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2005年05月31日
香港エコバックプロジェクト
自称エコバック研究委員会広報のあけんです(なんやそれ)。
実はね、私はエコバックに対してはウンチクがあるのである。日本、メルベン、そして香港と、ここ数年間、色々な「プラスチックバック」を使わないためのオルタナティブウェイを捜し求めて来た結果、私なりの結論が「オーストラリアのコールズバック」がエコバックの世界最高峰であると信じているのであーる。おまけに常にクランプラーバックにこの緑色のコールズバックをしのばせているため、IKEAに行こうがウェルカムに行こうがパークンだろうが、ジャスコやユニーだろうが、シティスーパーだろうが(全部書かなくてもいいか)、全てこのコールズバックを使っていて、その度にレジのお姉さん達に、「いいねー、これ」ってほめられるのだ。ねね、いいでしょー。ちゃんと自分で立つところがいいねー、って感心してもらえる。
だから私はこのコールズバックを香港で流行らせるためにウェルカムスーパーの商品企画部に乗り込んで熱弁ふるってやろうと思っていたのである。
(因みに私が「コールズバック」と呼んでいるこのバッグは、コールズだけではなく、セーフウェイでも2ドルショップ(オーストラリア)ででも買えるものなのだが、私は勝手にご贔屓だったコールズブランドのバッグを揃えていたので、こう呼んでいるだけなのである)
シティスーパーなんかにあるコットンの袋、言うちゃ悪いがアレは絶対ダメ。使い物にならない。あの手のものは、日本でもダイエー系などで売られていたが、安っぽい上に商品の収まり具合がすこぶる悪い。安くっても使いたくない代物だった。洗濯したらくしゃくしゃになっちゃうし、アイロンあてる気にもならないし。
日本のジャスコでは、買い物カゴと同じ形をした四角くてネットのついているカバンがあった。これはかなりいい線いっていた。レジを通した商品をカウント済みの同じカゴにうつすのだが、この際に、そのカゴにあらかじめ、そのネットカバンをセットしておく。商品をどんどんとその中に入れていくと、最後にそのネットをしぼればそのまま持ち帰ることができる。色合いがあまりお洒落ではなかったのだが、これはかなり優れものであった。車で買い物に行く様になってからは、ピンク色のカゴを買って、そのカゴごと持ち帰るというのもしていたが、車がなければつかえない代物だった。
香港と言えども、エコロジーに配慮している企業ということをアピールできれば、ブランドイメージもアップするだろう。買い物だけではなく、アマさんたちがクリーニングやその他の「ちょっとお出かけ」の時にもつかってもらえたら、それだけでかなり宣伝効果がある。おまけにこのコールズバック、見かけによらず「収納性」がすごい。立方体に近い形をしているため、肉パック、シリアルの箱、大きな野菜などもしっかりと入り、素材的にもぐしゃっとならずにきちんと自分で立ってくれる。つまりレジのお姉さんが袋に入れるときに、とっても楽なのである。(そこで、お姉さんたちは、へぇーこれいいね、といって下さるのだ!)
今日こそウェルカムスーパーの企画室に写真付きでメールでも書こうかと思っていた矢先、たまたま寄ったパークンショップで見つけたものを見て、私は絶句しそうになった。げーっ!パークンショップにエコバックが出てる!しかもコールズバックと同じ素材で出来たやつ!
しかし、私は密かにほくそえんだ。これはあけんを味方につけたウェルカムの勝ち。なんたって私はエコバック研究者。あの形じゃだめなんだなー、いいセンいってるんだけど。パークンおしぃなー、でもいまいち詰めが甘いんだよなー、と色々と考えながら、自分自身は悠々とコールズバックに商品を詰めて帰路についた。
が、
そこで
私は自分がとんでもない大きな間違いをしていることに気づいたのだ。そして、
パークンってエライっ。
と膝をポンと叩いた。
それは、オーストラリアと香港の大きな生活習慣の違いに起因することであった。つまり、ほとんどの家に車があって、おばぁちゃんであっても自分で運転して車でスーパーの駐車場に乗り付けるオーストラリアと、
毎日毎日ちょこちょこと新鮮な素材を求めて、しかも多くはアマさん達が買い物に行く香港と、
エコバックが同じ形状をしているわけがない。
パークンのそれは、素材こそ同じなのだが、全体の大きさはかなり大きめの作りになっている。が、折りたたみ式なのである。折りたたむと薄めの雑誌を半分に折りたたんだくらい、の大きさとなる。女性のカバンにもちょっと忍ばせておける大きさなのだ。つまり、いつもカバンの中に入れておいて、会社の帰り、子供のお迎えの帰り、などの「ついで」の時にもサッと取り出せて使うことができる。このエコバックは直立しない。素材的にはかなり丈夫なのであるが、中敷があるわけではないから、やはり商品は中でごそごそとなってしまうのであるが、あの携帯性は香港では必須であろう。
一方コールズバックは、かなりしっかりした中敷が入っている。この中敷のお陰で、商品が前後左右にぼこぼこせず、持ったときに何とも言えない「安定感」を感じさせる。また、形は、ほぼ立方体に近く、その形のお陰で箱に商品を詰めるがごとく「整理しやすい空間」を与えてくれる。持つだけでなく、袋の中に商品を詰めるのも楽。この形と中敷というアイデア、そしてこの素材、この3点全てに合格点が与えられるのは、このコールズバック以外に他にない。でも、ただ一点、欠点があるのだ。これがパークンショップのエコバックでフューチャーされていた
「携帯性」
という要素である。
この中敷、半分に折ったりできないために、収納するのに中敷分の大きさが必要なのである。要するにA4版の本をいつも一冊持ち歩いている感じなのだ。学生などデイパックを持っている人達ならば、薄いので簡単に収納できるのであるが、女性向けバックに入る大きさでは決してない。そもそも、オーストラリアでは「手に持って歩く」ということよりも、「常に車のトランクに積み込んでおくもの」という認識の方が強いため、携帯性などに配慮されているはずもない。
なるほど。パークンの企画部に兄ちゃんたちは、マーケティングリサーチをした結果、きっとバックそのものの「収納と携帯」にウェートを置くべきという結論に至ったのであろう。それは多分正しい判断だ。だから私の「香港エコバック推進プロジェクト」はこのまま不発に終わってしまうのだ。
今後、パークンエコバックのブームなんかが起こってしまうと、ちょっと哀しい気もする。だって、今でもなお私にとってのベストバックはこのコールズバックなのだから。本当はね、香港市民が、パークンバックとコールズバック、どちらを選択するのか、見てみたい気もするのであるが、うーん、やっぱり一度ウェルカムにメールでもしてみるか。
Posted by akemi at 00:30 | Comments (4)
2005年05月29日
香港で、今なおドタバタなあけん
生活にも結構慣れてきたと思う。ミンチ肉もお肉やさんに頼めば5キロくらいその場でミンチにしてもらえることがわかった。ウェルカムスーパーのデリバリーも、私がここでぼやいでいたのが原因のはずはないが、先日の分は、ほとんどが赤のコンテナーで届き(つまり玄関先で、商品だけボンボン出してくれて、兄ちゃんはその場でコンテナーを引き取っていってくれた!)、ダンボールは3箱だけですんだ。これだけでストレス度が全く違う。ありがとう、ウェルカムスーパー!!
ワトソンズウォーターの方もインターネットで3本ずつ注文をかけていたら、あなたのアカウントは、毎週3本ずつのstanding orderが入っているから、いちいち頼まなくっても大丈夫よーっ、とメールが届き、それ以来注文せずとも3本ずつきっちり届く様になった。とっても楽。
朝は最初からバスを当てにせずMTR、帰りもテクテク+ときどきバス又はMTRと定着。
しかし、ドタバタは続くのであった。
人間誰しも、何らかのこだわりというかクセの様なものがあって、普通のヒトにとってはどうでもいいことでも、異常反応してしまったり、ということがあると思うのだが、私の場合
ネギと生姜とプリンター用紙とプリンターインクが切れる
とパニックに陥ってしまうのだ。夜中にでも買いに走らないといられない様な衝動にかられてしまう。明日買いに行こうと思っても、なかなか寝付けなかったりする。そんな私だから、常に、この4つのものは大量にストックを抱えておかなければならないのである。醤油切れても塩でいいや、みりん切れても酒と砂糖でいいや、ソースなけりゃ和風味で、でも
ネギが無けりゃ玉ねぎで
とは絶対にならないのである!! にんにく無くてもにんにくパウダーで、となるのだけれど、生姜はやっぱり生姜じゃなきゃー、となってしまう。私は薬味フェチなのである。
ネギがないよりも辛いのはインク切れを起こしたプリンター
本気で涙がじわーって出てきそうなくらいに辛い。それがわかっているから、常に目に付いた時には買い占めておく。プリンター用紙の箱とインクのストックを見るだけで、あぁ私って最高の幸せもの、と恍惚の表情を浮かべてしまう。印刷フェチでもある。
そして現在、禁断症状が出てワナワナとなっているのが、私の図書館問題なのである。今回はかなり深刻である。
我が家は私を含め、本が手元にないと死んでしまいそうなヒトが何人もいる。私の場合は特に、文芸書、小説など一切ノータッチなのであるが、ビジネスやIT関係の書籍が手元にないと、プルプルと震えてきてしまうほどに不安に陥ってしまう。もちろん買うわけではない。本は一切買わない。ビジネス書、特に洋書なんてめっちゃくっちゃ高いのである。じぇったい買わない。だから借りる。で、どこで借りるのだぁー!!!
メルベンに居た時は学生だった。TAFEの語学学校に居た時も、ライブラリーはそれなりに充実していた。大学に行き出したら、大学から本を借りるのに冊数の制限などなかった。他大学に行けば10冊まで借りれるのだが、それも色々な大学やTAFEから同時に借りれたので、常に我が家には数十冊の本が書斎に山積みになっていた。誰も借りないのをいいことに、一冊の本を数ヶ月独占していたこともある。その山を見るだけで、私は安心できたのだ。
しかし香港で、私は大学図書館にアクセスできる権利を持たないのである。我が家の本の入手経路を決めなければならない。
まず第一に、我が家の子供たちがギャーギャーうるさいので、日本人クラブに入会してしまった。目的は「日本語書籍のライブラリー」へのアクセスのみである。何の講座もクラブにも加入していない。ただただ、あの日本語の本に子供がアクセスするためだけに、会費を払っているのである。だって、その会費で日本語の本を買ったら、多分月に2冊くらいしか買えないのだ。でもうちは、一回に20冊くらい借りるので(それも重さを考慮して制限をかけているので、持てるのならば100冊でも借りたいという子供たちなのである)、この会費は高くない、という認識なのである。
で、私の本はということで、当然一般図書館へは直行済み。しかしそこで私は暴れそうになってしまった。図書カードを作ったのだが、スタッフの方いわく
「一回に6冊まで、2週間借りられます。どこの図書館にご返却頂いても構いません。延長も、他に予約が入っていなければできます」
ろ、ろくさつーっ?????
6冊しか借りれないというのである。子供の本借りたら終わりやんか。私の本はどうするー!! やっぱり子供連れてきて一人一枚ずつカードを作らねばならぬ。しかし、問題はそれだけでは終わらなかった
ネットから香港の図書館カタログに検索をかけるのだが、一向にひっかからない。ひっかかったと思ったら数冊のみ。ちょっとビジネス系の英文書籍、品揃え少なすぎーっ!!
と思うのだが、一般の図書館で、そんな品揃えを期待しちゃいけないのかもしれない。ということで、各大学の図書館にアクセスして検索をかけてみると
あー、もうイヤになっちゃうくらい読みたい本がぞろぞろとリストアップされる。
一般市民が大学図書館にアクセスするにはどうするのだ、と調べてみると。
有料
なのである。そこで私の悪い癖が。。。。
図書館に有料でメンバーになるのと、大学の何らかのコースを履修して学生IDを取得してしまうのと、どちらが得か
という計算をし始めてしまった。というのは図書館は、一つの大学だけで充分というわけではないのだ。人気の高い書籍は貸し出し率も高く、よってそういう場合は他大学にもアクセスしたい。しかし、有料の場合は、大学ごとに支払わねばならないはずなのだ。しかし、学生になってしまえば、他大学へのアクセスも出来るはず。うーん。
と、こういうブログを書いているのがダンナにばれたら、また後頭部どつかれてしまう。でもどうにかしてアクセスしなきゃ。
私はビジネス文書フェチでもある。
Posted by akemi at 00:01 | Comments (0)
2005年05月28日
イギリス英語ふたたび
って英会話教室ではないのだ決して。
普通語よーっ、マンダリン習いに行っているのよ、私―っ!!
ということで、ビギナーレベル2(まだそんなレベルなのよ、私! ってまだ習い始めて2週間なんだけど)に乗り込む。今回のメンツは
ケンブリッジ出身のイギリス人
と
どっから見ても中国のヒトに見える男の子が途中入場。
いきなり、
我是。。。。
と自己紹介を始めるのだが、その「是」の発音を私は聞き逃さなかった。なんじゃー、このヒト、ネイティブじゃないのー??不審そうに私は先生に言うのだ。彼の普通語「很好(ヘンハオ)!!」と私が言うのに、先生が
「不好、不好」と否定。ひっどーい、と思いきや、どうもこのヒトは先生と面識があるらしい。自己紹介を聞くと、
「オーストラリアのシドニーから来ました」と思いっきり中国のヒトの顔で言う。彼の国籍はオーストラリアなのかな何なのかな????
実は彼はオーストラリア生まれのオーストラリア人なのだが、両親が香港の方だそうで、広東語はネイティブ(ここで私は暴れそうになったのだが、後になって暴れなくって良かったとわかった)。しかし、普通語はひどい、のだ。実は彼は流暢に話している様に見えたのだが、いつも先生に
「ちっがーう、それは広東語!!!」
と都度、先生に言い直されてしまっている。私たち女二人、広東語と普通語ってそんなに違うのねー、と納得。
会(hui)の説明のところで、これは
Can, will, know how to do (Ability) の三つの用法があるからね、ハイ例文つくってみて、というところで、彼は、
我会说英语 和 Cantonese
などと答え、先生に「カントニーズは英語!!! カントンフヮって言うのー、普通語では!!」
と言われ、へぇー、そうなんか、とカントンフヮ とノートに書き込んでいるところが何とも言えずカワイイのだが、知らんかったんかー、そんなことも、と驚く私。
彼が再び話すと、先生
「。。。。アー、。。。。アーって言うのは、広東語だから、やめなさいっ!!」
と言われて困っている様子。私たち二人、またまた何?何?と聞き返すも、どうやら、行間を埋めるのに広東語では「アー」とか言うらしいが、普通語にはそういうのはないらしい。彼、何でも最後にアーとつけていたのだが、それって、完全に
普通語、広東語訛り
というヤツなのね、きっと。なるほど。
でまた私たち三人+先生(ニュージーランド留学経験あり)、思いっきり英語喋りまくりなのよー、前にも増して。で、イギリス人曰く、「私達ってみんな、いずれにしてもイギリス英語だよねーっ」と喜んでいた。オーストラリアとイギリスって同じイギリス英語という認識なのだが、オーストラリアの彼曰く、俺のはオージーイングリッシュだからねー、などと言うから、私のジャパニーズイングリッシュはどっちかいなと話をしたら、いきなりオージーボーイ(顔は広東人)身体がフリーズ。
き、キミはジャパニーズだったのかぁ!!信じられない。ふつう、ジャパニーズって英語が話せない。。。。キミは何で、何でしゃべれるんだー。
シドニーに居る日本人に告ぐ。彼らの認識はこの程度だ。日本人英語話せないと思われてるぞぉー!!!!
か、哀しすぎる。私程度の英語話せる日本人を彼は知らないらしい。この私の、ブロークン文法めちゃくちゃ、ボキャ貧、でも勢いだけでしゃべっているレベルでさえも。で、でもあんまり嬉しくない。ここ、普通語の授業なのだ。みんな、バンバン普通語話せよーっ、英語はいいからさぁ。
先生、「ジャパニーズ」の単語に異常反応。私は日本旅行から帰ってきたばっかり、日本大好きとってもエキサイティングでクール。大阪で私は自分のお金を使い果たしちゃった!!と言うので、何を買ったの?というと
「Shiseido」と彼女は言った。そこから日本のコスメの話に飛び火。オージーボーイ、もう一つ有名なブランドがあるだろう、それも日本では安いのかい、ほら、シューなんとか
私、聞き取れない。何?何もう一回言って、というと
横に居たイギリス人、ほら有名なのよ、日本語では何というのかしら Shu…
「あー、シューウエムラねーっ、聞いたことあるけど、それってコスメだったのぉ?」
って私、レディの常識なさすぎかしら。コスメかどうかも知らない私に値段聞くなよ。
とにかく。これは普通語レッスンなのよー、マルチカルチャー社交倶楽部じゃないんだからっ。
少し、不安がよぎる。私ここで普通語話せるようになるのかしらぁー??
Posted by akemi at 10:21 | Comments (0)
2005年05月25日
初級レベル1修了
私の通う語学学校は、毎日2時間ずつ週5日通うのだが、10日(20時間)で1セットとなっている。初級、中級、上級とあって、各級に4レベルずつある。すべてをノンストップで修了すると6ヶ月で終わってしまう。某大学系のクラスだと2年間くらいかけてみっちりやることを思うと、ここを卒業しても大したことはないかもしれない、ことはない。
だってほとんどプライベートレッスンなのよー。某イタリア人ビジネスマンが後半戦を欠場しがちで、すっかりカナダ人と二人っきりの2時間レッスンが定着。で、そのレッスンも終わりレベル2を申し込んだのだが、現在のところ、履修者は私を含めて二人らしい。!! スタートは二日後。やっぱりこの環境は譲れないわねーっ。
しかも現在のところ、授業でライティングには全く触れず。つまり発音練習ばっかりやっているのだ。私は日本人で漢字に慣れているから、下におまけの様に書かれている漢字を見て、一人密かに漢字も覚えていっている。毎回、前日の復習から始まるので、その都度、単語、フレーズは覚えられる。テクテク歩く間もMP3プレーヤーで発音を聞いていて、欲を出さずに前日の復習しかしてないから、無理なく覚えられる。本当はどわーっ、と根性系で進めてしまいたい気持ちがあったのだが、こうやって丁寧に復習しながらゆっくりと進める方が、結局は近道なんじゃないかと思えてきたのだ。というのは、単語などの定着率が違う。一度に数十覚えようとすると、半分くらい忘れたりするのかもしれないけれど、それほど沢山出てくるわけではないから、声調からピンインまで見ないで書けるくらいにしっかり覚えられる。このペースでいいなー、と思っているのだ。
で、英語ベラベラの先生と授業の前に話をしていたのだが、彼は時々日本語の単語を出してきたりするので、何ヶ国語話されるんですか?とお聞きしてみた。彼曰く、英語とマンダリンだけだとか。え?広東語は?と聞くと、香港に4年住んでいるけれど、広東語が出来なくて困ったことはまだ一度もない、とかおっしゃるのである。広東語も話せた方がいいのかしら?とお聞きしようと思っていたのだが、私はその言葉を即座にひっこめた。中途半端になるならば、普通語でがんばってみようと思ったのである。
英語の全く出来ない二時間目の先生は、広東語が話せるらしい。私たちは相変わらず、テキストの範囲で答えりゃいいものを、ついつい色々な話を持ち出しては玉砕するのである。例えば、
你喜欢喝咖啡吗? (コーヒーを飲むのは好き?)
と聞かれて、
好き好き!と答えるも、
どの国のコーヒーが好き?と聞かれて、
我喜欢意大利的咖啡 (イタリアのコーヒーが好き! 教科書にイタリアの記述アリ)
と私が答えるも、「あなたはどう?」とふられたカナダ人
我喜欢 JAMAICA 的咖啡
と答えようとするが、ジャマイカってなんじゃ?となる。私、漢字かけへんで。
そこで先生、おもむろに電子辞書を取り出して、スペルをかけとカナダ人に言う。彼女書くも、先生
「よ、よめない」
仕方がないから、私がスペルを言うのだけれど、その辞書に載ってなかったらしい。カナダ人怒る。
「国名よ、国名! なんでのってない辞書があるのぉ〜!!!!」
それにもめげず授業は進む。
「豚」の単語のところで、彼女何を思ったか、
私の友達がさー、豚をペットにしてるのよー。すっごくかわいくってぇー(英語)
と言うも、先生理解不能。
我的朋友有猪在家!!
と正しいのか何だかわからないセリフを二人で吐きまくったが、先生
食べるの?
と言うので、ベジタリアンなカナダ人が、ひぇー、違う違う、ペットにしているんだと大騒ぎをする。
先生、PETを辞書で引いて何とか理解した様だったが、家で豚を飼っているの?どっひゃー?というリアクション。それを見た彼女、何とか必死でポジティブな形容詞を探そうとする。
私は、「ほら、ラブリーよ、ラブリーって何て言うのかな?うーん」
このシチュエーションでポジティブな形容詞で私が知っているのは一つしかない。
美丽!! (ビューティフル!!)
先生椅子から転げ落ちて笑う。
こんなハチャメチャな授業だったのだが、カナダ人の彼女ともお別れになってしまった。彼女はパパが香港で仕事をする駐在さんで、彼女自身は現在カナダでビジネスを学ぶ現役大学生なのだ。これから彼女は、両親からの誕生日プレゼントである2ヶ月半にも及ぶ「ヨーロッパ旅行」に出かけるらしい。別れ際に彼女は言った。「カナダに来ることがあったら絶対連絡してねーっ」カナダに行くことはないだろうなと思いながらも、その日が来たら素敵だなと思いながら手を振った。
またビギナーレベル2にも、こんな面白い出会いがあるといいな
Posted by akemi at 23:30 | Comments (0)
2005年05月22日
「物事への取り組み方」という視点
私は長い間、人生の成功は「何を選択したか」によって決まると思ってきた。簡単に言うと、私が就職活動をしていた学生当時に、例えば文学部国文科なんかの女子学生は、かなり厳しいだろうなとか、理系それもバイオテクノロジーなんかの学生は、それこそ就職に有利だとか、そういうことが往々にしてあると思っていた。
メルベンでSAPを専攻した時、実は心の中では密かに「勝ったぜ」と思っていた。オラクルでもない、マイクロソフトでもない、Eコマースでもない。完全に食いっぱぐれのないメインストリームに乗っかったぜ、と思っていた。だから人生においては、何を選ぶかが非常に重要なファクターであると思っていたし、子供にも、本当に好きなことでしか人間は頑張れないから、今のうちから将来何で食っていくかを考えておけ、と言い続けていた。
でも、ずっと心の中で解せないこともあった。昔にインタビューをした、モンテッソーリ幼稚園の園長先生の言葉「高いものは高い」という話も、自分の経験上、そういう人が実際に居るということも知っていた。(因みに、この「高いものは高い」というのは、例えば前職で教育とは門外漢であった人が、異動などで教育関係の役人になったりしても、すぐにパパッと理解して的確に対応できる人がいる、という話で、要するに人間としての質、能力その他もろもろの高い人というのは、どこの国、どこの分野に行っても高い質を保つことができるというお話があった)例えば、日本で子供の学校の校長先生だった方は、私は個人的に大ファンであったのだが、彼は例えばサラリーマンになっても、政治家になっても必ず頭角を現すであろうと確信できる様な、高い何かを持っていた。もしその彼が、諸事情で家業を継がなければならないということになっても、きっとその与えられた場所で、彼は一定水準以上のアウトプットを出すのであろうと想像できるのであった。彼にとっては、何を選んだか、ということは、あまり重要ではないのかもしれないとも思ったのだ。
話を自分のことに戻すと、実際のところ、私は何を選んでも良かったのだ。それがたとえ、時流にのっかっていなかったとしても、信じた何かを執拗に、他の人にはないエネルギーでコミットメントし続けたら、その先には何かが見える。それに向かって、またクレイジーに突き進めば、他の人には出せ得ない何らかのアウトプットが出せるのだ。要は、どれだけ真剣に継続して、徹底的に結果を出すことにこだわることが重要なのではないかと思うのだ。そうすれば、必ず何らかの結果は出る。その結果は、もちろん億万長者、というのではないかもしれない。でも、必ず結果は目に見えて出るのだ。オラクルを選んでも、デザインを選んでも、何を選んだかは重要でないかもしれない。それについて執拗に取り組む覚悟があれば、与えられた何かであっても一向に構わないと思う様になってきた。
人生に選択肢などほとんど無かった昔の人達が、与えられた環境の中で、どんな悪条件であっても、好きでも何でもなかった職業でも、とにかく地べたはいつくばってでも、大きな何かを手にいれるのだと信じて突き進んだ。人生はやるかやらないか、それだけだ。何を選ぶかで決まるのではないのだ、とこの歳になって思う様になってきた。
そう思うと、子供に教えたいことの一つに、「物事への取り組み方」という視点を加えるべきかなと思ってきたのだ。今までは、この子は何に向いているのかな、何の素質があるのかな、そういうことを親として見極めてあげたいと思ってきたのだが、そういうことは日々の子育てのさじ加減をするのに、きわめて重要ではあっても、それで終わりということではない。何かをする。例えば簡単なところで宿題など。私は宿題でもって、成績を上げて欲しいと思っているわけではない。でも、おちゃらけて人生終わっちゃダメなのだ。どんな小さいことでも、命かけるのだーっ、というテンションでやれば、得られるものは膨大だ。与えられた環境を嘆いていても仕方がない、そこで見える何かに全エネルギーを注いで結果を出すのだ。
Posted by akemi at 23:53 | Comments (5)
2005年05月20日
香港2冊のバイブル
私のクランプラーバッグには、いつも2冊の地図が入っている。
香港街道地方指南2005 (普通のポケット地図帳)
通用乗車地図 (バス地図)
地図帳の方は、家探しと学校探しの跡や、ショッピング情報(って、ファッションじゃないわよー、スーパーとか街市とかね、銀行とか郵便局とか、家具店、電気街などなど)が書き込まれている。これが無いと死んじゃう、という位、毎日使っている。ちなみに、デリバリーなんかのお兄ちゃんが持っているのは、これよりも大判サイズで、それを見たときには、「あれも欲しい」と思ってしまった。すっごい見やすそう!
で、もう一つのバス地図が、これまた優れもので、全てのバス路線と停留所が載っている。それを見ながら、香港全土を縦横無尽に行き来することができるのだ。で、前回にも書いた、学校近くに小バスの停留所があったので、先日出かけてみた。
イヤな予感はしてたのよねー。地図帳にはあった停留所のマークが、現場に行くと無い。でも目的のバスは通っていたのだ!
で、私の目の前をものすごいスピードで通り抜けてしまった。止まる気配じぇんじぇんないっ!おまけに手前から見ると3斜線向こうを走ってるのよーっ!責任者出て来−いっ、なんてテンションの国じゃないわよねということで、いつもの様に、何事もなかったかの様に次の停留所までテクテク歩くも、まだ止まる気配なし。その間も目的のバスは私の目の前を3台パッシング。と歩いていると、なにやらくんくん匂う。街市じゃなーいっ。ワンチャイマーケットにそのまま吸い寄せられる様に入ってお買い物。テクテク歩いていると、何やら面白そうなお店があちこちに。数件ハシゴして両手一杯の手荷物。安いわねーっ全く。
そうこうしているうちにアドミティの小バス停留所についてしまう。んとに小バスって、満員だと乗れないのよ。で、以前、うちの子供4人連れて乗り込もうとした時には、バスの運転手さんに大きく手でVサイン(要は二人だけ乗れる、ということ)されてしまい、後ろの人に貴重な2席のシートを譲って一台見送りなんてこともあった。(大体不利だよなー、5人同時に乗ろうとするのが)
しかしこの小バス、子供料金というものがない。で計算してみると、アドミティからうちまでタクシー20ドルで着くのに、小バスだと5人で24ドルくらいしちゃうということが分かりショック。人数が多いとタクシーの方が安いこともある。でも私一人だったら、絶対小バス。
で、この小バス、降りる時がエキサイティング!運転手さんにしっかり聞こえる様に、○○ンゴイ、て停留所をコールするのだ!アパートのまん前に止めてくれるのよー。
ところで、行きは都心行きに2階建てバスがバンバン走っているのに、帰り方向には小バスしかないのは何でや、と歩きながらバス地図を見ていると、すごいことを発見してしまったのだ! いつも乗っている2階立てバス、帰りは違う道を通るから遠回りにはなるのだけれど、そのまま乗っていると、今度は都心向きにターンしてきて、家の前に止まるのだ! 一台はまさに家の前に止まるのだが、今回は、ちょっと近くまで通るというバスが先に来てしまったので、それに乗る。家から見て最短距離の停留所で降りるか、それともエスカレータ近くの停留所で降りるべきか、最後まで迷ってしまった。でも人生はリスキーな方にかけた方が面白いのよーっ、ということで、最短距離のバス停で降りた直後、すっごい後悔の嵐が吹き荒れたのだ。これ傾度45度くらいあるんじゃないのーっ!!という斜面の階段を延々と上らなければならなかったのだ。
とたんに汗がぶわーっと噴出す。うげーと思いながら手拭い(て、てぬぐい??)をとり出して顔を拭く。普段の所作がオヤジの私は、その手拭いを見て絶句。げげ、ファンデーションべったり。しまった。普通の奥さまは、油とり紙で脂をとる様に、ちょっと顔にハンカチを押さえる様にして汗をふき取るのだが、私ったらもー、思いっきり喫茶店の熱おしぼりで顔を拭うオヤジみたくふいちゃったわよーっ。
反省。
ぜーぜー言いながらとりあえず家にはたどり着いたのだけど、死ぬかと思ったわよーっ。でもね、いつもより30分短縮。しかし汗べっとりだからシャワーをあびちゃう。
IKEAから注文していた机が届いたので、電動ドライバー持ち出して組み立ててマシンのセットアップ。というのは、我が家には書斎なんてもんがないので、ベッドルームにPCを置いておいたのだが、ダンナがまぶしくて寝れない!という理由で深夜のPC使いを禁止されてしまったのだ。仕事進まんがなーっ、てなわけで、ダイニングの隅に私専用のPCスペースを作ったのだ。それに伴いワイヤレスルーターもエリア拡大版の新モデルを買っておいたので、そのセットアップも終了。これでベッドルームにはダンナのマックのみ鎮座。
で。ふふふネットサーフィンしちゃうもんね、と思いきや、あれ?私何か忘れてなかったっけ???? あー、支払い全然やってない!ということで、インターネットバンキングで、あわててSaving から Currentへトランスファーをして、小切手を2枚切った。日本に送る封書もあったし、あわてて郵便局へダッシュ!まずい。あと30分で子供たち帰ってきちゃうーっ! ということでエスカレータを30分で往復。ぜーぜー言いながらバスを待っている間に、またもや汗噴出―っ、でタオルで顔を拭いた瞬間に「しまった」と気づいたが遅い。タオルを見てみると、あれ?ファンデーションついてない!! なぜだっと思ったのだが、
まずい。私、ノーメイクで出てきちゃったみたい。
オヤジすぎ。あー、もう私って私って、どこから見ても駐在員婦人には見えないわよねーって。いま、この目の前を、シティスーパーのエコバックを肩に掛けながら通り過ぎた駐在員婦人らしきあの人と、私はどこが違うのだ。彼女だって、TシャツにベルボトムのGパンとサンダル履きなのに! 彼女と私の違うは何なのだ。彼女にあって私に無いもの。それは何なのか。
わかった!
頭にサングラスだ!!
これぞゴージャスの証。で、でも、not my taste だなぁ。
Posted by akemi at 00:55 | Comments (0)
2005年05月16日
未だ生活のリズムがつかめないっ!
香港に着いて早2ヶ月になろうとしている。ミッドレベルズに引越ししてからも、もうすぐ一ヶ月。子供の学校も始まり、生活のリズムがつかめてきたと思いきや、未だバタバタなのである。
まず朝。
子供たちは7時47分のバスに乗ってしまう。それから慌てて家に帰って来ると、ダンナがまだ家に居る。ほどなく出勤する彼を見送り、大慌てで朝ごはんの片付けなどなどの家事をパッパとしようと思うのだが、あまりパッパとできずに中途半端なままで9時25分頃に家を出る。
もう通学経路を決定しようと思うのだが、毎日、経路が違う。この時間帯、バスが満員で乗せてくれなかったりするのだ。2台分のバスを乗り過ごすと、もうアウトだ。語学学校に遅れてしまう(初日はこれで遅れてしまった!)。最初から諦めてセントラルまでエスカレーターで降りていけば充分間に合うのだが、結局25分間くらいは歩きになってしまう。バスに乗れたら語学学校の目の前に着く上に、始まるまで悠々20分くらいのんびりできるのだ。汗もかかず。そう、乗れたらの話。
いつもと違うバスに乗って、直進すると思いきや大きく左折されて、時計をチラチラ見ながら全力疾走。着いた時には汗臭いのが気になって授業に集中できなかった! 私はまだ香港に慣れていないのだ。
帰り。
帰りは少し歩くと家のまん前に着く小バスがあるのだが、どうもそちら方向に足が向かず、ワンチャイ駅まで歩く。ワンチャイまで歩くとそのまま、アドミティ(正確には、Admiralty なのだが、アドミティにしか聞こえへん)まで歩いてしまう。アドミティまで歩いてしまったら、結局家まで歩いてしまう。ミッドレベルの坂はきつい。それも忘れて歩いてしまっては、息たえだえとなって明日こそ小バスに乗ろうと誓う。でも、歩いてしまう。セントラルまで歩いてしまったら、またエスカレータに乗る。歩いてばっかりの人生なのである。
家にて。
汗だくで帰って来てしまうので、まずシャワーを浴びる。洗濯物が増える。洗濯しながら片付けと夕食準備にとりかかる。
問題は買い物だ。
日本に居た時は、2週間に一度、幕張のコストコ(米のホールセールのお店)に車で出かけて、大量に食料品その他を買い込んでいた。1週間に一度くらいは、近くのスーパーで買い足し。
メルベンでも、2週間に一度、コールズで大量買い。2台あった冷蔵庫にパンパンに物を詰めていた。週に2回くらいは、ちょこっとコールズ又はセーフウェイで買い足し。
しかし、香港では、なかなかペースがつかめない。
月一回は日本食材(調味料など)をジャスコで大量買い(デリバリー)。その時に肉類のパックも大量に買い、と思うのだが、一人で持てる分量が決まっているので、ミルク4本買ったら、お肉は4キロくらいで手一杯なのだ。野菜買えない(涙)。冷凍食品買えない。持てないもん。生鮮食料品はデリバリーしてもらえないので、泣く泣く肉類と日本の冷凍野菜(ほうれん草、きざみ葱、さといも、ごぼう千切りなどなど。それも3パックずつ)だけと割り切って思いっきり買うのだが、まさかそのままヒルサイドエスカレーターを上りきれるはずもないので、タクシーを使ってしまう。あー、もったいない!!(70ドル弱なんだけど、MTRだったら、と思うとねーっ!!)
月に1回はWellcomeスーパーのオンラインショップで、その他のもの、米(30キロ)、トイレットペーパー、キッチンタオル類、洗剤類、缶類、調味料類、スナック類、根菜、パスタ類、粉類、シリアル、当面のパン、溶けちゃうのを覚悟で、ミックスベジタブルなどの冷凍モノなどなどを注文。しかしこれが曲者。欠品の多いこと多いこと。ご丁寧にお電話を下さるのだが、どうしようもないのでOKを出して、それ以外を届けて頂く。
ジャスコもウェルカムからも、ものすごい量のダンボール箱が届く。じゃがいも一箱、玉ねぎ一箱、米ニ箱、みたいな感じで来るのだ! それを開封するだけで一時間くらいかかってしまったりする。そのダンボールを畳んでゴミに出す作業がもう、なんだか勿体ない気がする。リサイクルされるんだろうけど、自分で買いに行ったら、それもコールズバック持って行ったら、何の資源も使わないですむのにと思ってしまう。まだ慣れていないのだ。
学校帰りに市場で野菜を買うも沢山持てない。デイリー食品をちょくちょく近所のパークンショップへ買いに行く。牛乳4本買って、卵と大根と白菜いれたら、もう持てない(涙)。やっぱりカラカラを引かないとダメかもしれない。
そんなこんなで2日に一度くらいは買い物に出かけなければならないのだ。しかも、ケチャップもマヨネーズも1キロ以上サイズが欲しいのに、小さいのしかない。だからまとめて数個買う。ケチャップなんてオムライスしたら一回ででかいのが一本半空いちゃうのに、またゴミが増える。あー、もうどうしたらいいのだ。パンを作ろうと思うのだが、強力粉5キロサイズなんて見たことない。おまけに家に備え付けのオーブンは、我が家にとってはとんでもなく小さいサイズなのだ。ピザ焼くのにも小さいものを焼くしかないので、数回転させなければならない。
なんだかもう、まだバタバタしているのだ。郷に入れば郷に従え、だから、こういう買い物パターンではいけないのだろう。毎日マメマメしく買い物に行かなきゃいけないんだろうな。ネットでホールセールのお店を検索して、その中でリテイルショップを出したぞ!という情報を見て、メールで住所を問い合わせるも、行って見たら、ただの高級輸入グロッサリーでがっかりなんてこともあった。やっぱり車のない生活は、我が家には限界なのかぁー!!
Posted by akemi at 23:40 | Comments (6)
2005年05月13日
語学学校レポート
結局二日目からノルウェー人は顔を見せなくなり、ずっと3人でコアな授業を受け続けている。2時間が長いこと長いこと。リーディング、ライティングなんてするレベルじゃないから、ずーっとスピーキングで四声やら発音やらを直されまくっている。
前にも書いたが、一時間目の先生は英語ベラベラの先生なので、みんなも色々と英語で質問したり、自国の話なんかを英語で答えたりしている。途中、ちょっと退席している間にホワイトボードの文字が増えていたので、あわてて私はそれを写し始めた。先生はその意味を英語で教えて下さるので、私はいつもならそのまま英語でノートをとるところ、急いでいたためいきなり日本語(漢字)をノートに書きなぐったのである。それを見ていたカナダ人。すっごーい衝撃を受けて叫んだ。
アケミは(中国語の文字を)コピーできるのか!??
って言われて、私は笑いが止まらなくなってしまった。だって、書けるのか?じゃなくって、コピーできるのか!!(つまりコピーすることすら不可能だと言いたいのだ、彼らは。その気持ちはわかるが)そして、私は日本語にも中国語と同じ様な漢字があるから、意味はわかったりするのよ、なんて言ってしまったのだ。
さて二時間目は、英語の全くできない先生である。英語は簡単な単語もほとんど通じないくらいの生粋の普通語の先生である。彼女自身、すごく美しい発音をして下さるので、いつも惚れ惚れとして聞いているのだが、私たちの話す、なんちゃって普通語、はぜんぜん通じない。四声が正しくないと、全く理解してもらえないのだ(って普通はそうか)。
そんな中での授業なのて、すごくスリリングなのである。先生が質問をして、それに私たちが習った構文、単語を使って返答をするというパターンが多いのだが、これが日本人だけのクラスだったりすると、生徒達は質問の意図を的確に判断して、求められる答えを、習った構文習った語彙の中から答える。皆さん、よく出来ましたねー、で次のレッスンに進めるはずなのだが。
しかし。
いかんせん、いっぱい話したい人達なのである。構文とか語彙とか、もう全く無視で、言いたいことが一杯あるので、それをそのまま英語と中国語ごごっちゃにして、とりあえずトライしてみるのだが、先生全く理解できず。
そこで二人の視線(プラス先生までも!)が私に向く。要は、
漢字で書いてくれ!!!
筆談しろってことかいっ。
いやー、それにしても4日間通ったわけなんだけど、やっぱり日本人って有利よね。音を聞いただけで、何となく漢字が見えるというか。それにしてもダンナが言うのだが、お前それはちょっと遠回りな道なんやないか、と。要するに、中国語学習においては日本人向けのクラスに入った方が早く習得できるんじゃないかと言うのだ。かもしれない。でも、これもまた楽し、なのである。
Posted by akemi at 21:26 | Comments (0)
イオンストレートパーマ298ドル
私の髪の毛は生まれつきのクセ毛で、だいたい年に一回くらいストレートにするために何らかのアクションを起こさねばならないのである(じゃないと耐えられない!この湿気!!)。
実は、メルベンに行ってから、現地の美容院に突撃しては玉砕するという経験を何度もしたため(日本的縮毛矯正なんてものにはついぞ当たらず、結局ストレートパーマをあてられて枝毛ボーボーになってしまった)、最終的には、日本の方がやっている美容院で、日本からとりよせたパーマ液で縮毛矯正して頂いた。彼女の技術は素晴らしくて、日本円にすると3万円超という値段にもかかわらず大満足の私であった。日本ではセミロングでカット込み2万円超。だから1.5倍というのは私にとっては納得のいく料金であった。
で、引越しのゴタゴタ、子供の学校バタバタが終わったので、やっとのことで自分の髪の毛に目がいく。実は目をつけていた美容院があったのだ。ヒルサイドエスカレーター脇にあるお洒落な美容院で、イオンストレートパーマが298ドル(約4000円弱!)と書かれていたのを私は見逃さなかった。先週末、ダンナをふくめ、我が家の男4人がそこでカットして頂いたのだが、ものすごい上手!(めちゃ安!もちろんシェンワンあたりの激安に比べれば高いけど、シャンプーブロー付で、英語通じるからいいや)そのハサミさばきを見てしまった私は、勝手にパーマも上手と思いこみ、その店に突撃。時間はどのくらいかかるかと聞いたら2時間というので、あー、これは縮毛矯正ではなくって、いわゆるストレートパーマね(日本のストレートパーマは1万円超くらい)と思ったのだが、それにしても半額以下。やってみる価値アリ!
席につくとカッコいい兄ちゃんが私のところにやってきて、薬に種類が色々あるんだけど、どれがいい?と聞いてきた。なんだ298ドルじゃなかったのかと思いきや、彼の説明によると、一番高いのがUS製ので、二番目と三番目に高いのが日本製で、と言ったところで、私は「日本製、日本製!」と大喜び。えい、このさい高い方で、と日本製で一番高いものでお願いした。598ドル。うーん、当初の予算の倍。でも日本製のパーマ液だから、信頼おけるよねー、で時間はどのくらい?と聞くと、「うーん、3時間半くらいはかかると思う」と言うではないか!!ををを!それはかなり縮毛矯正ライクな時間の目安ではないか!!俄然喜ぶ私であった。
で結果的には、日本の縮毛矯正と全く同じ(より丁寧な気が。私は3年前の日本しか知らないから進歩してるのかしら?)であった。カットも含めて700ドル弱(約9000円)だったのだ!!! 竹之内豊似を含め男前二人が私にかかりっきりで、しかも日本の半額以下! こりゃーもう、日本になんか帰れへんで、全く。カットもすんごい上手。よし、今度はカオルを連れて行って、イマドキのすんごいクールなヘアーにしてもらおう!
Posted by akemi at 20:50 | Comments (0)
eBay Fishing Message.....
Today, I received a strange email from eBay... Actually, I’ve NEVER ever visited the website and also never used it... I thought my husband might have used it for me... but strangely enough, the mail was to “Aken”, not to my full name.
I know it must be a kind of “fishing messages”, so I shouldn’t touch any clickable URLs... Of course!!! Never touch.
BUT
I had done... something!!
The email said that eBay identified some unusual activity in my account!! (it’s hardly possible there is my account in eBay UK!) So I had thought someone might have used my name “Aken” with my email address and done anything on the website! I was shocked and I HAD replied the email. I wrote,
I have NEVER ever visited your website and never used it. Please remove any accounts related to me!!
I’m TOO STUPID!! I told them the email address was still active!!
And soon after, an email from eBay (or something) was delivered to me and said,
We regret to inform you that your eBay account could be suspended if you don’t resolve your problems.
So what???? And the email suggests me to CLICK a URL!!!
Anyway, I recommend you not to touch any emails from eBay Account Review Term….
Posted by akemi at 20:05 | Comments (0)
2005年05月12日
どの英語を学ぶべきか
これから英語を勉強したいのだが、米英語を勉強するべきか、英英語を学ぶべきか、どちらが(就職、転職に)有利なのか、という声を耳にすることがある。実は私もメルベンの自宅でコソコソと勉強をしていた時に、同じことを考えたことがあるのだ。日本から持ち込んだ教材は、ほとんどがアメリカ英語。オーストラリアで話されているのは、ブリティッシュ英語のオージー訛り。やはりイギリス英語を学ぶべきだよなー、とか思いながらも聞いているCDはアメリカン。うーん。今になっての私なりの結論を書こうと思う。
今日も普通語(Mandarin)の勉強に出かけた。ノルウェー人が休みだったので、イタリア人とカナダ人、私だけというさらにインテンシブクラスになってしまったのだが、休み時間になって、私がカナダ人の女の子に、「実はうちの子供たち、カナディアンスクールに通うことになったのよ。でもカナディアンイングリッシュはオージーのと違うわよねー。だってオージーイングリッシュは、グダイ マイト(G’day, mate)でトゥダァイ(today)だからねー」と言ったところ、大ウケであった。どうやら、このテの話題は彼らにしてみれば格好のネタだったらしく、そこから彼らの口は大爆走。イタリア人のビジネスマンは
「イギリス人に、この前ライタはあるか、ライタ持ってるかと聞かれて、は?何なんだライタって、て聞き返しても説明もしてくれなくて、ただただ、お前ライタ知らないのかって言うから何かと思って聞いてみたら、(手でライターの火をつけるマネをして)「ライター(rrrr 舌を巻く!!)」だったんだぜーっ。じぇんじぇん、わかんなかったよー」
とか
「俺はアメリカに5年もいたんだけど、やつらはアメリカンイングリッシュ以外は、全く理解しないんだ。だから俺、1年かかってアメリカンイングリッシュになおしたんだけど、それからイギリスに移った時には、今度はイギリス人の言っていることが、ちっともわからなくって苦労したよ、全く」
と口角泡飛ばしながら大声でまくし立てる。それを聞いていたカナダ人
「アメリカ人の英語は好きじゃないわ(カナダ英語とどこが違うのだぁー!!)。English(この場合、イギリス英語を指す)はOKだな。でもスコティッシュはだめよ、絶対!!!」
それを聞いていた私。「アメリカンとスコティッシュって、カントニーズとマンダリンくらい違うの?」とトンチンカンな質問を投げかけるも
「って言うよりね、アクセントが、もーショッキングよ」
と話している彼らの英語は、私にはぜーんぶアメリカンイングリッシュに聞こえるがな。一緒やがな。どこが違うんやー。
家に帰って子供たちに聞いてみる。先生の英語はオーストラリアの先生の英語と違う?と聞くとカオルもタツミも(タカシは除外。英語まともに聞いているとは思えんがな。タツミは結局ESLの授業いらないでー、と学校から電話が入りESL費はリファンド!)、違うけど100%わかるよ、という。単語に違うはある?と聞くと、カオルの年齢レベルの話だと、全く同じなどと言う。タツミに言わせると、カナダの学校の方が英語がライト(軽い)で、オーストラリアの方が濃いらしい。わかった様なわからん様な。
しかし。
ここで結論なのであるが、「英語」は「英語」なんである。もちろん、最初のうちは、わかりにくいなー、Rが耳につくよなー、とかそういう違いはあるかもしれない。でも、理解できる範囲内にあるのだ。例えば私だって、冗談で、オージーイングリッシュとアメリカンイングリッシュの違いについて、例をあげることができる。Rの時に思いっきり舌を巻いて単語を出来るだけ繋げる様にしてみると、それっぽく聞こえる。抑揚も多少大げさにしてみる。完璧。イタリア人の彼が言った様に、アメリカ人っぽくプリテンドするっていうことは、やろうと思えばやれる。英語力があれば、なのである。だから、どの英語が有利かどうかなんて議論は、日本人がセカンドランゲージとして英語を学ぶレベルにおいては、全く意味を成さないと思うのだ。自分に縁のあった英語を、それを王道だと信じて思い切り勉強すればいい。だって英語は、アメリカ人とイギリス人だけのものではない。世界の多くの人をつなぐ、メインツールなのである。たった一つの国の人のものではない。大切なことは、「コミュニケートできる」という事実だけなのである。相手の言っていることがわかって、こちらの言いたいことも伝わる。そこにどこの英語がメインストリームか、なんてことは、どうでもいいのだ。
うーん。でも私のブロークンジャパニウーズイングリッシュだけは、ちょっと食えない気がするなー。この歳になれば仕方がないか、と歳のせいにしてみる。
Posted by akemi at 00:24 | Comments (4)
2005年05月10日
初登校
昨日から子供たちは学校に通い始めた。前日から、待ちきれなくって仕方がないチビ二人と、緊張を隠しきれない長女&長男。因みに朝食は絶対シリアルかパンというタツミ、朝は絶対ベジマイトトーストいうハルキは完全にオージー気質。朝は、お味噌汁にご飯がいいというのは、純日本人気質のカオルとタカシ。
私も一緒にスクールバスに乗り込む。20分で学校に着く。完全にタクシーと同じ。いいねー楽じゃないー、とすっかり安心。子供たち全員の教室を巡回しようと思っていたのに、大泣きのハッキーの教室に1時間スタック!(因みにハッキーの先生がすんごい面白い方で大ファンになっちゃった!授業はロックコンサートのノリ! 「Hey guys, クリスマスがあるのは何月?」「December!!」 「何月?」「December!!」「hey, 何月?」「December !!」と大声で連呼!イヤでも覚えちゃう(笑))コンピュータに彼が夢中になっている間に、後は先生にお願いして大慌てで他の教室を覗き込む。他の子供たちは肩透かしをくらうほどにリラックスしていた。(理由:too many Japanese!! They were speaking Japanese in the classroom! I wonder that this school is an International School?? Not.)カオルの英語の授業用にリーディングの教科書だけ買って下さい、と言われたので、早速オフィスにテキストを買いに走り、カオルに渡す様に先生に言付けた。帰りも、各部屋をまわって先生にご挨拶がてら子供たちを回収してバスに乗り込む。帰りのバスは行きと逆順。うちのバスストップは終点だった。でも疲れるほどじゃないなー。毎日、電車やバス乗り継いで移動していた私達からすると、なんて楽チン!!
To sum up,
これはすごく感激したのだけど、ものすごくシステムとカリキュラムがしっかりしている。実は事前に各担任の先生に、それぞれの子供たちのバックグランドと性格について、考えられる問題点などについてメールを送っておいたのだが、きちんと読んでいただいて、直ぐにお返事も頂けた。これからも、Keep in touch と書いて頂いて、とても嬉しかった。この様に、すぐに先生方にメールを書けて、それをきちんと読んでいただける(要するにシステムとしてきちんと動いている)環境が整っていたこと。各教科のカリキュラムがきちんと明示されていて、親からも子供たちが今月何の勉強をやるのかが直ぐに分かること。特にESLのカリキュラムを見てみると、この学校がESL教育に関してのノウハウを持っているのだなということが一目瞭然。すごく良く出来ている。結局、タツミとタカシはESLに入れることにしたのだが、宿題の単語を見ても、決してイージーなものではない。色々な教科学習に必要な単語をピックアップして、きちんと覚えさせている。感心感心。特にタカシは、単語をうやむやに覚えていたので、それがネックとなって、リーディングの理解ができていなかったのだが、こうやって少しずつでも、色々な単語をきちんと理解していくことが、彼には非常に必要なことであったと、今更ながらに思う。
My feeling is….
とても複雑。子供たちはとっても喜んで学校に行っている。特に日本人大好きなタカシは満足度300%くらい。カオルも同じ。友達が大事なタツミは、一番最初にお友達になった香港の男の子が、いかに彼に親切にしてくれたかを、目をキラキラさせて話してくれる。ハッキーは、保育園育ちであったため、色々とワークをさせてくれる今の環境が、刺激的でたまらないらしい。全員、大満足すぎ。家に帰ってきても、宿題がたくさんあるんだー、といって全員和気あいあいと食卓で宿題をやっている。今までボアリングな生活だったから、こうやって宿題を出してもらえる学校生活の有りがたみが、しみじみとわかったらしい。
しかし。
この学校における日本人というのは、少し特殊であるということを付け加えなければならない。というのは、例えば他の国から来ている生徒たちは、英語は問題がないため、特にその国の子供たちで固まる必要性がないのだ。しかし、何故かこの学校にいる日本人は、その多くがESLに通う生徒(つまり、母国語である日本語を話す方が楽なので、日本語を話す人たちで集まる傾向がある)である様なのだ。英語が話せる様になると他の例えばイギリス系の学校に移るというのが、ある意味メインストリームの様になっている様で、その学校に残っている人達は、自ずと「(難しい英語で話すよりも)日本語で話したい」生徒たちが集まっているということになる。語学学校に通うために留学してきた大学生ではあるまいし、子供たちの中に、英語で話したいというモチベーションがあるわけではないのだ。それを英語で話せというのは無理だ。無理だよーっ!!
なるほど、こういう環境にいると、子供の英語力を心配した親御さんが、他のネイティブの割合の多いインターナショナルスクールに転校させたいと思う気持ちは痛いほどよくわかる。しかし、学校の教育システム的には、とても良いという印象を持っている私としては、うーん、どうしたもんか、といったのが正直な気持ちなのだ。でも、少なくともハッキーの学年としては、この学校はとても良い英語教育をしていると思う。日本人は多いが、あの年齢の子供は、英語の吸収力もすごくて、みんなちゃんと英語を理解して、話している。Excellent である。ハッキーはこのままでいい。でも他の子供は? 次は日本に帰るのか、他の国に行くのかわからない。あちこち転校させるのが良いことには思えないけれど、このままで本当に良いのかわからない。
実は、同じアパートに、この学校に子供さんを通わせているインド人のママさんが居る。彼女は香港に5年も住んでいるのに、どうしてこの学校に通わせているのかしらと思って聞いてみると、彼女は
「この学校のエレメンタリーセクション(小学部)はストロングなのよ」
とコブシを握り締めた。そして彼女はこうも続けた。
「私の友達が、他のインターナショナルに子供を入れたんだけど、全く基礎がなってない。カナダ式の教育が、絶対にベストなの」
とインド訛りの全くない、美しい英語で答えた。その声には、最高の教育を子供に与えているのだという自信に満ち満ちていた。彼女自身、相当なインテリだと思う。
あぁ、私は幸せなのだ。日本でもメルベンでも、そしてここでも、ママさんたちがみんな、「この学校はいい学校だ」といつも言っている学校に通わせることができた。確かに、私もこの学校は良いと思う。英語も忘れず、日本語も話せる。それで良いじゃないか。何も有名大学を狙っているわけではない。日本に帰ってしまえば、英語なんて忘れちゃう。でもここでは、それもキープできるし、基礎もしっかりできる。それに何より、子供たち曰く、お友達はみんないい子たちばっかりだそうだ。なんて素晴らしい。それでいいじゃない。
ということで、子供たちのことはこれで片付いた!と思った私は、今日は子供たちだけをバスにつっこみ、私の語学学校が始まった。最初は、やっぱり香港中文大学か香港大学だよなー、とか思っていたのだが(笑)、家でIT関係のことをごそごそするためには、語学で一日過ごしてはいけないのだ! ということで、Wan Chai (家からも近い)にあるランゲージスクールに行くことに決めた。月から金まで毎日朝9時から11時まで。もちろん普通語(Mandarin)である!クラスは、イタリア人、カナダ人、ノルウェー人、日本人(私)の4人だけ! 今まで語学学校というと、一日4時間だったのだが(韓国語&英語)、今回は2時間ということで、これのどこがインテンシブコースなんだー、と最初は思ったのだが、この人数では十分にインテンシブ!!(笑)ずーっと舌巻きっぱなしで舌が痙攣起こしそー(巻き舌の発音がいっぱいあるのよ。日本人には不可能!)。一時間目の先生は英語が堪能なので、文法の説明も英語でばっちり。しかし、二時間目の先生は、全く英語が出来ない。生徒たちの質問も????で、他の生徒さんたち焦る、焦る。どうやったら意思疎通ができるんだ!という感じでアップアップ状態。あちこちで英語が飛び交う。どうしても理解できない一人に、みんなでよってたかって英語でレクチャー。うーん。英語話す人達も、中国語を話せー、という環境でも、英語しゃべっちゃう。そりゃー、日本人がいっぱいの学校で、英語話せーって、無理だろーな、と妙に納得。
今日、ヘリテージランゲージにMandarin を選択したカオルが教科書を買ってきたので見せてもらったのだが、うげっ、私より難しいことやってるじゃないか!今日は「電話をかける」っていうのをやったのよって、本当?? 私なんて、「私は太っています。私は背が低いです」ってのをやったんだけど。そのうち追い抜いてやる。だってカオルは週4日、私は週5日、勝った!! といって幼い我が子に闘いを挑むレベルの低い私であった。今晩は予習と復習と、コンピュータ関係のごそごそをやるのだ!
Posted by akemi at 21:36 | Comments (2)
2005年05月05日
一件落着
やっと子供たちの学校が決まったのだ。子供にとって一番いい教育環境とは何かということを考えて考えて、先週末は頭が爆発しそうだった。ダンナは既に1週間の出張に出かけてしまった。
私の判断を鈍らせてしまったものは、実は某インターナショナルスクールに払った、Application Fee なのである。よくよく見学もせずにオーストラリアから問い合わせて、早々にアプリケーションも出し、そしてお金も払った。現在のところ空きはないけれども、私たちは香港に居る人ではなく、これから来る人なので、プライオリティはトップ、そして4人アプライする方が入りやすい、おまけにオーストラリアの学校から推薦状も送ってある。問題は空きがないことだけ。だから空きさえあれば入れるのだと誰もが思うだろう。そう、私たちもそう思っていた。そしてその空きは、簡単にはやってこなかった。お金を払っていなかったら、早々に手を打ったかもしれない。だが、オーストラリアで公立学校に行っていた私達から見れば、4人分のアプリケーションフィーは、とんでもない大金に思えた。もともと学校なんか行かなくても自宅学習でもいいやと思っている私だったので、待つことは何でもないことだった、と思っていた。
なかなか学校からお呼びがかからないタツミが業を煮やして聞いてきた。ボクはまだ学校に入れないの? 彼はとにかくお友達と遊ばないと死んでしまう様な子なのである。学校に行きたくって仕方がない。自宅学習でもいいや、と思っていた私は、彼の涙に負けてしまった。彼が不憫でならなかった。親としては、ここで決断をしなければならない。
そこから色々な学校に問い合わせをした。電話もかけたしメールも書いた。直接乗り込んだりもした。すぐに入れそうなところも、全く無理なところもあった。とりあえずハッキーだけは近所のモンテッソーリ幼稚園に行くことが決まったのだが、そんな時、アプリケーションを出していた学校から、ハッキーの面接日の連絡があったのだ。
私は驚いて、それでも彼が入らないことには、他の兄弟も入れないだろうと思い、いそいそと面接に出かけていった。私たちには何の覚悟もなかった。だって当然入れるはずの学校だし、こんな小さな子供に面接もないだろう。とりあえず他の子供と一緒に遊べればOKなのねと軽く考えていた私は、とんでもない認識不足であった。
面接の日、彼は私から離れて、リセプションのクラスに入れられるということだった。お母さんはオフィスで待っていてもいいし、外にでて、後でピックアップしても良いけどどうすると聞かれたので、どのくらいの時間ですかと聞いたところ、45分くらいかしら、と言われて、私はどっひゃーになってしまった。うちのデレデレハッキーが45分間も私と離れて、初めての場所で、へらへら喜んで遊ぶワケがない。
アドミンの先生は、お母さんも最初のうちだけついて行って、彼がセトルしたら教室から出てきたら、と言って下さったので、私はハッキーと一緒に教室にのりこんだ。で、そこから私は一歩も出ずに小一時間過ごしてしまったのである。
先生は冗談まじりに「こんなに無口な子は今までに見たことがなーい」とおっしゃったけど、冗談ではなかった。ハッキー情けなさすぎ。一言も話さないし、私にべったり。私はすっかり他の子供たちと遊んだりと、にわか先生もどきで喜んでいたのだが、彼はすっかり目が冷め切っていて「この学校いやだ」と言い出した。だからってー、一言も話さないなんてないでしょー、と思いつつ、最後に先生が一言。
See You Another Time!!!!
深読みすれば(深読みしないでも)別の機会にねーっ、てことだろ、要は! 落ちたなこれは、と思いつつオフィスに向かった。アドミンの先生に一応確認してみた。これは何を試すテストなの?と聞いたところ、「彼の英語がどの程度かをみるためのもので」とのこと。えー、うちのハルキ、実は一言も話さなかったんで、と言ったところで、その方曰く、「そーね、一言も話さなかったんじゃ、ちょっと難しいわね。でも先生が何とおっしゃるか聞いてみなきゃ」
とりあえず彼にはモンテッソーリがあるし、と軽く考えていたので、じゃ、プレップの学年に再度面接を受けて入れるという可能性はあるのかしら、と聞いたところ、それはもちろん大丈夫、とのことであった。
その後、子供たちと全員でマクドでお茶をした。子供たちはハッキーをサカナにワイワイガヤガヤといつもと同じ様に楽しそうにしていた。私はそれを上の空で見ていた。私には決断すべきことがあったのだ。もう、この学校にこだわるのはよそう。
ハッキーが落ちた(かどうかはわからない。結果的にその後こちらからキャンセルをかけたので、彼の合否は闇のまま)のが理由なのではない。ハッキーがごねたお陰で、私は一時間この学校の授業に潜入することができたのだ。そして気づいたことがあった。これはもう、理論でどうこう言える問題ではなく、人間の本能的(生理的)なものから来るものなのだと思うのだが、その学校の、何ともいえない
ド私立
な雰囲気が、私には耐え難かったのだ。木曜日だったにも関わらず、幼稚園児であるはずの子供たちが来ている制服が、全員とも「クリーニング仕上がり」だったこと。話す言葉、立ち居振る舞い、特に女の子から来る「私って、お金持ちのお嬢様育ち」という雰囲気が、我が家の子供たちの肌に合うとは思えなかったこと。オフィスで待たされていた他の子供たちが、何とも言えず居心地悪そうにしていたこと。待って待って、それでやっと入れる学校が、実は私たちが本当に望んでいた学校ではないかもしれない、そう思うとやるせなかった。正直言って、待つことは私にとっては苦ではなかった。それが子供たちにとってベストな環境であれば。でも。子供たちに今までとは違ったストレスを与えそうだった。私は何を望んでいたのだ。何を待っていたのだ。ネイティブが多いというだけで、学費が高いというだけで、質の高い教育だなんて、簡単に計れるもんじゃない。それはそれぞれの家庭が、それぞれの価値観で決定すべきこと。客観的な尺度があるわけがないのに。
私はいつも小学校の間は、お勉強がどうのこうのより、お友達と毎日楽しく思いっきり遊ぶことの方が大事だと思い続けてきた。それなのに何だ。香港に来て、何やらネイティブライクなインターナショナルスクールに入ることが、質の高い教育だと思う様になっていってしまった。情けない。あー、なんて私は情けないヤツなのだ。
マクドを後にした私たちは、一路、某カナダ系のインターナショナルスクールを目指した。そこはノンネイティブを積極的に受け入れていることから、自ずとネイティブスピーカーの割合が少なくなっている。以前メールで問い合わせた時には、全員の学年に空きがあると言われていたので、とりあえず見に行ってみようと思ったのだ。
この日の感動を、私は一生忘れないかもしれない。住宅地の地階を利用した玄関を入った。オフィスの場所が分からず聞いてみると、満面の笑顔で案内して下さる方がいた。中に入って驚いた。ないと思っていたグラウンドが目の前に広がっていた。時はリセスとみえて、子供たちが所狭しと遊んでいた。その多くはアジア系の生徒だった。それを見て涙がこぼれそうだった。某インターは中に入った途端、いきなり西洋社会になってしまう。どこをみてもブロンドだらけ。だけどここは、まさしく香港、アジアだ。アジアなんだから、アジア人が一杯いて当然じゃない。でもみんな、英語しゃべってるじゃないか! 何の問題もなさそうに思えた。遊んでいる子供たちが、本当に楽しそうに見えた。
オフィスの方の対応も素晴らしかった。みんな笑顔で楽しんでいる様に見えた。私はすっかりその学校が気に入って、自分としてはここに決めたと思った。
月曜日が休日だったので、火曜日にアプリケーションを提出。入学可能性についてしつこく聞き出したところ、99%は大丈夫でしょうと言われたのを受けて、先のインターナショナルスクールには全員のアプリケーションをキャンセルする様に願い出た。
オフィスでは、とにかく一日でも早く入学したい旨を伝えたところ、最短で、木曜日に面接、来週の月曜日から登校という方向で話を進めて頂いた。
今日の面接では、ダンナが出張中なので、4人の子供たちと一緒に、私がお話をうかがう事になった。面接といっても、複雑なことはないんですよ、ただ、
なぜこの学校を選んだのか
子供たちはどの学年に入るのか
というお話をするだけなんですよ、と先生はおっしゃられた。結局、この面接で話題になったのは、どこでこの学校のことを知ったのか、子供たちはどの学年に入るのか、そして来年度(9月)からの学年はどうするのか、ヘリテージランゲージは何の言語を選択するのか、ESLは必要か否か、教科書のこと、それぞれの子供たちの担任の先生(すでに決まっていて、ウェブを使いながら紹介して頂けた)、タイムテーブル、その他、こちらからの質問に答えてくださるという形で、アセスメントとは全く違うものであった。
某インターでは何も話さなかったハルキだったが、兄弟一緒という気安さもあって、しっかり英語で答えていた。カレンダーの紹介で、今週末にはスリープオーバーもあるんだよ、という話を伺っていたら、タカシが突然、行きたい行きたい!と手をあげたので、先生は、もし希望するのだったら、特別に彼が参加出来るようにしても良いのだが、全てが初めての環境でその上にスリープするんだから、ちょっとお勧めできないかなー(笑)と冗談交じりにおっしゃって下さったので、子供たちは全員、この学校は僕たちをウェルカムしてくれるんだと理解して、すっかり気に入った様子。
それからオフィスに戻り、アクセプタンスレター、インボイス、スクールバスなどについて詳細に話を伺った。一家族から4人の子供たちが入ってくるなんて、その学校史上初めてだとも言われた。それから学校内を案内して頂き、それぞれの子供たちも担任の先生とお会いすることができた。
制服を買って、家に帰ってファッションショーをしている子供たちを見ていると、本当にこの選択で正しかったのだとしみじみと思った。これでやっと香港生活、一歩踏み出せそうだ。
Posted by akemi at 22:20 | Comments (3)
2005年05月03日
サイバー攻撃
今日、外出先から戻った私は、いつもの様に自分のページにアクセスしたのだが、トップ画面が何者かによって変えられていたのだ! いくら私が香港にいるからといって、すわ、サイバー攻撃かと思いきや、よく見ると、その画面には何やら見慣れたロゴが。
そう。私がドメイン管理で契約している会社 Network Solutionsのページで
あなたのドメインは、もう Expired だから、リニューアルしないと(要するにお金払わないと)、ドメインなくなっちゃうでー
というお知らせが、恥ずかしげもなく世間に晒されていた。門前に「直ちに借金返せ」と貼り紙されたくらい恥ずかしかったのだが、きっと誰にも見られてないよなー、と思いつつあせってリニューアル。
実は、このドメインを取得した時、今はなき某ベンチャープロバイダを使っていたので、当時のメールアドレスを変更しないまま今日まで来てしまった。先方は何度もそのアドレス宛にお知らせ(多分、文書でも行っているはずだが、住所も変わっている)していたはずなのだけど、私には気づく由もない。
で最後にはサイバー攻撃なのであった。流石の私も対応を迫られ、大急ぎで某所へファックスを送る予定だったのが、そんな事も頭からすっぽりと抜け落ちて、大騒ぎでリニューアル。メールアドレスと住所変更のファックスも送る。半時間もしないうちに、先方からメールが届き私のページは即座に復旧した。うーん。すごい素早い対応。
しかし。
実は兼ねてから、私のドメイン管理会社を、現在ホスティングに利用している会社の NTT/Verio (この会社も、Hyway.net --> Verio --> NTT/Verio と変遷していったのだが)に変更しようと思っていたのだが、契約の途中だと勿体ないし、エキスパイヤした時に乗り換えようと思っていたのだが、あまりのショックにドタバタと言われるままにリニューアルし、またこんなドタバタを繰り返したくないという思いから、デフォルト1年契約を、わざわざ5年契約にしてSUBMIT!!大喜びの Network Solutions からは、契約ありがとうメールが即座に届き、それを見た私は、「し、しまった。のせられてしまった」と後悔の嵐が頭の中を吹き荒れているのである。
ということで、今後5年間は、この Network Solutions + Verio/NTT というコンサバ体制が続くのである。もっと安いサービスを日ごろから比較検討しておくべきだった。
Posted by akemi at 14:31 | Comments (0)
靴
プールサイドでこれを書いている。メルベンではプール付の戸建に住んでいたが、今住む香港のマンションにも、プールやテニスコートなどの施設が併設されている。もちろん無料。昨日はプール開きということで、今日はじめて子供たちを連れてきてみた。ライフガードの人がいる。誰もいないときでも、プールで一日中、彼はそこにいなければならない。で、彼がいるので私は安心して、プールサイドで、ゆっくりラップトップに向かう。こんな贅沢な暮らしは、今回が最後だろーなー。
ところで、カオルが突然、ママちゃんって背が高かったのねーっ、と言い出すので何かと思ったら、メルベンの時は、ママちゃんは背が低いと思っていたけど、香港に来たら、ママちゃんより高い人があんまりいないというのだ。私の身長は163.5センチ。特に高いわけではないが、それに5センチ以上のヒールの靴をはいている。ミッドレベルを歩きまわってボロボロになったので、靴を買い換えたいと思うのだが、高いヒールのしっかりした靴があんまりないのである!! カオル曰く、こっちの女の人はあんまりヒールをはいていないとのこと。うーん。確かに。言われてみると、ヒールなしの、足に優しい感じの靴ばかり。ファッションよりも実用か(もしかすると、べた靴が流行っているのかな?)と思うと、肩の力が抜けて楽である。
家探しの時、いつも沢山の資料と地図をクランプラーバッグに入れて、ヒールを履いて歩き回った。その結果、今ひどい腰痛に悩まされているのだ。仕方がないので、べた靴を履く。私のジーンズはヒールに合わせて長さを決めているので、ヒールなしの靴だとカミシモ状態になるのだ! だからメルベンでは絶対履かなかった七分丈や半ズボンを履かざるを得ず、3年ぶりくらいにスネをさらして歩き回っている。で、これがすんごい楽。湿気が多く、少し歩くだけでも汗が噴出すから、ジーンズなんて絶対はきたくない!
メルベンでは少しでも背が高くなりたくってヒールをカツカツ言わせて歩いていたのだけど、久しぶりにべた靴を履いてみると、その心地よさを大発見! 第一、こんなに坂やら何やら色々なコンディションの道を、それも速く歩かなければ流れにのれない。誰に見せたくってヒールを履くのだ!という感じだ。というわけで、郷に入れば郷に従え。ヒールなしでしゃきしゃき歩くか。
追記:ハッキー語録
彼は「果汁先生」を「かいじゅうせんせい」、「カオルンサイド」を「カオちゃんサイド」と間違って覚えている。あまりにもカワイイから訂正しないでいる。
Posted by akemi at 00:18 | Comments (0)
2005年05月01日
支配からの卒業
流行モノに疎い私は、疎い自分が大好きだった。尾崎豊の歌を聞くようになったのは、ほんの数年前のことだった。子育てに必死で感動の涙も出なくなった数年間を経て、35歳で運転免許をとって車の運転をする様になってからだ。車の中で音楽を聴くようになった。学生時代の懐かしい音楽を聴きながら涙がこぼれた。あぁ、私も少し余裕ができたんだと思えた瞬間だった。
CDの選択はもっぱらダンナの趣味で、私は彼が強引にかけるCDを聞かせられていたのだが、その中に尾崎豊の歌もあった。「卒業」を聞いて涙がこぼれたのは、自分が親の世代になったからだった。どうして、親と子供が、敵対するかの様に、支配するものとされるものという構図になってしまうのか。親側は、いつもいつも子供のことを愛してやまないのに、どうして、こういう関係になってしまうのか。支配って何? 先生がか弱き大人の代弁者って何? ざわつく思春期の彼の心の中を想像はできても、共感は出来ない。私には信じられる大人が沢山いたからだ。
TaTuの Not Gonna Get Us のクリップを見ていた時に、尾崎豊を思い出した。痛々しいほどの感受性。日本とロシアは似ているかもしれないなと思った。それを見ていた私はオーストラリアに居た。この国には尾崎豊もタトゥーもおらへんよな、なんて思いながら。(当時、オーストラリアではアンドロイドの、Do It With Madonna っていう「ったくもう(笑)」な歌が流行っていたなー。これがオージーのテンションよーっ)日本でこの歌を聞くたびに、心の中にものすごいエネルギーが沸き起こって、この歌について何か書かなきゃと思い続けていたのだが、一度オーストラリアに行くと、えーっと何を思ったんだっけ?という具合に、熱い想いでもってこの曲についてコメントすることができなくなった。同じ様に「個性の尊重」という文字を見ても、日本に居た時は、もういっぱい言いたいことあんねん、という感じだったのが、オーストラリアでは、「ええと何だっけ」というくらい拍子抜けした感情しか持てなくなってしまった。
何故か。
オーストラリアにおいては、「個性の尊重」などという概念を持ち出すことは、
「1+1は2でーすっ」と大声で演台で唱える
ことくらい、当然すぎることを声高に叫ぶ様な奇異なことに思えるからだ。それくらいオーストラリアでは、個々人があらゆる場面でリスペクトされている。
数年前、日本でミリオンヒットとなった「世界にひとつだけの花」という曲についても、私は聴いてみたくてたまらなくって、兄に頼んで録画してもらったDVDを心待ちにして紅白歌合戦の大トリをつとめる彼らを、ワクワクどきどきモードで見ていたのだが、見た感想は、
「で、何が良いのであらうか」
状態だった。この歌のどこが良いのかサッパリわからん状態で、ダンナと二人、顔を見合わせては、私らは日本人のノリについていけないようになってしまったんやろか、と少し哀しくなった。自分のテーマだと勇気づけられている日本人が多いという事実を知ると、もっともっと哀しくなった。
私が思うに、この歌のテーマは、「自分の価値観を信じて、強くそして悔いのない一所懸命な人生を送れ」ということであろう。オンリーワンと言っているが、槙原クンはナンバーワンを否定していない。横を見るな、周りの言動にビビるな。そんなものにエネルギーを使うな。しっかり前を向いて自分の人生を生きることに必死になるのだ。そう言っているのではないかと思うのだが、どうもこの歌にシンパシーを感じる日本人の共通認識は、「そうよね、私、このまんまでいいんだよね」みたいな部分じゃないのだろうか。
でも、そう思ってしまう素地が日本にはあるのだろう。生まれた時から当然の様に人間としてのリスペクトを受けて育って、だから他人もリスペクトできるという好循環の中で育っている人達とは違って、世間体なんかを気にする親のもと、個性の尊重以前に「たのむから日本人として真ん中の道を生きれるコースからドロップアウトせんとってくれ」というメッセージを受け続けた人は、大人になってからも、自分の存在とは何かについて悩まなければならなくなってしまうのだ。もうそんなレベルの話は、小さいうちにカタをつけてあげて、大人になってからの人生は、自分で選んだ道をGo Aheadするだけでよい様に、大人が支えてあげなきゃと思うのだけど。
尾崎豊がオーストラリアで育ったら、彼はどんな歌を歌ったのだろう。少なくとも支配からの「卒業」なんて歌ってはいなかっただろう。きっと彼は、もっと刺激的なNYへ行くぜ俺は!みたいな歌うたってたんじゃないかしらー?
Posted by akemi at 22:32 | Comments (1)
オーストラリアの教育を検証する(2)― コミュニケーション能力
オーストラリア人のコミュニケーション能力が高いということをここで書いてみようと思ったのだが、さて、コミュニケーション能力の定義というのは何かというと、うーん、自分でも困ってしまうのだ。私自身の定義というのはあるのだが、これが世間一般に言われるコミュニケーション能力の定義と同じなのかと思うと、どうも自信がない。ということで調べてみる。
ご存知の方も多いと思うが、英語版のグーグルで何かの定義を調べたいときは、
www.google.com にて、
define:communication skill
などと、頭にdefine: としたものをキーにして検索をかけると出てくる。何度となく検索をかけているうちに、偶然に見つけたテクだ。(ちなみに、フレーズで調べたいことは、”communication skills” とくくればOK。あまりにも初歩のTipsでごめん)
“Communication skill is the basic trait required in nurturing relationships, building a good business and in every aspect of human interactions” (Wikipedia, 2005).
さて、日本語での定義はというと、色々と探してみたのだが、下記サイトの定義が一番、私にとって的確だと思えるので紹介してみると、
「コミュニケーション能力とは、人間だけが使うことの出来るお互いの共通の記号・象徴 = 普段無意識に使う言葉や身振りなどのメッセージを使ってお互いが理解し、影響を与え、問題を解決する、などの目的を達成したり、健全な対人関係を築き上げたり維持していくための知識や能力をいう」 (江口, 2003)
とのことである。要するに、お互いのインターラクション(影響を与え合うこと)を試みる行動であって、その能力が高いということは、お互いにとっての「ポジティブな結果」を引き出すことができるということであろう。
コミュニケーション能力ということが言われる様になったのは、多分ビジネスをする現場で求められる様になった(というか、明言化されるようになった)からではないかと思うのだが、日本の教育の現場でも重要視される様にはなってきたものの、なかなかそれを身に付けるための方法論が、確立されていない様にも思う。もちろん、人前でスピーチをする、ディベートを取り入れるなど、教育現場の方たちは、色々な工夫をしてらっしゃるのだが、結果はいまひとつ。私も自分自身が、その能力に長けているわけではないので、どうすればいいのかしらと思ったりもしていたのだが、オーストラリアに来てしばらくして、あー、と思ったことがあった。コミュニケーション能力って、何やら難しいことの様に思っていたのだけれど、要するにこの能力のベースにあるものというのは、何も難しいことではない、と気づいたのだ。
ここからの話は、ビジネス上で必須のコミュニケーション能力を身に付けるためのノウハウ、という高度な話ではない。もっと根本的なところ、対人関係に恐怖を抱き、傷ついたり傷つけたり、相手との距離をはかりかねて、結局何のアクションも起こせない、というレベルで悩む人が多い、という日本の現実と、メルベンでの人達の生活を見比べた時に気づく、決定的な違いについて書いてみたいのだ。
英語が話せない一番の理由は、インプットとアウトプットが少なすぎる、ということにつきる。コミュニケーション能力のベースも、これと同じことが言えるんじゃないかと思うのだ。要するに「人なれの度合い」の違いに起因するんじゃないかと思うのだ。というのは、オーストラリアでは、そりゃもー、朝から晩まで、どこに行こうと、誰に会おうと、見ず知らずの人だろうが、隣り合わせた、同じ場所に居合わせたというだけで、あぁこうも話題がつきないわねー、と言うほどにしゃべりまくりなのだ。スーパーに行く。このお客さんは、レジのお姉さんと友達なのねー、と思ってみていたら、結局、どのお客さんに対しても、今日何があったとか、さっきこんなことがあった、とか色々な話をしているのだ。それだけではない。年がら年中、バーベキューやったり何かにつけて家族や親戚が集まっては、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃパーティー三昧。もちろん子供だろうとあちこち登場させられる。レジになれべば子供だって、大人顔負けに世間話をして帰るのだ。チケット売り場に並んでいたら、前後左右で他人同士が世間話。
この現象を客観的に評すならば、娯楽の少ないオーストラリアでは、こういう人間付き合いが最大の娯楽である、と言えるかもしれない。ディズニーランドもない、朝から晩まで刺激的なテレビ番組のオンパレードというわけでもない。コミック雑誌も全然ない。第一、子供たちがテレビの前でじっと座っているより、やんちゃに遊ぶ方が大好き。親の方も勉強なんかせんでもええ、とにかくオージールールのフッティができなきゃあかんで、みたいなお国柄であるからして、朝から晩まで、ありとあらゆる場面で、人間同士があちこちでインターラクションおこしまくっているのである。慣れるはずである。場数が勝負であるからして。
で、片や日本の環境はというと、朝起きて、家族全員におはようと言ったのか言わないのかわからないうちにテレビを見ながら朝ごはんも食べたんだか何だか。気づいたらいないから、あー学校に行ったのね。学校行ったら先生が一方的に話す。帰って来るや否や、塾に行かなきゃ。MP3プレーヤーを耳にして黙って電車に乗る。時々携帯メールを送る。コンビニで立ち読みしながら何も言わずに弁当を差し出して買う。ありがとうも言わずにコンビニを後にして帰路につく。家に帰ったら「ただいま」も言わずに自分の部屋に直行してネットサーフィン。こいつムカつくと激しく汚い言葉をガンガンと掲示板に書き込んでほんの少しの優越感。
って状況で、コミュニケーション能力がつくわけないやんか。場数踏まなすぎ。どこで練習するつもりか、と考えるとかなり哀しくなってきてしまう。そんなんだから、時々まともにコミュニケーションをとろうとして近づいてくるおじさんに、「うっせーんだよ」とか言っていきなり暴行してしまったりんじゃないかしら。小さいうちから、色々な場面で、子供たちも話をさせてあげなきゃと思うんだけど、話もしないで事足りる、という状況があまりにも多すぎて、機会が少なくなってしまっているのが日本の現実なんだろう。
ところで、ここ香港はというと、日本よりも狭い場所に多くの人がいるため、あらゆるインターアクションの機会がある。見たところ、おしゃべりなお国柄なのか、それとも社会のシステムの違いなのか、私みたいな外国人でも、何かと話をさせられる状況が多い。ここ香港に、個人的な友人がいるわけでもないのに、何やらあちこちで声を出しているのだ。何だかすっごーい下町に住んでいる気分で、ワクワクと毎日が楽しいのである。
コミュニケーション能力というと、何やら特殊技能の様に思ってしまうのだが、これも場数の問題で(というのは数をこなすと、相手の反応とかを学ぶ機会が格段に増えて、相手の顔色だとか、言葉尻だとか、そういうものから感じ取る機会も増える)、まずは小さいうちから人なれさせていくということが、日本の教育に必要なんじゃないかと思うのだ。しかしそれができない現実ということも、私は充分にわかっているのだ。ちょっと話しかけただけで、相手に殴られて私は死んじゃうかもしれないという恐怖感が、東京に居た時の私にはあった。そんなリスクをおかしてまで、コミュニケーションをとろうとは思わない。どうして日本はこんな国になってしまったのか。私みたいなただの主婦が、わかるわけもないか。
Reference
江口 恭子. 2003, コミュニケーションについて (2), [Online. Internet.] Available:
http://www.sla.or.jp/seminar/lifeplanseminar22.html, Accessed 30 April, 2005
Wikipedia. 2005, Communication Skill, [Online. Internet.] Available:
http://en.wikipedia.org/wiki/Communication_skill, Accessed 30 April, 2005
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