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2004年04月21日

アサイメントいっぱい(涙)

日記に書きたいことが山積み。しかし、アサイメント(課題)がテンコ盛り状態で、他のことが全く出来ない状態。

レクチャーの予習や復習なんてやるヒマもなく、リーディングとネットサーフィンに明け暮れる毎日。参考文献を求めて他の大学に行ったりと、足でも情報を稼ぐ。子供4人連れてモナシュ大学に行った時は針のムシロだったよーっ(涙)慣れとは恐ろしいもので、文献読むのが全く苦にならなくなった。知らない間にスキミングもスキャニングも自然にやってる(できなきゃ、文献探せないか)。 ということで、今週も平均睡眠時間3時間ですごしています。来週は2時間かーっ??

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2004年04月19日

信じられない!?

今日のプレゼンでは、その日の担当者がプレゼンの日程を把握しておらず、お流れ。25点マークのアサイメントなのに、信じられない!! 

やる気あんのか! チュートリアルの間中、チューターと学生の間で、色々とあーだのこーだのとやり取りがあったが、アホらしくって聞いてられない。私は他サブジェクトの課題のリーディングでその時間をすごした。やっぱりレベル低いんじゃないか、この大学!と憤慨。しかし、オージーの友人の提出課題をちらりと見せてもらったのだが、これまた信じがたい程に完璧なレポートで絶句。下を見たらダメだよな、上を見なきゃ。彼女にとって、この大学のレベルが低いの高いのという話は、意味を成さないのだ。そう、私にとっても。必要なことは、私自身がこのコースで何を身につけるかだ。日本じゃあるまいし、大学の名前が何かの役に立つわけでもない。目指すべきところは、ビジネスをしているあちら側の人たちだ。

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2004年04月05日

苦労せずに英語ができるようになる!

わけはない。

そんなわけはない。絶対、聞き流すだけ、だとか、知らないうちに、とかそういうことで英語が出来るようになるわけない。たとえばそれが、「今まで英語がぜんぜんできなかったのだけど、ちょっと聞けるようになった」とか、「まったくしゃべれなかったのが、お店で違うサイズの服をだしてもらう様にたのめた!」とか、そういう変化ならあるかもしれない。だけど、まさか、お店やレストランで注文ができれば「英会話バッチリ」というのだろうか。 正直言って、日本人のスピーキング能力は、多分、国際的に見ても最低レベルではないかと思う。確かに底上げはできていると思う。高校までまともに英語の授業についていけば、辞書をひきひき、英語を読むこともできるだろうし、ライティングも、日本人の書く英語は、比較的基本的な文法の法則に限れば、ましかもしれない。(というのは、諸外国の人たちは、英語をぺらぺらと話している様に思えるが、実は、文法がめちゃくちゃだったり、ということも多々ある) 私はこの1年間、狂うほどに英語を勉強し続けていた。ライティングとリーディングは伸びたと思う。が、スピーキングに関しては、今でも言いたいことの半分も言えてない。リスニングも、まだまだ充分ではない。簡単なことを聞き取れないこともある。一日何時間集中して勉強したか。家事の間ずっと英語を聞いていた。聞き流すだけで話せるようになるなんて、とんでもない。誰が言ったんだ。誇大広告やめろよ、と思う。いろんな人が言っている通り、スピーキング、リスニングなんてものは、完全に運動能力と同じ、訓練し続けない限り伸びるわけない。聞き流すだけで口から英語がポロっと出てくるわけない。ポロッと出てくるには、何百回も口に出して訓練しなきゃだめなのだ。 日本で小学校から英語教育を導入すると聞いて、やめてくれよ、と思った。吸収力抜群の小学生の耳に、日本人先生の発音する英語を聞かせるな、と思う。耳がダメになる。やめてくれ。それだけはやめてくれ。それだったら、セサミストリートみせてあげるほうがまし。そこで一案。どこで英語を取り入れるか。音楽の授業だ! 英語の音楽を覚えさせる。1年で1曲で充分。ネイティブそっくりにまねしながら歌う。歌詞の意味を充分に理解する。それから歌う。音のつながっているところ、すべてまねして歌う。6年間で6曲、英語の持ち歌が出来る。しかもネイティブそっくりの発音で。小学生の英語の授業は、これで充分。その発音の素地と、基本的な歌詞の英文法が体に叩き込まれる。それから、中学に入って、色々な難しい文法を勉強すればいい。 正直言って、日本ほど英語の教材の充実している国はない。だが、それなのに、この英語力の低さは何だ!それは、「英語できなくても困らない環境」が一番の原因なのだろう。つまり、英語の出来るアジアの学生さんたちは、公教育の現場や、仕事の現場において、英語を求められていることが多い。しかし、日本においては、そういう機会は少ない。でも、日本以外のアジアの学生さんたちは、英語ができることで、早いうちから、グローバルスタンダードを目の当たりにするのだろう。そういう若いアジアの学生さんたちを見るたびに、心が焦る。あぁ、日本はこれからどうなっていくのか、国際競争力がどんどんなくなっていくんだろうな、と思っていくのだ。 たとえば大学教育。オーストラリアでは(というか、西洋社会ではみんなそうなのだろうが)、参考資料(書籍や記事など)を引用符なしで無断引用したり、他人のアイデアを拝借したり、ということは、非常に厳しくとがめなれる。エッセイでそんなことしたら、即刻単位はなしとなる。しかし、私の大学時代の友人たちは、ほぼ全員が、「本のまる写し」みたいな卒論を提出して卒業している。よく、日本の人たちが、中国などでの本やCDの違法コピーを「知的財産権の認識度が低い」などと酷評しているのを見るが、日本の大学生の書く論文なんて、どう考えても国際的に認められるレベルにあるわけない。そのために、税金でどれだけ教育費つぎこんでるか。他人の書籍の丸写しで卒業できる。恥とも思わなかっただろう。世界を見るべきだ。そんな行為は何の役にも立たないのに! 私は正直言って、自分の子供たちを日本の大学へ行かせたくない。最初は現地校に入れるのをためらっていたが、行かせてよかった。英語ができるようになってよかった。日本の大学へ行く必要がないというのは、大きなアドバンテージだ。もちろん、日本にも良い大学は沢山あると思う。(たとえば、最近、慶応藤沢キャンパス略してKFCの講義ノートをネットからダウンロードしてチェックすることが多いが、素晴らしいと思う。学生たちも楽しんでいるんじゃないかな、と思う)だけど、日本の教授たちは、自分たちの研究の方に意識が向いていて、学生への教育に関しては、熱心さが足りない気がする。もっと、学生たちに、真剣に学ぶ楽しさを教えてあげないと、優秀であるはずの日本の学生さんを、つぶしてしまうことになりかねない。英語、大学教育。私は、今、苦労しているこの二つのことを思うと、日本の学生さんが不憫でならない。はやく、一日でも早く、外の世界を見てみなさい、そう言いたいのだが、伝える術を知らない私は、結局、私と同じ苦労をするであろう後世の人たちに対して、何の手助けもできないでいる。

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2004年04月01日

学生生活を語る

平均睡眠時間2時間という日を1週間続けてしまった。結果、レクチャーの間、座っていられなくなった。足が何故かパンパンな感じで痛い。足を組みなおしたり伸ばしたりしてみたが、どうも痛くてたまらない。

夜間のレクチャーが終わり、急いで駅に走りこむ。もしかすると次の電車に乗れるかもしれないと、大学から駅まで大疾走!のはずだが、死にそうに全身が痛い。うまく電車に乗れたが、それからは茫然自失、リーディングも出来ず、しばし睡魔と闘う(というのは、そこで寝たら最後、乗り過ごしちゃうのよー!!一度乗り過ごしたことがあるのだ!) 一つのアサイメントと一つのプレゼンテーションが終わった。燃え尽き症候群になることも出来ずに、次のアサイメントが容赦なく襲う。もう若くないんだから、というダンナの声に、そうだよなー、と思う。私と同じ様に、ほとんど徹夜の毎日を過ごしている友人は、明らかに睡眠不足だが死にそうではない。若いって素晴らしい(ううう)。 

正直言って、プレゼンの準備がきつかった。時間にして一人あたり15分程度のものなのだが、そのために読まなければならないものの量が半端じゃなかった。その資料のほとんどはネットからダウンロードしたものなので、家中にプリントアウトしたものが散らばったり山積みになったりしている。その上を時々子供たちが走り抜ける時がある。首絞められたいんかーっ、と思いつつ、並べなおす。ハイライトペンでマークする。書き込む、端を折る、ポストイットを貼る。ホッチキスでとめてあるものを、何度も何度も読み返す。結果、その裏紙は最利用不可能な状態になってしまう。もったいない。子供のお絵かき帳にするしかない。 5つも6つもの記事を読み比べる。使えそうな部分をノートして、まとめる。数時間費やして調べたものも、話すときには、ほんの2行程度だったりする。吐きそうだった。何故かエスプレッソベースのカフェラテを飲むと寝むたくなってしまうのだが、インスタントコーヒーではバッチリ目がさめる。一晩に何杯もインスタントコーヒーを飲みながら、リーディングと闘う。もう限界だという睡魔が襲ってきたとき(それを続けても効率が悪いと経験上わかっている)、その2時間後にアラームをセットして寝る。布団に入った、と思ったらアラームだ。正直言って、その音が聞こえたときは地獄だ。しかし、それを無視して朝まで寝たら、もっと地獄だということがよくわかっているから、100%起きることができる。それでも2時間寝れば、頭はハッキリしている。再度、インスタントコーヒーにミルクをガボガボと注いで、頭をポリポリ掻きながら、パソコンのある部屋へ向かう。完全に大学院生してるよな、私って。 こんなにしんどくて辛くて、泣きそうで、吐きそうで、という毎日を過ごしているにもかかわらず、「イヤッホー」と叫びたいほどの快感があるからやめられない。完全に中毒状態。 プレゼンが終わって、ある科目の復習をやって、やっと昨日、ぐっすり寝ることができた。1週間ぶりの熟睡。6時間も寝たのなんて久しぶり、と思う。深夜にパチッと目が覚めてしまったのは、一種の職業病かしら、とも思ったりする。 

大学院に通いだして1ヶ月が過ぎた。用語にも教授の話すスピードにも慣れた。相変わらずスピーキングに苦労しているが、いろんな部分でやっていけそうな見通しがたったな、という感じ。今週は新たなアサイメントが続々発表になった。中にはビジネスレポート(一種のビジネス企画提案書)を書くというものもあり、俄然やる気になっている私である。すっごい楽しい! この楽しさは何か。一所懸命一つのことをやり続けたときの充実感か。それとも、今までにない空気の中に身をおけることの新鮮さから来るのか。もちろん、そういうものも含まれていると思うのだが、一番の楽しさは、今まで海のものとも、山のものとも分からなかったものが、少しずつ理解できて、それも表面的に理解したというよりも、腹の底から少しずつ、じわじわと浸透するかの様に理解できてきている感じ、それがたまらなく嬉しいのだ。明らかに1ヶ月前の私の理解とは違う。一人で本を読んでいてもわからなかったと思う。ただ、とにかく深く深く掘り下げることを求められていく中で、まだまだもちろん初めの一歩にすぎないのだが、このまま、この道をがむしゃらに突き進めば、もっともっと今までの私よりも、色々なことが見える様になるのではないかという期待が、私をポジティブにさせているのだ。

Posted by akemi at 00:09 | Comments (0)