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2005年02月09日

情報過多が私を苦しめる

メルベンには2年半居たことになる。

今日、引越業者さんが見積もりにいらっしゃったり、あわてて歯の治療に行ったりしている。ここ数日、色々な人と話をする機会が増えた。メルベンを離れる、ということが最大のトピックだったのだが、ばったり街角で出会った友達とカプチーノを飲みながら話をしたり、子供のクラリネットの先生と、普段は用件だけの話なのに、何故か人生についての話で長電話してしまったり、子供の学校の先生や、お世話になったママさん友達と立ち話したり、最後の最後で、やっと、この街にコミットメントし始めた様な気がしている。最後だからと、お互い思っているからなのだろうか。とにかく、勉強も何もしてない完全フリーな立場で過ごすこの時間が、実は一番、英語学習の早道だったんじゃなかったのかな、と思ったりもする。ガリ勉している場合じゃなかったかも知れない。

とにかく、子供たちの学校だけが懸念だ。次に行くのは香港。日本ではない。しかし、多くの情報が日本語でもたらされる。日系スーパーから日系書店、ダイソーまであるらしい。食べ物、生活、何も困りそうにない。何をするにも英語で、未だにフーフー言ってはいるが、自分からアクセスしない限り得られない、ここでの日本に関する情報が、今の私には適度な量だったのかもしれない。あまりの情報量に、消化不良気味である。

つい数ケ月前、私はこんなことで涙を流していた。メルベンでビジネスを学ぶ意味はあるのか?(実はこの問いは、某サブジェクトのパーソナルジャーナルにも書いてしまった!)その時の私だったら、武者震いしているはずだ。香港こそ、旬のビジネスを体感できるはずだと。今、ジリジリと実感し始めていること、それは、メルベンというのは、私が思っていた以上に田舎だったということだ。人間の幸せというベクトルがある。人間らしい暮らしという尺度もある。そういうものにおいては、ここ、メルベンは最高点に限りなく近い。でも、私は昨年、確かに熱くなっていた。どんな環境でも、自分を奮い立たせて、自分をインプルーブさせる方向にもっていくことが出来た。目指すものはもう少しで手にできそうだった。ところが何だ、このザマは。ビジネスの世界で生きていくんじゃなかったのか、それなのに、日本語の商業主義的情報群が、これほどまでにエネルギーを消耗させるものだったのか、とフラフラになっている。理由はわかっている。自分の焦点が定まっていないからだ。でも仕方がない。すむところ、子供の学校、そんなもの全てをsettleしてから、自分自身のメルベンを総括せねばなるまい。

Posted by akemi at 2005年02月09日 20:47

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