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1998年09月01日
子供からリアリティがなくなっている
ずいぶん前に図書館から借りてきた「折り紙」の本の巻頭に、
「少し前までは、折り紙は子供の想像力の芽を摘むという理由から歓迎されなかったが、最近になって、集中力を養うという観点から見直されてきた」という文を見つけて、
アホかいな
と思った。そう思ったのは文の前半、「想像力の芽を摘むから歓迎されない」というところだ。こういうことを言う専門家の人の頭の中って、一般の人よりもド単純に出来てるんじゃないかと怒りさえ込み上ーてくる。24時間365日、折り紙しかしない人がいたら、そういう事を言えるのかもしれない。いや、tに、それほどまでに「折り紙」に集中できる人、というのはタダ者ではない。子供の遊びの中にひとつ「折り紙」が入るだけのことを、専門家の人があーたらこーたら無責任に言う。折り紙だけに限らず、テレビやファミコン、インターネットなど の弊害を羅列した挙げ句、「これは百害あって一利なし!」と単純に切り捨てていることが結構多い。その根拠に、夜な夜なチャットに耽り体調を崩した主婦の例や、テレビを見ることによって暴力を学習した生徒の例や、電源オンオフで生命をリセットできるバーチャルペットの弊害、などをあげて、「由々しき事態である」とそれらしい解説がつく。そんなマスコミの報道を見るたびに、「ケッ」 と思うのだ。
例えば、チャットやネットワーク対戦ゲームにはまっている主婦の話でいうと、こういう人は、中毒と言わず、「依存症」なのである。対象があるから中毒になるというよりは、実生活の中で果たせない何か、つまり何らかの欲求不満を埋めるために、何かに頼っているだけである。それが人によっては、アルコールであったり、仕事であったり、インターネットのチャットだったりするのだ。問題は、インターネットではなく、その人の内面である。
仮想現実を現実と勘違いしてしまう小学生を例にとると、仮想現実が悪い、という以前に、それ以外の現実を、親や地域社会、学校が見せてくれない、という事があげられる。バーチャルペットがリセットして生き返るからといって、人間も同じ様に生き返ると思っている子供がいたとすれば、それはバーチャルペットが悪いのではなく、人間や他の生物の死から、子供達を隔離してしまった親や社会が悪いのである。ペットの死などを通して、どうしようもない悲しみを経験した子供が、もしバーチャルペットを育てたとしたら、きっとその子は、バーチャ ルペットであっても、その死を悲しむであろうし、リセットして生まれたペットが、「生き返った」のではなく、全く別のペットとして生まれてきただけだ、と思うだろう。つまり以前慈しみ育てていた「あの」バーチャルペットは二度と生まれ返ったりしない、と思うのではないだろうか。
逆に、テレビの暴力シーンを見て暴力を学習した子供が要るからテレビはいけない、という話を見てみると、「子供にテレビを見せっぱなしにしている親の姿」や、「視聴率だけを意識した哲学なき番組製作者の姿」が浮かぶ。テレビが悪いのではなく、テレビの見せ方ひとつコントロールできない親がまずいのだと思う。
最近の子供がオカシイと批判するのであれば、子供からリアリティを奪った現代社会を憂えなければならない。過保護にするとか放任にするとか、そういうことではなく、嘘偽りのない現実、そういうものは見せるべきだと思う。しかし、 それを理解するのには、年齢により段階があって然るべきだと思う。そういうリアリティの見せ方ひとつ、親の哲学が必要になってくる。自分が子供のころに、 何を見て何を学んだか、そういうものがやっぱり育児の指針になるのであろう。
Posted by akemi at 1998年09月01日 18:42
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