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2004年12月30日

アツイコトバ

私にはスーパーヒーローが何人もいる。

両親が傾倒していた松下幸之助氏。そして学生の頃からの私のヒーローは、スティーブ・ジョブズと大前研一氏。そしてこの数年の私のヒーローは、私が勝手に、タロちゃんとダイちゃんと親しげに呼んでいる私と同世代のこの二人、杉村太郎氏と松本大(おおき)氏である。

実はダンナの屈折した嫉妬(?)のために、私はこの二人の本を買えない。ファンなのに一冊の本も持っていない。杉村太郎さんの英語の王道は、東京に居たときに何度も図書館で借りて、必要な部分は手書きのメモで残しておいた。でも、この本がなければ、私は大学院に入れるかもしれない、という可能性を信じることなど出来なかっただろう。

今回、初めて杉村太郎さんの本を購入して、それが今日届いた。「アツイ コトバ」である。薄い本なのですぐに読める。年末のこの時期に届いて良かった。来年に間に合う。私は今年、一年の計は元旦にありと信じて、旅行先で迎えた元旦から、合間をみつけてはTOEFLなんかの勉強をしていた。それがこの一年をハイテンションで過ごせるきっかけになったと思っている。だから、来年も正月早々からガンガンいくぞと思っていた。目標を掲げねば。この本からヒントを得て、私は来年の目標を以下の三点にしぼった。

1、 自分から出す (p.18-19)
今年一年、私は真面目だけが取り柄の学生だったけれど、来年度は何と思われようとも、ガンガン発言してクラスのムードを盛り上げるのだ!

2、 コンパクトにする (p.38-39)
最近のブログをはじめ、私の言うこと書くこと、グダグダと言い訳めいて長い。エッセイ書くつもりで、論点を明確に、全てコンパクトにするぞ!

3、 シコミをする (p.54-55)
「死ぬ気」のハイテンションの感覚はつかめた。でもそれだけじゃ単なる短距離ランナー。これからはその後の具体的な目標を見据えて、三歩先のためのシコミをする。

これに加えての一年の目標は、今までの自分と違うことをやってみよう、ということ。実は、私は選択に困ったときに、まず困難な道、人と違う道を故意に選んで来たところがあったのだが、一種自分自身のパターンに新鮮さを失っていることを発見した。一種法則性があって、傍目には大胆な動きに見えているかもしれないが、自分自身においては、いかにもあけんっぽい動きだなと思う。違う動きをすることで、違う物の見方ができるかも。そして会話の幅を広げるのだ! 来年もどうぞよろしく!


Posted by akemi at 01:04 | Comments (0)

2004年12月23日

あけんのブログを読むダンナ

「あーっ、もう、だから何が言いたいんやー。話ながすぎ。頼むから結論を先に言ってくれ、結論を!」

とマックに向かってブツブツつっこみを入れているダンナを横目で見ていたのだが、

「あのねー、頼むから読まへんとってくれるー?アタシのブログ」

「何言うてんねん。公開されているもんやから誰が読んでもかまへん。けど、読むだけ時間の無駄やった。あー、頼むからこんなに長い文書かんとってくれ」

と前回のブログの内容にクレームをつけるダンナであった。あんた、あけんさんのファンなんか。読むなー!!

「じゃー、なんでこんなもん公開すんねん」と不振そうに振り返るダンナ。

えーと、ここで解説。我が家の書斎には、机が二つありまして、一つは暖炉脇の私の机。目の前には、スキャナー、コピー機兼用の複合プリンターやらソニーのデスクトップバイオと、東芝のラップトップ、その他、ほとんどのペリが私の机の前にならんでいる。壁には、「集中力、concentration」と大きく打ち出されたA4の紙やスケジュール表がでかでかと貼られていて、その横には相田みつを氏の「道」の色紙が置かれている。雑然とプリントアウトの紙が積まれていて、その横には、インストール頓挫中のLinuxの本やら英語学習関連の本が常に鎮座。

私の机から見ると、右側の壁に沿う形でダンナの机があり、その上にはアップルG5とデジカメやデジタルビデオ、英語の学習用のCDプレイヤーがある。G5でダンナがネットサーフィンしていると、私の目からはダンナの後姿とモニターが見えるが、彼からは私の姿は一切見えない、という感じである。ということで、私が涙ながらにブログを書いている横で、ダンナはいかにもピンク枠で、マネージメントとかビジネスとは関係のないネットサーフィンをしているのがモロに見える。私ひとり熱くなって、人生の根本を問いかけているときに、ピンク枠のブラウザが見える。ウルウルの目のまま、右足のスリッパに自ずと手がのびる。後頭部どついたろか。

とにかくだ。自分自身もこうやって生き恥さらしてうじうじとブログを書いていると、それを客観的に見ることができる。あーあ、あけんさんって、青いというか、要するに恵まれた環境にいらっしゃるのねー、ということがわかる。ダンナは、がなりさんにその文送ってボロクソに言われてこい(註:我が家では最近、高橋がなりの虎の声ブログがホットである。うちのダンナは、毎日、俺のことをがなりと呼べとすっかりシンパシーを感じている様子)、とか言っているが、それをするまでもなく、自分の状況がよく理解できている。要するに食うに困っていたら、そんなところでガタガタ言うてへんやろ、ということで、ガゼンやる気を取り戻しつつあるのであった。そうだよなー、大学生の頃なんて、会社訪問が、最後の方では完全に趣味化してたくらい、やる気みなぎってたもんな! それを思い出さねば。いまの私の最大の不安は、技術的な部分よりも、まず英語、英語、英語。インタビューでうまく受け答えできないんじゃないかということが不安材料なのだから、とにかく英語力を上げなければ、不安解消できないと自己分析。来学期には、Work Placementという科目を選択することができるのだが、それをとろうかどうかと迷っていた。つまり実際の仕事にぶち込まれるというサブジェクト。インターンみたいなもんか。それを選択することにびびっていたのだが、これもこなせないようでは仕事なんてつかめない。それがよくわかった。びびってやめるよりも、恥かいて泣いて、それでもしがみついてという方が自分にプラスになるのだということは、経験上よくわかっている。今年一年、何もしなかったら、私の可能性は幾許も増えなかった。失うものなんてないんだから、玉砕あるのみ!

Posted by akemi at 01:03 | Comments (0)

2004年12月20日

いつになったら私は自分に自信が持てるのだろう

実はつい先日、ささいなことで涙をポロポロと流してしまった。

普段は優しいはずのダンナも今回ばかりはいい加減にしてくれとばかり、頼むからそんなことでメソメソせんとってくれ、と冷たい態度。何をメソメソしていたかというと、自分では認めたくないけれども、やっぱり自分にもこんな人間の弱さというか、見栄や意地みたいな、人間の人生の本道からは関係のないところの問題である。

きっかけはというと、友人宅におじゃましてお話をしていた時のことだった。アメリカに長く暮らしていた彼らから、アメリカの教育の話を聞いていた。ご本人は、日本のいわゆるトップ大学を卒業して、現在研究者としてこちらにいらっしゃっている。アカデミックという観点から見ると、これ以上ないというトップクラスの人である。彼らは、オーストラリアの教育も日本の教育もアメリカの教育も見てきたが、結論として私たちにはアメリカの教育が一番良いという印象を持っている。ハーバードなんかに行っている人間は、単に頭がいいだけじゃなくて、人間的な魅力の幅がものすごい。やはりアメリカという国は、世界のトップとなるべき国なのだと思わせる魅力のある国なのだという話を聞いた。

私はアメリカへ行ったことがない。そして、私は一流、トップと呼ばれるところに身を置いた経験が一度もない。自分自身、一流になりたかった。一流になって、一流と呼ばれる人たちと話をしてみたい。一流になるには、一流の中に身を置いて切磋琢磨するしかない。でも、一流の中に身を置くには、自分自身も一流でなければならない。

そんな、ニワトリが先か、卵が先か、みたいな話にはじまって、私は卒業した大学も三流だし、就職した会社も業界トップじゃなかったし、今いる大学もトップには程遠いし、オーストラリアはビジネスする上でもトップ国とはいえないし。そんなところで、多少良い成績をとったからといって、井の中の蛙もいいところだ。私は努力することにかけては、多少、才があるのかもと自惚れていた。でも、例えば日本でトップ大学に入る様な人は、もともと頭の作りが違う、そう言ってしまうと、彼らが何か楽に大学に入った様にも聞こえてしまうが、違うのだ。そういうトップになる人たちは、努力においても一流なのだ。つまり、私は努力することにかけても、三流なのだ。

そんなことをダンナの前でブツブツ言いながらポロポロと涙を流した。ダンナは、お前は要するに、ステータスが欲しいのか、他人にカッコよく見られたいのか、アホか、と話にならないとでも言いたげに、私に背を向けてパソコンに向かう。その背中を見ながら、またポロポロとしながら、「でもね達ちゃん。私さー、いつになったら自分を許してあげられるのか、それもわからへんねん。いつまでたっても、自分に自信がないねん。でも、なんで自分に自信がないのか、自分ではホンマはわかってんねん。私は大阪人やから」

ダンナは、あーもう、わけがわからんことをまだ言い出しおった、という感じで振り向きもしない。

「大阪って、もともと商人の町やから、権威がどうの、ステータスがどうの、そういうもんがなんぼのもんやねん、という感覚があるねん。じゃ、何が大事か。お金なんや。要するに、お金かせいで、なんぼのもん、という感覚がある。どんなカッコええこと言うても、一銭にもならん奇麗事言ってても、アホかという感じがあるんや。要するに、金稼いで一人前。今の私は、お金を稼げていない。これが一番、自分に自信をもてない理由。で、稼げる体質にするために、手に職つけるために大学院に行った。それでもまだ、自信が持てない。これから就職活動をしようと思っているのに、ビビッて前に進めない。そんな自分が情けなくって、どこまで行けば自信を持てるのか。いわゆるトップの大学にでも行けば、自信が持てるのか、そんなことばっかり考えてるねん」

ダンナが振り向いて私に言った。「甘えんな。お前はただ、甘えてるだけや。基本にもどれ。お前は何のために大学に行ったんや。博士号とるためか?勉強が趣味なんか?違うやろ。職を手にするために行ったんやろ。そしたら、まず稼げ。就職活動して、面接受けて、全社から不採用通知をもらって、それもまた経験や。昔のお前は違った。インドで会った時のお前やったら、そんなところでメソメソしてないですぐに行動してたやろ。なんか、お前も弱くなったというか、情けなくなったというか。」

そんなこと言わないでよ達ちゃん。もっと泣けてきちゃうから。

大阪育ちの私は、お金稼いでやっと一人前、みたいな感覚が小さい頃からあった。大阪人がお金を話題にすると、他府県の人は誤解をする。お金に卑しい、お金に汚い、世の中お金だけだと思っている人種だと。違う。私にしてみると、例えば東京などの人の方が、お金に対して過剰な感覚を持っている様にも思えてくる。お金は単なる尺度である。そして、どうしてお金が稼げるのか。それは人様のお役に立っているからなのだ。お金を稼げるということは、世の中の、人様の役にたっているということに他ならない。役にも立たないものに対して、人様がお金を出したりはしない。大阪人にとって、お金を稼ぐということは、単に自分でがっぽり儲けて、ということではなくて、人様のお役に立って、なんぼの人間なんや、という感覚が多分に含まれているのだ。つまり、そういう感覚が染みわたっている私にとっては、専業主婦で経済の消費部分にしか携わっていない自分は、一人前でないのだ、という感覚があるのだ。何も、私の考え方が正しいと言っているのではない。他人さまの生き方を批判しているのでもない。ただ、私が、私自身の価値観の中で、一人前でないから、一人前になりたい。真っ当に働いて、税金納めて、人様のお役に少しでもたって。そうじゃないと、死ねないよー。

私は昔から、どんな仕事だろうと、お金を稼ぐことは大変だと思ってきた。色んなアルバイトをしたが、簡単で、楽で、そんなものは一つもなかった。子供を連れて入ったマクドで、お友達のママさんがパートとして働いているのを知ったとき、そしてまた、この前はメルベンの日本食レストランに入ったところ、そこでママさんが働いているのを知ったとき、私の胸はドキドキしてどうしようもなくなった。そして、消費側にしかまわっていない自分が、どうしようもなく食えない人間に思えて、何とも言えない涙を流してしまった。その日本食レストランには、私と同じ様に、ランチに訪れた駐在員夫人たちがたむろしていた。ランチを食べて、デザートも注文して。大声で笑って、楽しそうだった。きっと、そこに居合わせた彼女たちの誰一人として、働いている彼女を羨ましいなどと思ってはいないだろうと思ったのだ。だって彼女たちはいわゆる勝ち組。自分自身、働く心配をする必要がないほど高給とりのダンナがいて、値段も見ないでメニューを注文している。もちろん、彼女たちは私と違って、家庭をもっともっと大切にしている。家はいつもきちんと綺麗にして、晩御飯もきちんと作って、ほんのちょっとの息抜きのランチを、誰にとがめられるはずもない。それでも、私には、そこで働いていた友達のママさんの姿が、まぶしくて正視できないほどだった。きりっと引き締まった顔つき。お客様への気遣い、てきぱきとした仕事の手つき。カラカラと笑う女性たちの横を、目立たない様に、でも無駄のない動きで通り過ぎる。どんな仕事でも、働く人の姿は美しい。お金を頂くということは、大変なことなのだ。そして、キラキラと輝く彼女を見て、初めてとは言え、駐在員夫人として日本食レストランで高級ランチを食べている自分を、歯がゆく見つめるもう一人の自分がいた。私は勝ち組、何が悪い、私は家庭を守るという大役を果たしている、とドーンと胸もはれない、私は汗を流してお金も稼いでもいない。どっちつかずのうじうじの私。ダンナが愛想尽かすのもよく理解できる。

だいたい、貧乏性の私が、大学の休みでヒマになったからロクなことがない。人間、時間ができると、どうでもいいことばかり考える。それも全く生産的でないこと。やっぱり貧乏性は貧乏性らしく、毎日毎日、忙しく過ごさなくっちゃ。


Posted by akemi at 01:02 | Comments (4)

2004年12月18日

ハニージョイ(Honey Joys)

今日から子供たちもホリデー突入! 今日はカオルのお友達の二人のEちゃんのバースデーパーティーが、学校の近くの公園であった。

今日のバースデーは「有名人のカッコをしてくる」という条件つき。といっても、ここが気楽な公立の学校。髪の毛がアフロの子はいつも通りに来て「ガイでーす」(去年オーストラリアンアイドルで優勝したアフロヘアのシンガー)、ロン毛の男の子も、そのままで「ベッカムです」とかやっていた。で、カオルは、黒髪のロングヘアで、私のサングラスのガラス部分を抜き取って、赤ぶちメガネにエプロンをして「Kylie Kwongです!」とやっただけ。彼女は、こちらで人気のある中国系オーストラリア人の料理研究家。BBQを楽しんで、みんなでクリケットしたり。これが私立の学校だと、衣装一揃え新調しないといけないんだろうなー、などと勝手な想像をするのであった。

時間より早めに迎えに行った私たちにも、あるお菓子が振舞われた。ハニージョイ。これはどんな味がするのかしらんと、ローカーブダイエット中だというのに食べてしまった。振舞われたその時、私と同じく子供が4人居るママさんに、「あなたが作ったの?」ととても驚いていたところ、何故か少し怪訝そうな顔をされてしまった。うーん、変なこと聞いちゃったかしらん。帰りの車の中で、しきりにそのお菓子のことをホメテいたところ、カオルに、「そんなに美味しかった?でもあれ簡単に作れると思う。コーンフレークにハニーからめただけでしょー」とか言っている。で、ネットで調べてみたところ、カオルちゃんの大正解。あまりに簡単そうなのですぐに作ってしまった。

ハニージョイのつくりかた

バター、砂糖、ハニー 各大さじ3
コーンフレーク 3カップ

バター、砂糖、ハニーを火にかけて、とけたところにコーンフレークを入れてまぜる。それをペーパーカップに少しずつ分けて、低温のオーブンで5〜10分焼いてから、とりだして冷ます。

だけなのである。とっても甘いのだが、例えば、ママさんたちのティータイムにお茶うけにちょっと食べると、結構イイ感じだと思う。思うに、このコーンフレークも、アーモンドスライスや他のナッツ類などでも応用がききそうなのだ。なるほど、こんなに簡単なもんに対して、「あなたが作ったの???」などと言えば、バカにしたみたいな感じだったのかも。えーん、まだまだ英語がナチュラルになんないなー。

Posted by akemi at 01:01 | Comments (0)

2004年12月12日

危うし!マスターコース!

成績も出たことだし、そろそろ来学期のお金も払わないと、履修できなくなっちゃう、と思いつつ、学費納入の請求レターを見ると4学科分の金額が印刷されていた。

一応念のためにと思って大学のインターナショナルオフィス(留学生の入学などは、一括してここで行われる)に、3学科分だけでいいですよねー、と問い合わせてみたところ、大変なことが発覚してしまった!! なんと!私の受け取っていたコース変更に伴う再登録のためのレターは、「Conditional Offer」となっていたのだ。とにかく、お金を払う前に、あなたのコンディションを満たさないと、と言われて、私のコンディション(入学に伴う条件)って何なのーっ!!と詰め寄るようにして聞き出したところ、successful completion of your graduate diploma(グラジュエートディプロマを修了すること)だそうだ!そこで私はマジギレ寸前で、私は既に卒業のための8科目はおろか、9科目も履修して、すべてH1だったんです。これでどうして修了と認められないのですか?とまくし立てたところ、とにかく、コースコーディネータにcompression letterを一筆書いてもらえばいいといわれてしまった。

しかし、既にコースの全授業が終了してすっかりホリデー中。コースコーディネーターというのは要するに某レクチャラーのことで、いま彼がどこで何をしているかなんて、さっぱりわからない。いきなり教授に電話して一筆書いてくれと言うのか!!! 半ばやけっぱちで、学部オフィスにメールを送る。こんなこと言われたのだが、やっぱり私はコースコーディネータに頼まなきゃいけないの?それともオフィスで私の修了を証明して頂くことはできないのですか?と。

で、ホリデー中で暇と見えて、あっという間に返事が届いた。まずあなたは、グラジュエートディプロマ修了を大学に申請しないといけない(つまり、自動的に証書が届くことはないらしい!!)、それはオンラインでできるからやってみて、それからそれを申請すると、サーティフィケイトが発行されるから、それであなたの修了は証明されるはず、というわけだ。

早速、サンキューレターを書いて、すぐさまオンラインにアクセス。知らなかった。自分でアクションを起こさない限り、証書もらえないんだー、と関心したり、日本と違うよなー、と思ったりしながら、申請完了。しかし! なんとその Letter of Completionというのは、卒業式の6週間前に発送されると書いてある。卒業式は6月(うーん、11月に修了して、卒業式が半年後なんてクレイジー!!みんな社会人だぜ、まったく。同窓会か、これは!!)その6週間前に送られてきたって、何の役にも立たないじゃないかー!!!

もう怒った。これは、ネゴシエーションの世界だなと決意。すべての処理のスクリーンショットと成績のプリントアウトを手に持ち、いざ、インターナショナルオフィスへと向かう。案の定、あなたはコンディションにミートしているの?と聞かれて、現在、こうこうこの通り、グラジュエーションをアプライしている最中で、(要するに、卒業の単位に満たないと、このグラジュエーションのアプライ画面は出てこない)、しかも、こうこうこの通り、成績もばっちりで、これ以上、どうやって successful completion を証明できるのだー!! と大騒ぎしたところ、やさしい受付のお姉さんは、ちょっと待ってて、と言って、オフィスの奥へと消えていった。きっとボスにOKかどうかを聞きに言っているのねー、と思って待っていると、簡単にOKが出て、無事、学費も納入できた。後は、マスターコースの正式オファーを受け取るのを待つのみ。といっても、既に来学期の履修登録セッションの案内は届いているので、それに出かけるのみ。

ところで、この日、私は自分で驚いたことがあった。私は正直言って、いまだに英語がぜんぜんしゃべれない。これは、自分ではいいたいことがあって、その半分くらいしか、自分ではまだ言えていないので、これは確かなのだ。しかし、そのインターナショナルオフィスに来ていた学生たちは、私よりも、もっとひどい人がたくさんいたのだ。オフィスのお姉さんの言っていることが全然わかっていない。私が横で助け舟を出してみたりしてしまうほどに理解できていない。その上に、スピーキングもブロークン。あちこちでそんな調子で、中には、あまりに成績が悪いために学校からレターが届いたらしく、僕は母国へ帰されるのか?とオフィスに詰め寄っていたりと、悲喜こもごも。そこでわかったことが一つ。私の英語ってこの1年でちょっとだけど伸びてるじゃない!!! 思い出した。最初にこのオフィスに願書を出しに行ったところ、オフィスのお姉さんの言うことに、「Sorry?」を繰り返したことを。恥ずかしい!!あのレベルだったのね、私も! と同時に、この程度のやりとりなら100%わかるわいな、と思っている自分がいた。


Posted by akemi at 22:00 | Comments (0)

留学を考えている方へのアドバイスなどなど

実は、大学院に入る前、私はもう本当に英語力においてはギリギリで入っている。

入学前に、いろいろな留学関係の日記をサーフィンしていると、みんな決まってこう書いていた。「英語ができすぎて困るということはない。とにかく、ギリギリで入ったら後がしんどいだけで、単位をとれなくって無駄な一年を過ごすことにもなりかねない。とにかく、英語力だけは十分つけてから入学した方が良い」と。でも、私としては、違うことも考えている。英語力があっても、大学院の勉強ができるとは限らない。でも、英語が苦手でも、大学院の勉強はできる。これはどういうことかというと、スピーキングもリスニングもネイティブ並みだとしても、大学で一番ウェートがおかれる、リーディングやライティングができるとは限らないのだ。これはオーストラリア人だからといって、アカデミックライティングができるとは限らないのと同じ。日本人として英語圏に留学するのであれば、私の一番のおすすめは、数年かけて留学準備をするならば、ボーダーギリギリで「付属の英語学校の進学準備(アカデミックパーパス)コースに入学しないさい」と条件つけられたところで、留学してしまうのだ。とにかく行ってしまう。TOFLEやIELTSの勉強をしていた経験から言うと、試験のレベルというのは、あんな程度も出来なくって大学なんてきちゃいけないレベル、なのである。つまりあの程度を難しいなんて言っていたら、正直言って、大学の授業なんてついていけないと言える。しかし、しかしである。私は1年前、あの試験がとても難しいと考えていたし、一生到達することが出来ないレベルだと思っていた。つまり何年かけたって合格レベルになんて到達できっこない、私自身はそんなレベルだった。多分、あのまま試験勉強を続けていたら、未だに合格ラインに満たなかったんじゃないかとさえ思う。それほどに試験対策のための勉強というのは、近道の様で遠回りで、つまらなくって苦しい作業なのだった。それで結果が出ない。あきらめたくもなる。この程度で参っていたら、私、きっと大学なんて行けない。あきらめた方がいいかも、と思っていたに違いない。そしてあきらめてしまった人も沢山いるんじゃないかな、と思うのだ。でも、そんなギリギリのレベルで、まさに潜り込んだに等しい私だったのだが、おしりからでも必死でついていった。夜中に気が遠くなる様なリーディングの山の前でイスに座りながら睡魔と闘って、それでも授業がわからなくって電車の中でボロボロと泣いたり、ストレスのため深夜のラーメン食いがやめられず通産6キロ太ったりと、色々な修羅場も広げたが、当初の目的であったグラジュエートディプロマを修了することができた。

私が単位を落とさないで済んだのは、一重に、TAFEのアカデミックパーパスコースでアカデミックライティングを一通り勉強していたお陰だと思っている。大学が始まった途端に、最初のアサイメントが発表される。いきなり日本で英語の試験を受けてパスして入学した人にとっては、きついのではないかと思う。TOEFLの試験で書くのは、せいぜい300ワードくらい。IELTSでも450ワード程度。それをギリギリ、試験対策本に書かれているテク(高得点につながる構文を使うなど)を丸暗記して、とりあえず得点を叩き出した、というだけでは、なかなか書けるものではない。大体、エッセイで、I(私が)を主語にして書くことなどない。それでも、未だに、私はこう思う、というレポートを書く人も沢山いる。ネイティブでもだ。そして、エッセイの構成も重要なのだが、これも一度パターンを習得すれば、それほど難しいことはないのだが、やはり知っているのと知らないのとでは、大きく差が出る。大学に入ってからライティングの講座があるわけではない(時々、インターナショナルスチューデントのための特別講義などがあるが、大体、他の講義と重なっていて、ほとんど出席できない)

それから、大学に入ると、いきなりリーディングの嵐に耐えなければならない。どんなにTOEFLの試験勉強をしていたとしても、それとは読む分量が全然違う。しかし、自分の興味のある分野だけに、読んでいく中でどんどんと興味が持てる様になってくるので、それにも耐えていける様になる。TOEFLのリーディングの勉強が苦手でも、大学でのリーディングは出来る、そういうことは往々にしてある。時間がたつにつれて、同じ分野のことばかりを勉強しているため、用語にも慣れる。私は今では学期中に電子辞書を引くことはほとんどなくなった。(でも、ライティングの際に、スペースアルクにある英辞郎はしょっちゅう利用させてもらっている。すんごい優秀な辞書である。)

つまり、とにかく十分に英語の試験でハイマークをとったからといって、大学の授業が余裕かというとそうでもないが、ギリギリだからといって、全然ダメかというとそうでもない。大学に通いながら、英語力をどんどんとつけていけばいいのだ。

もともと英語に興味があって、NHKのラジオ講座なんかも熱心に聴いていた方は、きっと十分に英語力をつけていらっしゃるのだと思う。だけど、私の様に、英語にまったく興味も関心もなかったのに、ある日突然「英語で大学に行くのだ!」と思い立ってしまった方は、短期間に英語力が簡単にのびるわけではないので、「行くのだ!」と決めてから、実際に「受かった!」までに1年以上はかかるかもしれない。しかも、それで受かっても、大学が始まった途端に「ショック!」となるかもしれない。それならば、

1、 とにかくギリギリでもアカデミックパーパスにもぐり込む。そういうところは、無事修了できたら、自動的にコース入学が許されることも多いので、そういう大学を選ぶと、精神的負担も軽いかも。
2、 大学(又は院)に入学。アカデミックパーパスコースで学んだ、ライティング、ノートテーキング、プレゼンテーションスキルが存分に生かされるはず。
3、 あとは、コース中に、黙々と課題をこなす。授業はすべて録音して後で聞き返すと、課題に関する説明などで、聞き逃しを防げるので安心。(でも、そのうち講義を聞き返す時間的余裕はなくなって、全然聞かなくなってしまうのだけど、最初は効果的)
4、 最初の一学期が一番大変だというのは、多くの留学生にとっての共通認識のよう。だんだんと全てが楽になってくるので、とにかく先を考えずに、一学期を修了できれば、道は半分過ぎたも同然。

というのが、これから留学を考える方へのアドバイスである。もちろん、英語力をつけておくことに越したことはない。杉村太郎氏の著書を読んで、短期間にスコア叩き出して留学してやるぅ!と気合を入れている方々などに対して私が言えることは、短期間に叩き出したスコアと本当の英語力とは違うということを理解した上で(でも、逆に英語力が本当にあったら、もちろん試験ではハイマーク当たり前なのだが)、私の意見としては、本当の英語力が、たとえば3ヶ月でグンと上がることはないけれども、大学に入ってから、その大学院生活の中でどんどんと英語力をつけていくというスタンスで、十分やっていけると思うのだ。だって、私なんて、38歳で英語を始めて、しかも駐在員の妻として来ているだけなので、いつ帰国しなければならなくなるかわからないという、要するにここに居られる期間が限定されているために、英語力がしっかりついてから大学に入れるなら入ろう、なんて気持ちでいたら、駐在期間が終わってしまうということになりかねない。30歳も越えた方でMBA留学を考えている方などは、それこそ、時間的にのんびりしていられないのだろうと想像できる。だから、とにかく点を叩き出せ、とにかく入学の切符を何としてでも手に入れて、涙流しながらリーディングとライティングとプレゼンテーションをこなすのだ! そしたら、あんなに遠い道のりだと思っていた世界が、ぐんと身近に感じられる様になってくる。そして再認識するのだ。英語の勉強にキリなんてないのだと。要するに延々と勉強し続けたって終わらない。だから入り口のところでモタモタするよりも、渦中に入って苦しむ方が生産的だというのが、私の意見である。といっても、入学切符を手にするまでの苦しさは、私も十分承知している。もう二度とあの試験は受けたくないと思っているほどに、精神的にキツイものがあった。でも、大学院での勉強は、その苦しみを帳消しにするほどに、素晴らしいものなのだ。多分、日本の大学でしか学んだことがない人にとっては、全てが新鮮で一種感動すら味わう。学ぶ楽しさと苦しさを存分に味わえて、その上での達成感は、この歳になって、こんな想いをするなんて、と思うほどに熱いものなのだ。だからこうやって、みんなに勧めているわけだ。去年の今頃、苦しいけど諦めないで良かった。あぁ良かった。今年一年は本当にがんばった。さぁこれから、またまた英語力向上のために、悪あがきを続けるあけんであった。

Posted by akemi at 00:59 | Comments (0)

2004年12月05日

成績発表!

やったーっ!!今回はすごく自信がなかったので正直言ってどうなることやら、と思っていたのだけれど、4科目とも全部H1だった!!

今日6日は、インターネット上で、自分の成績が確認できる。ということで、0時ジャストに自分のアカウントへログイン。なんと60点ウェートの実技&理論テストのあった科目で今学期の自己ベスト! 最低はギリギリの80点だったオーガニゼーションチェンジマネージメント。もと心理学専攻の学生としては良い点とらなきゃいけなかったんだけど、リファレンスのミスで22点(30点中)しか取れてなかったんだから、これはチームメンバーに感謝せねば! あー、実は長らく気にしていたので(というのは、単位落としている可能性も無きにしも非ずだったので、例えば提出したはずのアサイメントがどこかで紛失して先生に届かなかったとか。以前に一度、先生のミスで紛失騒ぎがあったのだ!)、心置きなく来学期3科目に邁進できるぞ!

Posted by akemi at 22:57 | Comments (0)

就職を考え中

実はつい2週間前まで、オーストラリアの永住ビザを取得したろうかいなということを考えていた。

というのは、日本で色々な不可解な事件が多発していて、子供たちを守るのは国外脱出しかないんじゃないか、などなどと思ったからなのだ。事実、私の友人たちのほとんどはオーストラリアの独立技術ビザというのを取得するためにITのコースに身を置いている人たちであり、そういう影響もあって、私にも可能なんじゃないかと密かに情報収集していた。どんな僻地でも家族みんな一緒をモットーとしているダンナに相談していると、近年まれに見るマジギレ形相で「冗談でもそんなこと言うなぁーっ!!!そんなことのために大学院行きを許したわけじゃなーいっ!」とあえなく却下。転勤族のダンナがいながら永住ビザということは、イコール「別居」を意味するもんなーっ。正直言って、私の場合はもうすぐ40歳。あと1年間のITコースに切り替えて(全部で2年間のフルタイムコースが必要)、その上で正社員10人以上の企業に就職が決まっていれば、永住ビザの取得も可能の様だ。(だから、この夏休み中にコースの切り替えをするなら決断せねば、と思って色々とあせって調べたりしていたのだ!)

最終的にこの計画はあきらめる事にした。それからこれ以上家族に負担もかけたくないので、来学期は3科目だけ取得すれば卒業なので、それ以上は考えないことにした。冷静になったダンナには、その後のことを相談したのだが、彼はパートタイムでもオーストラリアで就労した経験が必要だというのだ。が、現在オーストラリアはIT不況というか、優秀な人材でも職にありつけない状態で(海外へのアウトソーシングが加速している)、とうとう、各大学でもIT関係のコースを縮小しようとしている(というのは、卒業しても職がなく、とてもじゃないけど学生に勧められない状態らしい)。その状態で、まだまだ言語に不自由で、技術も素人同然の私が、どう考えたって就職できるわけがない。その反面、日本の求人を見てみると、SAP+英語、のコンビネーションの職はそれこそ、うじゃうじゃとあって、やはり日本向けの仕事を探す方が賢い気がするなー、と思っているところなのだ。SAPコンサルタントの通訳なんて、すんごい高給とってるしーっ!!(しかし、私の英語力で通訳は不可能!!!)最初から、大きいマーケットを狙った方が賢いのではないかと思っている。

ということで、来年の6月には卒業してしまうこともあって、今から履歴書の準備やら、企業のチェックなどに余念がない。正直言って、ERPシステムの修士なんてものを持っている日本人なんてそもそもいないだろうし(私以外に日本人いないもん!それにどんな価値があるのか、自分でもちと自信がないのであるが)、それをどうやってアピールするか、ここにきてやっぱり、もっと自分の専門分野を深めるべきだという結論に達したのであるが、実は私の興味のあるサプライチェーンを来学期に勉強するのはカリキュラム的に無理で、結局は、後手にまわって履修することにしたFIモジュールに注力するしかないと、自分では思っている。あー、なんか興味もてない分野なんだけど、ビジネスの基本だからなー、避けて通れない通れない。夏休み中は、やはりスピーキングとリスニングにフォーカスして勉強しないとなー。現在、再度K/H法に取り組む私であった。まだまだ道のりは長いなーっ。


Posted by akemi at 00:56 | Comments (0)