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2003年12月05日

色々な英語学習法を試してみる

 実は、うちのダンナは英語学習オタクである。英語にかけたお金はいくらなのか!?を考えると恐ろしいほどである。

しかし、英語圏に留学経験がなくて、日本の中で自習ベースで勉強していた割には、そこそこ英語が使えていると感心していつも見ている。
 ということで、我が家には、ダンナの英語学習の足跡がありありとわかる様な英語学習用書籍の数々が本棚に並んでいるのだ。CDブックもDVDも、数とりそろえてあるので、私が新たに購入すべきものはなかったのである。とにかく、家の中に転がっているこの教材を、何とか無駄にしまいと、片っ端から目を通しはじめた。

 しかし、英語学習オタクであり、膨大な時間を使っては身につかなかった経験を持つダンナは、数ある英会話本を手にする私に、もうそれはケンカ腰になって否定をし続けるのである。

 「だからぁ、音読だって言ってるだろうがーっ」

 が口癖である。彼はこの7年間、東京でありとあらゆる英語学習を試してきたが、全くTOEICのスコアが変わらなかったらしい。が、転勤前の1年、毎日毎日NHKのビジネス英語を音読し続けて(それはもう、写経の心境じゃないかというほど熱心に、毎日欠かさず愚直に音読し続け、それもCDを聞きながら、声や抑揚全てをコピーする意気込みで音読するという方法なのだが)、過去の7年間の蓄積を遥かに越えるほど、その1年で彼の英語は上達(improve)したのであった。だから、彼の話には説得力がある様に思えた。そして、彼は同じ間違いをおかさないように、私を必死で指導してくれている様にも思えた。が、しかし。私には拭い去れない仮説があった。ダンナには7年間の基礎があるからこそ、音読も生きたのではないかと。

 つまり、私の様に英語に全く関係のない世界で生きていて、英文法の全てが抜け落ちていて、簡単な基礎単語も忘れてしまっている様な人間が、果たして音読だけで英語が話せる様になるのだろうか? それはウソだ。やはり最初は基礎固めをしないといけない。そう思いはじめた。そして、ダンナの見ていないうちに、英文法の分厚い本を1ページ目からめくったりしたのだ。というのにはワケがある。私は、ホームページの「ひと」欄で名前をあげたきり文章を仕上げていないある人の本を読んでしまったからである。

 「TOEIC テスト900点、TOEFLテスト250点の王道」 杉村太郎著 ダイヤモンド社

 が、それである。この杉村氏については、もういつかどこかで書いておかなきゃ、と思うほどに熱い思いを抱いているのだが、それを読んでしまったがために、「もう、私TOEFLで250点とっちゃうもんねっ」というモードに突入してしまったのであ−る。ダンナの語る「音読」の効用は、もう私には全く耳に入らないものになってしまった。そして、私は杉村氏の語る本の中に紹介されていたTOEFL対策本をこっそり購入して、そしてダンナに隠して手荷物の中に入れてメルベンに来て、これまたダンナに隠れて、文法書をしらみつぶしに読み砕いて、カードに例文を書き出し、これまた英単語を(普段は絶対使わない様なアカデミックな単語に至るまで)毎日数百という単位で覚えこもうとしていた。一日8時間くらい勉強した日もあった。こんなに勉強したという自信が、私の中にみなぎっていった。これだけ勉強したら、ぜったい英語は上達するぞ。もう、それは確信に満ち満ちていたのだった。

 週に一回英語の個人レッスンを受けているのだが、そのレッスン中にとんでもない異変がおきてしまったのだ。勉強すればするほど、だんだん話せなくなってくるというアイロニー!!なんと、英語を話そうとする度に、頭の中に日本語がポコポコポコポコと浮かんできて、その通りに話そうとすると、英文法がめちゃくちゃ、常に日本語的な語順となっていって、口から出る言葉の全てが、先生によって「語順が反対」と訂正される様になってしまったのだった。初めは、その原因がわからなかった。だって、私はこんなに勉強しているし、以前には使えなかった難しい単語だってポンポンしゃべっているはずなのに。でも、その先生の指摘は容赦なしだった。

 涙、涙でダンナに相談したところ、彼がその原因を言い当ててくれた。毎日毎日英単語を覚えていたのだが、それは、例えば一つの単語と一つの日本語をつなげる作業でしかなかったのだ。つまり、英語を英語として、直接理解するのではなく、英語を日本語を介して理解するという訓練を、一日数時間に渡ってやっていたのである。英語を英語で考えることができて、口から英語がついて出てくるという域にならないと、現実の英会話のスピードには到底追いつかない。そうダンナは言うのだ。そして、その「英語で考える」というのは、これはもう知識ではなくって、運動能力みたいなもんだから、日々の訓練、トレーニングでしか身につかないのだ、ということを彼は力説したのである。

 私も夢を見たかった、死ぬほどに努力すれば数ケ月でTOEFLの高得点をたたき出すことが可能かもしれない。そしたら、メルベンで大学院にいけるかもしれない。そんな幻想を追いかけたかった。しかし、ダンナは続けて言った。

 TOEFLが何点あるとか、大学院を出ているとか、そういうものは、現実のビジネスの世界では、全く何の役にも立たない。役に立つのは、「本当の英語の実力」なのだ。そんなものはTOEFLやTOEICのスコアが何点だとかで決まるものでもなく、はい、英語でこれだけコミュニケーションできます、仕事ができるレベルです、という結果が全てなんだよ。MBA取得していても、英語が実務レベルでない人間なんて山ほどいる。要は、本当の英語の実力を身につけない限り、大学に行っても講義の内容がわからなかったり、エッセイかけなかったりするんだから。もっと本質的なものの見方をしろよなーっ。頭冷やせーっ!!

 てなもんでー。私は6ケ月かけてたどった自分の足跡を自己否定しなければならなくなったのであった。

 そこで、最初に手をつけたのが、

 「英会話・ぜったい音読 CDブック」講談社

 である。これはCDを聞きながら、まさに真似する様に、毎日愚直に音読するのであるが、私にとっては、この「中学生レベルの英語」さえも、エベレストの山の様に難しく思えた。

 実は、メルベン赴任が決まってから、赴任の日までの間、日本にいる時に、この「絶対音読」を毎日MDウォークマンで聞いていた。音読もしていた。が、その効用が理解できずに(つまり、これで英語が話せる様になるとは、到底思えなかった)、途中でギブアップした教材であった。これを毎日毎日音読し続けたのである。そして、だんだんと内容が簡単に思えてきたある日、

 「英会話・ぜったい音読 挑戦編」

 に変更した。これは高校生レベルらしい。最初の数レッスンだけはまじめにやったものの、これまた途中から、聞いて意味がとれるかしら、と聞くだけになってしまっていった。ダンナが薦めてくれた

 「いつでもラジオ英会話」 マーシャ・クラッカワー編

 も、最初の数レッスンでギブアップ。でも、これは本当に良い教材だと思うので、時々思い出した様に、音読してみたりしているのだが、まだまだ私には難しいと感じられるので、なかなか続けられないでいるのだ。

 そして音読教材と併用しつつ、Uda式DVD「30音トレーニング」も勿論購入して参考にしたし(ちなみにこの教材は、子供にウケタけど....)特に、鼻に抜ける音というのは、今まで意識したことがなくって、それ以来ヒヤリングの際に「あ、ほんとに鼻に抜ける音がたくさんある!」と発見した。アルクのMD、CDパッケージのいくつかも試してみた。文法に関しては、

 「ネイティブスピーカーの英文法」研究者出版
 「ネイティブスピーカーの単語力」
 「ネイティブスピーカーの前置詞」

 なども読んだ。

 「話すための英語構文 最頻出50パターン」SSC
 「「動詞」で英語大革命」 アスカ

 読んで読んで読みまくったが、いまひとつ身につかなかった。

 そして今度は、

 「英語は絶対、勉強するな」 サンマーク出版

 に挑戦することにした。これは、とにかく毎日毎日繰り返し聞くのだが、冠詞の一字に至るまで完璧に聞こえる様になるまで、聞き続けなければならないというものであった。この教材になって、私に少し変化があらわれた。レッスン1だけであるが、ディクテーションをしてみた。つまりCDから流れてくる英文を、そっくりそのまま文字に起こすのである。文字にするためには、本当に冠詞に至るまで完璧に聞き取らなければならない。何度も何度も、CDを聞いているうちに、単語単語を聞き取ろうという姿勢だけは身についてきたのだ。つまり、バーッと聞いて、聞き取ろうと思っていたら、全く聞けなかったものが、一単語も逃さずに聞き取るぞ、という意気込みで集中して聞いていると、だんだん会話そのもののスピードさえもゆっくりに思えてくるという様になってきた。そして、そのCDを毎日毎日聞き続けていて、それこそ、家事をしている間もウォークマンをして、聞きながらアイロンをかけたり、掃除機かけたりしていたのだが、ある日、英語を聞きながら感極まって涙がポトリと落ちてしまったのだ。あるビジネスマンに願い続けてきたビジネスチャンスがやってきた、というくだりなのだが、彼の台詞が日本語抜きで直接理解できた気がしたのである。

 そして、今度は、今まで難しくて絶対出来ないと思っていた、この教材に挑戦することにした。

 「究極の英語学習法 K/Hシステム」

 これこそが、うちのダンナ大絶賛のシャドーイングを中心とした学習法なのである。今も、これを続けてやっているのだが、シャドーイング(聞こえてきた英語を、そっくりそのまま発音してみる。もちろんスクリプトは見ない)というのは、本当に難しいし、でも、これがきちんとできるということは、相当に英語力があるのだ、と思える方法なのだ。それで、今では、ラジオを聴いても、テレビを見ていても、声に出さないまでも、心の中でシャドーイングをしていると、自分が理解できている部分と、全く聞き取れてない部分がはっきりとわかるのである。今は、とにかくこの方法を信じて愚直にトレーニングをしていて、それとプラスして、今度は書く方、例えば日記を書いたり、エッセイを書いたり、ということをしているのである。そして、それを、英語の先生に添削してもらっているのだが、この「書く」という行為が、私にとっては、一番英語力をつけるのに役立っていると感じている。書きたい欲求にかられて、語彙や文法力が少しづつではあるが、自分に備わってきたと思うのである。というのは、文章を書き、添削をしてもらう、と、自分の弱点、例えば私の場合は、簡単な冠詞一つとっても、完璧に理解できていなかった、というのがわかり、それを文法書で確認する、ということをやっているうちに、だんだんと英語のクセの様なものが、わかってきた気がするのだ。もちろん、英会話は、全然話にならないビギナーレベルなのだが、これからの勉強方法の方向性が見えたかな、という感じではある。

 1年後には、もうちょっとimproveしていることを願いつつ、今日もあくなき英語習得の旅は続くのであった。

Posted by akemi at 2003年12月05日 18:42

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