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1997年10月05日
「拒否」しない育児
私自身のことなのだが、私は
1、とても親に愛されて育った
2、一人の人格として生まれた瞬間から尊重されていた
という思いがしみついているのだ。それで、私は子供にもそう思ってもらいたい、逆に言えば、そういう思いさえ抱かせることができれば、育児は100%成功したも同然、と思っている。それで、そのためには「たっぷりの愛情を注ぐ」ことが基本だと思い続けて、結構ベタベタした事もあったのだが、祖母に不幸があった時に実家に帰り、母の孫への接し方を観察しているうちに、ある法則があることを発見して、ポンと膝をたたいてしまった。
これだ!これぞ育児の極意!!!
うちの母はベタベタしたタイプではない。どちらかと言うとアッサリした感じなのだが非常に愛情深い。私は自分が小さかった時のことを一気に思い出してしまった。
母は孫の後ろから追いかけて「遊ぼ、遊ぼ」と言ったりしない。特にヒマそうにしていない限り、「何かを提案する」という事もない。しかし、孫が何か話しかけてきたら、その時何をしてても必ず聞くのだ。家事をしていてもちゃんと聞いている。その時できなくても、 手が空いたら忘れずに、ちゃんと約束を果たす。私は何の脈絡もなしに母から説教をされる事などなかったが、私が話しかける時は必ず聞いてくれたし、自宅で仕事をしていたため、 忙しい時は「後でね」と言われるのだが、それが何時間後になっても、「さっきの話何だっ たの?」と忘れずに聞いてくれた。私が母から受けた教育は 決して子供を「拒否」しない育児だった。
子供の言葉といっても決して軽んじない。目の前の友人に対してするのと同じ様に誠実な態度だったと思う。泣いている時も、ずっと愚痴を聞いてくれて同調してくれる。私が辛かったと言えば、「そんな事辛くないっ」と言うまえに、「とっても辛かったのよね」とまず受け入れてくれる。そんな母だったと思い出した。私は無節操なベタベタの愛情ではなく、ポイントだけを押さえた、しかも無条件の愛情で支えられて生きてきた。そして、今、自分の存在が有難いものだと心底思うし、ちょっとミテクレは悪いオババながらも、自分を惚れ込んでいる部分もある。
タツミが生まれてまもない頃、カオルへの愛情が不足しているのではないかと思い、泣くカオルに向かって「カオちゃんゴメンね。ママちゃん忙しすぎて抱っこもできへんかったね。でもママちゃんはカオちゃんのこと大好きやからね」などとコンコンと話して聞かせたことがあった。それを見ていた母が言った言葉は強烈だった。「何か子供に言い訳してるみたい。 愛情なんて『好き』なんてイチイチ言わなくても、通りすがりに頭をちょっとなでるとか、 寝ている時に跳ねたお布団を直してあげるとか、そんなことで子供はちゃんとわかっているの。朱美さんのやっていることはちょっと空回りしてるんとちゃう」
などと言われて足腰立たなくなる位ショックを受けた。確かに言い訳しているに過ぎない。 そんな事聞かせられてもねぇ、という母の言葉は図星だけにキツかったのだが、得ることも多かった。要は「想い」で、その想いは隠そうとしても端々に自然と出てしまう。そういうもので充分伝わるはずなのだ。
最近、近所に住む小学5年生の女の子がよく遊びに来て、彼女と一緒にピクニックに行った時のことだった。彼女のお母さんは、ずっと仕事をしている人で、日中は彼女一人なのだ。 夏休みの間は毎日、お弁当を準備してくれているらしいので、その日もそのお弁当を持参して公園に行った。少し遊んでランチタイムになって彼女のお弁当を見て驚いた。「今日のは手抜き」と言いながら、愛情のこもったお弁当を見て絶句した。あぁ、母の言っていたことはこの事だったのか、と心の底から思った。お母さんが働きに行って、寂しい思いをしているのではないか、なんて思い込んでいた私は自分の事を恥じた。
お弁当を見ただけで愛情を感じるのだ。
自分の母は、働きに行っている。それだけでも大変なのに、朝早起きしてこれだけのお弁当を作ってくれる。それだけではなく、お弁当を包むハンカチも奇麗にアイロンがけしている。彼女の着ている服も、毎日清潔に洗濯されている。そんなこんなの直接ではなくても、間接的に子供のために割いた時間、そんなものは必ず子供に伝わる。それ以上に何が必要か。 そんな気持ちがふつふつとわいてきた。
自分の事を考えてみると、それがいかに自分勝手に育児していたかが理解できた。ちょっと余裕ができた時にだけベタベタして、カオルが言ってきたことに対して、「あ、後でね」と生返事する。しばらくしてカオルが忘れているのをいいことに、その話を持ち出さないでいることがよくある。彼女はもっともっと尊重されたがっている。
今の私は、自分が子供だった時の母の背中をありありと思い出すことができる。仕事中の母に話しかけるのをためらった気持ち、話しかければ忙しくても返事をしてくれるのを知っていて、だから話しかけないでおこうと決めたあの時の気持ち。私は決して母から拒否されることはなかった。
Posted by akemi at 1997年10月05日 18:42
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