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2001年01月07日
毛利衛さん − 日本科学未来館館長
日本人初の宇宙飛行士。
彼のことを表現するのに最もよく使われる言葉なのだが、宇宙飛行士としての彼のことは、実はよく覚えていない。最近、若田さんが宇宙飛行士(そしてエンジニア)としての能力が、非常に高いという評判をよく耳にするのであるが、毛利さんのエンジニアとしての能力がどれ程であったのかということを、私はよく知らないのである。
しかし、彼は間違いなく科学少年であったろうし、宇宙に憧れ、そして日本人初の宇宙飛行士となったのだから、もちろんただの人ではないのだろうと想像はつく。しかし、日本科学未来館の館長になったと聞いて、私の頭に最初に浮かんだのは「天下り」という言葉であった。一度、宇宙飛行士になっただけで、それだけで後の人生は悠々自適なのね、と思ったのである。しかし、日本科学未来館で彼の姿を見た瞬間、私のそんな思いは一気に払拭されてしまったのである。
最近、うちのコドモ、特にサイエンス系大好きの長男タカシの趣味にあわせて、「日本科学未来館」の友の会会員になった。お台場に位置するこの未来館は、年間2000円で友の会会員(家族会員)になると、家族全員が入館無料になるのである。「タダで子供が喜ぶところ」ということで、我が家では毎週の様に出かけていっている。そんなある日、7階にあるカフェでコーヒーでも飲もうとダンナと歩いていたところ、なんと、毛利さんをお見かけしてしまったのである。
向こうは有名人なのだが、こちらはタダの一般人。何の面識もないのに、私たちは思わず会釈してしまったところ、毛利さんもニッコリと会釈して下さったのである。私はもう舞い上がって、子供たちを連れて来ればよかった(3階に置き去りだった(笑))とか、サインを頂けば良かったとミーハーに大騒ぎをしてしまったのだが、後になってよく考えてみたら、彼は既に未来館の館長であり、来訪者はお客さんなのだから、会釈くらいするのは、当たり前のことかもしれない。しかし、私にとっては、有名人に会った時の気持ちの昂揚だけではない、もっとすごいものを見てしまったという感動があったのだ。この人は人間的に尊敬に値する素晴らしい人なのだという思いを強く強く持った瞬間であった。
直接、館長としての仕事をする彼を目撃して以来、この未来館に対する彼の思い入れが痛い程分かって、なんと素晴らしい空間なのだろうと至る所で涙してしまうのである。例えば、未来館のホームページを御覧頂きたい
■日本科学未来館のホームページ(コンセプト)
ここに映っている爽やかな毛利さんの見ている先は、デジタルな世界や科学技術といったものではなく、「ひと」であり、「人間の幸せ」や「子供たちの夢や未来」といったものなんじゃないかと思えるのだ。司馬遼太郎が歴史を人間中心に描いたのと同様に、彼も科学技術というものが、それぞれの科学者のパーソナルな思い入れや夢の実現といったものの蓄積の上になりたっているということを、子供たちに伝えたいと思ったのではないだろうか。
ある日突然、科学者がある定理を発見した。そんなことはあり得ないのである。それぞれが愚直なまでに自分の仮説を信じ、研究を重ね、そんな中から夢を実現させていった。この世の中はまだ見るに値する夢がたくさんあって、あの時代のあの科学者と同じ様に、今の時代を生きる子供たちにも、残された夢はたくさんあるんだよと毛利さんは語りかけている。そして現役の科学者たちも、未来館のあちこちで「今、私には壮大な夢があり、それを考えただけでも毎日がワクワクしているんだ」というメッセージを発しているのである。
そんな未来館を歩いているうちに、宇宙飛行士としての毛利さんの姿を突然思い出したのだ。子供たちに宇宙から授業をしている様な内容だったと思う。あの時既に、次世代の子供たちに夢を伝える素晴らしい教育者としての使命を背負われたのではないか。教育者として尊敬に値する素晴らしいヒューマニスト。それが、私の感じた毛利衛さんなのである。
2001年12月24日、クリスマスイブの夜にも、私たちは科学未来館に居た。Small Fishというソフトウェアを使ったデジタルな科学技術と芸術の融合を目指したコンサートであった。トランペット奏者とマックの共演。オープニングに電気系統のトラブルというアクシデントの中、毛利さんは何ごともなかったかの様に、宇宙ロケットの中でも電気トラブルってあるんですよと、アドリブでエピソードを披露して下さった。大きな地球のモニュメントの下で、毛利さんに振る舞われたワインを片手にコンサートを聞く。それも大きなクッションにねっころがりながら。まるで自宅のベッドでくつろぎいでいるかの様に快適な空間。確かにここは東京都の採算度外視のハコモノなのかもしれない。しかし、少なくとも我が家の子供たちの心には、幼い頃の原風景として未来館が刻み込まれている。4人の子供のうちの誰かが、サイエンスに目覚め、人類の幸せに寄与する日が来るかも知れない。
Posted by akemi at 2001年01月07日 18:42
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