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2004年04月05日

苦労せずに英語ができるようになる!

わけはない。

そんなわけはない。絶対、聞き流すだけ、だとか、知らないうちに、とかそういうことで英語が出来るようになるわけない。たとえばそれが、「今まで英語がぜんぜんできなかったのだけど、ちょっと聞けるようになった」とか、「まったくしゃべれなかったのが、お店で違うサイズの服をだしてもらう様にたのめた!」とか、そういう変化ならあるかもしれない。だけど、まさか、お店やレストランで注文ができれば「英会話バッチリ」というのだろうか。 正直言って、日本人のスピーキング能力は、多分、国際的に見ても最低レベルではないかと思う。確かに底上げはできていると思う。高校までまともに英語の授業についていけば、辞書をひきひき、英語を読むこともできるだろうし、ライティングも、日本人の書く英語は、比較的基本的な文法の法則に限れば、ましかもしれない。(というのは、諸外国の人たちは、英語をぺらぺらと話している様に思えるが、実は、文法がめちゃくちゃだったり、ということも多々ある) 私はこの1年間、狂うほどに英語を勉強し続けていた。ライティングとリーディングは伸びたと思う。が、スピーキングに関しては、今でも言いたいことの半分も言えてない。リスニングも、まだまだ充分ではない。簡単なことを聞き取れないこともある。一日何時間集中して勉強したか。家事の間ずっと英語を聞いていた。聞き流すだけで話せるようになるなんて、とんでもない。誰が言ったんだ。誇大広告やめろよ、と思う。いろんな人が言っている通り、スピーキング、リスニングなんてものは、完全に運動能力と同じ、訓練し続けない限り伸びるわけない。聞き流すだけで口から英語がポロっと出てくるわけない。ポロッと出てくるには、何百回も口に出して訓練しなきゃだめなのだ。 日本で小学校から英語教育を導入すると聞いて、やめてくれよ、と思った。吸収力抜群の小学生の耳に、日本人先生の発音する英語を聞かせるな、と思う。耳がダメになる。やめてくれ。それだけはやめてくれ。それだったら、セサミストリートみせてあげるほうがまし。そこで一案。どこで英語を取り入れるか。音楽の授業だ! 英語の音楽を覚えさせる。1年で1曲で充分。ネイティブそっくりにまねしながら歌う。歌詞の意味を充分に理解する。それから歌う。音のつながっているところ、すべてまねして歌う。6年間で6曲、英語の持ち歌が出来る。しかもネイティブそっくりの発音で。小学生の英語の授業は、これで充分。その発音の素地と、基本的な歌詞の英文法が体に叩き込まれる。それから、中学に入って、色々な難しい文法を勉強すればいい。 正直言って、日本ほど英語の教材の充実している国はない。だが、それなのに、この英語力の低さは何だ!それは、「英語できなくても困らない環境」が一番の原因なのだろう。つまり、英語の出来るアジアの学生さんたちは、公教育の現場や、仕事の現場において、英語を求められていることが多い。しかし、日本においては、そういう機会は少ない。でも、日本以外のアジアの学生さんたちは、英語ができることで、早いうちから、グローバルスタンダードを目の当たりにするのだろう。そういう若いアジアの学生さんたちを見るたびに、心が焦る。あぁ、日本はこれからどうなっていくのか、国際競争力がどんどんなくなっていくんだろうな、と思っていくのだ。 たとえば大学教育。オーストラリアでは(というか、西洋社会ではみんなそうなのだろうが)、参考資料(書籍や記事など)を引用符なしで無断引用したり、他人のアイデアを拝借したり、ということは、非常に厳しくとがめなれる。エッセイでそんなことしたら、即刻単位はなしとなる。しかし、私の大学時代の友人たちは、ほぼ全員が、「本のまる写し」みたいな卒論を提出して卒業している。よく、日本の人たちが、中国などでの本やCDの違法コピーを「知的財産権の認識度が低い」などと酷評しているのを見るが、日本の大学生の書く論文なんて、どう考えても国際的に認められるレベルにあるわけない。そのために、税金でどれだけ教育費つぎこんでるか。他人の書籍の丸写しで卒業できる。恥とも思わなかっただろう。世界を見るべきだ。そんな行為は何の役にも立たないのに! 私は正直言って、自分の子供たちを日本の大学へ行かせたくない。最初は現地校に入れるのをためらっていたが、行かせてよかった。英語ができるようになってよかった。日本の大学へ行く必要がないというのは、大きなアドバンテージだ。もちろん、日本にも良い大学は沢山あると思う。(たとえば、最近、慶応藤沢キャンパス略してKFCの講義ノートをネットからダウンロードしてチェックすることが多いが、素晴らしいと思う。学生たちも楽しんでいるんじゃないかな、と思う)だけど、日本の教授たちは、自分たちの研究の方に意識が向いていて、学生への教育に関しては、熱心さが足りない気がする。もっと、学生たちに、真剣に学ぶ楽しさを教えてあげないと、優秀であるはずの日本の学生さんを、つぶしてしまうことになりかねない。英語、大学教育。私は、今、苦労しているこの二つのことを思うと、日本の学生さんが不憫でならない。はやく、一日でも早く、外の世界を見てみなさい、そう言いたいのだが、伝える術を知らない私は、結局、私と同じ苦労をするであろう後世の人たちに対して、何の手助けもできないでいる。

Posted by akemi at 2004年04月05日 00:10

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