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2006年02月28日
趣味は家事
別に手を抜いたつもりは無かったのだけど、今日の晩御飯はカレーうどん。
みんな思いっきりおかわりしたクセに、その後またまた小腹が空いたとか何とか言ってきた。カレーうどんもう一杯食べる?と聞くとなぜか「違うものが食べたい」とか何とか。
カレーうどんでは御不満?
ということでカオルさんが台所で何やらごそごそ。覗いてみると夜9時をまわっているというのに、いきなりコロッケ作成している。フライパンで何やら炒めて味付けて、電子レンジで大量にじゃがいもチンしてる。台所から彼女が何やら叫ぶ
「お弁当用の小さいのも作っとくーっ?」
あー、お願い。8個くらい(4個×2日分。もちろん冷凍)でいいよーっ。
何だか台所に立つ彼女がママで、PCの前で頭ポリポリかきながら作業する私の方が学生みたいじゃない。
彼女はしかも料理中に色々と実験してみるクセがある。前回のコロッケ作成時に「衣を二回つけるとどうなるか?」を実験した結果、表面カリッと香ばしく仕上がったらしく、今回も(カロリー完全無視の)衣二度付けやっている。
ということで深夜10時を目前にして、コロッケ揚げさせられている私がいた。おまけにご飯までセットしている(子供4人!!!)。
こんな深夜に特大コロッケ一人3個ずつ食うなーっ(ご飯付き)。私の目の前で、そんな良い匂いプンプンさすなーっ!!
でもね。
最近しみじみ思う。
そのうちカオルが家を出て(うちは18歳までしか面倒みないぞーっ、とダンナが公言している)、私が一人台所に立たねばならない日がいつか来るのだ。それを思うと心臓がバクバクしちゃう。
スパゲッティの茹で加減を見るのはカオルの担当なので、昨日もカオルに「カオちゃーん、ちょっと茹で具合見てーっ」と叫び、彼女がチェックしてみると
「あー、もうアルデンテ過ぎちゃってるよーっ」
と彼女はあわててガスを消した。彼女はまだ小学生なのにね、スパゲッティのソースの最終味付けも彼女の担当。何をやらせても私よりも丁寧で手早い。
親子で過ごせる時間は思ったよりも短い。
家で仕事するのも悪くない。
Posted by akemi at 00:49 | Comments (0)
2006年02月22日
打倒!ホシノ天然酵母(続)
我が家で飼っている小麦+米麹酵母。
結局、待ちきれなくってエサ(ブラウンシュガー)あげちゃったところ、あっという間にプクプクしてきてしまったので、昨晩とうとう生地を仕込み(残りは冷蔵庫保存)。
カオルは未だ学校。ということで、今日は私がパンを焼くことに。結果は、
マジ旨。激旨。例えるならば
ホシノ天然酵母と全く同じ味―っ!!!!!
昼食を食べに帰って来たダンナ(いや、実は彼はもうしょっちゅう昼休みに帰って来て、クラシック聞きながら昼食食べてスタバ豆コーヒー飲んで会社に戻っていく。その間、私は仕事を中断せねばならず…)も驚く。しかし彼は朝食でも「パン」などを主食にしちゃうと「なめとんのかーワレ(訳:飯と味噌汁出さんかーっ)」的なヒトであるため、きっちりライスを食した後に、おやつとして堪能(だから、太るっちゅーねん)。
オリーブ油+バルサミコ酢、オリーブスプレッドなどなど、ちょっぴり塩味のついたものをつけると美味さに拍車がかかる。冷めてもOK。皮の香ばしさが漂い、自然の旨みたっぷりでたまらないのだ。うちの子供は明太子フランスが大好きなので、明太子バターをたっぷり用意。
ちなみにダイエットには非常に不向きでございます(後悔)。天然酵母は待ったなし。一度仕込むと、その後、延々と焼き続けないといけないハメになってしまうのだ。
Posted by akemi at 14:32 | Comments (0)
2006年02月20日
打倒!ホシノ天然酵母
今度はそう来るか。
うちのカオルは我が家で育てたカワイイフルーツ系酵母があまり好きではないらしい。レーズン、すももを始め、目についた果物を片っ端から酵母にならないかと育ててみては、大失敗(ツンとした香にならずに白濁うっげー)のものも大成功(ラブリーな香りよっ)なものもあったが、カオル曰く
なんなのーっ、このフルーティーな香りはっ
パンがフルーティではイケナイらしい。もう見ないでも何の酵母かわかっちゃうーっ的な香りがイヤらしい。白砂糖以外にもドライイーストにも憧れがあった彼女は、香港ではドライイーストのパン一辺倒。私は当然面白くない。
で、仕方がないので年末の帰国の折に実に3年半ぶりとなる「ホシノ天然酵母」を香港に持ち込んだのだ。日本に居た時は随分とお世話になったのだが、子供たちほとんど覚えていない(悲)。
ということで今回はホシノ天然酵母の前夜仕込み生地でもってカオルにソフトフランスを焼いてもらった。
いやー久しぶりのホシノ天然酵母。激旨。さすがプロの酵母は違うねーっ。この私好みの小麦そのものの味がしみじみ旨い。ハッキー曰く、彼の人生(5年だけど)で一番美味なパンだとか。うーん。これからずっとホシノさんで行きたいところだが、なんせ今回持ち込んだのは一袋のみ。半年ももたないわなーっ。
ということでホシノ天然酵母の原材料チェック。
小麦、米、麹。
まじすか。
全部家にありまんがな。これは試してみなければ。
ということで現在我が家で育てているのは、全粒粉、米麹を水で練ったものに、少しずつ粉と水を足しては放置、翌日また足しては放置を繰り返している。現在ヌカヅケっぽい香りがしてきてちょっと期待大。しかしまだまだ時期ではありませぬ。
これを繰り返したものを元種にしてパンを焼くのである(待ちきれなーいっ)。
それにしても天然酵母のパンは、素材が少なくても(強力粉、水、塩だけでも充分イケる)、分量も適当でも(生地としてまとまればOKで、無理に叩きつけたりする必要ナシ)、練り方が適当でも、とにかく何とかパンの形になるのである。
ちなみに我が家は一回に小麦粉1キロ分焼くので、捏ねは勿論、餅つき兼用のパン生地捏ね機を使っておりますです(一次発酵まではこのまま放置)。天然酵母の場合は、そこからボールに移して翌日朝まで放置。成型してからの2次発酵は2時間くらい。このあたりの発酵時間もプロの天然酵母のなせるワザ。自家製だとこうはいきませぬ。その日、その素材、酵母の状態によって、時間もまちまち。まぁそれが醍醐味と言えばそうなのだが。
ということで数日後には、我が家の小麦+米麹パンが焼きあがるはず。ちょっと結果は予想できなーいっ。
Posted by akemi at 23:52 | Comments (0)
I'm really curious!
あ、いや特にアレなんですが。
今我が家のマシンのデスクトップやスクリーンセーバーは、すべてこの方になっておりまして....
http://www.curiousgeorgemovie.com/
Posted by akemi at 23:25 | Comments (0)
2006年02月15日
我が家の甘いお話
もともと私は調味料道楽なのである。
食材にお金をかけられない分、調味料だけは高価なものを使うタイプ。塩、醤油、酢、砂糖、味醂、味噌。これらは最高級品を使っても一回に使う量に換算すると、それほどの出費でもない。塩が良いと、おにぎりだけでも幸せを感じちゃうのだ。
が、オーストラリアに行ってからはそうとも言ってられず、普通にスーパーで買えるものを使っていた。それでも塩はシーソルトが基本である。
そんな私が、今でも絶対に手を出さないのは
白砂糖
なのである。これはもう長年購入したことがないし、ここ香港でも勿論使うこともなかった。煮物でもお菓子でもすべてブラウンシュガーを使うのである。だからパンを作ったりお菓子を作ると、ほのかに色づいてしまう。しかしそんなのに反応する私ではない。
しかしカオルはそれが許せないらしい。
例の打倒Mrs. Fieldsクッキーをレシピ通りに作りたかったカオルは、私が白砂糖を敵視しているのを知っているにも関わらず、
ふふふ、買ってきちゃったー!!
と誇らしげに白砂糖を私に見せた。ぎぇー、しかも3キロ弱の大袋!こんなのをすべて消費した暁には、家族全員病気になっちゃーう、と大騒ぎ。
しかし、そうそうあの例のチョコクッキーは、ものすごく周りや子供たちの受けが良く、その後何度も(子供たちが)焼いて、ダンナの会社や学校などに持って行ったりと、週に何回も焼いているうちに、その3キロ弱の白砂糖が1ケ月の間に底をついてしまった。
うっげーっ。
実はね、今年に入ってから子供たちの調子がすこぶる悪いのである。そこで、私はその原因を何かに結び付けたくって家中を見渡したり、香港の空気汚染のせいだろうか、と色々考えていたのだが、結果的に今日「風水が悪い」と勝手に結論づけ、子供たちとせっせと整理整頓。が、今になって、
もしかして白砂糖???
とすっかり犯人を白砂糖に帰着しようとしている私がいるのであった。しかもカオルが一番調子の悪くなってしまった人で、ジャンキーなモノを食べ続けると肘の内側にポツポツが出来てしまうのだが、その症状がバッチリ出てしまい、彼女もどうやら「やっぱり白砂糖やめちゃおうかなー」と思い始めた模様。ふふふこっちのモンや。
Posted by akemi at 23:55 | Comments (0)
2006年02月09日
こんなところで貴女に会うなんて
香港にある某百貨店の高層階にある書店に私たちは居た。
日本の書籍が沢山置いてある、あそこである。
子供たちは各自の財布を握り締めて物色を始め、私はそんな4人の子供たちを順番に見回っていた。
そこで私の目は、ある文庫本の表紙に釘付けになった。
瞬間。
私の分身は香港の空を飛び越え遥か彼方バラナシのガンジス川の畔に飛んだ。
本当に飛んで行ってしまってから香港に居る自分自身の物理的存在についての記憶がない。
香港で
子供4人連れて
本屋に居る自分
がスコンと抜けて私はガンジス川の畔に居たのだ。
手が震えて湧き上がる熱いものを堪え切れないまま、私はただただガンジス川を眺めていた。熱いのか冷たいのか激情なのか穏やかなのかの区別もつかず、ただ私は生暖かい風に吹かれてガンジス川を流れる色々なものを見つめていた。何故かわからないけれども、ただ私は生きてるのだ、あぁとにかく良いのか悪いのかわからないのだが生きているのが事実で、あそこに流れている人には命がないのも事実なのだと、そんな言葉が脳裏をかすめただけであった。
私も行ったよ浦江飯店。このホテルの前で野宿したのだ。上海に汽車が到着したのは深夜。朝まで待てだって?ふざけんなよ、このやろー。寝袋に包まって石畳の上に寝たのだ。朝起きたら数名の上海人が私の顔を覗き込んでいたというのは、ウソみたいな本当の話。彼らがホテルの人に話をつけてくれて、私は早朝からホテルに宿泊を許された。が、身体は冷え冷えだった。
インドを目指したあの日、バンコクで私は拷問の様な時を過ごした。チャイナタウンにほど近い日本人バックパッカーの溜まり場で、私はその宿に宿泊していると言うより「棲みついてしまった」日本人のオヤジたちに連日説教されてしまった。インドだって?死にたいのか全く。君みたいな女の子が一人で行けるほど甘いところじゃないぜ。悪いことは言わないからこのまま帰れ。知ってて行くつもりなのか?バカかお前は?
逃げるようにその宿を後にして目指した先はカオサンロードのゲストハウス。ここには西洋人バックパッカーだらけで、彼らからはインドのポジティブな情報を得ることができた。いざ行かん。
サダルストリート?懐かしいね、全く。カルカッタと言えばここだよな。バックパッカーの聖地とも言うべきインドに、今私は立っているのだ!
そして。
私は何故この宿を選んだのかについての記憶がない。
あんなに日本人の多いバックパッカーズに嫌気がさしていたのに。
あぁきっと、ガンガーの近くに行きたかったんだな、私は。
そして私はそこに居た。
クミコハウス
こんなところで貴女に会えるなんて思っても見ませんでした。えぇ、今ではすっかりトウの立ったオバサンなんですけどね、これでも昔はイッパシのバックパッカーで、貴女のところにも泊めて頂いたことがありまして、その節は大変お世話になりました。夜歩き厳禁でしたよね。日本食頂きました、不思議な気持ちがしました。張り紙の数々、さすがに私をかなりビビらせました。いえいえ実はあの後デリーで、人生始まって以来という激痛に襲われて、あの時は一瞬「死」というものが身近に感じられたのですけれども、こんな所で死んでたまるかという一念でドミトリー中の人間を叩き起こして大騒ぎしたことがありまして、ネパールに良い病院があるというのを聞きつけてカトマンドゥまで行ったのですが、その時には既にすっかり治ってしまって、結局病院にも行かず仕舞いでした。あの張り紙が私に歯止めをかけたのだと今でも感謝致しております。
そして誰かが私の服を引っ張る。
バクシーシ?
振り返った瞬間、私は全てを悟った。
「ママちゃん、これ買っていい?」ハルキが私を見上げて小首を傾げる。手垢も砂埃も臭いも何もない世界でコギレイな格好をした子供が無邪気に話しかける。
私は既にもうバックパッカーでないのだ。
私の旅は5分で終わった。ノスタルジーに浸るのは性分じゃない。私はリアルに生きるのだ、夢の続きなんて見ている暇などないのに。
子供の手を引いている自分が何故だか信じられない気持ちがした。
あの時、あの場所で、私は本当にあの風に吹かれていたのに。
この感情の持って行き場がなくて、書きなぐってしまった。
「クミコハウス」新潮文庫 素樹 文生 (著)
Posted by akemi at 23:41 | Comments (0)
2006年02月06日
I have a dream!
「私には夢がある」という会社がある。
この会社のことを知ったのは昨年夏のことだった。創業社長の記した本も実はまだ読んではいない。でもその本のタイトルだけで、フワフワした自分の頭をガツンとするには十分すぎるほどだった。感謝してやまない。
「その夢はいつやるんですか?」和田清華著
Posted by akemi at 00:40 | Comments (0)
2006年02月05日
教育のチカラ(III)
シリーズ完結編は、カオルの同級生のLちゃんのお話をしようと思う。
オーストラリアでは日本以上に離婚、再婚などのケースが身近に感じられる。ステップファミリーも沢山居たし、日本では例えば「○○さんのところ離婚したんだって」「後妻さんだって」とかヒソヒソ話で言われそうなことも、普通の会話に「事実」として含めることができる。要するに離婚も再婚も別居中も、ステップファミリーも、何らネガティブなイメージがない。
カオルの友達には別居中の友達も居て、そのお友達を送り届ける時は、ママの家、ダディの家、そして我が家から比較的近いおばぁちゃんの家の3つの送り届け先があって、日によって違っても、それが何の問題をも生まなかった。うちのカオルも、そのおばぁちゃんのお家に遊びに行ったりと、色々と可愛がって頂いた。
カオルにはオーストラリアで本当に一生忘れられないと思う程の仲良し7人組の友達が居て、彼女たちと事あるごとにお互いの家を寝袋かついで泊まり歩くという「Sleep Over Club(お泊りクラブ)」なるものを結成したりと、本当にエンジョイしまくりだったのだ。そのお友達の中にLちゃんが居た。
実は彼女はカオルよりも遅れて学校に転校して来た。私が彼女に始めて会ったのは、訳あってカオルたちをその学校のアフタースクール(学童保育)に預けて迎えに行った時のことだった。
見慣れない美少女系の女の子の存在に気づいたのだが、彼女はあまりにも表情に変化がなく、ぼーっとした感じに見えた。その新しいお友達Lちゃんが居たから今日は楽しかったとカオルは言ったのだが、私には、その表情に乏しい女の子と遊んでカオルは本当に楽しかったのかな?とちょっと思ったりもした。でもそれ以上には何も思わなかった。
カオルは、学校であったことを事細かに話してくれるタイプで、そのLちゃんの話もそれから頻繁に出て来ることになった。
「どうやらお勉強はちょっぴり苦手らしい。
セーフウェイ(スーパー)には行ったことがないらしい。
ママがジャンキーなお菓子を買ってくれない。」
その辺りで、相当なお嬢様なのね、と私は勘違いしていた。
「彼女にはお兄さんが居て、時々会う。
彼女のママは本当のママじゃないらしい。
でもLちゃんはそれ以上のことを言いたくないらしい。」
ふぅんと思った。特に珍しい話でもない。でも彼女の無表情な感じがどこから来るのか、それだけは何となく想像がついた。離婚して、親戚のところにでも預けられたのかもしれない。
そんなこんなの話もLちゃんの口から出ることがあったらしいが、カオルはあまり人のプライベートに首つっこむタイプではなく、また他の友達も根掘り葉掘り本人が言いたくないことを聞く様なことは一切なく、ただただ毎日ギャーギャーワーワーとオテンバに遊んだりしていた。
でもLちゃんだけは一度もお泊りすることができなかった。理由があったらしい。彼女が我が家に遊びに来ると、決まって夕方にママが迎えに来る。一目で子供を赤ちゃんから育てていないことが分かる様な淑女で、人間的に尊敬できる人だった。べたべたの愛情ではなかったが、Lちゃんの表情が生き生きとしてきたのを見ていても、きちんと愛情を込めて大事に大事に育ててきたのだなということがわかった。時々「まだ帰らないっ」と駄々をこねちゃうところも愛らしくて私には感動的な場面でもあった。彼女は子供らしくも振舞えるし、普通の子供として何も問題なく育っている。何よりも出会った頃の無表情さを思い出せないくらい、生き生きとチャーミングな女の子になっていっているのが私には嬉しかった。
彼女のバックグラウンドが分かったのは、それからかなり後になってからだった。
カオルがLちゃんのことを突然話しはじめた。というか、Lちゃんが突然カオルに自分のことを話し始めたらしい。事実は小説よりも奇なり、を地で行くようなストーリーだった。
彼女にはお兄さんが居て家族4人、何の問題もなく生活していたはずだったが、ある日、お父さんが実は
ゲイ
であることが発覚(私だったらあまり驚かないかもしれないが)。それを知ったママが、キャーという感じになり(どうやら精神的なダメージがあったらしい)、とても子供を育てられる状況ではなくなり子供二人は施設へ。結果、お兄さんとLちゃんは別々の家庭に引き取られる事になったそうだ。それで時々お兄さんとは会うこともあったりするし、オーストラリアでは引き取った家族に対してはかなり厳しいルールがあるそうで、お泊りをする時は事前に警察署かどこかに届け出ておかないといけないらしい(届出を出せば良いのだそうだが。それも多分子供の人権を守るという観点からだと思うので素晴らしいシステムだと思う)。それで簡単にお泊りにも来れなかったらしい。
彼女がその学校に編入して来るまで、彼女は学校というものに行ったことがなかったそうだ。表情が乏しかったのも、お勉強が苦手だったのも合点が行った。
カオルのバースデーパーティの時、お友達のリクエストにお答えして、DIY炒飯(自分で具を選んでホットプレート上で自分だけの炒飯を作る)を夕食にしたのだが、Lちゃんはいつもカオルと一緒に食べているオニギリを作りたいと言ったので、オニギリを作ると同時に、オニギリのシーズニング(鮭とワカメのオニギリふりかけみたいなの)を1パックプレゼントした。家でご飯さえあれば、これでオニギリができるのよ、と彼女に渡したら、彼女は、本当に頂いていいの?いいの?とまるで超豪華商品に当たったかの様にじわーっと満面の笑みを浮かべて、遠慮がちに、Thank you so much! と言ってくれた。
彼女のその笑顔は、彼女が心から喜んでくれているのが手にとるように分かる、ピュアでチャーミングな笑顔だった。そう。出会ったあの時には想像もできなかった暖かい笑顔だった。そして彼女もまた、カオルを含め他の気の強い系ギャル6人に引けを取らないオテンバな女の子になっていった。
Posted by akemi at 00:15 | Comments (0)
2006年02月04日
教育のチカラ(II)
彼は、いや彼のママは、タツミの同級生のお母さんだった。
メルボルンでタツミは3ケ月過ごしたプレップを再度やりなおすことになった。落第というのか留年というのかわからないが、まだまだ英語もビギナーレベルを抜けない彼をグレード1に無理に上げるよりも、再度ABCからきっちりとやった方が彼のためになるという先生の配慮からだった。
2回目のプレップで同じクラスになったのがCクンである。
彼は普通のオージーボーイ。少し線の細い感じがしたけれども、真っ白な肌にクリクリのブロンド、ちょっぴりワガママなところもあるけれども、それも問題視されるレベルではなかった。彼が時々タツミと遊んでいることで、彼のママとも話を交わすようになった。でも、彼女はちょっぴり変わっていた。
オーストラリアのママさん達は、本当に素敵な人ばかりだった。とても優しくて明るくって、私がめっちゃくちゃな英語で話しかけたりしても嫌な顔一つせずに一言一言理解を示してくれたし、向こうからお話してくださる時は、私にも配慮してゆっくりとした英語で話してくれた。しかし、そのCクンのママは不思議なまでに私に対しての何の先入観もなく、あまりにも普通に話しかけて来られるので、こちらが心配してしまうほどなのだ。うまく言えないが、私に対して、全く外国人だとか、英語が話せないとか、そういうバックグラウンドの認識がスコンと抜けていて、ただただ「4人も子供のいるお母さん」という部分だけを見て、色々と話しかけてくれるようになったのだ。
彼女はとても変わっていた。
それは、子供に暴言を吐いたり、子供に対して暴力的だったり、ヒステリックな行動をとるということなのだ。場所が日本だったら、私は特に不思議に思わなかったのかもしれない。でもオーストラリアというのは、子供は天使、うちの子供は世界で最高にカワイイのーっ、と大声で叫んじゃうくらい子供ラブな親ばかりが居るので、子供に対してヒステリックに叫ぶその姿は、周りからかなり浮いていたように思う。それはもちろん、先生にも目撃されていた。
そんなある日、プレップの父兄宛に、あるイベントのお知らせが届いた。それは、もしあなたが子育てに不安や難しさ、疑問などがあったら、是非このイベントで先生を交えて話してみませんか、というカウンセリングもどきイベントのお誘いであった。私は前年度にはそんな案内見たこともなかったので、小さな小さなその学校では、このイベントは彼女のために用意されたものなのだと誰もが思ったに違いない。
彼女は子供に対しては、ヒステリックに叫び続けることがあったが、大人同士の間では非常に丁寧で上品で、私も何か彼女の力になれることはないかと考えてはみたものの、引越しして数ケ月、外国人の私に何もできるはずもなく、でもCくんは我が家をとても気に入ってくれて(子供多いし)、私も彼を車に乗せては家に連れて帰り、彼女が迎えに来ると、決まって素敵な手土産を頂いたりと、そういった関係が続いていた。長期休暇の時にも田舎から私に電話をくれて、いついつ頃にはメルボルンの家に帰るから、そしたら一緒にルナパークに行こうね、とそんなやりとりをする間柄になっていった。
彼女は時々、自分には子供が一人なのに死にそうに大変で、あなたはどうして4人も子供を育てられるの?大変じゃないの?と聞いてきた。Cクンによると、彼女は手が痛いといってランチも時々作ってくれない時があるらしい。うーん、何と答えれば良いのかと思いつつ、そういう時は私は常にカオルをダシに使ってしまう。うちはね、カオルがママみたいなもんだから、私は何にもしなくていいのよ。ドライバーだけ。子供が複数いる方がお互い遊んでくれるから、一人の方が大変なのよ、なんて言ったりもした。
私から見ると、大人だったのはCクンのほうだった。ずっとママと閉じた世界に住んでいたのが、いきなり外の世界で開放されたのかもしれない。ママから離れて過ごしていると、一人で出来ることがだんだん多くなってくる。彼のワガママっぷりが格段に減り、彼女も声を荒げる必要がなくなって来た。子供と離れて自分の時間がとれた事で、彼女自身も余裕ができたのだろう。
ここですごいと思ったのは誰も彼女を非難しなかったことだ。確かに彼女がヒステリックに叫んでいる瞬間は、まわりの子供たちもママも一瞬ひるむ。先生も「ママが呼んでいるからお家に帰ろうね」とママの意向を最優先にしていた。私だったら子供に対してその態度はないだろ、と説教こきそうなシチュエーションでも、誰も彼女を非難したりしない。彼女を指差してヒソヒソなんてことも全くなかった。彼女は孤立もしなかったし、孤独でもなかったと思う。Cクンも誰にも拒否もされず、普通に毎日を過ごしていた。日本だったら父兄会でも開かれそうな場面かも知れなかった。あのママの言動は周りの子供たちに悪い影響を与える、何とかしろ、とかね。でも現実に、事態はただ静かに終息して行った。先生たちの視線は、明らかにそのママの態度を何とかしなければという感じがあったが、直接的に彼女を否定することは一切なかった。もし貴方が困っていれば、私たちはいつでもウェルカムです、そういう態度を通し続けた。立派だった。その姿を見て、私も彼女に対して自信を持って普通に振舞うことができた。
オーストラリアの良いところは、きっとここだろう。Cクンとそのママの周りに、先生や他の子供たち、そのママたちががっしりとフォローするぞとばかりに待ち構えているのだ。非難や否定することで事態が良くなることはない。子供は悪くない。ママの心を穏やかにするしか方法はない、みんながわかっていた。彼女は、休みになるとずっと実家に帰るそうだ。そこではおじぃちゃん、おばぁちゃんの助けを借りて、メルボルンでは学校や周りの大人たちの助けを借りて、それでCクンは何の問題もなく、健やかに育つ環境を与えられた。そして彼女はそんな周りに本当に感謝していた。
そして、私は彼女が笑う声や、上品なジョークを何度も聞くようになった。もちろん、その後、彼女がヒステリックに叫ぶ姿を二度と見ることもなかった。
優しくされると、他の人にも優しくできる。
笑顔を向けられると、自分も笑顔で居たくなる。
目に見えない素敵な連鎖を目の当たりにした様だった。
あの学校で、本当に良かった。
Posted by akemi at 03:47 | Comments (0)
2006年02月02日
カスピ海ヨーグルト・新コンビネーション
香港では何故かヨーグルトが高い。
いや、実はローカルのヨーグルトは高くないのだが、近所のスーパーではいつも売り切れで外国製のしか残っていない。この外国製が心臓止まっちゃいそうな程に高い。子供たちに思いっきり食べさせたいのにこりゃー無理。
ということなので「カスピ海ヨーグルト」のお世話になっている。
東京に居た時は本当に手から手へ譲り受けたものを使っていて重宝したのだが、オーストラリアに行く時に泣く泣く手放してしまった(オーストラリアは検閲が厳しく乳製品は持ち込めないモノの筆頭にある)。
その点、香港って何でも持ち込めるのねー。しかも最近は顆粒で売られているので重宝。しかし母曰く「何故か1ケ月くらいすると薄くなっちゃうのよねー。それでまた新しい種を買ってこなくちゃいけなくなっちゃうのよ」という不思議な現象が現れるそうで、それに比べると手渡しの方が株繁殖力が高い様な気がするそうだ。
で我が家はその顆粒クンを使用。現在のところは問題なく株分け出来ている。
で、それをどうやって食べるかという問題があって、子供たちはそれぞれ自分たちで好き勝手に甘味を加えて食べている。ジャム派、蜂蜜派、カルピス派、砂糖派、杏仁霜派(激旨)。私は断然ハニー派。しかし最近ものすごいコンビネーションを発見して、それ以来この食べ方が定番になっている。
実は私は「黒ゴマきな粉ミルク」が大好きで、カロリー気にしなかったら毎日飲みたいところなのだ。すり黒ゴマときな粉を予め混ぜたものをビンにストックして、それを使っていたのだが、毎日食べているカスピ海ヨーグルトに混ぜたらどないやろかと思って試したらバッチリ美味(ハニーも入れる)。実は先日某書店で「カスピ海豆乳ヨーグルト」なるものを立ち読みして、カスピ海ヨーグルトには足りない栄養素を(大豆、ゴマ、お茶)でカバーしたら完璧、という情報をゲット。栄養素の点から見ても、カスピ海ヨーグルトにきな粉とゴマって最高じゃん、と一人御満悦。
安くて簡単、栄養価満点!黒ゴマきな粉カスピ海ヨーグルト、是非お試しを。
Posted by akemi at 01:55 | Comments (0)
2006年02月01日
教育のチカラ(I)
彼は私が今まで出会ったコドモの中でも、1、2位を争うほどのNaughty Boyだった。
末っ子のハッキーはメルボルンで保育園に行くことになった。その保育園に居たオージーボーイが、私がこれからお話する主人公のBくんである。
彼の悪ガキぶりは常軌を逸しており、泣く、わめく、他の子供とケンカ三昧なんてのは序の口、大きなイスを投げつける、本棚をひっくり返す、その度に保育園の先生は露骨に手を焼いているのがわかった。
見るからに頭が良さそう。大人の浅はかな考えなんて読みつくして、ありとあらゆる手を使って大人を困らせている様に見えた。それでもやはり子供だから、自分のどうしようもない感じを表現するために悪がきっぷりを発揮するしかないのだな、要するに「愛情不足ね」などと私は分かった様なことを思っていた。私がハッキーを連れて行くと、朝早くから保育園に預けられている彼が私のところにやって来ては、ハッキーの嫌がることだとか、私が答えに窮するような質問をしてはニヤリとしていた。
私は彼に興味があったので、色々とカラかったりしていて、それに乗って来るのを見ていても、やはり彼は注目を集めたいのだな、ということが簡単に分かった。彼の頭は悪くない。可哀想に。このままレッテル貼られたらヤンキーになるしかないやん。どこで彼は軌道修正のチャンスを与えられるのか、それはもう不可能かもしれないなとまで私は思っていた。
そんなある日、新しい先生がやって来た。髪はお下げで、私には少し田舎っぽい普通の女の子に見えた。特に先生として素晴らしいオーラがあるとか、そういうことは何も感じず、ただただ若くてカワイイ先生がやって来たのだな、と思っていた。しかも私が迎えに行くと決まってその先生は、そのBくんに(他の先生とは違って)「○○してはいけません」と毅然と注意しているところばかりだったので、結構厳しい部分もあるんだな、などと思ったりもした。
ある日、私はいつもよりも早く迎えに行った。そして私は保育園での光景を見て驚いてしまった。その若いお下げの先生がずーっとそのBくんを抱っこしてあげていたのだ。その甘え方を見ていると、今日初めて抱っこされました、というのではなく、保育園にいる間ずーっと、彼女の手があいている時はずっとそうやってクネクネと甘えてたんじゃないかという感じだったのだ。そしてやはり、いつもよりも早く迎えに行くと、いつもいつもそうやってBくんはその先生の腕の中に居た。
それでもその先生は、そのBくんが悪いことをするとピシッと怒っているというのを何度となく私は目撃した。そして気がついたのだ。その先生の叱り方には「sigh(ため息)」がなかったのだ。
他の先生の叱り方には「ため息」があるのだ。「もういい加減にして頂戴」「またあなたなの」「enough!(もういいでしょ!)」の台詞の後にはハァーという苛立ちを隠せないため息が出てしまう。Bくんは自分に貼られたレッテルを返上する術を持たなかった。子供だもん、できるわけがない。でもそのお下げの先生は、彼に対して「あなたはいい子なのだ。だけど悪いことをしたら叱られるの。それは他の子供たちも同じ。あなたは他の子供たちと変わらず、チューしてハグしたくなるようなカワイイコドモなのよ」というメッセージを数ケ月に渡って送り続けていたのだ。
そんなある日、ハッキーがこんなことを私に言い出した。
「Bってホントはいい子なんだよ」
「本当は」という台詞に私は少し泣けてしまった。子供だって彼に貼られたレッテルを嗅ぎ取っていた。ハッキー自身も被害者になったことがある。それでも彼といい関係になれて、実際の彼はいい子だということをどうしても親に言いたかったのだ。
それからBくんは「あなたは先生の犬?(笑)」とこちらがツッコミを入れたくなるほど、その先生の周りに引っ付きまわっては先生のヘルプをするようになった。そして1年ほど経った頃、彼がトラブルを起こすことは皆無になったのだ。
この事実は、私にかなりの衝撃を与えた。人間こんなに変われるのか、と思う程だった。何より、一人の人間の人生を救ったといっても過言ではない。彼はそのまま「あぁ、あの子可哀想に」と思われながら、どうしようもない大人になって行ってしまう可能性だってあったのだ。それが、たった半年から1年の間に、彼は「明朗活発な健全な男の子」に大変身してしまったのだ。彼の中から全くのNaughtyさが無くなり、クラスの中でもリーダーシップを発揮する、本当にいい子になって行ったのだ。私を見ては、ハッキーが今日こんなことをしていたとか報告してくれたりするようにもなった。ハッキーもその子と仲良くなって大好きな友達の一人になった。彼の人生は今明るい。楽しい。きっと将来に希望を持っているだろう。何よりも自分自身を愛せる自分が嬉しいに決まっている。
あの先生の何が良かったのか。それはもう人間というものの存在に対するリスペクトに尽きるだろう。コドモとか大人とか関係なく、自分の目の前の人間に対して、絶大なるリスペクト(尊敬や大事に思う気持ち)と、強い強い信じる気持ちがあったのだろう。ただただ貴方が、そしてどんな人でも、この世にこの時代に生まれて、それは奇跡のように尊いことで、だからそれだけで十分に愛されて自分を大切にする権利がある、そしてどんな人でも、自分の足で人生を切り開く人間になれるのだという強い信念があったのだろう。
Bクンの自己肯定感に満ちた笑顔を見て、私は彼の将来を心の底から信じることができるのだ。
良き出会いを。
Posted by akemi at 23:45 | Comments (0)
罪作りな男達
私は時々自分でもオトコなんじゃないかと思うこともあるし、
オトコに生まれたかったと思うことが何度もある。
何もそれは「男に生まれたらキャリアを捨てる必要もなかった」という次元の話では全くなく、
男よりも実がオンナが好きだったとか、そういう方向の話でもない。
だから実際のところ自分のことが未だによくわかっていない。
性同一性障害というのではないようなので、これまた話がややこしい。
この問題は結構根が深く、
小学校一年生当たりから既に「女子トイレに入ると性格の変わる女の子が怖い」になり、
「トイレ友達」というものが生理的に受け付けられなかったり、
女子高行くくらいなら死んだ方がまし
女子の多い学部行ったら息できないかもしれないと思ったり、
大学の女子更衣室のタバコと化粧品の臭いたっぷりの空間が恐ろしくて
物心付いた時から就職活動までの間、私服でスカートを履くという発想もなかった。
今でも百貨店の化粧品売り場は鬼門中の鬼門。
それに比べると秋葉原でパーツを眺めるヲタクな男の子たちの気持ちは見事にわかる。
ブランド物は嫌いだけどダンナに付き合って紳士服売り場なんかに行くと、ダンディズムはカッコいいと思ってしまう。
SEの時は、プログラミングのロジックを美しいーっと言い合える同期のエンジニア男とは延々長電話できても、男の話題ばかりの女友達の話には面白いと思ったことがなかった。
男に生まれたかった。
大学ではバイトに勉強、学園祭実行委員なんぞやっていつも走り回っていた。バイトが終わって深夜に学祭のミーティング。時計は既に2時をまわる。ほならそろそろ帰るわ、とオヤジくさく言った私に仲間の男がこう言う。
「送っていこか」
シャーラーップ。そんなこと言い出したら私学祭やめるでーっ。私をオンナと思うなーっ。二度と言うなーっ、私は同士でオンナじゃないーっ。
と現実に私は言ったことがある。私は全く男にモテなかったので、そいつに下心なんぞ全くなかったが、優しいヤツだったのである。でも俺がオトコだったらお前ぇーはそうは言わなかっただろーっ、というのが私の本音なのだ。
私がオトコだったら一緒に酒を飲みたいヤツが沢山居る。
バカみたいなことでゲラゲラ笑いあいたいのだ。
それでもお前はいいやつだなーっ、と言い合いたいのだ。
私から見える世界は実はオトコもオンナもない。
違うのは相手の反応だ。
私がオトコだったらそうは言わないだろう。そうはしないだろう。そんな表情はしないだろう。
オトコの世界には、一分足りとも女の入る隙間のない瞬間が存在するが、オンナの世界からオトコが消えることはない。私にはそう見える。何をしてても、どこにいても、異性の目からの視線が女性の価値観に入り込んでしまうのだ。
どうでもいいことに熱くなれて、その間頭はそのことでいっぱい。自分がどう見られているのかそんなことなどどうでもいい。俺はこの瞬間、そしてこの仲間たちが好きでたまらないのだ、そういう男の世界に一度でいいから入り込みたい。
オトコとしてだ。
それを痛烈に感じたのはオーストラリアでラグビーの試合を見に行った時のことだった。
メルボルンではラグビーよりもオージールールのフッティの方が人気があり、試合を見に行くと女の子の黄色い歓声が上がる。しかしラグビーは
もう、ものすごいオトコ臭い世界なのだ。
ビール飲んじゃって、肩組んじゃって、声援もぐぉーっ、て地響きかと思うような怒号があちこちに響き渡る。プレイヤーも熱い。
同じようにグウォーと叫ぶも私の声は非力で悲しくもトーンが違う。
目に見えない壁。私はあっち側に行けないのだ。
だから私は芸能人のオトコにキャーと黄色い声をあげるようなことがないのだ。
キムタクが好きだと言ったのも、(私がオトコだったら)オトコとして彼はカッコいい、男気があるやつだと思ったからなのだ。自分を磨きつつ、周りにすごいオーラを出す。お前いいやつじゃん、そういう感じなのだ。
小池徹平クンを見ていて、私は自分が男みたいな感覚を持っているのだと再認識してしまったのだ。
私は彼とウェンツくんのストリーミングを見て切なくなってしまうのだ。それは女の子として彼が好き、というのでは全くない。ただただオトコとして、彼ら二人がいい若者だとしみじみ思うのだ。それはもう感動的なまでにいい若者であって、彼ら二人の関係(性格がまるで違うのに、お互いに対するリスペクトがすごくて、しかも弱い部分も許容しあうような何とも言えないリアルでピュアな男の子の関係)さえも、そうなんだよ、男同士でこういう関係ってあるんだよな、とか、男に生まれてよかったよな、とか思ったところでふと我に帰る。
私はWaTのストリーミングを見る度に、今生で果たしたい何かを数えあげる。時間がない。早くしないと全てを実現できなくなる。でも一つだけできないことがある。
オトコになって男の世界でアホなことしてみたい。
オトコ同士でイチャイチャしてみたい。この楽しさがオンナに分かるワケがない。
オンナの自分が嫌いというわけでもない私は、今生では今の性でやれるとこまでやってみるしかない。これは社会的ジェンダーとかそういう次元の話では決してない。ただただ私はオトコとオトコの関係に、すごく憧れがあるということだけなのだ。
私の徹平クンを見る目もかなりオカシイ。
オンナとして彼がカワイイと思うのではなく、男として彼がカワイイと思ってしまう。女なら彼をいいとは思わないかもしれないが、男から見た「カワイイ男」である徹平クンが気になって仕方がない。女には絶対にあり得ない「心底ピュア」なオトコを、そのまま守ってやりたい、ウェンツくんの気持ちが分かるぜ、俺は。いいなーっ、俺もテッペーとコンビ組みてぇーよ、全く(笑)
と言いながら、香港HMVで売っているWaTでかジャケ「5センチ。」CD恥ずかしくて(高すぎて)未だ買えましぇん。仕方がないから3月発売のアルバムを今からHMVに予約しちゃおうかと思っておりますです。
Posted by akemi at 20:21 | Comments (0)