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2006年09月29日
中国語学習教材などなど
ちょっとここでまとめておきます。
香港で普通語の学習教材を探す場合は下記書店が良いです。コナンとかもあります(普通語版、6.9元也。)。ちなみに、吉本芭娜娜「厨房」は、HKD10で買いました。ここには、普通語による広東語講座の教材などもあって、すっごく安いです(ちなみに私の持っている本は、MP3形式での音声ファイルの入ったCD付で18ドルでした。広東語=>普通語、という勉強にも使えます。)
新華書城 香港銅鑼灣禮頓道1 號
Learn Cantonese(英語圏向けの広東語情報サイトで、特に文字情報が豊富。日本人で学習経験のある方には、ちょっと情報が少ないかも)
中国語の神様(情報満載)
中国語タイピング練習(今ではもう使っていませんが、ビギナーの頃少々)
中国語ピンイン変換ツール(これはもう、今でもこれに頼り切っております)
中国語アルク(実はあんまりチェックしませんが、一応基本情報をば)
映画で学ぶ中国語(この映画、私の知人の中国人は知りませんでした「緑茶」)
さて、MITにも無料講座が。
外国語学習の教材がダウンロードできます。コースまるごとダウンロードしてみて下さいませ。すっごいです。
最後にGoogle Video UCバークレーの中国関連の講義ビデオをば。
お金かけずに結構勉強できる、なんて良い世の中になったことでしょう!!これぞGoogleの目指すWebでの民主主義の一環!
Posted by akemi at 06:30 | Comments (0)
2006年09月24日
「医龍」−読んで、観ました。
久しぶりにテレビドラマを見ました。
恥さらす様で申し訳ございませんが、前回通しで見たドラマは「ロングバケーション(1996年)」でございました(大恥)。実に10年の月日が……。
これだけは言いたい。
小池徹平くんの中に大竹しのぶさんと同じものを感じました。
役者さんとしては天才でしょう。これは天分ですからどうしようもありません。
本人個人の中には勿論誰にも触れない芯というものが存在してはいても、大きな部分に雑多なこだわりが全くない。素直な人ほど伸びるとはよく言いますが、彼はその典型。徹平くん自身に強烈な色がない分、何色にでも染まる。多分、若手であれだけの仕事をこなすのであれば、さぞや現場で可愛がられていた事でしょう。
私も学ばねば。
芯の部分を売り渡す必要などない。
でも不必要なこだわりはいらない。いつでも色々なものを素直に吸収できるようになりたい。
一方ダンナは。
テレビドラマを通しで見た後、何故か原作マンガを注文、一気に読破。彼にとっては、「日本の組織」と世界標準でのあるべき姿を目指す「反体制派」との戦いみたいな構図がツボにはまったらしく、私をつかまえては解説をしてくれます(いらんっちゅうに)。私はただただ、原作の加藤助教授や、ドラマの鬼頭教授がカッコ良すぎでうっとり。
夏木マリさん風50代を密かに目指そうと心に誓ったのであーる。
(徹平くんとサダヲちゃん&奥菜恵さんの光る演技はこちら)
Posted by akemi at 23:30 | Comments (0)
2006年09月13日
相変わらずのエンタティナーぶりで
ひゅーひゅー、アップル!
It's Showtime.の全貌が明らかに!映像配信は予想通りとは言え、クリップ型shuffle - clip and go - は良いねーっ。
どうりでカオルのiPod miniの調子が最近悪いと思ったわい。アップル製品は、持ち主が次の製品の購入を考えると同時に調子が悪くなる。「最後の抵抗」と私は呼んでいるのだが、結局その故障が新規購入に拍車をかける....ってこれってもしかしてJobsが仕組んだシークレットプログラム?(笑)
しかし。
バグじゃなかったのね。
Jobsのプレゼンテーションの中に、Gapless Playbackというの機能の説明があったのだけど、それで合点がいったわーっ。実は語学の自習をiTunes (on Windows)を使ってやることが多々あるのだけれど、最後になると現在トラックと次のトラックと音声が被るのである。音楽であればシームレスに流れてギャップレスになるというのは分るのだけど、Cantonese重なって聞こえてもねーっ。
Jobsは観客の反応に多少不満が残ったかも(笑)ですが、明らかに各種ユーザビリティ向上してますねーっ。私としては今回は買いモードですぞ(>ダンナ)。といっても私はまだまだiRiver派。多機能をsmellするよりも、限定された機能をしゃぶりつくす、というのが私の流儀でございます。ホンネはいつまでもマイノリティが心地良い!
今回は彼の大好きな just one more thing.... が三度登場。
Posted by akemi at 12:31 | Comments (0)
2006年09月10日
オージーママとの議論
まだ書いてなかった。オーストラリアのママとの教育論争の話。PISAの件で思い出したわい。
2003年。オーストラリアでの生活に慣れてきて、英語の勉強に本腰を入れ始めた頃だった。
相変わらず儲かるビジネスを考えるのが趣味であった当時の私は、PISA2003の結果を見てポンとヒザを叩いた。
これはイケル。
一気に企画書を書き上げ、数字を押さえておかねばとPISAの結果をひっぱり出しつつ私はニタニタであった。私の企画を色々なママさんに話してみると、皆一様に、アケミ頭いいわね、是非やりなさい、そう背中を押してくれた。それは、
教育教材の企画、出版会社である。
実は、オーストラリアでは本をはじめ、コドモたちの教育教材(要するにドリル類)などが存在はしているものの非常に高い。日本であれば数百円でも結構しっかりした紙質のものが手に入るが、オーストラリアでは薄―いドリルがかなり高価。こんなの買うヒトいるんかいなという値段であった。それで、日本にあるような廉価版の教育ドリルを販売したら、絶対売れる、そう思ったのだ。おまけにPISA2003の結果、日本の数学はトップ6で、オーストラリアがトップ11であったのだ(ちなみにトップは、香港、フィンランド、韓国)。日本は充分にトップレベルに食い込んでおり、日本の教育メソッドを取り入れたいと思う家庭も多いだろうと思ったのだ。
皆の賞賛を受け、自信満々で某友人に対しても同じ様に私のビジネスアイデアについて熱弁をふるった。彼女は非常に頭が良く独立心が強く、私が常に一目置いているヒトだったのだが、彼女は歯に衣着せぬ口調でこう言い放った。
友人だから言うけど、あなたのそのビジネス成功しないと思う。
それは、あなたのビジネスが陳腐だからというわけではなく、オーストラリア人の教育に対する考え方が、あなた方アジア人とは全く違うからなの。
私は正直言って彼女が何を言いたいかがよくわからなかった。私はそこであわてて反論した。
だって、あんなに高いドリル誰も買わないじゃない。だから安いものだったら、子供のために一冊くらい買おうと思う、そういう親もいるじゃない。私は何もデカい商売を期待しているわけではなく、ニッチを狙えばいいと思って….。
彼女は根本の前提条件が違うのだと言いたげに私の言葉をさえぎった。
誰が買うの?少なくとも私は買わない。多分多くのオーストラリア人の親達は、そういうものを買おうと思わないんじゃない?だって、小学生の子供にとって一番大切なのは何?机にかじりついてワークすることが大事だって思う親は、オーストラリアには多分一人も居ないと思う。私だったら、まず社会性を身につけて欲しい(develop social skills)と思うの。
それに….
彼女は本腰を入れて話し始めた。彼女はある日本人の女の子がメルボルンにある○文式の塾の宿題をやっているところを見たことがあるという。その女の子は非常に頭が良く、肘をつきながらサラサラとその問題を解いて見せた。その姿を見て彼女は憤りを感じたらしい。
あれが勉強(study)?日本人はあれを勉強と呼ぶのね。生きた知識でも経験でもなく、ただ机の上で鉛筆を動かすことだけが勉強だと呼ぶのね。でもあれ、勉強なんかじゃないわよ。あぁいうのは、パズルと呼ぶの。
このセリフは私にかなりの衝撃を与えた。
ビジネスにならないとかそういうレベルではなく、保守的な日本にあって自分は多少前衛的なモノの見方をしているのではないかと自惚れていたが、自分のモノの考え方が、いかに井の中の蛙であったかを、38歳にして知らされてしまったからだ。
私でさえ、机の上で鉛筆を動かすことが勉強だと思っていたのだ!私は自分の企画書を力なく破り捨てた。
正直言って、語学学校などで行われるアクティビティ中心の授業に疑問を感じていたこともあった。教育というのは教育者が明示的にプロセスを設計し、それを一つも欠落することなく教授するものであると思っていた。そのために勿論教科書が必要だとも思っていた。しかし語学学校では教科書などなかった。新聞やテレビ、一般書籍を使って行われる授業に、こんなことやってても遠回りじゃないか、と思うことが多々あったのだ。重複したり欠落したり、どうしてくれるんだと言いたいこともあった。
冷静になって考えると違うことが見えてきた。100マス計算を強いられることもないオーストラリアの子供たちであるが、トップ11につけている。塾にも通い、そろばんも習い、学校からの宿題もこなす日本の子供たちが6位で、リーディングはするけど数学の宿題なんかそんなにあるのか?というオーストラリアが11位だ(とは言ってもPISAの対象者は15歳、小学生ではないが)。日本の効率が悪いと言うべきか、オーストラリアが健闘していると言うべきか。私は頭の中がこんがらがってきてしまった。
話を整理する。
私の混乱の原因は、「勉強」という言葉のもつイメージだ。私たち日本人が考える「勉強しているコドモの姿」というのは机に向かっている姿に違いない。誰もトランポリンでジャンプしていたり、音楽を聞きながらダンスしながら、そういう図ではないはずだ。しかし、勉強の目的が「知識や技術の習得」または「将来に必要なモノの考え方を獲得する」と定義するならば、その結果を引き出せるのであれば、方法論を問う必要はない様に思えてきた。結果的に得られるものが同じであれば、何もしかめ面でウンウン唸る必要もない。いや、むしろ自分の経験から言うと、すっごい面白かったり意外な驚きがあったり、内面からじわじわと感動したりと、そういう感情を伴った時の方が知識の定着率が良いとさえ思う。
ちょうどその頃、100マス計算で成績が上がっただけではなく、コドモ達の情緒も安定してきたという話が日本にあった。この難しい時代に情緒の安定というキーワードは多くの日本人の親御さんの心をぎゅっとつかんだに違いない。それを見て日本の子供たちがかわいそうになってしまった。他に情緒を安定させる方法がないのか。
宿題はリーディングだけ。忘れ物チェックもない。お弁当は自分の好きなもので、スナックタイムもある。大きな校庭で走り周り、夜遅くまで庭で走り回り、満天の星を仰ぎながら家族みんなでBBQ。情緒が不安定になりようのない環境で、何がうれしくて100マス計算に情緒の安定を求めるかいな。
とは言っても我が家が現在住んでいるのは、日本以上に教育加熱沸騰中の香港。PISAの結果もぶっちぎり、さすが科挙試験の本場ですわな。まさに「机にかじりつくのみが勉強」と信じて疑わないこの国での我が家のコドモたちの変化は、うーん、それを書けるのはきっと3年後くらいかしら(笑)。
Posted by akemi at 00:57 | Comments (0)
2006年09月09日
日本語版レクサイル導入推進委員会
の自称会長のあけんです。
教育図書を中心に出版社の皆様、そして斉藤孝さんあたりが提唱して頂ければ、数年後には実現できるのではないでしょうか。
[2006年4月下書き文に修正加筆してアップしました。]
ちなみに韓国では「リード指数」が導入されました。英語圏ではリーディング能力を示すレクサイル指数というのが存在しており、日本にも、このリード指数やレクサイル指数と同じ様な尺度を導入すべきだというのが、今回のエントリーの主旨であります。
このレクサイル指数Lexile scoreは、一言で言えば子供の読解力を測定するための尺度を示すものなのである。どうやって測定するかというと、これが面白い。あらかじめそれぞれの本のレベルが設定されており、その本の読解に関するテストをPC上で行う。その正解率で本人のLexileが判定される、ということになる。その基になるデータベース作成に膨大な時間と労力が注ぎ込まれて行ったのだと容易に想像できるのだが、そのシステム自体が非常に「システマティック」になっており、明確でしかも今後のリーディングの目安(次にどのレベルの本を読むのが適当か)も提示される。自分のリーディングの伸びが一目でわかるし、PC上のクイズに答えるので、それほどプレッシャーにもならないらしい(本人談)。
私は日本の国語の授業方法があまり好きではない。それは全てのレベルの人間が同時に一つの文章を吟味する上に、「この本の主題」などに明確な答えが用意されていることなどが子供の頃からオカシイと思っていた。オーストラリアで子供たちの読解力を測定するのにこの指数が用いられていることを知って、日本の国語しか知らなかった私はびっくり仰天だったのである。当時ちょうどPISA2003の結果(要約、全文。各教科毎に、性差や前回比などの詳細レポートアリ)が発表になり、結果が芳しくなかった日本で教育を見直すべきなどの議論が沸きあがっていた頃だった。
さて、何故過去の下書きに加筆しようと思ったかと言うと、小学生の教科書に古典が含まれているという記事を読んだからだった。斉藤孝さんあたりの影響かなと思うのだが、それを見て、結局日本の教育界はno ideaなんだな、と思ったのだ。子供たちの国語力、読解力をつけるための方法論にアイデアがないのだ。だからこんなにも数年で方針がコロコロ変わってしまう。それに比べて英語圏では、これほどまでに分かりやすい指針がある。本気で羨ましい。
正直言って、子供たちの活字離れが進んでいるという実感が私には全くない。自分のコドモだけではなく、子供たちのお友達もみな一様に活字好きである。ハリーポッターもその活字好きに一役かっていると思うのだが、みんなすごく本を読んでいる。私にはとても子供たちの国語力が低下しているとは思えないのだ。だけど、「国語」という教科が好きというコドモたちはあまり聞かない。本は読んでも国語は嫌い。漢字覚えるの面倒くさい、読書感想文キライ、イベントがあると必ず作文を書かされる、等等。
ということでこの辺りでPISA2003の結果をご紹介。
東アジア(教育過熱気味)諸国は、やはり常にハイパフォーマンスをマーク。算数などはぶっちぎりですな。安定して高いレベルを保っているのは、やはり北欧とカナダ。
しかし。
リーディングになると、突然日本の結果がガクンと落ちるのだ。反面オーストラリアが大健闘。コドモ達は現在カナダ式インターに通っているが、そのカナダも他教科と同じくハイパフォーマンスをキープ。リーディングに関して言うと、ほとんどカナダとオーストラリアは同じ学習法が取り入れられている様に感じる。そう、レクサイルに応じて毎日どんどん読ませるだけ。全員それぞれのレベルに応じてただ読むだけ。時々レクサイルチェックを受けて自分のレベルを確認しつつ、読むべき本のレベルを微調整するのだ。
オーストラリア人に読書家が多い、というのはあまり知られていない事実かも知れない。しかし、電車の中ではほとんどの人が活字を読んでいるのだ。私の友人たちはみんな、必ずペーパーバックが一冊カバンの中に入っていて、ちょっとヒマができるといつでもそれを読んでいる。マンガ読む人など見たことがなかった。
実は。
私は、日本の国語の教科自体が、日本のコドモたちのリーディング能力を低くしているのではないかと思うのだ(低いとは言っても、その他諸国に比べれば充分にハイレベルとは言えるのだが…)。要するに「本を読むこと」を面白くなくしている様な気がするのだ。リーディングだけではなく、本当はライティングこそに致命的な教授法の間違いがあると私は感じているのだが。
とにかく。
古典を味わう、とかそういう表面的なことではなく、日本語版レクサイルなどを導入して、どんどん全員がそれぞれのレベルに応じてガンガン読書をこなしていく。人と比べるのではなく、自分の伸び代に目をむけ、文章を読み取るコツをそれぞれがつかんでいけばいいのにと思う。リーディングで一番大事なことは、正しく文章を理解し、自分を起点にして、自分にとって必要な何かを吸収することではないかと思う。それは時には作者の主題とは関係のない部分に、深く感銘を受けることだってある。
どんなことでも、
とにかく量をこなす時期が必要である。日本の教育は、いつ変わるのか。
さて、今年PISA2006の結果はどうなることでしょうか。
Posted by akemi at 22:53 | Comments (0)
2006年09月04日
He died doing what he loved best
でも納得できるもんじゃない。
我らがヒーローSteveが逝く
彼は、私にとってオーストラリアの象徴でもあった。
[追記(09/09/2006):Animal Planetでは、香港時間で9月10日朝0時から12時間連続で追悼番組が放送される予定です。オーストラリアでは、昨日またまたトップレーサーのレース中での死という悲報があったそうです。そのレーサー、Peter Brockの家族はState Funeral(州葬)を受け入れたそうです。一方、Steveの父は州葬の申し出を断りました。理由はSteveが州葬をやるような人物ではなく、家族にとってはただの普通の奴だから、との事でした。お父様のお気持ちもよくわかります。]
[追記(05/09/2006):Animal Planetでは彼の追悼番組が放送されました。明日も再放送がある様です。一夜あけてもまだ泣けてしまいます。Youtubeなどにも非公式のビデオが続々アップされているそうです。]
もう信じられない。力が抜けてしまってニュースばかりチェックしている。
我らがヒーローが亡くなってしまった。ドキュメンタリー撮影中にStingrayに心臓を刺されたらしい(追記:死因は毒ではなく心臓を刺されたことによる失血死だそうだ。相当の苦痛があっただろうというコメントがあちこちで報道されている。エイはもともとaggressiveな生き物ではなく、こういうケースは非常に珍しいらしい。死の瞬間もビデオに納められているそうだ。胸に刺さったエイの尾を彼自身で引き抜いた次の瞬間、he’s gone…。ある人間の死の瞬間の目撃者となってしまう、そのビデオを見ることは辛くて耐え難かったとビデオを見た人は感情を吐露した。ビデオは警察に提出されている。彼がエイを怖がらせたわけではないということは証明されたのだが、針状の尾を振り上げるのはエイが何かに脅えた時に無意識に出る反射的な反応らしい。)。
ハワード首相がコメントを出している。
CNNでもトップニュースである。
その瞬間、最愛の妻Terriはタスマニアでブッシュウォーキングをしていたらしい。悲しすぎる。
彼がどれほど皆に愛されていたか。コメントが続々と寄せられている。
Steve Irwin、クロコダイルハンターとして有名。名実ともにオーストラリアのヒーローである。生後まもない赤ちゃんを抱えてクロコダイルに餌をやるパフォーマンスで一躍非難の矢面に立たされたこともあるが、それでも彼が皆に愛されたヒーローであることに変わりはなかった。
香港に来てからも、Animal Planetなどのチャンネル(うちの子供達が一番好きなチャンネル)などに登場し続ける彼を何度も目にしては、オーストラリアの空気を思い出したりしていた。彼は天真爛漫で世界中の誰にも愛されて、それが未来永劫ずっと続くかの錯覚さえ覚えた。
涙がとまらないです。
あんなに生のエネルギーを保ち続けた人が44才の若さで亡くなってしまうなんて。動物園でのショーの最中に観客として来ていた彼女と目があったのがなれそめ、という奥様と、最愛の子供たちを残して、どうして彼は死ななければならなかったのか。
明るくていい人なんだけど田舎っぽくて知的とは言いがたいけど、それでも愛すべきオーストラリア人を指す言葉に「Ocker」という言葉がある。その言葉を初めて聞いた時に、オージーの知人はこう説明してくれた。そうそう「クロコダイルハンターのSteveは、典型的なオッカーなのよ。あれ、あぁいう人をオッカーって言うの」と笑いながら話してくれた。
彼がもういないなんて信じられないです。
でもご冥福をお祈りしなければ。
子供たち、世界中の人たちに、自然のすばらしさと恐ろしさ、そして不思議さを教えてくれてありがとう。
Posted by akemi at 17:36 | Comments (2)