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2006年07月31日
はじめての西貢
西貢、である。
魚介類好きの我が家のコドモたちは狂喜乱舞でございっ。
リサーチの結果、素材は船の上で買うのが良いらしい。ということで一路、船上の魚介類の相場をチェックに行く私であーる。
ロケーションの良さと値段の高さとは正比例の法則アリの模様。が、微妙に素材の大きさとか活きの良さとかが違う様で、簡単には比べられないのよーっ。おまけに陸上から見てると、かなり遠いのよ。値切ることを考えると一箇所でまとめて買った方が良いだろうと、目的の素材をできるだけ網羅している船をピンポイントで狙う。
が。龍蝦(ロブスター)がないーっ!!
一番、価格格差がありそうなメインディッシュの入手に苦労。
陸の上から船のおじさんにコール。見つけたー!と思って陸の上からコールするも、
「龍蝦ないよーっ」
「あれー、そこの、そうそうそれ、龍蝦じゃないのーっ??」とツッコミを入れるも、
「あー、これ?これはでっかい瀬尿蝦(シャコ)さ!」
ふーん。シャコにも色々と種類があってガラ付きのなんてロブスターに見えちゃったわよーっ。結局、ロブスターはお店で買うことにして、巨大瀬尿蝦をはじめ、蜆(アサリ)、扇貝(ホタテ)などなどの貝類をカゴでどっちゃり買いーっ。重いーっ!!
お店の前で、龍蝦と蝦を買ったのだが、うーん、ぼってる?網一杯のエビを見せてくれて、これが40ドルだと言うのだけどねーっ、私いっつも街市でエビ4斤買い(大体一斤20ドルくらいだよん)するのだけど、この量、一斤半ってところでしょー。香港島よりも安いはずじゃないのかなーっ?30ドルがいいとこよねー。ぼってるでしょー。
でももう疲れてるしいいやと思って他のものを物色していたら、おばちゃん私の手に持っているものを目ざとくみつけて、ちょっと見せてみて、と中をチェック。
「あー、もうこんなにたくさん。もう充分、充分!どの席にするの?」なんて言うのよーっ。あ、こっちはコドモだからと思ってそんなに食べないと思ってるでしょー。うちの子すっごい食べるんだよーっ、とか思いながらも、プロが言うくらいだから充分なのかと思いつつ、料理法を告げて席に着く。
エキストラの料理も頼みつつ、案の定、到着した瞬間にお皿が空。そんなに大量の貝どうすんねんっ!と思いつつも一気に無くなる。しかも、
シャコの殻いつまでもしゃぶるなーっ。
貝の殻舐めるなーっ!!
おかわりって言うなーっ!!
もうイヤ。もうイヤ。食べるだけでは飽き足らず、殻を舐めるという下品な行動を目の前にして、一気に他人のフリしたくなる私であった。
おかわりー!の声を完全無視しつつ帰路に着くその前に、もう一度船の上の値段をチェックしていたら、なんと龍蝦見っけ!値段を聞いてみると、お店の一割安い程度。これを買い叩く元気はもうない。とりあえず帰るとするか。
途中、「お寿司食べに行きたーいっ!」とのたまうコドモには、もうハリセンチョップあるのみ!
さっき、たらふく食べたやろがーっ!!
西貢行く前にオニギリ食べさせておくべきだった。
Posted by akemi at 01:44 | Comments (0)
2006年07月29日
夢で会えたら
運転免許証を取得。セダンから8人乗りの中古車に買い替え。ドライブが楽しくなってきたある日のことだった。
私は自宅すぐ前に停めた車に颯爽と乗り込みアクセルを踏んだ。自宅から出て左折。横断歩道に人影が見えた。その人と目が合った瞬間。
私は叫び声をあげながらブレーキを踏んだ。
が、
間に合わなかった。
という夢を見た。
昔から私の見る夢には、色、音、温度、味や匂い、生々しい手の感触など全ての感覚がある。慢性的な睡眠不足で寝床に入った瞬間に朝、という日々を数年続けているので、夢を見るのは、時々まとめてたっぷり眠れた日の朝方に多く、そしてそんな時には、誰かが私に何かを伝えようとしているのではないか、そんなことを強く感じる夢を見ることがある。
ドライブに慣れてきた私への警鐘だったのだろうが、私はその夢の中で、人を轢くときの車のものすごい衝撃、直前に目があってしまった被害者の人のこと、そしてその時、叫び声を上げながらブレーキを踏んだにもかかわらず、無常にも数メートル私の車が進んでしまったという事実。そんなもの全てを疑似体験してしまった。そして。
その時の私自身の感情も。
今でもありありと思いだすことができる。
一人の人間の鼓動を止めてしまうというその瞬間、私は、被害者の方のことなど少しも考えてなかった。気が狂いそうに叫びながら私の脳裏をかすめた言葉。
私の人生これで終わりーーーーーー
私はそう思った。確かにそう思っていた。
夢からはっと目が覚めて、夢だとわかり、私は誰も殺していないと気がつき安心した。と同時に、冷静になった私の脳裏から離れない、私自身の冷酷な感情を思い出し身震いがした。私って結局は自分のことしか考えていない非情な人間だったのだ。
そして1週間ほど前、もっともっと哀しい夢を見てしまった。
私は子供たちの運動会を見に行っており、何故かそこには私の子供のうち3人しか居ない。その場にいない一人は、昨年の運動会には居たのに何故今年はここに居ないのかな、寂しいな、もう一度会いたいなと、何度も何度も思っていた。そこへ携帯電話が鳴り出てみると、その場に居ない、そう、何故か亡くなってしまっていた私の子供からの電話だった。
私は驚いて、今何処にいるの?どうしてここにいないの?会いたいからすぐ来てと何度も懇願するのだが、電話に出たその子は、もうそんなことはどうでもいいから連絡したいことがあるから、それだけを言うために電話をかけてきたのだから、それを言わせてと言いたげだった。
私は何とか会話を引き伸ばそうと必死になって何度も問いかけた。その子供は、とても面倒くさそうに、言いたいことだけ言うからちゃんと聞いてね、と言うのだ。私は、わかった、わかったから何なの?と聞いてみた。夢の中でその子が言った言葉に、私は愕然とした。
あのね、ママちゃん。目の前に居る子供を見ていないっていうことは、その子を殺しているのと同じことなのよ。
情けないママをたしなめるように、その子はもう世話がやけるんだからと言いたげに電話を切った。
残された私は、夢の中でも目が覚めてからも、その言葉がどこからやって来たのか、誰が夢の中でその子に言わせたのか、亡くなった大好きだったおばちゃんが、私に何かを伝えに、私の子供を使って言わせたのかな、と色々と考えてしまった。
目が覚めてからも、私がちゃんと見ていなかった子供は誰だろうかと、一人一人の最近の言動を色々と考えてみた。全員かも知れないし、その中の一人かも、二人かも知れないし。わからない。私はどうすべきなのかがわからない。
それから数日間、忙しい中でもふとその台詞が蘇り、今までよりも今年は、子供たちの方にも気持ちが向いているし、私は子供を受験などに駆り立てることもしないし、その子その子の良い部分を見て、必死で目の前の子供たちを見ているつもりなのに、それでも足りないのかと思うと絶望的な気分にさえなった。
答えがどこにあるのか見当もつかない、そんな気持ちで数日間を過ごしていたのだが、先日、何故か「あっ」と自分なりの答えが見つかってしまった。
私が見ていないのは、私自身。私が殺しているのは現在の私。
私はいつも、自分自身の内面をフィルターにしつつも、見ているのはいつも将来の私。もう物心が着いた頃から、私が見ているのは未来の自分しか居なかった。
今の自分自身の生活をエンジョイしよう。
そんな甘っちょろいことに気づいたのではない。
私は自分の中に無いものを獲得しようと毎日必死。ある程度獲得したと思ったら、次なる標的がどんどんと増幅していっている。目の前にはTo Do Listや目標やスケジュールがびっしり。それを消化することで、確実に過去の自分との差分を認識し、成長を実感する。でもその次には新たなリストが増えて、私の人生にはゴールがない。私は自分の足元を見たことがない。過去を振り返ることもない。ゆっくりとソファーにすわってぼーっとすることもない。常に2つ以上のことを同時進行させる。子供にまで、ママちゃんは普通の人の何倍もの人生を生きてる、なんて言われていい気になっていたが、実際のところは、私は一人分の人生もしっかりと生きていない。
私は常に幽体離脱するかの様に、意識をふわふわと将来に浮かべ、自分自身を見ていなかった。現在の自分を見ていない人が、目の前の子供たちのことを本当に見れていたわけがない。もちろん、子供たちと過ごす時間を楽しいとか、カワイイとか思っていて、全くないがしろにしているわけではない。でも、私は子供に何かを期待することなど何もない。私は自分の将来にだけ期待をして、子供の人生は別物だと思っている。それは私自身としては子供の人生を私物化してはならない、という表面的には立派な思想をバックにしているつもりだったが、それは同時に、地に足ついた日々の生活の中に人生がある、という考えとは交じり合わっていなかった気がする。
ある日、子供たちと夜道を歩いている時のことだった。何かの話のひょうしに、
人間はいつか死んじゃうのにね、今やっていること全てが無になっちゃうのにね、じゃーなんでこんなに必死になって生きてるんだろうね、生きてても死んじゃうのに、なんで人は生まれてくるのかな。
ちょっと自嘲気味に言ってみたが、子供の一人がこんなことを言った。
ママちゃん、僕思うんだけどね。人はね、楽しむために生まれてくるんだよ。だからいいんだよ。いつか死んじゃってもね、意味ないことないんだよ。
人間の命は尊い。彼はどこでそんなことを思う様になったのか。こんなべっぴんでも無い、料理だって掃除だって手抜きして、毎日毎日忙しいばかりの私のところに生まれてきて、楽しむために生まれてくるだなんて、そんなキラキラした瞳で言ってくれちゃって。
泣けちゃう。この子たちと過ごせる時間は限られているのに。
だからと言って手を緩めないよ。夢があるからね。でもそんな中でも今の自分自身を受け入れる方法があるはず。どこかに何かのヒントがあるはず。毎日毎日そうやって考えていたら、いつかまた夢で誰かが教えてくれるかな。
Posted by akemi at 03:52 | Comments (0)
2006年07月26日
Have a lover?
いえいえ、Hava Rava。恋のおまじない。
疲れた私の脳を癒せるのは、今のところこれだけよーっ。
Posted by akemi at 01:53 | Comments (0)
2006年07月12日
九龍城塞屋上から見える景色
1987年12月31日。
バックパッカーの私が見たものは。
エネルギッシュな香港の原点。




Posted by akemi at 00:54 | Comments (0)
2006年07月04日
Impossible is nothing!
中田氏、行け行けハーバード!
しかし。
MBA(Masters)取得にはCollege or University Degreeが必要だと思うのだけど、彼が目指しているのはExecutive向けのやつかなーっ?とにかく彼の集中力を持ってすれば、不可能などない!
追記:そうだよーっ、大学なんていつでも行けるんだよーっ!!なんで高校生の時にこんなすごい決断ができたのだろうか!
それにしても。
サッカー観る時間などないと言っては何の試合も見れずに居たけど、彼のこの文章はすごい。こんなにすごいエネルギーと高い意識を持つ人だったのか!
彼のプロ意識は普遍的に賞賛されるべきものだろう。
高いものは高い。
どんなフィールドでも貴方ならトップレベルで戦える。
貴方の行動で世界中のどれだけの人の心が動かされただろう。
どれだけの人の心の中に静かだが力強い炎を灯しただろう。
みんなそれぞれのフィールドで戦うのだ。
Posted by akemi at 08:02 | Comments (2)