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1998年04月10日
傷は母親の心の中にある
いろいろと悩んだこともあったのだが、育児の王道は「母親が自分の人生を楽しむ」ことしかない、と実感してからは、妙に気持ちがすっきりして、情緒が安定している。
そういう時はすっかり自信満々で、「ママが楽しい毎日を過ごさなきゃ!」なんてちょっと説教こいてみたくなる。こっちがヘラヘラしていると、相手は「それができれば悩まない」とでも言いたげに、それができない理由をあげる。おお!できない理由を探しているうちはダメね、ダメ。なんて結構ドライな考えをしていたのだが、いろいろなことを知れば知る程、私のオリジナルな性格「ウェット」な部分が顔を出してしまう。
私はなぜこれ程までに色々なことを知りたがるのか
自分には関係がないのに、なぜ首をつっこんでしまうのか
そしてまた毎夜毎夜悩み続けてしまうのだ
私は自分の人生を一所懸命生きるだけでよかったのではないのか?
私は何をしようとしているのだろうか
まさか他人を幸せにできるとでも思っているのだろうか?
私は悩みながらも自分の子育てにそれなりの自信を持ち、その育児方法が間違っていたとしても、その時にどの様な行動をとるかは想像できる。子供がどんな罪深いことをしたとしても、親として社会的制裁を受ける覚悟はできている。私にはこれ以上の育児は無理だとわかっているし、それがもとで子供がどうにかなったとしても、それは仕方がないことなのだ。だから、今よりももっと良い子育て方法があるかどうかなんて興味もないし、今私のやり方に真っ向から反対する発達心理学・教育心理学的研究が発表されたとしても、私は自分のスタイルを変える気もない。
これは私は自ら勝ち取ってきた自信に基づいていると思っていた。しかしそれは、私が単にそういう育ち方をしたからかもしれないのだ。つまり、私の母が「無条件の愛情でもって、私を尊重してくれていた」からかもしれないのだ。
子供を虐待寸前だという人から相談を持ちかけられる様になった。彼女は子供が一人しか居ないのにイライラするという。そして三人の子供を抱えながらもヘラヘラしている私が不思議だったらしい。何か秘訣でもあるのかしら、と思ったのだろう、時々話かけてくれるようになった。彼女を見ていると本当に素敵なママさんなのだ。虐待の一歩手前なんて言われてもニワカには信じがたい。何でそんなに穏やかでいられるの?と聞かれても困る。「子供を生んだ時も、愛情なんて感じなかった」という彼女を見ているうちに、ふっと考えたことは、彼女自身、お母さんに愛されていたのだろうか、という事だった。これは本人には聞けないなと思った。
愛情に枯渇する人は、人からの愛情にも懐疑的になる
というのは皮肉だ。無条件の愛情を与えられた人間が、子供に無条件の愛情を与える、というのは普通のことかも知れない。その人にとって、「親の愛情」というのはイコール自分の受けた愛情を指す。先日読んだ本の中に、「ほめられて育った人は子供をほめるのも上手」というフレーズがあった。 私は「ほめて育てる」を持論としているが、子供を全くほめることのできないママさんも多く存在して、「何でこんな簡単なことができないのかなぁ」と不思議に思っていたところがある。それと同じ事で、無条件の愛情を注がれなかった人が、子供に無条件の愛情を与えるというのは、ものすごくパワ ーのいることなのだと気がついた。
公園のママさんを見ていると、自分の子育てに自信がもてないという人が多いことに驚く。世の中のどこかに「子育てに関する伝家の宝刀」が存在して、それを一日でもはやく教えて欲しい、といった印象を受けるママさんもいる。そして自分が思った様にできなかった場合、あれが悪いこれが悪いと人や物のせいにばかりしているのだ。あぁ、あれさえなければ、私はちゃんと子育てできるのに、と言いたげなのだ。そんな人達を見ていて思うのは、事の本質は「育児の問題」ではなく、母親自身の心の問題であろう、という事だった。自分の子供が少し暴力的だったりすると、どうしてこの子はこんなに手がかかるのか、どうしようもない子供を持った私はアンラッキーだと思うらしい。しかしその子は、暴力に訴える以外に自己主張する方法がない程、母親が追い詰めているのかもしれない。
そして最近、子供の問題というのは母親、父親、そして家族としての問題の投影でしかないと思う様になってきた。
前述の彼女は、きっと母親から充分に一人の人間として尊重されてこなかったのかもしれない。しかし、その彼女は、「何とかして現状から脱出したい」と必死なのだ。彼女は無意識のうちに「悪の循環」を自分の代で断ち切ろうとしているのかもしれない。そんな彼女を見ていると、私の今いる場所は、とてつもなく苦労のないところの様な気がしてきた。彼女を見ていると、 人間としての「徳」は、私より彼女の方が上だな、と思ったりするのだ。
Posted by akemi at 1998年04月10日 18:42
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