2008年02月09日
SMOKE GETS IN YOUR EYES, AGAIN
昨年の旧正は「黄大仙」に参拝して香港の皆様の煩悩を全身に浴びた結果か、散々な一年であった。
今年は一昨年同様、近所の廟(上環)へお参りしてきた。昨年とは違う行動を取りたかったのであーる。
人々は「財神」の前に列をなしてはいたが、それでもスピリチュアルな場所っぽい感じがあって自ずと涙も零れてしまう。今年は時々ここに来ようっと。
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2008年01月03日
butterflies
我が家の近所から金鐘あたりまで一帯。
明らかに弱って低空飛行しているもの、および死骸だらけ。
こんな時期に蝶が飛んでいるのがおかしいのか?殺虫剤でも撒いたのか?はたまた鳥インフルエンザ?
理由はわからないけど怖すぎ。
Posted by akemi at 22:53 | Comments (0)
2007年02月18日
SMOKE GETS IN YOUR EYES
「煙が目にしみる」
あ、いや音楽の話題ではない。
昨年の旧正月には近所の廟に参ったのだが、今年はダンナの希望で「黄大仙」へ初詣。
長蛇の列に混じり、右にならえで巨大線香の束を片手に潜入するも。
すっごかったわよー。
日本でお寺などに行くと、何となく日頃の煩悩から離れ、清らな気持ちになったりするものであるが、香港ではちょっと違うのである。
とにかく線香の束をほぼ全員が持っているため、煙の量が半端ではない。しかも満員ギューギューであるため、手元に線香を持つと前の人を焦がしてしまう。結果、全員頭部より上に手を掲げつつ大量の線香束を持ちながら歩く。悲しいかな線香からは、もちろん高熱を帯びた灰がパラパラ。みんな我先にと急ぐ中、やっとのことで目的地に辿り着いたと思ったら、「あんたの線香が私の手にあたったやないか」と大騒ぎで別の人に怒りまくっているおばさまが目に入ったかと思うと、彼女の手元の線香の灰が、うちの子供のウナジを直撃ーっ。ギョエーッと思っているうちにも、後ろのおじ様が子供たちを押しのけて中に入り込む。火傷被害者続出―っ。
そこは。
煩悩だけの世界、
であった。
Posted by akemi at 23:44 | Comments (0)
2007年01月08日
HKU SPACE 雑感
何度か書いたが、私はパートタイムの学生でもある。といってもマネジャー向けの週一回3時間の夜間講座。今日やっと前半部分の10週目が終わったところ。あと3ケ月もあるのかと思うと少々疲労感漂うのである。
HKU SPACE の経営学の講座についてご興味のある方もいらっしゃるかもしれないので少し内部事情を書いてみる。(って多分いないかも。日本人はおろか他の外国人もそのセンター内で見かけたことが皆無(涙)。こんなにローカルな場所とは思わなんだ。生日本人初めて見た、とか言われたりもしたわよん。香港には日本人2万人いるんとちゃうんかー?)
この間。
クラス内アサイメント1回。
クイズ(小テスト)2回。
アサイメント(事例研究)+プレゼンテーション(30%ウェート)各1回。
が終了。
今年度のスケジュールでは、テスト1回、最終のグループアサイメント+プレゼンテーション(40%ウェート)が残っている。
それぞれ難しい課題ではないと思うのだが、全員社会人であるためかなり気合入りまくり。
実は今回の講座はITではなく経営学寄りであるため、参加者の業界が全く異なるのだ。ライブラリアンやIT関係者のみならず、医療関係者、政府機関、広告業界、出版業界、経営コンサルタント、スポーツ業界、製造業などなど、もうありとあらゆる業界から参加しているので、事例研究をするにも、自らの業界の背景を説明せねばならず(しかもかなり特殊な仕事が多い)、それを含めつつも課題に回答するため、とにかく「もう相手に伝わったかどうかなんて確認しているヒマなどない。ただ私は課題をきちんと遂行したことを証明するために、一方的にしゃべるのだーっ!」モードに全員が突入(私含む)。正直言って興味深いとは思うのだが、聞く側としても集中力が持続しない、って歳の問題かも(笑)。3時間ぶっ通しのプレゼンテーションお披露目会、かなり消化不良でございます。ただ今、少々燃え尽き症候群状態。
それにしても香港の人たちはパワフル。
仕事しながらどうやって、というか何時あんな立派なプレゼンテーション資料を作っているのかしらと思う。手を抜いた形跡がゼロなのよ、ゼロ。彼らのセルフモチベーション能力こそ研究対象にすべきかも。
そうそう授業内で行った「会社において、何が最もあなたを惹きつけるのか?」というアンケートの結果が出たのだけど、トップは「成長の機会が得られる」というもの。私自身は「意思決定への参画」をトップに上げたのだけど、香港の人たちにとってはそれ程魅力ではないらしい。
なるほど。
流石に定着率の悪い香港ならではの思想。
会社は単なるステップアップの場、なのであーる。
逆に言うと、
明確な成長の機会を与え続けることが、定着率を上げるための得策かも。
「成長=より高水準の収入」であることは間違いないのだが、どうも「今現在の高収入」よりも、「より高い収入を得る機会を得る」ことにウェートが置かれている気がしてならない。
700万総上昇志向の国民性、みたいな。
そりゃーもう、外国人の私だって流れにのせられちゃうがな。
追記:香港内人口350人に邦人一人の割合か。この割合だったらセンター内に日本人が居ないのも当たり前かしらん。
Posted by akemi at 23:38 | Comments (0)
2006年10月06日
検証:香港1年半。
何度かBlogに書いておりましたが、
香港では、底値の食材を近所のスーパーや街市で購入して参りました。
日系や欧米系の高級スーパーに立ち寄ることもなくです。
その結果訪れた現実について、
誤解を恐れず正直に書かせて頂こうと思っています。
私自身の恥を晒してでも、結果的に人体実験をすることとなってしまった我が家のことを正直に伝えることで、被害者を少なくしたいと思っているのでございます。
前提:我が家の過去の食生活について。
東京に住んでいた8年間のうち、転勤するまでの6年間は、ほぼ全ての食材を「大地を守る会」から購入していました。それでも足りない場合は、近所のナチュラルショップへ行き、スーパーでも、特にハムなどでは無添加と書かれていたものしか買わないという徹底ぶりでした。特に調味料にはこだわっており、玄米などもかなり頻繁に食べておりました。また、ハッキーが母乳以外で飲んでいたのはミルクではなく豆乳。
オーストラリアでは、食材自体が高いので、選択する余地もなくその高い食材を(できるだけ赤札のものを選びつつも)購入していました。お肉はというと、オージービーフ、オージーラム、タスマニアサーモン、リリデールチキンを贅沢にも食べ続けておりました。カオルのお友達にアレルギーのお友達がいて、彼女が食べられる様にとナチュラル系のおやつを常備する様にもなりました。特にオーガニックを選んでいたわけでもないのですが、新鮮な野菜はどれも美味。そんな新鮮野菜のサラダ、野菜スティックを浴びるほど食べ、スナックはフルーツで、という生活を2年半送り香港へ。
香港での食生活
これまで骨折などの事故はあっても、深刻な病気やアレルギーとは無縁だった我が家は、過去のナチュラル志向の生活が、何やら「主婦の贅沢な趣味」や「自己満足」に思え、安い食材があふれる香港で、数倍もの価格差がある食材を買うことに意義を見出せず、突如、経済性と効率を重視する香港ライクな生活に完全シフト。また子供たちも成長期を迎え、一日に1升のお米、一回に1キロのパスタが無くなる現実を思い、またずっと公立育ちだった子供たちが私立に通うことになったこともあり、食費を切り詰め少しでも貯金をという気持ちが勝ったことも事実でございます。我が家の子供たちは外食があまり好きではないこともあり、ほぼ全ての食生活は私の手によるもので、スナックなどもジャンキーこの上ないものもドンドン与えてしまっていました。
変化:我が家に訪れた変化
病気など無縁の我が家でしたが、香港に来てから半年ほど経った頃体調を崩す人が続出。私はその原因を、空気や水道水などの汚染ではないかと疑いながらも、それは不可避であるため、自分の力で変えることができる範囲内で原因を「風水が悪い」と結論付け、部屋の片づけを続けたが解決せず。
体調不良の一部をご紹介します。
カオルとハルキ:肘と膝の裏に軽い湿疹ができるようになって治らない。病院でもアレルギーであればもっと酷くなるのでアレルギーではない、保湿を心がけてといわれて保湿クリームを処方されるのみ。改善の兆しゼロ。時々悪化して血が滲むことも。
ダンナ:何故か足と手にブツブツが大量発生。診察の結果「光アレルギー」と判明。初めて聞く病名に???
タカシ:今年に入ってからずっと頭痛が治らず。大病院でMRIを撮影するも異常なし。医師からはストレス性の頭痛だろうから、頭痛薬を飲ませておけばいいと言われてしまう。
タツミ:某飲茶で食事をすると必ず頭痛に襲われるように。大好きな春巻をがんがん食べていても途中から頭痛いと言い出し、飲茶と頭痛がセットになって以来その飲茶には足を踏み入れず。
私:超高級ホテルでの結婚式に参加。美味のフルコースを堪能しつつも、何故か今まで経験したことのない激しい頭痛と吐き気、首の硬直と震えに襲われ退席。ホテルのカウンターで無理を言って売店を開けて頂きパナドールを購入。30分後に復帰するも、その後何も食べられず。二回目のこれまた超高級ホテルでの結婚式に参加した翌朝、激しい頭痛と倦怠感で起きられず。腰から上が重くて立ち上がれないという経験をしてしまう。重ねて、オーストラリアではお手製石鹸で完治した主婦湿疹が、全く治らず悪化の一途。
これら全て点に思えた現象が、ある日突然、線のように繋がって見えたのは、ある医師からの一言。後悔しても始まらず。原因が分かったのが不幸中の幸い。現在はその原因を除去すべく奮闘中。で、その原因ですが。
食材であったと。
食生活が全ての症状を引き起こしたのでは、という結論に至ったのであります。
あまり自分のことを話さないタカシが、ある日私のところに来て、おれ頭痛が治ったことがない、ずっと頭がすっきりしたことがないんだとカミングアウト。早々にMRIを撮って異常なしのレッテルを貼られて、それでもパナドールを飲みつつ学校には行っていたものの、何の改善も見られない、もう一度病院に行きたいと彼が言う。これはかなり異常事態。
もう大病院には頼れない。
何となく勘が働き、頭痛とは全く関係のないアレルギー専門医の先生のところに行ってみたところ、彼にものすごいアレルギーがあったことが判明。ハウスダストやダニ、カビなどは納得できるものの、食材にもアレルギーがあったとは!その内容がすごすぎ。
米、麦、オート麦、豚、貝、蟹、リンゴ、バナナ、葡萄、味の素、ゴマ、卵の白身。
まじ?
彼の大好物ばかり。
しかも味の素って何?そんなもんうち使ってへんでーっ!!
そしてその日以来アレルギーについて調べ続けてわかったことは、我が家全員、何らかのアレルギー反応を起こしていたということ。頭痛というのがアレルギーと結びつかずに発見が遅れたのだが、私やタツミはMSG大量摂取によって引き起こされた抗アレルギー反応ではないかと合点がいった。
ちなみに米、麦がアウトになると、しょうゆ、味噌、酢、みりん、酒、全てアウトでございます。酢などは、アップルビネガー、ワインビネガーがあるやんと軽く考えていたところ、リンゴも葡萄もアウトとはこれいかに。
タカシはその日「抗ヒスタミン剤」を通常の半量処方され、私は寝具の掃除機がけと食材から彼にとってのアレルゲンを除去したところ、翌朝から、彼の頭痛はキレイさっぱり消え去ったのであります!(現在も全く頭痛なし)
そしてダンナの光アレルギーも肝臓が悪いと出る場合があるらしく、とにかく家族全員、食事で取り込まれる「何やら悪いもの」を解毒したりする過程で、その量が閾値を超えてオーバーフローを起こしたのだと合点がいったのであります。
オーストラリアから一杯持ち込んだサプリメントが底を付いても、何やら効果があるのかわからず買い足すことをしていなかったのだが、サプリメントでも飲んでいれば少しは解毒作用があったのかもとチラと脳裏をかすめる。
要するに「毒菜」食べ放題、何の飼料を使っているかわからない中国の肉を食べ続け、香港近海で取れる貝を大量に消費し続けた結果が家族全員の深刻な体調不良。私自身の勉強不足で家族全員が転覆しかかったわけであります。
今現在、家族のためにオーガニックな食材や、無添加の加工品を購入し続けているママさん方へ。時々「これって自己満足?」と疑念を抱いちゃうことがあったりするかもしれません。普通の食材の倍以上のコストがかかりますものね。でも、それは自己満足では決してないし、貴女のやっていることは正しいと断言できます。そしてパパやママしか、子供たちを守ることはできないんですよね。もちろん外食などでは不可避ですが、普段の食生活でそれほど悪いものに犯されていなければ、数回の外食ではきちんと体は解毒できると思います。我が家の様に毎日毎日、そんな食材を食べ続けると、人間は半年ですっかりそれまでの貯金を使い果たしてしまうことが実証されたと思っています。
仕事を持ちつつ家庭を維持するのは本当に大変。
家事に割くべき時間が以前の3倍(料理、掃除、買い物などなど。特に毎日寝具に掃除機がけだぜっ)くらいになり、食費も倍になりました。ご飯と一緒に粟やヒエを土鍋で炊き、サツマイモ、じゃがいも、とうもろこしを順番に蒸すようになりました。豆ヌードル、タピオカ、はるさめ、各種豆、色々と以前使わなかった食材を常備するようにもなりました。食材はできるだけ私の中では信頼度の高いオーストラリア、ニュージーランド産をチョイス。野菜は無農薬野菜のデリバリー。スーパーで買ったものも、野菜はその日使う素材を朝から水につけておいて皮を厚切りして使うようにしています。流れ出た栄養分はサプリメントで補っております。
アレルギーの専門医によると、除去食は期間限定、6ケ月だけがんばってみてと言われているので、とりあえずその期間をがんばるのみ。お蔭様で食材や調理法、調味料のことについても色々と知識が増えたので、この1年半を何とか取り返そうと、取り返せるぞという心意気でやっています。
追記:私自身元々シビアではないもののアレルギー体質であったため(小さい頃は湿疹が出来やすい体質と言われ、今現在も金属アレルギーを持っています)、子供たちの遺伝子にもそういう体質が受け継がれていたため、症状として出たのだと思います。そういう体質でない方は、我が家の様な症状が出るとは限りません。今までは食生活が健全で、しかも(これが重要かも)ストレスフリーな生活を送ってきたのですが、香港に来てから、家族全員が香港のエネルギーに飲み込まれてしまい、またそれをエキサイティングだと感じて邁進してしまいました。子供たちは外遊びがほとんどできない中で宿題漬け、今まで勉強が大嫌いと大声で言っていたカオルまでもが成績の1点2点を気にして深夜まで勉強するようになる始末。ストレスが抵抗力を落とすというのは自明の理。もちろん食材だけが原因ではありますまい。でも、とりあえず当面の症状が全て消えたので、食生活がキーファクターであったことは事実でしょう。
Posted by akemi at 00:28 | Comments (0)
2006年07月31日
はじめての西貢
西貢、である。
魚介類好きの我が家のコドモたちは狂喜乱舞でございっ。
リサーチの結果、素材は船の上で買うのが良いらしい。ということで一路、船上の魚介類の相場をチェックに行く私であーる。
ロケーションの良さと値段の高さとは正比例の法則アリの模様。が、微妙に素材の大きさとか活きの良さとかが違う様で、簡単には比べられないのよーっ。おまけに陸上から見てると、かなり遠いのよ。値切ることを考えると一箇所でまとめて買った方が良いだろうと、目的の素材をできるだけ網羅している船をピンポイントで狙う。
が。龍蝦(ロブスター)がないーっ!!
一番、価格格差がありそうなメインディッシュの入手に苦労。
陸の上から船のおじさんにコール。見つけたー!と思って陸の上からコールするも、
「龍蝦ないよーっ」
「あれー、そこの、そうそうそれ、龍蝦じゃないのーっ??」とツッコミを入れるも、
「あー、これ?これはでっかい瀬尿蝦(シャコ)さ!」
ふーん。シャコにも色々と種類があってガラ付きのなんてロブスターに見えちゃったわよーっ。結局、ロブスターはお店で買うことにして、巨大瀬尿蝦をはじめ、蜆(アサリ)、扇貝(ホタテ)などなどの貝類をカゴでどっちゃり買いーっ。重いーっ!!
お店の前で、龍蝦と蝦を買ったのだが、うーん、ぼってる?網一杯のエビを見せてくれて、これが40ドルだと言うのだけどねーっ、私いっつも街市でエビ4斤買い(大体一斤20ドルくらいだよん)するのだけど、この量、一斤半ってところでしょー。香港島よりも安いはずじゃないのかなーっ?30ドルがいいとこよねー。ぼってるでしょー。
でももう疲れてるしいいやと思って他のものを物色していたら、おばちゃん私の手に持っているものを目ざとくみつけて、ちょっと見せてみて、と中をチェック。
「あー、もうこんなにたくさん。もう充分、充分!どの席にするの?」なんて言うのよーっ。あ、こっちはコドモだからと思ってそんなに食べないと思ってるでしょー。うちの子すっごい食べるんだよーっ、とか思いながらも、プロが言うくらいだから充分なのかと思いつつ、料理法を告げて席に着く。
エキストラの料理も頼みつつ、案の定、到着した瞬間にお皿が空。そんなに大量の貝どうすんねんっ!と思いつつも一気に無くなる。しかも、
シャコの殻いつまでもしゃぶるなーっ。
貝の殻舐めるなーっ!!
おかわりって言うなーっ!!
もうイヤ。もうイヤ。食べるだけでは飽き足らず、殻を舐めるという下品な行動を目の前にして、一気に他人のフリしたくなる私であった。
おかわりー!の声を完全無視しつつ帰路に着くその前に、もう一度船の上の値段をチェックしていたら、なんと龍蝦見っけ!値段を聞いてみると、お店の一割安い程度。これを買い叩く元気はもうない。とりあえず帰るとするか。
途中、「お寿司食べに行きたーいっ!」とのたまうコドモには、もうハリセンチョップあるのみ!
さっき、たらふく食べたやろがーっ!!
西貢行く前にオニギリ食べさせておくべきだった。
Posted by akemi at 01:44 | Comments (0)
2006年07月12日
九龍城塞屋上から見える景色
1987年12月31日。
バックパッカーの私が見たものは。
エネルギッシュな香港の原点。




Posted by akemi at 00:54 | Comments (0)
2006年05月15日
I have no barriers to go ahead!!
この日をどれほど待ち望んでいたことか!(Press Release)
5月15日付記事です。
かねてから最終調整段階にあると言われておりましたが、とうとう15日より「駐在員家族も就労ビザ」が自動的に与えられるようになりました!
Posted by akemi at 14:30 | Comments (3)
2006年01月19日
オレオレTea au lait
今現在H-tea-Oのカップでコーヒーを飲んでおる。
Admiraltyにあるのだけれど、思わずフラフラーと吸い寄せられるように入ってしまったティーオーレのお店。スタバの紅茶版といったところ。
とりあえずスタンダードなティーオーレをtake awayで頼む。
OK、TO GO!
ををっ、このお店はアメリカ資本なのねーっ。
お店の人のリアクションに驚きつつ、口にしたそのティーオーレであるが。
ナイスッ。
ストレスたっぷりの御貴兄。是非ともお試しをば。カモミールティのようなハーブテイストたっぷり。私なんざ一口飲んで一気にFeeling Better & Calm Downしてしまいましたがな。(ちなみに子供4人に飲ませたら4人ともうっげーっとか言って首ふってました。なんでーっ?)
で驚いたのがそのカップ。思わず「Take Awayって言ったんですけどーっ」と言いにいこうかと思うほどのしっかりしたカワイイカップ。実はこれ3ドルデポジットらしい。次回このカップを持っていくと3ドル割引になるのだろう、多分。(日本のスタバでは常にマイカップ持参組だったが香港では初めて!)
確かにAdmiralty にオフィスがあるならともかく、何でも自分で作ってしまう私がこのカップ持参で再度このお店に行くということは考えられない。
でもこのカップ、かわいいのだ。自宅で飲むにはデカくて普通のコーヒー2杯分くらい入るし、ロゴもエコロジー色で気に入って使っている(しかし色に染まり易いのだ!)
IKEA(私は未だにこの名前の香港での呼び方が分からないのーっ。漢字4文字なのよ?どう読むのーっ?因みにオージーたちはアキアと呼ぶ。最初のアはイとアの間のアよ)で安いカップを買っているのだけれど、すっごい割れ易いのだ。でもこれは同じくらいの値段で割れないから重宝。
で結局カップだけかいっ。
追記:豆乳その後
1リットル分の豆乳をローションに加工した残りは、豆乳鍋として一気に消化(知らなかったわーっ激旨やんか。日本で流行ってたのねーっ。まだご存知のない方は是非お試しを。豆乳とその半量分の濃い目に味付けしたダシで割ります。
Posted by akemi at 15:11 | Comments (0)
2005年09月17日
Moon cake, moon cake....and moon cake!!!
いや全くこの歳になるまで知らへんかった。
中国圏では、この中秋節の季節になると月餅(Moon Cake)を贈り合う習慣があるのだが、ここ香港で主流と言われる月餅が、20年近く前に中国で食べた「でかくて甘くて脂っこくて、とにかく一個丸々は絶対食べられへんでー」という“月餅”(英語圏では、このso called ダブルクォーテーション囲みの言葉を話す時、顔の横で2本の指をチョイチョイとやって、ダブルクォーテーションマークを表す)とは全くの別物であるということに、最近になって気がついたのだ。
私のイメージする(過去に食べた)月餅は、ナッツやら松の実やら、とにかくやったらと甘くてねとっとして、というものだったのだが、香港のそれは、サイズも小さく、中にアヒルの塩漬け卵(シェンタン)の黄身部分がまるまる入っているのだ!
実は、私の両親は仕事の関係で台湾に住んでいたことがあり(そのため、私はOL時代4LDKの自宅マンションに一人暮らしを余儀なくさせられ、、、)、うちの母はそこで色々な台湾料理を習得してきた。それ以来、母は台湾式チマキを作ってくれるようになったのだが、それが激旨(ピーナッツやら豚肉やらシェンタンが入っていて、醤油味ではなく塩味なのだ!)で、その味に慣らされている私は大のシェンタン好き!そして、ここ香港の月餅は、そのシェンタンの黄身が丸々入って、しかも蓮餡。その餡がね、美味しいところのだと、甘さも控えめで、シェンタンの塩味とあいまって、もう日本の和菓子もまっつぁおのデリケートなテイストを醸し出すのだ。この微妙な甘さと塩味のハーモニーが分かるということは、香港はやはりグルメな街であると言わざるを得ないだろう。
最近あちこちから月餅を頂いて、完全に月餅フリークと化している私。これがまた抹茶に合う合う。一人月餅と抹茶と洒落込んだり、時には深夜にいけないと思いつつ、こそこそっとパクついては冷やしておいたジャスミンティーを飲んだり。これぞ香港に住む醍醐味よねーっ。今日お隣さんから頂いたものはシェンタン二個入り!で大コーフンの私である。おまけにパッケージが可愛いのなんのって。ステキな紙箱だとか、缶だとか、子供たちが先を争って集めているのだ。
しかし、しかしである。
これって今の時期しか食えないってことかい?
冷凍保存でテイストは保たれるのか保証はできないが、試さねばならぬ。もうなんかアディクションになっちゃいそうである。最近、冷やし系とか洋菓子系とか、そういう月餅も色々あるそうで、この時期に同じものが重なることを思えば、選択肢は多い方が良いのだろうが、私は断然トラディショナル月餅派だなー。(といっても私からすると、この一口サイズの蓮餡&シェンタン、というのは最近の流行に見えるんだけどなー。トラディショナルはあのGreasyなやつでしょう)。
とにかく市場から月餅が無くなる前に買い占めておかねばならぬ。といっても、常に満タンな、冷凍室に入る余地があるとも思えない。
桜は散るから美しい。
そして
月餅はこの時期しか食べられないから美味しい。
のかも。
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2005年08月22日
オーストラリアドルの小切手
香港に行くことが決まり、払い込んだ授業料を取り戻すべく奮闘した話(大学でRefund)は以前書いたのだが、そのリファンドは当然のごとく小切手で支払われることになっていた。
メルベンを離れることが決まっていたので、メルベンの住所に送ってもらうわけにもいかず、大阪の実家に送ってもらうことにした。その小切手は、その後無事実家に届き、さぁ換金というところで大問題が発生したのだ。私は香港、小切手は大阪。受取人は私のフルネームが書かれているので大繧ナ代理で受け取ってもらうことは不可能。仕方がないので香港での住所が決まってから、香港に送ってもらうことにしたのだ。
小切手は無事私の手元に届き、本人と小切手がワンセットになっているのだから、これで何の障壁もないと思い、早速銀行へと向かったのは今から約4ヶ月前の話。何はなくとも銀行口座。これがないと小切手の受け取りも何もないわよねーっ、とダンナの机の上に無造作に置かれた、賃貸契約書の写しや、ダンナの就労証明(ダンナが銀行口座を作るときに会社で発行してもらったものの様)などを「しめしめ」と握り締め、婚姻証明(メルベンの領事館で発行してもらったもの:英文)、パスポート、香港IDカードなどなど。とにかく、住所とダンナの会社とダンナと私の関係が証明できりゃー何とかなるわな、と家から近そうなH銀行に飛び込み、口座開設をお願いした。
でね、H銀行口座を作るのに、何の問題もなかったのだが、ダンナの就労証明なんかを持って行ったために、口座の利用説明のとき、「〜のサービスがご利用頂けます。あ、残念ながらinvestmentはご利用になれません。なぜなら、ご主人さまがXXXXXでらっしゃいますからねーっ」とニヤリとされたので、あー、こりゃもうオフショア(って私は香港に居るからオンショア??)投資とかやっちゃおうという勢いも削がれる(って資金もないか)。
しかし、衝撃の告白が。「いやー、残念ながら外貨小切手をこの口座に入れるためには、口座開設から6ヶ月のご実績がないとダメなんですよーっ」なんでやーっ、誰が決めたんやー!!私の○十万が宙に浮く〜!!!
家に帰った私は、日本のC銀行に電話をかけてみた。事情を説明したところ、今回のところは特別に書類をお送りしますので、それにご記入頂いて、それから小切手と一緒にご返送下さい、と言って頂けたので、その指示に従って、受け取った書類に返送したのだが、しかし。
私の小切手が「オーストラリアドル」だったので、これまた他の書類がいるとか何とかで、再度仕切りなおしになってしまったのだ。これらをチンタラやっている間に4ヶ月経ってしまったのである。
さて、小切手というものは6ヶ月以内に換金しないと受け取れなくなってしまう。小切手の発行日から起算すると、9月初旬には切れてしまう。うっげー!!どうすんねん。H銀行の口座開設からまだ4ヶ月。うーん、うーん。何とか奥の手はないかと思ったところで、今度はC銀行香港に小切手を何とかできないかと相談しに行った。C銀行日本に口座があるからである。これで何とかしてもらえないかしら。
C銀行香港とC銀行日本って何の関係もなさそうだった。担当者のべっぴんな彼女は言った。「香港から日本のC銀行のアカウントにはアクセスできないので、どうしようもないんです。ただ、こちらに口座を作って頂ければ、300香港ドルの手数料で小切手は処理できますけれど、どうなさいますか?」ということだった。こちらはもう、手数料がいくらかかろうとも、このままでは○十万がただの紙切れになっちゃうところなんだから、Go aheadなのである。あー、ギリギリセーフ。何とか間に合った。
あー、もう何だか銀行のカードばっかり増えるわねー、あっちこっちの国にいろいろな口座があって、もう私管理しきれないでー、と思っていたのだが、よく考えてみると、
H銀行香港
C銀行香港
に私の名前の銀行口座があるということであるがな。もしかして、この二つに銀行口座作りたい日本人って、いっぱいいるのかもしれない。しかし。資産運用するにも、運用する資産なんてどこにあるんや!!うちは5人が私立(4人のコドモと私の語学学校)なんだから減る一方やんか!!
Posted by akemi at 18:17 | Comments (6) | TrackBack
2005年08月17日
Waku-Waku in Hong Kong
香港に来てからというもの、私のワクワクが止まったことがない。
メルベンでの生活とはまた違う。正直言うと、メルベンをドライブしていた時のこと、子供たちの学校の友達のこと、そういうことを思い出すと今でも涙が出ちゃう。しみじみと人間の本当の幸せがあそこにはある、と実は思っている。
でもそれは、期間限定のビジターだからの視点だったのかもしれない。だから私は、この香港でビジター然として、家のドアを出た瞬間から始まるワクワクを止めようとしない。
私は学生でバックパッカーだった頃、4回ほど香港に来ている。それは、香港大阪間のタイ航空1年間オープンチケットが、当時のレートで1万円台で買えたからなのだ。アルバイトして貯めたお金で、韓国まで船で、そこから台湾、香港と格安チケットで乗りついで、初めて香港に着いた時から、その「1年間オープン」のチケットを買って日本に帰り、次の大学の休みには、また香港を基点にして、タイ、インド、ネパール、台湾、中国、などなどを訪れ、また帰りに1年間オープンを買う、ということを繰り返していた。私にとっての香港は「旅の始まりの街」。その気持ちを今でも忘れられないでいる。
香港では「ラッキー」という日本人のバックパッカーが集まるところを常宿にしていた。実は場所によっては日本人の集まるところが苦手(タイのバンコクにある日本人に有名な安宿は、とんでもないところだった。すぐにカオサンロードの西洋人の多いところに移ったのだが。何がとんでもないって?あそこには人生に夢も希望も目的もなく、ただただ堕落して日々を消費するだけの「日本人」たちがたむろしていたからだ。そんな彼らに「女の子が一人でインドになど行くな」と延々と説教された。そんな人ばかりではもちろんないのだが。)だったりするのだが、ここには、旅で出会ったバックパッカー仲間の誰かがいつも居て、韓国で出会った友達、インドで会った人、そんな仲間たちの誰かが居て、そんな仲間から、また他のバックパッカーの噂を耳にしたり、とそういうことが出来たのだ。仲間たちの多くは、大学を休学して1年間という長い間旅している人が多く、そういう人たちは、あちこちで色々な人に出会っている。そこで色々なエピソードを提供してくれるのだ。そういう仲間たちと過ごすラッキーの夜は、本当に楽しかった。お正月をそこで迎えた時もある。日本風のおせちとはいかないので、スーパーで買ってきた惣菜なんかを持ち寄って、乾杯なんかもしたな。
そんな私だったので、重慶マンションの火事は、本当にショックな出来事だった。私と同じ様なバックパッカー達が、当時そこに居たのだろうと思うと居てもたってもいられなくなった。
九龍城(塞)にも上がった。屋上から見えた飛行機は、とてつもなくデカく圧巻だった。無法地帯と言われたそこも、実際には「普通の人たちの生活」があり、そこからスーツを着て出勤していく人さえ見られた。水道管から水が吹き出ていたり、電気が切れていたり、そんな風景を見ながら階段を上がっている時は、さすがに「無法地帯と言われるだけある」とは思ったが、そこに私はたまらない「エネルギー」を感じた。
当時の飛行場は、その九龍城近くにあり、その密集したビルがある大都会の真ん中に突っ込んで行くかの様に着陸する風景は感動的だった。初めて台湾から香港に着いたのは夜で、美しいイルミネーションを間近に見ながら、旋回しながら飛行場に突っ込む姿に、多くの欧米人たちが拍手喝采。私もそのムードに押されて一緒に拍手をした。感動的だった。
香港の方に言わせると、昔の飛行場はimpressiveだった、今でもmissだ、と。でも私にだってわかっている。現実的には、飛行場を移転せずにそのまま操業を続けることなど無理だったろう。
ラッキーの仲間とジャズも聴きに行った。ビヤピッチャーだけで粘れるんだぜ、とか言って、みんなでピッチャー一つ注文して、通いつめた。日本では高くて手が出なかった「ビックマック」を初めて食べたのも香港だった。劇的に安かった。
この3月、香港に着いて真っ先に行きたいところは、ネイザンロードや上海街、テンプルストリートのあたりだった。子供4人連れて「裕華」の看板を見たときは、ワクワクどきどきを通りこして、切なくて心臓が爆発しそうだった。重慶マンションには当時なかった大型スクリーンがあり、時代の流れを感じさせた。就職直前にも私は香港に居て、ここでスーツを何着も買ったなー、などとすっかり忘れていた記憶も蘇る。
週に二日夜にCauseway Bayにも通う様になった。子供の習い事(武道よっ)のためなのだが、深夜9時すぎてバス待ちの行列に並んだりする様になった。子供たちの目が輝く。「ママちゃん、信じられる?もうすぐ10時だよ!でもまだこんなに人が沢山いるんだよ。昼間みたいだよね。メルベンのシティだったらもう真っ暗で、お店も開いてなかったりするのに。信じられない!」空を見上げながらカオルが叫ぶ。空はネオンで昼間の様に明るい。香港の人にとっては、まだ夜はこれからなんだよ。10時過ぎてからのエスカレーターから見える景色も最高。ビジネスを終えた欧米人たちがグラスを傾ける。お洒落すぎるっ。
子供たちは香港の街角にゴミが落ちていないことを、いつも感心して見ている。「香港って街がキレイだよね。」ほおばっているオニギリのご飯粒をこぼさない様にしながら、タツミが言う。落としたら1500ドルだよね、って良く見てるねーっ(笑)
この街は「元気でワクワクだったバックパッカー時代の自分」、を否応なしに思い出させてくれる。無意識でもテンションが上がる街なのだ。
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2005年08月06日
Hong Kong style home-party & Chinese Mah-jong
うちにはちょくちょくダンナのゲストが来られるのだが、今回はいつもと違う! なんと二十名余の方が我がアパートに来られるということで、さすがの私もどうなることやらという感じなのであった。
オーストラリアでは、ゲストのおもてなしは、庭でBBQというワザが使えたのであったが、香港ではそうはいかない。といっても、しつこい様だが料理上手でもないので、普段作りなれたものを数種類並べるというスタンスを通している。あんまり頑張ると、楽しみなはずの時間が苦痛になってしまう。今回も思ったのだが、楽しい雰囲気があれば、食べ物はどうでもよい(と勝手に思っている)。
私なんて「そぼろご飯」とか、そういう簡単なものでも平気でディナーで出しちゃうのだ。これが日本食なのよーっ、という心意気なのだ。だって美味しいディナーだったら、お金出したらどこでも食べられる。日本食だって、香港には高級料亭がある。高級料亭と張り合っちゃダメなのだ。私が逆の立場だったら、フツーの中国の家庭料理ってどんなの?って知りたい。だから、私は気張らないのだ。
デザートくらいは出来合いのものと思っていたら、カオルがせっかくなんだから手作りしようよ、というので彼女におまかせしていたら、プリンとルシアンクッキーを作ってくれた。特にプリンは、彼女が大好きな「ためしてガッテン」に出てくる「ガッテンプリン(強火4分、消火8分、という簡単な蒸し方で、絶対にスの入らないなめらかプリンが出来る)」で、これを一度食べると、香港の某有名ミルクプリンを買いに行く必要がなくなるのである。
ところで、今回初めて「中国麻雀」をやったのである。私は小さい頃から、麻雀やら花札などを仕込まれたクチで、かれこれ数年やっていないとはいえ、まぁまぁついていけるんじゃないかと思っていたのだが、いやはや、すごかった。実は先日、麻雀パイを買いに行ったら点棒がついてなかったので、「スティックがないけど」とクレームをつけたら、それはジャパニーズスタイルだよと言われてしまった(点棒ないんか)。おまけにヤクも違うらしいし、捨てハイはまさしく「捨て」てしまうので(つまりきれいに並べたりしないで、ボンと捨てる)、ちゃんと見てないと、誰が何を捨てたのかがじぇんじぇんわからない。おまけに。
信じられないスピードである。
完全に右脳だけでやっているスピード。パッと一瞬見ただけでポンポンと捨てる、目の前で腕が錯綜としている。最初のうちは英語だったのが、そのうち皆さん、広東語だとか普通語とかになってきて、もう私ついていけましぇーん状態。展開が早い上に、今までで見たこともないようなすんごい手でロンなわけで。リーチもないし。あわあわ、と言っている間に勝負ついちゃったで全く。
いやぁ。香港や中国の方のエネルギーを見ました。すごすぎる。あの中で麻雀だけでも渡り合えたら相当カッコイイだろうな(一歩間違うと極道か!)。麻雀のウデも磨かねばならぬ。
ところで、我が家にゲストが来ると必ずレシピを聞かれるものがある。いつも同じなのだ。それは野菜サラダのドレッシング。いつも作る我が家の定番なのだが、必ずこれだけ聞かれるのだ。が、しかし。
Soy sauce, vinegar and vegetable oil. That’s it!!
っていうレシピを言うのが哀しすぎる。簡単すぎるからだ。で、いつも、ええ??それだけ??(That’s it??)となるのだが、それだけなのよーっ。もちろん日によって、オリーブ油だったり、植物油にゴマ油まぜて、とかビネガーがワインビネガーだったり、レモン足したりとかするんだけど、ベースはこれだけなのだ!!(配合は、醤油2、酢2、油1)これをベイビーリーブズに、必ず動物性のもののソテー(ベーコンだったり、チキンだったり、何でも可)と、最後にスプリングオニオン(青ネギ)をたっぷりかけて、シェイクしたドレッシングをドボドボっと。
他のメニューのレシピは聞かれなかったなーっ(笑)。ちなみに感触としては、純日本風の煮物などはウケない。シンプルなもの、例えばフライ(鶏竜田揚げ、トンカツ、エビフライ、チキンフライなどなど)や手巻き寿司、お味噌汁(豆腐とワカメだけ)、おでんなどなどの定番メニューはまぁまぁかしら。あと、麻雀したりカードゲームしたりと色々とイベントがあったので、お箸を使うものよりも、手でポイっとつまめるもののが食べやすかったというのもあるだろうな。
ふむふむ。次回までにもっとブラッシュアップしておくぞ!(って料理のウデじゃなくって、麻雀のウデね)
ということで、全ての仕事をストップしてたので今晩からまたPCの前に張り付きますです。
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2005年06月28日
片時も忘れないで欲しい
士気を猛烈に鼓舞する文章の数々。その中に唐突に現れたこの文章。自分としては何となくわかっていた気になっていたが、現実はそんな甘っちょろいもんじゃない、そう感じたことがあった。
彼女はまだ23歳。南米の国から来たミセスである。そして香港で現役のモデルをしている。明日英国に帰ってしまう友人と同じく、彼女も私と一緒に普通語を学ぶクラスメートだった。
毎日の様にクラスの後に仕事場へ急いでいた。仕事の打ち合わせやショーの現場に向かうのだ。有名ブランドの名前もあった。彼女はいつも底抜けに明るく、授業中にも思いっきり派手なジョークで授業を盛り上げていた。ゴージャスな身体のラインに男ならずともドキドキさせられてしまった。インテリジェンスを絵に描いた様なイギリス人女性が意外なほどに普通語の覚えが悪く、こちらも心配してしまうほどだったのだが、この美女は外見から受ける印象とは全く違って、自宅で予習復習もかかさず、単語の覚えが良いことに感心していた。いつも私の目の前に座り、自分の娘といってもいいくらいの歳の彼女を、惚れ惚れと見ていた。
ある日、彼女が新しいクライアントのところに、今までの仕事の実績を見せるために一冊のアルバムを持っていくというので、それを見せてもらったことがあった。実際に彼女が仕事をしているところの写真を見て、私は言葉を失った。アルバムの中の彼女は、一分のスキもないプロフェッショナルなモデルそのものであった。
実際、彼女と話をすると、インテリジェンスとは対極にあるような話し方をする。外見だけで生きてきたのかなと最初は思っていた。いいなー、あれだけ美しく生まれたら座っているだけでお金になるんだなとも思った。でも、彼女を知れば知るほど、彼女がそんな薄っぺらい人間ではないということがよくわかってきた。そしてそのアルバムの中の彼女は、求められるものを完璧にクリエイトするプロであった。ある写真では、実際の彼女からは想像もできないほどの挑発的な表情をしたものもあった。背中全体にタトゥーを施されている写真もあった。フェイクだよね、どれくらい時間がかかるの?と聞くと、そのタツゥーをするだけで一日じっとしていないといけないらしい。モデルという職業が私達の想像を超えた、厳しい仕事であるということが彼女のアルバムを見ていてよくわかった。
「確かにお金はいいけど、私ははやくモデルの仕事をやめたいの。」
感激しまくる私達を制止するかの様に、彼女は自分の感情を吐露し始めた。彼女は現在、香港の某大学にアプライしているらしい。インタビューを受けたがまだ結果は出ない。母国で学んでいたジャーナリズムをこちらでも続けて学びたい。香港でモデルをやっていて、香港人は私を白く塗り替える(撮影の際に、彼女の褐色の肌に白い化粧品を塗りつけるらしい)ことがある、私はこの肌の色が気に入っているのに、彼らは私をロボットの様に扱う。信じがたいほどの肉体労働なの。もうやめたい。私はインテリジェンスな仕事がしたいのよ。だってモデルなんて永遠にできる仕事じゃないもの。
そしてそれから私と二人きりになってから、彼女の顔はどんどんとこわばっていった。彼女は既にモデルの仕事をしてから15年たっている(つまり8歳から仕事をしている)。母国では、彼女の様に容姿が美しい女の子が、同じ様にモデル職を目指す。しかしそれは相当な競争率を勝ち抜かねばならないらしい。そしてその幼いモデルの子供が一人で一家、いやそれ以上の親戚一同を食べさせているということが少なからずあるそうだ。そうやって彼女も家族を養ってきたのだ。貧しい国、貧しい人達。ひどい世界。彼女は自分の幼い時の記憶を思い出すのも嫌という風に、首を横に振った。
もういいだろう。家族のために自分の全てを使ってお金を作ってきた。もうその呪縛から解き放たれてもいいだろう。そう彼女は思っている様だった。
モデルをやめたいと彼女が言った時、「もったいない」と叫んでしまった自分の薄っぺらさが哀しい。彼女よりももっともっと多くの年月を生きてきたのに、私には見えてない世界がありすぎる。普通語の覚えが良いことの理由がわかった気がした。彼女にとっては、モデルとして脚光を浴びることよりも、お金を稼ぐことよりも、もっと欲しいものがあったのだ。誰の命令も受けず、静かに自分のインテリジェンスを磨く。お金を稼げてもロボットの様に扱われるショーの現場に、彼女の夢はないのだ。
「片時も忘れないで欲しい。
どんなにあがこうと、どんなに苦しんでいる気分に浸ろうと、僕達は圧倒的に恵まれている存在であることを。」(杉村太郎, 2004)
Reference
杉村太郎. 2004, アツイ コトバ, 中経出版、東京
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2005年06月11日
香港アマさん考
子供たちの学校が始まってから、私は色々な人と話をするチャンスに恵まれた。同じ様にスクールバスを待つ人達。その多くはアマと呼ばれるお手伝いさんである。もちろん「アマさんを雇い入れる側」の人達(つまり駐在員婦人)と話をすることも多い(といっても私以外に日本人は居ない)。私たちは同じ時間同じ場所で子供を待つ立場にあって、彼女たちと交わすちょっとした会話を、私は毎日楽しみにしていた。
日本人からは「アマさん」と呼ばれる人たちのことを、香港人が英語で指すと必ず「maid」と言うし、英語圏の人達は必ず「helper」と呼ぶ。うちのアパートの掲示板には必ず「servant」というショッキングな表現が使われている。個人的にはヘルパーというのが日本的な「お手伝いさん」という感覚に近く、私も英語を話す人には必ず「ヘルパー」と呼ぶことにしている。ちなみに当然のことながら我が家にヘルパーは居ない。
ヘルパーというと裕福な家庭で働くお手伝いさんをイメージするのだが、香港のそれは、完全に社会システムの中に組み込まれた存在なのである。日本ではダブルインカムの子育て家庭を支えるシステムとして、保育園や学童保育、江戸川区では保育ママさんなど、そういうものが存在するのであるが、ここ香港には、そういったものはほとんどない。これらの全ての代替を、安い海外からの労働力に頼っているのである。それでこの香港は回っているのである。だから、所得の大小に関わらず、ヘルパーを雇い入れるというのは、あまりにもありふれた光景なのである。
働き盛りの家庭だけではない。リタイヤした老夫婦家庭や何らかの障害を持つ人の家庭で働くヘルパーも多く存在する。彼女たちは、老夫婦のショッピングにつきあったりするのであるが、バスから降りるときも、見ているこちらの目頭が熱くなるほど、優しくエスコートしているのをよく見かける。実の娘でもしてくれないかもしれない。暖かく身体を支えてくれて、思いっきりの笑顔で楽しい話題を提供しながら、ゆっくりと歩いている。私の様に人様の世話になるのはまっぴらと思う様な人でも、お金を払ってプロとして接してくれる彼女たちの存在は、老いてから自分の身体を自由に動かせなくなったとき、心底ありがたいと思うだろう。介護を必要とする家庭でも、たった一人のプロの存在が、家庭全体のストレスを軽減するのは明らかだ。だからそんなヘルパーの存在を、この香港で否定などできるはずもない。
そんな中、ある駐在員婦人と知り合った。English Speaking Countryから来た彼女は、おもむろに「貴女のところにヘルパーは居るの?」と聞いてきた。いないわよ、と言うと、しばらく間をあけて、ちょっとこれは誰かに言わないとやってられないわ、とでも言いたげにため息をつきながら、
うちのヘルパーは、母国に生まれたばかりの子供を置いて来ているのね、それで、毎日朝から晩まで子供のことを思い出すらしく、いつ見てもメソメソと泣いているのよ。でも、私に何ができるっていうの?もううんざりだから、新しいヘルパーを探しているのだけど、そう簡単に見つからないのよ。本当に、貴女の様に、ヘルパーが居ない方が楽かもしれないって思うわ。でも私にはまだ小さな子供がいるから、どうしてもヘルパーは必要だし。もうどうしていいやら、毎日、家の中が鬱々としていてイヤになるわ。
それを聞いて、私は答えた。
えー、それは大変ね。それにしても、それはちょっと問題ね。何のためにお金払ってるんだか。早くいい人が見つかるといいね。
その話をカオルにしたところ、彼女は言った。
「泣いちゃダメだよね。仕事なんだから」
そうだよねーっ、カオ。見えないところで泣くのは勝手だけど、仕事場で泣くというのはプロ意識がなさすぎ。
私はそう答えた。そう、この話は「プロ意識の欠如したあるヘルパーの話」で終わるはずだった。少なくとも香港で暮らす駐在員婦人としては、話題としては面白いけど、所詮他人事だしという感じであった。
その話を聞いてから、私は下品な週刊誌を覗き込むかの様に、その「いつもメソメソと泣いているらしい」ヘルパーさんのことを気にする様になった。そして、その彼女を一目見て、私は涙が止まらなくなった。
その彼女は美しい人だった。派手ではないが毎日きちんと髪の毛を編みこみにしている。ブランドものであるはずもないが、彼女の身なりはきちんとしていた。大学も出ているだろう。結婚して子供に恵まれた。でもその子供を抱くことはできない。泣いちゃいけないことは彼女だってわかっている、でも止められない涙というものが存在することを私は忘れていた。貧しさのために、家族から離れて働くことを余儀なくされた。いま私が子供から2年はなれて海外に出稼ぎしなければならないとなった時、私は涙を見せずにいられるか。そして彼女の足元には、何の不自由もなく育つ雇い主の子供が居る。その子供を抱く自分。自分自身の子供は抱けないのに。
そして私は頭の中がぐしゃぐしゃになっていった。何をどう考えても納得できない。どういう理由で私は衣食住にたる生活ができているのか。もっと言えば、彼女たちは海外に出て働くだけのスキルがあるだけ恵まれているのかもしれない。その場から動くこともできず食事もできず死を待つだけの人も数えられないほど居るこの世の中で、ほんのほんの一握りの恵まれた状況に居る自分が、どうしてそこに至ったかの理由がわからない。いや本当は理由などないのだ。
だから私はどこに立って何を見ればいいのかがわからなくなった。私ひとりの力で世の中がどうにかなるなどと思うほど若くも青くもない。どうしていいかわからない私は、ただただ一分一秒を無駄に垂れ流すことなく全力で生き切るのだ、周りの誰にも流されず自分の価値観で必死に前を向いて生きるのだ、と毎日をがむしゃらに生きている。
ヘルパーの中には、朝からハイテンションな人がいる。傍から見れば、能天気に見えているかもしれない。私も彼女たちと一緒に能天気で、朝からハイテンションでいる。明るい彼女たちと、色々な世間話もする様になった。日中、横断歩道の対岸に彼女たちを見つけて、派手に手を振り合うことも多くなった。しかし能天気に見える彼女たちが、何の苦悩もない人達であるわけはない。いかにも人生悩んでいます、毎日毎日が辛いですという人だけが人生苦しいわけではない。いや本当は、能天気に見える彼らこそが、人生の苦悩を知り抜いていて、全てを知っていながら、どうにもならない現状を、自分自身を鼓舞しながらテンションを上げて、せめて笑って前向きに生きようとしているのだ。
そんな日々を過ごしていたある日、ヘルパーさんたちの中でひときわハイテンションの彼女が近づいてきて、
「いつも声をかけてくれてありがとう」
と私に話しかけたのだ。驚いて振り向いた彼女の顔は、いつもの能天気な表情とは違った、成熟した大人の女性の顔だった。そしてその瞬間、今まで見えていなかった風景がはっきりと見えてしまった。駐在員婦人と呼ばれる人達と、ヘルパーさん達の間には、何のコミュニケーションもなかったのだ。それはまるで厳しく守られてきた不文律でもあるかの様に、当然の風景としてそこにあった。
私は少し狼狽した。でも彼女たちは分かってくれていたのだ。彼女たちも私のハイテンションの意味を充分に理解していてくれたのだろう。
私は神など信じない。世の中のあらゆる事柄を、ある一側面から切り取って、これが真理ですと解き明かしている様に見えるが、ひとたび、その軸をずらすだけで見えるこの世の中の不条理を、何も説明できていない。私と彼女たちを隔てているものが何なのか、説明などできない。私が自分自身で努力して勝ち取った場所ではない。彼女たちが日頃の行いが悪くてヘルパーとして雇われる側に居るわけではない。雇う側と雇われる側がこの世に存在しているということを、(経済格差云々というドライな次元ではなく)誰も説明などできない。
私は神も宗教も信じない。でも、国籍も環境も全て違う私たちが、「同じ時代を必死に生きる同志」として認め合い、目と目を見合わせて笑いあったあの一瞬だけは、手ごたえを持った「信じられるもの」として私の心の中に深く残っている。神は信じていないが、「徳」というものはあると思っている。
母国に子供を残してきたという彼女は、日に日に力強く変わっていった。雇い主の子供と一緒に手に手をとって大きな声で歌をうたっていた。それはまるで自分の子供に向けるべき愛情すべてを、この目の前の子供に注いでみようと決心したようにも見えた。その歌声を背中で聞きながら、心の中で私は、がんばれがんばれ、と叫んでいた。信じてないはずの神が貴女を見ている、そう伝えたかった。明るく過ごしていれば、人生は必ず上向く。強くなればなるほど、同じ強さを持つ人の心の奥深さがわかる。
歌い終わった彼女は、その子供と目と目を見合わせて笑いあった。
あなたが笑うと、私も嬉しい。
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2005年06月06日
先に広東語を学ぶべからず
英語を話せる、という修飾語がつくのかどうかはわからないが、先生曰く、いま普通語の先生が香港ですっごく不足しているらしい。そのため、私の先生は殺人的スケジュールをこなしている。先生は私達3人のクラスをとても気に入っていてくれて(あまりにも個性的すぎ)色々と話をして下さるのだが、その中で、絶対に勧められない学習パターンというのが
広東語を習得してから普通語を学ぶ
というものらしい。絶対に、
普通語を学んでから広東語にトライ
の方が断然イージーらしい。難易度のみならず、広東語のクセから普通語に移行するのは、難しいを通り越して不可能!!な域であるらしい。先生自ら普通語から広東語を覚えるのに苦労はなかったそうなのだが、多くの香港人が、普通語を学ぶのに困難をきたしているという。これって、ピアノからエレクトーンへの転向は簡単だけど、反対は難しい、っていう様なもんかなー?
実は先日先生に、普通語と広東語のコースと両方学ぶのは経済的にも時間的にも無理だから、テキストだけ別に買えないかなー、などと聞いていたところ、先生に、
「私はお勧めできないなー。絶対ミクスチャーになっちゃうから」
と言われてテキストの話はそれっきりになったのだけど、家に帰ってきてから、メルベンで買った広東語のテキストとCDがあったことを思い出して、買い物くらいは出来なきゃねー、なんて数字を必死で覚えようとしていた。(子供たちはアパートの卓球場でなんちゃって卓球をやっていて、私はそれを見ているフリして広東語学習に精を出していたのだ)
でね、それから数日後、量詞を勉強していた時に、20個の椅子がありますと言いたくって、ずっと、イーシー、イーシーと言っていたら、先生が「違う、シー、シーだって、イーはいらないんだってば」と言うので、違うよ、先生、私が言いたいのは、「twenty」なんだけどー、と言うと先生突然絶叫、
アケミー、広東語勉強したでしょー、あんなにやっちゃだめだって!!!イーは広東語!!!
う、うっげー、すんごいミクスチャー。イー(広東語のニ、普通語だと一)シー(普通語の十)!!!
先生はいつも言うのだ。例の広東語ネイティブオージーボーイがいかに、ひどい普通語を話しているかということを。あなたもそんなのになっちゃうわよーっ、と言われてしまい、広東語は当分封印なのであった。
Posted by akemi at 17:53 | Comments (0)
2005年06月04日
五嶋みどり!!!
毎日MTRの駅に出入りしている私が今まで気づかなかったのだから、きっとこの広告は今朝 available になったに違いない。
全身麻酔による一括治療を何度も勧められながら、ほとんどないと言われている麻酔の事故を恐れて、私は今日もハッキーを歯医者へ連れて行った。幼い彼の手を引いて地下道を歩いていた私の目の前に、MIDORIの文字が浮かび上がった。瞬間、絶叫しそうになった!! 五嶋みどりが香港に来るぅ〜!!!
地下道にデカデカと張り出された広告には、彼女のコンサートが某所某日に行われるという情報と、そのチケット料金が示されていた。えぇ〜!!!なに?この破格の値段!信じられないっ、と思いながらチケット入手のための情報をメモした。チケットの価格がどうのこうの言う以前に、チケットが手に入るのか!!というレベルの世界的ヴァイオリニストなのだ。我が家には彼女のCDが何枚もある。(因みに、Midori, Perlman, Yo-yo maが私の、というより実はダンナの三大 Favorite Artists なのだ! 私が一番好きなのはパールマンだけどねーっ。ヨーヨーマはもちろん、Before “Libertango” からのファンよっ)
ダンナに言うと、もう二つ返事で「一番いい席とれやーっ」という声が返ってきた。
ということで、早速オンラインのチケット予約サイトにアクセス。うっげーっ、席あいてるぅ!! ネット予約の座席表を見る限りでは、どうやら席の多くは電話予約用にまわされている様だったので、電話予約に変えようかとも思ったのだが、それでも一番良いエリアの席も沢山あいていたので、このまま予約を続行、席を確保したのだ!!
ダンナに日程を確認すると、「え???」って、な、なに、そのリアクション。もしかしたら出張でも入ってるぅ?
うーん、そんな気が。ちょっと確認してみなあかんなーっ。
実に13年ぶりになるコンサート鑑賞なのであるが(でもMidoriは初めてよーっ)、このままお流れになっちゃったら哀しすぎるのである。(予約しちゃったのに!!)
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2005年05月31日
香港エコバックプロジェクト
自称エコバック研究委員会広報のあけんです(なんやそれ)。
実はね、私はエコバックに対してはウンチクがあるのである。日本、メルベン、そして香港と、ここ数年間、色々な「プラスチックバック」を使わないためのオルタナティブウェイを捜し求めて来た結果、私なりの結論が「オーストラリアのコールズバック」がエコバックの世界最高峰であると信じているのであーる。おまけに常にクランプラーバックにこの緑色のコールズバックをしのばせているため、IKEAに行こうがウェルカムに行こうがパークンだろうが、ジャスコやユニーだろうが、シティスーパーだろうが(全部書かなくてもいいか)、全てこのコールズバックを使っていて、その度にレジのお姉さん達に、「いいねー、これ」ってほめられるのだ。ねね、いいでしょー。ちゃんと自分で立つところがいいねー、って感心してもらえる。
だから私はこのコールズバックを香港で流行らせるためにウェルカムスーパーの商品企画部に乗り込んで熱弁ふるってやろうと思っていたのである。
(因みに私が「コールズバック」と呼んでいるこのバッグは、コールズだけではなく、セーフウェイでも2ドルショップ(オーストラリア)ででも買えるものなのだが、私は勝手にご贔屓だったコールズブランドのバッグを揃えていたので、こう呼んでいるだけなのである)
シティスーパーなんかにあるコットンの袋、言うちゃ悪いがアレは絶対ダメ。使い物にならない。あの手のものは、日本でもダイエー系などで売られていたが、安っぽい上に商品の収まり具合がすこぶる悪い。安くっても使いたくない代物だった。洗濯したらくしゃくしゃになっちゃうし、アイロンあてる気にもならないし。
日本のジャスコでは、買い物カゴと同じ形をした四角くてネットのついているカバンがあった。これはかなりいい線いっていた。レジを通した商品をカウント済みの同じカゴにうつすのだが、この際に、そのカゴにあらかじめ、そのネットカバンをセットしておく。商品をどんどんとその中に入れていくと、最後にそのネットをしぼればそのまま持ち帰ることができる。色合いがあまりお洒落ではなかったのだが、これはかなり優れものであった。車で買い物に行く様になってからは、ピンク色のカゴを買って、そのカゴごと持ち帰るというのもしていたが、車がなければつかえない代物だった。
香港と言えども、エコロジーに配慮している企業ということをアピールできれば、ブランドイメージもアップするだろう。買い物だけではなく、アマさんたちがクリーニングやその他の「ちょっとお出かけ」の時にもつかってもらえたら、それだけでかなり宣伝効果がある。おまけにこのコールズバック、見かけによらず「収納性」がすごい。立方体に近い形をしているため、肉パック、シリアルの箱、大きな野菜などもしっかりと入り、素材的にもぐしゃっとならずにきちんと自分で立ってくれる。つまりレジのお姉さんが袋に入れるときに、とっても楽なのである。(そこで、お姉さんたちは、へぇーこれいいね、といって下さるのだ!)
今日こそウェルカムスーパーの企画室に写真付きでメールでも書こうかと思っていた矢先、たまたま寄ったパークンショップで見つけたものを見て、私は絶句しそうになった。げーっ!パークンショップにエコバックが出てる!しかもコールズバックと同じ素材で出来たやつ!
しかし、私は密かにほくそえんだ。これはあけんを味方につけたウェルカムの勝ち。なんたって私はエコバック研究者。あの形じゃだめなんだなー、いいセンいってるんだけど。パークンおしぃなー、でもいまいち詰めが甘いんだよなー、と色々と考えながら、自分自身は悠々とコールズバックに商品を詰めて帰路についた。
が、
そこで
私は自分がとんでもない大きな間違いをしていることに気づいたのだ。そして、
パークンってエライっ。
と膝をポンと叩いた。
それは、オーストラリアと香港の大きな生活習慣の違いに起因することであった。つまり、ほとんどの家に車があって、おばぁちゃんであっても自分で運転して車でスーパーの駐車場に乗り付けるオーストラリアと、
毎日毎日ちょこちょこと新鮮な素材を求めて、しかも多くはアマさん達が買い物に行く香港と、
エコバックが同じ形状をしているわけがない。
パークンのそれは、素材こそ同じなのだが、全体の大きさはかなり大きめの作りになっている。が、折りたたみ式なのである。折りたたむと薄めの雑誌を半分に折りたたんだくらい、の大きさとなる。女性のカバンにもちょっと忍ばせておける大きさなのだ。つまり、いつもカバンの中に入れておいて、会社の帰り、子供のお迎えの帰り、などの「ついで」の時にもサッと取り出せて使うことができる。このエコバックは直立しない。素材的にはかなり丈夫なのであるが、中敷があるわけではないから、やはり商品は中でごそごそとなってしまうのであるが、あの携帯性は香港では必須であろう。
一方コールズバックは、かなりしっかりした中敷が入っている。この中敷のお陰で、商品が前後左右にぼこぼこせず、持ったときに何とも言えない「安定感」を感じさせる。また、形は、ほぼ立方体に近く、その形のお陰で箱に商品を詰めるがごとく「整理しやすい空間」を与えてくれる。持つだけでなく、袋の中に商品を詰めるのも楽。この形と中敷というアイデア、そしてこの素材、この3点全てに合格点が与えられるのは、このコールズバック以外に他にない。でも、ただ一点、欠点があるのだ。これがパークンショップのエコバックでフューチャーされていた
「携帯性」
という要素である。
この中敷、半分に折ったりできないために、収納するのに中敷分の大きさが必要なのである。要するにA4版の本をいつも一冊持ち歩いている感じなのだ。学生などデイパックを持っている人達ならば、薄いので簡単に収納できるのであるが、女性向けバックに入る大きさでは決してない。そもそも、オーストラリアでは「手に持って歩く」ということよりも、「常に車のトランクに積み込んでおくもの」という認識の方が強いため、携帯性などに配慮されているはずもない。
なるほど。パークンの企画部に兄ちゃんたちは、マーケティングリサーチをした結果、きっとバックそのものの「収納と携帯」にウェートを置くべきという結論に至ったのであろう。それは多分正しい判断だ。だから私の「香港エコバック推進プロジェクト」はこのまま不発に終わってしまうのだ。
今後、パークンエコバックのブームなんかが起こってしまうと、ちょっと哀しい気もする。だって、今でもなお私にとってのベストバックはこのコールズバックなのだから。本当はね、香港市民が、パークンバックとコールズバック、どちらを選択するのか、見てみたい気もするのであるが、うーん、やっぱり一度ウェルカムにメールでもしてみるか。
Posted by akemi at 00:30 | Comments (4)
2005年05月29日
香港で、今なおドタバタなあけん
生活にも結構慣れてきたと思う。ミンチ肉もお肉やさんに頼めば5キロくらいその場でミンチにしてもらえることがわかった。ウェルカムスーパーのデリバリーも、私がここでぼやいでいたのが原因のはずはないが、先日の分は、ほとんどが赤のコンテナーで届き(つまり玄関先で、商品だけボンボン出してくれて、兄ちゃんはその場でコンテナーを引き取っていってくれた!)、ダンボールは3箱だけですんだ。これだけでストレス度が全く違う。ありがとう、ウェルカムスーパー!!
ワトソンズウォーターの方もインターネットで3本ずつ注文をかけていたら、あなたのアカウントは、毎週3本ずつのstanding orderが入っているから、いちいち頼まなくっても大丈夫よーっ、とメールが届き、それ以来注文せずとも3本ずつきっちり届く様になった。とっても楽。
朝は最初からバスを当てにせずMTR、帰りもテクテク+ときどきバス又はMTRと定着。
しかし、ドタバタは続くのであった。
人間誰しも、何らかのこだわりというかクセの様なものがあって、普通のヒトにとってはどうでもいいことでも、異常反応してしまったり、ということがあると思うのだが、私の場合
ネギと生姜とプリンター用紙とプリンターインクが切れる
とパニックに陥ってしまうのだ。夜中にでも買いに走らないといられない様な衝動にかられてしまう。明日買いに行こうと思っても、なかなか寝付けなかったりする。そんな私だから、常に、この4つのものは大量にストックを抱えておかなければならないのである。醤油切れても塩でいいや、みりん切れても酒と砂糖でいいや、ソースなけりゃ和風味で、でも
ネギが無けりゃ玉ねぎで
とは絶対にならないのである!! にんにく無くてもにんにくパウダーで、となるのだけれど、生姜はやっぱり生姜じゃなきゃー、となってしまう。私は薬味フェチなのである。
ネギがないよりも辛いのはインク切れを起こしたプリンター
本気で涙がじわーって出てきそうなくらいに辛い。それがわかっているから、常に目に付いた時には買い占めておく。プリンター用紙の箱とインクのストックを見るだけで、あぁ私って最高の幸せもの、と恍惚の表情を浮かべてしまう。印刷フェチでもある。
そして現在、禁断症状が出てワナワナとなっているのが、私の図書館問題なのである。今回はかなり深刻である。
我が家は私を含め、本が手元にないと死んでしまいそうなヒトが何人もいる。私の場合は特に、文芸書、小説など一切ノータッチなのであるが、ビジネスやIT関係の書籍が手元にないと、プルプルと震えてきてしまうほどに不安に陥ってしまう。もちろん買うわけではない。本は一切買わない。ビジネス書、特に洋書なんてめっちゃくっちゃ高いのである。じぇったい買わない。だから借りる。で、どこで借りるのだぁー!!!
メルベンに居た時は学生だった。TAFEの語学学校に居た時も、ライブラリーはそれなりに充実していた。大学に行き出したら、大学から本を借りるのに冊数の制限などなかった。他大学に行けば10冊まで借りれるのだが、それも色々な大学やTAFEから同時に借りれたので、常に我が家には数十冊の本が書斎に山積みになっていた。誰も借りないのをいいことに、一冊の本を数ヶ月独占していたこともある。その山を見るだけで、私は安心できたのだ。
しかし香港で、私は大学図書館にアクセスできる権利を持たないのである。我が家の本の入手経路を決めなければならない。
まず第一に、我が家の子供たちがギャーギャーうるさいので、日本人クラブに入会してしまった。目的は「日本語書籍のライブラリー」へのアクセスのみである。何の講座もクラブにも加入していない。ただただ、あの日本語の本に子供がアクセスするためだけに、会費を払っているのである。だって、その会費で日本語の本を買ったら、多分月に2冊くらいしか買えないのだ。でもうちは、一回に20冊くらい借りるので(それも重さを考慮して制限をかけているので、持てるのならば100冊でも借りたいという子供たちなのである)、この会費は高くない、という認識なのである。
で、私の本はということで、当然一般図書館へは直行済み。しかしそこで私は暴れそうになってしまった。図書カードを作ったのだが、スタッフの方いわく
「一回に6冊まで、2週間借りられます。どこの図書館にご返却頂いても構いません。延長も、他に予約が入っていなければできます」
ろ、ろくさつーっ?????
6冊しか借りれないというのである。子供の本借りたら終わりやんか。私の本はどうするー!! やっぱり子供連れてきて一人一枚ずつカードを作らねばならぬ。しかし、問題はそれだけでは終わらなかった
ネットから香港の図書館カタログに検索をかけるのだが、一向にひっかからない。ひっかかったと思ったら数冊のみ。ちょっとビジネス系の英文書籍、品揃え少なすぎーっ!!
と思うのだが、一般の図書館で、そんな品揃えを期待しちゃいけないのかもしれない。ということで、各大学の図書館にアクセスして検索をかけてみると
あー、もうイヤになっちゃうくらい読みたい本がぞろぞろとリストアップされる。
一般市民が大学図書館にアクセスするにはどうするのだ、と調べてみると。
有料
なのである。そこで私の悪い癖が。。。。
図書館に有料でメンバーになるのと、大学の何らかのコースを履修して学生IDを取得してしまうのと、どちらが得か
という計算をし始めてしまった。というのは図書館は、一つの大学だけで充分というわけではないのだ。人気の高い書籍は貸し出し率も高く、よってそういう場合は他大学にもアクセスしたい。しかし、有料の場合は、大学ごとに支払わねばならないはずなのだ。しかし、学生になってしまえば、他大学へのアクセスも出来るはず。うーん。
と、こういうブログを書いているのがダンナにばれたら、また後頭部どつかれてしまう。でもどうにかしてアクセスしなきゃ。
私はビジネス文書フェチでもある。
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2005年05月20日
香港2冊のバイブル
私のクランプラーバッグには、いつも2冊の地図が入っている。
香港街道地方指南2005 (普通のポケット地図帳)
通用乗車地図 (バス地図)
地図帳の方は、家探しと学校探しの跡や、ショッピング情報(って、ファッションじゃないわよー、スーパーとか街市とかね、銀行とか郵便局とか、家具店、電気街などなど)が書き込まれている。これが無いと死んじゃう、という位、毎日使っている。ちなみに、デリバリーなんかのお兄ちゃんが持っているのは、これよりも大判サイズで、それを見たときには、「あれも欲しい」と思ってしまった。すっごい見やすそう!
で、もう一つのバス地図が、これまた優れもので、全てのバス路線と停留所が載っている。それを見ながら、香港全土を縦横無尽に行き来することができるのだ。で、前回にも書いた、学校近くに小バスの停留所があったので、先日出かけてみた。
イヤな予感はしてたのよねー。地図帳にはあった停留所のマークが、現場に行くと無い。でも目的のバスは通っていたのだ!
で、私の目の前をものすごいスピードで通り抜けてしまった。止まる気配じぇんじぇんないっ!おまけに手前から見ると3斜線向こうを走ってるのよーっ!責任者出て来−いっ、なんてテンションの国じゃないわよねということで、いつもの様に、何事もなかったかの様に次の停留所までテクテク歩くも、まだ止まる気配なし。その間も目的のバスは私の目の前を3台パッシング。と歩いていると、なにやらくんくん匂う。街市じゃなーいっ。ワンチャイマーケットにそのまま吸い寄せられる様に入ってお買い物。テクテク歩いていると、何やら面白そうなお店があちこちに。数件ハシゴして両手一杯の手荷物。安いわねーっ全く。
そうこうしているうちにアドミティの小バス停留所についてしまう。んとに小バスって、満員だと乗れないのよ。で、以前、うちの子供4人連れて乗り込もうとした時には、バスの運転手さんに大きく手でVサイン(要は二人だけ乗れる、ということ)されてしまい、後ろの人に貴重な2席のシートを譲って一台見送りなんてこともあった。(大体不利だよなー、5人同時に乗ろうとするのが)
しかしこの小バス、子供料金というものがない。で計算してみると、アドミティからうちまでタクシー20ドルで着くのに、小バスだと5人で24ドルくらいしちゃうということが分かりショック。人数が多いとタクシーの方が安いこともある。でも私一人だったら、絶対小バス。
で、この小バス、降りる時がエキサイティング!運転手さんにしっかり聞こえる様に、○○ンゴイ、て停留所をコールするのだ!アパートのまん前に止めてくれるのよー。
ところで、行きは都心行きに2階建てバスがバンバン走っているのに、帰り方向には小バスしかないのは何でや、と歩きながらバス地図を見ていると、すごいことを発見してしまったのだ! いつも乗っている2階立てバス、帰りは違う道を通るから遠回りにはなるのだけれど、そのまま乗っていると、今度は都心向きにターンしてきて、家の前に止まるのだ! 一台はまさに家の前に止まるのだが、今回は、ちょっと近くまで通るというバスが先に来てしまったので、それに乗る。家から見て最短距離の停留所で降りるか、それともエスカレータ近くの停留所で降りるべきか、最後まで迷ってしまった。でも人生はリスキーな方にかけた方が面白いのよーっ、ということで、最短距離のバス停で降りた直後、すっごい後悔の嵐が吹き荒れたのだ。これ傾度45度くらいあるんじゃないのーっ!!という斜面の階段を延々と上らなければならなかったのだ。
とたんに汗がぶわーっと噴出す。うげーと思いながら手拭い(て、てぬぐい??)をとり出して顔を拭く。普段の所作がオヤジの私は、その手拭いを見て絶句。げげ、ファンデーションべったり。しまった。普通の奥さまは、油とり紙で脂をとる様に、ちょっと顔にハンカチを押さえる様にして汗をふき取るのだが、私ったらもー、思いっきり喫茶店の熱おしぼりで顔を拭うオヤジみたくふいちゃったわよーっ。
反省。
ぜーぜー言いながらとりあえず家にはたどり着いたのだけど、死ぬかと思ったわよーっ。でもね、いつもより30分短縮。しかし汗べっとりだからシャワーをあびちゃう。
IKEAから注文していた机が届いたので、電動ドライバー持ち出して組み立ててマシンのセットアップ。というのは、我が家には書斎なんてもんがないので、ベッドルームにPCを置いておいたのだが、ダンナがまぶしくて寝れない!という理由で深夜のPC使いを禁止されてしまったのだ。仕事進まんがなーっ、てなわけで、ダイニングの隅に私専用のPCスペースを作ったのだ。それに伴いワイヤレスルーターもエリア拡大版の新モデルを買っておいたので、そのセットアップも終了。これでベッドルームにはダンナのマックのみ鎮座。
で。ふふふネットサーフィンしちゃうもんね、と思いきや、あれ?私何か忘れてなかったっけ???? あー、支払い全然やってない!ということで、インターネットバンキングで、あわててSaving から Currentへトランスファーをして、小切手を2枚切った。日本に送る封書もあったし、あわてて郵便局へダッシュ!まずい。あと30分で子供たち帰ってきちゃうーっ! ということでエスカレータを30分で往復。ぜーぜー言いながらバスを待っている間に、またもや汗噴出―っ、でタオルで顔を拭いた瞬間に「しまった」と気づいたが遅い。タオルを見てみると、あれ?ファンデーションついてない!! なぜだっと思ったのだが、
まずい。私、ノーメイクで出てきちゃったみたい。
オヤジすぎ。あー、もう私って私って、どこから見ても駐在員婦人には見えないわよねーって。いま、この目の前を、シティスーパーのエコバックを肩に掛けながら通り過ぎた駐在員婦人らしきあの人と、私はどこが違うのだ。彼女だって、TシャツにベルボトムのGパンとサンダル履きなのに! 彼女と私の違うは何なのだ。彼女にあって私に無いもの。それは何なのか。
わかった!
頭にサングラスだ!!
これぞゴージャスの証。で、でも、not my taste だなぁ。
Posted by akemi at 00:55 | Comments (0)
2005年05月16日
未だ生活のリズムがつかめないっ!
香港に着いて早2ヶ月になろうとしている。ミッドレベルズに引越ししてからも、もうすぐ一ヶ月。子供の学校も始まり、生活のリズムがつかめてきたと思いきや、未だバタバタなのである。
まず朝。
子供たちは7時47分のバスに乗ってしまう。それから慌てて家に帰って来ると、ダンナがまだ家に居る。ほどなく出勤する彼を見送り、大慌てで朝ごはんの片付けなどなどの家事をパッパとしようと思うのだが、あまりパッパとできずに中途半端なままで9時25分頃に家を出る。
もう通学経路を決定しようと思うのだが、毎日、経路が違う。この時間帯、バスが満員で乗せてくれなかったりするのだ。2台分のバスを乗り過ごすと、もうアウトだ。語学学校に遅れてしまう(初日はこれで遅れてしまった!)。最初から諦めてセントラルまでエスカレーターで降りていけば充分間に合うのだが、結局25分間くらいは歩きになってしまう。バスに乗れたら語学学校の目の前に着く上に、始まるまで悠々20分くらいのんびりできるのだ。汗もかかず。そう、乗れたらの話。
いつもと違うバスに乗って、直進すると思いきや大きく左折されて、時計をチラチラ見ながら全力疾走。着いた時には汗臭いのが気になって授業に集中できなかった! 私はまだ香港に慣れていないのだ。
帰り。
帰りは少し歩くと家のまん前に着く小バスがあるのだが、どうもそちら方向に足が向かず、ワンチャイ駅まで歩く。ワンチャイまで歩くとそのまま、アドミティ(正確には、Admiralty なのだが、アドミティにしか聞こえへん)まで歩いてしまう。アドミティまで歩いてしまったら、結局家まで歩いてしまう。ミッドレベルの坂はきつい。それも忘れて歩いてしまっては、息たえだえとなって明日こそ小バスに乗ろうと誓う。でも、歩いてしまう。セントラルまで歩いてしまったら、またエスカレータに乗る。歩いてばっかりの人生なのである。
家にて。
汗だくで帰って来てしまうので、まずシャワーを浴びる。洗濯物が増える。洗濯しながら片付けと夕食準備にとりかかる。
問題は買い物だ。
日本に居た時は、2週間に一度、幕張のコストコ(米のホールセールのお店)に車で出かけて、大量に食料品その他を買い込んでいた。1週間に一度くらいは、近くのスーパーで買い足し。
メルベンでも、2週間に一度、コールズで大量買い。2台あった冷蔵庫にパンパンに物を詰めていた。週に2回くらいは、ちょこっとコールズ又はセーフウェイで買い足し。
しかし、香港では、なかなかペースがつかめない。
月一回は日本食材(調味料など)をジャスコで大量買い(デリバリー)。その時に肉類のパックも大量に買い、と思うのだが、一人で持てる分量が決まっているので、ミルク4本買ったら、お肉は4キロくらいで手一杯なのだ。野菜買えない(涙)。冷凍食品買えない。持てないもん。生鮮食料品はデリバリーしてもらえないので、泣く泣く肉類と日本の冷凍野菜(ほうれん草、きざみ葱、さといも、ごぼう千切りなどなど。それも3パックずつ)だけと割り切って思いっきり買うのだが、まさかそのままヒルサイドエスカレーターを上りきれるはずもないので、タクシーを使ってしまう。あー、もったいない!!(70ドル弱なんだけど、MTRだったら、と思うとねーっ!!)
月に1回はWellcomeスーパーのオンラインショップで、その他のもの、米(30キロ)、トイレットペーパー、キッチンタオル類、洗剤類、缶類、調味料類、スナック類、根菜、パスタ類、粉類、シリアル、当面のパン、溶けちゃうのを覚悟で、ミックスベジタブルなどの冷凍モノなどなどを注文。しかしこれが曲者。欠品の多いこと多いこと。ご丁寧にお電話を下さるのだが、どうしようもないのでOKを出して、それ以外を届けて頂く。
ジャスコもウェルカムからも、ものすごい量のダンボール箱が届く。じゃがいも一箱、玉ねぎ一箱、米ニ箱、みたいな感じで来るのだ! それを開封するだけで一時間くらいかかってしまったりする。そのダンボールを畳んでゴミに出す作業がもう、なんだか勿体ない気がする。リサイクルされるんだろうけど、自分で買いに行ったら、それもコールズバック持って行ったら、何の資源も使わないですむのにと思ってしまう。まだ慣れていないのだ。
学校帰りに市場で野菜を買うも沢山持てない。デイリー食品をちょくちょく近所のパークンショップへ買いに行く。牛乳4本買って、卵と大根と白菜いれたら、もう持てない(涙)。やっぱりカラカラを引かないとダメかもしれない。
そんなこんなで2日に一度くらいは買い物に出かけなければならないのだ。しかも、ケチャップもマヨネーズも1キロ以上サイズが欲しいのに、小さいのしかない。だからまとめて数個買う。ケチャップなんてオムライスしたら一回ででかいのが一本半空いちゃうのに、またゴミが増える。あー、もうどうしたらいいのだ。パンを作ろうと思うのだが、強力粉5キロサイズなんて見たことない。おまけに家に備え付けのオーブンは、我が家にとってはとんでもなく小さいサイズなのだ。ピザ焼くのにも小さいものを焼くしかないので、数回転させなければならない。
なんだかもう、まだバタバタしているのだ。郷に入れば郷に従え、だから、こういう買い物パターンではいけないのだろう。毎日マメマメしく買い物に行かなきゃいけないんだろうな。ネットでホールセールのお店を検索して、その中でリテイルショップを出したぞ!という情報を見て、メールで住所を問い合わせるも、行って見たら、ただの高級輸入グロッサリーでがっかりなんてこともあった。やっぱり車のない生活は、我が家には限界なのかぁー!!
Posted by akemi at 23:40 | Comments (6)
2005年05月13日
語学学校レポート
結局二日目からノルウェー人は顔を見せなくなり、ずっと3人でコアな授業を受け続けている。2時間が長いこと長いこと。リーディング、ライティングなんてするレベルじゃないから、ずーっとスピーキングで四声やら発音やらを直されまくっている。
前にも書いたが、一時間目の先生は英語ベラベラの先生なので、みんなも色々と英語で質問したり、自国の話なんかを英語で答えたりしている。途中、ちょっと退席している間にホワイトボードの文字が増えていたので、あわてて私はそれを写し始めた。先生はその意味を英語で教えて下さるので、私はいつもならそのまま英語でノートをとるところ、急いでいたためいきなり日本語(漢字)をノートに書きなぐったのである。それを見ていたカナダ人。すっごーい衝撃を受けて叫んだ。
アケミは(中国語の文字を)コピーできるのか!??
って言われて、私は笑いが止まらなくなってしまった。だって、書けるのか?じゃなくって、コピーできるのか!!(つまりコピーすることすら不可能だと言いたいのだ、彼らは。その気持ちはわかるが)そして、私は日本語にも中国語と同じ様な漢字があるから、意味はわかったりするのよ、なんて言ってしまったのだ。
さて二時間目は、英語の全くできない先生である。英語は簡単な単語もほとんど通じないくらいの生粋の普通語の先生である。彼女自身、すごく美しい発音をして下さるので、いつも惚れ惚れとして聞いているのだが、私たちの話す、なんちゃって普通語、はぜんぜん通じない。四声が正しくないと、全く理解してもらえないのだ(って普通はそうか)。
そんな中での授業なのて、すごくスリリングなのである。先生が質問をして、それに私たちが習った構文、単語を使って返答をするというパターンが多いのだが、これが日本人だけのクラスだったりすると、生徒達は質問の意図を的確に判断して、求められる答えを、習った構文習った語彙の中から答える。皆さん、よく出来ましたねー、で次のレッスンに進めるはずなのだが。
しかし。
いかんせん、いっぱい話したい人達なのである。構文とか語彙とか、もう全く無視で、言いたいことが一杯あるので、それをそのまま英語と中国語ごごっちゃにして、とりあえずトライしてみるのだが、先生全く理解できず。
そこで二人の視線(プラス先生までも!)が私に向く。要は、
漢字で書いてくれ!!!
筆談しろってことかいっ。
いやー、それにしても4日間通ったわけなんだけど、やっぱり日本人って有利よね。音を聞いただけで、何となく漢字が見えるというか。それにしてもダンナが言うのだが、お前それはちょっと遠回りな道なんやないか、と。要するに、中国語学習においては日本人向けのクラスに入った方が早く習得できるんじゃないかと言うのだ。かもしれない。でも、これもまた楽し、なのである。
Posted by akemi at 21:26 | Comments (0)
イオンストレートパーマ298ドル
私の髪の毛は生まれつきのクセ毛で、だいたい年に一回くらいストレートにするために何らかのアクションを起こさねばならないのである(じゃないと耐えられない!この湿気!!)。
実は、メルベンに行ってから、現地の美容院に突撃しては玉砕するという経験を何度もしたため(日本的縮毛矯正なんてものにはついぞ当たらず、結局ストレートパーマをあてられて枝毛ボーボーになってしまった)、最終的には、日本の方がやっている美容院で、日本からとりよせたパーマ液で縮毛矯正して頂いた。彼女の技術は素晴らしくて、日本円にすると3万円超という値段にもかかわらず大満足の私であった。日本ではセミロングでカット込み2万円超。だから1.5倍というのは私にとっては納得のいく料金であった。
で、引越しのゴタゴタ、子供の学校バタバタが終わったので、やっとのことで自分の髪の毛に目がいく。実は目をつけていた美容院があったのだ。ヒルサイドエスカレーター脇にあるお洒落な美容院で、イオンストレートパーマが298ドル(約4000円弱!)と書かれていたのを私は見逃さなかった。先週末、ダンナをふくめ、我が家の男4人がそこでカットして頂いたのだが、ものすごい上手!(めちゃ安!もちろんシェンワンあたりの激安に比べれば高いけど、シャンプーブロー付で、英語通じるからいいや)そのハサミさばきを見てしまった私は、勝手にパーマも上手と思いこみ、その店に突撃。時間はどのくらいかかるかと聞いたら2時間というので、あー、これは縮毛矯正ではなくって、いわゆるストレートパーマね(日本のストレートパーマは1万円超くらい)と思ったのだが、それにしても半額以下。やってみる価値アリ!
席につくとカッコいい兄ちゃんが私のところにやってきて、薬に種類が色々あるんだけど、どれがいい?と聞いてきた。なんだ298ドルじゃなかったのかと思いきや、彼の説明によると、一番高いのがUS製ので、二番目と三番目に高いのが日本製で、と言ったところで、私は「日本製、日本製!」と大喜び。えい、このさい高い方で、と日本製で一番高いものでお願いした。598ドル。うーん、当初の予算の倍。でも日本製のパーマ液だから、信頼おけるよねー、で時間はどのくらい?と聞くと、「うーん、3時間半くらいはかかると思う」と言うではないか!!ををを!それはかなり縮毛矯正ライクな時間の目安ではないか!!俄然喜ぶ私であった。
で結果的には、日本の縮毛矯正と全く同じ(より丁寧な気が。私は3年前の日本しか知らないから進歩してるのかしら?)であった。カットも含めて700ドル弱(約9000円)だったのだ!!! 竹之内豊似を含め男前二人が私にかかりっきりで、しかも日本の半額以下! こりゃーもう、日本になんか帰れへんで、全く。カットもすんごい上手。よし、今度はカオルを連れて行って、イマドキのすんごいクールなヘアーにしてもらおう!
Posted by akemi at 20:50 | Comments (0)
2005年05月10日
初登校
昨日から子供たちは学校に通い始めた。前日から、待ちきれなくって仕方がないチビ二人と、緊張を隠しきれない長女&長男。因みに朝食は絶対シリアルかパンというタツミ、朝は絶対ベジマイトトーストいうハルキは完全にオージー気質。朝は、お味噌汁にご飯がいいというのは、純日本人気質のカオルとタカシ。
私も一緒にスクールバスに乗り込む。20分で学校に着く。完全にタクシーと同じ。いいねー楽じゃないー、とすっかり安心。子供たち全員の教室を巡回しようと思っていたのに、大泣きのハッキーの教室に1時間スタック!(因みにハッキーの先生がすんごい面白い方で大ファンになっちゃった!授業はロックコンサートのノリ! 「Hey guys, クリスマスがあるのは何月?」「December!!」 「何月?」「December!!」「hey, 何月?」「December !!」と大声で連呼!イヤでも覚えちゃう(笑))コンピュータに彼が夢中になっている間に、後は先生にお願いして大慌てで他の教室を覗き込む。他の子供たちは肩透かしをくらうほどにリラックスしていた。(理由:too many Japanese!! They were speaking Japanese in the classroom! I wonder that this school is an International School?? Not.)カオルの英語の授業用にリーディングの教科書だけ買って下さい、と言われたので、早速オフィスにテキストを買いに走り、カオルに渡す様に先生に言付けた。帰りも、各部屋をまわって先生にご挨拶がてら子供たちを回収してバスに乗り込む。帰りのバスは行きと逆順。うちのバスストップは終点だった。でも疲れるほどじゃないなー。毎日、電車やバス乗り継いで移動していた私達からすると、なんて楽チン!!
To sum up,
これはすごく感激したのだけど、ものすごくシステムとカリキュラムがしっかりしている。実は事前に各担任の先生に、それぞれの子供たちのバックグランドと性格について、考えられる問題点などについてメールを送っておいたのだが、きちんと読んでいただいて、直ぐにお返事も頂けた。これからも、Keep in touch と書いて頂いて、とても嬉しかった。この様に、すぐに先生方にメールを書けて、それをきちんと読んでいただける(要するにシステムとしてきちんと動いている)環境が整っていたこと。各教科のカリキュラムがきちんと明示されていて、親からも子供たちが今月何の勉強をやるのかが直ぐに分かること。特にESLのカリキュラムを見てみると、この学校がESL教育に関してのノウハウを持っているのだなということが一目瞭然。すごく良く出来ている。結局、タツミとタカシはESLに入れることにしたのだが、宿題の単語を見ても、決してイージーなものではない。色々な教科学習に必要な単語をピックアップして、きちんと覚えさせている。感心感心。特にタカシは、単語をうやむやに覚えていたので、それがネックとなって、リーディングの理解ができていなかったのだが、こうやって少しずつでも、色々な単語をきちんと理解していくことが、彼には非常に必要なことであったと、今更ながらに思う。
My feeling is….
とても複雑。子供たちはとっても喜んで学校に行っている。特に日本人大好きなタカシは満足度300%くらい。カオルも同じ。友達が大事なタツミは、一番最初にお友達になった香港の男の子が、いかに彼に親切にしてくれたかを、目をキラキラさせて話してくれる。ハッキーは、保育園育ちであったため、色々とワークをさせてくれる今の環境が、刺激的でたまらないらしい。全員、大満足すぎ。家に帰ってきても、宿題がたくさんあるんだー、といって全員和気あいあいと食卓で宿題をやっている。今までボアリングな生活だったから、こうやって宿題を出してもらえる学校生活の有りがたみが、しみじみとわかったらしい。
しかし。
この学校における日本人というのは、少し特殊であるということを付け加えなければならない。というのは、例えば他の国から来ている生徒たちは、英語は問題がないため、特にその国の子供たちで固まる必要性がないのだ。しかし、何故かこの学校にいる日本人は、その多くがESLに通う生徒(つまり、母国語である日本語を話す方が楽なので、日本語を話す人たちで集まる傾向がある)である様なのだ。英語が話せる様になると他の例えばイギリス系の学校に移るというのが、ある意味メインストリームの様になっている様で、その学校に残っている人達は、自ずと「(難しい英語で話すよりも)日本語で話したい」生徒たちが集まっているということになる。語学学校に通うために留学してきた大学生ではあるまいし、子供たちの中に、英語で話したいというモチベーションがあるわけではないのだ。それを英語で話せというのは無理だ。無理だよーっ!!
なるほど、こういう環境にいると、子供の英語力を心配した親御さんが、他のネイティブの割合の多いインターナショナルスクールに転校させたいと思う気持ちは痛いほどよくわかる。しかし、学校の教育システム的には、とても良いという印象を持っている私としては、うーん、どうしたもんか、といったのが正直な気持ちなのだ。でも、少なくともハッキーの学年としては、この学校はとても良い英語教育をしていると思う。日本人は多いが、あの年齢の子供は、英語の吸収力もすごくて、みんなちゃんと英語を理解して、話している。Excellent である。ハッキーはこのままでいい。でも他の子供は? 次は日本に帰るのか、他の国に行くのかわからない。あちこち転校させるのが良いことには思えないけれど、このままで本当に良いのかわからない。
実は、同じアパートに、この学校に子供さんを通わせているインド人のママさんが居る。彼女は香港に5年も住んでいるのに、どうしてこの学校に通わせているのかしらと思って聞いてみると、彼女は
「この学校のエレメンタリーセクション(小学部)はストロングなのよ」
とコブシを握り締めた。そして彼女はこうも続けた。
「私の友達が、他のインターナショナルに子供を入れたんだけど、全く基礎がなってない。カナダ式の教育が、絶対にベストなの」
とインド訛りの全くない、美しい英語で答えた。その声には、最高の教育を子供に与えているのだという自信に満ち満ちていた。彼女自身、相当なインテリだと思う。
あぁ、私は幸せなのだ。日本でもメルベンでも、そしてここでも、ママさんたちがみんな、「この学校はいい学校だ」といつも言っている学校に通わせることができた。確かに、私もこの学校は良いと思う。英語も忘れず、日本語も話せる。それで良いじゃないか。何も有名大学を狙っているわけではない。日本に帰ってしまえば、英語なんて忘れちゃう。でもここでは、それもキープできるし、基礎もしっかりできる。それに何より、子供たち曰く、お友達はみんないい子たちばっかりだそうだ。なんて素晴らしい。それでいいじゃない。
ということで、子供たちのことはこれで片付いた!と思った私は、今日は子供たちだけをバスにつっこみ、私の語学学校が始まった。最初は、やっぱり香港中文大学か香港大学だよなー、とか思っていたのだが(笑)、家でIT関係のことをごそごそするためには、語学で一日過ごしてはいけないのだ! ということで、Wan Chai (家からも近い)にあるランゲージスクールに行くことに決めた。月から金まで毎日朝9時から11時まで。もちろん普通語(Mandarin)である!クラスは、イタリア人、カナダ人、ノルウェー人、日本人(私)の4人だけ! 今まで語学学校というと、一日4時間だったのだが(韓国語&英語)、今回は2時間ということで、これのどこがインテンシブコースなんだー、と最初は思ったのだが、この人数では十分にインテンシブ!!(笑)ずーっと舌巻きっぱなしで舌が痙攣起こしそー(巻き舌の発音がいっぱいあるのよ。日本人には不可能!)。一時間目の先生は英語が堪能なので、文法の説明も英語でばっちり。しかし、二時間目の先生は、全く英語が出来ない。生徒たちの質問も????で、他の生徒さんたち焦る、焦る。どうやったら意思疎通ができるんだ!という感じでアップアップ状態。あちこちで英語が飛び交う。どうしても理解できない一人に、みんなでよってたかって英語でレクチャー。うーん。英語話す人達も、中国語を話せー、という環境でも、英語しゃべっちゃう。そりゃー、日本人がいっぱいの学校で、英語話せーって、無理だろーな、と妙に納得。
今日、ヘリテージランゲージにMandarin を選択したカオルが教科書を買ってきたので見せてもらったのだが、うげっ、私より難しいことやってるじゃないか!今日は「電話をかける」っていうのをやったのよって、本当?? 私なんて、「私は太っています。私は背が低いです」ってのをやったんだけど。そのうち追い抜いてやる。だってカオルは週4日、私は週5日、勝った!! といって幼い我が子に闘いを挑むレベルの低い私であった。今晩は予習と復習と、コンピュータ関係のごそごそをやるのだ!
Posted by akemi at 21:36 | Comments (2)
2005年05月05日
一件落着
やっと子供たちの学校が決まったのだ。子供にとって一番いい教育環境とは何かということを考えて考えて、先週末は頭が爆発しそうだった。ダンナは既に1週間の出張に出かけてしまった。
私の判断を鈍らせてしまったものは、実は某インターナショナルスクールに払った、Application Fee なのである。よくよく見学もせずにオーストラリアから問い合わせて、早々にアプリケーションも出し、そしてお金も払った。現在のところ空きはないけれども、私たちは香港に居る人ではなく、これから来る人なので、プライオリティはトップ、そして4人アプライする方が入りやすい、おまけにオーストラリアの学校から推薦状も送ってある。問題は空きがないことだけ。だから空きさえあれば入れるのだと誰もが思うだろう。そう、私たちもそう思っていた。そしてその空きは、簡単にはやってこなかった。お金を払っていなかったら、早々に手を打ったかもしれない。だが、オーストラリアで公立学校に行っていた私達から見れば、4人分のアプリケーションフィーは、とんでもない大金に思えた。もともと学校なんか行かなくても自宅学習でもいいやと思っている私だったので、待つことは何でもないことだった、と思っていた。
なかなか学校からお呼びがかからないタツミが業を煮やして聞いてきた。ボクはまだ学校に入れないの? 彼はとにかくお友達と遊ばないと死んでしまう様な子なのである。学校に行きたくって仕方がない。自宅学習でもいいや、と思っていた私は、彼の涙に負けてしまった。彼が不憫でならなかった。親としては、ここで決断をしなければならない。
そこから色々な学校に問い合わせをした。電話もかけたしメールも書いた。直接乗り込んだりもした。すぐに入れそうなところも、全く無理なところもあった。とりあえずハッキーだけは近所のモンテッソーリ幼稚園に行くことが決まったのだが、そんな時、アプリケーションを出していた学校から、ハッキーの面接日の連絡があったのだ。
私は驚いて、それでも彼が入らないことには、他の兄弟も入れないだろうと思い、いそいそと面接に出かけていった。私たちには何の覚悟もなかった。だって当然入れるはずの学校だし、こんな小さな子供に面接もないだろう。とりあえず他の子供と一緒に遊べればOKなのねと軽く考えていた私は、とんでもない認識不足であった。
面接の日、彼は私から離れて、リセプションのクラスに入れられるということだった。お母さんはオフィスで待っていてもいいし、外にでて、後でピックアップしても良いけどどうすると聞かれたので、どのくらいの時間ですかと聞いたところ、45分くらいかしら、と言われて、私はどっひゃーになってしまった。うちのデレデレハッキーが45分間も私と離れて、初めての場所で、へらへら喜んで遊ぶワケがない。
アドミンの先生は、お母さんも最初のうちだけついて行って、彼がセトルしたら教室から出てきたら、と言って下さったので、私はハッキーと一緒に教室にのりこんだ。で、そこから私は一歩も出ずに小一時間過ごしてしまったのである。
先生は冗談まじりに「こんなに無口な子は今までに見たことがなーい」とおっしゃったけど、冗談ではなかった。ハッキー情けなさすぎ。一言も話さないし、私にべったり。私はすっかり他の子供たちと遊んだりと、にわか先生もどきで喜んでいたのだが、彼はすっかり目が冷め切っていて「この学校いやだ」と言い出した。だからってー、一言も話さないなんてないでしょー、と思いつつ、最後に先生が一言。
See You Another Time!!!!
深読みすれば(深読みしないでも)別の機会にねーっ、てことだろ、要は! 落ちたなこれは、と思いつつオフィスに向かった。アドミンの先生に一応確認してみた。これは何を試すテストなの?と聞いたところ、「彼の英語がどの程度かをみるためのもので」とのこと。えー、うちのハルキ、実は一言も話さなかったんで、と言ったところで、その方曰く、「そーね、一言も話さなかったんじゃ、ちょっと難しいわね。でも先生が何とおっしゃるか聞いてみなきゃ」
とりあえず彼にはモンテッソーリがあるし、と軽く考えていたので、じゃ、プレップの学年に再度面接を受けて入れるという可能性はあるのかしら、と聞いたところ、それはもちろん大丈夫、とのことであった。
その後、子供たちと全員でマクドでお茶をした。子供たちはハッキーをサカナにワイワイガヤガヤといつもと同じ様に楽しそうにしていた。私はそれを上の空で見ていた。私には決断すべきことがあったのだ。もう、この学校にこだわるのはよそう。
ハッキーが落ちた(かどうかはわからない。結果的にその後こちらからキャンセルをかけたので、彼の合否は闇のまま)のが理由なのではない。ハッキーがごねたお陰で、私は一時間この学校の授業に潜入することができたのだ。そして気づいたことがあった。これはもう、理論でどうこう言える問題ではなく、人間の本能的(生理的)なものから来るものなのだと思うのだが、その学校の、何ともいえない
ド私立
な雰囲気が、私には耐え難かったのだ。木曜日だったにも関わらず、幼稚園児であるはずの子供たちが来ている制服が、全員とも「クリーニング仕上がり」だったこと。話す言葉、立ち居振る舞い、特に女の子から来る「私って、お金持ちのお嬢様育ち」という雰囲気が、我が家の子供たちの肌に合うとは思えなかったこと。オフィスで待たされていた他の子供たちが、何とも言えず居心地悪そうにしていたこと。待って待って、それでやっと入れる学校が、実は私たちが本当に望んでいた学校ではないかもしれない、そう思うとやるせなかった。正直言って、待つことは私にとっては苦ではなかった。それが子供たちにとってベストな環境であれば。でも。子供たちに今までとは違ったストレスを与えそうだった。私は何を望んでいたのだ。何を待っていたのだ。ネイティブが多いというだけで、学費が高いというだけで、質の高い教育だなんて、簡単に計れるもんじゃない。それはそれぞれの家庭が、それぞれの価値観で決定すべきこと。客観的な尺度があるわけがないのに。
私はいつも小学校の間は、お勉強がどうのこうのより、お友達と毎日楽しく思いっきり遊ぶことの方が大事だと思い続けてきた。それなのに何だ。香港に来て、何やらネイティブライクなインターナショナルスクールに入ることが、質の高い教育だと思う様になっていってしまった。情けない。あー、なんて私は情けないヤツなのだ。
マクドを後にした私たちは、一路、某カナダ系のインターナショナルスクールを目指した。そこはノンネイティブを積極的に受け入れていることから、自ずとネイティブスピーカーの割合が少なくなっている。以前メールで問い合わせた時には、全員の学年に空きがあると言われていたので、とりあえず見に行ってみようと思ったのだ。
この日の感動を、私は一生忘れないかもしれない。住宅地の地階を利用した玄関を入った。オフィスの場所が分からず聞いてみると、満面の笑顔で案内して下さる方がいた。中に入って驚いた。ないと思っていたグラウンドが目の前に広がっていた。時はリセスとみえて、子供たちが所狭しと遊んでいた。その多くはアジア系の生徒だった。それを見て涙がこぼれそうだった。某インターは中に入った途端、いきなり西洋社会になってしまう。どこをみてもブロンドだらけ。だけどここは、まさしく香港、アジアだ。アジアなんだから、アジア人が一杯いて当然じゃない。でもみんな、英語しゃべってるじゃないか! 何の問題もなさそうに思えた。遊んでいる子供たちが、本当に楽しそうに見えた。
オフィスの方の対応も素晴らしかった。みんな笑顔で楽しんでいる様に見えた。私はすっかりその学校が気に入って、自分としてはここに決めたと思った。
月曜日が休日だったので、火曜日にアプリケーションを提出。入学可能性についてしつこく聞き出したところ、99%は大丈夫でしょうと言われたのを受けて、先のインターナショナルスクールには全員のアプリケーションをキャンセルする様に願い出た。
オフィスでは、とにかく一日でも早く入学したい旨を伝えたところ、最短で、木曜日に面接、来週の月曜日から登校という方向で話を進めて頂いた。
今日の面接では、ダンナが出張中なので、4人の子供たちと一緒に、私がお話をうかがう事になった。面接といっても、複雑なことはないんですよ、ただ、
なぜこの学校を選んだのか
子供たちはどの学年に入るのか
というお話をするだけなんですよ、と先生はおっしゃられた。結局、この面接で話題になったのは、どこでこの学校のことを知ったのか、子供たちはどの学年に入るのか、そして来年度(9月)からの学年はどうするのか、ヘリテージランゲージは何の言語を選択するのか、ESLは必要か否か、教科書のこと、それぞれの子供たちの担任の先生(すでに決まっていて、ウェブを使いながら紹介して頂けた)、タイムテーブル、その他、こちらからの質問に答えてくださるという形で、アセスメントとは全く違うものであった。
某インターでは何も話さなかったハルキだったが、兄弟一緒という気安さもあって、しっかり英語で答えていた。カレンダーの紹介で、今週末にはスリープオーバーもあるんだよ、という話を伺っていたら、タカシが突然、行きたい行きたい!と手をあげたので、先生は、もし希望するのだったら、特別に彼が参加出来るようにしても良いのだが、全てが初めての環境でその上にスリープするんだから、ちょっとお勧めできないかなー(笑)と冗談交じりにおっしゃって下さったので、子供たちは全員、この学校は僕たちをウェルカムしてくれるんだと理解して、すっかり気に入った様子。
それからオフィスに戻り、アクセプタンスレター、インボイス、スクールバスなどについて詳細に話を伺った。一家族から4人の子供たちが入ってくるなんて、その学校史上初めてだとも言われた。それから学校内を案内して頂き、それぞれの子供たちも担任の先生とお会いすることができた。
制服を買って、家に帰ってファッションショーをしている子供たちを見ていると、本当にこの選択で正しかったのだとしみじみと思った。これでやっと香港生活、一歩踏み出せそうだ。
Posted by akemi at 22:20 | Comments (3)
2005年05月03日
靴
プールサイドでこれを書いている。メルベンではプール付の戸建に住んでいたが、今住む香港のマンションにも、プールやテニスコートなどの施設が併設されている。もちろん無料。昨日はプール開きということで、今日はじめて子供たちを連れてきてみた。ライフガードの人がいる。誰もいないときでも、プールで一日中、彼はそこにいなければならない。で、彼がいるので私は安心して、プールサイドで、ゆっくりラップトップに向かう。こんな贅沢な暮らしは、今回が最後だろーなー。
ところで、カオルが突然、ママちゃんって背が高かったのねーっ、と言い出すので何かと思ったら、メルベンの時は、ママちゃんは背が低いと思っていたけど、香港に来たら、ママちゃんより高い人があんまりいないというのだ。私の身長は163.5センチ。特に高いわけではないが、それに5センチ以上のヒールの靴をはいている。ミッドレベルを歩きまわってボロボロになったので、靴を買い換えたいと思うのだが、高いヒールのしっかりした靴があんまりないのである!! カオル曰く、こっちの女の人はあんまりヒールをはいていないとのこと。うーん。確かに。言われてみると、ヒールなしの、足に優しい感じの靴ばかり。ファッションよりも実用か(もしかすると、べた靴が流行っているのかな?)と思うと、肩の力が抜けて楽である。
家探しの時、いつも沢山の資料と地図をクランプラーバッグに入れて、ヒールを履いて歩き回った。その結果、今ひどい腰痛に悩まされているのだ。仕方がないので、べた靴を履く。私のジーンズはヒールに合わせて長さを決めているので、ヒールなしの靴だとカミシモ状態になるのだ! だからメルベンでは絶対履かなかった七分丈や半ズボンを履かざるを得ず、3年ぶりくらいにスネをさらして歩き回っている。で、これがすんごい楽。湿気が多く、少し歩くだけでも汗が噴出すから、ジーンズなんて絶対はきたくない!
メルベンでは少しでも背が高くなりたくってヒールをカツカツ言わせて歩いていたのだけど、久しぶりにべた靴を履いてみると、その心地よさを大発見! 第一、こんなに坂やら何やら色々なコンディションの道を、それも速く歩かなければ流れにのれない。誰に見せたくってヒールを履くのだ!という感じだ。というわけで、郷に入れば郷に従え。ヒールなしでしゃきしゃき歩くか。
追記:ハッキー語録
彼は「果汁先生」を「かいじゅうせんせい」、「カオルンサイド」を「カオちゃんサイド」と間違って覚えている。あまりにもカワイイから訂正しないでいる。
Posted by akemi at 00:18 | Comments (0)
2005年04月25日
Smoothy 果汁先生
サービスドアパートメントに居た時、毎日の様にミネラルウォーターを買って、宿泊先までえんやこらっ、と子供たちと手分けをして運んでいたのだが、ワトソンズウォーターを頼んで、なんて楽なのーっ!と家族全員大喜び。
こちらに来てミネラルウォーターを買わねばならぬ様になったのだが、必要経費よねっ、とそのコストについては考えてみなかったのだが、1週間に、12リットル入り3本の契約にしたところ、結構なコストがかかることがわかってしまった。
契約のために電話をかけた。ディスペンサーは異様に高いから、簡易版のものを使えば良いやと思っていたのだが、コンパクト版のディスペンサー(定価2200ドル)も、12リットル50本契約すれば無料でついてくるというので、そうそう、それにしてーっ!と喜んで契約。しかし、その後、ウェルカムスーパーに行ったところ、同様のディスペンサーが300ドルちょっとで売られているのをみて、「うううう」とうなってしまった。
それにしても、こっちって(どの国でもかな?)、ケーブルTVだろうが、インターネットだろうが、1年契約したらインストレーションフィーを無料にするわよ、でも途中解約したら、それは貴女が払わないといけないのよ、と脅されてあわてて1年契約にしてしまう。でも、でも、インストレーションフィーって大体100ドル(1300円)程度なのよーっ!!
とにかく話を戻す。
で計算してみた。50本契約2550ドル(ディスペンサー無料進呈)ということは、週3本153ドル、1ヶ月612ドル(約8000円)。しかも子供たちの飲みっぷりを見ていると、既に週3本では全く足らないのだ。信じらんなーいっ。飲み水だけで月8000円???死んじゃう。おまけに最近、とうとうお米も8合で間に合ってたのが一升になり、スパゲッティも一回につき1キロゆでる、という状態になってる。ダンナから「米は一番安いヤツでいいぞ」と言われるまでもなく、既にいっちばん安いやつ買ってるわよーっ! ということで、朝から全員にお達し
麦茶飲めーっ!!
毎日5リットルの麦茶沸かしてるんだから、そっちを飲んでよ、ほとんどタダなんだからーっ!!
話脱線しすぎ。
タイトルの果汁先生というのは、こちらのオレンジジュースなのだが、最近何故か2.35リットル入りで17ドルそこそこで売られているのを目ざとく見つけた子供たちが、買い物に行くたびに買ってとせがむのだ。既に赤札もの、ロープライスものしか買ってもらえないと心得ている彼らなので、大抵OKが出る。で、その果汁先生はそのまま飲まず、小さなペットボトルに入れて、シェイクしてから冷凍庫に入れる。しばらくたって冷凍庫から取り出してまたまた皆でシェイク。それを何度かくりかえしているうちに「スムージー果汁先生」ができるらしい。これが子供たちのマイブーム。
私のマイブームは、ヒルサイドエスカレーター沿いにあるテイクアウェイの点心やさんで、1個3ドルの大根餅を大量に買って、一個ずつラップにくるんで冷凍保存しておく。それをランチタイムに1個ずつチンして熱々を食べる。激旨。冷凍黒ゴマ団子(食べる前に茹でる)はもちろん冷凍庫に大量常備。
はぁ。お金がかかるだけではない。雑踏にまぎれてのトラブルが多発。既に子供の迷子2回(うち1回はポリスのお世話)。オクトパスカード紛失5回。うち見つかったのは1回だけ(つまり300ドルくらい損したのーっ!!)首から提げていたのに、わざわざ首からはずしてバスに置き忘れたり、紐だけ残って本体だけ落ちていたり。
トラブルだけではない。横断歩道で立ち止まる度、電車に乗る度、おじぃさん、おばぁさん、おっちゃん、おばちゃん、みんな同じことを言う。広東語だから全くわからないはずなんだけど、人間って不思議よねーっ、何て言っているのかわかる。「この子供たち、みんなあんたのーっ? 4人? ほーっ!!」と感心してくれる。すっごい誉められる。何にもしてないのに、何故かみんなえらいえらいと(多分そういっていると思う)誉めてくれる。
多分、子供4人って、香港でも居ると思うんだけど、そういう人達は絶対、車買って移動しているだろうし、だいたい小さいのから中ぐらいのまでをぞろぞろと引き連れて、バスだのトラムだの地下鉄だのフェリーだのに乗せているヤツなんて、そうそう居ないと思われる。車のない生活も、結構楽しいもんだ。
Posted by akemi at 23:57 | Comments (5)
2005年04月22日
Because English
やっとのことでミッドレベルに落ち着いた我が家である。今日で6日目。3日間で家は片付いたが、新しい生活のためにやることは沢山。
引越しの梱包財の回収依頼、大量の食料品とワトソンズウォーターのデリバリー、インターネットの接続業者さん、部屋の修理のお兄さんなどなど、問い合わせ、契約、そして入れ替わり立ち替わり、色々な人達がやってくる。銀行口座の開設、香港IDカードの取得と受け取り。アボリジナルアートのストレッチと額装を注文すべく、アートギャラリーに突撃! 額装屋さんだったら、あの辺りにあったわよ、と住所もあいまいなままに行ってみると、全く英語通じない感じーっ!!
とにかく子供の学校も決まらないままに、自分の「北京語」の語学学校だけは申し込み済み。早く子供の学校決めなきゃ、私が学校行けないじゃなーいっ!! ハッキーだけ、近所のモンテッソーリ幼稚園に入れることになったのだが、あきらめかけていたインター校から、そろそろハッキーとタカシの学年に空きがでるかもという情報を頂き、焦るのであった。もうちょっと待った方が良いのかしらーっ??
香港では、かなり英語が通じると思う。日本に比べると、格段の差だろう。ホワイトカラーのビジネスマン・ウーマンにおいては、たぶんほぼ間違いなく、最低でも日常会話レベル、多くの人達は、ビジネスレベルの英語を話すことができる。ここミッドレベルに住む人達も、当然の様に英語を話す人が多いと思う(お隣さんの香港の方は、エクセレントスピーカーだった!)英語用のカスタマーサポートに電話をかければ、全て英語で事足りる。ドキュメントも当然の様に英語版、中国語版が用意されている。
次に、いわゆる店頭販売員の方や、修理屋さんなどは、全く英語がダメな人と、流暢ではないがとりあえず話せる方と、結構上手な方と、様々なのだが、この、「流暢ではないが日常会話が出来る人達」の間に多くみられる、「ビコーズイングリッシュ(Because English)」(あけん命名)が、何故か私にもうつってしまって、もともとブロークンな英語が、日本語アクセント、プラス、香港ビコーズイングリッシュの影響を受けて、もうどうしようもない程、ブロークンさに磨きがかかってしまっている。
このビコーズ、日本人的には、「なぜ?」と聞かれた時や、自分で何かを説明するときに、「なぜならば」という時にしか使わないはずなのだが、彼らは、「〜ので (as やsinceを使うべき時に)」と言いたい時に全て、ビコーズなのだ。
例えば電話がかかってくる。ハーイ、ハワイユー、とこちらが言った途端に、
BECAUSE ……….
いきなり理由から始まるのだ。どうも、今回電話したのは、ということを言いたいのかもしれない。でも、お店で「プリペイドのインターネットアクセスキットはあるか?」と聞いただけなのに、いきなり
BECAUSE ……….
なのだ。こちらとしては、「いきなりサビ」状態に思えて、おお、これぞ香港ビコーズイングリッシュ、と一人喜んでいたのだが、この前、大家さんの会社の方と、不動産やさんとお話をしていた時に、いきなり「ビコーズ」と叫ぶ私がいた。結構、便利な言葉だ。オージーイングリッシュがうつったくらい(たとえば、here は舌をまかずに、ヒィヤと上から下に下がる。カタカナ読みでOK)とか、Hはヘイチだとかね。Yesはイェーだもんね)だから、香港ビコーズイングリシュだってうつってしまうのだ。でも、ここは香港。ブロークンでも許してくれる優しい街だ。
Posted by akemi at 23:04 | Comments (2)
2005年04月11日
クランプラーを背負ってタイクーシンを歩く
現在、私達がテンポラリーに住んでいるところは、太古城(タイクーシン)と呼ばれるエリアにある、康山(コーンヒル)というマンション群の中にある。
このコーンヒル、並びにタイクーシンと呼ばれるところは、日本人や韓国人が多く住むところとして有名で(エリア内に韓国国際学校もある)、ジャスコ、ユニーなど、日系スーパーを始めとして、生活に必要なほとんど全てのものが、エリア内に位置するショッピングモールにあるのだ。特にコーンヒル住宅街は、雨に濡れることなく、地下街から地下鉄、ショッピングモール、飲食店街、全てに容易にアクセスできる。
それだけではない。子供を持つ日本人ママさんなら絶対に考える、子供を疲れさせるための広い公園も、ここには十分にある。海沿いにまで足を伸ばせば、のんびりと海風をあびながらお散歩できる広い公園もある。ここは、なんと至便なところか!
それだけではない。今日、香港ガイドに書かれていたタイクーシン内の病院にアポをとるため電話をしたところ、英語で話しているのに突然、「Are you Japanese?」と聞かれ、イエスと答えると、突然、日本語ベラベラのお姉さん(要するに日本の方だった)が登場。予約だけではない。診察の時にも、その彼女が全て通訳してくれるのだ。
結局、私たちは半山(ミッドレベル)と言われるエリアに住もうとしている。このエリアは、日本人も多く住んでいるらしいが、それよりもウェスタンな方々に人気のエリアなのである。ピークといわれる超高級住宅街から少しおりた、それこそ「中腹―ミッドレベル」なエリア。一時、本気で家探しをしたリパルスベイなどの南側のエリアとあわせて、本当に白人さん達の多いエリアなのである。英語はどこでも通じる、カフェは、ここは本当に香港ですか?という程に、ウェスタンな感じがするのだ。
しかし、便利なところではない。だいたい、古くから知られる高級住宅街。ウェスタンな駐在員家庭では、どこも当然の様にメイドさんを雇い入れている。運転手つき、なんて人も多いだろう。日々のお買い物の心配は、駐在員婦人がするもんではないのだろう。近くにショッピングモールもございません。一歩外を出れば坂ばっかり。子供たちを遊ばせるための広い公園もございません。あるのは、各マンション敷地内にある、ゴージャスなファシリティ(プールにジムにテニスコート、スカッシュコートなどなど)だけ。何が嬉しいて、子供4人の我が家が住まにゃーいかんのか。何を思って、土ひとつ触れない、こんなド都会のど真ん中に住まにゃーいかんのか。ダンナの職場までバスで5分。ここまでダンナに媚びなきゃいかんのかーっ!!
なんてね。
タイクーシンに住むということは、多くの困難から日本人としての自分自身を守るということの様に思える。香港に住んで3週間、このタイクーシンエリアに身をおいて3週間。私たちはここで、何の困難も、何の不都合もなく、ただただ消費することに日々の多くの時間を費やしてきた。広東語を学ぼうという勢いも失せた。ありがとう(多謝―トゥチェ)という言葉を吐くこともなく、サンキューで通している自分が哀しい。

私の自慢のCRUMPLERバッグ
クランプラーとは、メルベン発のカバンブランドなのだが、私のお気に入りの一つだ。メルベンの3人のメッセンジャーが創業者で、ラップトップパソコン用、カメラ用などの用途限定型特殊カバンで、オーストラリアのみならず諸外国で有名(のはず)で、ここ数年で、そのファッション性が注目されて若者たちに大人気なのである。でも、ここでは全く見かけない。有名ブランドのコピーも出回るこの国で、遠いオーストラリアでちょっと人気がある程度のカバンなんて、見向きもされないんだろうな。でも、私はずっと、このクランプラーとコールズバックを離さないのである。香港では、あっという間に、自分自身のアイデンティティを失いそうに感じる。自分なんてほんの小さな存在で、ある日突然私が消えても、この群集の誰もが、そんな小さなことに気づきもせず、ただただ昨日と同じ様に、この国は忙しく過ぎていくのだな、と思う。
そう、誰にも見られていない。誰も気づいていない。誰も私に関心を持たない。あぁ、これが「透明な存在」という感覚なのかな。だからこそ、クランプラーを背中に背負って、私は心の底から叫んでいるのだ。あの、一人一人の人間を大事に大事に思ってくれた、メルベンの人たちとそのカルチャーを絶対忘れない。そして香港の雑踏の中で、絶対に埋没しないのだ、と。
ミッドレベルに行くと、不便きわまりない現実を楽しむかの様に、個々の店、それぞれの通り、歩いている人種からして、多種多様。その中にいる私たちファミリーも、その多種多様の一片を担っている様に感じられる。
さらばタイクーシン。私たちはこれから、コテコテの香港ローカルと、ハイソなウェスタンカルチャーの合流する、あの街に行くのだ。
Posted by akemi at 22:00 | Comments (2)
2005年04月05日
香港太空館
に行ってきたのだ。ダンナ日本出張中、家決められない(もう方針は決まっていて、今度の土曜日に結論を出そうと思っている)ので、子供と一緒に遊びほうけるのであった。かねてから行こうと思っていた博物館のはしごを計画するも、あまりにも子供が喜びすぎて一館で一日つぶれてしまった。ミュージアムパスを購入せねば、と思うのだが、まだ自宅住所も決まっていないから作れない(涙)。我が家は日本でもメルベンでも、このミュージアムパスにお世話になっている。
香港では、このミュージアムパスで、6館くらいある香港の博物館系の入場料がフリーになるほか、グッズなどのディスカウントなどの特典がある。東京に居た時は、日本未来科学館のファミリーパスを持っていたので、ほとんど毎週出かけて行っては、無料のレゴのコースにぶち込んで、ダンナはコーヒー片手に英語の勉強してたっけ。
実はあまり期待していなかったのだが、日本やメルベンと違って、ホリデーなのに入場客も少なく、アクティビティやり放題、と結構遊べた。シアター(Island of the Sharks)も40分間たっぷり楽しめた。ヘッドフォンで、英語、日本語、普通語の通訳が聞ける。最初、英語の勉強と思って聞いていたのだが、会場に流れる広東語音声とかぶって聞きにくく音量を大きくしていたのだが、それでも、うーん、100%わかるわけではないよな、と思って日本語に変えたら、すんごい小さい音でも理解できた。私の英語力って、まだまだこの程度よねーっ、と悲しむ。
隣の美術館との間に、ちょっとしたレストランがあって、それを昼食にしつつ、美術館にも足を伸ばそうと思っていたら、スペースミュージアムだけで日が暮れてしまった。子供たちは、「明日は科学館!」と喜んでいる。ふむふむ、明日は水曜日。無料の日だからはしごするぞーっ!と思っていたのだが、そうだ、明日は香港IDカードを取得するため、イミグレーションオフィスに行かねばならない。っとに、なかなか落ち着かないわね。
■香港太空館(Hong Kong Space Museum)
10 Salisbury Road, Tsim Sha Tsui, Kowloon
入場料 大人10ドル、子供(4歳以上)5ドル
http://www.lcsd.gov.hk/CE/Museum/Space/e_index.htm
因みにこちらの博物館、美術館は火曜日が休業、水曜日になると無料になります。でも今日はこちらのホリデーだったのでオープンしていました。
シアターは、
大人32ドル(24ドル)、子供16ドル(12ドル) ( )内は前方席
Posted by akemi at 22:01 | Comments (0)
2005年04月03日
深センへ行く
家が決まらないという閉塞感を払拭できぬまま、ダンナの体調は最悪。とにかく私たちの香港ビザを有効にするには、一度国外へ出ないといけないということで、マカオか深センかに行くように言われていたのだが、物価がもっと安い「中国に一度行ってみたい!」というカオルの希望をかなえるために、深センを選択した。今日一日は、家について考えないでおこう!

深セン駅前の風景
実は陸路での香港から深センへの道のりは、18年前に経験済み。当時、香港に行ったついでに、大好きな中国にどうしても行きたくて、ちょっと寄ったのだが、やはり当時は、香港と広州では、こんなにも違うものなのか!という程の雰囲気の差があったのだが、昨今の中国の変貌は驚くばかり。香港と変わらぬ発展ぶり。
しかし、なぜか耳から聞こえるのは北京語の様。あれ、広東省だから広東語じゃないのかな?と思いつつも、広東語能力ゼロの私は、英語か北京語を話すしかない(といっても、ド初級レベル)のだが、これがパーフェクトに通じるではないか!をを、なんとここは楽しい場所! 商業主義的な雰囲気は香港と変わらないかもしれないが、景色がいきなり大陸的。道幅も何もかも広い! 食べ物美味しい、安い! ダンナはさっさと目的の、全身+足マッサージに行ってしまった。私は子供を連れて、深センのショッピングセンター観光へと向かう。
カオルがいきなりトイレの濡れたフロアですってんころりんで足首捻挫。いつも持っているはずのシップ薬がカバンの中にない!しまった、この前ハッキーが転んだときに、使ったのが最後だったのに補充してなかった!と焦る。うーん、仕方がないからと薬局に向かう。あるやんか!いかにも湿布薬っていうのが!試しにそれを一つ購入。開封すると、中から何ともいえない漢方テイストな香りが!をを、カオちゃん、これ効きそうねー。と言いつつ患部に貼ってみる。しばらくしてカオルが苦笑いで私に言う。「ママちゃん、この湿布、熱い気がする。でも効いている気がするからまぁいっか」
実は兼ねてから、捻挫だろうと何だろうと、子供たちにはすぐに冷やせと言ってきたのだ。だから、カオルは暖めちゃいけないんじゃないか、と思ったのだろう。私の方はというと、日本と違った薬の品揃えを見て、にわかに中国の薬局に対する興味がわく。香港にもあるのだが、漢方薬のお店だとか、とにかくおもしろそうでたまらない! オーストラリアに居た時は、ナチュラルなエッセンシャルオイルへの興味が再燃したのだが、中国に来ていきなり、アロマテラピーよりも漢方やろ、とすっかり腰が軽すぎの私。
絶品の飲茶に舌鼓を打ちつつ、気づいたことがあった。なぜか私の首周りにあった、重苦しい痛みを伴った疲れが、全てふっとんでしまったのだ。何故だろう! 景色が大陸的だからかな? 北京語が通じて嬉しかったからかな? 家探しのストレスを忘れたからかしら?
この2週間とれなかった疲れが、全てふっとんでしまった。ちょっとした半日観光だったのだが、ダンナは足マッサージで、私はショッピング三昧(お茶、食料品、お菓子などなど)で、すっかりゴキゲン。明日からまた、がんばれそうだ。
Posted by akemi at 23:26 | Comments (0)
2005年04月02日
アジア的ビジネス感覚
香港へ転勤が決まった後、状況が許されて旅行に行くことができた。いつもと同じでタラゴ(エスティマ)で移動。メルベンから片道300余キロにあるレイクスエントランスというところだ。近年まれに見る豪雨。その翌々日、見事に晴れた砂浜を我が家で独占。見渡す限り、砂浜と海だけという贅沢に酔いしれていた時、大型犬がいきなりタカシに襲い掛かってきたのだ。タカシもそのワンちゃんもずぶ濡れ。要するに、そのワンちゃん、タカシと遊んでもらいたかっただけだったのだが、すっかりタカシはベソをかいてしまった。
ごめんなさいね、と話しかけて来られた方がイギリス人の女性だった。それからしばらく彼女と私たちは話をしたのだが、驚くべきことに、その彼女はダンナさんの駐在で10年間も香港に住んでいたというのだ。こんなところで、ほとんど他に人もいないような、オフシーズンの浜辺で、香港情報が得られるなんて。私たちはその運命のめぐり合わせに驚きながらも、彼女の話に耳を傾けた。彼女の話の中心は、彼女の元ダンナさんのアジア的ビジネススタイルの話と、駐在員の奥さんの話だった。日本からオーストラリアに来た時、アジア的ビジネスになれたダンナにはとまどうことも多かっただろうと思う。でも今度行く香港は、あの韓国ビジネスの様に、まぎれもないアジア的なものだとイメージが沸いた。ダンナには向いているかもしれないとも思った。彼女はおもむろに私の方を見て、じゃぁ、あなたは何をするの?と問いかけられ、そうね、当面は子供の面倒を見たりとかしなきゃね、と言った途端、彼女は何てボアリング(退屈)なの、と一蹴した。そしてたたみ掛ける様に、「クラブハウス」のあるマンションに住みなさい、そしてコミュニティに入り込みなさい。私は広東語と料理を教えていたの。あなたもそうやって忙しくしなきゃ。
私は彼女の話に、非常に感銘を受けたのだ。日本人よりも欧米人の方が、広東語に対しての敷居が高いはずだ。私たちは、とりあえず漢字に慣れている。その欧米人の彼女が、広東語を覚えて教えるまでになっていった。だって、この国で英語だけで暮らしていこうと思ったら暮らしていける。裕福な駐在員婦人であればなおさらだろう。市場でねぎる必要もない。そこをポジティブに乗り越えようとする逞しさを、その大柄美女のおばさまから感じ取ったのだった。郷に入れば郷に従え、彼女はそう言っているようにも見えた。
不動産会社のNちゃんは、アメリカンイングリッシュを操ることからもわかるように、ウェスタンなビジネススタイルを踏襲している様に思える(日本人は初めてだとか言っていたけど)。今思い返してみると、彼女の紹介した物件は、数多くはないものの、私たちの条件にばっちりと見合うものばかりだった。多少の好みの違いで、契約するには至らなかったものの、予算、ファシリティ、交通の便、すべてをクリアした物件だけを紹介してくれたのだ。これが、不動産会社の人間に求められているスキルというものかもしれない。顧客の条件に合う物件を厳選して、効率よく紹介して、最短期間で契約を締結する。かけたコスト、とリターンを考えると、こういうスタイルが王道なはずだろう。いわゆる、彼女は仕事が出来る女性なのである。
反面、Sちゃんは連日あちこち連れまわしてくれたけど、予算に収まるものは一つもなかった。結局、つめてみると当初の予算よりも相当高くなって、それを交渉で何とかするというのだけど、その交渉にも限界があった。彼女は私たちの様な大口客は初めてだと言い、必死でやっているのが目に見えてわかった。英語もかなりブロークンで、時々、前回言ったことわかってくれてるのかな?と思うこともあったが、それも愛嬌でここまで来た。でも、私たちはSちゃんと契約したいのだ。まだまだ仕事のスタイルも洗練されていないし、「一所懸命やってますっ」というスタイルだけで、結果が出せるほど甘いもんでもないんだろう、実際のビジネスは。でも、ここはアジアなんだなー。私も日本人なんだなー、と思う。ERPSなんか勉強してて、サプライヤーとの情だけで、高いマテリアルを平気で購買しているメーカーを批判しつつ、私のやっていることは、時代に逆行もはなはだしい。でも、レイクスエントランスのビーチで会った彼女から、香港では、そういうアジアンな感覚(要するに、接待だとかそういうもの)が、ビジネスに大きい影響力を持つのだという話を聞いていたので、そういう中に自分を置いいてみて、あぁ、実際のところ、世の中の半分は、まだこういう世界なのだな、と実感したかったのかもしれない。
私たちの判断が正しかったのかどうかはわからない。未だにSちゃんからも、Nちゃんからもアプローチが途絶えない。特に脈がありそうだと思った時のNちゃんのリアクションは、仕事のできる女性というものを裏付けるのに余りあるほどだった。ダンナはもうすぐ日本出張。また、私は同じ道を歩むのかしら。
Posted by akemi at 22:33 | Comments (0)
2005年03月31日
浮気の代償
相変わらずSちゃんとNちゃんとの不動産を巡る交渉事は続いている。今日は、Nちゃんのお勧めの物件を見に行く予定になっているのだが、昨日からずっと嫌な予感がしている。ダンナに、「明日見る物件が良かったらどうしよう」などと言っては、その時はSちゃんに頼めばいいか、なんて軽く考えていた。ウェブで物件情報を確認すると、私たちの条件に99%見合う感じ。広さ十分、立地条件完璧、充分すぎるファシリティ。なんでこの値段なの?と思う。引き上げた予算より低い当初の予算内に収まる。今まで決して出てこなかった条件。焦ってNちゃんに確認する。内装がよくないんじゃないの?という問いに、彼女は、実は私もまだ中を見ていないから何とも言えないんだけど、もともとここの物件は香港人なら誰でも知ってるくらい有名なところだから心配しないで、などと言う。アテにしてないというよりも、あんまり良くない物件であって欲しいなどとも思う。だって、私たちは、色々と手を尽くしてくれたSちゃんと契約したいんだもん。
もともと、こういう状況になると、決まってインスペクション前にSちゃんに情報リークして、さっさと見てしまうのだけれども、私の頭の中には前回の「ミニバス内軟禁事件」がぐるぐると回っていて、未だに他のエージェントにアクセスしているのがバレると怖そうだから、今回は黙って行っちゃえ、などと思ってしまった私がアホだったのである。
インスペクションした後の印象は、あーもう、こんなところで決定打が出るかぁー、という感じ。要するに我が家にとっては、今まで数十見た物件の中でのベストワン間違いないだろう。なんでこんなに安いのかと聞く。ゴーストでも出るんじゃないかと思ったのだが、彼女いわく、窓からのビューがいまいち良くないこと、駐車場がついていないこと、売りではなく、どうしてもレントしてもらいたいという事情があるとのことだそうだ。
ダンナに相談。正直にSちゃんに言って、契約すればいいやん、と彼は言う。そんな簡単になるのかいな、と思って彼女に連絡するも、事態は意外な方向へと進む。なんと今度はSちゃんが提示した金額が、Nちゃんよりも4Kドル(日本円で5万2千円)も安いじゃないか。おまけにSちゃんいわく、Nちゃんの提示額はマーケットの状況にてらしあわせて、どう考えてみても高すぎ、というのだ。あー、これで決定。Sちゃん、その値段で話進めて、ダンナ見てないけど、もう決めちゃっていいよ。
ここで私はカオルとハイファイブモード(手と手をあわせて、ハイ、ファーイブ、とやるのだ。出典はオーストラリアの幼児向け番組)と沸き返った。やっとこの、サービスドアパートメント生活から抜け出せる!
しばらくしてダンナから電話がかかってきた。いきなりダンナはビジネスモードで話し始める
「結論から言うと、Sちゃんとは契約できない。違法らしいぞ。」
要するに、香港のルール(法的な根拠があるかどうかはわからないんだけど)としては、最初に物件を見せた不動産屋さんと契約しないといけないらしい。Sちゃんによると、違法というわけではないらしい。トリッキーではあるけれど、何とかSちゃんにも利益をもたらせる手段はあるにはあるが、香港に来て2週間、出足からいきなり違法まがいのことをやりたくないという気持ちが固まっていった。
最高の条件、最高の物件を目の前にして、あきらめなければならない。
悔しさよりも、人の道にそれたことだけはしたくないという思いが働く。ウェスタンな人なら、迷いもせずNちゃんと契約しただろう。どうして?ビジネスじゃない。そんなことよくあることよ、というかもしれない。でも、正直言って、Nちゃんはビジネスにおいてやり手だけど、人間的にいまいち信用できていない。直前のドタキャンが過去3回。約束した電話をくれなかったこと1回。不動産会社との付き合いは、これで終わりではない。色々と物件に問題が出たときなど、これからもずっと付き合っていく人なのだ。だから、私はアジア的人情を大切にしようと思ったのだ。それが通じると思って、Sちゃんもそういうビジネススタイルを私に対してとったのだろう。
ここに来て、ゼロからやり直し。Sちゃんがいながら、Nちゃんに浮気した私が悪かったのだ。こんな代償を支払わされるなんて。もう浮気なんてしないっ。
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2005年03月30日
物件選びも最高潮に達しているのに
まだ決まらへんがな。
メルベンの時には、ダンナの日本出張中にほとんど決めてしまって、ダンナは事後承認てな感じだったのだが、今回は、と思っていたら、またまたダンナは来週から日本出張らしい。うーん、いっそのこと私に全ての裁量権を投げ渡してもらいたいと思う日々である。
今日の朝は、地元香港の人のためのインター(というのかしら?)に飛び込みで行く。ボランティアをしている生徒のママさんとおぼしきおばちゃんにオフィスはどこかと聞くのだが、なぜかなかなか英語が通じない。ここは、インターと違うのかしらと不安になりながらも、そのおばちゃんが、オフィスとおぼしき場所に連れて行ってくれたと思ったらいきなり電話の受話器を上げて私につきだした。これでオフィスの人と話せっていうことか。
「すみません。こちらはオーストラリアから越してきたばっかりの日本人なのですが、うちの子供たちの学年に空きはありますか?」
などと聞くも、とにかく校長あてにアプリケーションを出せとしか言わない。そこで食い下がる。
「今まで何校もアプリケーションを出して、その度にアプリケーションフィーも支払って、それで空きがないなどと言われてきたんです(って払ったのは一校だけなんだけど)。空きがあるのかないのかもわからずに、アプリケーション出せません。」
彼女によると、今のところ空きはないのだそうだが、とにかく校長が決定をするから、アプリケーションを出さないことには何ともいえないらしい。
空きがないのに、どういうデシジョンをするというのだぁ!いいかげんなこと言わんとってくれー。と思いつつも、何ともいえない超ローカルな学校の雰囲気に何故かひかれる。まちがっても日本人いなさそうな感じ。ねぇー、やっぱりうちの子供たちは、お私立インターよりも、ローカル色豊かな学校の方が向いてそうだわよねーっ。と思いつつも、学校選びはちょっとペンディングにしなきゃ。住むエリアも決まっていないから、スクールバスのルートチェックさえままならないのだ。まずは家だろう。
毎日の様に我が家のために時間を割いてくれている不動産会社のSちゃん。彼女の勤める不動産会社は、香港にある大手4社の中の一社らしいのだが、こちらがエリアの幅を増やす度に、どんどんと同じ会社の他支社の人たちを紹介してくれるのだ。もともとSちゃんは、ウェスタンミッドレベル担当なのだが、セントラルミッドレベルの時には、しっかりものおばさんが、リパルスベイの時には、ショートカットの年配のMさんと、英語が上手なお姉さん、などなど、関わる人たちがどんどんと増えていってしまう。あっちこっちの物件を天秤にかけつつ、値段交渉。もともとの予算を既に超えているにも関わらず、毎日毎日、予算オーバーの素敵な物件を見せつけては、
「これは内装も綺麗で、広さも十分。施設もこんなについて、値段もここまで譲歩してくれているの。Take it!」
テイキット!ってねぇ。そんな簡単に、服選んでるんじゃないんだから。
前回、一階に空きがあるということで飛んで見に行った物件があった。ファシリティ最高。BBQ場まである。でもバスタブがなくてやや狭い。でも内装綺麗で、クラブハウスがゴージャスこの上ない。ここに決めちゃえ、と思って値段を聞いてみると、「え? Exclusiveなのこれ? 早く言ってよーっ」
エクスクーシブというのは、ガバメントレートとマネージメント料などが含まれていないという意味で、それを含めた実質の支払い金額は、それよりもかなり多くなる。だから、最初からインクルーシブでの予算をちゃんと言ってあるのに。なんでこんなもん見せるねん、と聞くとその度に、「賃料は交渉可(ネゴシアブル)だから、気にしないで」と言うのである。じゃー、うちの予算まで下げて、というと、
「これは、とってもデコレーションが素敵でリノベーションしたて。台所なんてブランニューなんだから、ネゴできてもこの程度までだわねーっ」
要するにまたまた予算オーバーである。今朝のダンナとの打ち合わせで、ここまでのラインだったら予算を増やしてもいいかいな、という線を引き出した。よし、そこで手を打とう。
「ねぇ、Sちゃん。ここ○○Kドルになるんだったら、テイキットするわよ。この金額だったら、私の一存で、make decision できると思う。トライしてみて」
とお願いする。目の前で電話で交渉。おばさんが粘る。実はその物件、私の提示した予算よりも遥かに上の金額でオファーがあったそうだが、大家さんが即刻リジェクト。その理由は、一日でも早く貸したいのに、5月入居予定というのが嫌だったらしい。そこで詰め寄る。ダンナの場合は会社契約だし、私たちは明日にでも引越しできる準備がある。この値段になるのなら、私がファイナルデシジョンしてもいい、といったのだが、しかし。
結論は私たちの予算より若干オーバーで大家がOKを出した。うーん、この金額だったら私では結論だせない。ちょっとダンナに相談を、と思うのだが、ミーティング中とみえて電話の電源切ってるのだ。そこから恐ろしい時間がやってきた。
実は我が家のためにミニバスチャーターしてくれているのだが、物件前のミニバス内で、なぜかバスが止まったまま。私たち3人(不動産やさんの二人&私)の交渉が終わるのを待っているのだ。要するに結論出ないと帰してくれないってわけ? おまけに、
「他のエージェントに絶対頼まないで。この金額は他人にもらさないでね。そうじゃないと、もうあなたとは手を組めないわっ」
って、私はクライアントなんだけどなー。あなたとビジネスやってるわけじゃないんだけど、と思いながらも、その金額だったら、他のあの物件はどう?その値段で交渉できるんじゃない?などと持ち出す私。おまけに第一希望だったテラスハウスが、予算オーバーはなはだしい上に、来年の11月には一斉改築のために引越しを余儀なくされるのだ、という情報が飛び込んでくる。それを理由にディスカウントできんかとも持ちかけてみる。なんか、すっかりフリダシに戻った感じ。やっとのことでダンナに連絡がついて、BBQ場のあるところの12階に物件について彼の意見を聞くや否や、私はすっかりうなだれてしまった。
「え?あの物件?おれキライ。だって狭いやん。別のあっちの方がいい」
彼が指しているのは、物件としては多少大きく、施設も立派なのだが、いかんせん移動するのに不便なところ。本人はタクシーを使って通勤するつもりでいるのだが、私たち家族にとっては、スクールバスや公共バスへのアクセスに便利なところの方が良いに決まっている。あー。もう全権私に委任してくれよ、達ちゃん。
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2005年03月29日
香港を愉しむ子供たち
子供たちというのは本当に先入観がない。いきなりメルベンに連れていかれた時は、どうなることやらと思ったのだが、今度はアジアに戻って来たという感じが強いのか、それとも単に物欲を満たせる環境に満足しているのか、とにかく毎日大喜びである。実際のところ、親の私たちは、バックパッカーをしていた若い頃とは意識も違い、日々の発見に狂喜乱舞しつつも、心の底では「ここは、空気が汚いよなー」という様なことが、頭から離れない。特に月〜金まで仕事を持っているダンナは、やっぱりオンとオフの切り替えが大事だよな。オフの日にまでこんな空気の悪いところだったら気持ち落ち着かないよなー。なんか俺、コーズウェイベイに来ると頭痛くなるんだよ」と言うのだ。
かくいう私も、睡眠時間2時間のテンションで過ごしたメルベン生活でも、お昼寝なんてしたことなかったのに、ここに来て二日連続で、真昼間から暴睡してしまった。もう、体じゅうがヘトヘト。頭の中の雑菌が芯から抜けない感じ。朝起きた瞬間に感じる倦怠感。やっぱり足裏マッサージに行かなきゃだめかなーモードに入っている。何が原因か自分でもわからない。人酔い? 毎日歩きすぎ? それとも大気汚染のせい? メルベンとは違う湿気の多い気候とエアコンききすぎのインドアのせい? よくわからないのだ。
それに引きかえ子供たちは、コアなチャイニーズに舌鼓。手にとるもの何もかもが値段安すぎ、チャイニーズテイストの小物可愛いすぎ、女人街などの露天屋台を見てまわるも、欲しいものあり過ぎ、安すぎ、楽し過ぎ!!!という風に信じがたいほどにエンジョイしまくっている。テレビをつけて、中国語放送の宮崎アニメを見ては、字幕のこれまた中国語に、意味わかる!と大喜び。「少林足球」というかなりイロもののコメディ映画を見ていた時なんて、4人全員画面を食い入る様に見入っては大爆笑していた。来た数日間は、ディスカバリーチャネル専門だったのが、いつの間にか中国語放送を見ている子供たち。
ジャスコに買い物に行くと、カオルが叫ぶ。ママちゃん、これ一つかったらもう一つついて来るんだって! などと言う。そんなことどこでわかるの?と聞き返すと、
「買一送一、って書いてあるじゃん。一個かったらもう一個ついてくる以外に読めないよーっ」
などと言い出すのだ。ホンッとに子供たちって逞しいわね。
Posted by akemi at 01:22 | Comments (0)
2005年03月28日
日曜日のセントラル
ここ香港では働く女性をアマと呼ばれるメイドさんが支えているというのは有名な話なのだろうが、初めて日曜日にセントラルに足を踏み入れた私たちは、週に一度の休日を愉しむ外国籍のメイドさんがそこここに陣取っておしゃべりしたり、プリペイドの電話カードを買ったり、トランプしたり、怪しげなこちらも外国籍の男性達が勧めるものを買ったりという光景を見て複雑な気持ちがしていた。
彼女たちが群がる、これまた怪しげな一角に書かれた英語をカオルが突然、電子辞書でひいた。「ねぇ、質に入れるってどういうこと?」あー、あそこは質屋だったのね、と思うと切ない。彼女たちの顔つきが明るいのが救いだったのだが、不動産めぐりをするとどの部屋にもあるメイド部屋が、あまりにも暗く、狭く、汚いのを見る度に、これを子供たちに見せていいのかと、いやこれが現実なのだと言うべきなのか、色々と考えさせられるのである。
綺麗にリノベーションされている物件でも、メイド部屋だけはそんな改装から取り残されていたりすると、そこまでひどい仕打ちをせんでも、と思ったりもする。ここのメイドさんたちは、月額4000(約5万2千円)ドルにも満たない賃金で週6日、一日中働くのだそうだ。カオルがどうしてそんな低賃金で働くのだと聞いてくるので、これは国の間で、貨幣価値が違うからね、こちらでは高くなくても、フィリピンなどにそのお金を持っていけば、それはものすごい価値があること、故郷では彼女たちの子供や家族が、そのお金で生活していけるのだということを、言葉を選びながら説明したのだが、カンの良い彼女は、もうそれだけで理解できたようだ。
「かわいそうって思っちゃいけないんだよ。これはプロフェッショナルな仕事なんだから。彼女たちにとってもいいビジネスなんだよ。」
とダンナが私に言った。カオルにではない。カオルは現実をまともに直視して、現実がそういうシステムでなりたっているのだという説明を、ふむふむ、なるほどね、と思うだけなのだが、私はついつい感傷的、感情的な物の見方をしてしまうのだ。それにクギをさしたかったのだろう。香港のエネルギーを支えているのは、彼女たちと言っても過言ではないだろう。優秀な女性たちが、子供が病気になろうが何しようが、何の心配もせずに仕事に集中できる環境が、この国では整っているのだ。そう思うと、逆に、日本の働く女性が気の毒なのだという発想につながる。働く女性が、いつ子供が熱を出すのかとハラハラドキドキしているという話をよく聞く。そういえば、先日行ったインターの学校で、途中で呼び出されて急遽お迎えに来た人は、フィリピン人のメイドさんだった。彼女たちは、完璧な英語で、立派に全ての仕事をこなしている。いまお世話になっている不動産屋のSちゃんも、子供をメイドさんに見てもらっているらしい。彼女は、掃除も洗濯も子守も、ご飯も作ってもらえるから、ほんっとにありがたいと言っていた。
確かに。子供の問題が解決すると、仕事に対する敷居がぐっと低くなるのは事実。私の場合、子供が4人いるので、熱を出して子供が学校を休むというリスクが、二人の二倍あるということだ。おまけに帰宅時間に家にいなければ、と思うと、フルタイムの仕事は無理となるし、そうなると就労ビザも取得できないということになる。どっちかに決めなければと思ったりもする。でも、自分の家に、あの小さく暗く汚いメイド部屋に、大人の人を住まわせて、という姿を、子供たちはどう見るだろうか。私って、まだまだ甘いのだな。ことの本質はそういうところにあるわけじゃないのに。
Posted by akemi at 00:58 | Comments (0)
2005年03月27日
私たちはどこへ行くのか
あーもう学校も家も決まらないままイースターホリデーに突入してしまった。これから数日〜2週間、インターナショナルスクールへのアクセスが途絶えてしまう。仕方がないから家探しに集中するか。
空きのある学校にぶち込んでやれと思って兄弟バラバラも厭わないというモードで学校に乗り込む。もう何だか度胸だけはバンバンついてきているのだが、いかんせん子供たちがへなちょこで困る。男の子二人がいきなり編入試験に落ちた。予想していたことだけど、現実になると厳しいものがある。兄弟違う学校になるとはいえ、空きはあったのにチャンスを生かせなかった。頼みのカオルはなんとセカンダリーということで、一人孤独に部屋に缶詰されて筆記試験を受けた。結果はまだわからないけど、なんだかこれも怪しい雰囲気。いずれにしろ、去年一年(正確にいうとその前の一年間も)、私は子供たちのことを放ったらかしにしていた。特に勉強については全く見てあげていなかった。そのつけがここに来てまわってきたのだ。他のママさんたちは、自分自身を後手にまわしてでも、必死で子供のサポートに徹してきた。チューターもつけて、習い事をさせて、お金もいっぱい使っていた。私は子供の自ら持つ力を信じてあげるという奇麗事をいいながら、結局、親としての責任を全く果たしていなかったのだということに、今更ながら気づいてしまった。朝から晩まで一貫した日本語環境においていたわけではない。家では日本語、学校では英語、そんな中で全てを自分ひとりの力で平均以上にこなせというのは、スーパー学生でもない限り、無理だったのだろう。いや、正直言うと、これをやってのけたのがカオルだったのであるが、彼女を見ていて、やっぱり出来るやんと思った私が間違いだった。
タカシは日本語の勉強は大丈夫だが、英語はさっぱりだめだった。タツミはどちらかというと日本語よりも英語の方がマシだが、完全にセミリンガル状態で、彼が一番かわいそうだよなと思う。でもタツミは絶対日本語の学校にはいきたくないと言うのだ。あの学校にはもう行けないのだということがわかった瞬間、彼は号泣した。校長先生がナイスだと言っていたのに、彼には本当にかわいそうなことをしたと思う。
テストは子供たちによると、簡単な会話と、リーディングコンプリヘンション(本を音読して、その後に質問に答える)、ライティング(先生にお手紙を書く)というもの。二人とも落ちた原因がわかっていた。リーディングができなかったと。本を音読するのは大丈夫だったのだが、その後の質問に答えられなかったらしい。必死で音読している間に、話の内容を忘れてしまうらしい。でも、それはとってもよくわかる。日本語でも初めて読む本を音読してみると、文字をトレースすることに集中していると、内容がわかっていないということもよくある。
でもこのスタイルは、メルベンの学校でやっていたリーディングの宿題そのまんまで、要するに彼らにリーディング能力がその学年の生徒としてふさわしいレベルになかったということに他ならない。2年半という時間では足りなかったのか、それとももっと日々の勉強をしっかり見てあげれば超えられたレベルだったのか、それはわからない。でもやはり、親としての責任というものを重く感じさせられた事件だった。だって、子供たちは本当によくやった、校長先生もそうおっしゃってらした。こんなに短い期間にものすごい成長を見せた、でも他の生徒のレベルと同じとはいえない、そういうことなのだ。
この結果を受けて、私たちの家探しは大きな方向転換を強いられたのだ。その学校に空きがありそうだという情報を受けて決めたエリアだったのだが、もうそのエリアに住む必要がなくなったのだ。これからは、子供たちが通える学校をまた一から探して、そこへ通える範囲のエリアを探さねばならなくなった。
ところで、カオルのセカンダリーで空きがあったのが、香港島の南側に位置する学校だったので、試験を受けさせるためにサウスサイドに出かけていって、私たちは驚いてしまったのだ。え?ここが香港?と思うほどに素晴らしい自然環境。山と海。カオルの試験が終わるのを学校近くの公園で待っていたのだが、久しぶりに見る土に、子供たちは狂喜乱舞。木の枝を振り回して大喜びだった。待っている私も、久しぶりのフレッシュエアーを吸い込んで、だんだんポジティブに考えられるようになってきた。
ここに住めないかな?
エリア指定のある学校への入学がかなわなくなって、反対に住むエリアを自分で決められる自由を得た。考えもしなかったオプション。ビーチ沿いのマンション、プール付きのテラスハウス。ゴージャスな妄想がだんだんと現実味を帯びていったのは、サウスサイドの物件をまわってみた頃だった。意外に手ごろな価格で十分な広さのある物件があるのだ。会社へのアクセスが遠くなると思って遠慮していたのだが、ダンナも高速バスで20分というのを聞いて、遠くないと思ったらしい。なんせメルベンで自家用車運転して通っていたのだが、時間によっては、30分、40分かかることだってあった。
うーん、家はこれで決まりそうと思ったのだが、今度は学校。うちの子供たちを受け入れてくれる学校なんてあるのかなー?

Repulse Bay Beachで遊ぶカオル
(我が家の新たな家探しスポットとなった「リパルスベイ」は香港島の南側に位置します。昔の映画なのですが「慕情」の舞台となったことで有名です。ザ・リパルスベイはこのすぐ裏手にあります。高層のシービューの物件と、海は見えないけれどビーチに近いタウンハウスが候補に上がりました)
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2005年03月22日
携帯電話が今日も鳴る
例の二つの不動産やさんから何度も電話が入る。懇意にしている方をSちゃん、ひょんなことからダンナがつかまってしまったNちゃんと呼ぶことにする。今日は昨日私一人で見に行った物件がまぁまぁだったことを受けてダンナが再度チェックに入る。
12時に現地集合。私は子供達と上環駅から徒歩で現地入りを画策するも途中でとんでもない豪雨に見舞われ全員びしょ濡れ。雨宿りできる場所も全くない道のど真ん中でとりあえずタクシーをつかまえて乗り込む。ちなみに、普通のセダンのタクシーしかない(メルベンでお世話になった大型タクシーなどないのだ)ので家族で乗れるのかと思ったら全く問題なし。私と子供4人が問題なく乗れる。一回、家族6人で乗り込んでみたが大丈夫だった。流石香港。何でもありやんか。
今日は前回見たものと二日前に見たものを再度チェックする。今日見た三つの物件はタイプが全く違う。若干狭いが高級感溢れる内装、ジェットバス、最新式の冷蔵庫とテレビ付き(カオルの好み)。でも施設がゼロ。もう一つは、プールと卓球場、プレイグラウンド付で若干高くて家具がゼロだが申し分のない広さ。もう一つは物件としては広いがいまいち、だけど香港とは思えないマウンテンビューを独り占め。うーん。実は男の子たちが気に入った物件があったのだが、それは予算オーバー。どんなものかと言うと、家は若干狭いのだが、美しいプールに図書館、ジム、子供用のゲームルーム、BBQ場まであるのだ。男の子たちは、バーベキューのあるところがいいといって聞かない。私の好みでもある。だって、子供たちの友達をいっぱい呼んでバーベキューパーティとかやりたいじゃない!でも相当な予算オーバー。メルベンでの学費がほとんどタダ(公立だったのだが、年間の教材費が一人あたり約1万6千円のみ)だったことを考えると、こちらでインターに通った時の学費については、うーん、うーん、住居費に贅沢言える状況にないのだ。
運悪くSちゃんと一緒に物件まわりをしている最中にも電話が鳴る。相手が誰だかすぐわかるから、知らないふりして電源をオフにする。私ってこんなサイテーなやつだったのねー。実はNちゃんとは2時半にアポをとっているから、後でこそこそとかけなおす。ごめんなさいねー、電車の中にいたので、うるさかったから切っちゃってー、などと見え透いたウソをつきつつ話を進める。が、この彼女しっかりものなのだが、情報のツメがあまい。ぽんぽんと物件を紹介してくれる。え?その物件、Sちゃんから成約済みだと聞いたんだけどと思いながらもアポをとる。決まって後で電話がなる。ごめんなさい。あの物件、既になくなってたみたいで、でも他にも似たような物件があって、これは貴女のファミリーにとってもあっているから是非見に行きましょうよ、と何故かアメリカンイングリッシュでたたみかけてくる。
Sちゃんは私たちにたくさんお金をつかってくれている。バスをチャーターして、タクシー代も払ってくれて、ごねる子供たちにジュースやガムを振舞ってくれた。片やNちゃんの方は、一緒に乗り込んだタクシーで私が払おうとすると、さっとお財布を引っ込めた。それ以来、彼女は一度もタクシー代を払っていない。だから私はSちゃんを贔屓にしている。ときどき、Nちゃんが新しい情報を持ってくると、それをSちゃんにリークして調べてもらう。Nちゃんのアポの前にしっかりとインスペクションも済ませちゃう。後で確認の電話が入ると決まって私は言うのだ。あ、ごめんなさい。その物件既にダンナが見てたみたいで、彼は気に入っていないから見に行かなくていいわ、と。
最近(かどうかは知らないけど)不動産市場はとってもアクティブらしい。投資目的に売買する人が沢山いて、買って一ヶ月で売りに出しては利益を得ている人もいるらしい。だから本当に住みたい私たちみたいな人が後手にまわるのだ。大家さんとのネゴシエーションは私たちでは無理なので、不動産やさんに一任する。色々とネゴにもタイプがある。光熱費を全部含めてくれ、とか家具つけてくれ、とかカーパークいらないから値切れとか。まぁこれも社会勉強だなーっ。
Posted by akemi at 22:42 | Comments (1)
2005年03月21日
物件選び難航
入国の翌日からダンナは会社へ出勤。これもメルベンの時と同じだからびっくりしない。物件選びは私に一任された(わけではないが、勝手に自分でそう思っている)ので、情報は足で稼ぐタイプの私は、子供を連れて目的エリアを歩く。坂ばっかりで死にそう。家探しで靴を一足つぶしそうな感じ。
今日で4日目。何件見たかわからない。二件の不動産屋さんから一日何回も携帯に電話が入る(この電話はメルベンで使っていたもので、香港に着いた翌日にプリペイドのSIMカードを買って使っている)。まだ香港の人の英語に慣れない。こちらの英語も日本人訛り。ちゃんと通じているのかと不安になりながらも強引にアポをとっては物件巡り。先方からも畳み掛けるように情報が入る。ネットで間取りと施設をチェック。地図で立地条件をチェック。足が棒。
今日は航空便が宿泊しているサービスドアパートメントに届いた。ふぅ。炊飯器と調理用具一式、掃除機、アイロン、iMac。掛け布団一式。いつ引越しできるんやと思いながらも、とりあえず炊飯器でご飯を炊く。あー、電子レンジでチンできるトップバリューのご飯も便利だったけど、やっぱり炊飯器で炊くご飯は格別。だって安上がりだもん。
とにかく物件は、全てが「帯に短し襷に長し」状態。私は学校も家も、今まで私のフィーリングがはずれたことがない。つまり、第一印象だけで自分が住む家かどうかがピンと来るタイプだったのだが、今回ばかりは全くわからない。いいなと思うと予算オーバー。広さ十分だと思うとバスタブがない。内装がパーフェクトで綺麗だけど部屋数足りない。子供が4人いて、日本の様に畳の上でゴロ寝というわけにはいかないので、最低3部屋必要。おまけに膨大な書籍とコンピュータ数台、キャンプ用品一式を置く場所が必要になると思うと、収納庫なども重要なポイントなのだ。ここが家選びをダンナに任せられないゆえんである。ぱっとみて良さそうとダンナが思っても、収納庫がなかったり、台所の使い勝手が悪かったりということがある。家が決まらない限り、学校選びも本格始動できない。メルベンでの悪夢がよみがえる。家探しに翻弄されて、やっと落ち着いたと思ったら、オーストラリアの学校のホリデー中。結局、うちの子供たちは、日本の夏休みを含め、3ヶ月半も学校に行くことができなかった(でも、それが何の影響もなかったのも事実なんだけど)。今回もこの木曜日で、2週間のイースター休みに突入してしまう。残された日は二日。明日には決めたいと思いながらも、決定打がなしの状態。明日のアポは、希望サイズよりも小さい物件。既に心が動いていない。物件選びの合間にも、子供たちを連れて、香港サイドの主要ショッピングエリアを練り歩く。スターフェリーに乗せて九龍サイドにも連れて行く。カオルが一言。「私、もうこの景色に慣れた」所狭しと道にせりだす看板を指差す彼女。そして続けてこうも言うのだ。「私、オーストラリアでいっぱい損しちゃったー。買わなきゃよかった。あんなに高いもの」パン一つとっても、オーストラリアでの価格と比較しては、損した損したと大騒ぎだ。マテリアルガールの彼女は、広い大地、広い空よりも、安いマテリアルが大好きだったのね。
Posted by akemi at 20:38 | Comments (0)
2005年03月20日
香港、悲喜こもごも
コンビニエンスがハピネスとイコールではないことは、バックパッカーをしていた頃から知っていた。ここでそんな単純なことを論じようとは思わない。ホテル真下にあるジャスコに行けば、必要なものは全て安価に揃う。これをショッピングを愉しむとは言わない。日本よりもメルベンよりも安いマクドに入って食事をする。それが何だ。子供たちにとって夢にまでみた日本のお菓子。それに囲まれたらどんなに楽しいだろうと思っていた彼らは、それを口にしたとたん、それは夢でも何でもなくなる。ここで私たちは何をするのか。何でも手に入る贅沢な暮らし? 部屋の中でコンピュータゲームに興じる幸せ?
メルベンでメルベンを愉しむには、メルベンの人と同じ様に振舞ってみるのが一番。それは、ペットボトル片手にビーチを散歩したり、ラグビーやクリケットを見に行ったり、BBQに明け暮れたり。それが一番のメルベンの愉しみ方だった。
カオルは私が最も尊敬する人の一人だ。彼女は小学生にして姿勢が既にポジティブだ。香港に来て、メルベンが良かったなどとブチブチ不満を言うことが全くない。それが何の建設的な行動を生まないことを既に知っている。彼女が言う言葉は、純粋な驚きと客観的な判断だ。高いと思っていた物価が意外に安いことに彼女が最初に気がついた。いきなりつかまされたスーパーの広告を食い入る様に見つめては、日本円に換算していた。そして常に、これってすごく安くない?と驚く。私が必死で言う英語が伝わらない。「私も広東語勉強しようっと」と彼女はつぶやく。「みんな、急いでるねーっ。タクシー高速で飛ばしてるねーっ」という彼女は心底から新しい環境を愉しもうとしている。それを見て、私もバックパッカー時代の自分を思い出す。
タツミは一言、「ミックンは、オーストラリアにもどりたい気がする」とだけ言ったが、家探しに文句も言わずにつきあってくれた。漢字大好きなタカシが、さぞや中国語に面白がってくれるかと思ったのだが、彼はただ一言、
「人多すぎ」
と絶句したのだ。それも一度ならず二度も。日本が好きで、日本語が好きで、今でも日本の学校に行きたいと思っている彼は、ここに来てやっと、オーストラリアでの環境が、いかに人間として自由で素晴らしいものであったのかと知ったのだろう。青い空、青い海、広大なビーチを我が家で独占だなんて、お金をいくら出しても、ここでは実現できるはずもない。でもタカシ、これが価値観の違いなんだよ。逆に言えば、オーストラリアになかったものがここにはあるじゃない。
足早に通りすぎる人々。一人でもお客をつかもうと高速で飛ばすタクシー。畳み掛ける様に物件を紹介してくれる不動産やさん。みんなすごく勤勉だ。すごく働く人たちだ。早めに仕事を切り上げてボートにのってBBQに興じているオージーにはクレイジーにうつるかもしれない。でも、私はやっぱりアジア人なのだ。必死で汗を流して働く人、時間外もいとわず真剣に仕事に取り組む人に対して、私はやはり拍手を送りたいのだ。
立ち並ぶ摩天楼。山頂や中腹にも、ところ狭しと高層マンションが立ち並ぶ。でも無機質ではない。そのそれぞれの窓から、洗濯ものや窓際に置かれた小物が見える。逞しく生活を送る人たちのエネルギーが溢れている。ここは、ニューヨークやロンドンと並ぶ、世界有数の経済拠点の一つだ。まだまだ天井が見えない。まだまだのし上がってやるぞという勢いの溢れたこの国で、私たちも、その流れにのってやろうと思うのだ。
Posted by akemi at 09:39 | Comments (0)
2005年03月17日
香港に着いたぞ
キャセイパシフィック航空の飛行機に乗ってやってきたのは、ここ香港。カンタス、シンガポール、キャセイ。食事が美味しいのは、ダントツにシンガポールエアラインだよなーっ。
一家まとめてのお引越し。まだまだ家が決まっていないので、コーンヒルというところにある、サービスドアパートメントに泊まる。ホテルだけど、キッチンも洗濯機もある。最後のメルベンも、シティにあるショーアンハイツという同類のホテルに泊まっていた。とても快適。晩御飯を食べるついでにお買い物を、とそのアパートメントの真下にある、ジャスコに出かける。入った瞬間、一家全員が絶叫。なにこれ、ここ、香港だよねーっ!信じられない、日本と一緒! 旭屋書店まである。もちろん、日本語の本ばっかり。いきなり本を買ってとおねだりが始まったが、当面の生活資金しか持ち合わせていない私としては、そんなものに香港ドルを使えないのである。
とりあえず、夕食は、そのジャスコにあるフードコートでチャイナを食べる。が、しかし、当然なのか、じぇんじぇん英語が通じない。誰よー、英語が通じるから広東語なんか勉強しなくていいと言ったのは!!とにかく、どこで英語が通じるのかわからない世界。焦る私。すっかりオノボリサンで、英語版の広東語ブックを片手に四苦八苦。ついでにお店のお姉さんに発音も直してもらう。英語は通じないが、みんな優しい。麻婆豆腐定食の様なものを頼む。結構安い。でもてんこ盛り。ご飯が大根菜の炊き込みご飯みたいなのだった。豆乳も飲み物としてついてきて、スープも野菜たっぷりで大盛り。うーん、みんな、すんごい食べるなー。
正直言って、物価は高くないと感じた。確かに住居費はべらぼうに高いのだが、日々の生活で、日本食を作ろうと思ったとき、メルベンよりもこちらの方が、だんぜんに種類も豊富で安く食材も手に入る。日々の生活を送るのに、何の不便も不満も感じそうにない。ただ、やはり広東語を勉強せねば、ランチひとつも外食できそうにない。こちらの方に、広東語と北京語と、どっちを勉強した方が良いかしら、という質問をしたら、まず北京語を勉強する方がシンプルだよと言われた。でも、とにかく、とりあえず買い物に困らない程度の広東語だけはマスターせねば。それにしても、ここは、香港。まぎれもなくアジアである。俗に言う、白人さんの割合が、メルベンよりも極端に少ない。心の中にわきおこる安堵感。オーストラリアでは、自分でも気づかないうちに、多少の緊張感を持っていたのかな、と今更ながら気がつく。だめだ。安易な方向に行きそうな気がする。気持ちを引き締めねば。
Posted by akemi at 22:56 | Comments (0)
2005年02月24日
学校、なかなか決まらへんなーっ
アプリケーションを出していた学校からダンナ宛にメールが届いた。
うーん、多少空きはあるらしいが、全員ではない。この際だから、4人の子供を全員違う学校に入れてしまおうかいなーっ、という案も浮上。かねてから日本人学校への編入に憧れていたタカシについては、インターにも空きがありそうで、という何とも皮肉な状況。よしっ、インターと中国語ローカルとどちらがいいですかぁー、というダンナの質問に、思わずインターナショナルスクールに手を上げてしまった彼。誘導質問。既に選択肢が狭められていることに気づかず、自分で選択したかの様に思わせる手法、これをマインドコントロールといふ。
とりあえず、どちらにしても全員の面接がある。カオルについては筆記試験もあるかもしれない。そこで彼女に心境を聞いて見ると、彼女は「落ちるわけない」モードに突入中。カオちゃん落ちるんだったら、誰が受かるねんって感じらしい。何度も書いておくが、彼女は特に成績が目立って良いわけではない(学校では人気者らしいが)。何たる自信。こういう人がいわゆる、鼻持ちならない帰国子女として日本で嫌われてしまうのであろう。
それにして、彼女のこの自信は、日本にずっと居たら絶対に得られなかったものだろうなとしみじみ。実はイギリス系の学校になると、彼女は6年生(日本の学校では4月から6年生の年齢)ではなく、中学一年ということになり、ひとりでバスにのって遠くまで通わないといけない。が、それを恐れる素振りも見せない。あー、はやくオーストラリアドルを香港ドルに替えてね、とそればっかり。自称陶芸家志望な彼女は、ダンナ曰く、まちがいなく証券ウーマンになりそうだとか。あれほどまでにお金に執着できるヒトも珍しい。世の中はお金だと思っている。こんな殊勝な子育てエッセイを書いているあけんの子供だから、さぞかし健やかに育っていると思われている方もいらっしゃるかもしれないが、結果、誰が育てたんやー、というほどにマテリアルガールになっているのである。彼女には、香港の方が似合ってたりして。
Posted by akemi at 23:40 | Comments (0)
2005年02月11日
International SchoolへのApplication書類を作成中
1ケ月前に仕込んだ豆乳せっけんと廃油せっけんが出来上がった。
忙しいと思いつつ、ついついラッピングしたり、ラベル作成したりと楽しんでしまった。全部で4種類。廃油せっけんは、生ラベンダーとマンダリンの皮入り、ラベンダーのエッセンシャルオイルも入っている。豆乳せっけんは、フレグランスなしのオリジナルと、ラベンダー、ローズウォーター入りのローズの3種類出来た。お気に入りは、ローズ。たっぷりのローズウォーター(こちらでは250円くらいでたっぷり入っているのが買える。もうじゃばじゃば使っちゃう)。
昨日は、2年ぶりに私の最初の英語の先生が我が家へ遊びに来られた。実は彼女はオンラインショップを立ち上げたいということで、ビジネスのご相談。うーん、これから香港行くんだけどなー、と思いながら知っていることを色々お話してみる。多少のお手伝いはできるかもしれないが、まずは、マーケティングリサーチしてみてね、ということで落ち着く。メールがあるからオーストラリアと香港と言っても、あまり不便は感じそうにもない。私にとっても貴重なオージー人脈だよな、としみじみ。
で、今日は、香港にあるインターナショナルスクールに提出する、申し込み用紙やその他のドキュメントの整理にすっかり時間をとられてしまった。とか何とかいって、私はドキュメントを作成するのが趣味なので、こういうことは大好き! ここぞとばかりに仕事の出来るヒトなのよ私、とアピールするかのごとく完璧なドキュメントを作成。いかんせん、肝心の「子供の成績」でアピールできないだけに、違うところで印象を良くしとかなきゃねー。しかし、なんでうちには子供が4人も居るのだ! 提出するドキュメントは一人につき7種類ずつ。そのうち2種類は現時点で準備できないので、5種類×4人分の書類が部屋中に重なり合っている。それをうまくオーガナイズして、一発で分かる様にしなければならない。ケアレスミスの無い様に、二重、三重のチェック。時々、ダンナのサインが必要なところがあるので、彼の側に書類を持っていっては、「○○の申請のためにサインが必要なので、ここにサインと日付は○○日で。4人分のため、4枚お願い致します」などと言いつつ完全に秘書のノリで自分に酔いしれる。って、こんなところイメクラしてる場合じゃないか。
ブツブツと4人もなんでおるんやー、といいつつ何とか作成完了。あとは来週出張するダンナに言付けるだけだ。何とかうまくいきますように。
Posted by akemi at 21:09 | Comments (0) | TrackBack
2005年02月10日
子供の教育に悩むママなのである
さて、メルベンで最高の教育を受けたと信じている私としては、香港に行っても、その教育を続けさせたいと思うのは、きわめてノーマルな感情であろう。
香港で子供たちが受けられる教育の可能性としては、
1、 地元のローカルスクール(広東語、北京語、英語)
2、 インターナショナルスクール (英語)
3、 日本人学校 (日本語)
ということになろう。メルベンでも公立小学校にぶち込んだ我が家としては、香港のローカル公立校にぶちこんでみたいという欲求も無きにしも非ずなのであるが、いかんせん中国語の能力ゼロで、日本以上に詰め込み教育と聞き及んでいる香港で、まさか平均以下の成績でのほほんと生きている我が家の子供たちが、受け入れて貰えるはずもないだろう。で、自ずと選択肢は、日本人学校かインターか、ということになる。
ここで、子供たちにインタビューしてみると、
カオル 「日本に帰ったら、日本人学校に行けるんだし、せっかく香港なんだから、インターがいい。だって英語忘れちゃいそうだもん」
タカシ 「当然、日本人学校。キッパリ」
タツミ 「ミックンはね、お友達ができれば、にほんごの学校でもえいごの学校でもどちらでもいい」
とのことであった。しかし、オーストラリアで大学院教育を受けてしまった私が母親であるため、日本人学校という選択は、プライオリティ最下位へ。私は日本の大学教育を、全く信じていない。USELESSなものに入るためにすんごい勉強しなきゃなんないんだぞ! 順番が違うだろー。入ってから勉強しなきゃ、このコンペティティブな世界で生き残れないんだぞ、と鼻息が荒い。
タカシ、悪いが諦めてくれ。君が日本語大好きで漢字博士なのも知っている。君のそのパワーは中国語探求へと向けてくれ。
聞いてんだか聞いてないだかわからないが、とりあえず子供たちにカツを入れる。というのは、香港のインターナショナルスクールは、どこも一杯でウェイティングリストも相当なものらしい。問い合わせを入れたダンナが、成績のことまで聞かれたらしい。
やばい。やばすぎる。母親の私は、せっせと自分自身のHD(優)獲得に汗水たらしていたが、子供たちは成績に対する欲求がゼロである。いやいや、親の方も、子供の成績に関する期待感がゼロで、英語が全く知らないレベルから、そこそこ平均点クラスの評価を取ってくるので、常に子供たちは親から誉めちぎられている。まさか、自分たちが、箸にも棒にもかからんレベルとは、思ってもみないだろう。タカシは日本人生徒にありがちな、異様に算数のマークが高い(3年生なのに6年生レベルと全豪標準テストでマークされた)のだが、いかんせん英語のスピーキングとライティングがひどすぎる。カオルとタツミは、社会性には才があるのだが、アカデミックな成績表には、全く目だったところはない。
やばすぎる。こんなんだったら、ぜったい入れない。どーしよー、やっぱり日本人学校かぁ?
とあわてていると、カオルが顔色一つ変えずにこう言った
「もし入る学校なかったら、ママちゃんが家で教えてくれたらいいよー、このホリデーのときみたいに。そっちの方が楽しいかも、ねー、タカシ、タツミ」
ただでは起きん奴等だ。でも嫌だもんね。私だって勉強したいもん。子供を学校にぶちこんでさー!!
ということで、学校のオフィスの先生に相談したところ、推薦状を書いて頂けることになった。これがどのくらい威力を発揮するものなのか、見当もつかないが、彼女いわく「たぶん、大丈夫だと思うわよ、保証はできないけどね」 神のみぞ知る、か。
Posted by akemi at 21:53 | Comments (0)
2005年02月09日
情報過多が私を苦しめる
メルベンには2年半居たことになる。
今日、引越業者さんが見積もりにいらっしゃったり、あわてて歯の治療に行ったりしている。ここ数日、色々な人と話をする機会が増えた。メルベンを離れる、ということが最大のトピックだったのだが、ばったり街角で出会った友達とカプチーノを飲みながら話をしたり、子供のクラリネットの先生と、普段は用件だけの話なのに、何故か人生についての話で長電話してしまったり、子供の学校の先生や、お世話になったママさん友達と立ち話したり、最後の最後で、やっと、この街にコミットメントし始めた様な気がしている。最後だからと、お互い思っているからなのだろうか。とにかく、勉強も何もしてない完全フリーな立場で過ごすこの時間が、実は一番、英語学習の早道だったんじゃなかったのかな、と思ったりもする。ガリ勉している場合じゃなかったかも知れない。
とにかく、子供たちの学校だけが懸念だ。次に行くのは香港。日本ではない。しかし、多くの情報が日本語でもたらされる。日系スーパーから日系書店、ダイソーまであるらしい。食べ物、生活、何も困りそうにない。何をするにも英語で、未だにフーフー言ってはいるが、自分からアクセスしない限り得られない、ここでの日本に関する情報が、今の私には適度な量だったのかもしれない。あまりの情報量に、消化不良気味である。
つい数ケ月前、私はこんなことで涙を流していた。メルベンでビジネスを学ぶ意味はあるのか?(実はこの問いは、某サブジェクトのパーソナルジャーナルにも書いてしまった!)その時の私だったら、武者震いしているはずだ。香港こそ、旬のビジネスを体感できるはずだと。今、ジリジリと実感し始めていること、それは、メルベンというのは、私が思っていた以上に田舎だったということだ。人間の幸せというベクトルがある。人間らしい暮らしという尺度もある。そういうものにおいては、ここ、メルベンは最高点に限りなく近い。でも、私は昨年、確かに熱くなっていた。どんな環境でも、自分を奮い立たせて、自分をインプルーブさせる方向にもっていくことが出来た。目指すものはもう少しで手にできそうだった。ところが何だ、このザマは。ビジネスの世界で生きていくんじゃなかったのか、それなのに、日本語の商業主義的情報群が、これほどまでにエネルギーを消耗させるものだったのか、とフラフラになっている。理由はわかっている。自分の焦点が定まっていないからだ。でも仕方がない。すむところ、子供の学校、そんなもの全てをsettleしてから、自分自身のメルベンを総括せねばなるまい。
Posted by akemi at 20:47 | Comments (0)