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1997年05月01日

親が「親バカ」にならないで、誰が「親バカ」になるのか

 「親バカ」という言葉がある。これはとっても恥ずかしい言葉だと思っていて、自分が親になった時は、「親バカ」にはならないでおこう、なんて結構無理をしていた事もあったが、最近になって、「親が親バカにならなかったら、誰がこの子のためにバカになってくれるのか」なんて思い始めて、最近堂々と親バカ宣言しはじめている。

 というのは、他人から見れば「なんや、この親バカ」という様な、親の子供に対す骭ゥ方が、実は子供のアイデンティティに大きく影響(それも好影響)しているのではないか、と思える様になってきたからだ。とっても小さな子供がどんどん伸びる時、それは誉められている時だ。どんどん調子にのって思いも寄らない成長をとげる。「教育の基本はほめる事」だと確信している私としては、子供の事はどんどん誉める。しかし、この誉めるという行為、本気で「うぁ、すごい」と思っている時と、「ほめておこうか」と義務的に言葉だけで言っている場合と、子供はその違いにすぐに気がつく。つまり、親が本気で子供に対して、「すごい!」と思っていないと、なかなか子供には伝わらないのだ。だからこそ、この「親バカ」がとっても大切になってくるのだ。

 子供の描く絵に「この子は将来芸術家になるかもしれない」と思ったり、 音楽に対するノリが「普通の子とはちょっと違う」と思ったり、こういう気持ちは他人から見ればプッと噴き出す感情かも知れないが、私はその感情を隠さない。本気ですごいと思ってしまう。この子は何かある、と思う。私は通りすがりで自分の人生に関わりもなさそうな人に「良識のある、できた親」だと思ってもらわなくて良いのだ。他人の評価なんて、自分の人生をプラスに変える場合以外は、気にしなくて良いのだ。それよりも、目の前にいる子供が、毎日を生き生きと、自己表現する喜びを感じながら育って欲しい、と 思う。

 人間のやる気、前向きな姿勢の原点は、親のこうした気持ちを感じ取ることによって養われた、子供の、自分自身に対するポジティブな感情なのではないか。そんな気がしている。

Posted by akemi at 1997年05月01日 18:42

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