港にもあるやろ、きっと香港の方が安いやろ、とあえて買ってこなかったのに、どこにもありましぇんです。それは「フードドライヤー」なるもので、果物や野菜などをスライスして乾燥できるもの。バナナなんかをスライスしてこれでドライすると、バナナチップスの出来上がり、というわけ。このスナックを買おうと思うと、結構高いのよねーっ。
有機野菜の宅配を頼んでいると、時々ズッキーニが入っている。ズッキーニは韓国式に干してから炒めて食べると、これがもう格別のお味になるため、ズッキーニを見るとすぐ、スライスして干してしまう。
しかし。
我が家に大型のザルがあるわけでもなく、だからと言って、お皿に並べるとうまく乾かない。この半乾きのズッキーニを見る度に、「あーホンマに、あのドライヤー買っておけばよかったのに」と思ってしまう。
そんなある日。
子供の布団を布団乾燥機で干している時に、その乾燥袋の中に、洗濯物が入れられるようなチャックがあるのを発見。をを、もしやここにズッキーニちゃんを入れておけば、ものすごいスピードで乾いてくれるのではないかと思うと実験せずにはいられないのであーる。
ということで、お布団を乾かしながらダニまみれになってもいいっ、ズッキーニちゃんを干すのである。
これぞ、打倒!フードドライヤー
結果。
とりあえず、まあまあまんべんなく半乾きにはなった。ダニちゃん、ほこりちゃん沢山ついてるかもしれないけど、とりあえず乾いた。これは大発見かもしれない。これはブログに書かねばっ。
しかし。
最初っから、電子レンジで乾かせば良かったんではなからうか??????
短時間で、もっと電気代が削減できたのではなからうか???
いやいや。こんなエネルギーを使うくらいだったら、
最初から天日干しが一番、なんだよな、やっぱり。
計画倒れの感アリアリ。
ちなみに、フードドライについての詳しいサイトがあるのでご紹介。結構、奥深いです。
ソーラードライヤーの作り方はこちら。
Posted by akemi at 00:01 | Comments (0)
2007年02月05日
an inconvenient truth
香港HMVで「今週のDVD]として紹介されている。
これを購入する人達は、この映画の言わんとしているところは勿論分かっているだろうから、このDVDを手にとってみて、「あ、ああそうか」と思わず口走ってしまう。
パッケージに、ポリシーが。
多分。
「FAHRENHEIT 911」を見た人達も、きっと同じことを思ったに違いない。
何故あの時、ゴア氏ではなくB氏が選出されてしまったのか。
米国民ではない人達にとっては、だからアメリカ人の考えていることはワカラン、と思った人も沢山居ただろう。
でも反対に、元政治家という人が、現在この様な活動を行っているということの方が、驚くべきことなのかも知れない。それを思うと、やはりアメリカという国の持つ懐の大きさみたいなものも感じてしまう。
内容については、かなりショッキングでぐっとくる表現も多々あり(時々泣けちゃう)、しかもインテリ層に対するインパクトは相当なもの。あえて感情に流されることのない様に、科学的なデータを元に効果的なプレゼンテーションが続くのは、聴視者が地に足をつけて冷静な判断でもってアクションを起こせる様にとの配慮であろう。目的はパニックを起こすことではない。静かだが絶対的な危機感を持たせること。冷静に判断をし、アクションを間違わなければ回避できるのだという希望を持たせること。利潤追求の原理から言って、サービスの受取手が判断の鍵を握っていることをアピールし、「企業の責任」ではなく、個々人の利益優先の結果であったという事を暗に示し、個人の問題としてとらえることが最優先だというメッセージを送ること、であろう。
米国内のサーバーを利用している私としては、昨年度は何度となくハリケーンの間接的被害に遭ってしまった。今年のダボス会議でのアメリカの突然の地球温暖化対策へのコミットメントは、これらのハリケーンの被害が相当だったことをうかがわせるものだ。いや、この映画のインパクトが世論を動かしたのかも。
ちなみに長女は、昨年学校の課外学習で映画館で見たらしい。
今年。
香港の夏の室温が変わることを期待、というか推進するにはどうすれば良いのだ!
追記:著書「不都合な真実」の訳者の枝廣 淳子女史もすごく興味深い方です。
Posted by akemi at 00:49 | Comments (0)