« He died doing what he loved best | Main | オージーママとの議論 »

2006年09月09日

日本語版レクサイル導入推進委員会

の自称会長のあけんです。
教育図書を中心に出版社の皆様、そして斉藤孝さんあたりが提唱して頂ければ、数年後には実現できるのではないでしょうか。

[2006年4月下書き文に修正加筆してアップしました。]

ちなみに韓国では「リード指数」が導入されました。英語圏ではリーディング能力を示すレクサイル指数というのが存在しており、日本にも、このリード指数やレクサイル指数と同じ様な尺度を導入すべきだというのが、今回のエントリーの主旨であります。

このレクサイル指数Lexile scoreは、一言で言えば子供の読解力を測定するための尺度を示すものなのである。どうやって測定するかというと、これが面白い。あらかじめそれぞれの本のレベルが設定されており、その本の読解に関するテストをPC上で行う。その正解率で本人のLexileが判定される、ということになる。その基になるデータベース作成に膨大な時間と労力が注ぎ込まれて行ったのだと容易に想像できるのだが、そのシステム自体が非常に「システマティック」になっており、明確でしかも今後のリーディングの目安(次にどのレベルの本を読むのが適当か)も提示される。自分のリーディングの伸びが一目でわかるし、PC上のクイズに答えるので、それほどプレッシャーにもならないらしい(本人談)。

私は日本の国語の授業方法があまり好きではない。それは全てのレベルの人間が同時に一つの文章を吟味する上に、「この本の主題」などに明確な答えが用意されていることなどが子供の頃からオカシイと思っていた。オーストラリアで子供たちの読解力を測定するのにこの指数が用いられていることを知って、日本の国語しか知らなかった私はびっくり仰天だったのである。当時ちょうどPISA2003の結果(要約全文。各教科毎に、性差や前回比などの詳細レポートアリ)が発表になり、結果が芳しくなかった日本で教育を見直すべきなどの議論が沸きあがっていた頃だった。

さて、何故過去の下書きに加筆しようと思ったかと言うと、小学生の教科書に古典が含まれているという記事を読んだからだった。斉藤孝さんあたりの影響かなと思うのだが、それを見て、結局日本の教育界はno ideaなんだな、と思ったのだ。子供たちの国語力、読解力をつけるための方法論にアイデアがないのだ。だからこんなにも数年で方針がコロコロ変わってしまう。それに比べて英語圏では、これほどまでに分かりやすい指針がある。本気で羨ましい。

正直言って、子供たちの活字離れが進んでいるという実感が私には全くない。自分のコドモだけではなく、子供たちのお友達もみな一様に活字好きである。ハリーポッターもその活字好きに一役かっていると思うのだが、みんなすごく本を読んでいる。私にはとても子供たちの国語力が低下しているとは思えないのだ。だけど、「国語」という教科が好きというコドモたちはあまり聞かない。本は読んでも国語は嫌い。漢字覚えるの面倒くさい、読書感想文キライ、イベントがあると必ず作文を書かされる、等等。

ということでこの辺りでPISA2003の結果をご紹介。
東アジア(教育過熱気味)諸国は、やはり常にハイパフォーマンスをマーク。算数などはぶっちぎりですな。安定して高いレベルを保っているのは、やはり北欧とカナダ。

しかし。

リーディングになると、突然日本の結果がガクンと落ちるのだ。反面オーストラリアが大健闘。コドモ達は現在カナダ式インターに通っているが、そのカナダも他教科と同じくハイパフォーマンスをキープ。リーディングに関して言うと、ほとんどカナダとオーストラリアは同じ学習法が取り入れられている様に感じる。そう、レクサイルに応じて毎日どんどん読ませるだけ。全員それぞれのレベルに応じてただ読むだけ。時々レクサイルチェックを受けて自分のレベルを確認しつつ、読むべき本のレベルを微調整するのだ。

オーストラリア人に読書家が多い、というのはあまり知られていない事実かも知れない。しかし、電車の中ではほとんどの人が活字を読んでいるのだ。私の友人たちはみんな、必ずペーパーバックが一冊カバンの中に入っていて、ちょっとヒマができるといつでもそれを読んでいる。マンガ読む人など見たことがなかった。

実は。
私は、日本の国語の教科自体が、日本のコドモたちのリーディング能力を低くしているのではないかと思うのだ(低いとは言っても、その他諸国に比べれば充分にハイレベルとは言えるのだが…)。要するに「本を読むこと」を面白くなくしている様な気がするのだ。リーディングだけではなく、本当はライティングこそに致命的な教授法の間違いがあると私は感じているのだが。

とにかく。
古典を味わう、とかそういう表面的なことではなく、日本語版レクサイルなどを導入して、どんどん全員がそれぞれのレベルに応じてガンガン読書をこなしていく。人と比べるのではなく、自分の伸び代に目をむけ、文章を読み取るコツをそれぞれがつかんでいけばいいのにと思う。リーディングで一番大事なことは、正しく文章を理解し、自分を起点にして、自分にとって必要な何かを吸収することではないかと思う。それは時には作者の主題とは関係のない部分に、深く感銘を受けることだってある。

どんなことでも、
とにかく量をこなす時期が必要である。日本の教育は、いつ変わるのか。

さて、今年PISA2006の結果はどうなることでしょうか。

Posted by akemi at 2006年09月09日 22:53

Comments

Post a comment

Thanks for signing in, . Now you can comment. (sign out)

(If you haven't left a comment here before, you may need to be approved by the site owner before your comment will appear. Until then, it won't appear on the entry. Thanks for waiting.)


Remember me?