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1998年01月22日
結果を急ぐ母親達
公園でのママさんの叱り方を見ていると、何やら即効性を期待しているのではないか、と思ったりする。
今日言ったことは、明日には言わずに済むのではないかという様な短絡的な響きを感じる時もある。そしてそれは子供が自分自身で判断できる様な材料を与えているというよりは、知識としてでも何でも良いから「その行動を今後しないでもらいたい」という気持ちがありありと伝わってくる。気持ちが判らないでもない。でもこれは対処療法でしかない。子供が将来きちんと社会のルールの中で自分自身を腐らせることなく生ォていくためのコツを学んでいることにはならないのである。子供に本当に理解させたいと思えば、もっと低いレベルの事だけで良いから、一貫して言い聞かせることしかないと思う。後は自分自身で試行錯誤をくりかえし、その中で親の言っていることが、「あぁ、このことか!」と理解できる瞬間が必ず来ると信じて、多くを語らないでおくほうが良いと思っている。
ここで思い出すのは「少年法」だ。神戸の事件以来、子供の責任能力云々について色々と言われているが、少年法の中に、「子供の間は試行錯誤をくりかえして構わない。だけどある年齢が来た時には、ちゃんとルールを身につけておこうね」という思想を私は読み取っていて、それを現役のママさんに実感してもらいたい、と強く思う様になった。つまり、3歳で完成品である必要はないのだ。幼稚園に行っても、小学校に行っても、ある程度ハメをはずしたっていいと法律にまで明文化されている。だから周りの誰に「躾がなっていない」と言われても、「この子の20歳の姿を見てちょ 〜だいっ!!」と思っていればいいのだ。
それでもママさん達は、例えば「小学校に上がる前に」とか、「幼稚園に行かせるまでに」などと勝手に線を引いて、その目標に向かって子供を抑圧していく。どうしてこんなに必死に叱りまくるのか。
大家族で子供を育てている場合、子供の育ち方に対する責任感というものはほどよく分散されていたのかもしれない。しかし、核家族で、しかも父親の仕事が忙しかったりすると、育児の責任というものが、100%母親の肩にかかっているという思いで押しつぶされそうになる。何かあると全て母親が責められる。だから子供は少しでも、 一日でも早く「よい子」になってもらいたいのだ。そしてその事で評価されたいと思う。よほど、「誰に何を言われたって気にしないもん。私は自分の育児をするだけだわ。」と腹をくくらない限り、手段を選ばず子供の望ましくない行動を押さえ込むことに目が行ってしまう。
どうすれば、彼女達を解放してあげられるのか。それは父親だけができることかもしれない。
Posted by akemi at 1998年01月22日 18:42
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