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2002年09月26日
初めての英語圏!そして...
私の場合、中学で3年、高校で3年、そして大学で4年の計10年間英語の教育をうけてきた計算になる。
特に高校の時は、大学受験対策と称して選択科目の英語をいくつかとっていたので、その時は週のうち8時間くらい英語の授業があったのではないかと思う。今思えば、一ページの中に知らない単語が数十個もある様な英文をがんがん読ませられていた様な記憶がある。
就職した会社は米国資本の会社ではあったが、日本での歴史も古く、社内の雰囲気は他の日系企業とそれほど変わらなかったのではないかと思うのだが、それでもエンジニアだった私が目を通さなければならないマニュアルの何割かは、英文で書かれたものであった。
特に英語が得意なわけでも、興味があるわけでもなかったのだが、そのマニュアルはそれなりに読めていたし、転職先の、これまた米国資本の会社では、時々、アメリカ人から直接レクチャーを受ける機会もあったので、まぁ、死なない程度には、英語はできるのではないかと思っていた。思い込んでいた。そして信じていた。そして現実は、あまりにもシビアであった。
次は再び韓国か!と思っていた我が家に、英語圏転勤の話が持ち上がったときにも、子供の学校や家探しなど、ダンナに任せられないわっ、と俄然やる気になっていた私。同じく、初の英語圏、しかも仕事で行かなければならないダンナの不安は幾許か!と思い、何とかダンナをサポートしてあげたいという気持ちもあり、普通は、ダンナが先に現地入りして、家探しやら学校選びをするはずのところ、一家6人同時にメルベン入りをしてしまったのである。
メルベンのホテルに落ち着いた翌日、ダンナは当然の様に会社に初出勤し、私たち5人だけが残された。子供4人を連れての、住むエリア(サバーブ)探し、学校選び。そしてその全てを英語でこなさなければならない苦しみ。ポジティブ思考だった私が、何度涙を流したか。仕事で大変なのがわかっているのに、ダンナに絡む、叫ぶ、泣く、そして落ち込む。そんな日の繰り返しだった。ダンナをサポートしてあげたかった。新しい環境で、ストレスがあるだろうダンナを助けてあげたかった。それなのに、私は完全にお荷物になっていた。こんなことならダンナに全て任せて、後から赴任すれば良かった!
英語ができないということが、こんなにも辛く苦しいなんて!10年間もの間に受けた英語教育。私は英語に関しては全く優秀な生徒ではなかった。でも、卒業できるレベルだったはずなのに!不動産会社のスタッフの言うことが、全くわからない。少し聞き取れなかったとかいうものではない。もう、まさに100%わからない!それぐらいのショックなのだ。子供の学校を決めなければ、とアポなして校長室に乗り込んだ学校が数校。簡単な質問が聞き取ってもらえない。時間をかけて説明した挙句、校長先生が、彼女の個人的友人だという日本の方に電話をかけて下さって、その日本人の方に通訳をしていただくという様なこともあった。その時は、「あぁ、私の英語力のなさで、こんなにも人に迷惑をかけているんだ」と思い、落ち込み方も相当なものだった。
韓国在住の時には、思いもしなかったことなのだ。学齢期の子供を抱えての外国での生活が、いかに大変なのかを思い知ったのだ。
メルベン到着後2週間で、ダンナは1週間の日本出張へと旅立って行った。家はまだ決まっていない。英語が話せない。トラブルに巻き込まれたらどうする?子供がケガでもしたらどうする?もう、誰でもいいから、家を決めて、学校を決めて〜!!誰か助けて〜!!
そう叫びたかった。でも、ダンナは日本に行ってここにはいない。五感全てに封印をしてホテルの中に閉じこもっていたかった。あまりにも無謀だった。自分一人でのんびりできたバックパッカーではないのだ。
しかし、泣きつく相手がいなくなって、私はどうしようかと考えた。ダンナが帰って来るまでゆっくり待とうか。でも、既に日本の夏休みから続いて、実に2ケ月近くも学校に通っていない子供たちのことを思うと、早く学校を決めてあげたかった。あまりにも泣いて泣いて、もう泣く涙もないかと思うほどに落ち込みきった私には、もう上を見るしかないという心境になってきた。
そして決意をしたのだ。私は独立した人間になりたい。ダンナがいないと家も決められないというのは、どう考えても「イイ女」ではない。かっこよくないではないか!よし、この1週間で、死ぬ気で家を探してやる!
それから、インターネットの不動産サイトに何時間もアクセスして物件を探し、また、不動産会社数社からゲットしたレンタル物件リストから、予算にあうもの、こちらの希望にあうものを、リストアップし、全て地図でチェックした。それから、毎日毎日、その物件の外観を確認すべく、子供たちと一日のうち何キロも歩いた。
そんな物件の数々の中で、私も子供もとても気に入ったものがあった。内覧(インスペクション)の予約をするため電話を入れなければならない。私は入念に英文を組み立て、何度も何度も音読してみた。そして、電話をかけてみた。そして、その予約の電話は、とりあえず成功をしたのである。
その後、無事インスペクションを終え、メルベンに戻ってきたダンナが再度物件を確認して、最終的な契約は(それは、あまりにも私では無理)、会社のスタッフの方がパーフェクトにこなしてくださり、やっとこうやって家に落ち着くことができたのである。
そして、この家は私が決めたのだ、という実感は、何事にも変えがたい喜びであった。しかし、英語が出来ないということは、死活問題なのだ、という思いが消えることはなかった。そして、私の英語習得のための旅が始まったのである。
Posted by akemi at 2002年09月26日 18:42
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